淑女への道.



 ミレーユの提案から数日、レイドックはにわかに騒ぎ出していた。
ウィルとバーバラは諸国を周り、ハッサンは馬車が何台でもとめられる厩舎作りに参加し、チャモロは故郷に帰り、ゲントの長にこの事を報告し、また世界中の教会を周りミレーユもまた、グランマーズやその王への書状を書くため城に籠った。

テリーとユナは、二人、やることも見つからないまま放り出された形になってしまった。

酒場で情報収集はするものの、流石にしばらくめぼしい情報も手に入りそうになかった。
テリーはグランマーズの到着を待つよりほかない状況にあった。

心配していても始まらない、最悪の事態は考えないように二人は貴重な同じ時を過ごした。

 テリーはユナを観劇に誘ったり、珍しい道具屋や雑貨屋に行ったり、図書館で文字を教えたりもした。夜には行きつけの酒場で語り明かしたり、二人で夜空を見上げたり、おいしいと思った食事屋で夕飯を食べた。今までやれなかった事、ユナにしてあげたいと思った事をテリーは素直に行動に移した。
皮肉な話だったが2年間の苦痛と恐怖が、ようやく要らない感情を取っ払ったのだ。

ユナは何をするにも喜んでくれたし、テリーにはそれが心底嬉しかった。
今までユナをろくな目に合わせなかった、長旅や洞窟に連れまわして、夜は自分勝手に体を求めて。ユナは自分と一緒に居れば幸せだと言ってくれたが、それは自分のわがままだと気付いていた。

結婚式の準備はもうしばらくかかるだろう、明日はどこへ行こうか・・・と考えている中、それは突然のノックの音で終わりを告げた。

コンコン。

規則正しい音。
早めの湯浴みを済ませていたユナは部屋着のままドアを開いた。

「はーい」

 扉の前に立っていたのは、見慣れたレイドックのメイドではなかった。
歳は40〜50ほどだろうか、横に長細いメガネを掛けて、黒い髪を高い所で結っている。タイトなロングスカートのワンピースと、体のラインを隠すようにゆったりとしたカーディガンを羽織っている。服は紺一色でまとめられて、腕には書類の束を抱えていた。見るからに、ユナには全く縁のなさそうな、上品で知的な貴婦人だ。

「初めましてユナ様、私はレイドックに使えるメイド長のマイヤと申します」

 マイヤと言った女性は、ぴしゃりとそう言うと、頭からつま先までユナをまじまじと見つめた。

「・・・・・・ユナ様、突然こんな事を言うのは不躾かと思いますが、お客様をお出迎えする時は部屋着の上に何か羽織ってからにしてください」

「はっ、はぁ・・・??」

 マイヤはコホンと咳払いをして

「失礼いたしました。私の悪い癖が出てしまいました。差し出がましい非礼お許しください」

 綺麗に頭を下げたあと、再びユナに向き直り

「さっそくですがユナ様、貴方様はバーバラ様の特に親しいご友人と聞いております。結婚式に出席の際は諸国の王族、貴族からさぞ注目される事と存じましょう」

「はい、それは、そうかもしれないですね」

 すっかりマイヤに飲まれてしまったユナは、不審に思う間もなく返事を返す。

「ええ、さすがユナ様分かってらっしゃる。これは私の一存ではなく、大臣たちとも決めた事なのですが、今の貴方を結婚式に参加させるのはいかがな物かと思いまして貴方を結婚式に出しても恥ずかしくない淑女にしなければならないのではないかとそのように私ども一同は思い、訪ねてきた次第であります。」

 そこまで聞いて、ユナの顔が少し曇る。

「くっ・・・くくく・・・ははは・・・っ・・・」

 部屋の中でテリーの笑いを押し殺す声が聞こえてきた。
会話は丸聞こえだったらしい。

「・・・・・・」

 ユナは言葉の意味を理解した上で、まだ言い返せないで居た。

「申し訳ありませんユナ様、ユナ様の事は私ども良く存じております。少し目には余るところはありますが貴方様の行動、別段気にするほどの物でもありません。ですが、結婚の儀、国の代々的な儀となると話は別です。バーバラ様の為にも、恥ずかしくない女性になってはくれませんか?」

「・・・・・・・・・」

 また、テリーの笑い声が聞こえた。今度は声を押し殺そうともしていない。

「ユナ様、どうか、私どもの願い聞き入れてくださいませんか?」

 マイヤはその鋭い容姿から想像もできないほど、ユナに懇願して頭を下げた。
何もここまで・・・というか、ここまでオレ酷かったのか・・・

「なにとぞよろしくお願いいたします。返事は明日で結構です、夜分遅く失礼致しました」

 もう一度マイヤは深く頭を下げて、それからゆっくりとドアを閉めた。

ユナは突然の出来事にふらふらとベッドに座る。テリーはひとしきり笑った後

「とんだ災難だな」

 と、まだ緩んでいる頬で言った。

「オレ、そんな恥になるような女なのか?あの人にあそこまで頭下げさせるような女なのか?」

 泣きそうな顔のユナに、またテリーは噴出した。

「さぁ、どうかな」

 くくくと笑ってベッドに体を預ける。

「でも、テリー、じゃあテリーだってオレと一緒に居て恥ずかしいと思ったりするのか??」

「さぁな、ただ、今更気にするような事じゃないだろ」

「今更ってどういう事だよ!?気にするよ!だって、テリーはオレとは違うし・・・その・・・っ」

「・・・つり合いが取れてないか?」

「・・・・・・ぅっ」

「まだそんな事思ってるのか?」

 問いには答えられずユナは思わず下を向いた。この気持ちは未だ払拭出来ない。
実際、テリーはかっこいい、何でも出来る、身のこなしも綺麗だし知識も豊富だ。つり合いがとれないなら、つり合いが取れるような人になりたい・・・もしかしたらこれはいい機会なのかもしれない。

「ユナ?」

 考え込むユナを覗き込む。ユナはぱっと顔をあげて

「オレ・・・やってみようかな・・・」

「・・・本気か?」

「いい機会かもしれないし」

 テリーは肩をすくめた

「ま、お前がやりたいっていうんならいいんじゃないか?」

「ありがとう・・・」

「ただ、無理はするなよ?女らしくあろうがなかろうが、お前は、お前なんだしな」

 視線を外して、照れ隠しなのかやる気なさそうにそう言う、ユナはきょとんとした後嬉しそうに頷いた。




「ユナさん、マイヤですが起きてらっしゃいますか?」

 昨日と全く同じ、兵士たちの朝稽古が終わったくらいの時間にドアをノックする音が聞こえた。テリーと同じ毛布に潜り込んでいたユナは驚いて飛び起きた。
想像以上に早い・・・!
ユナは早々にベッドから起きて下着と部屋着を着た。

「朝から大変だな」

 起きていたのか寝返りを打ってテリーが呟く。

「マイヤさん、早すぎるよ・・・」

 まさかここまで早いと思っていなかった。それと同時に、この頼みを引き受ければ結婚式までこの時間にたたき起こされるんじゃないかという恐怖も湧き上がる。ユナは昨日言われたとおり備え付けのカーディガンを羽織ってドアを開けた。

「おはようございますユナ様」

「おはようございます・・・」

 義務的に挨拶するマイヤに、沈みがちに答える。

「昨夜の返事聞かせて頂きたく思いまして」

「はい・・・・・・ええと・・・お願いします」

 少しの迷いを振り切って、ユナは頭を下げた。今更後戻りできない。マイヤは顔を輝かせて、ユナの両手を力強く握りしめた。

「私どもの願い、聞き届けて下さって大変光栄に存じます!さっそくですが式まであまり時間がありません、この服に着替えて下さってもよろしいですか?」

 ユナが頼みを受けてくれる前提だったのか、シルクの上品そうな服を手渡した。部屋に引っ込んで渡された服を何とか着る。ユナが滅多に着ない形のワンピースだった。マイヤのお気に入りの形なのか、マーメイドドレスのような体のラインが分かる服、それと同系色のカーディガン。色は淡いグリーンで統一されている。部屋の奥にある小部屋の全身鏡で自分の姿を見つめた。
これだけでもいつもとはずいぶん違うのだが、滅多にしない恰好なので、おかしくないか変じゃないかとやけに気になってしまう。それにいつもの服より胸とお尻が窮屈で動き辛い。

「なぁ、テリー、これ変じゃないか??着方間違ってないか??」

「・・・・・・・・・」

 起きてきたテリーに問い詰めた。テリーはまじまじと見つめ

「別に変じゃない、良く似合ってる」

「ほんとか??良かった〜〜!」

「だが」

「カーディガンのボタンは上まで閉めろ。あと、大股で歩くな」

「わ、分かったよ〜〜」

ユナは息をつくと、部屋を出ようと向き直る、そしてふと振り返って

「もしかしたら、時間かかるかもしれない・・・テリーは、その間どうする?」

 少し悲しそうな顔で尋ねた。せっかく2人で一緒に居れる時間をフイにしてしまったとユナはそんな事を思っているのかもしれない。テリーは手櫛で寝癖を整えながら

「そうだな・・・また図書館や港にでも行って情報収集してくるさ」

「そっか、うん・・・」

 名残惜しそうにテリーに手を振り、部屋から出ていく。言われた通りに女性らしく歩いていたが、それが余計色っぽさを感じさせた。強調された胸とお尻、歩くときに見える肌。
淡い緑がユナに良く似合って、いつも以上に注目されるかもしれない。

「・・・くそ・・・っ・・・目が離せないな・・・」





「午前中は主に歩き方や身のこなし、言葉遣いなどをやっていきます。いいですね」

 軽食を済ませたユナは早速マイヤと共に中庭に居た。

「時間がありません、まずはユナ様がどこまで出来るか把握させて頂きます。私は初めてレイドックを訪れた貴族の役を、ユナ様はメイドとして、この城を案内する役をお願いいたします」

 いきなりハードル高くないか!?

心の中で叫ぶ、ゴクリと息を飲み込んで自分の精いっぱいの力で挑むが、マイヤが愕然とするのはそれからまもなくの事である。



「はぁ・・・」

「大丈夫ですか?マイヤさん」

「はぁ・・・」

「・・・・・・」

 叫び疲れたマイヤは、城の使用人たちが集まる食堂で項垂れていた。ユナも普段慣れない事をして、マイヤもここ数年ここまで指導するようなメイドは居なかったせいかどちらも疲れからかしばし無言で、昼食が運ばれてくるのを待った。

「ウィル王子とバーバラ様の為です、ここは踏ん張りましょう」

「はい・・・」

 マイヤとユナは向かい合って10人は座れようかと言うテーブルについていた。お互いの目の前にはナイフ、フォーク、スプーンがマナー通りに並べられている。マイヤが踏ん張ろうといった意味は、この昼食の時間も練習に充てようという意味だった。

怒られる・・・。

テーブルマナー。これはユナが最も苦手とする事だった。それでも今は昔ほど酷くはない、フォークもナイフも綺麗に使える方だと思うがテーブルマナーというと話は別だ。特に王族の食事のマナーは大変だと聞いている。
それからの事は、ユナの期待を裏切らなかった。

「スープを飲む時はスプーンを手前からすくい上げて口に持っていくと言っているでしょう?そして音を立てて飲まないように」

 昼時の食堂は多くの使用人が集まっていた。さすがにここではマイヤは声のトーンを落としてくれていたが時期王妃の友人のユナは、さすがに有名だった。好奇の視線は自然と二人に集まる。

「はぁ・・・ナイフとフォークの使い方がまるでなっていません、先ほど私が実践した事をやればいいだけなんですよ?」

「はい・・・」

 ナイフの使い方は必至で覚えた。しかし普段の食べ方の癖がそうはさせない。周りの視線とマイヤの重圧は意識を遠くさせ、体も思うように動かない。ついにフォークを床に落としてしまった所でクスクスと笑う声が聞こえてきた。

「この機会が持てた事を、大変幸運に思います」

 それは、マイヤの心からの言葉なのだろう。
ユナはしゅんとなったままフォークを拾おうとすると・・・フォークが誰かの手によって拾われ、元の位置に戻された。

「・・・・・・?」

「少し焦り過ぎじゃないのか?」

 ユナの代わりにフォークを拾ってくれた人物は、マイヤに向かってそう告げる。しゅんとなった表情が一気に明るくなった。

「テリー!来てくれたのか!?」

「まぁ、お前の事が気になってな」

 図書館に居るとばかり思っていたテリーの登場に一瞬目を疑う。
テリーは否定する事も無くそう返した。

「貴方・・・確かバーバラ様のお友達のテリー様でしたね?そして確か、ユナ様の恋人であらせられると」

「・・・ああ」

 少し考えて頷く。使用人たちの間で話題に良く上る剣士が、ユナの恋人だと初めて知る使用人も多く
食堂内は一瞬ざわついた、落胆の空気が流れるがその後、いつもの雰囲気へと戻っていった。

「焦りもします。もう結婚式まで日が少ないんです。ユナ様は、申し訳ないですが淑女として足りない所が多すぎます。24時間、みっちり教育させて頂いても完璧な淑女になれるかどうか・・・」

 ピシャリ、ピシャリと言い放つ。精神的に参っていたユナはその言葉にも少なからずダメージを受けた。

「完璧な淑女ね・・・。あんた・・・使用人の総教育係と言ったな?あんたが今まで教育してきた奴はレイドックに住む娘ばかりだったんだろう?」

 マイヤは怪訝な顔で眼鏡を整え直す。無言は、肯定の意味を持っていた。

「だがこいつは町に住んでる娘じゃない、世界を歩き回る旅人だ。野宿は日常茶飯事、まともに食事をとれない日だって少なくない。ナイフやフォークで食事をする機会なんて滅多に無いんだ」

「・・・・・・・・・」

「こいつをその辺の娘だと思わない方がいいぜ。あんたも、ユナも、結婚式が来る前に参っちまう」

「・・・・・・・・・」

 今度の無言はユナ。未だにマイヤから受けた精神的ダメージは癒えてないのだ、いつもなら流せそうな言葉だったが、やけに心に沁みた。

「・・・テリー様も言うことも一理ありますね。・・・そうですね、私が焦り過ぎていました。完璧にはなれなくとも、せめて最低限のマナーを心得る淑女に致しましょう」

 すでに食事を終えていたマイヤはナプキンで口を拭く。
ユナに次にする事と、場所、時間を短く伝えると、完璧なテーブルマナーを終え、食堂を後にした。その後ろ姿を全て見送ると、ユナは安堵の息をつく。途端に、おなかが空いてきたが、テーブルの上のスープは冷め切っていた。

「大丈夫か?」

 隣に座ってテリーが声をかける。

「大丈夫・・・じゃ、ないかも・・・でも、テリーが来てくれたから助かったよ!」

 数時間ぶりの笑顔、笑った事で心が少し軽くなった気がした。

「ああ、あまりに見てられなかったからな」

 実は、朝からずっとテリーはユナの淑女の教育とやらを見ていた。
本当はすぐに町へ行くつもりだったのだが、気になって仕方なくて、声をかけるタイミングを待っていたのだ。結果、それは正解だっただろうと、今のユナを見て思った。

「・・・・・・」

 出来そうか?という言葉をテリーは飲み込んで、代わりにいつも通りの皮肉を付け加え彼なりのエールを送った。
ユナは昼食を済ませると、早速マイヤに呼ばれ後ろ髪引かれる思いで食堂を後にした。

次はダンスの練習をやるんだと言っていたが、男役のマイヤを巻き込んで床に倒れ込む姿が容易に想像出来てしまいテリーはふっと唇を緩める。ユナの服装が気になっていたが、さすがに城の中でナンパしてくる男も居ないだろう。

テリーはユナを待つ間、図書館で時間を費やすことにした。

太陽が真上より少し西へ傾いた頃、ユナの様子を見に行こうと城内を見回ったが姿が見つからない。マイヤと二人で居るのならかなり目立つだろうがおかしい。食堂に居た使用人を捕まえて話を聞くと、どうやら二人で街へ出て行ったらしい。

「街か・・・」

 あまりについて回るのも過保護すぎるかとも思ったが、嫌な予感を振り払えずテリーはそれを聞いてすぐ街へ赴いた。




「私はこの色が良いと思うよ!髪や肌の色とピッタリ!!」

 色とりどりの服が所狭しと並んでいるお店の中、
背の高い夫人と淡い緑のロングワンピースを着た少女。
店の主人であろう恰幅の良い女が、綺麗な空色の布とその少女を見比べ、声を上げた。

「そうですね、綺麗な色ですわ、これにしましょう」

 背の高い夫人マイヤは二つ返事でOKして、お金を主人に渡す。どうやらユナの為に結婚式出席用のドレスを仕立ててくれるそうだ。

「そっそんないいですよこんな事ま・・・」

「ユナ様、貴方まだわかっていらっしゃらないようですね、貴方をふさわしい淑女にしようとしてる私どもの思いが」

「すみません」

 ユナが言い終わるか終らない内に、マイヤに制され、条件反射のように謝ってしまった。

「王子様の結婚式、楽しみだねえ・・・レイドック中がお祭り騒ぎになるんだろうねえ、今からわくわくするよ!」

 丸い顔が笑顔で更に丸くなる。レイドック中の人がほんとに楽しみにしてるんだろうなぁという事は、この店に来るまでも人々の表情から伺えた。

「ええ、それまでやることも沢山ですが、良い式になるよう努めさせて頂きます」

 マイヤも少しだけ微笑んで、品物を受け取って会釈をすると、世間話に興じる事もなくユナを連れてすぐに店を出て行った。言った通り、やることが沢山なのだろう。

「さっ、布も手に入った事ですし、城に帰ったら挨拶、雑談の基本を一通り復習しますよ」

「はい・・・」

 人の歩くスピードの2倍くらいあるんじゃないだろうかと思うマイヤの後ろを必死についていくユナであったが突然、後ろから呼び止められて振り向いた。

「やっぱユナちゃんじゃねえか!どうしたんだ、そんなかっこして」

「あっ!ザックさん!」

 ユナを呼び止めたのは、金髪の背の高い冒険者風の男だった。筋肉質な腕や割れた腹筋、健康的に焼けた肌、街の人から見ても腕の立つ戦士だという事が伺える。
実際ザックはテリーには劣るが(ユナの贔屓目もあるだろうが)相当な剣の手練れだった。テリーとユナとは、いわゆる情報を共有する酒場仲間...のような物だ。

ザックは物珍しげにいつもの格好と違うユナを頭のてっぺんからつま先まで見回して

「こりゃ驚いた。見違えたな。テリーとデートか?」

「ちっ違うよ!」

 だったらどんなに良いだろうか。ザックは白い歯を見せて

「だろうな!お前ら二人、そういうのにはホント疎いもんな!!」

 悪ぶれた様子もなく笑った。ユナは拍子抜けした不機嫌な顔をするが、ザックはいつもこんな風に
ユナをからかうのだ。

「ユナ様!何をされてるのですか!早く!!帰りますよ!!」

 良く通るマイヤの声がユナを捕らえる。バツの悪そうに目を伏せて

「ちょっと今色々取り込んでて・・・またいつか酒場で話すよ!」

 そういうと、ワンピースを翻しながら城へと踵を返した。

「・・・・・・・・・へぇ・・・」




 同時刻、テリーは考えなしに街に来てしまった事を後悔していた。
行先も聞いていないし、そもそもマイヤと二人で来たんだったらナンパされるはずもないだろう事に気付いたのだ。あのマイヤがユナを一人にするはずもない。

テリーはその考えに至る事が出来なかったくらい焦ってしまっていた事を恥ずかしく思い、引き返そうとすると

「おっ、テリー。お前も、来てると思ったぜ」

 聞き覚えのある声、ちらりと振り向くと、金髪の背の高い男。腰に携えた2つの剣はどちらも使い込まれている、長剣と短剣の二刀流という珍しいスタイルの剣士だ。

「ああ、ザックか、お前も・・・とはどういう事だ?」

 ザックは、にやにやと意味ありげな笑みを返した。あまり良い意味での笑いではない。

「ようやく分かったぜ」

「・・・・・・?」

 ニヤニヤしたまま一歩、二歩と近付いてくるものだから、怪訝そうに後ずさりしてしまう。

「お前が、ユナちゃんを手放さない理由な!」

「・・・・・・ユナ?いったい何の事を言ってる?」

 ザックはついにテリーを捕まえて、肩を二度、叩いた。

「いや〜〜〜〜しかし、ユナちゃん緑のワンピース、似合うんだな〜〜〜〜、髪も服も整えると見違えるんだな〜〜〜。元はかなり良いとは思ってたが、実際目の当たりにすると目を引くよな!」

「・・・・!」

 くそっ・・・こうなるから嫌だったんだ。
テリーは動揺を悟られないように、受け流して早々に帰ろうとするが、ザックは更に回り込んできた。

「あと・・・おっぱい、でかいよな・・・!?」

「・・・・・・っ!」

 いつものテリーのポーカーフェイスが崩れる。
初めて見るその顔に、してやったりと言わんばかりに問い詰めてくる。

「おっぱい、かなりでかいよな!!お尻も良い感じに綺麗で、あの、ユナちゃんのイメージとは全く違うよな!!いや〜〜〜ギャップって良いよな!!可愛いな!!たまんないな!!」

「・・・知るか!」

 取り繕う余裕もなく、赤い顔を背けると、回り込んだザックを押し退ける。

「オレもそうだけど、やっぱ男っておっぱい大好きだよな!お前も同じって思うと親近感湧くぜ!」

 そう、ザックはユナだけじゃなく、全ての人々をからかうのが大好きだった。




 ユナにとっての長い長い一日が終わった。
夕飯まで、テーブルマナーの練習にされ、ようやく終わったかと思えば今日の反省と振り返り。部屋に戻る頃には、テリーが既に夕飯と湯浴みを済ませて本を読んでいた、

「つ・・・つかれたぁ・・・」

 ワンピースのままベッドに倒れ込む。

「少しは女らしくなれたか?」

 本を閉じてベッドに横たわっているユナを見た。首を振って、否定を意味するため息を漏らした。

「今日は何をやってたんだ?」

 遠目から見ていたテリーだったが、からかう意味も込め、本を閉じて尋ねた。

「挨拶、会話の基本、テーブルマナー、歩き方、ダンス・・・」

 指折り数える。数えるたびユナの顔が曇って行った。

「あと、街でドレスの布も選んだな」

「ふぅん」

 だから街へ行ったのか・・・。ザックの台詞が思い出されたのか、咳払いをしてユナに背を向けた。

「時間が無いとはいえ詰め込みすぎだな、ダンスとか、大丈夫だったのか?」

「う・・・想像に任せるよ・・・踊り、ちょっとは自信あったのにな・・・」

 何かを思い出したのだろうか、曇った顔がますますどんよりして、重い足取りで奥の部屋へ入っていった。その姿を見て再び苦笑する。踊りは自信があったとは言え、不思議な踊りや誘う踊りとはわけが違うだろう。
テリーはユナの不思議な踊りを思い出して、今度は声を押し殺して笑った。