淑女への道/2 マイヤが初めてユナの部屋を訪れてから一週間が過ぎようとしていた。 朝は歩き方、立ち振る舞い、言葉遣いから会話、王族の礼儀作法。 昼食時にはナプキンの使い方から食べ終わるまでの食事作法。 午後からはダンス、そして何故か会話の際に役に立つからと言ってレイドックの歴史まで 勉強させられた。しかも宿題付きで。 「レイドック第一国王のフルネームは?」 「レイドック一世」 「ふざけてるのか?フルネームだ」 「ああ〜〜〜・・・ああ〜〜〜〜・・・・・・あああ〜〜・・・」 部屋の中には、レイドックの歴史と書かれた本を見ながらユナに出題するテリーの姿と、ユナの考える姿があった。 ベッドの上で腕組みをしてうんうんと唸る。 「お前やっぱりふざけてるだろ?」 「んなわけないだろ、ほんとに分からないんだよ!」 しばらく考えてどうしても分からないのかテリーの持っている本を覗こうとした。 「お前、これは初歩の問題だぞ。出来なくてどうするんだ?」 本をパタンと閉じる。 「名前長すぎて、途中から記憶飛んだ事は覚えてる・・・」 テリーは呆れて、分厚い本をユナに付き返した。 「本人に覚えようと言う気がないんなら、いつまで経っても覚えられないな」 ベッドに肘をついてそのまま横になった。 ユナは分厚い本と再び睨めっこをする、ぶつぶつと呪文のように人の名前を繰り返しては うんうん唸っている。 「よし、ちゃんと覚えたぞ!テリー、今度は……っ」 唇に柔らかな感触。 テリーは本を投げ捨てると、キスをしたままユナをベッドに押し倒した。 「テ…テリー……っ」 唇が頬から顎、首筋に伝った。 「……キスマークつけたらあいつに叱られるか?」 「……っ」 「…これつけたら城の男どもはお前に声掛けなくなるかな」 首筋に舌を這わせ歯を当てる。 「……んぅ…っ」 部屋着のボタンを全て外し、興奮が高まった所で、 コンコン。 無機質なドアの音が、情事を遮った。 「ユナ様、マイヤです。夜分遅くスイマセン。起きてらっしゃいますか?」 ノックの主は予想通りの人物。テリーは舌打ちして 「……出るつもりかよ…?」 「……っ」 起こそうとする体をもっと深くベッドに押し倒す。再び唇を重ね、無理やり舌を絡ませた。 「ん…ぁ……っ」 その間もノックの音は続く。 わざとなのか、キスをしたまま部屋着の中に手を入れて濡れている場所を下着の上から指で擦った。 「……っ!」 ノックの音に混じる衣擦れの音。 ユナは、部屋の鍵を掛けたかどうか途端に不安になったが、テリーはお構いなしに行為を続けた。 「…ふ…っ…!」 はだけた大きな胸に顔を埋めて乳首に吸い付いた。手は敏感な場所を探り当てて下着の上から攻めた。 「テリ…っ!…聞こえちゃう……よ……っん…んぅ…っ!」 必死に声を抑えようとするが、溢れる快感がそれを遮る。口を抑えてもなお漏れる吐息。 「声我慢すればいいだろ…」 「そん……な…ぁ……っ」 下着の中に手を入れてくれないテリーをもどかしく思い、ユナは目で懇願するも 「…直接触って欲しいか?」 テリーは意地悪そうに口元を緩める。蝋燭の炎が揺らめいて、その妖しさを更に増した。 その美しさと恥ずかしさにどう返答したらいいか分からず目を伏せてユナは快感に耐えた。 「直接触ったらますます声が出るんじゃないか?」 「…ひゃ…あっ!」 下着の隙間から指を滑り込ませる。新鮮な快感と、くちゅくちゅと言う厭らしい音。 思わず出てしまった声を抑えようと唇を噛みしめた。 「…ほらな」 いつも以上にテリーに翻弄されてユナは声を耐えながらその身を任せるしかなかった。 夜になると、こうやって意地悪になるのはどうしてだろう、とそんな考えが頭を過ぎる。下着の上からでも、達してしまいそうになるがそれをテリーは寸でで止めた。 その行為はなお、ユナを焦らせた。 「そろそろイクか…?」 分かっている癖にわざわざ止めてそんな言葉を投げかける。 「ノックは止んだがまだ気配はあるみたいだな…」 「………っ!」 それもきっと、わざと言ってるのだろう。 我慢するユナの秘所に再び下着越しに触れる。下着はユナの愛液ですっかり濡れていて 上下に激しくさすってやると、あっさりとユナは達してしまった。 ユナは唇を噛みしめて声を耐える、それをテリーは意地悪な顔で見つめた。 「…テリー……なんか…怒ってる……?」 赤面した顔に困惑の表情が浮かんだ。テリーはユナの下着を脱がせながら 「さっきお前、出て行こうとしただろう?」 全て脱がせると、いつものように足を広げる。 「オレよりあいつを優先するのかよ?」 「そっ そんなつもりじゃ……っ」 さすがにユナが可哀相なのだが、止まらない。 たまにこうやって彼女を困らせたくなる時がある。困らせて、意地悪をして、彼女の想いを確かめるのは自分の悪い癖だった。露わになった秘部に指を当てそっと中に入れる。 「……んっ……!」 ユナの声を聞いて、入れていた指を抜いた。 「声、我慢出来そうもないんじゃないか?」 「………っ」 赤面してユナは答えられなかった。 「やめるか?聞こえるの嫌なんだろ?」 テリーは体を離して起き上がるとベッドに腰掛けた。 「………っ!テ…テリー…」 空気が変わると、途端に羞恥心が湧き上がってくる。 足を閉じて上半身を起こすと、膝と手をベッドについてテリーを見つめた。 「あ…あの……」 「……なんだよ?」 「……おわ……り……?」 「…声を聞かれたくないんじゃ、仕方ないな」 意地悪が過ぎる。ユナはテリーを、テリーは自分自身をそう思っていたが雰囲気に飲まれたままだった。 「我慢するから……っ」 視線をベッドに落として 「だから……お願い……最後まで……して…欲しい……」 消え入りそうな声でそう言う。 「最後までっていうのは、お前が良くなるまでか?」 ここで折れても良かったのだが、羞恥心と性欲との間で揺れる彼女が可愛くて、まだ素っ気ない振りを続けてしまう。 「……その………ぅ…っ……オレと…テリーが良くなる……まで……」 テリーはわざとらしくため息を吐いてズボンの紐を解き、下着をおろす。 言動とは裏腹に張り裂けそうな程大きくなったモノ。 「仕方ないな……」 窓から差し込む夜の光を受けながらテリーは笑った。ユナを抱き寄せ、耳元で囁く 「良くしてやるよ……」 もとはと言えばテリーからけしかけた行為なのに、そんな事すらすっかり忘れてユナは蕩けた表情で続きを待った。耳元で囁かれた後、舌で耳をなぞられる。 ゾクゾクした快感が這い上がってきた。華奢な見た目の割に男らしい手がユナの腰を掴む。 そしてようやく抱え込む形で挿れてくれた。 あまりに滑らかに咥えこんでくれて、テリーは気持ちよさで一瞬呆けた。 「…っ……お前…濡れすぎなんだよ……っ」 「…………っ…テリーの…せいじゃないか……」 ユナの愛液がテリーのモノを伝ってぽたぽたと落ちていった。 「く……っ…は……っ」 ユナの中はドクンドクンと呼吸するように動いている。 「…テリ……っ…テリー……っ!」 待ちきれず彼女が動く度、濃厚な快感が巡る。 「……く……ぅ…っ」 テリーは額の汗を拭った。ここまで意地悪をしていて、先にイクのは恰好がつかない。 自分のペースに持ち込もうと、体位を変えようとするがユナは無意識にそれをさせなかった。 「ふ…んぅっ……は…ぁ…っ!」 両手をテリーの首に回して体を激しく上下に動かし、中はこれ以上ない程締め上げてくる。愛液はとめどなく溢れては絡みついた。 「…ちょっと…待て……ユナ……っ!」 「テ…リィ……っ!ふ……う…っ!」 「お…い…待てって……!」 自分が焦らせたせいもあるのだろう。珍しく飲まれている。 いつもならこんな風に彼女から攻められるのも悪くないのだが、意地悪した挙句良くしてやると言った手前どうしても自分のペースに持っていきたかった。 しかし 「テリ……っ……んん……ん……っ!」 夜はテリーに主導権があるのが当たり前だったのに、抗う事が出来なかった。 間近で見る潤んだユナの瞳から目が離せない。 「あ…っ……ぅ……く……っ!…ユ…ナ…っ!」 喘ぐ声が口から漏れる。恥ずかしい、だの、立つ瀬がない、だの、そんな理性ある思考が飛んで、彼女から与えられる熱を持った快感が体を侵食していく。 ユナは汗ばんだ赤い顔で微笑んだ。 「テリ……っ……テリー……大好き……っ」 心臓がドクンと大きな音を立てたと同時に、欲が濁流のように押し寄せ決壊した。 それはどくどくと、ユナの中に流れ込む。 「……………っ!」 あれだけ我慢したのに、先にイってしまった。 ユナは精液を全て飲み込んでしまってもなお、何か言いたげな瞳で足をもじもじさせている。 テリーは息をついて小さく舌打ちをした。 「……気持ち良すぎだ…バカ……」 困惑して返答に困るユナの体を大きな枕に押し倒し、両足を持ち上げて開かせるとそのまま覆いかぶさる。 「今度はオレの番だな」 「………っ!」 答える間も許さず、テリーは深く口づけした。 舌先で歯列を確かめ、口内を確かめ舌を絡めた。 「んぅ……っ」 口づけを止めると、唾液がユナの口元を伝う。それを見て、テリーは妖しく笑った。 「…覚悟しろよ?」 結局3度、欲に負けて熱を吐き出してしまったテリーは気怠い体をベッドから揺り起こした。 あれから1時間程度経っている。行ったり来たりを繰り返していたのか、再び現れた廊下の気配に気付いた。 湯浴みをしにユナが浴室に行ったのを見計らってテリーは部屋の扉を開けた。 「……熱心な事だな…」 そこには、マイヤが立っていた。表情はいつものように固く険しい。 情事の声も聞いていたのだろうか。城の教育係っていうのも大変なんだなと心の中でテリーは毒づいた。 「それが私の仕事ですから」 眼鏡の奥で心の中を見透かされてるようで気分が悪い。 「それで?ユナに何か用かよ?」 早く要件を終わらせようとさっさとテリーは尋ねた。 「ユナ様は…」 「あいつなら湯浴みしてる。今は出れないぜ?」 彼はきっと自分とユナを会わせる気はないのだろう。湯浴みを見計らって扉を開けた所を見るとそう取らざるを得ない。マイヤもテリーもお互い何の感情も持たない瞳で見つめ合った。 「結婚式までもう日にちが無い事は知っていますか?」 「ああ、あと一週間って所か」 「このままではユナ様は間に合いません。今の時間では足りないのです」 「へぇ…それで?」 「貴方には申し訳ありませんが、夜の時間も教育の時間に当てたいのです。 ユナ様には私と一緒に寝食を共にして欲しいのですが」 「………」 扉にもたれ掛って腕組みをしたままテリーは微動だにしない。冷たい瞳をマイヤに向けるだけだった。 「ウィル様と、バーバラ様の為です」 「そして、レイドックの威厳の為か?」 「………っ」 「今だって、充分に譲歩してやってるつもりだぜ?貴重な時間を、淑女とやらの教育に充ててる」 苛立ちを隠そうともせずそう言い放つ。 「貴方はユナ様が淑やかになられるのは反対なのですか?結婚式で恥をかいてもいいと?」 「そうだな、淑やかだろうがなかろうが、あいつはあいつだ。結婚式もオレがあいつに恥なんてかかせない」 マイヤの意見とテリーの意見は誰が見ても正反対だった。このまま意味の無い口論が続く事は想像に難くない。 「とにかく、ユナ様が仰ってくれたのです。淑女になりたい、と、それは貴方の為でもあるのでしょう?それでは彼女の意思を汲んであげるべきなのではないですか?」 切り口を変えてきた返しに、一瞬テリーは閉口した。 ”テリーとつり合いが取れるようになりたい” 恥ずかしそうに、そう言うユナが目に浮かんだ為だった。 「ユナ様にお伝えください。本気で淑女になりたいのなら、明日以降私の部屋で生活するように、と。これは貴方ではなくユナ様が決める事です」 マイヤはいつもどおりピシャリと言うと、美しすぎる歩き方でさっさと去って行ってしまった。 「………」 返す間もなく伝言を受け取ってしまった事に気付き、テリーはため息をついた。 さすがにあいつに伝えなければならない。 そしてあいつは多分、この申し出を受け取ってしまうんだろう。 あいつは昔から自分で決めた事に関しては頑固なのだから……。 次の日、ここ数日のマイヤの特訓で朝早く目覚める癖がついてしまったユナだったが 隣のベッドはもぬけの殻だった。 シーツは綺麗に整えられていて、人が使った気配を感じさせない。 昨夜テリーに言われた言葉を思い出す。 それはマイヤからユナに宛てての伝言だった。 一週間テリーと夜を過ごせない寂しさはもちろんあった、でも、自分で淑女になりたいと言ったんだ。 テリーとつり合いが取れるようになりたいと……。だったら、ちゃんと本気でやろう!と……。 テリーはユナの返事を聞くと 「お前ならそういうと思っていた」 と言って、呆れてそのまま寝てしまった。 心がぎゅっと痛くなったが、気を引き締めて身支度をするとユナはマイヤの元へ向かった。 朝、マイヤの部屋でユナの返答を聞くや否や、マイヤは満足げに頷いた。 「さすがユナ様、貴方は私が見込んだ通りのお方です!」 軽やかな足取りでユナの後ろの回り込むと 「さっそくですが、急がなければならない用事があるので一緒に来て頂けませんか?」 「あの…マイヤさん…」 言い終わらない内に、ユナが口を挟む。言おうかどうか迷った事。 「昨日の、よ、夜の事なんですけど………」 完全に聞かれていたであろう、情事の声。マイヤは、ああ、と返事すると別段気にする様子もなく眼鏡を整え直した。 「私は殿方との夜の営みの最中にまで”淑女”らしくとは言いませんよ。プライベートは、プライベートですから。まぁ…もっと早く出てきて欲しかったですがね」 その辺りの線引きはさすがというべきなのか、いつものようにバッサリと切り捨てるように返答する。それはともかく、とユナの両肩に手を乗せてとある場所まで案内してくれた。 そこは渡り廊下を抜けた先、使用人の部屋の一角だった。 クローゼットをそのまま部屋にしたかのような所で、ガチャっと鍵を掛けられる。 不審に思うまもなく「失礼いたします」の声と共にマイヤの手が腰に触れた。 「ぅわっ!」 慌てて後ろを向くとマイヤは怪訝な顔で。 「ドレスの寸法を測るからサイズを確かめているだけです、全部脱いでくださいね」 「ぜ、全部ですか…?」 「ええ、もちろん」 目の前で凝視するマイヤ。逃げられない雰囲気を直に感じて仕方無く服を脱いだ。 気まずさで黙り込むユナを気にも止めずに、片手に両肩を掴んでくるっと後ろを向けさせた。 「………!」 惨い仕打ちや拷問を受けたかのような傷だらけの背中に、マイヤの呼吸が一瞬止まった。 それは背中の下半分、ちょうど衣服で見えない場所。鞭や切り傷、火傷の跡、これは戦いで出来た傷などではない。 震えるマイヤの手に、心中を察してユナは自分から切り出した。 「……驚かせてすみません、昔の傷が治ってなくて…はは、その時ホイミ使えたら良かったんですけど…」 振り向いて答える。はにかんだ笑顔に痛々しい気持ちを感じてしまった。 マイヤは考え込むように目を伏せて俯いた。 「貴方…そう言えばずっと旅をされていらしたんですよね?」 「はい…」 「失礼ですがご両親は……?」 「………」 なんと答えればいいのかも分からない。ただ、ユナにとってもう親と呼べる相手は居ない事は確かだった。 「あの…昔色々あって、両親っていう人は……もういません」 その答えをきくとマイヤはコホンと咳払いをして 「……おかしな事を聞いてしまって申し訳有りません…それではサイズを測りますので もう一度後ろを向いて下さいますか?」 いつものマイヤに戻った所でそれだけを告げてメジャーを取り出す。 何だか気まずくなってユナは早々に再び背を向けた。 夜。マイヤは自室のバルコニーに備え付けられた椅子にゆったり腰掛けてぼーっと夜空を眺めていた。 テーブルの上には読みかけの本と飲みかけのワイン。 月明かりが夜の雲に遮られた所で読書を止めて物思いに耽っていたのだ。 滅多な事では外さない眼鏡を外して、ぼやけた視界の中今日の事を思い出していた。 コンコン。 ノックの音に現実に引き戻される。 慌てて眼鏡をかけ直すと椅子から立ち上がって静かにドアを開けた。 「マイヤさん、湯浴み、済みました」 湯浴みを済ませたユナだった。 「冷えない内にお入りなさい、今お茶を用意しますから」 ユナは一礼すると、ローテーブルを挟んで並んでいるソファに座った。 大きなベッド、テーブルにソファ・・・城の使用人にしては少し豪華過ぎる部屋だ。 マイヤが城でどれだけ大切にされてるのかが見て取れた。 ローテーブルに白磁のソーサーとカップを二人分用意してくれる。 それにティーポットの中の飲み物を注ぎ込むと、爽やかな茶葉の香りが広がった。 マイヤはテーブルを挟んだユナの目の前のソファに腰を下ろした後紅茶を勧める。 二人して紅茶を啜りながら無言の時間が流れた。マイヤは静かにカップを戻すと、テーブル越しにユナの手を掴んだ。 「えっ?」 ユナが戸惑う間もなく、マメが潰れて硬くなった手の平を見つめて 「年頃の娘とは思えない手ですね」 「うっ、あっ、はい…」 その反応にマイヤは薄く笑って 「何も責めているわけではありませんよ。先日テリー様からも聞きましたが、ずっと長い間旅をされてきたんですものね」 マイヤの言っている意図が掴めなかった。首を傾げながらあやふやに頷く。 マイヤはポケットから木箱を取り出すと、中に入っていた白いクリームをユナの手の平に薄く延ばした。 「私は、貴方を理解しきれていませんでした」 ユナは何も言えないまま行動を見守った。 いつも怖くて冷たいイメージしかないマイヤの手が、こんなに暖かくて心地良い物だと初めて知って 戸惑っている自分がいたから。 「普通の娘がするような生活を何一つ送ってなかったんですね…」 神妙に呟いて、手の平をさすりながら顔を俯かせる。 「世の中は不公平ですね、貴方みたいな子がどうして一人旅を強いられて来たんでしょう。 どうして、親の愛情を受けることが出来なかったんでしょう」 「………」 うつむくマイヤに、ユナはどうしようか迷った。 ゆっくりともう片方の手を肩に乗せて、その場にそぐわない精いっぱいの笑顔を返した。 「ありがとうございます、マイヤさん。でも、どうか心配しないで下さい。 オレは今の人生を後悔してません、だって、バーバラやウィル、みんなと会えたから」 マイヤもそれを見て優しく、どことなく悲しそうに微笑んだ。 「ふふ、そうですね、テリー様とも、会えましたしね。ですけど!貴方はもう戦わなくても良いんですから、手くらい綺麗にしておきなさい。 貴方はテリー様に守られていればそれで良いんですから。 それに…今の私との勉強が辛いなら、もう無理しなくても良いんですよ。私も、貴方の事を何も知らずに無理させすぎました」 「………」 伸ばし終わって手の平が潤いを持った所で木箱をポケットに直す。 初めて見た優しげな瞳に、何を言ったらいいのか分からなかった。 「あの……」 思いも寄らなかった彼女の行動に、考えていた事が何処かへ行ってしまって、何となく別の言葉が口をついて出た。 「マイヤさんは、どれくらい王宮に勤めているんですか?」 マイヤはキョトンとした後、少し考えて 「そうですね、どれくらいでしょうか…。私の父上がこの城の住み込みの教育係でしてね、 私は産まれたときからここに住んでいるんですよ。父の亡き後、もう貴方と同じくらいの歳から 使用人としてここで働いておりますので…もう20年以上経ちますね…」 懐かしそうに話す。 「国王や王妃様が倒れられてからと言うもの、城は活気を失って皆がやる気を失っておりました。 昔は人々の笑い声や笑顔で耐えなかった城が死んだように沈み込んでいました。 でも…そんな城を救ってくださったのがウィル様とバーバラ様でしたね」 戦いが終わっても、ウィル王子は旅に出ていた。 その理由は王も、王妃も私も知っていた。 二人が城に帰ってきてからと言うもの王も王妃もかつての若々しさを取り戻したかのように 生き生きとして、城もだんだんと活気を取り戻してきたのだ。 「お二人は本当に素晴らしい方です。私は、お二人の結婚式に少しでも華を 添えたいと思っていたのですが、少々やりすぎてしまったようですね」 マイヤの胸中を初めて垣間見た気がして、胸が少し痛んだ。 きっとマイヤは目が回る程忙しい中、ユナの教育に励んでくれたのだろう。朝も昼も夜も 彼女が休んでいるところを見た事は無かった。 「マイヤさん…オ…私はテリーに会って、ずっと女らしくなりたいって思ってたんです」 すべすべになった手の平の感触を感じながら呟く。 「だから……」 ユナは自分の気持ちを再確認して覚悟を決めた。 「だから結婚式までの間、私を一人前の女にして下さい!よろしくお願いします!」 ソファから立ち上がって、深々とお辞儀をした。 マイヤは目を丸くして 「ユナ様あなた……」 「マイヤさんの理想像に近付けるか分からないけど、オ…私一生懸命努力します!」 ユナの考えを悟ったのかマイヤは口に手を当てて差し出されたユナの手をぎゅっと握り締めた。 そしてユナはマイヤの部屋で一日中淑女教育を受けるようになった。 今まで以上にユナは必死に勉強した、口調、雑談、食事マナー、身だしなみ、歩き方。 染みついたガサツさは一朝一夕で治る物でもなかったが、それでもユナは必死だった。 覚悟を決めた事もあるが、マイヤの想いに応えたいと思ったからだ。 その間、テリーとは会わなかったし姿を見かける事も無かった。寂しいという気持ちを押し殺してユナは勤勉に励んだ。 そんな三日目の昼下がり。 マイヤの申し付けでユナは兵士の宿舎に差し入れを持っていく事を頼まれた。 これも教育の一環という事で、ユナの対応を見る為のものらしい。 籠いっぱいのサンドイッチを腕に下げ、城の一階にある宿舎へと向かった。 宿舎は兵士の稽古場のすぐ近くにあった。その稽古場がなにやら騒がしい。 稽古場なのだから兵士たちが居るのは分かるのだが、そこに女の使用人も集まっているのだ。 「………?」 興味を惹かれ、その稽古場を覗くと、 兵士を相手に木刀を振るっていたのは……テリーだった。 いつもの青い服と皮の胸当てではなく、白いシャツと白のズボンに黒革のブーツ、綺麗な紺の膝上まであるサレのような物を羽織っていた。 シャツと一緒にベルトで止められていて、腰に下げた雷鳴の剣だけが昔の面影を残している。 兵士はなんなくテリーになぎ倒され、再び別の兵士が対峙する。しかしそれも兵士の木刀が弾き飛ばされ、ほどなく終わった。 そしてまた別の兵士が対峙するのだ。 「すげえなあ、さすがウィル様のご友人だぜ」 見ていた兵士がそんな言葉を口にする。5人ほど相手にした所で 「お前は脇が甘い」「お前は隙が大きい」「もっと強く木刀を握れ」「瞬発力が足りない」 などアドバイスのようなものをしている。 「テリーさん、今度はオレたちも、お願いします!」 今度は別のグループの兵士がテリーに頭を下げる。良く見るとそこには20人程の兵士が居て、グループごとに稽古をつけて貰ってるらしい。 再び先ほどのような稽古が始まる。 テリーは華麗に兵士の攻撃を避けると、木刀で一閃する。その動きは一切無駄がなかった。 銀髪がなびいて、いつもは涼しげな顔が勇ましく変わる。 戦う時にだけしか見せない顔で、それがまた、テリーの美しさを際立たせていた。きっとそのせいだろう、女の使用人がやけに多いのは。 兵士を数人なぎ倒した所でテリーは何かに気付いて木刀を収めた。 「こんな所で何してるんだよ?」 「えっ!」 赤い顔で見惚れていたユナは、その言葉に我に返った。 「えっ…いや……あ、あ、あの……っ」 視線を合わせる事が出来ずしどろもどろになってしまう。気持ちを落ち着かせてようやく返答した。 「差し入れ、持っていくようにってマイヤさんから言われて…」 「ふぅん…」 兵士と使用人の視線が一斉に二人に集まる。 テリーは兵士に”少し外す”と告げた。 「いいのか?」 「朝からずっとだしな。休憩ついでだ」 三日ぶりに見るテリーにドキドキして、まだユナは目が合わせられずに俯いた。 「…兵士の稽古相手になってるのか?」 「ああ、トム兵士長に頼まれたんだ。タダで住ませて貰ってるんだから、これくらいはやらないとな」 右手に持っていた木刀をくるくる回す。まだ赤い顔で俯いているユナに気付いて 「……まだ三日だぞ…」 「そうだけ…ど……」 ものすごく久しぶりに会った気がするのは、服装が違っているせいもあるのだろうか 「その服…」 「ああ、服を新調しようかと思ってな。これは一応その間の繋ぎだ」 深い紺と白いシャツの組み合わせはよりテリーを大人っぽく見せていた。 「お前の格好も、それ、メイド服か?」 「うっうん……ワンピースの替えが無くて、今日はちょっとこれ来てる」 くるぶしの上まである長いスカートと袖の膨らんだ服、白いエプロンを付けていて 胸元の赤いリボンが印象的だった。 「それ来てると使用人と間違えられちまうぜ」 そっけなく返すがいつもと違う格好のユナに内心テリーは穏やかではなかった。 レイドックのメイド服は予想以上にユナに似合っていて 一瞬見えた妄想の中で、エプロンとリボンを外していてテリーは頭を抱えた。 「差し入れ持っていくんだろ?宿舎は稽古場の奥だぜ。さっさと行った方が良いんじゃないか?」 「…テリー…」 くるりと背を向けるが、寂しそうな声が聞こえ少しだけ振り向いた。 「……頑張るんだろう?」 小さく頷いたのが空気で分かる。 「……あと四日だ」 それはユナだけではなく、自分に対しても言った言葉なのだろう。 後ろ髪引かれる思いでテリーはその場を後にした。 |