結婚式 ボーンボーンボーン 一角獣の月が女神の月に変わる日の朝、鶏の合図の変わりに盛大な花火が城から打ち上がった。 人々は自分の仕事をほっぽり出して城の前に押し掛けている、美しい花嫁と次期国王の立派な姿をこの目で一目見ようと。 結婚式に参列する世界中の王へのお持てなしやら、式の段取りや演出などの最終チェックなどで同じように城の中は使用人がごった返して準備に追われていた。 そんな忙しい朝、使用人の総教育係、今日最も忙しいはずのマイヤは自室でそわそわととある人物の準備を待っていた。メイドとミレーユがその人物に付き添っているので任せっきりにしても大丈夫だとは思うが……。 カツカツカツカツ。 部屋の中にマイヤの靴の音が絶えず響き渡る。 「マイヤさん、ユナさんの準備出来ましたよ」 その声と共にドアが開かれる。弾かれたようにマイヤは振り向いた。 「……あの……変……じゃないですか?」 透き通った白い肌、ピンク色にふっくらと色づいた頬と唇、化粧をしたせいかいつもより大きく見える瞳に初めて手入れを受けた綺麗な眉毛。髪の毛はいつものようにボサボサでは無く、しっとりとまとめられていて、花を一輪添えたかのような髪飾り。 それと対になっているのか同じような花の宝石をちりばめたネックレスに美しい鎖骨のラインに沿って着られた空色のドレス。 マイヤはあまりの変貌ぶりに声が出なかった。 「あまりに違うから驚かれたんじゃないですか?正真正銘のユナちゃんですよ」 ミレーユの言葉にやっと我に返る。 戸惑っている自分を悟られないようにコホンと咳払いして、真正面からユナを見据えた。 一国の王女と言っても遜色無い。いつものユナは完全に影を潜めていた。 「ドレスも、とてもきれいに仕上がってますね。やっぱりその色とデザイン、貴方にとても良く似合っています」 自然と笑顔と言葉が零れた。 キラキラとドレスが光って、それに負けていないユナの姿。 実際、普通に見てもユナの顔立ちは整っていた、大きな瞳に背もスラッとしていて女性らしい体つきをしていた。身だしなみさえ整えれば目を引く美女になるとは思っていたが、予想以上だ。今までの二週間が思い出されてきて、胸に熱い物が込み上げてきた。 「マイヤさん、ありがとうございます」 慣れない手つきでドレスの裾をそっと両手で掴む。 マイヤから教えられた通りの淑女のお辞儀をして見せた。 「良いんですよ。それよりユナ様、今日、これからが本番ですよ!今までやってきた事は今日この日の為にあるのですから」 「はい」 しっかりと頷くユナをもう一度上から下まで見る。自分の娘の晴れ姿を見るような錯覚に陥り、ついつい目頭が熱くなってしまった。 「貴方なら、きっと大丈夫です」 それを誤魔化すようにマイヤは笑ってユナを送り出した。 赤いドレスを着こなしていつもより数段美しいミレーユがユナの手を取って 中庭まで連れて行ってくれる。 いつもダンスの練習をしている味気ない中庭も今日は華やかに色づいていた。色彩豊かな色とりどりの花、白いレースのひいてあるテーブルにはこちらも負けてないほど美しく盛り付けされた料理、その周りは世界中の要人や貴族で賑わっていた。 そんな中ミレーユとユナの登場に中庭がざわめく。 若い男性は色めき立ち、女性もその美しさに嫉妬を通り越しただ見惚れた。 「ミ、ミレーユさん……」 「どうしたの?」 「や、や、やっぱりダメ……恥ずかしい……」 「何言ってるの!」 「ぅわっ」 ミレーユはユナの手を引いて 「恥ずかしいのは私も一緒」 そういうミレーユの顔は少し赤らんでいた。 「ウィルとバーバラの結婚式に華を添えなきゃ、バーバラの戦友は私と、ユナちゃんしか居ないでしょ?」 「う うん……」 「あれだけ頑張ったのよ、今日の為に、ね」 そうだ、全て今日の為……。 ユナとミレーユは赤い顔で頷いて、恥ずかしさをそっと心の奥にしまった。 「ユナさん!?ユナさんなんですか!?」 「う…うん…だから……そんなに肩振らないでくれるか…頭が……」 レイドック大聖堂。 並べられた長椅子の一番前にかつての戦友は集まっていた。 「いやぁ、本当に綺麗ですよ!ビックリしました!」 ずれていた眼鏡をかけ直して今度は手を掴んでブンブンと振る。 容姿に対して賛辞される事は少なかったため、ユナはどうしたらいいか返せず はにかむだけだった。そして、ずっと気になってた事を言い辛そうに口にした。 「あのさ…そう言えばテリーは何処にいるんだ?」 ずっとその姿を探しているのだが、見つからなかったのだ。 「なんだよユナ、お前は相変わらずテリー、テリーだな」 茶々を入れたのはハッサン。ミレーユの隣で鼻を伸ばしていた癖に こういう話になるとユナをからかうのは相変わらずだった。 「そっ、そんな事ないけど…!!」 「私は見掛けませんでしたよ?恐らくまだ来ていないのではないですか?」 テリーはその容姿のせいもあって目立つ。 ユナも、チャモロも見掛けなかったという事は本当にまだ来ていないのだろうか。 「仕方ない子ね……もうすぐ始まるのに……」 壇上で厳かな衣装をまとっている神父は今か今かと主役の二人を待っている。 長椅子は王や貴族で全て埋まっていた。 ミレーユの隣、一番端の席を覗いて。 突然その場の空気が変わり客がざわめいた。 周りの視線を追うとその先には レイドックの正装、赤いマントに鮮やかな刺繍、神々しい兜を被った凛々しいウィルと 純白のドレスに身を包んだバーバラがゆったりと壇上に向かって歩いてくる姿だった。 余りにも絵になる二人の姿に美男美女は見慣れているはずの諸国の王たちもその姿に見とれる。静寂を保ったまま二人は歩いてきた。儀式のように神々しく、美しく。 ちょうど通路側だったユナの目の前を二人が通り過ぎた。 白いヴェールにいつもの元気な顔を隠して、そして純白のウェディングドレス………。 「テリー」 小さなその声に、ユナは振り返った。 ミレーユの隣、なんとなくバツの悪そうに彼が遅れてやってきた。 「遅いわよ、何してたの」 「……ごめん……」 小さく呟いて席に着く。濃い色のタキシード姿に銀髪は後ろに撫でつけられている。 いつもと雰囲気の違うテリーにユナは目が離せなかったが、神父のコホンという咳払いで我に返った。慌てて再び壇上に目を向ける。 二人が壇上の前に立ったところで神父は右手に持っていた聖書を開いて、その一説を読み上げた。しばらく読み上げて、緊張の為か再びコホンと咳払いをした。 「汝、ウィル、貴方は新婦バーバラを生涯の伴侶とし、健やかなる時も病める時も愛し続ける事を誓いますか……?」 静寂の聖堂内にその声が響き渡る その後ウィルの声がハッキリと聞こえてきた。 「はい……誓います」 神父は頷くと今度は花嫁の方に目を向け同じ言葉を繰り返した。 「では…汝バーバラ、貴方は新郎ウィルを生涯の伴侶とし、健やかなる時も病める時も 愛し続ける事を誓いますか……?」 「……はい…」 大きな瞳に涙が滲む。しかししっかりと神父の目を見て答えた。 「誓います……」 うん、と再び神父は頷く。 「では誓いの口付けを…」 曇っていた空から二人を祝福しているかのように暖かな光が差し込んできた。 その光を浴びるヴェールをそっとウィルが捲ると、今まで見た中で一番美しいバーバラの姿があった。 姿を露わにした花嫁ににわかにざわめきが戻ってくる。 そのざわめきが収まった所で、バーバラは小さな唇を小さく動かした。 「ウィル、幸せにしてね」 口付けしようとして聞こえるか聞こえないかの声。 「勿論さ…一生君を見て、守ってみせるよ」 ウィルも聞こえるか聞こえない程度に小さく呟く。 一瞬目が合うと、皆が見守る中、ウィルはバーバラに口づけた。 「おめでとう…ウィルにバーバラ……」 心の中の声が小さく声に漏れ、何故だか瞳からは涙が流れていた。 「おめでとう、おめでとう!!二人ともおめでとう!!」 「分かった、分かったから、ありがとう、ありがとうユナ!」 あれから涙の止まらないユナを、主役であるはずのバーバラが慰めてくれる。 「ごめ…ごめ…涙が、涙が止まらなくて……!」 「ユナちゃん、せっかく綺麗にしてもらったのに台無しよ、顔、見せてご覧なさい」 化粧を崩さないように慎重にミレーユはハンカチで涙を拭いてくれた。 主役はバーバラなのだ、こんな所で号泣してはダメだと分かっているのだが 今までの旅を思い出して、涙を止める事が出来なかった。 顔を振って、必死に涙を耐える。 「ごめん、ごめんな……バーバラ、すっごい綺麗だった……良かった…… 本当に結婚したんだな……」 「ええ、素敵だったわよ二人とも、私この光景、絶対に忘れない」 「私もです…本当に綺麗でした、私、見惚れてしまいました…」 「えへへ……ありがと……みんな……」 「おう!ウィルもすっげぇ格好良かったぞー!いやぁ…それにしても本当に結婚しちまったんだなぁ!良いのか?バーバラで…」 「ちょっとハッサン!」 変わってない、このやり取り、バーバラが、ウィルを好きだと自分に打ち明けてくれた時も バーバラが消えるって分かった時も。 でも、こうやって二人は今一緒になって、式まであげて、これからの幸せを誓えた。 それは本当に奇跡のようで 「良かった……」 バーバラの指に光る美しい赤い宝石の指輪。 マイヤに怒られる事を知りながら、またユナは涙を流すしかなかった。 新郎と新婦の二人は、中庭で各国の王や要人、貴族の相手をしていた。 ユナも何度か見た事がある、王族の結婚式というのは大変なものなのだ。 ハッサンとミレーユは二人で旅先で見知った人々と会話を弾ませている。チャモロも神殿の神官や神父とゲントの次期長として挨拶を交わしていた。 マイヤさんから雑談の基礎を徹底的に叩き込まれたユナは周りの皆と同じように挨拶をしたり話し込んでも良かったのだがにわか仕込みの教育でいつぼろが出るか分からない。 人影に隠れながらなるべく目立たないようにテリーを探す事にした。 「美しい姫君、名前は何と申されるのですか?」 唐突に声を掛けられ、ぎょっとしてユナは振り向いた。 細やかな装飾が施されたマント羽織った若い男。ウェーブのかかった金髪を掻き上げて 爽やか微笑みがなんだか嘘くさくも感じてしまった。 息を飲んで、ユナはマイヤ仕込みの挨拶をした。 「私はユナと申します。バーバラ様とは古くからお付き合いさせて頂いております」 「ああ、バーバラ様のご友人でしたか。どこかの王女様だとばかり思っていました。 私はサンマリーノから来ました、ジェフと申します」 「サンマリーノ……」 いつもの街の名前が出て、固い表情が緩む。 「ええ、私の父はサンマリーノの13代目町長をやっていましてね。本日はその父に同行したのですよ」 「へぇ〜〜そっか!サンマリーノの町長だっ……っ」 つい素が出てしまい、慌てて咳払いする。 「あっ、その…申し訳ありません、取り乱しまして……。サンマリーノから来られたのですね、あの街は私も良く訪問させて頂きました。とても美しくて素敵な街ですね」 相手は一瞬目を丸くしたが、そのあとすぐにまた爽やかな微笑みで返してくれた。 「ありがとうございます!そうだ、今度ユナさんがサンマリーノに来られた時は是非お会いしましょう。街を案内いたしますよ。海が素晴らしく綺麗に見える場所や、美味しい食事屋も」 「えっ ホントに…! あっ あの…ありがとうございます…!」 その時、ぬっと別の影が横から現れた。 「バーバラ様のご友人の方だったのですね」 さりげなく会話に入ってきたのは、水色の衣装を身にまとった育ちの良さそうな顔の男性。 いくらかユナより年上に見えたが、衣装と同じ色の髪がとても美しく見えた。 女性なら、はっとするような顔立ちの美青年だ。 「私はマウントスノー一帯を治める、共和国の第一王子です。私も良ければ話に加えて頂けませんか?」 「へぇ〜〜マウントスノーかぁ……」 素に戻った事に気付かずユナは返した。 「マウントスノー、とても寒い国ですね……」 サンマリーノ町長の息子ジェフは牽制するような瞳でそんな言葉を投げかける。 「ええ、雪で覆われて、とても寒い国です。ですが、とても美しい国でもあるんですよ」 王子の方は年の功もあるのか余裕たっぷりで返した。 「ええ、私も訪問した事がありますよ、マウントスノー。オーロラがとても美しくて……」 ユナは、雪道を歩きながら、夜にテリーと一緒にオーロラを見た事を思い出していた。 立ち止まって見惚れていたユナを急かすように「そんなもの見て何になる」と毒づいたんだ。懐かしくなって、口元が緩んだ。 「さすがユナさん、マウントスノーにまで足を伸ばした事があるのですね。そうなんです、マウントスノーはとても美しい国です。私はとても気に入っています。訪問の際は是非我が城においでください。オーロラの他にも、美しい場所が沢山あるんですよ」 「へぇ〜」 所々素で返してしまっているが、二人の男は気にも留めない様子だった。 「そうですね、私のサンマリーノにも、楽しい場所は沢山あるんですよ。劇場や、カジノ、世界中の品物が集まるのです」 「ああ、サンマリーノも楽しいよなっ」 つい、いつもの笑顔。若い男はふと、顔を赤らめてユナの手を取った。 「そうだ、父上を紹介しますよ!サンマリーノに来るのでしたら、父上と知り合いなら何かと都合が良いでしょう!」 「えっ……」 腕を引っ張られる。 「で、でも……」 テリーを早く探したい。このままだとズルズル会話が長引きそうだ。 「やめろよ不躾だな。彼女、困ってるじゃないか」 そんなユナを救ってくれたのはマウントスノーの王子。ジェフの腕を掴んで、綺麗な顔の眉間に皺を寄せた。 「勝手に話に入ってきたのは君の方だろう。私が先に彼女と話していたんだが?」 「そういう話をしているのではないよ。彼女の困るような事はやめてくれたまえと言ってるんだ。君の父親だって、勘違いするかもしれないじゃないか。それは彼女の望む事ではないよ」 「私はただユナさんが再びサンマリーノに来る事があれば、お力添えになれるかもしれないと言ってるだけだ」 「あ、あの……」 若い二人の男の対峙を見守る事しか出来ない。 「ユナさん、見苦しいところをお見せしました…。父上に会えば、きっと会って良かったと思えるはずですから。さぁ、行きましょう」 「君がそんなに強引でいては、断りたくても断れないじゃないか。彼女の意思を尊重したまえ」 「さっきからなんなんだ、貴方に彼女の何が分かるんだ?」 「それは、これから知って行く所さ」 町長の息子と第一王子の言葉の応酬は続いた。目立つ3人の姿は徐々に注目され始める。 「あ、あの、申し訳ありません……私はこれで……」 どうしたらいいのか分からず、逃げるように去ろうとするユナ。その手を名残惜しそうに取ったのは町長の息子ではなく第一王子の方だった。 「気分を悪くさせて申し訳ありません。宴はまだ続きます、後ほど、必ずまたお会いしましょう。 私はマウントスノー第一王子のルイと申します。美しいユナ様」 「は、はい…では、また後ほど……」 後ろで騒いでいる町長の息子をしり目に、王子ルイはそっとユナの手の甲に口づけた。 「………っ!」 王族の親しみを込めた挨拶。マイヤから教えられてはいたが、驚いて、うっかり手を引っ込めてしまった。 「あ、あの、ごっごめんなさい…っ!それじゃあ…っ!」 頭を下げた後ドレスの裾を捲って、ユナは逃げるようにその場を後にした。 中庭を離れ城とを繋ぐ渡り廊下を人にぶつからないよう辺りを見渡しながら歩く。 そしてようやく、見慣れた後ろ姿を発見した。 銀髪にタキシード、その人は気だるそうに歩いて休憩室に入っていった。 ドキリと心臓が大きく高鳴る。 開かれたドアをそっと覗いてその後ろ姿を確認した 「テリー、探したんだからなっ」 心臓の音が弱まった所で話しかける。 「ほら、見てくれよこんなドレス着せられちゃっ……」 声に反応して男が振り向く。 待ち望んだその人は、ユナの良く知っている人物ではなかった。 「…!…申し訳ありません…人違いでした……」 銀髪の知らない男は不審げに首を傾げ、賑やかな場へと戻っていく。 彼が去った後、ユナは彼が居た場所にもたれ掛かった。 ちょうど目の前に大きな姿見の鏡が置いてある。 鏡の中の自分はまるで別人だった。 綺麗に化粧をして、美しいドレスを着た、まるで夢の世界の自分。 本当は、ずっとこんな風になりたかったのかもしれない、オシャレしてドレスを着て、女性らしく振舞いたかったのかもしれない。 心の中で急に悟る。悟ってしまった瞬間に虚しくなった。 もう一度目の前の自分の姿を見返す。 綺麗になった姿をテリーに見て欲しかった。 驚いた顔して皮肉でも良いからテリーに何か言って欲しかった。 ハァと息をついて鏡の前に立つ。ひんやりと冷たい鏡にコツンと額を当てた。 唐突に扉の開く音、それとともに感じる人の気配。 弾かれたように振り向くと、そこにはずっと、ずっと探していた姿があった。 伸びていた銀髪を後ろに撫で上げて、切れ長のアメジストの瞳と凛々しい眉毛がよく見えた。 濃い色のタキシードに、かちっとした物が性に合わないのか下のシャツと明るい色のネクタイは緩められている。 「あ……」 心臓が高鳴って、驚いて、声が出ない。 向こうは面白く無さそうに部屋の前に立っていて部屋に入ってこようとはしなかった。どことなく不機嫌そうに腕組みをしてじっとこっちを見ている。 「…テ、テリー……」 いつもは前髪に隠れている水晶のような瞳。 「…やっぱりタキシード、似合うね…」 ようやくひとことふたこと出てきたのは、そんな言葉。 ユナは膨らんだドレスの裾を両手で捲った。 「ほら、見てくれよこのドレス、マイヤさんに無理矢理着せられちゃって……化粧も……」 「そんな格好して浮かれるな、バカ」 「―――――っ!」 まさかの暴言に思わず顔が強張った。 「…バカ…って…」 「似合わない格好して喜んでるからそう言っただけだ」 「オレは別に喜んでなんて……!」 心の中の気にしている部分にその言葉は鋭利な刃物のように突き刺さった。 「ちやほやされるのが、そんなに嬉しいのかよ?」 突き刺す刃は止まらない。ひとつの救いはテリーが顔を背けてくれていた事 だったがユナにはそんな事を考える余裕すらなかった。 久しい心の痛みは、バーバラの花嫁姿を見た時と違った意味で涙腺を刺激した。 「んで……そんな事言うんだよ………」 こんな時に、こんな事で泣きたくなんかない。 しかし弱まった涙腺からあふれる涙は止められそうもない。 「…レ…は……ただテリーに…………っ」 言葉の続きを言えないまま、耐えられずユナは部屋から出て行ってしまった。 銀髪の青年は言ってしまった自分の言葉に後悔と自己嫌悪を感じずにはいられなかった。 また、彼女を傷付けてしまった……。 何に当たる事も出来ず、自分が腹立たしくて、ただ心臓を掻きむしりたかった。 いつまで子供なんだオレは――――――。 |