結婚式/2



 テリーは、ユナの顔が好きだった。
正確に言うと、いわゆる”好みの顔”なのだ。
だから、初めて会った時すぐに女だと分かった。イエローブラウンの髪色、白い肌に華奢な目鼻立ち、何より瞳が印象的でその不思議な色合いの瞳で見つめられるとはっとした。
しかし、だからといってそれが理由で彼女に惹かれたわけでは無かった。
好みの顔の女なら、娼館や酒場にだって稀に居る。
ただ、ユナはいつも髪はぼさぼさだし、肌も砂埃まみれ、顔を怪我をしてガーゼを付けている事も良くある。酒場に行くと「さえない女」「だせえ女」と、揶揄される事も一度や二度じゃない。
その度に、テリーの中に優越感が湧き上がっていた。
ユナの魅力を知っているのは自分だけなのだ。
良く見ると整った綺麗な顔立ちをしていて、服に隠された豊満な体、透き通るような肌や瞳、自分にだけ見せる表情やしぐさ。そして、夜にしか聞けない艶めかしい声。
そのユナの魅力を知っているのは自分だけで良かった。

今のあいつは華やかなドレスに身を包んで、綺麗になった髪や肌を曝け出して、化粧を施して大きな瞳はより魅力的に人々の目に映っている。ふくよかな胸の曲線を隠そうともせず、笑顔で談笑して。
そんな彼女に、今までは見向きもしなかった男どもが引き寄せられる。
テリーにはそれが気にくわなくて仕方が無かった。

昔も今も、ユナは自分が見つけた、自分だけの物なのに。





 中庭に面した渡り廊下。ユナは本当に隅の木の影で必死に涙を耐えていた。
こんな日に、こんな事で泣けない。
瞳にたまった涙を耐え、なんとかしゃくりあげた。

「ユナちゃん」

 その声に涙目のまま振り向いてしまう。ミレーユだった。ユナは慌てて顔を背けた。

「……テリーと何かあった……?」

「…えっ……」

 否定をする前に驚きの方が勝った。

「だって、ユナちゃんをこんな風に泣かせるのって、あの子以外居ないでしょう」

 優しくユナの肩に手を掛けて持っていたハンカチを差し出した。

「さっき、遅れてきた時や中庭で皆と一緒に居ない時にね、なんとなくは分かってたの。あの子がイライラしてる理由」

「どういう事……?」

 ユナの言葉を待たず、手を引いて廊下を歩き出す。

「テリーは休憩室に居るの?」

「…うん……」

「全く、本当にしょうがない子ね」

 先ほどの休憩室の前まで行くと”ここで待つように”とユナに促して、ミレーユはそっと部屋に入って行った。扉はしっかりと閉めずに、少しだけ開いていて中の様子が垣間見える。

「テリー」

 ミレーユの声に反応する人影。テリーはまだ部屋に居たようで、ミレーユに何か挨拶のようなものを返した。
そしてそのあと、二人の話声が聞こえてくる。

「ユナちゃん、すごく綺麗だったでしょう?」

「―――――っ!」

 隠れて聞いていたユナの心臓が大きく高鳴った。

「………」

「向こうでも皆から声かけられちゃって……大変そうだったわ」

 だんだん不機嫌になっていく弟の顔。姉にフイっと顔を背けて窓の側に立った。

「へぇ…それで?」

 興味なさそうに吐き捨てる。ミレーユは呆れながらため息をついた。

「やっぱり分かりやすいわね貴方って」

「何が……」

「ユナちゃんが綺麗になって、皆にもてて面白くないんでしょ?とられちゃったみたいで」

「…………っ!」

 テリー、ユナ、二人が同時に反応した。

「それならそうとちゃんと伝えなさい。じゃなきゃまたユナちゃんを悲しませることになるのよ」

「………」

 しばらく無言だった後、ハァっと小さくため息が聞こえてくる。

「姉さんには適わないな」

「一応、貴方の姉ですもの」

 テリーが窓の外を見る。ミレーユはドアを開けてユナに手招きをした。

「姉さんの言う通りだよ。あいつが皆に声かけられてるのを見て、正直言って面白くなかった。
外見だけで判断する奴らも、そんな奴らに笑顔で返すあいつも。」

 窓の外は城の国民が大騒ぎ。街の広場で酒をあおって歌って踊って、その光景を見ながら想いが言葉になってあふれてくる。

「独り占めしていた物が皆に見つかって…何だか取られてしまったみたいで……」

 何だか、嫉妬した。

手招きされてミレーユと入れ替わり部屋に入ったユナは動けないでいた。
テリーのそんな言葉が信じられなくて、嬉しくて、勿体なくて。先ほどの涙が嘘のようだ。

「ホントにオレは子供――――」

 姉だと思って振り向いた先に、その想い人の姿があって、虚を突かれて思い切り動揺した。気配に気付けないほど、自分の気持ちを汲み取る事に没頭していたのか。
扉の向こうで手を振るミレーユの姿。仕組んだのはやはり、適わない姉なのだろう。

「……ユナ」

 涙目で止まっている彼女に声を掛ける。きっと全て自分の気持ちを聞いていたのだろう。

「さっきは悪かった……そういう事だから……」

 なにがそういう事なのか、気恥ずかしさにテリー自身も返す言葉を探す。

「……今の…ほんと……?」

 まだ信じられないユナは小さく自信無さげに聞き返した。

「……ああ……」

 オレの中綺麗なお前でいて欲しかった。誰にも見せたくなかった。
さすがにその気持ちは言葉には出せず、心の中で呟く。

「…あと、お前な…他の男に良い顔すんなよ」

 面白くなさそうな顔で少年のような口調。

「…勘違いされたらどうするんだよ?」

「勘違いって……」

 言葉の意味を一瞬で理解出来ない辺り、まだ自分の事に気付いてないのだろう、

「だから…あいつらがお前の事……」

 初めて、まっすぐにユナと目が合って、テリーは思わず視線を逸らした。
容姿を見て高揚する男になどなりたくなかったし、それでは、”あの男たち”と同じではないかと思ったが、ユナの姿は胸の中を酷く焚き付ける。

「……なんでもない……」

 逆に赤面してしまって言葉を止めた。

「ふふ、仲直り、出来たみたいね」

 会話を見計らってミレーユが部屋に入ってくる。

「さあ、中庭に戻りましょう」




「ミレーユ、何やってたんだよ。ダンス始まるぜ」

「ええ、ごめんなさいハッサン。テリーを連れてきたの」

 渡り廊下でハッサンが三人を待ちかまえていた。
人々のざわめきの変わりに聞き慣れた優雅な音楽が聞こえてくる。
中庭で男女一組づつになって華麗なステップを踏んでいた。
その中には花嫁と花婿の姿もある。

「ユナちゃん、マイヤさんからダンス教わったんでしょ?練習の成果、テリーに見せてあげたら?」

「えぇ?」

 その言葉に驚いてしまう。

「そりゃいいや、ほらテリーにユナ。さっさと中庭で踊ってこいよ!」

 考える間もなくハッサンは強引に二人の手を繋いだ。
ハッサンとミレーユはお互い似たような意味のウィンクを残していく。

「……お前、踊れるのかよ?」

「社交ダンスはみっちり特訓したよ!…足踏んで怒られてばっかだったけど…」

「…さそう踊りとはわけが違うんだぜ?」

「わかってるよ、そんな事!」

 1週間ぶりにいつもの雰囲気にようやく戻ってきて、嫌味を言われながらユナは楽しそうに笑った。テリーも、フっと笑ってユナの手を引く。

「ユナさん!」

「ユナ様!」

 二人の間に割って入るように呼び止めたのは、先ほど中庭で会話をした二人、サンマリーノ町長の息子と、マウントスノー第一王子。ダンスの相手をユナに申し込もうとしたのだろうか。その誘いを断ったのは待ち焦がれた女性ではなく、銀髪のとても美しい顔をした男。

「悪いな」

 その男、テリーは勝ち誇った顔で言った。

「先約だ」





 手を繋いだまま中庭へと降り立つ二人をウィル、バーバラはいつものようにからかいながら迎えてくれた。
優雅な音楽と共に足が練習通りのステップを踏む。
それはユナにとって夢のような時間だった。
タキシードを着てユナをリードしてくれるテリー、ドレスと化粧で着飾っている自分。何から何まで今までの自分には想像できない世界だったから。
テリーの手の温かさを感じながらやっとこれが夢でない事を知ることが出来る。

「テリー、ダンス上手いね」

 躍りながら夢見心地のまま尋ねた。

「お前と一緒にするな」

 ふっと笑う。

テリーはふと、ミス一つしないまま華麗に踊るユナの姿を瞳に映した。
青いマントの変わりに青いドレスを着飾って、血や魔物の匂いの変わりに花の香水の香り、優雅な立ち居振る舞い。淑女教育を叩きこまれただけあって、ユナを全く知らない奴からみれば彼女は育ちの良いお嬢様、あるいはどこかの国の王女様にも見えるのかもしれない。

「みてみて!あの銀髪の男の人、とっても素敵!!それに一緒に踊ってる人も、すっごく綺麗よ!」

「ほんとね、絵になるわ〜…」

 そんな声が音楽に混じってひそやかに聞こえてくる。
しかしユナはそんな周りの声も耳に入らなかった。
耳に入って瞳に映し出されるのは優雅な音楽とテリーの声と水晶のような瞳だけ。

音楽が鳴り終わって次の曲に入るときも二人は相手を交換することもなく躍り続けた。
この時間がいつまでも続けばいい。ユナは心からそう思い、テリーもまた彼女と同じ思いを心の奥底で感じていた。





 結婚式はウィルとバーバラの笑顔とともに幕を閉じた。

城の大きな門の所で皆が待ちかまえる。大きな門が開くと共に歓声が上がった。
白いウェディングドレスとは別のバーバラの為にあつらえられた黄色いドレス。赤毛と明るい笑顔に黄色いドレスがもの凄く似合っていて見とれてしまった。
花嫁の持っていたブーケがこっちに向かって投げられる。そのブーケを受け取ったのはミレーユだった。
驚くミレーユに笑顔のバーバラ。明らかにこっちを狙って投げたのだろう。結婚式でブーケを受け取った女の人は近々結婚するというジンクスがあった。ハッサンとともに恥ずかしげに微笑むミレーユ。

花嫁と花婿はそのまま馬車に乗り込んで城下町を一周した。国民や世界中の国王、仲間たちの声援を一心に受けて二人にとって最高の結婚式は幕を閉じた。





「バーバラにウィル、結婚おめでとう!」

 ここは城の屋上、屋上に備え付けられた大きなテーブルを囲んで
昔の仲間たちが皆で今日の事を話し合っている。国の要人や貴族が帰った所で落ち着ける場所へ移動して仲間の幸せをもう一度心から祝福した

「今日は皆本当に有難う!おかげで最高の結婚式になったわ!」

 今日の主役の花嫁は笑顔で隣にいたユナとミレーユに飛びついた。
堅い心の絆で結ばれている七人はテーブルを囲み、また改めて二人の幸せと久々に再会した喜びを分かち合った。
そんな誰も入り込めないような空間に背の高い女性、マイヤが訪れた。
マイヤに一番に気付いたユナが席を立って駆け寄る。

「ユナ様」

「マイヤさん!」

 式の間中ずっとみなかったマイヤの姿。きっと裏方で忙しかったのだろう。

「今日は本当に良くやってくれました」

 神妙に呟いて礼儀正しいお辞儀をする。ユナはブンブン手を振って

「そんな、私の方こそ!お忙しい時期の御指導ありがとうございました!ご期待に応えられたか不安ですが、教えて頂いた経験はとても心強かったです」

 今度はマイヤが手を振る。

「何をおっしゃいます!ユナ様は大変良くやって下さいました!諸国の殿方も、貴方を賛辞される方ばかりでしたよ!ダンスも完璧だったではありませんか」

 心配で遠くで見ていたのだろうか。その心遣いが本当に嬉しく感じた。

「全てマイヤさんのおかげです。本当にお世話になりました」

「貴方の努力あってのものですよ」

「マイヤさん…」

 楽しそうなバーバラとウィルに目を向けた後、ニッコリと微笑んで去っていった。
その後ろ姿にユナは教えられたとおりの挨拶をした。

顔をあげた時にはもうマイヤの姿は無かったが、変わりに銀髪にタキシード姿の恋人が立っていた。

ユナの方をちらっと見て屋上の手すりに向かう。ユナも彼の横に並んだ。
談笑する仲間たちの楽しそうな声を背中に受けながら、ユナは幸せそうに夜空を見上げた。

「今日、バーバラ綺麗だったよな」

 それが今日一番の感想だった。
ホントに綺麗で、幸せそうで、自分の心の中も暖かくなってくる。また、じんわりと涙が溢れてきそうになった。
そんなユナの横顔をじっと眺めて、自然と口から言葉が漏れた。

「……本当に綺麗だな…」

「……?バーバラの事か?」

 キョトンとした顔でこちらを見る。
思わず漏れてしまった言葉にはっとして、夜空を見上げると同時に視線を外した。

「い、いや、月がな」

「月?今日は新月で月なんて出てないけど……」

「あ、いや、星だ。星が綺麗だって言ったんだ」

「う、うんそうだね」

 いつもと違うテリーに首を傾げて同じように夜空を見上げた。
彼女の横顔は本当に綺麗で、式が終わってからも何一つ乱れていないドレスも髪飾りも化粧もテリーを虜にさせた。あんな男たちと同じになりたくない、と思いつつ、この気持ちは止まらない。心臓が早く打ちだし、その音が体中を駆け回って体中を熱くさせた。

テリーの視線に気付いて声をかけようとした瞬間。

「私の事、忘れちゃあいないかい?」

 しわがれた声が、屋上に響いた。

「おばあちゃん!」

 現れたのは夢占い師、グランマーズ。
あの時の恐怖が蘇り、ユナは知らず足がすくんだ。
グランマーズは皆が談笑していたテーブルにゆっくりと歩み寄った。

「まずは祝辞を言わせてもらうよ。ウィルにバーバラ、結婚おめでとう。二人の未来に豊かな幸福が待っている事を願っているよ」

 二人は厳かに頭を下げる。

「まぁまぁ、そんなにかしこまらなくたっていいじゃないか。以前のようにしとくれよ」

 そういうと、緩んだ口元でグランマーズは笑った。ミレーユが駆け寄る。

「ミレーユ、あんたも、真っ赤なドレスが似合うねえ」

「ありがとうおばあちゃん、それより――――」

「ああ、そこの、お二人さんの事だろう?」

 鋭い瞳が、テリーとユナを見つめた。何を言われるのかつい警戒してしまって、取り巻く空気が異質に変わった。

「なんだい、呼ばれて来てみればお邪魔だったかね」

 状況が理解出来ず、何も返せないユナに代わりテリーがそれに答えた。

「…待っていた……オレの未来を、あんたに見て欲しい」

「…………っ!」

 ユナを含めた皆が弾かれたようにテリーを見た。それに対し、グランマーズはため息をつく。

「あんたがほんとうに見なきゃいけないのは、自分の未来じゃあないだろう」

 心の弱い部分を露わにする瞳で見つめ返される。

「ほんとうは、ユナが、いつ消えるか。それを知らなきゃいけないんじゃないかい?」

 今度はテリーが震えるように反応する。

「このまま行動を起こさなければ、あんたの未来は変わらないよ。それは恐らく、あんたの想像通りの未来だ」

 小さな老女の肩を取り上げるようテリーは乱暴に掴んだ。

「じゃあどうすればいいんだよ!!?」

「テリー、やめなさい!」

「どうすれば、ユナは消えずにすむんだよ!!!」

「おい、テリー」

 今度はハッサンが興奮するテリーを制した。

「テ、テリー……」

 ようやくテリーを我に返らせてくれたのは消え入りそうなユナの声。

「テリーの未来って……」

 心にひた隠しにしてきた、恐ろしい考え。
願いを叶えてくれるダークドレアムを呼び出すために、オレは、人を殺すのかどうか――――

「少しは落ち着きな。話せるもんも、話せやしないよ」

 力の緩んだテリーをハッサンが引き離した。ウィル、バーバラ、チャモロも席を立ち、神妙な面持ちでグランマーズの言葉を待った。

「結果から言うよ。ユナが消えない方法は、確かにある」

「―――――っ」

「だが、それは曖昧で抽象的なものだ。方法自体は今は何も分からない」

 喜ぶ隙を与えず言葉を続け、行き場を失った感情が漂う。

「それともうひとつ、このまま何もせずにいればユナが消えるのは2年後。それは占いで見る事が出来た。テリー、あんたのその後もね」

「……2年………」

 ゾクリと冷たい悪寒がテリーの背筋を伝う。呼吸が荒くなり、目の前が霞む。まるで、あの時のように。

「ユナが消えない方法、それは2年の間にちゃんと分かるの!?」

「ああ、方法はまだ分からないが、時期的な物はわかってる」

 叫ぶようなバーバラの問いに、はっきりと答えた。

「1年後、私の館へおいで。その時期になればおのずと分かるだろうよ」

 明細を欠いた話だと思わずにはいられなかった。
恐らくその場の誰も納得がいっていない。グランマーズは信用に値する人物な事は分かっていたが、その言葉自体は全く信用に値出来ない。

「占いで見えたと言いましたけど…なぜユナさんは2年で消えてしまうのでしょうか?それは…何かのキッカケで起こる事なんでしょうか?」

 その話をより明細にする為、チャモロが口を挟む。グランマーズはテリーの腕をすり抜け、今度はユナの前に進み出た。ユナの表情は固く強張ったまま

「ユナ、今のあんたを形成しているものは、ダークドレアムの魔力じゃない。あんたは…あんたは世界の”希望”で出来てるんだよ」

 そういったグランマーズの顔は少しだけ微笑んでいるように見えた。