左手の薬指は予約させて
次期国王と次期王妃の結婚式を二週間後に控え
レイドックの町並みはにわかに活気づいていた。
形の揃った煉瓦道を歩きながら
周囲の店に目を奪われる。
武器屋、防具屋、道具屋が所狭しと並び
その他雑貨屋や小物屋、見るからに高級そうな
装飾品店までも揃っている。
その大通りから脇に逸れた所にも食料品の店や
また同じような装飾品店、雑貨屋が軒を連ねていた。
「・・・・・・」
忙しなく動いていた足が、ひとつの店の前でピタリと止まる。
かと思えばしばらくしてまた動き出した。
かと思えばまた同じ店の前で止まる。
何度かそれを繰り返し、いい加減周囲から訝しげな視線を送られて
ようやく男は意を決した。
自分には全く縁が無いだろうと思っていた店のドアを
なるべく目立たないように遠慮がちに開く、が、店の呼び鈴と
店主らしき女性の声に思わず赤面して足が止まる、が、意を決した男は
ここで引く事は出来なかった。
動揺しているのを悟られないようにゴホンと咳払いして
店内を回る。
ピアスやらネックレスやらブレスレットやらがセンス良く飾られている中に
お目当ての物は有った。
「・・・・・・・・・」
大きな赤いルビーがあしらわれている物
ダイヤモンドが散りばめられている物、
全てが金で出来ている物
様々だったが、その中で目にとまる物が有った。
シルバーリングに小さな青い宝石が埋め込まれている
シンプルな指輪
「サファイアか・・・」
綺麗な青だな・・・。
思わず言葉が零れる。
触れようとして隣から聞こえた声に驚いて手を引っ込めた。
「贈り物ですか?」
テリーの胸中を察する事無く、遠慮のない笑顔で尋ねた。
「あ・・・いや・・・その・・・」
「マウントスノー地方の鉱山から採れた最上級のブルーサファイア
なんですよ。最上級、ですからお値段も相当な物だと思われる方多い
んですがカラットは低めですから思ったほどでは無いんですよ。
その指輪ですと・・・3000ゴールドってほどですよ」
「さんぜ・・・」
それでもテリーにとっては思ったほどのある額だった。
それでもまぁ、買えない額じゃない。
店主らしき品の有る女性は更に言葉を続ける。
「サファイアには「誠実」と言う意味が合って、恋人に送るには
うってつけの宝石ですよ。心に平穏をもたらす魔力が備わっていて
カップルで身に付ければ満ち足りた結婚生活を送る事が
出来るそうですよ」
考えを見透かされているかのような言葉にたまらなく
気恥ずかしくなって、店を出て行きたい衝動にかられっぱなし
だったが、ここで逃げるわけにはいかない。
いつか彼女に言おうと思っていた言葉は
相応の物が無いと言えない事が分かっていたから。
「彼女の指のサイズはどれくらいですか?」
「・・・・・・!」
これを買えばようやくこの空間から解放されると一息ついていた
テリーに衝撃の言葉。
そうだった、指のサイズの事をすっかり忘れていた・・・。
「女の子ですものね、7号ですか?6号ですか?」
「・・・・・・」
聞いた事も無いようなサイズに一瞬頭が混乱する。
女の子・・・だが、その辺の町娘のような生活は送っていない。
「お客様・・・?」
「わ、悪い、また、後で!」
真っ赤になりそれだけを告げて逃げるように店を出て行ってしまった。
店主は一瞬唖然としてぷっと吹き出す。
「かーわいいw」
テリーは慌てて店を出て、慌てて店の前を離れた。
生まれて初めて感じる訳の分からない緊張に支配されている
自分を落ち着かせるために、広場の噴水の前に立ちすくむ。
水気を帯びた空気が火照った顔をさましてくれる。
指のサイズ・・・そう言えばすっかり忘れていたな・・・。
準備を怠ってしまった自分を恥じて
いつもの調子を取り戻すために今度は行き慣れた武器屋へと足を運んだ。
「あー疲れた・・・」
昨日と全く同じ時刻にレイドックの客室のドアが開かれた。
いつもと同じ表情で部屋に入った途端、バタンとベッドに倒れ込む。
「しごかれてるみたいだな」
「うん・・・まぁね・・・ま、大分慣れたけどさ」
頭を上げて答える。
「テリー、今日一日何してたんだ?城の中で見なかったけど・・・
どこか行ってたのか?」
「あ・・・ああ・・・ちょっと街に用が有ってな」
何故か言いにくそうに返答した。
「へー、良いなぁ、オレも街もっと見回りたいよ」
「結婚式が終わればいくらでも見て回れるさ」
「・・・うん、そうだな。その時はテリー、付き合って・・・くれるよな?」
「ああ、勿論だ」
ユナはその言葉に嬉しそうに頷く。
服を部屋着に着替えようとして奥の部屋へ行こうとしたユナを呼び止める。
「おい・・・その・・・手を出せ」
「え?何?」
「良いから、手を貸せ」
「・・・?手・・・?」
言葉の意味を計り兼ねながらも素直に右手を差し出してくれた。
「手が何?」
「・・・・・・・・・」
やはり思った通り手の平も指先もマメで潰れて堅くなっている。
普通の女よりも若干サイズは大きめだろうが、どれくらい大きめなのか
さっぱり分からない。
直接ユナに聞くのも手だが、こいつは指輪なんてはめた事もなさそうだ。
視線を上げると不思議そうなユナの顔、自然とスライムピアスが目に入った。
そう言えば恋人になってからもう随分経つが何のプレゼントもした事がないな・・・。
それ以前もプレゼントした物と言えばスライムピアスだけ
それもプレゼントしたと言うか押しつけたと言うか・・・。
「テリー?どうしたんだ?」
「・・・・・・」
ふいにテリーの心にウキウキとした落ち着きのない感情が芽生える。
その感情は喉まで出かかった言葉を押し込めた。
「いや・・・何でも無い、変な事を言って悪かったな」
「?」
手を離すと首を傾げたまま、奥の部屋へ入っていった。
それを見届けて、ベッドに座り込む。
黙っていて指輪を渡せば、驚くだろうな。
頭にそんな思いが過ぎる。
あいつはどんな風に喜んでくれるだろう。
どれくらい驚いてくれるだろう。
その顔を想像して、その時のユナを思い描いて
胸の中が何だかむず痒くなった。自然と顔が綻んで
そんな自分を滑稽に思って耐えるが、やはり顔の何処かが緩んでしまう。
指のサイズの事はミレーユ姉さんに協力を仰ぐか・・・。
散々茶化されるのは目に見えているが方法がこれしか思いつかない。
姉さんなら口は堅いだろうし、ユナに感づかれないように上手くやってくれるはずだ。
そのまま両手を頭の後ろに組んでベッドへと仰向けに倒れ込む。
想像の中のあいつの笑顔は未だに消えなくて今度は声を出して
笑ってしまっていたがそれをやっと制御してくれたのは
あの店にもう一度足を運ばなくてはならない事実だった。。