少年群像



「ん…んー…」

 朝。 一人の少年が体を起こす。
鳥の声で目が覚めた。
馬車から顔を覗かせると木々の匂いがした。
こんな穏やかな朝は久し振りだ。
空は青く透き通っていて、風は心地良く気温も丁度良い。

しかし。

そんな爽やかな朝に似つかわしくない部分が一つ。

「……はぁ」

少年――テリーの身体には、若さの証とも言うべき変化が。
下半身の極一部だけが熱を持ち硬くなっているのだ。
即ち朝勃ちである。
深く溜息を吐いたテリーは、少し離れたところでスヤスヤと眠 る少女へ目をやった。
その奥や隣で寝ている他の仲間にも。

――まだ起きそうもないな。

確認をしなるべく気配を悟られないように立ち上がる。
と、記憶を頼りに奥の泉へと向かった。



とある、泉のすぐ近くの木の陰。
テリーは其処に居た。
息も荒くなり、限界が近いと感じると最後の追い上げに掛かっ た。
扱く手に力が入り速度も上がる。
ただ手を動かすだけでは昇れないのか、頭の中で快感を追える ような何かを探すと。
浮かんできたのは、よく見知った少女の顔、手、足、身体。
頭の中とは言ってもその想像はリアルである。

「ぅ…くっ」

 肌の感触や喘ぎ声、必死に自分の背に廻した手の暖かさ。
最後にはやはり、その少女の陰部から与えられる締め付け―― 。
想像の中の少女が果て、自分もまた。

「は、っ…。…!」

白濁とした液が手に掛かる。
若いのだから仕方がないとは言っても、やはり僅かだが罪悪感と嫌悪感が残る。

(クソ…っ)

勝手に想像して利用してしまった。
まぁ想像に承諾も何も無いのだが、寧ろ承諾を取らない方が普通なのだが。
だが、テリーは自責の念に苛まれていた。

(頭ン中じゃぁアイツに)

優しくしてやれるのに。
現実はそう上手く行かない。

口から出る言葉は傷付けるようなものばかりで。

向ける瞳は決してやさしい光を称えていなくて。

行動は何時も思っていることの裏返しばかりで。

(アイツ…オレの何処が良いんだ…?)

告げられた少女の気持ちには解らないことが多い。

何故、自分などが良いのか。
こんな頭の中で変な事を想像している自分が。
いや、想像だけではなく実際何度か関係を持っているのだが…。

「解らない…」

ふと、視線をずらすと。
自分が寄り掛かっていた木の根の処に華のようなものが群生し ているのが見えた。
背が結構高い、小さな生垣のようになっている。
その華は白く本当に華なのか解らなかった。
もしかしたら華じゃないのかも知れない。

「……綺麗だな」

口を突いて出た言葉。

「もう少しだけ…素直になれたら…」

風が、ザァァ…と僅かに強く吹いた。




寝てしまったのだろうか、意識が途切れたような気がする。
早く帰らなければと立ちあがろうとした時だった。
先ほどまで見ていた白い華で出来た生垣のようなものの後ろから、声が聞こえたのだ。
反射的に息を殺し気配を読む。

「ん…っ!ァ、アぁん…」

聞き慣れた、声。
それよりも少しだけ女臭いような気がするが。

ゾッと背中に寒気が走る。

(ユ…)

身体が動かない。
心臓が物凄い早さで脈打っている。
口の中はカラカラで、それに反して背中は冷や汗でビッショリだ。

「やだ…そ、んな処…っ」

声の主の少女は、本人は声を押さえているつもりなのだろうが。
ハッキリ言ってしまうとよく聞こえる。

(相手は…相手は誰だ…?)

まったく自分勝手だ。
何時も冷たい態度しか取らなかった自分。
これでは彼女が愛想を尽かすのは当たり前だとは思う。
けれど、それとこれとは話が別だ。
沸き起こる怒り、悲しみ。
その感情を源にして、テリーはそっと足を進めた。
近い。

「もっと、…もっとっ…ン、ふぅっ…!」

何時もは自分しか聞いていない声も。
今は誰か自分ではない相手に聞かせている。

(クソッ!)

自分はこんな人間だったかと思う余裕さえ無い。

その時。
相手の声が聞こえた。

「……ユナ…愛してる…」

 !!!?

その声はどう聞いても慣れ親しんだ声で。

「お、れ…も…っ」

 何故?

疑問が頭を過る。

何故こんなことが…?

「愛してる…テリー…」

 有り得ない!!!!
自分はここにいる、ではアレは誰だ!?
この声の主は!!!?
ポタリと地面に冷や汗が落ち、手が剣に伸びる。

モンスターか?
いや、だとしたらユナが気付くはず。
オレはここにいるのにオレはここにいるのに。
誰なんだ、ユナに愛を語っているソイツは?

テリーの頭は完璧に混乱した。

「も、駄目…っ…イっちゃ…ぁ!」

「オレもだ…一緒にイこう?…愛してるよ…」

 聞いているこっちが恥ずかしいような科白。

こんなのは自分ではない!
オレはこんなことは言わない!

動こうにも動けなくて木の後ろで大人しくしている。

「テ、リー…テリーッ…!」

「ユナ…あぁ、最高だ…お前を一番…愛して…っ!」

 辺りに青い匂いが流れて来た。
どうやらイッたらしい。

(一体何なんだよ…!)

何が哀しくてこんな場面を見なければならないのか。
その前にアレは本当に自分なのか。

ふと思った。
これがもし自分ではなく他の男だったら自分はどうしていただろう?
様子など見ずに切りかかっていただろうか。

(で…その後オレは何も言わずに馬車に戻るんだろうな…)

解りきっている行動。

「…ユナ…オレが愛してるのはお前だけだ…」

 背後から聞こえた言葉は、何時も言いたくても言えない言葉。
素直じゃない自分の性格故に。

(後ろにいる『オレ』なら…)

きっと、浮気現場を見たらユナに言葉を掛けるんだろうな。
ボンヤリとした言葉しか浮かんでこない。
けど、そんな素直なオレならユナも嬉しいとか思うのだろうか 。
女らしくなるのだろうか。

「……ユナ…」

口に出しただけで胸の奥が温かくなる。

これだけは誰にも譲れない。
――やはり、オレはオレ一人で良い…。

「オレは世界で一人しか居ない。アイツもそうなように」

譲れない、例え譲る相手が別の『オレ』だとしても。

瞬間、身体が傾いだ気がした。



「ぁ…?」

視界がハッキリしてきた、場所は泉の真横。
目の前には白い華の群生地がある。

「何だったんだ…一体…」

幻だったのか? それにしてはリアルだったような…。

「あ、居た居た!テリー!」

 ガサッ、と音を立てて近付いてきたのは例の少女だった。

「…ユナ…」

「どうしたんだよー皆で探してたんだぜ?」

 男のような口調に、悪戯な笑みを浮かべた顔。
思い出すのは先ほどの女の雰囲気を溢れさせた同一の少女で。
けど、重なりはしなかった。

「……やっぱり、お前は普通のお前が一番だよ…」

 思わず口から出た素直な言葉に、目の前の少女は目を丸くした 。

「は?何言ってんだよテリー」

 がしかし少しは嬉しいのか頬は赤い。

――やはり先ほどの『オレ』のほうが――

テリーの考えたことは次の少女の言葉で消えた。

「素直なんてお前らしくないじゃんか。 何があったか知らないけど
俺にとってもお前は普通のお前が一 番だよ!」




 何となくあの白い華を一房持って帰ってきてしまった。
馬車へ入ると、驚いたような顔をしたのが一人。

「え?それって霞草よね?」

 整った顔は何処かテリーと似ている。
当たり前だろうか、二人は姉弟なのだから。

「姉さん…?知ってるのか?」

「えぇ。満月の夜に魔力を溜めて次の日の朝にそれを解き放つ 植物よ。
その魔力を浴びた人の『もしこうだったら』って姿を見せるっ て言われてるけど…」

 例えば『もし自分が男だったら』って思ったとしたら自分の男 の姿ね。
姉の言葉が頭に響く。

(なるほどな…)

確かに自分は『もう少し素直になれたら』と言った。
それに反応したのか。 だが…。

「オレが素直になったらオレじゃないだろうな」

 口元が緩んだ。 所詮霞は霞。
現実には敵わない、夢の草。

『お前は普通のお前が一番だよ』

 こんなオレでも、

一緒に居てそう言ってくれるお前がオレは― ―。