■儚い物



「蛍を見に行かない?」
唐突にミレーユが提案した.

「蛍?」
テリーをのぞく全員の視線がミレーユのほうに集中した.

「そう、レイドック城近くの川辺で、蛍が見ごろらしいの.」
「わー、いいじゃない、行こう!!ウィル!!みんな!!」
バーバラはすぐに乗り気になった.

「蛍・・・」
ユナは聞こえるか聞こえないかの声で呟いたが、ミレーユは聞き逃さなかった.
「ユナちゃん・・蛍は嫌い?」
ミレーユはユナの顔を覗き込むようにして訊ねた.
「エッ、あっ・・・そ、その、嫌いじゃ・・なくて・・あの・・見た事がなくて・・」
端正な顔立ちに覗き込まれてどぎまぎするユナ.

「なんだよ見たことねーのか?俺はあるぞ.」
「ウン・・.」
ハッサンに問われ、落ち着きを取り戻したユナは答えた.

「俺もないよ、夏は花火くらいかな・・・.」
「私もありませんね.ぜひ、行きましょう!!」
ウィルとチャモロが続けて言った.

「じゃあ、決まりねー、あ、あたし浴衣着た〜い、ねぇ、ミレーユ着付けしてくれない?」
バーバラは飛び跳ねている.
「いいわ、ユナちゃんも来て、一緒にやってあげる.」
ミレーユは立ち上がりながら言った.

「・・・え、お、オレも?」
予想だにしていなかったことだけに戸惑うユナ.
「あったりまえじゃな〜い」
バーバラは当然といった顔をしている.
「ほら、行くよ!!」
バーバラはユナを半ば強引に引っ張って連れて行った.

(浴衣か・・・)
言葉には出さないものの、部屋に残された男たちは、
思い思いに女性陣の浴衣姿の想像を掻き立てていた.
―1人を除いて

その“1人”ことテリーは黙々と剣の手入れをしていた.




「おっ待たせ〜!!」
勢いよくバーバラが跳びこんできた.
「どう?」
と見せながら、ウィルに近づき、グイとウィルの腕を組んだ.
「バ、バーバラ!?」
腕を組まれた当の本人は顔を赤らめた.
それを気にせずにバーバラはウィルを引っ張る形で外へ向かった.
そして満面の笑みを浮かべ、一言、
「先に二人で言ってくるから〜」
と残して、ルーラで飛んでいった.


嵐のごとく、バーバラはウィルを連れ去った.
そして残された男衆は思い思いに、赤地に黄色の帯をしたバーバラの浴衣姿の感想を述べる.

「な、なななかなか、可愛らしかったですね・・・.」
チャモロがポツリと呟いた.
「あぁ・・」
ハッサンも同意するほどであった.

「ユナ様も、きっと可愛らしいだろうね〜.」
「当然だろう!!!!!」
ホイミンの言葉に勢い良くピエールが叫んだ.
そのすさまじさに一同呆気にとられる.
いや、ただ一人だけ、溜息を漏らし、外へ出て行った.

しかし、一同の注目はピエールに集まっていたためか、
彼が出て行ったことに気づいたものなど一人も、―1匹もいなかった.
当のピエールはユナの浴衣姿の想像を膨らませ続けていたため、周りに気づく筈もなかった.
―ユナが入ってきたことも.

ガチャリと静かな音を立て、ゆっくりとドアが開く.
ドアを開けた主は、薄い黄色地に黄色と赤の帯をしていた.

一同はまたしても呆気に取られた.
―別世界に浸っている一人(?)を除いて・・・

ユナは、部屋のあたりを見渡すが、探し人ここに在らず、であった.
「テ・・・、テリーは?」
ホイミンたちの元へ近づき、ハッサンやチャモロに聞かれないよう小さな声で尋ねる.

「え?あれー、い・・ないみたいですねー・・」
ホイミンも辺りを見回しながら小声で答える.
ユナははっとして、部屋の外を飛び出した.

「ユナが・・あんなに・・女らしく見えるなんてなぁ・・・・.」
思わず嘆息を漏らすハッサン.
「ほほ、本当に・・」
チャモロも驚きのあまりか声が上ずっている.

そのころ、テリーは月に石をかざしていた.
もうそれは日課ともいえるであろう.
エメラルドに輝く石は、月の光をこの上なく浴びて、よりいっそう輝きを増している.
我を忘れ、石に魅入っていた.

「テリーっっ!!」
勢いよく扉が開き、テリーは我に返る.
静かに振り返ると、ユナがいた。
「何の用だ・・・.」
無意識的に不機嫌な声を出す.

その低い声にユナは圧倒されてしまう.
「え、あっ、あの・・・その・・」
テリーが部屋にいないことを知り、無我夢中でテリーの居るであろう場所にたどりついた.
しかし、なぜそうしたのか、ユナ自身解らず戸惑ってしまった.
しばしの沈黙、ユナは冷静に考えた.

―テリーに浴衣姿を見て欲しかった.
―テリーと蛍を見に行きたい.

―そう、この想いが、オレを動かして、今此処に居るんだ・・.
しかし、どうすればいい?どういえばいい?
ユナはまた、混乱した.

「用がないなら、俺は行くぞ・・」
そう言い放ち、ドアのほうへテリーは向かっていく.
そのときユナは思い出したように袖からあるものを取り出した.

「まって、ミレーユさんが、せっかくだから先に見に行けって、言って、これをくれたんだ
だから・・その・・・.」
その、あるものをテリーの目の前に掲げた.

「オレは・・・テリーと行きたい!!」
俯いて、瞳を閉じていたため、テリーの表情はユナにはわからなかった.
テリーが近づいてくることだけは、砂利の音でわかった.

「・・・何しているんだ、さっさと行くぞ.」
そういってテリーはユナの腕をつかみ、ユナが掲げたものをとって、上に放り投げた.

キメラの翼である.

ユナはテリーに腕をつかまれた瞬間顔を赤らめて、テリーを見ようとしたが、
テリーの視線はキメラの翼のほうへ向いていたため、顔を見ることも見られることもなかった。




「うわぁ〜、本当、ミレーユの言ったとおりだわ・・・.」

レイドック城下町より少し離れた川辺には無数の微かな光が瞬いていた.
新月だったためか、その光はいっそう明るく二人を照らしていた.

川辺にしゃがみこみ、覗くように蛍をみているバーバラの横顔をウィルはじっと見ていた.
―いや見とれていた.





「どうしたの?ウィル?」
怪訝な顔をしてウィルのほうに顔を向きなおす.
はっと我に返るウィル.
「いや、あまりにも綺麗だったから・・・.」

―綺麗
それは蛍のことなのか、それとも―、
どちらだろうか、そう答えてからウィルは自分自身に問いかけた.

言葉ではなく、微笑をかえしてバーバラは蛍のほうに向き直った.
そんなバーバラの仕草ひとつを取りこぼすことなくウィルは見つめ続けた.

蛍の微かな光によって、見え隠れするバーバラの横顔は、なぜか哀しげに映っていたからだ.

―なぜ?
蛍が照らす光が、脆く儚いから?

ウィルはそれだけを考えていた.
バーバラの瞳が、
―あの紅い瞳が、
揺らいでいる、そんな気がしてたまらなかった.

ふとバーバラが、ポツリと呟いた.
「あたしも、この光のように、静かに、儚く消えゆくのかな・・・・.」

ウィルは、その言葉に衝撃を受けた.
あまりにも突然のことだったためか、言葉に詰まった.

「あたしもいつか、こんな風に、みんなの前から、―ウィルの前から消え去ってしまうのかな・・・.」
蛍に視線を向けたままバーバラは続けた.
「どうして?どうしてなの?」
「バー・・」
「怖いよぉ!ウィル!!あたし、いつか自分が消えてしまいそうで怖い!!」
ウィルの言葉を遮り、そう小さく叫んで、俯いた.
その紅い瞳は涙に溢れている.
そして立ち上がりウィルの胸の中に飛び込み、Tシャツに顔を埋めた.

「怖いの・・・消えてしまうことが・・怖い」
ウィルは震えるバーバラの背中をやさしく包み、そっとささやいた.
「そんなことは、消えるなんて、そんなことはない!!」
「だったらどうしていないの!!こんなにもいろんなところに、いろんな町や村を旅しているのに!!」
胸の中で泣いていたバーバラはウィルのほうに顔を向けて続けた.
「あたしだけが・・どうして、あたしだけどこにもいないの?もう一人の本当のあたしだけが・・・」
「バーバラ・・」
そんなバーバラの瞳をそらすことなく、ウィルは見つめていた.
背中に回した腕の力が強くなっていった.
「オレが、オレが必ず君を見つけ出すから!!何が会っても君を探し出すから・・だから・・・」


―笑顔でいて、いつものあの・・


ウィルはずっと抱きしめていた、彼女の震えが止まるまで.
そして誓った.彼女を必ず見つけ出し、笑顔を取り戻すことを・・・。

月明かりのない夜の闇に、ひとつの影を
蛍の弱い光が創り出していた.




「お待たせしてごめんなさい.」

ゆっくりと扉が開く.
部屋にいた一同 ―妄想していたピエールまでも―が扉のほうに注目した.

濃紺地の浴衣に黄色の帯をしたミレーユが立っていた.
髪は結ってあり、浴衣が濃紺であるためか首筋が際立って白く、艶やかであった.

一同はその美しさに目を奪われた.
ピエールでさえも一瞬.

しかしピエールは我に返った.
そう気が付いたのである、さっきまでどのような浴衣姿をしているのかと妄想していた、
あの愛しい人の姿が見えないということに・・・.

「ところでミレーユ殿、ユナ様はいったいどこへ・・・・?」

その言葉で、一同は我に返った.
というよりも、一同が同じ考えを持った.

―さっき部屋に来ただろう、気づいていなかったのか、コイツは.

「先に蛍を見に行っていると思うけど・・.」
誰と一緒とはいわなかったが、ピエールはすぐに理解した.

「な、何てことだ!!ユナ様が、ユナ様が!!憎きあの男と!!・・・・ああ、こうしては居れない!!
ユナ様ーっ!!今お助けします!!!」
言うが早いかピエールは猛ダッシュで出て行った.
気が動転していたのだろうか、相方のスライムに乗らずに、自らの足で走っていった.
―山、谷、森を越えて・・・愛しき主の下へ・・・.


一方、その“主”は蛍を見ていた.“憎きあの男”と一緒に.
いや、正確に言えば、その“主”ことユナは
隣にいる“憎き男”ことテリーの横顔を気づかれぬように横目で見ていた.

蛍の微かな光が照らされ、よりいっそう綺麗であった.
ユナは考えていた.テリーが自分のことをどう思っているのか.
こうして二人で先に蛍を見ていることをどう感じているのだろうか.

ミレーユさんに云われたためなのか 
―直接に云われたのはユナではあるが―それとも・・・.

―止めよう、そんなことを考えるのは.
―テリーと一緒にいられる、それで十分ではないか.

ユナはそう考え直し、蛍を見つめた.

辺りはとても静かであった.時折聞こえる虫の声だけ.
この場に到着してからずっと沈黙している二人.
ユナはその長い静寂、いや沈黙に耐えられなくなった.

「き、綺麗だな、蛍・・.」
ユナは蛍を覗きこむように身をかがめ言った.

「ああ・・・.」
どことなく生返事な応えが帰ってきた.
どうやら蛍に見入っているようだ.
ユナはテリーの意外な一面を垣間見たような気がした.
それと同時に、テリーのことを何も知らないということも・・・.

―とどかないのかな.
ユナは寂しさを覚えた.

「・・・行くか.」
「へ?」
不意に言われたためにユナは戸惑った.

「姉さんたちが着いたみたいだ・・.」
蛍から視線をはずし、夜の闇をテリーは見据えた.
そう言われて、ユナは、あわてて立ち上がろうとした.
「うわっ」
慣れない浴衣にバランスを崩し、あわや川の中
―と思いきや、テリーが反射的にユナの腕を引いて、自分の胸元のほうに抱きとめた.

白いTシャツに水色の半そでのシャツを羽織ったテリーに抱きとめられたユナは動揺した.

「何やってんだ.」
あきれたような口調で、ユナを開放した.
当のユナはうつむいていた、耳まで赤く染めて.

「ほら、行くぞ.」
そういって、ユナの腕を引いた.

暗闇を切り裂くように、テリーはずんずん進む.
「テ、テリー!!」
少々つられる形でユナはついていった.

「あの、その、腕・・・」
腕から伝わるテリーのぬくもり.
―離さないで
心の中でユナはそう願った.

「離したら、また川に落ちそうになるだろ.」
振り向くことも無く、冷静な、どこか溜め息混じりな声でテリーは言った.

それを聞いて、ユナは少し照れたような、うれしそうな表情をした.

そしてテリーに導かれるがまま、ミレーユたちの下に辿り着いた.




「ユぅーーーーーーナさまぁぁぁーーーーーー!!」
猪突猛進―いや盲進.
形振り構わず走り続けるピエールがいた.
しかし、走ってユナのところへ行くためには、
海を越えなくてはならないことを未だ知らずにいるのであった.


人影が見えた辺りでテリーはユナの腕を放した.

「あ、ミレーユさーん、みんなー.」
川沿いの少し離れたところにいるミレーユたちにユナは手を振った.
それに応えるように、ミレーユ、ハッサン、チャモロが手を振る.
また、スラリンたち、仲間モンスターはユナのほうに駆け寄った.

「ピキー!!」
スラリンはいつもの特等席―ユナの肩―に飛び乗った.

「バーバラは?」
辺りを見回してみたものの、悪友(?)の存在がないということに気づき、
ミレーユのほうをみた.

「―!」
ユナは眩しさを覚えた.
目の前にいる女性の美しさ、艶やかさに.

「まだ二人でいるんじゃないかしら―ユナちゃん、どうしたの?」
「エッ、ああああ、そ、そうか.」
一瞬であったが、見惚れて、ぼうっとしていたユナはミレーユの言葉で我に返る.

―綺麗過ぎだよ、ミレーユさん.
そう思いながら、ちらりとテリーのほうに目を向ける.
テリーは顔を赤らめながらそっぽを向いているようだった.

―テリーも見惚れている!!
ユナは胸が痛くなった.
―俺は、浴衣を着てもだめなのかな・・・
―でも
ユナは腕を見た.先ほどまでテリーが握っていた腕.テリーのぬくもりを感じていた
その腕を.

―オレも、いつか、かならず.
ユナは新たな決心を心に秘めた.

「おーいみんなー」
遠くからでも良く響く、バーバラの声.
その声のほうを見ると、バーバラとウィルがいた.片手をつないで.

「あいつら、見せ付けてくれるなー.」
「今年の夏は、まだまだアツくなりそうですね.」
皮肉交じりに、ハッサンとチャモロが呟いた.

数時間後、彼らは宿に戻った.

「ユぅーーーーーーナさまぁぁぁーーーーーー!!」
ピエールは夜の闇に浮かぶ大海原を泳いでいた.

そして翌朝、川原に辿り着いたが、ユナはもちろん蛍一匹もいなかった.




管理人:コメント
NAEさんから頂いたSSです!
季節モノと言う事で有り難うございます〜!
相変わらず主とバは良い雰囲気でしたね〜!(最後のチャモロの言葉に
吹き出し&納得笑)今年の夏はまだまだアツくなりそうです笑(ナイス!
そしてテリユナ(ポッw)も・・・!コッソリラブラブな雰囲気を醸し出して
おりまして、たまりませんでしたよ!!
もう読みながらニヤニヤニヤニヤしてしまいました笑。
テリーの服装にもコッソリ萌でした笑。

ミレーユの一人勝ちでも有りましたが私的にはピエールの一人勝ちかと笑。
かなりインパクト強かったですよ!ピエール!
ピエール万歳(笑)!NAEさんのSSを読ませて頂いてると
いつか報われて欲しいとホントに思いますね・・・TT頑張れ・・・!
「ユナ様は一体何処へ・・・?」てもう可愛すぎます><!!

あと主バーも良かったですー!もうもう私、カナリ飢えてますので笑!
思わず挿絵にしてしまいました(毎度お目汚しスイマセンTT)
最後も主バでしたしwピエールに主バにテリユナに
おいしすぎるSSを有り難うございました!