◆チャモロの秘薬・改
時間枠は 再会〜神の城到達前ぐらいです と無理矢理ねじ込んでみる。
(以前書いた「チャモロの秘薬」がデータぶっ飛んで無くなってしまったのですが・・・;;
以前の話を知らない方は雰囲気で理解して頂ければ・・・!と思ってます。
チャモロやミレーユやテリー、ほあったああああ!その他諸々性格改変含め申し訳ありません!!)



「はぁ・・・」

 ためいきが街の喧騒にかき消される。私は悩んでいた------

先日調合した「魔物を見とれさせる薬」
戦いに役立つであろうと思い、作ったその薬は見事に失敗してしまった。
出来上がった物は、強力な自白剤。これはこれで別のことに使えそうな気もしたが
この薬が元でトラブルになってしまい、仲間内での私のポジションは更に悪い物になってしまった。

どうしたものか-----------

薬の研究にも行き詰まった私は、傷心の中ただフラフラと滞在中の街を歩く。
いつもは入らないような薄暗い路地も、考えのまとまらない私の足は臆す事無く踏み入っていく。
真っ昼間だと言うのに日の当たらない路地裏。そんな中、紫の看板が目に飛び込んできた。

「道具屋・・・?こんな場所に」

 目立つ色合いの看板が妙に胸を騒がせた。
少しだけ考えて、その店のドアに手を掛ける。ドアの隙間から、薬草やら満月草やらの臭いが
漂ってくると少しだけ安心してドアを開いた。

「こんにちわ・・・」

 暗くて狭い店内。窓は埃かぶった本やタンスに遮られていて日の光は入ってこない。
入ってすぐに年期の入ったカウンター、その後ろの棚には見慣れた道具類が所狭しと並んでいる
その奥で店主らしき老女と客らしき男性がなにやら話し込んでいた。
遠慮がちに入ってきたチャモロには気付いていないようだ。

「アンタに甲斐性がないから、嫁にアイソ尽かされちまうんだよ!」

 突然聞こえてきた金切り声にビクっとする。

「そう言われると辛えんだが・・・。なあ?いいだろバーサン、いつもの薬くれよ。
あれでちょちょいっとアイツの気を引いて戻ってくれば、今度こそはちゃんと生活していく
からよ」

 ただの世間話だと思って気にも止めなかったチャモロは薬と言う言葉を聞いて
声を潜めた。

「フン、何度目だよ。たまにゃ自分の力でなんとかしたらどうなんだい」

 ブツブツ言いながらも老女はカウンターの下に潜り込んでムラサキ色の瓶を取り出した。
注意深くフタを外す。
その中のキラキラ光る粉末をスプーン3杯ほど道具袋に入れた。

「・・・・・・アンタにゃ世話になってるからね・・・ほら、3日分の薬だよ!
本当にこれが最後だからね」

「ありがてえ!」

 男は嬉々とした顔でそれを受け取ると金を払って店から出て行った。
店主らしき老女はようやくチャモロに気付いた。

「お客さんかい?悪かったねえ、ちょいと取り込んでて・・・」

「今の薬・・・」

「んん?」

「今の薬は・・・一体なんなんですか?」





 先ほどとは打って変わって足取りは軽い。
チャモロは胸の高鳴りを必死に押さえ小走りで宿への道を急いだ。
後生大事に抱えているのは、道具屋で購入したとある粉薬。
案外高価な物でスプーン1杯程度しか買えなかったのだが、研究材料としては十分な量だった。
滞在している宿の看板を見つけ、自然と早足になる。
顔のほころびを抑えて、宿の扉を開けると

「うわっ!」

 ちょうど外へ出て行こうとした人影とタイミング良くぶつかってしまった。
あっ
と思う間もなく胸に抱えていた道具袋は宙に舞い、中に入っていた粉薬は無惨にも
飛び散って消えてしまった。

「あああああーーーっ!!」

 私の、研究材料・・・たっ高かったのに・・・

「どうしてくれるんですかーーー!!」

 飛び込んできた人影に詰め寄ると、その人影は見知った人物だった。

「----・・・んだよ・・・これえ・・・」

 光る粉薬を頭からかぶってしまったその人物は、チャモロより不機嫌そうな顔で頭を振った。

「ユナさ・・・っ!」

「チャモロ、この粉、なんなんだよ!?」

 目が合っては、まずい。とっさにチャモロは顔を背けた。
薬屋の店主に聞いた粉薬の効用が耳に蘇る。
”ある一つの感情を除いて、人の精神を混乱状態にする薬なんだが・・・
さっきの話を聞いていたなら大体察しはつくだろうよ。
色々細かい説明は有るんだがね・・・簡単な所、粉を体内に取り込んだ後、最初に目にした人物の
魅力だけが視覚を伝わって混乱作用を・・・・・・まあ惚れ薬みたいなもんさ。
何に使うのかは知らないが強力な薬だから、気をつけて使うんだよ”

「-----------・・・」

 老婆の人を見透かしたような顔がやけに心に残っていた。

いや、だが、待てよ。
どのみちここままではユナは誰かを見てしまう。
そうなる前に、事情を知っている自分を見てしまった方が良いのではないか-------?
突然耳元でアクマがそう囁いた。

「ユナさん!」

 何故か嬉しそうに呼びかけるチャモロの声はユナには届かなかった。
ユナの視線を捕らえたのはチャモロでは無く

「すごい勢いでぶつかったけど、二人とも大丈夫か!?」

 後ろに居た青い髪の青年。

「ウィッ!ウィルさん!!?」

 心中穏やかでないチャモロだったが平静を装った。

「はっはい!大丈夫です!だいじょうぶですとも!」

 まずい、これはまずい事になった。

「ユナは?」

「・・・えっ!」

「怪我は無いか?」

「うっ・・・うん・・・」

 差し出されたウィルの手を借りて立ち上がったユナの瞳は
チャモロの危惧した事態をそのまま物語っていた。

「ちゃんと前見て歩けよ」

「うん・・・あっありがと・・・」

 ウィルの後ろ姿を見つめるユナの後ろで

「とんでもない事になってしまった・・・」

 ただボーゼンとチャモロは立ちつくしていた。




「あれ?」

 バーバラは突然部屋に入ってきた人影に声をかけた。

「ユナ・・・武器屋に行ったんじゃなかったの?」

「あっ・・・そう言えばそうだった。でもいいや、たいした用じゃ無かったし」

 そういってゆっくりとベッドに腰掛けた。

「顔、赤いわよ。熱でも有るんじゃないの?」

 バーバラも隣に腰掛け、額に手を当てた。

「いや大丈夫なはずだけど・・・」

 ユナも自分の手で顔を確かめる。
確かに、いつも以上に熱い------------
そういえば体中も熱くて、心臓はドキドキ高鳴っていた。

「どうしちゃったんだろオレ・・・なんか変・・・」

「・・・ユナが変なのはいつもの事だけど・・・確かに今日は変ね・・・」

 赤い顔のままじっと一点を見つめるユナにバーバラは首を傾げた。




 太陽が街を真っ赤に染め出した夕刻。
少し早い夕食をとりに、皆は一階食堂に集まった。大きなテーブルを賑やかに囲む。
昨日、ハッサンとキノコのチーズ焼きを取り合っていたユナは今日は大人しくテーブルに座って、取り分けられた料理を静かに食べている。

「・・・ユナちゃん、今日はやけに静かだけど何かあったの?」

 ミレーユは隣に座っていたバーバラに問いかけた。バーバラは肩をすくめ

「さっきから何かおかしいのよ。心ここにあらずって感じ」

 なかば諦めた様子で料理を口に運ぶ。
そんな二人の会話に気づきもせずに、ユナは機械のように同じ動作で料理を食べていた。

「あっ、ユナ悪い。飲み物注いでなかったな」

「えっ!!」

 何をしても反応を示さなかったユナが、突然素っ頓狂な声をあげた。声を掛けたウィルは少し驚いた顔をするも、コップを差し出してくれた。

「水で良かったよな」

「あっ、うん、ありがとう」

 真っ赤な顔でコップを受け取る。
と、暖かい指が触れた。

「・・・っ!」

「うわっ!つめてえ!!」

 受け取りそこなったコップは隣に座っていたハッサンのズボンを派手に濡らす。

「あっ!わっわりい!!」

「てめ!なにさっきからボっとしてんだよ!考え事するのは勝手だけどよ、周りに迷惑かけないようにしてくれよな!」

 ミレーユのハンカチを受け取って、ブツブツと文句を言いながら濡れたズボンを拭き取った。

「ごめん・・・」

「まぁまぁ、ユナだってわざとじゃないんだからさ。そんなに怒るなよ」

「ウィル・・・」

 ウィルはユナをフォローしてくれた後、まだ口を付けていない自分のコップを差し出してくれた。
ユナのその眼差しには複雑な思いが混じっていた。




「どうしたんだ?お前にしては珍しく悩み事か?」

 馬車に居る仲間モンスターに餌を持って行ったユナは、街門でテリーと会った。帰りを待ってくれていたのだろう、いつもなら嬉しくて笑顔で返す所だったが今回は違っていた。

「心配かけてゴメン・・・。オレにも良く理由は分からないんだ・・・」

「別に、心配なんてしちゃいない。姉さんに頼まれて様子を見に来ただけだしな」

 吐き捨てるようにそう言い放つ。

「そっか、みんなに心配かけてたんだな・・・。ミレーユさんには後で話しておくよ。わざわざ来てくれてありがとう」

 ユナは薄く笑ってその場を後にした。

「・・・・・・」

 いつもと雰囲気の違うユナ。
テリーは眉をひそめてフラフラと夜の街を歩くユナを見送った。




 ・・・足取りがおぼつかない。
酒を飲んだワケでも無いのに、頭がぼーっとして体には熱を帯びている。

「ユーナちゃん」

 街の中央に位置する広場で、街の明かりを反射している噴水をベンチでぼっと見ていたのだが
聞き慣れた声に振り返った。
声を掛けた人物はユナのとなりに腰掛ける。

「テリーとは会った?」

「あっ、はい、心配掛けてすいません。・・・なんかオレ、今日おかしくって・・・」

「うん、本当に変ね」

 キッパリとミレーユは言い放つ。ますますユナは首を項垂れさせた。

「テリー」

「え?」

「うん、やっぱり違う」

 ミレーユは一人納得したように頷いた。

「テリーに愛想尽かしちゃった?」

「え?なっなんの事ですか?さっきから」

 疑問符ばかりが浮かんでいるユナに、続けて言葉を投げかけた。

「もしかして、恋愛の対象が変わっちゃったとか?」

「な--------」

 突然ユナの反応が変わる。
ミレーユは天を仰いで、はぁ〜っと深いため息をついた。

「・・・占い師の感・・・当たりすぎるのも考え物ね・・・
まさかユナちゃんが・・・・・・ああ・・・残念だわ・・・・・・・」

「いや・・・その・・・ミレーユさん・・・」

 隣で落ち込むミレーユに、違う言葉を掛けてあげたいが出来なかった。
ユナも心の何処かで分かっていた事だ。

恋愛の対象が変わった。

あれだけ好きだったテリーを見ても、声を掛けられても、以前の胸の高鳴りは無くなって
姿や声を追いかける事も無くなってしまった。
そして代わりにユナの視線を釘づけるのは

「ウィル・・・でしょ」

 ドッキン。
派手に心臓が飛び跳ねる。
その名を聞いただけで、湯気が出そうなほど体中が熱で沸き上がった。

「見てれば大体分かるもの・・・。ウィル、気を遣ってくれて、皆に優しくて、強くて、素敵だものね。
好きになっちゃう気持ちも分からなくはないわ」

 ウィルの笑顔が、声が蘇ってきた。熱に浮かされすぎて頭がクラクラする。
だがユナは必死にゆっくりと首を振った。

「オレ・・・好きなのかなウィルの事・・・。ウィルにはバーバラが居るって事分かってるし
二人を応援してたハズなのに、どうしてこうなっちゃったのか自分でも分からない。
ウィルが良い奴なのは分かってるけど、それは恋愛感情とは別物だって分かってたし・・・
それになにより、オレはテリーの事が好きだったのに・・・」

 何を言っているのか自分でも分からない。
突然の変化にユナ自身ですらついて行けなかった。

「・・・・・・・・・」

 このユナの狼狽振りは一時的な物でも、憧れから来る感情でもない。
完全に恋に落ちてしまっている。
ミレーユはまた深〜いため息を落とした。

「テリー・・・大丈夫かしら・・・」

 ポツリとそんな言葉が漏れる。

「え?」

「あの子もいつかは感づくでしょうね。ユナちゃんがウィルを見るようになった事」

「・・・そうです・・・ね・・・。でもテリーにとってはこれで良かったんだと思いますよ。
オレの事・・・多分迷惑がってたし・・・」

 本当にそうだったのかしら・・・。
ミレーユは心の中でそう返した。

はぁ・・・。
ユナは色んな意味を含めたため息を落とす。

「・・・バーバラには言っておいた方が良いと思うわよ」

 胸中を察しての言葉。

「バーバラは勘が良いからすぐに気付くと思う。そうなってくるとますます気まずくなっちゃうわよ
先に言っておけばあの子の事だからサッパリと分かってくれると思うんだけど」

「・・・・・・はい・・・」

 そうは言っても乗り気はしない。
出来る事ならこのまま隠していたいが、隠し通せる自信もない。

「・・・努力してみます」

 結局首を頷かせることは出来なかった。
立ち上がるとミレーユにお礼を言って、夜の街に紛れていく。

先ほどのユナと同じように、ベンチに座ったまま ぼーっと噴水を眺めた。
飛沫に光が反射して綺麗だったが、今のミレーユにはそんな事を思う余裕は無かった。

「これからどうなっちゃうのかしら・・・」

 ユナも、バーバラも、なにより弟の事が心配で、なかなかその場から動けない。
そんなミレーユを、息を潜めて見つめる人影が居た。





 結局バーバラに言えなかったユナは、朝を最低な気分で迎えた。
昨日と同じ宿の窓からは見渡す限りの朝焼けが広がっているのに、今日は世界が澱んで見えた。
一日経てばもしかしたら元に戻っているかも・・・
と言う期待も目が覚めれば一瞬にして打ち砕かれる。

「なに朝から難しい顔してるの?」

 寝ていたと思っていたバーバラの突然の不意打ち。
驚く言葉を飲み込んで、普段通りに挨拶を返す。

「今日はこの街を出発するんだから、昨日みたいにぼーっとしないでよ。
またハッサンにどやされるのヤでしょ?」

 ユナのおでこを指でパチンっと弾く。

「ごめん・・・」

「んー?何か言った?」

「・・・いや、なんでもないっ。今日はぼーっとしないように頑張るよ」

 やっぱり言えない。この関係を崩したくない。なにより彼女を悲しませる事は出来ない。
絶対に、絶対にバレないようにしよう。やってやれないことは無い。
ユナは、そう心に固く誓った。




 しかし、そんなユナの思いとは裏腹に病気は重傷だった。
朝日が昇ると共に街を出て、街道にそってファルシオンを走らせる。
狭い幌の中、ウィルが近くに居るだけで体中が熱くなって昨日と同じようにクラクラ目眩がする。
視線で追いたい欲望をぐっと堪えて、じっと目を閉じた。

ガタン!!
細かく光の差す林の中をしばらく走っていると、突然馬車が揺れた。
ファルシオンが激しくいなないて

「みんな!戦闘準備だイーブルフライの群れに襲われた!」

 手綱を握っていたハッサンが幌内に飛び込んできた。
ユナも剣を背負って外に飛び出すと、数十匹は居るであろうイーブルフライの群れに囲まれている
メダパニダンスやルカナンを使って守備力を下げてくる嫌な魔物だ。

「うわあ、結構数多くない?」

 馬車を守るように皆は輪になって固まった。

「みんな、深追いはなるべく避けて馬車から離れず戦うんだ!」

 ウィルが叫ぶと同時にイーブルフライたちは一斉に飛びかかった。





「良かったあ、みんな、怪我無いみたいだね」

 苦戦するかと思われたイーブルフライの群れはボスらしき魔物がやられると
チリヂリに逃げていった。

「あんなの、楽勝だぜ!!」

 フン!と鼻息を荒げるハッサン。

「・・・ユナちゃん?大丈夫?」

「え?」

「腕・・・赤くなってるけど・・・?」

 ミレーユの言葉でユナは初めて体の異変に気付いた。
見ると、手首から肘にかけて肌が赤く腫れている。

「あっちゃー、毒受けてたみたい。毒消し草あったかな」

 馬車の中を覗いて道具袋に手を掛けた時、腫れた方の腕を引っ張られた。

「え?」

 振り向く前に、緑の暖かい光が腕を包む。

「大丈夫か?毒消し草じゃ治り遅いだろ?」

「・・・・・・!!ウィッ・・・!!ウィル!!」

 突然の不意打ちに、大慌てで腕を引っ込める。その勢いで尻餅を付いてしまった。

「なにやってるんだよ、ほら、腕貸してみな」

 ウィルは困ったように笑って手を差し出す。

「いやっいいよ!!これぐらい、ウィルの手を煩わせるまでもない!毒消し草で十分だから!」

「やってもらえよ、毒消し草だってタダじゃねーんだ。ウィルなら、タダだぜ」

 ニヤニヤしながらハッサンが横やりを入れてきた。

「そうだよ。ほら、傷見せてみなって。女の子なんだから、腫れて傷が残っちゃ大変だろ?」

「・・・・・・・・・」

 その言葉とその笑顔に体中の力が抜ける。
キアリーの光に照らされるウィルの顔は本当に優しく見えて、ぽーっと夢見心地で見つめていた。
やっぱりオレ・・・ウィルの事本気なのかな・・・

「きゃっ!!」

 そんな穏やかな空気をバーバラの叫び声が切り裂いた。

「まだ残ってる魔物が居ます!」

 チャモロが指さす先にはゆらゆらと舞うイーブルフライ。

「なにい!ハッサンさんに任せとけ!」

 イーブルフライが羽ばたくと、ピンク色の鱗粉がそこら中に俟った。

「・・・皆さん、マズイです!これは、メダパニダンス!
精神をしっかり持って!混乱してしまいますよ!」

「くっそ・・・!汚い手使いやがって・・・!」

 ハッサンは降りかかる鱗粉を払いながら力を溜めた。

「くらえっ!!飛び膝蹴りィィィィ!!」

 勢いよく飛び上がると、ハッサンの痛烈な蹴りがイーブルフライの羽根を掠める。
その勢いだけではじき飛ばされたイーブルフライはそのままバタバタと逃げていった。

「フン!!他愛もない!!サシでこのハッサンさんと勝負しようなんて1万年早い!!」

 古くさい台詞を並べて腕を組む。

「みんな・・・無事か・・・・・・!?」

 殺気に気付いたウィルは振り向くと同時に間一髪、自分を狙っていた剣を受け止めた。

「・・・テリー!!」

 テリーは後ろに飛んでウィルと距離を取ると、再び剣を身構える。

「テリー!どうしたんだよ一体!」

「まさか、こいつさっきので混乱してるのか!?」

「テリーさんがですか!?」

 今まで一度も幻惑の術の類に囚われなかったテリー。皆は驚いて顔を見合わせた。

「テリー!やめなさい!!精神をしっかり持って!!」

ギィン!!
剣が混じり合う痛烈な音、あの時と同じ本気で剣を振るう音だった。

「やめろ!やめろってテリー!!オレだ!!分からないのか!?」

 テリーの剣を受け止めながら後ずさりする。
アメジストの瞳は真っ赤に染まって、なにも聞き入れようとしない。

「テリー!!」

「・・・さすがにやるな」

 息もつかないハヤブサ斬りをすんでの所で受け止めた所で
赤い瞳が緩んだ。

「・・・!?お前もしかして・・・混乱してるふりを・・・うわっ!!」

 五月雨斬りを受け止めた衝撃でウィルは派手に吹っ飛ばされた。
飛んで追い打ちを掛けるテリーの剣を痺れる腕で必死に受け止める。

「・・・どういう事だいったい・・・」

 互いに剣を受け止め、ツバ迫り合いになったまま二人はにらみ合った。

「お前とはいつか決着をつけたいと思っていたからな、ちょうどいい機会だ」

「なっ・・・!?そんな事のために・・・!バカな事はやめろ!」

「・・・相変わらず甘ったるい台詞ばかり吐きやがって、反吐が出る!」

 ぐっとテリーが剣に力を込めた。弾かれないようにウィルも顔を歪ませ耐える。

「前から気に入らなかったんだ!きれい事ばかり口にして、困った奴を見ればすぐに同情して哀れんで、偽善を売って、王族の自己満足につきあわされるのはウンザリなんだよ!」

「なに・・・っ!」

「伝説の武具も仲間も、家族も、金も、地位も、なにもかもを手に入れて、偽善を振りまいてるお前が気に入らないって言ってるんだ!」

 ギイン!!
再びもの凄い音が空間をつんざいた。
弾き飛ばされたのはウィルの方ではなく、テリーの方だった。

「・・・くっ・・・!」

 雷鳴の剣は宙に舞い、地面に突き刺さる。
力で負けた事も、何もかも、テリーにとっては屈辱だった。

「・・・オレが許せないなら・・・さっさと殺せ・・・オレがお前ならそうするぜ」

 剣を弾かれても、ゾっとする程の殺気は消えない。
赤い目は、なお鋭くウィルを射抜いていた。

「力の無い物は全てを奪われ殺される。それがオレの生きてきた世界なのさ・・・光の当たる世界で暮らしてきたお前には一生分かることはないだろうがな」

 その言葉を境に突然静寂が訪れる。
テリーの言葉はウィルの胸に重くのし掛かった。

「テリー!ウィル!」

 殺伐とした空気に似合わない高い声。
慌てて二人を追ってきたユナ、後ろには皆の姿も有る。

「大丈夫かよ二人とも・・・」

「・・・・・・」

 テリーは心配そうなユナを一瞥すると、
殺気だった空気を纏ったまま無言でその場から立ち去った。




「テリー、大丈夫?」

 馬車に戻るとミレーユが声をかけてくれる。

「・・・しばらくここで休憩しましょ。あなたも最近疲れてるのよ、馬車で休んでなさい」

 テリーは何も返さず馬車に入った。
誰も居ない幌内はこんなに広かったのかと思わせるほどガランとしていた。
自分の居る静寂とは別に、遠くでウィルを気遣う声が聞こえる。
幌内は暖かそうな外の世界と違って、日の光も当たらない暗くて冷たい場所だった。
いつもなら心配して真っ先に駆け付ける少女も居ない。
お節介に付き合う事も、どうでもいい話を聞かされる事もなくて、せいせいする。

シンとした空間に冷たい風が吹き込んだ。

「・・・・・・」

 自分でも信じられない程苛ついていた。
押し寄せる負の感情に耐えながら、思考を巡らせる。
巡らせるが、理由はひとつしか思い当たらない。

「・・・まさか・・・」

 ばかばかしくて笑いすら込み上げる。
まさかオレはこんな事でこんなにもイライラしているのか?
そんなハズ無い---------

おおきな道具袋から覗く毒消し草、先ほどユナが使おうとした物らしい。テリーはなんとなくそれを手に取った。

「・・・・・・」

 視線は緑の葉を捕らえているのにテリーは頭の中で別の物を見ていた。
その内に表情はだんだんと険しくなって、ぎゅっと葉を握りつぶした。

「・・・そんなハズ無い有るわけ無いだろ・・・!」

 再び出たその台詞は、重い空気をまとって落ちた。

何故か、心の中がどうしようもなく空しくて
心地よかったはずの静寂はもの悲しく感じて
外で聞こえる声は酷く遠くに聞こえる。
テリーは世界に独りだけ取り残されてしまったような、漠然とした不安を抱いていた。

「テリー」

 突然聞こえたその声に、弾かれたようにテリーは振り返った。

「あ・・・っ・・・」

 声を掛けた人影はテリーの反応に驚いて返す言葉を無くす。
テリーも舌打ちをして再び背を向けた。

「・・・何かようか?」

 苛立ちを押さえて冷たくあしらう。

「・・・いや・・・テリーが混乱するなんて珍しかったからさ、大丈夫かなって思って・・・
体調とか悪いのか?」

 そう気遣うのは、もう来る事のないと思っていたユナだった。

「お前には関係ないだろ。さっさと出ていけ」

 いつものようにユナの気遣いを一蹴した。

「なんだよ・・・人が心配してやってんのに相変わらずだな」

「お前なんかに心配される筋合いは無い。行っておくがな、さっきの混乱も、わざとやってやったのさ、最近のあいつがやけに鼻についたからな」

 珍しく感情を押さえきれずに、言わなくて良いことまで口にしていた。

「・・・んな・・・っ!なんでそんな事・・・っ!」

「言っただろ、あいつが気に入らなかったから、それだけだ」

 どうして、ウィルが気に入らないのか、ユナに当たるのか
その理由を分かりたくなくても分かってしまって。
ますます募る苛立ちをユナにぶつけた。

「どうしちゃったんだよ?変だぜ、今日。ホントに、何かあったんじゃないか?」

「・・・しつこいな。心配される筋合いは無いって何度言えば・・・」

「ウィルー!ここに居るの?」

「!!」

 その声とその言葉に、ユナは激しく反応した。
ウィルを探しに来たバーバラだった。

「あっ、ごっめーん、お邪魔しちゃったみたいね〜気にせず続きをどうぞ〜
邪魔者は退散退散」

 いやらしい微笑みを浮かべてユナに目で合図を送る。
さっさと立ち去るバーバラを目で追うと、ウィルの姿が現れた。
途端に動揺するユナが見て取れる。
テリーにはそれが、心底気に入らなかった。

「・・・行けよ・・・」

 低くて重い声。

「さっさとオレの目の前から消えろって言ってるんだ!!」

「・・・・・・っ!」

 突然の怒号にユナは驚いて言葉を飲み込んだ。

 完全に背を向けるテリーは先ほど混乱した時と同じ殺気に近い空気を
身にまとっていた。
こんなにも感情を荒げるテリーを見るのは初めてで、どうしたらいいのか分からず
掛ける言葉すら見つからない。
心配そうな視線だけを背中に投げかけて、ユナはそっとその場を後にした。




「なあ?ミレーユ。テリー、どうかしたのかよ?」

 夕刻に到着した街道沿いにある宿場。
二人で馬小屋にファルシオンを預けた帰り、ハッサンはミレーユに尋ねた。

「なんか、今日のあいつおかしいぜ?滅多に混乱なんてしないクセに、オレたちがかからなかった術にかかって・・・やけに不機嫌だし、なんつーか、あの頃のあいつに戻ったみてえにツンケンしてるしよ」

 あの頃のとは、自分たちと旅をする前の頃の事だ。
ハッサンなりにテリーを心配しているらしい。

「うん・・・そうね・・・それとなく、聞いてみるわ」

「そうしてくれよ、やっぱあいつもなんだかんだで仲間だからな」

「うん、ありがとう」

 ハッサンに笑顔で返すが、表情とは逆に心の中は曇っていた。
予想以上に早く気付かれちゃったみたいね・・・。




「・・・・・・」

 テリーが部屋に一人になった時を見計らって、ドアをノックしようとしたミレーユはすんでの所で
止めた。
ここで、テリーを問いただしても逆効果だと思いとどまる。
テリーが素直に自分の想いを話してくれるとは思えない。

「・・・どうしよう・・・」

 何事にも冷静に対処するミレーユだったが、今回ばかりは八方塞がりだった。
ただでさえ気難しい弟。それにユナ、ウィル、バーバラの三角関係まで加わってしまったらどうにもお手上げだ。パーティの和が乱れる恐れだってある、そうなってくれば魔王を倒すなんて事も言っていられないかもしれない。

ユナの一途な気持ちがテリーと仲間たちのバランスを絶妙に保っていた事を
ミレーユは初めて知った。

「どうすればいいのかしら・・・私一人じゃ・・・荷が重いわ・・・」

 くるりとドアに背を向けて考え込む。
このままズルズルと行っても、ますます状況は悪くなりそうだし・・・。
今日の事も有る、またいつふとした弾みで仲間割れになるかも分からない。それにユナちゃんとバーバラの事だって・・・
部屋に戻ってもう一度良く考えようと思い直した矢先

「チャモロ?どうしたの?そっちは女部屋よ。男部屋はこっち」

 部屋の前にチャモロが立ちつくしていた。
どことなく、顔色が悪い。

「あっ、いえっ、あっ、はい、そうでしたね!男部屋はこっちでした!あはっあははは・・・」

 ミレーユに気付いてなかったのか、ぎょっとした顔で反応する。
ミレーユは怪訝な顔で腕組みをした。

「・・・もしかして、覗きかしら?そういう事する子はお説教しなきゃいけないけど」

「いやっ、そっそうじゃないんです!ただユナさんの様子が気になっただけで・・・それじゃあ」

 男部屋の方では無く、一階へ続く階段の方へと走るチャモロ。
その腕を細い手が勢いよく捕らえた。

「ちょっと待って」

 「むんず」と腕を捕まれて引き寄せられる。目の前には絶景の美女の顔があった。
だが、今のチャモロにはどこかしら恐怖を感じるその瞳。

「どうしてユナちゃんの様子が気になるのかしら?」

「えっ・・・いや・・・あの・・・ね、ねえ・・・?」




「テリー!」

 数十分前とはうってかわって、部屋のドアノブが軽く感じられた。
ベッドに座って、本を読むと言うよりは本のページを眺めていたテリー。
ミレーユが入ってくると、ようやく瞳が動いた。

「チャモロが吐いたわ」

「・・・?吐く・・・?何を・・・」

 チャモロを引き連れて中へ入ってくるミレーユを、怪訝な顔で迎える。
ミレーユは廊下を見渡して誰も来ない事を確認すると、バタンとドアを閉める。
テリーが座っている向かいのベッドに座ると、にっこりと笑った。

「ユナちゃんの最近の異変よ。どうやら、強力な惚れ薬だったんですって」

「・・・な・・・っ!」

 テリーの心臓が思いきり飛び跳ねた。
本が音を立てて床に散らばる。テリーの動揺をしっかりと見つめて今度は意地悪な笑顔を返した。

「どう?安心した?」

「・・・別に・・・」

 本を拾ってテリーに差し出す。視線を逸らして乱暴に受け取った。

「チャモロ」

 ミレーユが促すと、ドア付近に立っていたチャモロは妙にもじもじしながら言葉を押し出した。

「はい、実は・・・薬の研究の為にと・・・前の街で惚れ薬を購入しまして・・・。使うつもりは無かったのですがユナさんとぶつかった時にうっかりこぼれてしまって・・・それをユナさんが吸い込んでしまった事がこのような事態に繋がってしまったんじゃないかと・・・」

「・・・どうして隠してたの?」

 鋭い突っ込みに、バツの悪そうに視線を逸らした。

「・・・薬の効果は約30時間ほどで切れるらしいので、まあ大丈夫だろうと思ってたんです・・・何事もなくすめばそれで良いんじゃないかと思って・・・ううっ・・・すいません・・・!もうしませ・・・!!」

 こってりとミレーユに絞られた後なのだろう、涙目で深く深くチャモロは頭を下げた
そんなチャモロをよそにちらりと時計に目をやるテリーをミレーユは見逃さなかった。

「もうすぐ効果が切れるわね、テリー」

 ニヤニヤしながらそう問いかける。

「・・・別に、オレには関係ない」

 そんな姉を見ないようにフイっと顔を背けた。

「心配しなくても、ユナちゃんの方から言いにくるんじゃないかしら」




「ミレーユさん!」

 ミレーユの言ったとおり、薬の効果が切れる頃になるとユナが部屋に飛び込んできた。

「ユナちゃん、気分はどう?」

 ベッドから立ち上がって迎えるミレーユに、息を整えて笑顔で返した。

「はい、なんか突然頭がスッキリして、熱も無くなって、オレ元通りになったみたい!
良かったあ、心配お掛けしました!」

 元通り。と言う単語にミレーユ、テリーが同時に反応する。

「そう、本当に良かったわね。一時はどうなる事かと思ったわ」

「はい!」

 二人のやりとりを尻目に、そろ〜りと部屋から出て行こうとするチャモロを

「チャーモロ、後でユナちゃんに謝っておきなさいね」

 ミレーユが見逃すはずがない。

「ははっはいっ!」

 条件反射でピンっと背筋を立てて返事をするしか無かった。

「?チャモロがどうかしたんですか?」

 首を傾げる。
チャモロと目が合うと、謝るような仕草で手を合わせ小走りで出ていった。
ミレーユは困ったように微笑む。

「まあ、詳しい事は後でチャモロに聞いて。じゃあ、テリーまた明日ね」

「・・・ああ」

 自分の事で手一杯だったユナは、部屋にテリーが居る事に気付かずに驚いた。
ユナの視線に気付いて、

「・・・なんだ?・・・何か用か?」

「えっ、いや・・・っ」

 テリーを見つめると、ぽーっと顔が赤くなって心臓はドキドキ跳ね上がった。
たった1日の事なのになんだか凄く懐かしい気がして、自分は元に戻ったんだと実感した。

「・・・何だよ、だから・・・」

 熱に浮かされた視線を捕らえると、慌てて向こうが視線を逸らした。

「ごめん!何でもないんだ!じゃあ、明日な。おやすみ」

 それだけを言って背を向ける。部屋のドアノブに手を掛けるユナを

「・・・ユナ」

 低いのに良く通る声が一瞬にして捕らえた。

「・・・えっ・・・」

 赤い顔で振り返る。そして、一呼吸おいて

「・・・バカ」

「・・・・・・っ」

 空気が一瞬にして変わった。唖然として、ハっと我に返ると

「なっなんだよ突然、相変わらずひっどいなぁ!簡単にそういう事言っちゃいけないんだぜ!」

 ユナらしいと言えばユナらしい台詞を吐いて出ていった。
その顔がどことなく楽しそうに見えたのは気のせいだったんだろうか。

「・・・・・・」

 廊下を歩く音が遠くなり、再びゆっくりと静寂が訪れた。
ランプの火が弱まった薄暗い室内と静寂。
だが、先ほど馬車で感じた言いようのない空しさは無い。
闇も静寂もいつも通り心地良い物だった。

「・・・・・・」
 
 テリーはその理由も今日の事も、もう何も考えたくなくてベッドに仰向けに寝転がった。

緊張が解けたのか、ふと出たため息が安堵めいたものに感じて
そんな自分に嫌気が差した。



>>甘いのか辛いのかしょっぱいのかなんなのか私にも分からないィィィ!!
・・・うん、甘くない事だけは、確か、です;;・・・うん・・・これはしょっぱいな・・・!!

テリーがほんと、もうわがまま自己中っ子ですいません・・・!!完全にテリーを見失ってる・・・あわわ・・!!
ベタな話でしたが、書きたかった物が書けました、はい(´・ω・`)

08.01.24 soma aoko.