覚悟・その後


 またひとつ、悪夢が増えた。
いつも見ている悪夢とは少し質は違っていたが、自分以外の人物が出てくる分、いつも見ている悪夢より
タチが悪い。
覚めてもなお、その悪夢はテリーの足を、体を絡め取る。
悪夢とはどうしてこうも言いしれぬ恐怖に襲われるものなんだろうか。
それは全て自分の中にある ただの夢だというのに。


「あの」街から出て1日目の夜。野営地で早速悪夢にうなされた。
その時の出来事がキッカケだったのだろう、それはテリーの良く知る人物が「死」ぬ夢だった。
1日目も二日目も、三日目も、同じような夢が飽きもせず繰り返し流れた。
時には病気で、時には魔物に襲われ、時には煙のように目の前から居なくなって。
目が覚めるといつも酷く汗をかいていて、それからは上手く眠れない。
隣の人物は、夢の中とは違って気持ちよさそうに呼吸をして眠っていた。

それを見てイラついてしまう事もあった。

近くに寝ているから、夢の中に出てくるんだろうか。そんな事まで考えて、少し離れた場所に横になったが
結局同じ夢を見た。


「死」ぬ夢。
ユナが自分の目の前で「死」んでしまう夢。




「・・・・・・」

 4日目の夜。見張りを理由にテリーは眠らずに揺らめく炎を見つめていた。
この辺りは凶暴な魔物も居ない。聖水も振りまいているのだから、滅多に魔物は近寄らなかったが
テリーは眠らなかった。

また、きっとあの悪夢を見る。
片膝を抱え、唇を噛んだ。

 恋人が死んで泣き叫ぶ女。
「あの」街であんな凄惨な場面を目撃したんだ。悪夢を見てしまうのは有る意味仕方無い。
だが、どうしてこんな恐怖に襲われるのか分からない。

どうして、「死」ぬのがあいつで、悲しんでるのがオレなんだ。
どうして、そんな悪夢を見る事をこんなにも拒んでるんだ。

ハァ・・・
知らず知らずテリーは荒く呼吸をしていた。
まとわりつく思考を払拭するように頭を振る。

風が吹いて、火が大きく揺らめいた。
反射的に、眠っているユナに目をやると、目は閉じられておらず、眠そうな瞳にオレンジの光を宿していた。
テリーはぎょっとして思わず声を掛ける。

「お前、まだ起きてたのか?」

 ゆらゆらとした視線がテリーを捕らえた。

「ん・・・なんか最近夢見が悪くて・・・寝付けないんだ・・・」

 毛布にくるまって、ゴニョゴニョとそんなふうな事を言った。
自分と同じ、あんな場面を目撃したからだろう。悲痛な叫びは今も耳に張り付いている。
夢見は悪くなって当然だ。

だが、敢えてその事には触れずに、いつもと同じように振る舞った。

「脳天気そうなお前でも、夢見が悪いなんて事、有るんだな」

「・・・脳天気は余計だろ。そりゃ怖い夢だって見るよ・・・」

 眠そうな瞳が、ムっとする。
テリーは意地悪そうな笑みを返すと、薪を除いて大きくなりすぎてしまった火を調整した。

「そう言えば、お前、記憶喪失なんだろ?記憶喪失の奴が見る普段の夢ってどんなものなんだ?」

 悪夢の話題を追いやろうとして、少し離れた場所にある質問をぶつけた。
ユナは毛布からちょっとだけ顔を出して何故か自慢げに言った。

「気になる?」

「・・・少しな」

 否定する事も無くテリーは返した。ユナは少し考えて、また毛布からもう少し顔を出した。

「オレ、実は夢ってあんまり見たこと無かった。
誰が出てくるわけでもない、何の風景が出てくるわけでもない、形の無い捕らえ所のない、色みたいな物しか
出てこないんだ。青とか、茶色とか、緑とか、そういう色がごちゃごちゃ混ざってるような映像で・・・
これって夢って言うのかな」

 色彩だけの夢か・・・。不思議な話だったが、こいつならそんな夢を見るのもあり得る。

「夢の元になる記憶が無い奴はみんなそうなのか、それともお前が特別なのか。興味深いな」

 素直な感想を口にする。ユナはその言葉になぜか首を振った。

「でもさ、最近は多分普通の人が見る”夢”ってやつを見るようになったんだぜ。
ちゃんとした風景も、知ってる奴も、オレも出てくるんだ」

「・・・ふぅん・・・心境の変化って奴か・・・?」

「・・・心境の変化か・・・うん・・・そうだな・・・もしかしたら・・・そう・・・かも・・・」

 ユナの知らず熱っぽい視線と目が合って、二人は同時に慌てて視線を外した。
テリーは慌ててしまった事に少しだけ後悔して、ユナは恥ずかしいのかテリーに背を向けて寝返りをうった。

「・・・夢って不思議なんだな・・・」

「・・・?」

 背を向けたまま、ユナが小さく呟く。

「自分で見る夢なんだから楽しい夢だけ見てればいいのに、悲しい夢や怖い夢まで見るなんて」

 まるで子供のような疑問に、テリーはふっと笑った。

「・・・そういうものさ、夢っていうのは・・・」

 揺らめく炎を見つめて

「自分でも気付かない心の奥底をもろに映すんだ。避けているトラウマだって拒絶も出来ず見せられ-----」

 そこまで言って、自分の疑問に自分で答えている事に気付いた。

「・・・テリー・・・?」

 言葉の止まったテリーが心配になって、ユナは再び寝返りを打った。

「・・・何でもない・・・」

 誤魔化すように、木の棒でたき火をまさぐる。
火は小さくなったり大きくなったりしながら生きているように揺らめいていた。

「・・・・・・・・・」

 炎から視線を少し上げる。
何組もの冒険者が野営出来るような広場の周りは煉瓦造りの壁でコの字に覆われている。
屋根は無く雨風は凌げそうにも無かった。

遠くの丘陵に目をやる。
空は雲で覆われていて、真っ黒な垂れ幕がピッチリと隙間無く丘陵に掛かっている。
嫌な夜だった。

野営地は2人以外は誰も利用しておらず、パチパチと火の燃える音と、ささやかに鳴く虫の声しか聞こえない。


「・・・静かだね・・・」

「・・・そうだな・・・」

「夜の砂漠みたい」

「・・・アレよりはマシだけどな」

「砂漠って夜は寒いもんな」

「地獄だ」

 フフとユナが笑った気配に気付いた。

「テリーがそんな事言うなんて、よっぽど寒かったんだな」

「うるさい」

「でも気持ち分かるよ。砂漠ってほんと寒いもん。あっ テリー、もしかして寒いの苦手?
そう言えば結構厚着してるよな」

「うるさい、さっさと寝ろ」

「・・・はいはい」

 ユナが毛布に引っ込んだを見届けて、テリーはまた地平線に目を向けた。
相変わらず世界は真っ黒で、静かで、嫌な夜に見えた。





無意識に、手が、伸びる。
毛布からはみ出ていたイエローブラウンの頭にそっと触れる。

「---------っ」

「・・・昔、眠れない時は良く姉さんがこうやってくれた・・・」

 触れるだけの優しい感触

「・・・・・・・・・」

「眠れそうか・・・?」

「・・・・・・うん--------・・・」

 毛布から顔を出さずに頷いた。
手の平の熱は、ユナのものか自分のものなのか分からない。

「・・・・・・」

『夢は自分でも気付かない心の奥底を見せる。』

自分で答えた、疑問の答え。

オレは恐れてるのか---------失う事を。

手の平の熱は体に優しく流れ込んでくるようだった。
世界は相変わらずまっくらで静かで嫌な世界に見えたが
なぜかこの場所だけは明るく穏やかで心地良い。

失いたくない----------

「・・・・・・っ」

 テリーはハっとして、触れていた手を引っ込めた。
熱はまだ手の平に残っていて、テリーはそれを握りつぶすようにぎゅっと拳を作った。

何を考えてる--------

失う事が、怖い、だなんて、まさか

ユナは、こちらに背を向けたままじっとしている。眠っているのか、まだ起きているのか分からない。

テリーは唇を噛んで、立ち上がった。
目の前で連れ去られた最愛の姉、恋人を失った女の悲痛な叫び、そして永遠の別離。

沸き上がるいくつもの映像を振り払うように首を振って、テリーはたき火を消そうと思った。

「・・・・・・」

 だが、そうせずに再びその場に座る。
オレは何を一人で狼狽えてる?
こいつとはいつかパーティを解散するだろうと思っていた。
ずっと一緒に居るつもりなんて無かった。
それなのに、失う事が怖いだなんて矛盾してる。

頭の中で考えている事と、心の中が合ってない。

「こんなんじゃ、悪夢につけ込まれても仕方無いな・・・」

 小さくテリーは声を零した。
思えば今に始まった事じゃ無い・・・。こいつと居る時はいつだってそうだ。
出会った頃から今までずっと、知らずユナに振り回されている事を感じて
イライラした気持ちでたき火を消した。
途端に漆黒の闇が浮かび上がる。

それからテリーは何も考えず暗い世界に溶け出すように自分の体を任せた。


fin.