● 戦友 ●
「あーっ、ゲントの船じゃないかアレ!!」 連れてこられたのはサンマリーノ港町の大きなドッグ。 そこにひときわ輝く美しい見慣れた船が停滞している。と言うことは・・・ 「あーっ!チャモロ、ハッサン!!」 船から降りてきた、これまた見慣れた人物に歓喜の声を上げてしまった。 相手もユナを見た瞬間驚いた顔で駆け寄る。 「うわぁっ!お前、ユナじゃないか!!天空城へ帰ったんじゃ無かったのかよ!?」 「ユナさん!!お久しぶりです!!もう二度とお会いできないかと思ってましたよ!!」 「えへへ・・・」 ハッサン、チャモロの歓迎に、嬉しくなって微笑む。 ハッサンは側にいるテリーに気付くとにやにやした顔で 「テリー・・・どーしてお前がユナと一緒にいるんだよー。 じっくり説明してもらおうじゃないかー」 「別に説明するほどの事でもない」 期待通りの答えに、再びチャチを入れようとすると、船から今度は 金髪の女性が降りてきた。 女性はユナを見るなり、慌てて転ぼうかと言う勢いで船を降り こちらから目を離さずに駆けてきた。 「ユナちゃん!!どうしたの!!天界へ帰ったんじゃなかったの!?」 「ミレーユさん!!久し振り!!」 目の前に来て、やっとその人物だという確信が持てると 目を丸くして、驚きの表情をする。 手を取り合って再会を喜んだ。 船内へ入ると、ウィルが出迎えてくれる。 やっぱりユナの姿を見るなり目を丸くして 「ユナ!?天界へ帰ったんじゃなかったのか?」 ハッサンと同じ事を尋ねられ、答えに戸惑った。 オレは実体を亡くして、魂だけの存在だった・・・。 でも、テリーが悪魔に頼んで、オレを実体に戻して、ここへ連れてきてくれた・・・。 って・・・皆に説明しちゃまずいかな・・・やっぱり。 銀髪の少年を見る。 やっぱりオレの言う事じゃないや。 「うーん、色々あるんだよ」 「ふーん、色々ねぇ・・・」 にやにやしながらハッサンが言う。 何かまた突っ込まれそうだったので慌てて話題を変えた。 「そ、そう言えばバーバラは?ウィル、バーバラと一緒にいるんだろ?何処にいるんだ?」 今度はハッサンがにやにやしながら、肘でウィルを小突く。 ミレーユもチャモロも微笑ましそうな顔。 恥ずかしそうにしながら 「今、王宮にいるよ」 「へぇーっ、やっぱりな。良かった良かった。二人とも幸せそうで・・・」 「今度オレたち・・・結婚する事になってさ・・・」 「・・・・・・・・・」 「結婚!?」 「だからテリーを探してたのか」 船内にある大きな一室で、ウィル、ハッサン、ミレーユ、チャモロ、ユナ、テリーが 座って話している。 テリーの捜索願を出していた、その理由は・・・ 「それにしても結婚だなんて・・・ウィルってずーっと奥手だとばかり 思ってたけど、案外やるじゃないか」 ウィルと、バーバラの結婚式に招待するためだった。 生死を分かち合った仲間に、どうしても出席して欲しかったらしい。 なんでもレイドックの兵士が世界中探し回っていたとか。 「いや、オレもまだ早いとは思ったんだけど・・・王や王妃が待ちきれない みたいでな・・・。バーバラも乗り気だったし・・・って事で・・・」 なんだかんだで幸せそうなウィルを見て、こっちまでも幸せな気分に なってしまう。 「それにしても・・・ユナが帰ってきてるって知ったら・・・バーバラの奴 喜ぶだろうなぁ」 「ええ、凄く嬉しいと思いますよ」 ハッサン、チャモロが口々に言い合う。 「ウフフ、今から楽しみね。バーバラの驚いた顔」 ミレーユもまた、口に手を当てて微笑む。 ユナは、昔、天界でバーバラと一緒にいた事を思いだしていた。 自分だってウィルと離れて辛いはずなのに、いつも元気づけてくれたバーバラ。 本当に明るくて強いバーバラが大好きだった。 何だか胸から熱いものが込み上げてきて、何故か目尻がうるんでしまう。 「早く会いたいな・・・バーバラに・・・」 天井を見上げて呟く。 ユナの心中を悟ったのかウィルが 「ゲントの船なら一週間もしないでレイドック港につくよ。 それから馬車で城へ行っても2,3日・・・。すぐに着くよ」 「そうだぜ、着いたら着いたであいつうるさいからなー。 ユナ、覚悟しとけよ」 「テリーとの関係も聞かれるかもしれないわね」 ウィル、ハッサンに続いての、ミレーユの言葉に虚を突かれてしまった。 「ミッ、ミレーユさん!」 「ウフフ、冗談よ、冗談」 再び口に手を当てて意味深な微笑みを称える。 会わない内に・・・何だかハッサンと性格似てきたっぽいよ・・・ミレーユさん・・・。 「たぁっ!」 船の甲板の上、ユナとハッサンが互いに剣を抜いてチカラをセーブして 戦っている。暇な航海の一興の戦いだった。 背負っていた長剣を振り下ろすとハッサンが腰を抜かして手をブンブン振る。 「オイオイ、ユナ!本のお遊びだって言ったろ?」 「平和呆けしてるんじゃねーの?」 最近は魔物の数もめっきり少なくなって、凶暴化している魔物も殆どいない。 だが、月の光を浴びると、昔の凶暴さを思い出す魔物も少なくないので、 冒険者のユナは剣の稽古を怠っていなかった。 逆に大工ハッサンは・・・ 「これが普通なんだよ!お前がおかしいんだ!」 「オレだってこれが普通だよー」 悪戯っぽい笑みを返すと、船内へ入っていった。 「ああ、相変わらず腹の立つガキだぜ、全く!」 「まぁまぁハッサン」 腕を組んで怒っているハッサンに微笑みかけた。 「本当は嬉しいのよあの子」 「はぁ?」 「顔に思い切りかいてあるもの」 そう言って、まだ余っている休憩をもてあました。 「本当は・・・あいつと言い合えて嬉しいんだろ?」 「・・・・・・な、なんでオレが・・・」 部屋に入ってきたユナにそう問いかけた。 ゲントの船。この大きな船は部屋数も沢山あって、それぞれ好きな部屋を使っている。 「顔に書いてある」 ババっと顔を押さえると、向こうはふっと吹き出した。髪を少し掻き上げて笑う。 「仲間と一緒にいるのは楽しいか?」 テリーの言葉に少し考えてから頷いた。楽しいのか、やっぱり・・・。 「テリーはどうだ?」 「・・・オレか?」 再びユナは頷く。先ほどユナが考えたよりも時間を費やして答えた。 「オレも・・・まぁ・・・」 赤面して答えている。 その仕草にドキっとして、テリーの隣に腰掛けた。 「なんだかさ、最近色んな事あるよな。ウィルたちに会ったと思ったら、ウィルとバーバラが結婚するなんて・・・」 「そうだな・・・」 「テリーと旅してるとやっぱり飽きないし、退屈しないね。 事件とか、人との出会いとか沢山あってさ・・・生きてるっての実感出来るし・・・」 自分の手を見つめて呟く。 「今まで実感無かったのか?」 「だって、天空城ってなーんにもやることなくって、外に出たって何も あるわけじゃないし・・・喋る相手もいないし本当につまんなかったよ」 特にバーバラがウィルの所行ってから・・・心開ける相手なんていなくて・・・ 本当に寂しくて泣いてたから。 「だから、ここにいれて、テリーの側にいられて本当に嬉しい・・・ありがとう、ここに呼び戻してくれて・・・」 「・・・・・・・・・」 ズキン。と胸が痛んだ。 会ってすぐにユナに冷たい言葉をかけた記憶が蘇ってくる。 「お前が帰って、お前に触れたくて・・・会いたくてたまらなかった・・・ だからダークドレアムに戦いを挑んだ・・・」 今、ようやくあの時の素直な気持ちを伝えられたような気がした。 相手の驚いたような、嬉しそうな顔に、あの時から刺さっていた胸のトゲがやっと 取れた気がする。 「オレも、お前がいないと生きてる実感が湧かない」 皮肉っぽい笑顔に胸が詰まる。 「うるさい奴が側にいないとな・・・」 そのテリーの綺麗な顔をうっとりと見つめる。 嬉しくて返す言葉が見つからなかった。 こんな事に優しい言葉をかけられたのは初めてのような気がして・・・ 「ユナちゃん、ここにいるの?」 そのノックにハッと我に返った。 「あっ、う、うん!」 何故か腰掛けていたベッドから飛び降りて 何故か赤面して返事をする。 「今から船の厨房を借りて夕食作ろうと思ってるんだけど・・・一緒にやらない?」 「う、うんっ!今すぐ行くよっ!」 「もうすぐ夕食か・・・出来たら起こしてくれ」 ミレーユの声に気付いたのか、ゴロンとベッドに寝転がった。 ユナは少し残念そうにドアを開ける。 もうちょっとテリーの本心聞きたかったな・・・。 「おおーっ!何か良い感じのご馳走だなぁ」 「ユナさんも手伝ったんですよね?」 「オイオイ、食えるのかよ」 「な、何だよその言いぐさは・・・オレだって料理くらいするよ!」 言い合う三人の声。そんな事を言っていたハッサンが一番手前の料理を口に運ぶ。 「・・・前に比べたらちょっとはマシになったな」 もっと素直に褒めてくれないのかよ・・・。 他の男二人も「うん、いける」という表情をしている。 テリーは相変わらず無言で料理を口に運んでいた。 「どう?テリー」 ミレーユがユナに気を効かせているのかテリーに尋ねる。 「まぁまぁだな」 相変わらずの返事で次の皿を取った。 「・・・・・・・・・うん?」 これは・・・・ユナの包帯。 料理や裁縫の不得意なユナが手を怪我した時に巻く物だ。 もっともユナはそれを剣を持つときの滑り止めだと言っているが。 「またあいつ料理の時に怪我したんだろうな・・・」 なんとなくテリーはそれを持って、ユナがいるはずの厨房に行った。 ちょっとからかってやろうと思いながら 「ミレーユさん」 先ほどまでわいわい騒いでいた食堂で二人が片づけをやっている。 ユナの声に反応してかテリーは足を止めた。 「聞きたいことがあるんだけど・・・」 「何?どうしたの?」 食器を洗う手を止めて振り返る。 「あのさ・・・テリーの好きな食べ物って何かな?」 「・・・・・・・・・」 ドクン。 ユナの口から自分の名前が出たので、何故か胸が激しく高鳴った。 「え?」 「あっ・・・あ・・・い、いやっ・・・分からないならいいんですよっ!ただ・・・オレって 旅してるときも、戦ってるときもテリーに頼りっぱなしだし・・・危険な時にいつも助けてもらって ばっかりで・・・だから、せめて料理くらい出来たらって思ってるんですけど・・・」 濡れた手であたふたと髪を押さえた。 その手も、料理のせいでボロボロ、何度切ったか分からない。 テリーはその想いにユナがどうしようもなく愛しくなった。 ミレーユがこの場にいなければ、とっくに押し倒しているかもしれない。 ミレーユはふふっと笑って 「スープ」 「え?」 「山菜のスープよ。キノコに料理に使う薬草に、その他色々。 作り方にはコツがいるんだけど・・・やってみる?」 不敵な笑みを浮かべているミレーユ。 ユナは元気に頷いた。 「えー・・・と、何だったかなぁ・・・まずは水を・・・」 ブツブツ良いながら、船内を歩いていると、前に問題の男が姿を現した。 「あ・・・」 急に目の前に現れてしまった為、かける言葉を見失ってしまった。 男がユナに何かを突きつける。白い・・・包帯・・・? 「手、ボロボロだぞ」 はっとして、条件反射で手を後ろに隠してしまった。 オレが、テリーの為に何かやってるなんて知られたくない・・・ こういうの、多分好きじゃないだろうし・・・ 「あ・・・はっはっは・・・!本当だ」 不思議な笑い声を上げて、右手を見ながら頭を掻く。 「食事の時、そんなにボロボロじゃなかったろ?」 テリーはユナの腕をぐいっと掴んで、自分の方へたぐり寄せた。 「まったく・・・」 何かブツブツ言いながら、ユナの手に包帯を巻く。 ユナがいつもテリーにやってあげていたように 「い、良いよっ!自分でやるよ!」 「黙ってろ」 乱暴に巻いている。 ユナは何だか分からないままテリーの行動を見守っていた。 「こんなになるまで、何してたんだよ・・・」 「・・・・・・料理の練習・・・とか」 「お前の料理なんて、こっちは期待してないんだぜ」 怒りながら言い捨てて、包帯を巻き終える。 ユナが何も言い返してこないので目を合わせてみると 「いいじゃないか・・・ただオレが勝手に練習してるだけなんだし・・・」 ぎゅっと手を握り締めてしまった。 「怪我するんだぞ!手を怪我したら、剣を持つときだって危険になるんだ!」 「ゴメン・・・それでもオレ・・・」 逃れようとした手を、今度は両手で掴む。 「頼むから・・・無理しないでくれ・・・」 「無理なんかしてないって!」 ユナのボロボロの手を無意識に自分の方へ引き寄せる。 唇を触れ合わせた。 ユナの甘い蜜は、欲望をくすぐり、熱く、眩暈をさせる。 ユナは驚きながらも目を閉じて、テリーに身を任せてしまっていた。 思考がどんどん鈍っていく、そして体は逆にどんどん敏感になっていった。 そっと、マントの中に手が忍び込んでいるのを感じると ハッと思考が動き出した。 「う、うわぁ!ちょ、ちょっと・・・テリー!」 慌てて叫んでしまった。 「こ、ここ船の上だぜ、ししかも、ウィ、ウィルたちもいるんだし・・・!」 船内の明かりのついた通路で 壁にユナを押し倒したまま、 「あ・・・ああ、そ、そうだったな・・・悪かった」 はっと相手も我に返り、ユナから離れる。 二人は何だかお互いに気まずくなってしまったまま、お互い背を向ける。 「・・・惜しかったですね・・・」 二人から死角になっている通路の曲がり角で眼鏡を光らせて呟いている。 「チャモロ・・・デバガメは良くないぞ」 「そう言ってハッサンだって身を乗り出して見てたじゃないか」 男三人の言い合う声。 「でも良かったわ・・・。二人ともホントに幸せそうで・・・」 「だな」 旅をしている時のユナのテリーへの想いと 素直になれないで苦しむ弟の想いを両方抱えていたミレーユは ほっと安堵のため息を漏らした。 他の三人も、そんなミレーユを見て顔を見合わせ微笑んだ後 再び各々の部屋へ散っていった。 |