● 事件 ●
ゲントの船が、レイドック港に着いたのはサンマリーノを出て、五日後の朝だった。 港に船を預けてレイドック城を目指す。 久々のファルシオンが港に預けられていて、馬車で城を目指した。 本当に久し振りの馬車に仲間たち、 城で一人寂しく暮らしていたユナにとっては辛い旅も最高に嬉しかった。 ウィルは本当に自分を気遣ってくれるし、優しいし・・・ ハッサンは相変わらず茶化したり文句ばかり言ってるけどたまには気も合うし・・・ チャモロは面白い事言ってくれるし ミレーユさんは美人で優しいし・・・ それに・・・ 「何だ?こっちをじろじろ見て・・・」 「ううん、別に」 ニコニコ顔のユナに、もう慣れたのかそれ以上何も言わず、再び俯く。 テリーだって優しいし・・・。 港町を出発して随分と時間が過ぎようとしていた。 太陽は既に沈み駆けている。 港と城の間、丁度いいくらいの距離に小さな村があった。 旅人や商人の中継地点になっている村は小さいながらも結構活気があった。 馬車を村の外に泊め、村に入る。 城と港町との中継地点と言うこともあり宿が儲かるのか 結構沢山の宿が所狭しと並んでいた。 適当な場所を見つけて、六人は宿に入った。 「ここで一泊してから明日の朝、レイドックを目指そう。 明日朝早く出発すれば、昼過ぎには着くと思うから」 うんうんと話を聞いていたユナに、ハッサンが忍び寄っていき ツンツンといつものように肘で肩を小突いた。 「ユナー、テリーと変な事するつもりじゃないだろーな」 「なっ、何だよ変な事って!」 ババっと赤面する。テリーも呆れた顔でハッサンを見た。 「別にぃ、言わずが花って言うじゃないか。ま、夜はオレ寝るの早いから、お二人さん、お構いなくー」 「・・・・・・・・・(怒)」 宿を取るときもハッサンはこの調子だ。 「ユナ、どーせならテリーと二人部屋にしたらどうだ?どうせ夜一緒に・・・」 「何言ってるんだよ!違う部屋に決まってるじゃないか!」 遂に頭に来てしまったらしい。 乱暴に宿帳を書き込むと、目を合わせないように階段を上っていった。 三人は顔を見合わせ苦笑いする。 その話題の中心のテリーもユナの後を追うように階段を上っていってしまった。 ミレーユは 「私、ちょっと買い物に行って来るわ・・・あ、ハッサン」 「・・・・・・ん?」 「一緒に買い物、つき合ってくれない?」 荷物持ちか。そんな雰囲気を醸し出してハッサンとミレーユは宿を出ていった。 「あぶれちゃったな、チャモロ」 「ウィルさんにはバーバラさんがいるじゃないですか」 二人で仕方ないため息をついて振り向くと 「あの、もし・・・」 女の人の声 「あの、おなごの知り合いですか?」 酷くしわがれた声だった。 「あー、本当、ハッサンには呆れるよ・・・」 ブツブツ文句を言いながら隣の男に声をかけた。 「からかわれてるだけなんだぜ。お前の反応は見ていて飽きない」 「・・・・・・だって・・・でも、腹が立つよ!そんなにからわなくたって・・・」 ユナが怒るのも無理はなかった。 ハッサンは再会してからずっと、何かに付けてテリーとの事を 持ち出してはユナをからかっていた。 いくらオレの反応が面白いからって限度って物があるだろ・・・限度って物が・・・。 「テリーだって、嫌だろ・・・ハッサンからからかわれるの・・・」 「別に、気にしなければいいじゃないか」 相変わらずの興味の無さそうな返事。ユナは頬を膨らませたまま 「そりゃ・・・そうだけど・・・」 部屋を歩いて、窓に立ちすくんだ。 窓の外には話題のハッサンとミレーユの姿。 美女と大男の組み合わせに通り過ぎる人々が振り返る。 窓を開けて空気を入れ換えてみた。 テリーも立ち上がってユナの隣に立つ。銀髪がなびく。 元気に遊ぶ子供、それを見守る子供たちがすぐ真下に見えた。 「結婚か・・・」 何となく呟いてしまった。 ウィルとバーバラの結婚式が目に浮かんできて・・・ そしてそれを羨ましいと思っている自分にも気付いた。 隣のテリーを見る。 相手はずっと真下の遊んでいる子供をずっと見ていた。 「テリー、もしかして、子供好きなのか?」 相手はまさかと呟いた後 「嫌いだ。子供は弱いから・・・。 もし自分に子供がいたら嫌だな、そいつの心配ばかりしてしまうと思うから」 大きな目がまた大きくなって振り向く。 そして緩やかに笑いが込み上げてきた。 「何が可笑しい?」 「いや・・・テリー、本当は子供好きなんだな」 「なっ!オレはそんな事一言も言ってない!」 赤面して答える。それ以上何も言わず、笑いが収まるのを待つと 「お前はどうなんだ?子供は好きなのか?」 「え?オレ」 自分に指を指す。相手が頷くと 「うん、子供大好きだよ」 オレも子供だし・・・一緒に遊んで楽しそうだし・・・。 「そんなに好きなら、自分で産めばいいじゃないか」 はっとテリーの顔を見た。 テリーは自分の言った事に何となく恥ずかしくなって顔を背けてしまう。 「・・・ダメなんだ」 ユナの言い様に、少しだけこっちを向く。 「何故?」 単刀直入なテリーに、マントの襟を直して 「そう言う体なんだよオレ。ガンディーノにいた頃、ギンドロから遊びやすいような体にされてさ」 「・・・・・・・・・」 「うーん・・・入ってすぐにお腹を何度も殴られて蹴られて・・・そういう子供を作る機能を 潰したとかなんとかで・・・まぁ、そう言う事だな。いやぁ痛かった!痛かったよあの時は!」 「・・・・・・・・・」 言った後に、自分でも言わなければ良かったと後悔してしまった。 こんな嫌なこと・・・テリーは聞きたくなかったはずなのに・・・。 「・・・・・・悪かった・・・変な事聞いて・・・」 女にとって最高の喜びは、好きな奴の子供を産むこと。昔、女から聞いた。 なのに、こいつは・・・ 「なっ、何言ってるんだよ、テリーが謝る事じゃないよ!」 嫌な思い出を相手に言ってしまった自己嫌悪に、何となく気まずくなってしまった。 剣を担いでドアの前に立ちすくむ。 ドアノブに手をかけた所で力が抜けてしまった。 「ユナ・・・」 力強い腕に低い声が耳元で聞こえる。 ユナは半ば倒れ込むようになって、後ろから抱き締められた。 「・・・・・・!」 「嫌な事とか、苦しい事とか、溜め込まないでたまには吐き出してしまったらどうだ? オレも・・・その・・・少しくらいは聞いてやらないでもない・・・」 体が軽くなると同時に振り向いた。 照れくさそうな顔を見て、愛しさ故の苦しみが襲ってくる。 「大丈夫、テリーがいるから平気だよ・・・」 「な、何だよそれは・・・」 ユナは返事の代わりに笑顔を返すと部屋から出る。 テリーはそれを見届けベッドへと再び腰掛けた。 子供の笑い声が外から聞こえてくる。 「バカ・・・」 「で、おばあさん、あなたの話によると・・・」 所変わってここは一階にある食堂。先ほど呼び止められた一人の老婆とウィル、チャモロが座っている。 「うむ・・・」 口元に苦しげなしわを寄せて 「あの、あのユナという娘・・・」 言いかけて口ごもる。 ウィルは深いため息をついて、深く椅子にもたれ掛かった。 チャモロは額に手を当てて、苦渋に満ちた表情をしている。 「ユナに言えばきっと引き受けてくれると思うけど・・・」 ちらりとチャモロに目配せした後、二階に続く階段に目を向け 「オレたちも気の乗らない話だし・・・テリーは絶対許さないだろうしな」 二人して首を項垂れさせる。 「ユナさんの恋人ですか?」 うーん・・・深く首を頷かせてみる。 ガチャ、扉の音に異様に反応する三人。 同時に振り向くと、ユナが階段から降りてきている所だった。 「な、なんだよ?どうしたんだ?」 不審に思い、三人の前まで来る。 ガシッ。 肩にウィルの両手 「な、なんだよっ・・・」 「ユナ、ちょっと話したい事があるんだ」 ・・・・・・? 無理矢理椅子に座らせられて、ユナの言葉を遮って話し始めた。 「ユナ、危険な目に遭ってくれ!」 「・・・・・・・・・は?」 「ウィルさん、もうちょっとソフトに言われた方が・・・」 二人の言い様にもっと首を傾げてしまう。 それに割ってはいる見慣れない老婆が申し訳なさそうに 「私がお話しします・・・。まず、コレをご覧になって下さい」 目の前に差し出されたのは、見た物うぃそのまま紙に映し出せるという、術士得意の念写という物だった。 白と黒なので色彩は分からないが・・・ 「え?コレ・・・」 短い髪に、細い体に、ぱっちりと開いた瞳に意志の強そうな口元・・・。 「あれ、オレ、え?こんな物、撮った事もないし・・・」 ・・・・・・・・・え? いつの間にか床に額を着けて土下座しているのは 「ちょ、ちょっと何・・・・・・!?」 「無理を承知でお願い致しますユナさん!!どうか・・・どうかルアンの代わりに 生贄になって下さい!」 「はぁ!?」 ユナとうり二つのルアンと言う少女の念写。 土下座している老婆。それに、生贄というありがちな状況・・・。 「あのな、ユナ・・・。この村にもの凄い魔物がやってきたらしくて・・・その魔物が ルアンを差し出さないと村を焼き払うって言ってきてるらしいんだ・・・・・・それで・・・」 「それでオレに身代わりになれって・・・?」 コクリと神妙に男と老婆が頷いた。 「ええっ!マジかよ!」 「ユナ様ぁ〜〜!」 足元に老婆が泣きついてくる。 「ああっ!もう分かった!!分かったから!!」 「じゃ・・・じゃあっ!」 はっと顔を上げると、ユナは仕方なさそうに首を頷かせる。 「仕方ないよな。オレならその魔物倒せるかもしれないし・・・ いざとなったら逃げるか・・・皆に助けてもらうさ」 チャモロとウィルはユナのその言葉を聞いて今度は苦笑いを返した。 「・・・・・・?何?」 「いや、あのさ・・・」 ウィルが老婆に目を向けると、しわがれた声が聞こえてくる。 「その魔物は大層ルアンに惚れておって、ルアンの周りに別の生命体がいると すぐに反応してしまうらしいんじゃ・・・本当にいやらしい魔物じゃ」 「げ・・・・・・」 言ってしまった手前、もう後戻りは出来ない。 皆の懇願を一心に受け 「だ、大丈夫だよ!そんな魔物くらい!オ、オレに任せときなって!」 遂に言い切ってしまった。 「有難うございます!時間は明後日の丑三つ時、場所は私がお教えしますので 明日の深夜、この宿にお迎えに上がります」 最後の言葉を言い残してそそくさと去っていった。 余りに唐突な事と事の重大さだけが残り、ユナはため息をつくしか無かった。 食事の準備が出来て、テーブルに郷土料理が続々と並ぶ。 そんな中、先ほどの話を聞いた三人だけが無言だった。 「オイオイどうしたんだウィル?神妙な顔して・・・」 「えっ、いや、別に・・・」 三人で話し合って皆には内緒にする事に決めていたのだ。 「オイチャモロ、何か変じゃないか?」 「えっ!!」 大げさな驚き方、チャモロのリアクションに逆に吃驚する。 「なにをそんなに驚いてるんだよ、なんか怪しいな・・・」 今度はユナに目を向けた。 ユナは慌ててフォークを手に取り、せわしそうに口に押し込んでいる。 皆が不審に見守る中、三人は無言で食べている。 しかしその沈黙に耐えきれなくなったのか、急にチャモロが立ち上がった。 「あーーーっ!!私はもう無理です!やはり私はこんな大事な事をいつまでも 隠し通せるほど、お人好しじゃありません!!」 「チャ、チャモロ!」 続いてウィル、ユナも立ち上がる。 「もう言っちゃいます!実は・・・実はユナさんは明後日、この村の生贄にされてしまうんです!」 「イッ・・・!!」 ・・・・・・・・・ヘナヘナとユナは椅子に倒れ込んだ後、はぁーっと苦渋に満ちた表情のまま 顔を押さえた。指の間からテリーを見る。 彼も信じられないと言った顔でフォークを持つ手を止めてしまっている。 それを見て、ユナは更に顔をうつむかせた。 「フーン。そう言うわけでユナが代わり・・・生贄の代わりになるってのか・・・ わざわざ危険な目に遭うなんて・・・本当に人が良いというかバカと言うか・・・」 「・・・・・・・・・」 ハッサンの言い様に、言い返すことも出来ない。 「冗談抜きにそれって危険なんじゃないの?だって、ユナちゃん一人でそこに行くワケでしょ?」 「・・・・・・・・・」 やっぱり言い返せない。 「でもオレたちも不安だったんだよなぁ・・・。なんでもあのおばあさんは村の長らしくて 村人を不安にさせてはいけないってんで秘密にしておいてくれって言われたんだけどな・・・」 ウィルの言葉にチャモロは首を頷かせた。 「あーっもう大丈夫だって!もし罠だったとしても・・・オレだって、一応剣士だし・・・ その辺の一般人よりは腕は立つと思うし」 やっと反抗のキッカケを作ったのだが 「・・・・・・」 答えが返ってこない。 「まぁ」 ため息と共に言葉を吐く。 「まだ後一日あるんだし、断ろうと思ったら断れるんじゃないかしら」 「そうだな」 冷静なミレーユの判断に、夕食を食べ終わった皆はぞくぞくと席を立っていく。 「それまでにこいつの気持ちも変わるかもしれねーしな」 ハッサンの大きな手でぐしゃぐしゃと髪をまさぐられる。 「なっなんだよ、ハッサン!」 「ユナ、また明日な。生贄の件も良く考えといてくれよ」 ウィル、チャモロも続いて部屋に戻っていく。視界の片隅に彼が見えた。 「ちぇ・・・少しはオレに関心を示してくれたっていいんじゃないか・・・?」 ボソっと本音を語ると、後ろから肩を叩かれた。 「ユナちゃん」 金髪の長身の女性。 「ちょっと私の部屋に来てくれない?」 「・・・・・・・・・?」 「生贄、本当に代行するつもりなの?」 「え?」 あんまり当たり前の事を尋ねられたため、用意していた言葉を忘れてしまった。 「え、ええ、まぁ・・・」 ふぅっと息をついてカーテンを開けた。外はまっくら、曇っているのか月も見えない。 「嫌な予感がするのよね・・・」 「・・・?」 口に手を当てて呟いた。 「それに、ユナちゃんに何かあったらあの子が・・・」 「・・・テリーなら大丈夫ですよ・・・。オレがいなくなったくらいで、多分そんなに気にする奴じゃ・・・」 「ユナちゃん、あの子を分かってあげて!」 言い終わるか終わらない内に、振り向いて強く言い返された。 「あの子はあんな性格だから、きっと今までもユナちゃんに自分の気持ちは 言わなかったと思うの。でも、私には何となくだけど分かる!あの子は、あの子には ユナちゃんしかいないの!あの子を分かってあげられて、支えてあげられるのはユナちゃんだけなのよ・・・?」 手を掴まれて、そう懇願される。 「ミレーユさん・・・」 オレだって、オレだってそうなんだ・・・オレにだってテリーしかいないんだ。 「大丈夫ですよ!」 何が大丈夫なのか、手を強く握り返して 「オレだって、あいつを想う気持ちは誰にも負けません! それに想いがあれば・・・想えばきっと上手くいくって、信じてますから!」 ワケの分からない弁論。ミレーユはそれを聞いた後、ふっと仕方なさそうな笑みを見せて 「分かったわ、もう何も言わないわ」 「ご免なさいミレーユさん・・・」 ミレーユは首を振った後、 「私の方こそ・・・呼び止めちゃったりしてゴメンね。おやすみなさいユナちゃん」 「おやすみなさい」 その言葉と共にドアを閉じた。そして自分の部屋のドアを開けた瞬間。 「オイ」 低い声をかけられた。 「話がある」 ドクン・・・。 その心臓の音が相手に伝わっているのか定かではなかった。 |