▼ED〜 レイドック



 親友との再会は突然訪れた。
バーバラはユナの姿を見つけるなり、飛びついてきて熱烈な抱擁をした。
国中にお触れを出してくれたり、過激なポスターを作ってくれたり、たまに度を超えた事を
した彼女であったが、それが自分を想ってくれての事だと知っていたので
ユナは素直に嬉しくてたまらなかった。
ユナもバーバラの小さな体を抱きしめて、お互いの頬にキスをする。
周りの視線にようやく気付いた所で、二人は照れながら距離を取った。

「ちょっと、妬けるよな・・・」

「ああ・・・」

 うっかり出てしまった心の底の言葉に恥ずかしくなって、ウィルとテリーは咳払いをして
聞かなかった事にした。

「改めて・・・おかえり、ユナ!」

「ただいま!バーバラ」

 そう言った途端、バーバラの大きな瞳がまた潤んだ。
ユナは笑いながら、小さな赤毛の少女の額を軽く小突いた。



 その後4人は少し早い夕食を囲んで、本当に久しぶりの再開に浸った。
話好きなバーバラも加わってか話は尽きることが無く、テリーとユナも久しぶりの
賑やか過ぎる時間を過ごした。

一通り豪華な夕食が済んだ所で、バーバラはユナだけを自分の部屋にあるお気に入りの
バルコニーに連れ出した。
新月で月の光がないせいか、満天の星はいつも以上に光り輝いて見えた。

バーバラは手すりに肘を着いて空を見上げる。
ユナも隣に来て手すりにもたれ掛かった。

「ユナ、変わってないよね」

 ふいにそのような事を聞かれて、少し拍子抜けしてしまった。

「そ、そうかな?」

 少しは変わってると・・・思いたいんだけど。

「あれから二年も経ってるんだよね」

「うん・・・」

 二人は互いに昔を思い出した。
ゼニスの城でバルコニーで二人して話した時の出来事を。
そうか・・・二年も経ってるんだよな・・・。

「な、バーバラ?」

「何?」

 ふと隣を向いて問いかけた。

「ウィルといて、幸せか?」

「何よ急に・・・」

「いや、オレ今日見て思ったんだ。一国の王の妻ともなるとさ、色々と大変なんじゃないのかなって」

 バーバラはばっと顔をあげて、両手を腰に添えた。

「まーぁね。そりゃ王妃様だしねー、皆の憧れの的だものー。
いつも皆に羨望の眼差しで見られてるから、いつも綺麗にしとかなきゃいけないのが
たまに嫌になったりするわ。ま、私は普通にしてても綺麗なんだけどねー」

「・・・・・・・」

 相変わらずだよな・・・。
ふっと顔が緩んだ。これがいつものバーバラなんだけどさ。

「でも・・・」

「・・・・・・?」

 みるみる内に表情が曇っていく。

「辛い時期もあったわ」

「え・・・?」

「ウィルが王宮の王子じゃなかったら・・・生活規則や、城の事や国のこと・・・何も
なくて二人で気ままに暮らせたらって・・・思った時期もあった」

 後ろを向いて、手すりに寄りかかる。

「でも、その度ウィルが励まし続けてくれて最近思うようになったの
私のいるべき場所はここなんだって・・・」

 空を見上げて呟いた。

「そう思ったらね、今までこんな事で悩んでた自分がすごーく贅沢に思えてきたの。
実体も持ってて、好きな人も側にいて、頼れる人たちもチカラになってくれる・・・
そんな生活の何が不満なのかって・・・」

「バーバラ・・・」

 ユナの方を向いていつもの表情に戻して言った。

「それに・・・」

 視線を落として

「好きな人の子供もお腹の中で育ってるのにって・・・」

「・・・・・・・・・!?」

「ま、まさか・・・」

 吃驚しているユナにしてやったりのバーバラ

「その ま、さ、か、よ。吃驚したでしょー?」

 ユナはその問いに目を丸くしたまま首を上下にするだけだった。





「名前、実はもう決めてあるんだ。男だったらティミー、女だったらポピーにしようかって」

 レイドック城、王家縁の者しか入れない豪華な一室で男二人が談笑していた。
銀髪の方------テリーが口元を緩ませて返す。

「お前が父親になるなんてな・・・まぁそれより、あいつが母親になる方が問題か」

「ハハ、その台詞バーバラの前で言うなよ」

 ウィルは笑いながらティーカップに手をかける。
テリーもカップに手をかけて温かい紅茶を口に含んだ。
一息ついた後、ウィルは何となく気になっていた事をテリーに投げかけた。

「あのさ、お前は考えてないのか?結婚とか・・・」

 テリーはカップを受け皿に戻した後少し考えて

「まさか。考えたこともない」

「お前はそうだとしても・・・もしかしたらユナの方が待ってるかもしれないぞ」

「・・・・・・・・」

「いいもんだぜ、家庭を持つっていうのは・・・テリーもいつか分かるときが来るよ」

 よほど嬉しいのかニコニコ顔で再び語り出す。
結婚・・・それより先に、テリーには片付けなければならない問題があった。

「そう言えば・・・ほら」

 テリーは思い出したように内ポケットに入れておいた鍵を取り出した。

「・・・その・・・ありがとう。助かった」

 ウィルは一瞬驚いた顔をした。それは、素直にテリーがお礼を述べた事に対しての表情だ。

「で、首尾の方はどうだい?なんとかなりそうか・・・?」

「・・・・・・そう、だな・・・」

 少し、言い淀んで

「可能性が無いわけじゃない・・・事が分かった」

 テリーにしては歯切れの悪い言葉。それでも、ウィルは心から喜んで

「良かった!ほんの少しでも可能性があれば、ユナを救えるかもしれないんだろ!
いつでも君の力になるよ!」

 差し伸べられた手を、テリーは戸惑いながら軽く握った。
まさか、こんな考えに旧友を付き合わせることなど出来ない。
繋いだ手の平とは別に、テリーの心は全く違う所にあった。





「け、結婚!?」

「うん。そうだけど・・・。そんな話しないの?あんなにずっと一緒にいて・・・」

 夜風が吹き抜けるバルコニー。
結婚と言う言葉に驚いたユナがへたりと座り込んだ。

「ま、まさか!するはずないよ!テリーもまさか、そんな事考えて無いだろうし!
いや、ほんとまさか・・・けっ、結婚とか!はは・・・まさか・・・!!」

 一人で狼狽する。その様が相変わらずの彼女で、相変わらず微笑ましくなった。

「実は考えてるかもしれないよ〜?そうだ、アタシ、聞いてきてあげよっか?
テリーに。ユナと結婚する気があるのかって?」

 そしてあまりに微笑ましくて、思わずからかいたくなるのだ。

「バッ!バカッ!!絶対やめろよ!!」

 思った通りの反応をするから、ますますからかいたくなるのだ。

「なんでよ?愛してるって言ってくれてるんでしょ?夜も優しく抱いてくれるんでしょ?
2年間ずっとあんたの事想ってたんでしょ?結婚する気ぐらい有ると思うけどなあ?」

「・・・・・・だっ、だから、それは・・・テリーにしか分からない、し・・・」

 ユナは真っ赤な顔を両手で押さえて反論した。
バーバラはニヤニヤした笑みを浮かべて、ユナの頭をくしゃくしゃと撫でた。

「ふふ、ごめんごめん。・・・そうね。結婚する気が有るなら、あっちの方からきっと
プロポーズしてくるわよね。ね、その時は一番にアタシに報告してね?」

 ユナは顔から両手を離せないまま、小さく頷いた。
・・・そして

「ほんとに・・・そうなったら・・・・・・嬉しい・・・な・・・」

 ずっと心の中にあった願望を、初めて口にした。





 話に夢中になってしまってすっかり夜も更けてしまった。
話題は尽きなかったが、バーバラの体に障ると言う事も有り名残惜しいが切り上げる。
テリーとユナの二人は、ウィルとバーバラに案内されて、レイドック城から空中回廊を
渡った西の離れに案内された。

西の離れは全て貴族の客室になっていて、その中の一つに二人は通された。

部屋の中は、大きなベッドが二つに備え付けの洗面所に浴室。
勿論装飾は豪華だし、お洒落なインテリアがセンス良く飾られていた。

「ここ使って。どうせしばらくはここに滞在するんでしょ?」

「ええっ、良いのかよ、こっこんな所使わせてもらって!・・・ま、まさか後で宿代請求
されても、出せないからな」

「まさか、ユナにそんな事期待してるわけないでしょ!」

「そうそう。遠慮無く使ってくれよ」

「悪いな」

 テリーは当たり前のように、荷物を置いた。
ユナも、ふかふかの絨毯を汚れたブーツで歩くことに抵抗があったが
そろそろと歩いて、壁際に荷物を置く。

「それじゃあ、お二人さん、ごゆっくりね〜。朝食はメイドに申しつければいいから、
それまでは、朝もゆっくり寝てて良いからね〜おやすみ〜」

 バーバラはニヤニヤとした笑いを残して、静かにドアを締めた。




 浴室で汗を流したユナは、テリーとは別のベッドに腰掛けた。

「お湯、気持ちよかったね」

 素直にそんな言葉が出る。テリーは頷いて、その後肩肘を付いてベッドに横たわった。

「な、テリー明日も図書館行くの?」

「・・・いや・・・もう図書館は良い。大体の情報は集まったからな」

「・・・そっか・・・」

 ユナは少し、うつむいた。そうだ、結婚なんて考える以前に自分には乗り越えなければいけない
問題があった。
いつ消えてしまうかもしれないこの体をどうにかしなければいけない。
もしかしたら予兆はすぐそこまで来ているかもしれない。
怖くなって、思わず、以前あった腕の痣を確かめた。

気味の悪い形の痣はもう消えていたが、もしかしたら近いうちに-------

「そんな顔するな」

「・・・え?」

 いつのまにか、不安そうな顔で居たらしい。テリーが起き上がって、ユナの頬に手を伸ばして
くれていた。

「・・・大丈夫だから・・・」

「うん・・・・・・」

「・・・・・・」

 テリーは少し考えて、ユナの隣に腰掛けた。

「テリー・・・」

 薄い金色の瞳。それをより色濃くした髪。
いつものように上気した顔で自分の名を呼んでくれて、目を合わせると恥ずかしそうに逸らす。

こいつを繋ぎ止められるなら、なんだって、やるさ---------

 テリーはそう決意すると、そっとユナの唇に口づけ、暖かい体温をもっと確かめようと
ベッドにその身を押し倒した。




 色濃い朝霧はレイドックの街全てを飲み込んでいて
部屋の窓からそれを見下ろすと、まるで雲海の上に居るようだった。


いつもと同じ時間に、ユナは目が覚めた。
いつもと違うのは隣で眠っているはずのテリーが居なかった事。
ベッドに沈み込んでいた上半身をゆっくり起こす。
二人で泊まるには広すぎる部屋を見渡すと、立ったまま窓の外を見つめているテリーが居た。

「テリー」

 挨拶をする間もなくユナはそっと声を投げる。
向こうは振り向いていつもと同じ笑みを返した。

「ああ、おはよう」

 少し安心してユナも挨拶を返す。
そして着慣れない女性用下着をなんとか身に付けた。
テリーと再会してから、テリーの意向でサラシでは無く下着を着用するようにしていた。
サラシは外すのが面倒だから・・・
と恥ずかしそうにぼそぼそ呟いたテリーが思い出される。
確かにサラシは巻き付けるのも外すのも面倒だし、何よりぎゅっと押し込まれた胸が痛い。
以前より目立つようになってしまった胸は気恥ずかしさが沸くが、多分時期慣れるだろう、と
ユナは自分に言い聞かせた。
そして下着姿のままカーディガンを羽織ってテリーの元に歩み寄った。

「?何見てるんだ?」

 ユナはテリーの見ていた窓を覗き込む。
白い霧が城を囲む林にかかって薄緑の景色が眼下に広がっている。

「・・・・・・いや・・・なんでもない・・・」

「・・・・・・?」

 不思議そうに見つめるユナを尻目にテリーは言葉を続けた。

「それより・・・今日は少し用事があるんだ・・・。多分すぐに終わると思うんだが
その間どこかで時間を潰してきてくれないか?」

 一緒に行っちゃまずいのか?
という言葉を飲み込む。独りで済ませたい用事なのかもしれない。

「うん、分かった」

 ユナは別段追求もせずに相づちを打った。

「悪いな・・・別に心配するような事じゃない」

 付け加えるようにまたテリーは呟く。ユナはその意味に気付いて笑った。

「分かってるよ!んな事」




 レイドック城下町、中央の噴水広場でユナと別れ、テリーは南街へと歩を進ませた。
少し歩いて振り返ると、ユナは噴水広場のベンチに腰掛けてうとうとしている。
ほっと頬を緩ませて、テリーは目的の場所へと足を急がせた。

武器屋や道具屋、装飾屋など多様な店が建ち並ぶ大きな道を抜けると
今度は同じような小さな小屋が軒を並べていた。

テリーはそのうちの小屋のひとつに足を止めて、扉の代わりに垂れ下がった
分厚い垂れ幕を掻き分ける。
朝早いのが幸いしたのかいつもは居るはずの大勢の客は居ない。
小屋の中の人物は、ちょうど商売道具の水晶玉をテーブルに設置しているところだった。

「テリーじゃない。どうしたの?こんな朝早く」

 小屋の主は、レイドックで占いの館を開いているミレーユだった。

「姉さんに占って・・・いや・・・違うな・・・見て欲しいんだ・・・」

「見る・・・?」

 神妙な面持ちの弟に、ミレーユはみるみる怪訝な顔つきになる。
ミレーユがテーブル奥のイスに腰掛けたのを見て、テリーもテーブル手前の客用のイスに座った。
ミレーユはゆっくり時間を掛けて水晶玉を磨き上げていた。
テリーもなんとなく無言でその動作を見守る。
なぜか重い空気が流れる中、口を開いたのはミレーユの方だった。

「未来を・・・見るのね・・・?」

 水晶玉を拭いていた布を丁寧に折りたたむ。テリーは何も言わず頷いた。
昨日、レイドックからの伝書鳩でユナが帰ってきた事を知っていたミレーユは
推測で言葉を口にした。

「それは・・・貴方の未来?それとも・・・ユナちゃんの未来?」

 それはもう決まっていた事だったが、考える素振りを見せてテリーはテーブルに手を置いた。

「オレの未来だ・・・」

 しっかりとミレーユの目を見据える。ミレーユの瞳は何故か少し影が掛かっているように見えた。

「そう・・・」

 視線を遮るように目を伏せて、水晶玉に手を当てる。

「・・・分かってると思うけど私はおばあちゃんほど占う力は無いの。だから、未来と言っても
詳しい事が分かるわけじゃない。見えるもの、それは酷く抽象的なもの。それでも良いかしら?」

 テリーは了承の意味を込めて頷く。
ミレーユはふっとため息にも似た息を吐いて精神を水晶玉に集中させた。
少しずつ、水晶玉が自分の意志を持ったように光り始める。
その色は白から青、青から赤と色を変化させている。

テリーは無言でその神秘的な様相を見つめていた。

オレの未来------・・・もしかしたらたどり着いてしまうかもしれない未来。
自分の未来なんて、普段のテリーであれば興味の無い話だ。寧ろ、わざわざ自分からそんなもの
見たいとも思わない、願い下げだった。
だが、今のテリーにはどうしても先の自分の事が気になったのだ。

昨日、図書館で行き着いた恐ろしい答え。
その答えを受け入れてしまうだけの覚悟があるのか
それとも
その答えを受け入れないだけの意志があるのか
そのどちらも、テリーはひどく気になっていた。

見つめる先のミレーユは額に玉のような汗を流していた。
その汗が、顔のラインを辿って形の良いアゴ先へと流れ落ちると
ミレーユはとたんに”はっ”と目を見開いて水晶玉から両手を離した。
その瞬間、水晶玉はただの水晶玉に戻ってしまう。ミレーユは目を伏せて何度か顔を振る。
二度、深呼吸した所でテリーを見つめた。

「ごめんなさい・・・見えなかったわ・・・」

「そうか・・・ごめん、突然おかしな事頼んで」

「ううん、いいのよ。あなたの頼みだもの。・・・そうだわ、私じゃダメだったけど
もしかしたらグランマーズおばあちゃんならもっとちゃんと見れるかもしれない。
今は国の偉い人に呼ばれて出て行ってるみたいだけど、後で連絡してみましょうか?」

「ああ・・・そうしてくれると助かる」

 テリーはミレーユが止めるのも聞かずに、占いの代金をテーブルに置くと
足早に小屋から出て行った。
ミレーユは外へと出て行った弟の気配が無くなった事を感じると
そのまま床に膝を付いて倒れた。

鼓動が唸るように全身に響き渡っている。それはきっとしばらく収まりそうもない。

脳裏に見えた弟の未来

数十・・・いや数百という骸の山の上に立ちすくんでいたのは
紛れもなく自分と血を分けた弟。
澄んだアメジストの瞳は見る影も無くなって、美しい銀髪は返り血で真っ赤に染まっていた。

あれは人じゃない。人を斬った人間はもう人間にはなれない

そう、あれは-------

「・・・・・・っ!」

 胸が張り裂けそうだ。ミレーユはなんとか部屋の奥から”クローズ”と言う看板を持ってきて
小屋の前に掲げると、胸を押さえて小屋から出て行った。




「テリー」

 先ほどと同じ、噴水前のベンチでうとうとしていたユナはテリーを見つけて
駆け寄ってきた。

「もう用事は済んだのか?」

「ああ」

 テリーはそのままユナが座っていたベンチに腰掛ける、ユナも隣に腰掛けた。
二人でこうやってベンチに座っていると、2年前ユナが賞金を掛けられ、衛兵に
連れて行かれた事を思いだしてしまう。
ユナもその事を思いだしたのだろうか、ふっと頬を緩ませる。テリーが口を開くより前に
ユナが振り向いて言葉を発した。

「そういえば、これからどうするんだ?今日は図書館には行かないんだろ?」

 あまり本が好きじゃないユナは嬉しいのか心持ち弾んだ声で言った。

「ああ、今日はお前の好きな場所に行ってもいいぜ?」

「えっ?」

「今日一日、付き合ってやるよ」

「ええ?」

 突然の提案。勿論そう言ってくれるのは嬉しくてたまらなかったがユナは行く当てが思いつかない。

「服屋でも装飾屋でも花屋でも好きな所に連れて行ってやるぜ?」

 ユナがそんな所に行かない事を知って、言葉を並べているのだろうか。テリーが花屋に
居る姿なんて想像もつかない。ユナはしばらく考えて、控えめに声を発した。

「街、見回りたいな」

「・・・街?」

「レイドックの端から端まで、散策してみたい・・・・・・ダメかな・・・?」

 何故か不安げなユナの頭をテリーはくしゃくしゃと撫でた。

「ダメなわけないだろ。面白そうだ」

 そして立ち上がってユナに手を差し出す。

「ほら、行くぞ」

「・・・えっ・・・あっ・・・う、うん!」

 ぽっと赤い顔をしてその手を掴む。
二人は手を繋いだまま長い煉瓦道を歩いていった。




 その日の夜。
一際目を引く豪華で大きな部屋でウィルを初めとした旅の仲間が
集まって食事を摂っていた。
ウィル、バーバラ、ハッサン、ミレーユ。
ハッサンとミレーユはバーバラにも負けないくらい、ユナの帰還を熱烈に喜んでくれた。

 ハッサンは特別な日に飲む事にしている自慢の葡萄酒を仲間に振る舞おうとした。
ミレーユはそれを制して、食欲をそそる食事の前に立ち上がった。

「ごめんなさい、突然。みんなに・・・いえ、ウィルに聞いて欲しい事があるの」

 賑やかだったその場がまさに突然の言葉に、静まりかえる。

「どうしたんだい?改まって」

「聞いて貰いたい事っていうのは・・・グランマーズおばあちゃんの事なの?」

「?」

 ユナとテリーの体が少しだけ反応する。

「グランマーズ・・・それがどうかしたの?」

 ウィルの代わりにバーバラが返すと、ミレーユは頷いて

「おばあちゃん、国政の傾いてる国で王の相談役を引き受けてるらしくって・・・契約上、今は会えないらしいの。でも、今すぐに会って確かめたい事があって・・・なんとか、おばあちゃんと1日・・・いえ
数時間でも良い、会って話をしたいんだけど・・・」

 みんなは状況を理解出来ないまま、ミレーユの言葉を静かに聞いていた。

「国の王の契約を一瞬でも白紙にして、おばあちゃんをここへ呼ぶ方法がひとつだけあるの。
・・・聞いてもらってもいいかしら・・・?」

「そんな方法があるのか?」

 ようやくハッサンが声を発した。
ええ。とミレーユは頷く。言いにくい事なのか、口をもごもごさせるミレーユに変わって
なぜかバーバラが声をあげた。

「もしかして・・・ミレーユの考えてる事って・・・・・・」

 みんなの視線が、一斉にバーバラに向けられた。

「アタシとウィルの結婚式を挙げるって事・・・?」

「はあああ!?」

 みんなの声が、一斉に重なった。ミレーユだけ申し訳なさを顔いっぱいに広げて
ええ。と再び頷いた。


「結婚式か・・・確かに、レイドック王子の結婚式ともなれば、世界中の国は政治を一度
中断してここへ来るしかないだろうからなあ・・・。そんときは必然的に婆さんもくるだろうし・・・」

「ごめんなさい。こんな案しか思いつかなくて・・・」

「ミレーユが謝ることじゃないよー!アタシも・・・その・・・式を挙げないままだったし・・・
ユナも帰ってきたし近いうちに式を挙げたいなって話してた所だったし・・・」

「ああ。父上や母上も、バーバラのドレス姿が見たいって顔を会わせる度に言ってたくらいだしな」

 その言葉にほっと胸をなで下ろす。

「そう、それなら良かったんだけど・・・」

「姉さん・・・」

「大丈夫よテリー・・・私も・・・あなたの未来が気になってたから・・・早い内におばあちゃんに
見て貰おうと思ったの」

「・・・・・・」

 こっそりとミレーユはテリーに耳打ちした。
みんなは今から式を挙げるというその事実に気を取られていて
二人の会話には気付いていなかった。




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