▼恋人


 隣で健やかに眠るユナを尻目にテリーは眠れないでいた。
目を離すと再び全てが消えてしまいそうで。

月明かりに照らされる顔を見つめながらそんな物思いに耽っていた。

ミリアの事を含め全ての経緯を説明してやると、
さすがに驚きを隠せないでいたようだった。
自分が消えて2年経っている事も本人は全く気付かなかったらしい。
自分がどうやって復活したのかも-------

ユナに説明しながら、テリーも心の中でずっと考えていた。

『我の食った欲望は、我の中に有る魔力と結合して現実の物となる・・・』

 あの日、ダークドレアムが言った言葉の意味。
そして、ユナが消えた日、ダークドレアムの魔力がユナから発せられていた事。

ユナの体はダークドレアムの魔力で出来ている・・・・・・?
あの日消えてしまったのはダークドレアムの魔力が消えてしまったから?
それは、1年前再びグレイス城へ赴いた時、ダークドレアムが出てこなかった事に関係してるのか?
もうダークドレアムの存在そのものが無い・・・・・・?

「バカな---------」

 だったら、なぜ、ユナはここに居るんだ?今のユナもダークドレアムの魔力そのものなのか?
だとしたら・・・

ゾクリ--------

久しい冷たさがテリーを襲った。

また

消えてしまうのか・・・・・・?



テリーは慌てて頭を振った。



 大丈夫だ。
それまでに再び情報を集めればいい。
ダークドレアム、その謎を突き止めれば・・・。
幸いにもダークドレアムの事を記した文献は数多くある。
きっとユナを繋ぎ止められる-------


もう二度とあんな思いはゴメンだ。

そうだ

もう二度と・・・

もう二度とあんな思いはしたくない--------





「・・・・・・」

 やけに差し込む天窓からの光でユナは目が覚めた。

「・・・・・・っ」

 隣で眠るテリーの体温を感じて顔が熱くなる。
テリー・・・。
起こさないように、ユナは心の中で呟いた。
昨日の夜、テリーの話が蘇る。
オレは、あの日レイドックで消えて、それから2年経って同じ場所で復活したんだって。
その間、テリーはずっと独りでオレを復活させるために旅して情報を集めて・・・。
ずっとオレを想ってくれてたんだって・・・。本当に・・・本当に・・・?

「信じても良いのか・・・?」

 吐息のように小さな言葉が口から漏れる。
眠る前に囁かれた言葉が耳元に蘇ってくる。

『愛してる-------』

 ハァ・・・。ユナはうっとりとしたままテリーの寝顔を見つめた。
昨日はもう拒絶されたかと思っていたのに
本気で二番目の女で良いって思ってしまったのに。

「信じても良いんだよな・・・?」

 涙すら出そうになって、慌ててシーツで拭った。
幸せ過ぎて怖い。
以前再会した時もそう思ったが 今はそれ以上にそんな想いが心に突き刺さる。

「テリー・・・」

 滑らかな銀髪にそっと手を触れると、アメジストの瞳が見開いた。

「っ!テリー!おっおはよう!」

 慌てて触れていた手を引っ込めた。テリーはハっと目を見開いて

「っオレは・・・眠ってしまったのか?」

「えっ、うっうん」

 何故か不覚をとったような顔で額を押さえる。

「眠る気なんて無かったんだがな・・・」

「え?なんで・・・?」

「お前が・・・」

 言いかけて口ごもった。そして顔を振ると、

「いや、何でもない・・・」

 いつも通りの素っ気ない台詞だったが、唇を緩めてそう言う。
ユナは首を傾げながら、その後ふと思いだしたように切り出した。

「なぁ、そう言えば言おうと思ってたんだけどさ」

 じっと見つめて

「テリーすっごく背、伸びたよな?」

 ユナは手を自分の頭の上まで持ってきて、上下に振った。

「前まで、オレと変わらないくらいだったのにさ・・・今、見上げて話してるもん。
えぇと・・・オレが160センチくらいだから・・・170以上にはなってると思うんだけど」

「・・・そうか?」

「こんな短期間にこんなに伸びるもんなん・・・」

 ユナはそう言いかけて口をつぐんだ。
そうだ
自分にとっては一瞬だと感じた時間も、本当は2年も経ってるんだ。
テリーと時間の流れの差を感じ申し訳なさと何故かどことなくもの悲しさが襲ってくる。
2年間もテリーはオレの知らない時間を過ごしたんだ。
切ない瞳に気付いて ユナの代わりに言葉を続ける。

「たった2年でな・・・」

「・・・・・・っ」

 テリーにとってはたった2年だった。この先一生ユナと会えないと覚悟していた。
その先を考えれば2年なんて、生きている内の一時に過ぎない。

「テリー・・・」

 ユナは、涙ぐみながら うん と頷いて

「オレ、これからずっと付いていくから!・・・・・・付いていっても良いんだよな?」

 不安げにそう伝える。
まだこんな事を言ってるのかこいつは。と少し呆れて

「ああ・・・・・・その代わり」

「・・・・・・えっ?」

 不安げに見つめる瞳をアメジストの瞳が捕らえて

「二度と、オレの側から離れるな」

 真摯な視線と言葉がユナの胸を射貫いた。
ユナは赤い顔で呆然とした後、我に返って うんうん と頷いた。
瞳に浮かんだ涙を軽くぬぐって

「・・・もう絶対離れないよ!」

 その言葉は何故か魔法のように、テリーの心を軽くした。





「あんた・・・毎朝この宿屋で朝食食べてるの?」

 サンマリーノ港からほどなく歩いた南町にある宿屋。
三階建てのその宿の一階は食堂になっていて、宿泊客以外でも
朝と昼は食事が出来るようになっていた。
その食堂の一角。
評判の山羊のフロマージュに手を付ける事無く、少女は二階へと続く階段を見つめていた。

「そうだけど」

 階段から視線を外さないまま、連れの少女に返した。
連れの少女は呆れたためいきを付いて

「良くやるわねぇ・・・その情熱をもっと他の所に向けたら?」

「だって!会いたいんだから仕方無いじゃない!」

 うっかり声を張り上げてしまって、慌てて口を塞ぐ。
出発前の屈強な冒険者たちの視線を痛いほど受けながら

「だって、好きになっちゃったんだから仕方無いでしょ」

 意中の男性を心に思い浮かべて、甘いため息をついた。

「好きになっちゃったって・・・あんた・・・喋ったことだってないんでしょ?
それで良くそんな台詞吐けるわね」

 夢見る少女とは違って現実主義の連れの少女は毒づいた。

「生まれて初めて体験したわ、一目惚れってやつ。電流が走るってこのことだったのね。
本当にこんな事があるんだって、驚いたけど、同時に感激したわ!もしかしてこれは
運命って言うやつなんじゃないかって」

 ほっといたらほっといただけ喋る少女を尻目に、連れの少女は二階の階段を見つめる。
その階段を下りてくる人物に、何故か瞳が釘づけた。

少女というには少し大人びている女性。
青いマントに背中には剣を背負っている、冒険者風の出で立ちで
階段を下りてくる。
不思議なオーラを纏った女性は偶然にも自分たちの隣のテーブルについた。

遠くからは分からなかったが
良く見ると 整っている顔立ちとぱっちり開いた瞳は
街中でもあまり見掛けないような美形で二人して見入ってしまっていた。
女性と目が合ってしまったのをキッカケに、慌てて顔を逸らした。

「素敵な人ねえ・・・」

「ほんと・・・良いにおい〜・・・」

 夢見る少女は幸せそうな顔で、ふんふんと鼻を鳴らしている。

「においって・・・大丈夫あんた?一目惚れ効果で頭おかしくなってない?」

「だって、あの人なんか良い匂いしない?はぁ〜癒される〜・・・!」

 テーブルに肘をついて、ますます瞳がとろけていく。
もうダメだこの子・・・。連れの少女がそろそろ帰宅を促そうとすると
とろけていた瞳がカっと見開いた。

「きたーーーっ!」

 冒険者の視線もお構いなしに少女は声を上げて立ち上がる。
連れの少女も仕方無く視線を追った。
二階から下りてきたのは銀髪の剣士。
振り返ってしまうほどの美形と鮮やかなアメジストの瞳は古ぼけた宿では
目立ちすぎていて、食堂にいた客の視線がその剣士に集まる。

美しさにため息を漏らす女性客と、その容姿を面白く思わない男性客。
うざったそうに前髪をかき上げる姿が絵になりすぎていて悔しくも見惚れてしまった。

「こっち!こっち来る!!」

「ちょっ!うるさい!!」

 大興奮の友人の口を塞いで座らせる。注目の剣士はこのテーブルではなく
隣のテーブルについてイスに腰掛けた。

「結構早かったね。やっぱりテリーもお腹空いてたのか?」

 先客が悪戯っぽい笑みで迎えた。

「お前が寂しがってると思ってな」

 皮肉で返すが彼女は嬉しそうに笑って。

「へへ・・・ばれた?」

 そんな彼女に彼もつられて微笑んでしまっていた。

「う・・・・・・うそ・・・・・・誰かうそだと言って」

 二人の会話が・・・夢見る少女の頭の天辺からつま先まで細胞を占領していった。
天国から一転地獄に突き落とされた気分だ。

「残念だけど、本当みたいよ。もう諦めなよ。男は他にも居るって」

「恋人かどうか分からないじゃないさ!」

「いや・・・普通考えて恋人なんじゃない?一緒の宿に泊まって一緒に朝食摂る仲なん・・・」

「あーあーきこえなーーい!」

 泣くほど悲しいならいっそ素直に認めて帰れば良いのに。
少女は泣きながら耳を塞いでいた。

「時間はかかるが・・・一度船でレイドックに戻るしか無いな・・・調べたい事も有るし・・・」

 そんな中でも隣の二人の会話は耳に入る。
これ以上傷口を広げたら可哀相だと、泣いている少女を引っ張り出そうとするが
強情にも動かなかった。

「なぁなぁ、テリー。オレ考えたんだけどさ」

 評判の山羊のフロマージュをゴクリと飲み込んで

「レイドックまで・・・ルーラで行ってみないか?」

「ルーラ?」

 一瞬で目的地まで飛べる瞬間移動呪文。これを使えれば冒険ははるかに
楽になるが、その難しさ故世界中でも使い手は少ない。
ユナは一応使い手の部類に入ってはいたが・・・

「お前のルーラは何処に行くか分からないし・・・一日そう何度も
使えないだろ。ヘタすると世界の果てにまで飛ばされかねない。
時間は掛かるが普通の手段で行った方がいいんじゃないのか」

「んー・・・やっぱりそう思うか?」

 寂しそうにそう呟いたので、テリーは少し考えて頭を掻いた。

「・・・まぁ・・・お前がやってみたいならそれはそれで構わないが・・・」

「大丈夫だって!任せてくれよ!」

 それを聞くと自信満々で胸を叩いた。

「超絶望・・・・・・もう何も考えたくない・・・・・・」

 二人の会話を目の当たりにして、夢見る、いや、夢見ていた少女は大きく項垂れた。

「大丈夫・・・・・・じゃないみたいね・・・」

 彼女がショックなのは充分に分かった。
毎朝付き合わされてずっと彼を見ていたが、こんなに楽しそうな顔は見たことがない。
無言でピクリとも表情を変えなかった彼が、今はまるで別人のようだ。
同じように彼目当てに来ていた女たちも、同じように深く項垂れている。
これは、明日からこの宿の売り上げは落ちるだろうな!
と、どうでも良い事を予想した後、ふと彼の方が席を外した。

「チャンス!」

「え?」

 落ち込んでいた少女がバっと立ち上がり、隣のテーブルへ乗り込んでいった。

「ちょ、ちょっとスヴェン!」

 スヴェンと呼ばれた少女は驚いているユナを見つめて

「あなた!今の彼の恋人でらっしゃるんですか!?」

「え?」

「ちょっ!ばかっ!恥ずかしい事やめなって!」

「恋人なんですか!?」

 制止を振り切ってスヴェンはもう一度、問いただした。

「こ・・・恋人・・・?そ、そんな急に言われて・・・も・・・

 戸惑って答えようとしない彼女に、頑として引かないスヴェン。
沈黙が時間を忘れさせて、銀髪の剣士が帰ってきてしまった。

「・・・?どうした?知り合いか?」

「ぎゃっ!」

 目の前に現れる剣士に連れの少女は声を上げた。
訝しげに見つめるアメジストの瞳は好意を持っていない自分すら
固まらせる。

「いや、あのさ・・・この子が・・・その・・・オレとテリーは・・・
こっ恋人同士なのかって事、知りたいみたいで・・・オレとテリーってその・・・
恋人同士・・・なのか?」

 ってそんなご丁寧に説明しなくてもおおおおお!!
連れの少女は泣きそうになりながら

「すいませんすいません!!いますぐこの子連れて帰りますから!!
すいませんどうぞお構いなく!!」

 まさに後に引けなくなってしまったスヴェンが不憫すぎる。
ようやく立ち上がらせた所で剣士が答えた。

「恋人か・・・そうだな恋人という関係が一番近いかもしれないな」

 憧れの剣士から直接その言葉が聞けてスヴェンも本望だろう。
荒治療だが、これですっぱりあきらめがつく。
ありがとう素敵な剣士さんとその可愛い彼女。

「あああああっありがとうございました!!そそそれじゃああ!!」

 泡を吹いて倒れそうなスヴェンを抱え、もう二度と入れないであろう
宿を後にした。

ユナとテリーは呆然として、テーブルに座り直した。

「な、なんだったんだろう・・・」

「さあな・・・それよりほら、持ってきてやったぞ」

 色とりどりのフルーツをユナの前に差し出した。

「うっわあ有り難う!」

 笑顔でお皿から目当てのフルーツを手に取る。
甘酸っぱい香りが食欲をそそって、幸せそうに皮を剥いて食べる。
その様子をテリーから見つめられている事に気付いて、ユナの手が止まった。

「あの・・・テリー・・・」

「?どうした?」

「さっきのさ・・・オレとテリーが恋人同士って言う話、本当なんだよな・・・?その場しのぎで
言った事じゃ無くて・・・」

「ああ、その関係が一番近いと思ったからな」

 その言葉を聞くと
そっか。 と赤い顔で嬉しそうに返して、またユナは次のフルーツに手を伸ばした。
テリーは、心の中で言葉の続きを呟いた。

でも・・・
恋人・・・なんてそんな馴れ合いの関係じゃない。
そんな弱い結びつきじゃないはずだ・・・オレたちは・・・・・・。



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