■クリスマス(ピエールの幸福)




―24日

―来てしまった
粉雪が降り注ぐ山奥の村に1人の少女が立っていた.
雪とイルミネイションに覆われた村、マウントスノー.

「いや、ここに来たのは、最後の村だからで・・・」

 少女は頬を紅く染めながら独りごちる.

「決してアイツに・・・.」

 イエローブラウンの瞳をした少女が1人、白く覆われた村に立っていた.
彼女がここに至る理由は、ほんの1ヶ月前の出来事に当たる.



―1ヶ月前

「ん〜、本当に楽しかった〜.」

 紅い瞳の少女が満足そうにいった.

「チャモロの司祭姿も立派だったな.」

 青い髪の青年も応える.

「そんなことはありません、まだまだ未熟ですよ、修行中の身ですから.」

 チャモロと呼ばれた、眼鏡の少年が照れながら答える.

「ハッサンが造った、建物も凄かったし、ミレーユの夢占いも大盛況だってね.」

 青い髪の青年は二人のほうを向いていった.

「ま、オレ1人の成果じゃないけどな.」

「ええ、大盛況かどうかはわからないけど、たくさんの人が来てくださったわ.」

 ハッサンと呼ばれた筋肉質の男と、
ミレーユと呼ばれたエメラルドの瞳をした女性が、それぞれ答えた.

「ホルス王子も立派な王子様になっていたわね.」

 ミレーユが思い出すようにいった.

「あ〜あのガキか、確かに立派になったもんだ.」

 ハッサンが苦々しげにいった.

「やはり、王子としての自覚をするようになったのでしょうね.」

 チャモロもしみじみとしたようにいった.

 一同は、あの試練を思い出しているようである.
ただ1人、イエローブラウンの瞳の少女を除いて.

「でも〜、一番はやっぱりウィルよ!!」

 不意に紅い瞳の少女はいい出した.
そして、うっとりした眼差しを、ウィルと呼ばれる青い髪の青年に向けた.

「ああ、ウィルのレイドック第一王子としての姿ね.」

「確かに、オレや、ミレーユにとっては、久しぶりに見たって感じだよな.」

 ミレーユやハッサンも、ウィルのほうに視線を投げた.

「ミレーユ、ハッサン!!」

 ウィルは顔を赤らめた。

「本当に素敵だったな〜、あたし初めてて見たんだからぁ、ウィルの王子様の格好.
ユナもそう思うでしょ?」

「バーバラ!!」

 ウィルは困ったような顔をした.

「え?ああ・・・・ウン.」

 いきなり話を振られたユナと呼ばれたイエローグリーンの瞳の少女は戸惑いながら答えた.

「ちょっと〜、きいているの?・・あ、まさかテリーがいないからどこいったのかなー、
なんて思って上の空だったんじゃない?」

 バーバラと呼ばれた、紅い瞳の少女が覗き込むようにユナに詰め寄った.

「そそそ、そんなこと無いよ!!」

 ”テリー”の言葉に一瞬動揺しながらも、ユナは努めて冷静に答えようとしたが、
あわてている様子は周囲に丸分かりであった.

「ふ〜ん?」

 含み笑いをしながらユナの眼を見つめるバーバラ.
ユナは顔はどんどん紅く染まっていった.

「そういえば、アノヤロー、見かけねぇな.」

 ハッサンが辺りを見回しながらいった.

「昨日の感謝祭まではいたんですけどね.」

 チャモロも問いかけた.その問いかけは、ミレーユのほうに向かっていた.

「テリーったら感謝祭が終わったら、修行だとかいって、マウントスノーのほうへ
行ってしまったわ.」

 半ばあきれ気味に、溜息交じりでミレーユは答えた.

「真面目だね、テリーは.」

 ウィルは感心した様子でいった.

「修行し始めると、なかなか帰ってこないの.小さい頃から、何も変わっていないわ.」

 あきれながらも、ミレーユその瞳は優しさに満ちていた.

「クリスマスまでには帰ってこないかな・・・?」

 ミレーユの言葉を聞いたユナはポツリと呟いた.
呟いたつもりであったが、皆に聞こえていた.

「その、クリスマスのことなのですが・・」

チャモロが皆に聞こえるように話しかけた.

「私は明日から、ゲントに戻らせていただきます.」

 一斉に皆の注目を集めた.

「クリスマスへ向けての準備もありますし、長老の孫としては、
クリスマスの準備等を含めていかないわけにはいきませんから、
大々的な行事でもありますし、新年もそのままそちらで迎えるつもりですから
・・・そういうわけで、皆さんと過ごすことができない旨をお伝えしておきます.」

 チャモロははっきりとした口調で言った.

「そういえばゲントに多くの人が集まって、お祈りを捧げるときいたことがあるわ.」

 ミレーユが思い出したようにいった.

「ハイ、多くの巡礼者も集まりますから、皆さんがゲントにいらっしゃるぶんには構いませんが・・」

 チャモロが答える.

「あ〜、オレも明日あたりから、サンマリーノに帰らせてもらうぜ.」

 チャモロに続くようにハッサンが言った.

「親父に呼び出されてな、なんでもまた、クリスマスのモニュメントだかなんだかを造るんだとさ.
平和になって、需要が増えたらしく、親父たちだけじゃあ手に負えないらしい.」

 ハッサンは肩をすくめながら言った.

「そっかー、大変なんだな.」

 ユナは、チャモロとハッサンの二人の顔を見比べながら言った.

「私も、明日からグランマースのおばあちゃんのところへ行かせて頂くわ.」

「え、ミレーユさんも?」

 ミレーユの言葉にユナの声が大きくなった.

「ええ、クリスマスに向けて、飾りのクッキーやヘキセンハウスを作らなくてはいけないの.
それに、クリスマスが近づいてからは、おばあちゃんのところで夢占いの手伝いもあるし・・・」

「ヘキセンハウス?」

「クッキーでできたお家のこと、クリスマスの飾りの一つよ.」

 ユナの疑問を、バーバラが解消した.

「クリスマスイブは家族で過ごそうと思っているの.」

優しい瞳でミレーユは言った.

(そうか、ミレーユ(さん)は・・)
一同はその言葉を聞いて、同じことを考えていた.

「それに今回は皆バラバラでしょう?」

 なんとなく暗くなってしまった雰囲気を晴らすかのようにミレーユが言った.

「へ?バーバラはウィルと一緒じゃないのか?」

 ユナは、バーバラのほうへ向きなおし訊ねた.

「クリスマスはね.でもイブは違うわ.」

 その言葉を聞いて、ユナは驚いた.
誰よりも行事ごとを大切にしているバーバラが、
あろうことかイブに一緒でないということが、とても意外だったからだ.

「イブは恋人達の最も大切な日って言ってなかったけ?」

「そうだけど、イブは妹さんと過ごすって言っているんだから、
邪魔するわけには行かないでしょ?」

 バーバラはユナの問いを気にすることなくさらりと答えた.

「妹?・・・あの、ライフコッドにいる血のつながっ・・・」

ユナの言葉に、皆一瞬息を呑んだ.

「あ、ウィル、ご、ゴメン.無神経だった.」

 空気を感じたのか、とっさにユナは謝った.

「いや、本当のことだし、いいよ.」

 ウィルはつとめて冷静に微笑んだ.

「毎年、ターニアと一緒に過ごしていたし、僕にとっては妹であることに代わりは無いからね.
俺も明日から、ライフコッドに戻るよ、村の手伝いもしようかと思っているし.」

 愛しいものを見る瞳でウィルは言った.

「そ・れ・に!!あたしはカルベローナでイブは楽しむし、クリスマスは一緒にいられるもの!!
しかもレイドック王と、王妃に招待されたんだもの!!」

 どこか、張り詰めていた空気を、バーバラが晴らした.

「招待?」

 ユナは反芻した.

「ええええエーーーーっ!!!」

 ユナは身を乗り出した.

「バーバラが?」

 ユナは、バーバラとウィルを見比べるように言った.

「そうよー.」

 バーバラは楽しそうに答える.ウィルは頬を赤く染めてそっぽ向いていた.
他の皆は何を今更、といった顔をして笑っている.

「そっかー」

 ユナはようやく落ち着きを取り戻して席に着いた.
それと同じ頃、ドアを開けてホイミンたちが入ってきた.

「それじゃあ、今年は、オレとホイミンたちだけか・・・」

話題に出されたホイミンたちは、ユナのほうに近づいた.

「何の話ですかー?」

 ホイミンはユナに訊ねた.

「クリスマスの話し、みんな今年はそれぞれで予定があるからって.」

 ユナの答えに、ホイミンたちは話し合いを始めた.
そして言いづらそうに言った.

「クリスマスは、僕達、スライム闘技の会のパーティーに参加しようと思っているのですがー・・・.」

「ピキー」

「へ、ああーそうなんだ.楽しんでこいよな.ということはメッキーだけ残るのか.」

 ユナはつとめて明るく振舞った.

「オレも、送迎をかねて、特別に招待されたんです・・.」

 メッキーは言いづらそうに答えた.

「・・そっかー、オレ1人か・・・」

ユナはポツリと呟いた.

「ユナちゃん、良かったら私のところに一緒に行く?」

 淋しげなユナの様子を見かねてミレーユは訊ねた.

「え、でも、クッキー作ったことないから邪魔になるだけだろうし、家族の団欒を邪魔したくないよ.」

 ユナは、ミレーユに笑いかけた.

「でも・・」

ユナはつとめて、明るく振舞おうとした.

「旅に出たら?」

 だしぬけにバーバラが言って、皆の注目を集めた.

「だから、旅に出たら?っていっているの.旅っていっても、
今まで行ったことのある町を巡って、イルミネーションを楽しむとか」

「それはいいかもしれないわ、どこの町も力を入れているらしいから.」

 バーバラの提案に、ミレーユも賛同した.

「そうしようかな」

 旅という言葉に引かれたユナは、そうすることに決めた.

「マウントスノーへは、クリスマスイブの夕方ごろにに行くといいわ.」

 ミレーユがこっそりとユナに耳打ちした.



翌日、それぞれが思い思いの場所へ旅立っていった。
ユナはそれぞれを見送り部屋に戻った。
そばのテーブルに頬杖をつきながら、テーブルのそばに置いてあるものに視線を移した。
そのあるものとは、厚さ4cmほどの本のことで、5冊ほど詰まれた状態なのである。

『勇者物語』

―イルミネーションを楽しむのは夕方ごろでしょう。午前中に暇を持て余すようなら、どうぞ。
不朽の名作ですから、是非!!

といってチャモロがユナに差し出したのである。
とりあえず受け取っておいたものの、
このぶ厚さにはちょっとなぁ・・・と云わんばかりに深く溜息をついた。

実際、チャモロの言っている事もあながちはずれではない。
最初は、村の周りの森や山の探索しようかとも考えた、
がミレーユに反対されてしまったのだ。

―いくらユナちゃんが強くても、1人でのたびは危険すぎるわ.
―そうよね〜、一人の時だって、実際はスラリンたちがいたんでしょう?

バーバラもミレーユに同意した。さらにもう一声。

―あんただって一応女なんだし・・。

一応なんてつけなくてもいいではないか。
思い出しながら少し腹立たしくなってきた。
その気持ちを抑えようと、ユナは立ち上がり、壁にかかっている世界地図を眺めた。

「今日はどこに行こうかな・・・。」

 これまで、多くの旅をしてきて、多くの人に出会い、多くの町や村を訪れた。
そんな日々を思い出しながらこうして考えるのも悪くは無いか・・・。
ユナは地図を指で辿った、それはとても穏やかな表情だった。

地図を指でたどって思い出していると、ある場所で指が止まる。

―レイドック地方。

ふいに青くさらりと靡く長い髪をした巫女の後姿が思い起こされる。

―イミル。

ユナは複雑な表情で地図を眺めた。

―あの町に行ったら、イミルにどんな嫌味?を言われることか・・・。

ユナは首を振りながら、心の中で呟いた、

―ここはやめておこう、と。

そしてまた地図を辿った。また指が止まる。

―トルッカ。

テリーが惹かれた、
ミレーユさんもといミレーユさんに良く似た女性、

―エリザ。

こっちは行こうかなと考えていたが不意に悪寒が走った。

―・・・・ここもやめておくか。

また指で地図を辿り始めた。
そんなユナを見つめる影があることをユナ自身はまったく気が付いていないのでった。



 午前中は、チャモロから借りた本を読み続けていた。
ぶ厚いという外見から、少し敬遠しがちだったが、
ひとたび読んでみると、すっかり物語の世界の虜となった。
旅をしている勇者とその一行の様子や心理状態がユナを物語へと誘うのだ。
時にはその姿を、自分のこれまでの旅と重ねて・・・・。

午後からは、キメラの翼を使って、町や村に向かい町や村の様子を見てまわることした。

旅先で訪れた時には気づかなかったものを再発見したり、
町や村の人々がクリスマスのために準備している様子などを見てまわった。
そして夕方頃から、徐々に明かりが灯っていく中で、
イルミネーションを楽しみ、その村や町の料理を楽しんだ。

町や村それぞれに特色があった。

レイドックは城が丸ごとライトアップしてありとても綺麗だった。
ゲントの村では、村全体が神聖さを滲み出しているようであった。
サンマリーノは港の船がライトアップされ、水によって反射された光とあいまってとても綺麗であった。

ミレーユさんに会いにグランマーズさんの家に寄った時は、
家のそばの―モミの木ではないが―木に装飾が施されていて、とても美しかった。

ホルストックでは、ハッサンが、父親を始めとする大工さんに混じって、モニュメントを作っていた。
ライフコッドは、他の町や村ほど派手さは無いが、他の町並みを展望するだけで、十分綺麗であった。


そんな風にしてユナは毎日を送った。



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