▼決意...


「うわあああーー!」

「ピキピキピキーーー!!」

 凍った地面に捕られた足はユナの意思に逆らって右に、左に、止まらない。
テリーは慎重に壁伝いに歩いている。
ユナは思い切り転倒した所でその加速を失った。
鼻を押さえつつ起きあがると目の前にはテリーと、大きな扉があった。

「これが、じいさんの言ってた封印ってやつかな・・・」

「ただ錆び付いて動かないだけじゃないのか?」

 テリーは頑丈そうな鉄の扉に手を掛けて、渾身の力を込めた。
が、やはりテリーの倍ほどもある扉はビクともしない。
ユナも扉に手を掛けてみるが確かに固い壁を相手にしているようだ、開く気配さえなかった。

「えっと、なんだっけ?”メラサム”だっけ?」

 シュン。
その言葉を発した瞬間。光とともに扉が消え去った。
扉に体を預けていたユナは前のめりに転倒する。

「・・・ここまで侵入者を拒む洞窟か・・・。ますます匂うな・・・」

 さっさと扉の奥に消えてしまいそうなテリーの後を、慌てて追った。




洞窟の中は冷たい風と雪に晒されないだけで、ずいぶん暖かく感じた。
山賊の住処だったと言うだけあって、壁や地面も住みやすいように補強されてあったり、
生活を匂わせる物も多々残っていた。
氷の壁が光を反射して外の世界のように明るい。
小さなランタン一つで広い範囲をカバー出来る事は有難かった。

洞窟内部は、慎重に歩かないと壊れてしまいそうな氷の道。
頭を使う仕掛けなど、侵入者を拒む罠が待ちかまえていた。
特にユナなどは、氷の道を通るときに滑って転んで下の階まで何度も落ちてしまった。
その度、仕方が無そうにテリーが迎えに来てくれる。
今度落ちたら、先に行くからな
と言った後でもユナを迎えに来てくれるのは、本当はテリーが優しい証拠だ。

魔物がいたのは扉の前だけで、さすがの魔物達も封印の中までは入って来られないようだった。

難なく仕掛けをクリアして奥へ奥へと進むと他の部屋とは明らかに違う部屋へとたどり着いた。
氷の台座の上に、剣が立てかけられている。
その後ろの壁には、朽ち落ちかかってはいるが赤いマントらしきものが貼り付けてあった。
台座の周辺には宝箱や本棚、大きな樽が積み重なっている。

「あれがイミルの言ってた最強の剣・・・!?」

 遠目で確認は出来なかったが、普通の剣とは違う雰囲気。
テリーも一瞬でそれを感じ取ったのか、珍しく表情を変えて足を速める。
剣に意識を奪われていた二人は、突然襲ってきた強い魔力に吹き飛ばされた。

「ぎゃっ!!」

 どしんと背中から着地するも、もんどり打つ暇も無かった。
テリーは受け身を取ると同時に剣を引き抜いた。

「起きろ!敵だ!!」

 敵・・・?だが周りには魔物の姿は見えない。

『本当に来たよー。誰か』

『本当に来たねぇ』

「・・・・・・っ!」

 不気味な声が辺り一帯に広がった。
台座のそばにあった樽だと思っていた物体がどんどんと魔物の姿に変化していく。
魔物はテリーたちの姿を見ておぞましい笑みを浮かべた。

それは、大きな雲に乗ってぷかぷか浮かぶ大男と、大きく裂けた口を持ったランプ。
テリーもユナも見た事もない魔物だ。
テリーはいつも以上に気を張り詰めて、剣を持つ手に力を込めた。

『魔王様からこの洞窟の見張りをさせられててさぁ。本当にうんざりだったんだよ』

『うんざりだったんだよー』

 雲に乗った魔物と意思を持ったランプは、交互に楽しそうな声をあげた。

『遊び相手が来て良かったなぁ』

『良かったねぇ』

 先ほどと同じような魔力が二人を襲う。
リレミトを掛けられたのか洞窟の外にはじき出されてしまっていた。

雲に乗った魔物はゆらゆらと空中で揺れて相変わらず笑っていた。
呪い動きで大きな両手を振り上げ叫ぶ。

『バギクロース!!』

「・・・・・・!!」

 強烈な風の刃が周りの雪を巻き込んで二人に襲いかかってきた。
白く危険な風の渦を横に飛んでなんとかかわす。

「くそ・・・こいつ・・・呪文の詠唱無しかよ・・・!」

 身構えたままユナは立ち上がった。テリーは剣を引き抜いて、相手の隙を伺っている。
だが、あんな瞬間的に呪文を発動させられたら、懐に飛び込む事自体が自殺行為だった。
剣で戦う方が圧倒的に不利だ。
隙を伺う間もなく、別の方向から激しい炎が襲ってきた。

「・・・!!」

 もう片方のランプの魔物だ。ジグザグに飛び回りながら炎を吐き散らしている。

「くっそ!こいつ・・・!!」

 ユナは怒りに任せてギラを放つが、すばしっこくて小さな魔物にはかすりもしなかった。ぐるぐると素早くユナの周りを回る。ユナの背面を捕らえ、大きな口を開いた所で

「ピッキィィ!!」

 毛皮のマントからスラリンが飛び出した。
力を溜めていたスラリンの固い体当たりが、ごつっと鈍い音をたててランプを直撃する。
すかさず、ユナがギラを唱える。
ギラの炎に包まれながら飛び上がるランプに、テリーの一閃がひらめいた。
魔物は真っ二つに引き裂かれ黒い液体になりボタボタと崩れていった。

「やったぁ!」

「気を抜くな!!」

 喜ぶユナを制して叫ぶ。

「来るぞ!」

 片割れを失ってか、わなわなと震える雲の巨人。
その顔から余裕と笑顔が消えていた。張りつめた気配に、二人と一匹は息を飲み身構える。

「飛べっ!!」

 テリーが叫ぶとほぼ同時に、すさまじい突風が吹き抜けた。
かろうじてかわした突風は刃となって雪を蹴散らし岩山を削りながら吹き荒れていく。

「なんて奴だ・・・っ!さっきより威力が増してる・・・!」

 こっこんな物をくらったら・・・
ゾクリ。
ユナの体を、寒気がつま先から登ってきた。
振り返ると、息もつかせぬ連続攻撃。
体制を立て直す事も出来ずに強烈な風の刃が襲ってきた。

「くっそ・・・っ!!」

 ユナは両手に魔力を集め応戦したが、相手の魔力の方が遥かに勝っていた。

『そんな追い風じゃ、このバギクロスは跳ね返せない。散れぇぇぇ!!』

「うわあぁぁぁぁっ!」

 雪の渦が、瞳に映る。濁流のような轟音を伴って風がユナに襲いかかった。
雪と土を巻き上げながら形を持つ風に避ける術もない。
ふらつく足で一歩、二歩と後ずさる事しか出来ない。

「・・・・・っ!」

 覚悟した瞬間体が浮いた。風が自分の隣を横切る。
地面にたたき付けられる衝撃に我に返った。
テリーがユナを抱えて、かろうじてバギクロスをかわしたのだ。

『人間は、素早いだけが特徴だな』

「テリー!!」

 着地の際に地面に叩き付けられたテリーは、起きあがる事が出来なかった。
両足はバギクロスに巻き込まれて、硬いブーツが無惨にも切り刻まれている。
白い雪を真っ赤な血が染めていった。

「な・・・んで・・・っ!オレなんか・・・っ・・・!」

  記憶の中を熱い炎がちらついた。
そうだ、あの時と一緒だ。
避けられなかった炎をテリーが庇って、オレの代わりに大怪我して・・・
そして今も・・・

「テリーっ!テリー・・・っ!!」

 ホイミを唱える余裕も無くて、ユナは真っ青な顔で名前を呼ぶ事しか出来なかった。

「・・・逃げろ」

「・・・・・・っ!」

「・・・お前が居たんじゃ、足手まといになる」

「こんな時に何言って・・・っ!」

 いつも弱さを見せないテリー。いつも自分を助けてくれるテリー。

いつも、テリーに守られて・・・
いつも、テリーばかりが傷ついて・・・
同じじゃないか、オレ、トルッカの時と何一つ変わってないんじゃないか・・・!

震える足ですくっと立ち上がると、ユナは魔物をきっと睨み付けた。

『なんの真似だ?小娘の分際で』

 ユナは、一歩も引かずじっと魔物を見据えている。

「バカ!!逃げろって言ってるだろ!本当に殺されるぞ!!」

 ユナは振り向かなかった。
 
「やめろ・・・ユナ・・・!」

 止めてくれ・・・本当に・・・

『では望み通りにしてやる。お前が退いたらその男は串刺しだ!』

 魔物は高笑いしながら両手から今までで一番強烈な真空の刃を飛ばす。
ユナは、避けなかった。

「・・・・・・・・・!!」

 テリーの体に赤い、返り血が飛び散った。

「・・・うっ・・・く・・・っ」

 切り刻まれた青いマントから真っ赤な血が滲んできた。
露出した足は保護されていなかった分、痛ましい有様で。
傷ついた体を支えきれなくなってその場に崩れ落ちた。

「ユナッ!だから逃げろって言っただろ!オレがあいつをくい止める。だから・・・っ!」

「嫌だ、だって・・・オレだって・・・」

 喉の奥から流れ出てくる血を、必死に押さえつけて声を絞り出した。

「・・・いっつも守られてばっかりじゃ、かっこつかないじゃないか」

 振り向いて、いつもと同じ口調。

「だから、今度はオレがテリーを守るよ」

 ・・・・・・!!
これは・・・。そうだ。

体中から汗がにじみ出る。
これはテリーが最近見続けているあの夢のシチュエーションそのものだった。

「今までの借り・・・これでチャラにしてくれてもいいだろ?」

「何言ってるんだ!お前一人でなんとかなる相手じゃない!」

 必死に立ち上がろうとするが、バギクロスの直撃を受けた両足はどうしても言うことを聞かない。

「ここはオレに任せとけよ。弱い奴には弱い奴なりに色々と考えてるんだぜ」

 過去のトラウマが蘇ってきて、目の前のユナと重なった。
テリーは恐ろしくて声が出なかった。

「人間死ぬ気になればなんとかなるもんなんだって」

 切り取られた昔の嫌な記憶がスライドのように次々と頭に思い浮かぶ。

嫌だ・・・!
テリーの頭からつま先までを恐怖が突き抜けた。
あの時と同じ目に遭いたくない。
夢の中と一緒にしたくない。
なのにオレにはそれを阻めるだけの力が足りない。
力が足りなくて、大切な人を助けられなくて。
こんな思いはもう二度としたくなかったのに・・・!

ユナはヨロヨロと立ち上がって、雲の魔物を睨んだ。

『今生の別れはすんだかい?まぁどうせ二人とも仲良くあの世行きだがな』

 魔物はプカプカと空を泳ぎながら、真っ赤に裂けた口を大きく開けてあくびをした。
ユナは胸の前で印を結んで、持てる魔力全てを解き放った。
体から放たれた魔力は一つの光の柱となって空を突き抜ける。

『ほう、たかが小娘にこれほどの魔法力が有ったとは・・・!』

「死ぬ気になればなんとかなるって言っただろ!ありったけの魔法力、お前にくれてやるぜ!」

 白い光は生命力を燃やした光。
差し違えてでもこの魔物だけは倒さなくてはならなかった。大切な人を守るために。
天空まで伸びた光の柱に呼応するかのように空までも白く輝いている。

膨張していく凄まじい魔法力に魔物の顔色が変わっていった。
体は震え、ただでさえ気持ち悪い皮膚の色がだんだんと青ざめていく。

『これはまさか・・・そんな・・・!この・・・この魔力は精霊の・・・!?』

 危機を感じ逃げようとして雲から滑り落ちる。容赦なく白い光は魔物を飲み込んだ。

『ギィヤアァァァーー!!』

 耳をつんざく断末魔がこだまする。魔物を飲み込んだ白い光は
それでもなお消えようとはせず、更に強い光を放ち、天へと昇っていった。

「ユナ・・・!」

 霞んだ視界の中、テリーはハッキリと見た。
ユナのシルエットすら飲み込んだ光の帯が黄金に輝く竜に変わっていく様を。
強い風の音が聞こえた。
それは、目の前の美しいドラゴンがひと鳴きした声だった。

「黄金の・・・ドラゴン・・・?」

 考える間もなくドラゴンから放たれた白い炎が包まれる。
それは熱くもなく、冷たくもなく、心地よく自分を包み込んでくれて。

・・・・・・翼を広げて飛び立った黄金の竜。
テリーはそこまでしか覚えてはいない。


バイバイ、テリー。

薄れていく意識の中、悲しく微笑むユナの顔が浮かんだ。


オレには”ユナ”っていうちゃんとした名前が有るんだから

人を好きになるってそんな簡単なもんじゃないだろ

テリーは格好良くて強いんだからさ、夢なんかに負けないで

ベホイミくらい使えたらもっと役にたてるんだけどな・・・

好きだよ テリーのこと・・・・・・


懐かしい映像が、次々と頭の中を駆けめぐった。

・・・オレにもヤキが回ったかな・・・。

こんな時だっていうのに、あいつの顔ばかりが浮かぶ。

・・・あいつは、いつもそうなんだ。
自分の気持ちばかりをオレに押しつけて、いつもオレを苦しめる。
あいつのせいで、何もかもがどんどん変わる・・・。

そうだ

全部、あいつのせいなんだ・・・・・・。





「・・・・・・・・・」

 視点の定まらない中で、ようやくとらえたのは見慣れない天井。

「あっ!良かったぁ・・・気がついたんですねっ!」

 テリーは、虚ろな瞳のままその人物を見た。

「・・・ユ・・・ナ・・・・・・?」

「・・・・・・え?」

 その人物に手を伸ばす。同じくらい、短い髪・・・しかし仲間の姿では無かった。
テリーは我に返って手を引っ込める。

・・・ああそうか・・・あいつは・・・

「あの・・・私、サラです。あっ・・・あのっ、あなた、この教会の前に倒れていたんです。
私、ホイミの心得が有るので、傷ついた両足を勝手に手当てさせてもらいました。
あなた、もう三日三晩眠り続けていたんですよ・・・
ずっと目を覚まさないかと思って・・・心配してたんですから」

 サラと名乗った少女は切りそろえられた黒髪の、可憐な少女だった。
ずっとテリーに付いていてくれたのだろうか、どことなくやつれた笑顔だ。
言われたように足の痛みは大分引いていた。

「教会・・・?ここは、何処なんだ?マウントスノーじゃないのか!?」

 サラは驚いた顔で

「マウントスノー・・・ですか?ここは、クリアベールっていう所ですよ」

「クリア・・・ベール・・・?」

 頭の中で地図を広げる。マウントスノーから殆ど正反対に位置する場所だ。
一瞬にしてこんな所まで飛ばされてしまったのか?
ユナの能力なのか・・・?そうだ、あのドラゴンだって・・・。

「あらあら!ようやく目が覚めたみたいね!」

「シスター!」

 ドアの開く音に思考が止まる。
部屋に入ってきた修道女風の女は、テリーと目が合うなり頭を下げた。

「私はここの教会で働いているスーザンよ。貴方、名前は?」

「・・・・・・テリー・・・」

 少し考えて、名乗る。
スーザンと言った修道女はベッドへと歩み寄るとテリーの状態を確認してほっと息をついた。

「凄い回復力ね。倒れていた時はどうなるかと思ったけど、ずいぶん良くなったわ。
三日三晩、付きっきりで看病してくれたサラにお礼を言う事ね」

「シスター!そんな、私は神の教えに従ったまでです。困った人が居たら手を貸すようにって」

「ふふ、はいはい。そういう事にしておきましょうかね」

 スーザンは、再びテリーに頭を下げた後出て行った。
サラはなんとなく気まずそうにして、背を向けて窓を開ける。心地良い風が吹き込んできた。
暖かい風、たしかにここは、マウントスノーでは無い。
テリーはきしむ体でベッドから起きあがろうとすると

「ちょっ・・・!まだ動いちゃダメです!」

 気付いたサラが慌ててテリーを引き留めた。

「・・・このまま、世話になっているわけにはいかない。これだけ動ければ十分だ」

「何言ってるんですかそんな体で!お願いですからじっとしてて下さい!」

 傷ついた体は、か弱い少女の力ですらベッドに押し戻されてしまう。
神妙に見つめるサラに観念したのかテリーは起きあがろうとしなかった。

「せめて傷が治る間はここに居て下さい・・・見返りを求めようなんて思っていません。
さっきも言いましたけど、困っている人が居たら手を差し伸べる。これがこの教会の教えなんです」

「・・・・・・」

 テリーは背を向けて、無言で目を伏せた。
サラの事、スーザンの事、教会の事
そんな事はどうでも良かった。
今のテリーはサラに礼を言う余裕も、他の事を考えられる余裕も全くなかった。

ユナ・・・。
最後のシーンばかりが頭を巡る。
少女の体から溢れた白い炎。白い光は生命力の光だと聞く。
あれはいったいなんだったんだ・・・?どうして、ドラゴンなんかに・・・?

ドラゴンは術者の魂を食う。
それを餌にして、術者はドラゴンを召還する。
ふいに、そんな噂が蘇った。
全くの噂で信じる価値も無かったが、こういう時ばかり妙にそれらしく聞こえる。

『バイバイ テリー』

 あの時聞こえたユナの声。
最悪の結末ばかりが沸いてきて、テリーは目をぎゅっと閉じて耳を塞いだ。





『貴方はまた、助けられなかったの?』

 ・・・・・・!
見覚えの有るシルエットが暗い視界の中、浮かんでくる。

『私も、大切な仲間も・・・』

幼き日の、誰よりも大切で誰よりも大好きだった女性のシルエットだ。
しかし輪郭はぼやけていてハッキリと見てとれない。

『そう、貴方はいつも守る事が出来ない。守る力が無いのよ』

 黒い影が見覚えの有るシルエットを連れ去っていく。
体が動かなかった。

『テリー』

 聞き慣れた声に弾かれたように振り向いた。

・・・・・・!
真っ赤な血が一面に広がり、足下まで及んできていた。

『そう、テリーがもっと強かったら、もっと力があれば、オレは死ななくてすんだかもしれない』

 そいつは血で染まった体で近付いてきた。

『足りなかったから。力が足りなかったから、守れなかった。
オレも、お前の姉さんも』

 瞬間、目の前が真っ赤に染まる。




「うわぁぁぁぁっ!」

「テリーさん・・・!テリーさん!!」

 サラの声でテリーは現実の世界に呼び戻された。体からは汗が滝のように出ている。

「どうしたんですか?眠ったと思ったら急に苦しみだして・・・」

 心配そうにテリーの顔をのぞき込む。テリーは無言で荒い呼吸を繰り返すだけだった。

「あっ、あのっ、私、水汲んできますっ・・・!」

 気遣っての行動なのだろうかバタバタと部屋を出ていった。
テリーはぎゅっと右の拳に力を加える。

足りなかった・・・。オレに力があれば、姉さんも・・・ユナだって・・・。

『バイバイ』

悲しく微笑むユナの顔は、頭にこびり付いて離れない。

オレのせいだ・・・オレのオレの・・・・・・

「オレのせいなんだ・・・・・・!!」

 耐え難い苦しみと後悔、そして憤怒が体中を蝕む。
どうしようもなく自分が許せなかった、結局何一つ守れなかった弱い自分が。

ふと、床に落とした視線が黒くて細い影を捕らえた。
ランタンの光に照らされて揺らめくそれはテリーを呼んでいるようにも感じられる。

痛みの走る体でなんとかベッドから立ち上がり、テーブルに立て掛けられていたそれを手に取った。
呼ばれるように鞘から引き抜くと
ぞくり。
剣を流れる赤い血が瞳をかすめる。
最後の光景と夢が一気にフラッシュバックした。

「・・・くっ・・・」

 体中を蝕む感情が更に高ぶる。
きつく噛み締めた唇から血の味が充満していった。
テリーは剣を鞘に収めるとそのままベルトに装着した。ベッドの傍らに置いてあったマントを羽織る。

「テリーさん!!」

 水を汲んできたサラが驚いて駆け寄った。

「そんな体で何処に行く気なんですか!?
無理すると本当に・・・倒れるだけじゃすまないんですよ!?」

「・・・・・・」

 手当をしてくれて面倒をみてくれたサラには感謝していた。だが・・・返事は出来なかった。

「悪い・・・。行く。世話になったな」

 単語だけを並べて、サラの横をすり抜ける。
サラはアメシストの冷たい瞳に何も言えなかった。
ただ、どうして自分は涙を流しているのか、その意味を理解するだけで精一杯だった。




「止まりなさい!」

 聖堂には壁に色とりどりのステンドグラス、祭壇の横には立派なルビス像が設置されてあった。
闇に紛れて出て行こうとするテリーに、聞き慣れた声が呼び止めた。

「私欲に溺れて何処を目指そうと言うのですか?テリー!」

 私欲と言う言葉にむっとして、振り返る。
蝋燭を持ったまま、じっとこちらを見つめているのはスーザンだった。
ゆっくりテリーに歩み寄ってくる。

「そんな体では、倒れるのは目に見えています。人の好意には素直に甘えておくものですよ
それに・・・今の貴方には考える時間も必要です」

「・・・知ったような口を聞くな!」

 差し出された手を、乱暴に振り払った。

「オレの事を何も知らない修道女にとやかく言われる筋合いは無い!」

 スーザンの瞳には哀れみも怒りも悲しみも無かった。ただじっとテリーを見つめていた。
蝋燭の火がどこからともなく入ってきた風に揺らめいて消えた。
月明かりも無い夜の教会。暗闇の中で再び声が聞こえた。

「光も無くただ闇雲に彷徨うだけでは、何処にもたどり着く事など出来はしません。
闇に迷えば、助けてくれる人の影すらも見えない
人の温かさにふれる事の大切ささえ、忘れてしまう・・・」

「うるさいな!お説教は沢山だ!」

 暗闇の中で、ギラリとアメジストの瞳が光る。
殺気めいたその瞳は魔物のソレと酷く似ていて、スーザンは言葉と一緒に息を飲んだ。

「勧誘なら別の所でやってくれないか?オレは神に祈るなんて性に合わないもんでね」

 冷たく、そう吐いて背を向けた。

「テリー!貴方は分かっていません!心に巣くう闇の本当の恐ろしさを!」

 最後の忠告。テリーは全く聞く耳持たず立ち止まらなかった。
暗闇の中、扉を開ける。
外は厚く暗い雲が空を覆うどしゃぶりの雨。
9年前、誰よりも強くなると誓って一人旅に出たあの頃と同じだった。
あの頃と同じ決意を胸に秘め、テリーは二度と振り返る事は無かった。





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