▼凍れる街...


「テリー、はやく行こうぜ!」

「ちょっと待てよ、そんなに急がなくても・・・」

 サンマリーノを出発して21日目の昼。長かった航海がようやく終わりを告げた。
船を見送りながら、辺りを見回す。
マウントスノー港はサンマリーノとは比べものにならないぐらい閑散としていて
小さなボートや動けるのかと思うぐらいボロの船がポツポツ有るだけだった。
町の方も人通りは少なく、当たり前だが店もサンマリーノに比べるとずいぶん少ない。
寂しい風景ばかりが目に付くがユナは嬉々とした表情で歩いていた。
とりあえず船から降りられたと言う事が嬉しいらしい。
それも束の間、時々来る冷たい北風に我に返り慌てて宿を取ることを提案した。

「えっ!?宿ですか!?あなた方は冒険者で!?」

 看板を頼りに宿屋に入ると、主人らしき男は驚いた顔で聞き返す。

「はい。宿をとりたいんですけど・・・」

「ああ・・・宿・・・ですよね」

 宿屋なのに何故そんな困ったような顔をするのか怪訝に思っていると
主人は神妙な顔をした後、じろりと二人を見回した。

「あなた方は・・・恋人同士ですか?」

 唐突な質問にユナの胸が飛び跳ねた。

「いやっ!全然そんな関係じゃ・・・!!ただの仲間って言うか・・・!!いや仲間で・・・!」

 慌てふためいてユナが否定すると
・・・はぁ・・・。
何故か宿の主人はため息をついた。

「実はですねぇ、この所この辺にも魔物が出るようになったせいか・・・
観光客や旅人が激減いたしましてね。儲からない宿屋を預かり所に改装中なんですよ」

「はぁ・・・?」

 腕組みをして、向こうはまだ何か考えている。

「お客さんが自由に使える部屋は一部屋しかないんですが・・・恋人同士ではないとなると・・・
まずいでしょ?」

 なるほど。だからさっきあんな事聞いてきたのか。

「どうする?テリー?」

 確かにこの寒い港町には冒険者や観光客はあまり見ない。
宿屋も、ここ以外にめぼしい所は無かった。

「それでいい」

 ユナと宿の主人は弾かれたようにテリーを見た。

「旦那〜、コレを機に男のケジメってやつをつけましょうや。ウッフッフ。大丈夫ですよ。
部屋は二階で他に誰も客はいませんから・・・ウッシッシ」

「・・・・・・」

 だっからもう!なんて事言うんだよこのオヤジは・・・!
赤面して、否定しようとするがいつもと変わらないテリーに、否定すること自体が恥ずかしく思えて。
ユナは無言で宿の階段を上った。




 鍵を開け部屋に入ると、確かにベッドが一つしか置いていない。
ど、どうするんだ?ベッドはやっぱり一つしかないぞ。
荷物を置いてさっさと部屋を後にするテリーに、ユナは声をかけるタイミングを失っていた。
はぁっと息をついてベッドに寝転がる。
こんなに動揺してるのは、オレだけかよ。




 ユナはスラリンと一緒に港町を見回っていると、いつの間にか夕闇が迫っていた。
サンマリーノやトルッカに比べると、日の入りがもの凄く早く感じる。

 夕食をとって熱い風呂に入り体が温まった所で部屋に戻る。
疲れているのか既にテリーは、ベッドに体を預けていた。
入ってきたユナに気付くと上半身を起こして毛布を突きつける。

「い・・・一緒に寝るのか・・・?」

「バカ、何言ってるんだ。そんな事出来るわけないだろ。オレが床で寝るからお前はベッドを使え」

「バカって・・・!じょ、冗談に決まってるだろ!なんだよ人がせっかく気を遣ってやってるのに・・・!」

 自分で言った事に赤面する。
悩んでいた自分が何だか腹立たしくなってきた。
テリーはフっと笑って床に体を預けた。簡素な絨毯が引いてあるとはいえ、冷たくて固そうな床。ただでさえ長い航海で体が疲れてるはずだ、急に後ろめたさが襲ってきて声をかけた。

「あのさ・・・オレが床で寝るから、テリーがベッド使えよ」

 返事は無かった。相変わらず背を向けて何も答えない。

「な、テリー」

 やっぱり反応は無い。ユナはあきらめて

「・・・おやすみ」

 とだけ返して、頭から毛布をかぶってベッドに埋もれ込んだ。
テリーはそんなユナを見届けると、ようやく目を閉じた。





『・・・・・・・・・』

 息が、胸が、苦しい。テリーとユナは強大な影から逃げまどっていた。
巨大な黒い影は、二人をあざ笑うかのように長く伸びて目の前に立ち塞がる。

『・・・テリーは、オレが守る』

 隣に居たユナが一歩先に歩み出た。
テリーは重い鎖で縛られているかのように体が動かなかった。
その刹那、黒い影がユナの体を貫いた。血で目の前がまっ赤に染まる。

『バイバイ テリー』

「うわあああ!!」

 叫び声と共にテリーは目を覚ました。額からは汗が滝のように流れてきていた。

「なんだ・・・この夢は・・・」

 荒く呼吸して、濡れた額を手で押さえる。

「はぁ・・・」

 もう一度、気分を落ち着かせるかのようにゆっくりと息を吐く。
思わず立ち上がってベッドの上のユナを確認してしまった。
心配虚しく、いつも通り気持ちよさそうに眠っている。

「・・・まさか・・・な」

 独り呟いて再び床に身を寄せた。

昔の夢を見なくなったと思ったら、今度はこれか。オレにもやきが回ったぜ・・・。

先ほどの映像はまだ鮮明に頭に残っていた。ぞくっと背中に冷たい物が走る。
昔から、嫌な予感だけは良く当たった。
テリーはその嫌な予感をうち消すために、ブンブンと首を振る。

思い過ごしだ・・・これもただの・・・”夢”だ。

強く肯定して、無理矢理眠りに就いた。




 白い光が窓から照らす。
窓の外は刺すような寒さで息が白く濁っていた。

「オイ、ユナ。起きろ」

「うー・・・ん・・・?」

 機能し始めたばかりの瞳が、見慣れた少年を捕らえた。

「目が覚めたか?」

「ああ・・・そうか・・・うん。おはよう・・・」

 寝ぼけたまま相づちをうつ。そうか、確か昨日は同じ部屋で寝たんだっけ。

「用意が出来たら下に来い」

 いつもと同じ言い回しでテリーは部屋を出ていった。
ぼーっとしたまま水受けに水差しを傾けて顔を洗うと・・・
あまりの冷たさに思考が飛び起きる。
冷たくなった服に袖を通すと荷物の整理を済ませ、慌ててテリーの後を追った。

階段を下りると昨日のオヤジが待ちかまえていた。
オヤジはユナたちをみるやいなや声を掛けてくる。グッシッシといやらしい笑いを浮かべ。

「昨日はお楽しみでしたね」

 だから言うなよ、そんな事・・・!ユナは朝から赤面するはめになってなんだか腹立たしくなった。
テリーも呆れたのか反応は返さず、宿代だけを払ってさっさと宿を後にした。




 二人は店で朝食をとると保存食や衣類を買って再び出発した。
目指すはここからもっと北にあるというマウントスノーという街だ。
北を見ると分厚い雲に白い峰が幾重にも連なっている。
マウントスノーはあの山脈の向こうにあるらしい。

「寒そうだな」

 テリーに聞こえないように、ユナはちょっと愚痴を零した。
一応マウントスノーへ続く街道もあるらしいが、山を避けながら西や東へ迂回しなくてはならず
地図を見ただけでもかなりの日数がかかりそうだ。

「嫌なら、無理してついて来なくてもいいんだぞ」

 先ほどのつぶやきを聞いていたのか、地図を確認しながら今度はテリーが呟いた。

「行くよっ!行くに決まってるだろ!」

 一応は意気込んでみたものの、やはり気乗りはしない。
その理由は旅路の大変さ以外にも、もうひとつあった。




「・・・マウントスノーまで後どのくらいで着く?」

 港町を出発してすぐ、気が早いのだが聞いてみた。

「街道沿いに歩くからな。10日はかかる」

「そっかぁ、良かったぁ。テリーの事だから山越えするって言い出すかと思ってたぜ」

「山越えは足手まといが居ると命に関わるからな。そんなに急ぐ旅でも無い」

 もしかしてオレの事気遣って山越えやめてくれたのか?
都合の良いように解釈してしまう。自分の思い違いでも、嬉しかった。
しばらく歩くと街道脇に立てられた立て札を見つける。薄汚れた字で、
『マウントスノー』と書かれていた。
と、嫌な事を思い出してしまった。

「・・・そういえばさ、あの噂・・・どう思う?」

 前を歩くテリーに問いかけた。向こうは不審な顔で

「村人達が凍っているという話か?」

 ユナは怖い顔で頷く。

「ここ数十年、誰一人町に下りてこないんだってさ。雪山の幽霊の仕業だって・・・」

「・・・行ったら呪われるって・・・?」

 青い顔をして、思い出しながら話すユナに少し呆れて付け加えた。
ユナの足取りがますます重くなっていた。

「たとえ噂が本当であろうとオレはマウントスノーに行かなければならないんだ。
さっきも言ったが嫌なら着いてこなくても・・・」

「いっ行くよ!誰も行かないなんて言ってないだろ!」

 恐怖を打ち消すように、大きな声になってテリーの後を着いていく。
ユナに気付かれないように、笑ってしまった。
そして、だんだんと神妙な顔つきになる。

そうだ。
たとえどんなことがあろうとオレはそこを目指す理由があるんだ。
最強の剣・・・。それを手に入れるために。




 街道沿いの宿場で休んだり、時には野宿をしながら着実に二人は
マウントスノーへと近づいていった。
その間、テリーの頭の中であの不吉な映像が消えることは無かった。
テリーにとっては、マウントスノーの呪いよりこちらの方が恐ろしかったのかもしれない。

「どうしたんだ?気分でも悪いのか?」

 心配そうに、ユナが隣で声を掛けた。
テリーは我に返って現実のユナを見た。
夢の中のユナはいつも悲しそうな顔で別れを告げている。

「何でもない」

 本当に何でもないんだ。きっと思い過ごしだ。

「そうか・・・それじゃ早くっ行くなら行こうぜっ!寒いから!」

 数日前まであんなに怖がっていたのに
さすがに寒さには勝てなかったのか小走りで街道を駆けていった。
不吉な映像が笑顔の彼女と重ならないよう顔を振る。
テリーは、最強の剣を求めるキッカケとなった出来事を思い出していた。






「ああー、マウントスノーまでもう少しだなぁ・・・」

 使い古された地図を見ながらユナは感慨深げに呟いた。

「・・・ああ」

 テリーも頷く。
木や山はすっかり白く覆われてマウントスノーへと続く街道も
雪に埋もれ道が分からないほどだった。
雪の積もる立て札を頼りに進んでいると、ゆらゆらと雪が舞い落ちてきた。

「雪だ。また積もんのかな?」

 手を差し出すと、ユナの体温で溶ける。振り向くと、テリーは険しい顔で腰の剣を抜いていた。

「敵だ。来るぞ!」

「えぇっ!ちょっ!待っ・・・!!」

 慌てて背中の大剣を引き抜く。確かに、テリーの言った通り岩陰から大きな物が飛び出した。
それは、巨大な熊だった。真っ赤な瞳は邪悪な魔力に魅入られている証拠。
2匹、四つんばいになって二人に狙いを定めている。

「オレは左の大きい方をやる。お前はもう一方の奴を惹き付けておけ」

「う、うん、やってみる」

 そういうと、テリーとユナは別の方向へ飛んだ。幸い、熊は二人の思惑通りに動いてくれる。

「ギラ!」

 ユナは走りながら胸の前で印を結ぶ。ギラに驚いて、熊はそのまますっ転んだ。

「うぉっしゃ!やりぃ!」

 熊の様子を見て立ち止まってしまったが、転んだ熊は信じられないスピードで起きあがり
ユナに向かって突進してきた。

「・・・・っ!」

 真っ白い雪に真っ赤な血が飛び散った。
噴き出した赤い血。
テリーの脳裏を、あの不吉な夢がかすめていった。

「ユナッ!!!」

 テリーは剣で熊の振り下ろした爪を受け止め、返す刃で脇腹を切り裂いた。
その場に倒れたのをキッカケに横に飛ぶ。
ピシャリ。
返り血がテリーの顔に飛び散った。
心臓を貫かれた熊は、ユナに追い打ちをかけようと右手を振りかざしたまま倒れた。

「ユナ!!無事か!?」

 ユナは傷ついた左腕を押さえて座り込んでしまっていた。
血が溢れてマントを滲ませている。

「・・・つぅー・・・ドジった・・・」

 声のトーンはいつもと変わらなかったが、痛々しそうな顔。

「戦闘中に気を抜くな!バカ!!」

「ごめん・・・」

 さすがに自分が悪かったと思い、シュンとして謝る。
自分の左腕に右手を当てホイミを唱える。オレンジの光に包まれると出血は止まったが
傷口は完全には治らなかった。

「また傷になっちゃうな・・・」

 傷が冷たい風に晒されて身に染みる。
鞄から包帯を出そうとして、怪我をした方の腕が引っ張られた。

「ぅわっ!」

 腕を自分の方に引き寄せたテリーは傷口に煎じた薬草を塗った。
そしてクルクルと手際よく包帯を巻いていく。
予想外の行動にキョトンとしていると

「・・・次から気を付けろ!バカ!!」

 その優しい行動とは反対にいつもの台詞。
言った後、背を向けた。

「あ・・・お・・・っ・・・!うっ、うん!」

 ありがとうもごめんも
驚いた事の方が大きすぎて言うのを忘れていた。
テリーは振り返らずに休む間もなく歩き出した。





「もしかしなくても、あそこがマウントスノーじゃないか!?」

 視界を邪魔する程雪が強くなってきた頃、ユナが嬉々として遠くを指さした。
雪で埋もれてはいたが教会の尖塔を目印に、街を囲うように街壁が見えた。
近づくたび雪の深くなる街道を必死に歩く。確かに、そこは小さな町だった。

マウントスノー。
その名の通り、街の周辺を雪山が覆う雪国。
門は開け放たれた上に、門番の一人もいない。
しんと静まりかえった町の中は雪で埋もれていて
いつ屋根が雪の重さに耐えかねて倒壊するか分からない家が沢山あった。
遠くで吹きすさぶ風の音だけが聞こえる。
全く見つからない人影に、ユナの中である噂が蘇ってきた。

そう、あの街は呪われてる。

「妙だな」

「ひぃっ!!」

 驚いて振り向くユナに怪訝な顔を返した後、言葉を続けた。

「・・・あれだけ降っていた雪が、いつの間にかやんでる。
それに・・・こんなに物騒な土地に有る街がこんなに不用心なのはおかしい」

「・・・た、確かにそうだな・・・それに、雰囲気が変だよ。気の流れを感じない。
まるでここだけ時間が止まってるみたいだ」

 ユナは自分で言って、ぶるっと震えた。
噂していた男の声が耳に蘇る。
呪いだ。
あの街に足を踏み入れた者は、呪われて帰らぬ人となるんだ。

「その通りじゃよ」

「ぎぃやっ!」

 聞き慣れないしわがれた声に、心臓が飛び跳ねた。
気を落ち着かせて振り向くと、フードを深くかぶった老人。

「ここは、世界にも時間にも忘れさられた街じゃ」




 さきほど、ユナたちに声を掛けてくれた老人は、自分の家に二人を案内してくれた。
まだ気を張って入り口の前に立っているテリーをよそに
ユナは久しぶりの暖かさにほっと気がほぐれた。
勧められたソファに座って暖かい飲み物を受け取る、体が温まった所で聞きたかった事を尋ねた。

「噂ってホントだったんですね・・・でも、どうしてこんな事に・・・?」

 ピクリと老人は反応したかと思うと、口をもごもごさせながら、しばらくしてやっと言葉を押し出した。

「それは・・・言えん・・・」

「・・・えっ!?どうしてですか?」

 目線をユナから外すと

「お前さんたちまで巻き込みたくないんじゃ・・・」

「・・・雪女の呪いか?」

 老人はテリーの言葉に思い切り反応すると、目を伏せて黙り込んでしまった。

「雪女?」

 ユナは不思議そうに無言のやり取りをしている二人を見つめる。テリーは老人の元に歩み寄って

「オレ達はそんな事で来たんじゃない。この辺に有るって言う、最強の剣の噂を追って来たんだ」

 その言葉に老人はまた反応した。

「この街がどうして呪われたかなんて聞くつもりはない。
宝の隠された洞窟がこの辺りにないか、それを聞きに来たんだ」

 老人は息をついて話し出した。

「最強の剣の噂なんて聞いたことは無い。しかし、洞窟ならこの近くにある。
遠い昔、この辺りを牛耳っていた山賊が住んでいた洞窟がな。だが山賊の居なくなった今、寒さをしのぐ魔物がうじゃうじゃおる。お宝目当てに入るなんて命を粗末にするだけじゃ」

 腰をとんとん叩きながらソファから立ち上がって、窓から真っ白な外の世界を見つめた。

「山賊の住処か・・・。やっと信憑性が出てきたな。その場所を教えてくれ」

「何を言っとる!わしの話を聞いてなかったのか!?」

 老人の言う事に耳を貸さずテリーは言い放った。

「それでもオレは、そこに行かなければならない」

 そんな彼にユナも腕を組んで頷いた。

「うん。そうなんだ、どうしてもそこに行かなくちゃならないんだ」

 老人は目を丸くした後観念したのか

「命を粗末にする若者よ・・・。分かった。案内するだけならタダじゃ。ついて来なさい」

 外出用のコートを羽織り、老体には辛いはずの北の大地へ行く準備をし始めてくれた。
外への扉を開けると、先ほどよりもっと冷たい風が体を突き刺した。

街から出ると雪は小降りになって来たものの、夜が近くなってきたのか更に寒さが増している。
ユナは有難くも老人が貸してくれた毛皮のマントに顔を埋めた。
雪国育ちの老人は慣れた雪道をさっさと歩いていく、二人は足跡を頼りに付いていった。

「最強の剣か・・・こんな錆び付いた田舎でよもやそんな言葉を聞くことになろうとはの・・・」

 街から雪山を迂回している途中、老人はボソリと呟いた。
ザクザクと雪を踏みつける音だけが、静かなマウントスノーに響いていく。

「うわっぷ!」

 慣れない雪道。ユナは深い雪に足を取られ、冷たい雪の中に顔を埋めてしまった。

「何やってるんだ。気を付けろ」

 ぶるぶるっと顔を左右に振る。
老人の姿が見えなくなってしまいそうだったので、慌てて二人は歩き辛い深い雪道を走っていった。





「・・・・・・・・・あ」

 ようやく大粒の雪がやんで、随分と歩いた所で再び老人が呟いた。

「どうしたんですか?」

 ユナの問いかけに無言で空を指さす。
ユナは顔を上げた瞬間に歓喜の声を上げた。

「うわぁっ、スゲーーっ!」

 光のカーテン。
それは虹色の光を放っていて、見る者を虜にしていた。
いつもは無関心なテリーも、この時ばかりはそれに見とれている。

「オーロラじゃよ、しかし、珍しいな。ここ数年、オーロラは見てないんじゃが・・・」

「・・・これが・・・オーロラか・・・」

 ユナはため息混じりに呟いた。
大きな空に七色のドレープが幾重も重なっている。
それはゆらゆらと揺れて、本当にカーテンのようだった。

「そんな事より、洞窟はまだなのか?」

 いつものテリーに戻り、尋ねた。

「ロマンのない男じゃの。ほら、あそこに見えるのがそうだ」

 老人の指先を辿っていくと・・・真っ白な世界にポツリ真っ黒な穴が見えた。
雪で半分ぐらい埋もれている。近くで見ると中は案外広そうだったが、不気味な闇が広がっていた。

「・・・ここが、イミルの言ってた洞窟か・・・」

「強い力を持った剣か・・・。ずいぶん回り道をさせられたが、ようやくご対面だな」

 テリーが荷物から小型のランタンを取り出すと、火を付けて内部を照らした。
山賊の住処と言うだけあって、自然に出来た洞窟より広くて歩きやすそうだ。
早速中に入ろうとする二人に老人が奇妙な言葉で呼び止めた。

「・・・メラサム」

「?」

 不思議な言葉に怪訝な顔で振り向く。

「洞窟には山賊が施した封印の扉が有る。それを解除するための呪文じゃよ。
本当はおしえようかどうか迷ったが、どうやらお前さんたちは本気らしいからの。
気をつけて探索するんじゃぞ。最強の剣も、命あっての物種じゃ」

 二人は老人に礼を言うと、その洞窟へと足を踏み入れた。


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