22. モンストル/2



いつも決まった時間に男は目が覚めた。
そしていつも決まった時間にヒゲをそり、いつも決まった時間に朝食を食べる。
いつも見慣れた人影が無いことを知ると、家の外に出て人影を探した。

「シスター・アン」

 家のすぐ近くの教会で朝の仕事をしていたシスターに声をかける。
向こうは気付くとにっこりと微笑み

「どうしたんですか?アモスさん」

「えっと、ユナの姿が見えないんだけど…何処に行ったか知りませんか?」

 シスターは首を傾げ

「ユナさんですか?今日はまだ見てませんけど」

「そうですか…何処に行ったのかな…?」

 シスターはアモスが帰った後で、ふと昨日のユナと町長のやりとりを思い出し、はっとした。

「もしかして…ユナさん…」

 慌てて町長の家に駆け込む。予感は、当たっていた。





 理性の種が有ると言う北の山。
モンストルから北に馬車を走らせて小一時間ほどで到着出来た。
この辺りでは一番大きな山で、山頂にだけちょこんと姿を見せる緑がなんだか可愛らしく見えた。
しかし麓まで来ると緑や草木はまったくと言って良いほど生えておらず
見上げれば見上げるほどごつごつした岩が続くばかりだった。

「ひえー、すげえ所だなぁ…これ…登れるのか?」

 そびえる山を目の辺りにして、ハッサンが息を飲んだ。

「町長さんの話だと、昔は結構、この山に登る人がいたって話だから…大丈夫だと思うけど…」

「はぁ…相変わらず安請け合いするんだからよ…お前は」

 人ごとのような言い回しのウィルに、ハッサンが息を吐いた。

「そこがウィルの良いところなのよっ!ま、いいじゃない!人助け、街助け!
あの街をあのままにしてはおけないわ」

 半ばウィルの味方であるバーバラに何も言い返せない。
ミレーユを馬車に残して、ウィル、バーバラ、ハッサン、チャモロは足場の悪い山を登り始めた。

幸いにも山頂へと続く道は確保されてあったが
長い間整備されていないせいか、崖崩れや落石などが所々道を阻んでいた。
山登りは慣れているウィルたちではあったが、足場の悪い山道での戦闘はいくらやっても
慣れるものではない。
空から不意打ちしてくる魔物や岩陰から飛び出してくる魔物に苦戦しながらも
なんとか頂上を目指した。

「オイ、あれ…あそこ…!人じゃないか…?」

 目の良いハッサンが日差しをさけるように額に手をかざして目を細めた。
指を指したその先には、確かに見覚えのある姿。
青いマントを翻して、襲ってきた魔物をたった一人で相手している。

「あれ、昨日の女の子だよ!」

 バーバラも声をあげた。
軽い身のこなしで魔物の攻撃を次々とかわす
バランスを失った魔物は山道を外れて転げ落ちてしまっていた。

「なかなかやるじゃねぇかあいつ!」

 ハッサンが呟くと同時にバーバラは何の警戒も無しにその少女のもとに駆け寄った。

「ねぇ、あなたも理性の種を取りに来たんでしょ?私たちと一緒に探さない?
大勢の方が早く見つかると思うし」

 笑顔で手を差し出すバーバラ。
少女は困惑した瞳を向けて、何かを言いかけようとしたが無言で背を向けた。

「……アモスを助けるのはオレだから…」

 とだけ言い残してさっさと山道を登っていった。

「なーによ、やな感じ」

 ぷんぷんとバーバラは頬を膨らませる。

「まぁ、オレたちはよそ者だから。自分でなんとかしたいって気持ちも
分かる気がするよ」

 チャモロもウィルと同意見なのか頷いた。

「それにしても、こんな山の中で一人は危険じゃないかしら?
バーバラの言った通り一緒に探索した方が良いんじゃ…」

「それもそうかもしんねーな!ここの魔物は案外手強い。うっかり足を滑らせて
ってのも怖いしな。次見つけたら無理やりにでも連れて行こうぜ!」

 ハッサンは鼻息を荒くして腕まくりをした。





 山を登り始めて数時間ほど経ったであろうか。
太陽が大分高くなってきて暑さとともに皆の体力を奪っていく。
荒い呼吸をする仲間も目立ってきていた。

「ね・・・ねぇ・・・まだ頂上にはつか・・・ないの・・・?」

 足場の悪さや魔物との戦闘にやっと少し慣れて来たものの、山の空気の薄さと険しさに
バーバラはついには座り込んでしまった。

「わ、私も・・・ちょっと山には慣れて無いもので・・・」

 チャモロも杖を支えにしてその場に立ち止まってしまう。
ハッサンは肩を竦ませて

「なんだよー、だらしねえやつらだなー、そんな調子だったらおいてくぞ」

「ちょ…ちょっと待ってよぉ…休憩くらいしたっていいでしょ…っ」
「ワァァッ!!」

 その叫び声に、皆が弾かれた。
視線を登らせた先に見覚えのある少女が魔物に追いつめられている。
魔物が吐き出した炎に、少女はついに倒れ山道を転がり落ちてきた。

「大丈夫か!?」

 ウィルがその少女を身を挺して受け止める。少女は首を項垂れさせて、そのまま気を失った。





「・・・う・・・」

 体全体で感じる振動にユナは目が覚めた。

「良かった、気がついたのね」

 何処かで見たことのある女性が顔をのぞき込んでくる。
驚いたユナは慌てて上半身を起こして辺りを見回した。
そこは馬車の中のようだった。
ポニーテールをした可愛らしい少女に、幼く見える少年、不機嫌そうに腕を組んでいる男・・・
昨日見た奴らが周りにいた。どうして・・・?

「あなた、山の魔物に襲われて気絶したのよ。良かったわね、私たちがいて」

「あ・・・そうだったのか・・・・・・・・・ゴメン・・・ありがとう・・・」

 素直に謝るユナに、わざと意地悪く言ったバーバラは面くってしまった。
思ってたより性格の悪い娘では無かったらしい。

「あ、そうだ。理性の種は・・・?」

 まだ少し痛む頭を押さえながらユナはバーバラに尋ねた。
と、同時に飛んでくる道具袋。それを受け取ると怪訝な目でバーバラを見る。

「あんたにあげるわ」

 その突拍子もない彼女の言葉に驚いたのはユナだけでは無かった。

「オッ、オイ!バーバラ!?」

 ハッサンが叫ぶ。バーバラはそんなハッサンに動じずに、ニッコリと微笑みかけた。

「アモスさんを助けてあげたいんでしょ?」

 その問いに、ユナは思わず頷いた。
バーバラの考えが読めたのか、ハッサン以外は誰も何も言おうともせず
バーバラと同じように微笑んでいる。

種の入っている道具袋を握りしめたまま、ユナは恥ずかしい気持ちでいっぱいになってしまった。

ウィルたちに種を取られたくない為、朝早くから北の山に登って、
自分勝手にウィルたち・・・よそ者を毛嫌いして。

でも、ウィルたちは助けてくれた。
苦労して取ってきた種までも渡してくれた。

感謝の念を深く心に抱いて、ユナは頭を下げた。




「ユナさん!」

 門の前で待ちかまえていたシスター・アンがユナの姿を見つけた途端に駆け寄る。
もう既に日は傾きかけていた。

「北の山に向かったんですね!どうして!?町長さんからあれだけ念を押されていたでしょう!?」

「ゴメン!シスター・アン!でも、ほらっ」

 まくし立てて怒るシスター・アンにユナは満面の笑みを見せて、小さな道具袋を見せた。

「理性の種・・・見つけたんだよっ」

「・・・えっ!」

 ユナの後ろから来たウィルたちも
シスターの驚きと喜びが混じっているような顔を見ながら頷いた。
シスターはユナを怒る事も忘れて、慌ててアモスの家へと駆け込んだ。

「アモスさん!」

 バン!勢いよく家のドアを開ける。そこにはアモスの他に町長もいた。

「シスター・アン。どうしたんですか?そんなに慌てて・・・。
ユナが見つかったんですか?」

「え・・・ええ」

 そう言えばユナを探してくれとアモスに頼まれた事を思い出し、一応頷いてみせる。
シスターの後ろにユナがいることに気付き

「ユナッ!何処に行ってたんだよ!心配しただろ!」

「あっ、ゴ、ゴメン!ちょ、ちょっとな・・・」

 怒鳴るアモスを町長は静止して

「まぁまぁいいではないかアモス殿。ユナも子供では無いんだ、色々と事情があるんじゃろう」

 まだ何か言いたげなアモスをシスター・アンに任せ、こっそりとユナに耳打ちする。

「北の山に向かったんじゃろう?良く無事で帰ってきた」

 その言葉を聞くと、少し照れた笑いをしてみせ、マントの内ポケットから
道具袋をとりだした。

「町長、コレ・・・」

 道具袋の中に入っていたのは・・・奇妙な形をしている植物の種だった。

「おお!これはまさしく理性の種ではないか!?よし、これを煎じて飲ませるんじゃ」

 町長は目を輝かせ、アモスに気付かれないようにユナとともに台所に入った。
種だと分からないくらいにすり鉢ですり下ろした所で、それを水と一緒にアモスに手渡した。

「アモス、これ飲んでみて」

「・・・うん?なんだいこれ?」

 怪訝な顔で見つめてくるアモス。

「えっと・・・」

「自然治癒力を高めてくれる薬じゃよ。アモス殿の怪我もすぐによくなりますぞ」

 口ごもるユナに代わり、町長が上手く取り繕う。
アモスは町長の言葉を疑うわけにもいかず、思い切って水とともに喉の奥に流し込んだ。

「どう・・・?アモス・・・?」

「うん、何だか気分がスッキリしたみたいだ」

 そんなに早く効き目が現れるはずがないのだが、ユナの心配げな言葉に一応返して見せた。

・・・・・・・・・が。

急に体が熱くなった。
心臓が今までに無いほど早く打ち出す。
激しい体の変化に、青い顔で椅子から立ち上がり胸を押さえた。
胸から沸き上がってくる・・・この感覚は一体・・・?

「どうしました?アモスさん」

 シスターが慌ててアモスを支える・・・が
ドクン!とアモスの体が脈打ってその衝撃に振り払われてしまった。

なんと・・・アモスの体がどんどん変化していっている。
口には鋭い牙が生え・・・手や顔に堅い鱗・・・頭には角がめきめきと姿を現していった。

「う・・・あ・・・」

 予想外の展開にウィルたちも腰を抜かしてしまう。
変身していくアモスがついには天井を突き破らんとした時

「アモスさん!!」

 シスター・アンが悲痛の叫びをあげた。
その声に体の変化がピタリと止まる。魔物の悲しい目がシスター・アンを捕らえた。
シスター・アンは恐ろしい瞳に目を背けようとせず、ただじっと懇願の眼差しで見つめていた。

魔物の声ならざる声が響くと、先ほどの変身を巻き戻して見ているかのように
アモスはみるみる人の姿へと戻っていった。
周りの皆は立ちつくしたまま動けない。

アモスは、人間に戻るとぺたんとしりもちをついた。

「そうか、全部、全部分かったよ・・・。
最近目覚めが悪く感じてたのは・・・このせいだったんだな・・・やっぱり私は・・・」

 顔を押さえていた両手を掲げ、自分の体であることを確かめた。

「・・・やっぱりって・・・」

 ユナは奇妙な言葉に不意を突かれる。

「あれ以来・・・街を襲った魔物と戦って以来、体が何処かおかしいのは気付いていたんだ。
それと同時に、たまに妙な夢を見る事があってな。
自分が恐ろしい魔物になって町中を歩いている夢さ・・・。
そうか・・・まさか夢じゃなく現実だったなんて・・・」

 アモスの胸中を察して、皆は一様に押し黙ってしまった。
ユナだけが申し訳なさそうに頭を下げる。

「・・・ゴメン、黙ってて・・・」

「いや、いいよ・・・私に気を遣ってくれていたんだろう?
私は今までずいぶんと町の人たちに迷惑をかけていたんだな・・・」

「そんな事ありませんっ!」

 弾かれたようにシスター・アンが叫んだ。
アモスに駆け寄るとその手をぎゅっと握りしめる。

「そんな事ありませんから・・・ずっと、ずっとこの町にいて下さい!!
魔物に変身しても、私は構いません!
たとえどんな姿になろうとアモスさんはアモスさんですから・・・!」

「シスター・アン・・・」

 彼女の心遣いに本当に感謝しながら、手を彼女の手の上にそえた。

「大丈夫ですよ、変身は自分で制御出来るようになりました。
もう、自らの意志以外では決して魔物になんかなったりしません・・・。
後で町の人たちに謝りに行って来ます」

「アモスさん・・・」

 見つめ合う二人に町長とユナは顔を見合わせ微笑んだ。

「ありがとう、ユナ。その粉、お前が用意してくれたんだろう?」

 アモスはやっと立ち上がって問いかけた。ユナはブンブンと首を振って

「そこにいるウィルたちが、体を張って北の山から採ってきてくれたんだ。
礼ならウィルたちに言ってよ」

「お前・・・」

 ユナはウィルにまた首を振った。

「見ず知らずの私のために・・・本当にありがとうございました!」

 アモスは深々と頭を下げた。シスター・アン、町長、ユナも同様に

「いや・・・オレたちは・・・」

 頭を掻くウィルに今度はユナが

「なぁなぁ、アモスも無事に元に戻ったんだしさ、家で夕飯でも食べていってくれよ!
ご馳走するからっ!アモスが作るご飯、ほんっとうに美味しいんだぜっ!」

 初めて、ウィルたちに心からの笑顔を見せた。




「おおっホントにうまそうだ!!」

 運ばれてくる料理にハッサンは舌なめずりをした。
食欲を刺激される匂いにごくりと喉がなる。
ユナは自分が作ったわけでもないのに自慢げに料理を運んできた。

「あり合わせの物で申し訳ないのですが、腕を奮いました。
お口に合うかどうか分かりませんが、どうぞ遠慮無く召し上がって下さい」

 アモスの食事の合図を見計らって、ハッサンが皿のなかの物を一気に口に押し込んだ。

「うんっめー!」

 ウィルたちも続いて料理を口に運んでいく。

「おいしーい!!」

 ハッサン、バーバラに続いて皆も舌鼓をうった。
確かにアモスの料理の腕は相当なものだった。

「なっ、なっ?アモスの料理、美味しいだろっ?」

 無言で料理にがっついているハッサンにユナが執拗に尋ねた。
ハッサンはやっと料理から興味を逸らして、

「お前、アモスの看病してるんだろ?病人に料理させても良いのかよ?」

 う・・・・・・・。まさかそんな答えが返ってくると思わずユナは口ごもった。

「オ、オレだってちょっとくらい手伝ってるよ!」

 食材を採ってきたり、食器を運んだり・・・ぐらいだけど。と心の中で付け足す。

「良いんですよ、私は料理を作る事が趣味なんですから。他の事は殆どユナが
やってくれますし、本当に助かってます」

 そんなユナにアモスが助け船を出してくれる。

「アモスが作った方が遙かに美味しいんだから、いいだろ、もう」

 とだけ言って、もう無くなった自分の皿に再び料理を入れた。
確かに・・・料理は得意そうには見えないな・・・。
皆はハッサンと同じ事を思ってしまっていた。



 食事も終わり、遠慮するアモスとユナを説得してバーバラ、ミレーユが片づけを名乗り出た。
おかげでいつもよりも早くに片づけが終わったところで

「ねぇねぇ、ちょっと散歩に行かない?」

 バーバラがウィルの腕を引いて尋ねた。

「そうだな、色々あって街見られなかったからな」

「やったぁ!ね、ハッサンたちも行くでしょ?」

「私は良いわ」

「ご同行しましょう。初めて訪れる街には興味が有りますし」

「オレも行くぜ!面白いもんが有るかもしんねぇ」

 ミレーユは申し訳なさそうに軽く首を振る。その代わりにチャモロ、ハッサンが首を頷かせた。

「ね?あんたも行く?」

 思いがけないバーバラの言葉に一瞬ユナは止まった。

「え?オッオレは良いよ・・・」

「フーン。じゃっちょっと行ってくるからっ!」

 それだけ言って、男三人を連れだし外へと出て行った。
嵐が過ぎ去ったような状況に、ユナとアモスが顔を見合わせ笑う。
アモスは皆の寝床の用意をしてくると言って別の部屋へこもっていった。

ミレーユと二人きりになったユナは彼女の真向かいに座った。
テーブルに肘を突いて、じっと見つめる。
何気なく地図を見ていたミレーユがそんなユナに気付いた。

「あら、ユナちゃん?どうしたの?」

「えっ・・・あ・・・いや・・・別に・・・」

 視線を逸らすが再びミレーユの顔をじっと見つめる。

「どうしたの、さっきから?私の顔に何かついてる?」

 くすっとミレーユは微笑み、ユナに問いかけた。

「いやっそういうわけじゃないんですけど・・・」

 首を振ってそう返す。
ユナにはどうしても気になる事があった。

「・・・あの・・・おねーさん、名前はなんて言うの?」

「え、私?」

 突然名前を尋ねられたミレーユは驚き

「ミレーユだけど、誰かに似てるの?」

 肩をすくめて言った。
ユナはその名を聞いた途端反応し、それを悟られまいと再び目を逸らした。

似てるなんてもんじゃない。
本人だった・・・・・・

「いやぁ、ミレーユさんがあんまり美人だったんで・・・見とれてたんですよ」

「何言ってるの、ユナちゃん!」

 ふふっと口を手に当てて微笑んだ。

ミレーユさん・・・
あの”絵”より数段綺麗になっていて
美しい金髪とエメラルドの瞳が、鮮やかに映えている

まさかこんな所で会えるなんて・・・思っても見なかったな・・・




「すぅ・・・すぅ・・・」

「やけに静かだと思ったら眠っちゃってたのね・・・」

 やっとユナの寝息に気付いたミレーユは、ユナの肩にマントを掛けてやった。

「う・・・うん・・・」

 安らかに眠っているユナを起こさないように
ミレーユは注意深く彼女を見守っていた。
その時、ユナの唇が動いて声が漏れてくる。寝言・・・・・・?

「う・・・テリー・・・」

 聞こえるか聞こえないくらいの小さな寝言。
今度はミレーユが雷に打たれたかのような衝撃に襲われた。
確かに今・・・テリー・・・って・・・

「ユナの大切な人なんでしょうか?そのテリーって人は・・・」

 奥の部屋から一部始終を見ていたアモスが出てきた。

「たまに寝言でその名を口にするんですよ。
起きてる時にその事を聞いてもとぼけるばかりなんですけど・・・
一緒に暮らしていて、打ち明けてくれないっていうのは寂しいものが有りますね
魔物の事もそうでしたけど」

 どことなく寂しそうな笑顔を見せる。
アモスはすっかり寝入ってしまったユナを抱えて寝室へと運んでいった。
ミレーユは自分を落ち着かせるかのように深呼吸をした。

「・・・ただの・・・同名よ・・・」

 そう、ただの・・・。
過去を思い出しそうになって顔を振る。
虚ろな目で世界地図を道具袋に直していると、ウィル達が帰ってきた。

「あっ、ミレーユ。あの子は?」

 辺りを見回すと、自分と同じぐらいの年の少女がいなかったのでバーバラが尋ねた。

「ついさっき寝ちゃったわよ」

「・・・そっかぁ・・・」

 つまらなそうに椅子に座る。

「話したいこと、沢山あったのになぁ・・・」

 顔を伏せて言ったが、ふと香ばしいにおいが漂ってきたので思わず顔を上げた。

「飲み物でもどうぞ」

 アモスはトレイに人数分の湯気上がるコップを持ってきて、テーブルに並べてくれた。

「わ〜ホントにアモスさんって気が利きますよね〜!」

 バーバラは目を輝かせ、暖かい飲み物に顔を近づけた。
香ばしい匂いと暖かな湯気が心地良い。
一口飲むと、ほっと幸せを感じてしまう。
アモスも、飲み物の一つをとって椅子に座った。

「あのう、所でアモスさん」

 ウィルはカップをテーブルに置いてアモスを見た。

「ユナはあなたの妹さんなんですか?」

 その言葉にバーバラも反応する。

「そうそう、私も気になってたのよねー、・・・実は恋人だったりして・・・」

「まっ、まさか違いますよ!」

 慌てて手を振る。そして、しばらく考えて息をついた。

「・・・・・・町の人では無いあなた方になら、話してもいいかもしれませんね・・・」

 アモスの意味深な言葉に、皆は怪訝な顔で耳を傾けた。
飲み物を口に含み、一息ついた所で思い出すように話し始めた。

「私がこんな魔物に変身する能力を身につけてしまったのは
街を襲った魔物がキッカケだと言う事は・・・聞きましたよね?」

 そのようなことをユナから聞いた事を思い出し、一様に首を頷かせた。

「実は・・・その魔物というのは・・・ユナの事なんです」

「!?」

 皆の声にならない声が重なった。
アモスは、一点を見つめて、目を伏せた。

「半年程前でしょうか・・・。私がちょうどこの町に滞在している時でした。
深夜、町の外が妙に騒がしいと思って起きてみたら、金色に光り輝くドラゴンが
町の外で暴れ回っていたんです。何故こんな土地にドラゴンが出現するのか、本当に驚きました」

 信じられない話に、皆は止まってしまっていた。
こんな街中にドラゴンが出現するなんて話聞いた事が無い。
洞窟の奥深くか人里離れた山奥などならまだしも・・・。

「それこそ理性を失っていたドラゴンは町を襲い始めたんです。
私はなんとかドラゴンを止めようと戦ったのですが、左足を引きちぎられてしまいました。
左足はその後すぐにシスター・アンに治療を施してもらったので大事には至ってはおりませんが
その時の事が原因で恐らく私は魔物に変身する能力を身につけてしまったんでしょう・・・」

「もしかして、そのドラゴンって・・・」

 恐る恐るバーバラが尋ねる。

「・・・ええ。私との戦いで気絶させられて、そのドラゴンが人間の姿になったもの・・・が
ユナなんです。信じられない話でしょうが・・・」

「ユナちゃんはこの事は・・・」

 今度は怖い顔でミレーユが尋ねた。

「勿論、知りません。この事を知っているのは、私と、シスター・アンだけです」

「なんてこった・・・」

 ハッサンは、どかっと椅子に座り直した。

「私とシスター・アンはユナに「怪我をして町の外で倒れていた」と取り繕って
ユナを町で保護する事にしたんです。
ユナは私に助けられたと思いこんで、それ以来、ずっと私の側で必死に看病をしてくれました」

 皆はあまりに突拍子のない話に何も言う事が出来なかった。
それぞれの思いは交差する事無く、脳裏に浮かんでは消える。

「あの子はきっと、神から特別な命を受けてこの世に生まれて来た子だと思うんです。
幸いにもあれ以来、ユナがドラゴンに変身した事は一度も無いのですが・・・」

 アモスは悲しそうにカップの中を見つめると、くいっと一気に飲み干した。
皆もまとまらない考えを流すように飲み干すと、無言でカップを置く。

「理性の種でも、ダメだろうな・・・」

 何となくウィルが呟いた。そんな気がしていた。
そんな折

「いいこと考えちゃったわ」

 ミレーユがポンと手を叩いた。
慎重派の彼女にしては珍しい言動だった。

「ユナちゃんを私たちの旅の仲間に加えたらどうかしら?」

 ミレーユの言葉に皆は動揺に唇を緩ませた。
どうやら皆、同じ事を考えていたらしい。

「それは名案だネ!アタシたちならユナがドラゴンになってもくい止められるだろうし・・・!
あっ、この事は勿論ユナには内緒にするんでしょ!?」

 バーバラも元気良く椅子から立ち上がった後、顔を見回す。ハッサンが頷き。

「そりゃあ・・・ショックだろうよ。アモスさんの事も有るだろうが自分が魔物に変身するなんてな・・・。
まぁこの事はユナには当分秘密だ。今後そういった事がなかったらなかったでいいわけだし・・・」

「そうだな、じゃあ明日ユナに持ちかけてみるよ」

 そのウィルの言葉を境に、やっと少しだけ皆に笑顔が戻った。

「アモスさん、いいですよね?」

 アモスはカップを手に持ったまま考え込んでいたが、ウィルの言葉にようやく反応し

「・・・ええ、寂しくなりますが・・・。
あの子は私の看病が終われば、この町を旅立つつもりでいたようですから。
あの子も、皆さんと一緒に旅が出来ればきっと心強いと思います」

 寂しそうにはにかんでイスから立ち上がった。
明日の朝、ユナを迎えに来ます。
そう伝えて、ウィルたちはアモスの家を後にした。

「・・・・・・」

 宿に戻る途中、バーバラの足が止まる。
振り向くと、小高い丘の上に建ったアモスの家が見えた。

「金色に輝くドラゴンか・・・」

 アモスの信じられないような話を聞いてから、心の何処かで何かがざわめいていた。
その理由もバーバラには分からない。
小さいながらも漠然とした不安。
だがその小さな不安はこれからの旅への期待や希望によって
段々と心の奥に埋もれていった。




「おはようございます!アモスさん」

 太陽が昇ってまだ間もない気持ちの良い朝。
アモスの家に元気良くバーバラが飛び込んできた。
自分と歳の近い娘とこれから一緒に旅が出来るかもしれないと言う事で
彼女が一番、ユナの同行に乗り気だったのだ。

アモスはウィルたちの姿を見つけると、申し訳なさそうに頭を下げた。

「すいません皆さん。朝起きたらユナが居なくなってまして・・・」

「えーっ!!」


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