▼新しい仲間...


「全く、あいつは何処に行ったんだよ!」

 アモスの家に来てはや刻。
ハッサンはイライラした口調で部屋の中を行ったり来たりしている。

「せっかく連れてってやろうと思ったのによー!」

「申し訳有りません。本当に・・・どこに行ってしまったのか・・・」

 アモスが頭を下げた事をキッカケにハッサンは口ごもった。

バーバラは無言で窓の外を見ている。
歳の近い同姓の仲間が出来れば、これからの旅がもっと楽しくなるに違いないと
彼女自身思っていた。ミレーユは息をついて

「私、ユナちゃんを探してくるわ」

 椅子から立ち上がり、上着を羽織って扉に手を掛けた。

「あっ、アタシも行くっ!」

 バーバラも慌てて席を立った・・・が、その必要は無かったようである。

「・・・ユナ・・・ちゃん?」

 取っ手を回してドアを開けた瞬間、話題の少女はそこにいた。
その少女は無言でミレーユに道具袋を突きつけた。

「・・・力の種とか、守りの種とか・・・色々入ってる」

 尋ねようと思った事にユナは一歩早く答えた。

「力の種だって?」

 その言葉に反応して、ハッサンがズカズカ歩み寄る。
道具袋から覗かせるその種を見て、ハッサンは息を飲み込んだ。

「東の森の中に時々落ちてるんだ・・・それで・・・」

 皆は道具袋から視線を外してユナに向ける。

「取引しないか?」

「取引だぁ?」

 眉間に皺を寄せるハッサンに「うん」と白い歯を見せた。
一番近くにいたミレーユが不審な目で見つめ返す。
ユナはその視線に赤面して、くるっと背の方を向けた。

「それをお前らにやる代わりにさ・・・代わりに・・・」

「代わりに・・・?」

 優しく尋ねた。ユナの思惑に気付いたのだろうか

「なんだよ、お前らしくないじゃないか!ハッキリ言えよ、ハッキリと!」

 ハッサンは今まで待たされていたこともあって、激しく言い放つ。
ユナはハッサンの言葉に意を決して

「オレも、お前達と一緒に旅させてくれっ!」

 赤面したまま叫んで、再びウィルたちの方を向いた。
皆はキョトンとしたまま止まってしまった
よほど恥ずかしいのか、ユナはユナで俯いてしまっている。
妙な沈黙がしばらく続いた後

「ふ・・・」

 滅多に笑わないミレーユが口に手を当てて

「うふふ、あはは」

 笑い出したので、皆も顔を見合わせくくっと笑った。

「何だよー!何が可笑しいんだよ!こっちは必死で森の中探してきたんだぜ!」

 滑ってしまった口を慌てて押さえた。ミレーユはまだ少し笑いながら

「それならそうとハッキリ言えばいいのに、なにもこんな回りくどいことしなくても・・・」

「・・・・・・っ!」

『そうならそうとハッキリ言えよ、なにもこんな回りくどいことしなくても・・・』

 ミレーユと、重なって見えた。
仕草、口調、神秘的な雰囲気・・・本当に、姉弟なんだ・・・。
ユナは顔を振って気持ちを切り替え

「じゃあさ、じゃあさ、こいつスラリンって言うんだけど、このスライムも一緒に連れて行っていい?
魔物なんだけど、悪い事なんて絶対しないからさ!」

 肩から下げていた鞄を開ける。
ピョンっと青い物体が飛び出しユナの肩に乗った。
ウィルはやれやれと肩をすくめて頷いた。

「やった!スラリン!!」

「ピッキーーッ!」

 スラリンはユナの肩から頭からを飛び回り、二人して喜び回った。
ウィルたちの考えも全く知らずに。




「ユナッ!ウィルさんたちに迷惑かけないようにするんだぞっ!
それとまた絶対この街に帰って来いよ!!」

「分かってるよー!そっちこそ!シスター・アンと仲良くな!」

 アモスにシスター・アン、町長、その他厚意にしてくれた
町の友人たちに見送られながら、ユナは旅の一員としての一歩を踏み出した。
馬車に戻って、恒例の自己紹介。
バーバラは嬉しそうに

「ねえっ、まだ自己紹介して無かったよね?アタシはバーバラっ。よろしく」

「オレはハッサンだ。ま、仲良くやろうぜ」

「私はチャモロと申します。どうぞよろしくお願い致します」

「ミレーユよ、よろしく」

「オレはウィル。これからよろしくな」

 ユナは恥ずかしそうに頭を掻きながら順に握手をする。

「えっと・・・オレはユナ・・・で、こっちがスラリン。よろしくな」

「ピッキィ!」

 まだ恥ずかしそうなユナの隣でスラリンが飛び跳ねる。

「ユナ・・・は魔物使いなのか?」

 ウィルが尋ねた。ユナは不思議そうに見つめ返し

「え?魔物使い?オレはずっと剣士なんだと思ってたけど・・・」

「剣士って・・・魔法も使える剣士なんているのかよ?しかも魔物と話もできちまうなんて・・・」

 ハッサンが間髪いれず突っ込んだ。
確かに、回復呪文も攻撃魔法も出来る剣士なんて聞いたことも無い。
魔物と心を通じ合わせる能力も稀に見るものだった。

「私、聞いた事があるわ。魔物や自然と心を通じ合わせて、呪文も使える職業の事・・・」

 思い出しながら、ミレーユが呟いた。

「レンジャーですか?」

 ミレーユと同じく知識豊富なチャモロも言う。

「レンジャー!?」

 聞いた事の無い職業に一斉に問いかけた。

「自然を味方に付け、全ての生ある者と心を通じ合わせる事が出来る、
天性の素質を持つ者の事をそう呼んでいたそうです。
昔は結構居たらしいのですが今じゃ滅多に見かけないと言う話ですね・・・」

チャモロはずれた眼鏡を直し、皆の問いに答える。

「ユナちゃんはレンジャーの素質を持ってるって事でしょうね」

「へぇ、全然知らなかった!オレ、レンジャーって奴なんだ」

 レンジャー・・・う〜ん良い響きだ。
天性の素質を持ってる奴にしかなれないんだ・・・。
なんか・・・格好いいなぁ・・・!
満足げに腕組みをして、自分自身に感心していると

 さわさわ。

下半身に不快感が襲っているのに気付いた。

「・・・・・・・・・!」

「あらぁっ、結構カタチの良いお尻してるのねっ」

 バーバラと名乗った少女が、両手でユナのお尻のカタチを確かめている。

「な、な、な、な!」

 思いがけない仲間の行動に言葉が詰まる。
一瞬固まった後、真っ赤な顔で触られていた手を振り払った。

「なっなにすんだよ!!会ってそうそう!!!」

ようやく言葉が勢いよく飛び出した。

「だあーって、そんなカッコして男言葉で、よっぽど自分が女だって事に
コンプレックスでもあるのかなーって思って調べてみたんだけど」

 バーバラは顎に手を当てて、ユナを上から下までじろじろとなめ回すように見た。

な、なんなんだこいつは・・・!!
ユナは初めて出会うタイプに言葉を失ってしまっていた。

「よく見れば顔は可愛いし、体型だって女の子だし・・・どーしてそんな風に
男っぽく振る舞ってるのかなぁって・・・」

 真面目な顔で今度は胸を触ろうとするバーバラに、真っ赤な顔で怒る。

「これは地だ!昔っからの癖だよ!!」

「へぇ、そーなのー?変わってるわね〜」

「・・・・・・・・・!」

 反省していないバーバラに呆れたのか、そっぽを向く。
その隙を、バーバラは見逃していなかった。両手がまたユナのお尻を襲う。

「そぉーれ タァーッチ!」

「うっわあああっ!」

 元々人をからかうことが大好きなバーバラに格好の標的が出来たな・・・と
皆は心の中で思ってしまった。

「・・・そうだ。仲間になったユナにはきちんと話した方が良いかもな」

「え!なに?なに?」

 バーバラから解放されるキッカケをくれそうな言葉に
嬉々とした瞳で反応した。

「オレたちは、全ての世界を救う旅をしてるんだ」

「・・・はぁっ?」

 口をぽかんと開けてそう返す。話のスケールが大きすぎて、冗談にしか聞こえない。
そんなユナにミレーユが順を追って説明してくれた。



一通り、旅の話を聞き終わったユナは神妙な顔のまま黙り込んでいた。

「どーだ?怖じ気づいたか?帰るんなら今のうちだぜ」

「ハッサンさん、せっかく仲間になって下さったのにそんな言い方は・・・」

「ス・・・スゲー!」

 ユナは目を輝かせて皆を尊敬のまなざしで見つめた。

「うっわ〜!ムドーって、魔物の親玉ってうわさされてた奴だろ!?倒したのがまさか
ウィルたちだったなんて・・・!」

「ふっ、大した事じゃねえよ。それに、ムドーの上にはもっとヤバイやつが居るらしい。
そいつを倒さない事には、どうにもならねえからよ」

 腕組みをしてハッサンは自慢げに言った。ユナはますます目を輝かせて

「んな事ないよ!ホントにスゲーって!それに精霊ルビス様のお告げだって!?
神話とか伝説の人かと思ってたけどほんとに居たんだな〜!すっげぇ〜!」

 微妙に失礼な言い回しに、チャモロは眼鏡を光らせた。

「事実、私たちはムドーの城へ行く時に黄金のドラゴンの力を借りましたからね」

「黄金の・・・ドラゴン・・・?」

 眉をひそめてユナは聞き返す。チャモロは満足そうに頷いて

「ええ、伝説や神話の中でも”ルビスの使い”と称される黄金のドラゴンです。
間違いなく精霊ルビス様は私たちにお力添えをなさってくれる。
私にもルビス様の声が聞こえましたから」

「ひぇ〜ますます凄いな!黄金のドラゴンねぇ・・・」

 黄金のドラゴン・・・。
ユナ以外の皆が思い出したように一斉に反応した。
アモスの家で聞いた、ユナが黄金に光るドラゴンに変身すると言う話が蘇る。
気まずそうな顔で皆は視線を交差させた。

「おっおい、どういう事なんだ?これ・・・」

 ハッサンは幌に顔を向けて、隣のチャモロを引っ張る。

「私にも分かりません・・・。ですが、私たちをムドーの島まで運んでくれた黄金のドラゴンとユナさん、話の内容から察するに無関係ではないような気がします・・・」

「ちょっと待てよ!じゃああの時のドラゴンがユナだって言うのか!?」

「もうっ!ハッサンっ!!」

 正面のバーバラにまで聞こえてしまった所で、ハッサンはゲッフォ!とわざとらしい咳払いをした。

「うん?オレがなんだって?」

「あっああ、なんでもねえ!いや〜それにしてもユナよぉ、こっこれからよろしくな!!」

 あからさまに話題を逸らして、再び大きな手を差し出した。鈍いユナは特に疑うこともなく

「オレ、そんな大変な旅についてって良いのかわかんないけど、精一杯頑張って力になるから!
よろしくなっ」

 ハッサンとがっちりと握手する。そんな二人を遠巻きに観察しながら

「ユナが鈍くて良かったわね〜」

 バーバラは小さく息を漏らした。

「御者してるオレにも聞こえたよ。それにしてもドラゴンって・・・」

 御者をチャモロに代わって貰ったウィルも気になっている事を呟いた。
あの時、ミレーユの笛によって導かれた黄金のドラゴン。
その姿はどうしてもハッサンとともに楽しくはしゃぐユナと重ならない。

「いずれにしても」

 ミレーユの声にウィルはハっと我に返った。

「この謎は旅を続けていく内に解けていく事になると思うわ」

 この旅に同行した事がユナにとって良いことなのか悪いことなのか
今はまだ誰にも分からなかった。





寝食を何度か共にした程度で、ユナはすぐに仲間とうち解けた。

優しいウィルにはバーバラの悪戯に愚痴をもらしたり、戦いのコツを教えて貰ったりしていた。ウィルはそんなユナの話を真剣に聞いてくれ、ユナを弟・・・もとい妹のように接してくれた。

チャモロとは意外にも話が合うのか、良く一緒に行動を共にしたり談笑しているのを見かける。

ミレーユに対してだけは何故か敬語が抜けなかったが
距離を置いているわけでは全くなく、女性としての尊敬の念からくるものなのだろう。魔法や料理、裁縫など、沢山の事を教えて貰っていた。

ハッサンとは、口の悪い者同士、たまに口ケンカに発展したりするが年の離れたユナにハッサンは本気じゃなく、おそらくウィルと同じ弟・・・妹が出来た気分なのだろう。

ユナが仲間に加わることに一番賛成だったバーバラとは、勿論仲がよい。と言っても一方的にユナがからかわれているだけだが、はたから見ていても仲の良い姉妹のようだった。




 モンストル港から船出して5日目の昼。
アークボルト城が治めるアルキド大陸が見えてきた。
船を港に預けて、早速新しい大地に足を踏み出す。

港町を出て見渡す限りの大草原を何日か旅すると、遠目に霧掛かった険しい山脈が
空を塞いでいるのが見えた。

「あれがアークボルト城!?」

 険しい山脈の連なった麓に巨大な城がその姿を現すとバーバラがいち早く歓喜の声を上げた。
自然の要塞に守られ、強固な城壁に守られた城には盗賊や魔物は到底侵入出来そうにない。
強力な騎士団までも従えるアークボルトは世界一安全な城として有名だった。

山道を抜けようやくアークボルトに着いたのは港を出発してちょうど一週間目の朝だった。
城外の馬小屋にファルシオンを預けると開かれた大きな城門を潜る。
見上げる程の大きな城に一行は思わず足が止まった。

「スッゲー!さすが噂に聞くだけの事は有るぜ!!でっけぇなぁ・・・
レイドックとは比べモンにならねぇ」

 滅多に見上げる事のない大男のハッサンが見上げて感嘆した。

「オレも・・・レイドックでも圧倒されたけど・・・本当に噂以上に強固な造りだな。
ライフコッドにずっと居たら、きっとこんな城が有るなんて知らなかった・・・」

 固そうな鉄のかたまりが幾重にも重なって壁を作っている。
ウィルも同じように感嘆していると

「邪魔だ。どけ」

 低い声に、皆が振り返った。

「・・・・・・・・・!!」

 ドクン!
忘れたと思っていた胸の高鳴りがユナの体を突き抜ける。
青い服に細身の剣。珍しい銀髪にため息が出るほどの美形。

・・・・・・テリーだった。

ドクン、ドクン、ドクン。
左右に揺れていると錯覚するほど、心臓は強く打っていた。
久々の発作に耐えるだけで精一杯で、声も出ず立ちすくんだまま動けない。

ウィルたちは無言で道を空けるとその少年は誰とも目を合わせようともせず
城の外へ去っていった。

「なんだぁあのやろう。棺桶なんて引き摺って、気味の悪いやろうだなぁ」

 ロープで棺桶を引きずって歩く、その姿がやけに目に止まったハッサンが
開口一番そう言った。

「でも、なかなか美形じゃなかった?」

 棺桶よりも、綺麗な顔に目が止まったバーバラは
喜々とした瞳で皆に同意を求めた。

「あん?お前趣味悪ぃんじゃねーのか?どこがいいんだあんなガキ」

「なーによぅっ!綺麗な顔してたじゃなーいっ!」

「容姿は天から与えられた物ですが、人の良さは容姿で決まるわけではないですよ、バーバラさん」

「まぁまぁ、年頃の女の子なら反応しても仕方ないんじゃないかな」

 美しい容姿の剣士に皆が会話を弾ませていたが
ユナだけがその場に立ちすくんだまま、会話に入れないでいた。

ようやく体が動き出すと、右手を胸に当てる。
胸の高鳴りは彼の姿を思い返す度、収まる所か激しさを増していくようだった。
ぎゅっと胸を押さえて、無理矢理高鳴りを押さえつける。

良かった・・・生きてた・・・生きてたんだ・・・テリー・・・


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