▼魔法の鍵...


「う・・・あー・・・」

 徐々に視界が開けてくる。体は満足に動いてはくれないけど。
大きなイエローブラウンの瞳に気付いたミレーユが、ほっと息をついて微笑みかけてくれていた。

「気分はどう?ユナちゃん」

 状況が良く分からずに混乱していると、皆がミレーユの言葉に気付き、集まってきた。

「ユナっ!もーっ!大丈夫!?本当に心配したのよ!森の中で倒れてるんだもん!」

「え・・・あ・・・そうだった・・・け?」

 あっけらかんとしたユナの反応に皆、あきれ顔で胸を撫で下ろす。
ユナの方はようやく思考が働きだしたようで

「王子・・・は・・・?」

 気になった事を尋ねてみたが、当の人物は隣でウトウトしていた。

「何とか洗礼を受けて、ホルストックに帰ってるよ」

「そっ・・・かっ・・・」

 良く分からないけど・・・オレたち、無事だったんだな・・・。

ユナはほっと安心すると、そのまま再び眠ってしまっていた。




次に目が覚めたのはベッドであった。
しかも宿屋の堅いやつではなくて、フカフカで今までのベッドで最高級のもの。

「気がつかれましたか?」

 見たことのない女性が微笑みかけてくれる。ユナは起きあがれないまま尋ねた。

「皆は?ここ・・・どこ・・・?」

「ここはホルストックの城ですよ。皆さんは王子が洗礼を受けたお祝いという事で、
宴に出席してらっしゃるはずですよ」

 起きあがれないユナを気遣ってか、グラスに水を注いでくれた。
その水を飲んで一息つくと、案外体の自由が効くようになっていたので、
メイドに一言お礼を言って皆を捜すことにした。




ボォーン!ボォーン!

大がかりな花火、見たこともない豪華な食事、綺麗な色の飲み物が陳列しているテーブル。
ゴソゴソと人混みをかき分けながら、ユナは目的の人影を探していた。
バーバラとハッサンの二人を見つけたが二人とも酔いつぶれて話が出来るような
状態じゃなかった。

「ユナさん」

 今度はミレーユを探そうと思って振り向いたユナに声をかけたのは・・・
微笑むホルストックの王妃だった。




王の間、星の見えるテラス。そこからはホルストックの城下町を一望する事が出来た。
王妃は大事な用があるとユナをここに連れてきたのだ。

「王妃の護衛をして下さって、本当に今日はありがとうございました」

 ユナは一瞬返答に迷ってしまった。王子を守るどころか魔物にやられて気絶してたんだから。

「いや。オ・・・私は、最後まで王子をお守りすることが出来なくて・・・それに私さえ気を付けていれば
王子を危険な目に遭わせずにすんだのに・・・」

 神妙な顔で呟いた。
ユナの隣に香水の優しい香りが吹き抜ける。

「王子・・・帰ってきてから何かが違うんです」

 ユナの隣に立って人々で賑わう城下町を見つめた。

「精神的に大人になったと言うんでしょうか・・・今までは十五と言っても子供っぽさが
抜けてなかったんですけど・・・」

 何故か王妃の言葉が途切れる。

「ユナさん・・・」

「は・・・はいっ?」

 急に名前を呼ばれて、ドキっとしてしまった。

「王子の・・・剣術の先生になってくれないでしょうか?」

「は!?」

 素で返してしまったユナは、はっと赤面して、咳払いをする。
王妃の真剣な顔にどうしたらいいのか分からなくなって、視線を外そうかどうか迷った。

「無理でしょうか?先生と言う役柄では無くても、ただ城に滞在してくれるだけでいいんです!
ホルスの側にいてあげてくれませんか・・・?」

「・・・え・・・いや・・・あの・・・・・・すっすいません・・・オレ、そんな事出来ません」

 余りにストレートに答えてしまったので、少ししまったと思った。
王妃は少し押し黙った後、色んな意味を含めた微笑みをユナに見せた。

「・・・ごめんなさい、こんな事聞いてしまって・・・。分かってたんです、これだけの旅をしているユナさんにはとても大きな目標があると言う事・・・」

「いえ・・・そんな・・・オ・・・私こそ・・・」

 残念そうに王妃は首を項垂れさせて、城の中へと戻っていった。
テラスに吹き込んでくる気持ちのいい風を感じながら、ユナは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

だって・・・オレは・・・

「オイ!」

 先ほどと違う男の声が聞こえた。ユナはその声の主を判断したのか振り向かないまま

「・・・何の用ですか?王子」

 どことなく挑戦的な言葉で返した。
ホルスは何も言わずに王妃と同じように隣に立つ。

確かに、初めて会ったときの悪戯王子の顔じゃない。
大人っぽさが増していて、落ち着いた感じさえ覚える。
たった一日で・・・と思うようだが、王子の変貌振りは認めないわけにはいかなかった。

「・・・お前さ」

 茶色の髪を押さえながらユナの方を向かずに尋ねた。

「もう、明日になれば旅立つんだろ?」

 最後になると語調が弱まっていくのがわかる。

「ああ、もうオレがここにいる理由ないし・・・」

「・・・それはそうだけどよ・・・!」

 ホルスの顔が強張った。その顔は洞窟に行った時のあの不安そうなホルスの顔と似ていた。

「・・・どうしたんだよ王子?」

 何も言わなくなってうつむいてしまったホルスに、不審な顔で問いかける。
ホルスはユナの手を振り払った。

「下民なんかに心配されたくない!」

 ・・・・・・ユナは答えなかった。
王子も何も答えず沈黙が流れている。
テラスから見える城下町の国民はホルスの王位継承を喜んで酒に酔いしれていた。

「勝手に何処でも行ってろ、この筋肉女!」

「何をそんなに怒ってるんだよ?少しは大人になったかと思ったら、まだまだ子供なんだな」

 またホルスは無言になった。しばらくしたところでユナの方から切り出す。

「もしかして・・・オレがいなくなっちゃうからって、寂しくていじけてるんじゃないのか?」

 同じ背丈の王子に挑戦的な言葉を投げかけた。勿論、冗談だ。

「バッバーカ!!このオレが!将来この国の王になるオレが、たかがお前がいなくなったぐらいで
寂しいなんて事思うハズないだろ!」

「はいはい」

 赤面して叫ぶホルスにしてやったりと思いつつ

「あのさ、オレを切り裂きピエロから助けてくれたのって・・・・・・もしかしてホルス王子なのか?」

 気になっていた事を尋ねた。ホルスは急に自慢げになり

「だったらどうするー?」

 憎らしくも愛らしい顔で返答した。少し考えて

「一応、それ相応の礼はしてやろよ、借りは作りたくないし・・・。よし!お前の命令を一つだけ
聞いてやるって言うのはどうだ?」

 人差し指をホルスの目の前に突きつけた。

「本当か?」

 ホルスが何度も念を押す。

「オレが出来る範囲のことはやるよ」

 そう答えた。

「じゃあ、ユナ」

「・・・オレの名前を覚えててくれたのか?そりゃ光栄だ」

 茶化す言葉に耳を傾けず、王子はぐっと赤面している。

「必ずもう一度、この城に来い。それがオレからの命令だ」

 ・・・・・・・・・一瞬止まった。それからユナの端正な顔立ちが崩れて、笑いが込み上げてきた。

「な・・・なんだよ、悪いのか?出来ないのか?」

「いや・・・出来るけどさ・・・」

 顔を振って笑いを吹き飛ばす。まだ真っ赤な顔のホルス。
その赤面の意味はホルスもユナも分かってない。

「そんな事でいいのか?」

 笑いながら尋ねるが、ホルスが真剣な顔で頷くものだから何だかこっちまで恥ずかしくなってきて
しまった。

「分かりました、ホルス王子」

 ユナは城の兵士がやるように、胸に手を当て頭を下げた。






「ホルテン卿」

 ユナとホルスが言い争っていたテラスのちょうど下に位置しているテラスで、
ミレーユがホルストック王に声をかけていた。

王様は分かっている顔つきでミレーユを見据えると、何も言わないまま
ゴソゴソと豪華なコートの懐から美しく輝いている奇妙な形の物を取り出した。

「魔女様よ・・・」

 少しおどけて手の中の物を差し出す。

「貴方様の目的は、この城に代々伝わるこの魔法の鍵ではござらんか?」

 口調をも変わってしまっている王様に笑いながら、ミレーユは深々とお辞儀をした。

「さすがはホルストック11世。物わかりがよろしくて・・・」

 全てはミレーユの思惑通りだった。ホルストックに来て魔法の鍵を手に入れること、
魔法の鍵はこれから世界を旅するには必要不可欠なこと。

王様はミレーユのお辞儀に対して愛想笑いのようなものを返した。

「いつの時代も、美人には叶わないものですなぁ」


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