▼試練...
ゴトゴトゴト。 馬車は道の悪い山道をなんとか進む。 ファルシオンは荒い呼吸で一生懸命馬車を引っ張った。 荒れた山道は疲れもたまりやすく蹄もすぐに痛んでしまう。 ようやくなだらかな場所に出るとウィル達は小休憩をとった。 ユナがフォルシオンの汗ばんだたてがみを洗ってやると、嬉しそうにブルっと体を震わせる。 「なんだこの座り心地の悪い馬車は!オレは喉が渇いた!オイ、女!馬に水をやるくらいなら オレに水をよこせ!」 「なにいってんだよ。お前が洗礼を受けるためにオレたちはやってんだぜ? そうじゃなきゃ水も流れてないような山奥になんかこねえよ!それにお前はなにもしてないだろが!」 「まぁまぁ、こいつだって王家の人間、しかもまだ15じゃねえか、大目に見てやろう」 ハッサンの言い様にホルスは苛立ちを覚えたが言い返せなかった。 確かに自分は座ってるだけだし、ウィル達の戦っている姿を見てるだけだった。 事実、剣術の稽古をさぼってばかりいる自分には感心してしまう事ばかりだった。 それでも一国の王子はウィルたちにヘコヘコするような事はしなかった。 ドンと真ん中に構えて再び文句を言い出す。 「それにしても・・・オシの強い王様だったなぁ」 ハハっと苦笑するウィルにバーバラも隣でフフと笑う。 「ま、いーんじゃない?」 自分よりも背の高いホルスと視線を交わらせる。 「弟が出来たみたいでさ」 「オイ、オレは15だ。子供なんて言う歳じゃないだろ!」 ハッサンとバーバラは顔を見合わせ、また笑った。 「あっ、あれじゃないか?」 小休憩をとって、何時間か馬車を走らせた頃に山の麓にぽっかりと口を開けた洞窟に着いた。 馬車が行き来したような跡があったのでここで間違いないらしい。 一番最近ここを通ったのはホルスの父、ホルテンが洗礼を受けた時以来であろう。 洞窟の入り口は崩れ落ちないように舗装がされている。 しかし、洞窟内は案外狭く、馬車は入れそうにも無かった。 仕方なく馬車を外の木に繋いで中に入ることにした。 近付くに連れて恐怖で顔色も変わり、無口になっていくホルス王子を連れて・・・。 馬車の見張りの役についたチャモロとユナは馬車内で談笑混じりにのんびりしていた。 「あんな王子が一緒にいちゃ、気を抜けないよなぁ。ウィルたち、お疲れ様だよな!」 「そうですね、なかなか屁理屈がお上手な王子様でしたよね」 チャモロが出してくれたお茶を飲みながら、二人して話している。 鳥のさえずりが聞こえる。 木々の間から差し込む光が眠気をさそう。 うーーん。気持ちいいなぁ。早く、皆帰ってこないかなぁ・・・。 「オイ、オレにもお茶、くれ」 ウトウトしていたユナは、その言葉で目を覚ました。こ・・・この声は・・・ 「ホッ、ホルス王子!!??」 「おい、お茶」 チャモロがご丁寧にお茶をつぐと、王子はそれを飲み干して、ふぅっと息をついた。 「オイ!お前、なんでこんなトコに・・・!」 ウィルたちと洞窟に入っていったはずのホルス王子。 得意げににんまりと笑っている。驚いて声のでないユナに変わり 「オレ様の得意技、変わり身の術だ!」 ・・・普通、魔物のうじゃうじゃいる洞窟から一人で逃げ出すより、 ウィル達と一緒にいた方が安全だと思うんだけど・・・。 そんな事を思いつつ、ユナはホルスの腕を掴んだ。 「オイ!何処へ連れて行くつもりだ!」 「決まってるだろ、ウィルたちの所だ」 ホルスの腕をむんずと掴んで馬車から降りると、いつのまにかホルスがいない。 「ゲっ!」 「やーいババア!誰がそんな洗礼なんか受けるかってんだ!バーカ!」 王位を継ぐより、盗賊の方が天職だと思わせられるほどの素早さ。 しかし、ユナはホルスの人を逆上させる踊りと言い様に完全に翻弄されてしまっていた。 ホルスは猛スピードで森の奥に逃げていく。 「チャモロ!オレ、王子を連れ戻してくる!あいつ・・・もう我慢ならねえ!」 ユナはチャモロにそう告げて森の中へと駆けていった。 「はぁ・・・はぁ・・・どこ行ったんだよアイツ・・・」 景色が変わらない森は方向感覚が狂って迷いやすい。ユナは木に目印を付けながら進んだ。 数十メートル間隔で付ける目印がついには10本目に到達するもまだホルスは見つからなかった。 だがあの体力ではそんなに遠くまで行けるはずはない。 ・・・ホルス王子・・・大丈夫だろうか・・・。 怒りはいつの間にか心配に変わっていった。 この森だって魔物が出ないとも限らない いくら逃げ足が速いと言っても、魔物に捕まったらたとえホルス王子でも・・・。 嫌な映像が脳裏をよぎっていく。 「ホルス王子ーーー!」 しつこくつきまとう予感を振り払うことが出来ないまま、ユナは走り出していた。 ガサガサ・・・。 目の前の伸びきった枝を強引に掻き分けながら、ユナは必死で探していた。 服が破れて、足や腕から流血するほどの枝の鋭さ。 しかしそんな事を気にしている場合ではない。ホルス王子が・・・。 その時、藍色の豪華なマントを目にしたときには安心感で体中のチカラが一気に抜けていた。 「ホルス王子・・・良かったぁーー!」 ヘナヘナと崩れ落ちるユナに王子ははっと気付いたのか、慌てて身を隠す。 が、動かないユナに不審に思い、警戒しつつ側へ近付いてきた。 「王子、早く帰ろう。こんな所にいちゃ危険だ」 手を伸ばせば届く距離にホルスが近付いた所で、ユナはやっと口を開いた。 また何歩か距離をとって 「そんな事言って、オレをだます気だろう!その手にはのらないぞ! 洗礼なんて絶対に受けないからな!」 「誰もそんな・・・!」 ・・・・・・・・・何だ・・・この感じは・・・ 背中のずっと向こうに恐ろしい殺気を感じたユナは立ち上がった。 まだなにか喋ろうとするホルスの口を強引に手で塞ぐと、そのまま同じ背丈のホルスの肩を ぐっと手で押さえた。 「黙ってろ・・・」 小声で呟く。ホルスの胸に、ユナの心臓の高まりが伝わってきた。 「何か・・・いる・・・」 緑の匂いの中に、何かの匂いが混じっている。 生き物の血の匂いだ・・・。危険な魔物がこっちに向かってきてる・・・。 その気持ち悪い匂いは、考えるヒマもなくすぐ近くまで迫ってきていた。 「この辺りだな、ホルス王子の声が聞こえたのは」 ホルスが体を痙攣させる。 ユナは恐怖で震えているホルスの肩をぎゅっと押さえつけ、もっと強く口を塞いだ。 木の陰からそっと覗く、ユナの勘は外れていなかった。 「あの王子が洗礼を受けると聞いてここまで来たんだ。魔王様の命令だからな、 ホルス王子を抹殺しろ・・・と」 「王家の血は美味しいからねぇー、お前たち、独り占めするんじゃないよ!」 その声の主たちは魔物、切り裂きピエロだった。人を切り刻む事が大好きな殺人鬼。 集団で現れる事が多いという名の通りに、4体は確実にいる。 しかも・・・確実にホルス王子を狙ってる。 「喋るなよ、王子・・・ここからそっと忍び足で逃げるんだ・・・いいな・・・?」 集団で現れた殺人鬼を一人で相手にする事は危険だと、もしそんな事態に陥ってしまった時は 潔く逃げる。冒険者の鉄則だった。 ドクン・・・ドクン・・・。慎重に初めの一歩を踏み出そうとした瞬間。 「う・・・うわあああ!怖いっ!怖いよぉ!!父上ー!母上ー!じぃー!サトツーー!!」 「・・・・・・・!」 「バカッ!王子・・・!!」 王子の腕を掴んで逃げようとしていたユナの目の前に、切り裂きピエロが身を翻して着地した。 「感動のご対面ねぇー、ホルス王子。私たち、ずっと貴方をさがしてたんですよ」 魔物は満面の笑みで細長いナイフを、指の上でくるくると回す。 ユナは視線を離さず、剣を引き抜き身構えた。 「あらぁー、何のつもりかしらぁ?私たちが用のあるのはそこの坊ちゃんよぉ。 何もしないのなら、貴方は逃げても構わないのに」 「そ、そんな訳にはいかない!」 確かに4匹。普段なら苦戦はするかもしれないが倒せない数ではない。 だがホルスがいる今は・・・勝算は五分にも満たないかもしれない。 「オレはホルス王子の護衛だ!逃げる訳にはいかない!」 それでもユナは引けなかった。憎らしい王子だが、今この王子を守れるのは自分しか居ない。 「そう・・・なら仕方ないわね」 飄々としていた魔物の顔が、おぞましく変化していく。 「一緒に殺してあげるわぁ!」 恐ろしく残酷な笑顔を見せると、体が宙に向かって伸びた。いや、飛び上がったのだ。 天高く舞い上がってユナに向かって急降下する。 「やあっ!」 魔物の刃を受け止めると、受け止めていた自分の剣を滑らせて、切り裂きピエロへ 切っ先を向けた。ビュンっと音が聞こえる程に振り抜くと、緑の血が辺りに飛び散る。 先ほどまで嫌みたらしく笑っていた道化師の顔が醜く歪んだ。 ユナは横から斬りつけられた刃をかわして宙に飛ぶ。 無防備なユナを後ろからもう一匹が斬りつけようとしたが、ユナの回し蹴りの方が一瞬早かったのか 地面に叩き付けられた。 「あ・・・う・・・」 足がすくんで、動けなかった。 瞳には勇敢に戦う少女とおぞましい魔物の姿が映し出されているが 視線がグラグラと揺れて定まらない。 「王子!早く逃げ・・・!」 「暴れるのもいい加減にしなさい、お嬢ちゃん!」 ・・・・・・・・・!はっと振り返ると・・・。 「あ・・・あ・・・」 涙目のホルス。 細い首に、切り裂きピエロの刃が突きつけられていた。 「さぁ、王子を殺されたくなかったら、大人しくこっちの言うことに従うのよ!」 にやにやしながら喉にもっと深く突きつける。 赤い鮮血が、美しい服や装飾を汚していた。 「・・・・・・・・・」 ユナは息をつくと、持っていた剣を捨てた。 「あーら、素直ねぇ、意外と」 気持ちの悪い笑いを浮かべはホルスののど元から刃を離した。 4体の切り裂きピエロはユナを取り囲むようにじりじりと近付いてくる 「逃げろ!ホルス王子!」 「・・・・・・・!!」 あっと言う間もなく、紅いベギラマの閃光が周りを包み込んだ。 切り裂きピエロの声にならない声と嫌な匂いが漂ってくる。 その隙に足下に転がっている剣を拾おうとすると 「やってくれたわね、アンタ」 「うっ・・・!」 ガンッ! 背中に強烈な蹴りを貰い、そのまま地面に倒れ込んでしまった。 拾おうとした剣を蹴って、ユナの目の前に立ちふさがる。 回避力の高いピエロがかわしたベギラマが、辺りの草だけをなぎ払ってむなしく燃えている。 二匹・・・前後に詰め寄ってきた。 「あ〜!腹立たしいわね女のくせに!!」 「ぐぁっ!」 再び背中に衝撃が走る。切り裂きピエロは足を思い切り踏み下ろして、何度もユナを蹴りつけた。 地面に埋まりそうになるほど頭を踏みつけられる。屈辱的な行動に、魔物を睨み付けた。 「どうしたのー?もう抵抗出来ないの?」 「じーっくりいたぶって殺してあげるから覚悟なさーい。さーて、どう料理してあげようかしら・・・」 殺人鬼、切り裂きピエロ。 人を切り刻むことが大好きな魔物は持っていた細長いナイフを楽しそうになめ回していた。 「・・・この子・・・良く見たら気に入らないぐらい綺麗な顔してるじゃない・・・」 「あっ、そうだ。二度と見られない顔にしちゃうっていうのはどう?殺さなくても悲惨な人生送れるわよ」 「いーわねえそれっ!」 二匹の魔物は残忍に笑い、刃を顔に突きつけて反応を伺っている。 「や・・・めろ・・・」 立ちすくんだまま汗だけが体を伝っていった。 恐怖の感情は今はもう無い。ただ魔物に対する怒りとユナを助けたいと言う気持ちが ホルスの心を占領していた。 「やめろ・・・」 深く、うつむいて呟く。 「やめろーー!」 『汝、王家の血を引く者よ』 「・・・・・・・・・!!」 ホルスの頭の中に聞いた事も無い声が響いた。 『我と戦い、我を倒せ』 「オイ、な、なんだお前は!オレはあの女を助けたいんだ!お前の相手をしているヒマはない!」 『女を助けたいのなら、我と戦い、我を倒せ』 時が止まったかのように、切り裂きピエロとユナは動きもしなかった。 いや、本当に時間が、止まってる・・・? 目を伏せると、暗闇の中に白いシルエットが見えた。 それは伝説の一角獣の姿をしていて、確かにホルスに語りかけている。 「本当なのか!?お前を倒せば、あの女を助けてくれるのか!?」 『本当だ。我は汝の力を引き出すために存在している。我は汝の試練なり・・・』
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