1.出会い



 サンマリーノ行きの馬車の中、そこには旅人や商人が窮屈そうに身じろぎあっていた。
8人乗りの馬車に10人は乗っている。しかも大きな荷物や重そうな鎧を着込んでる奴まで居る。引いてる馬は厄介な仕事を任された物だ。
馬車内をぐるりと見回すと、大きな荷物を持った商人が4人、パーティを組んでいるのか会話をしている旅人が男2人、女2人。そして、隣に座っている重そうな鉄の鎧を着込んだ男が1人。
ガタンガタンと馬車が揺れた。
この辺りの街道は整備が間に合ってないのか先ほどから馬車は良く揺れた。

押し合う馬車の中で鞄から地図を出す。馬車の辿った道のりとこれからの目的地を目で追った。
幌からちらりと外を覗く。まだ日は高い。
鞄に地図を押し込むと、また、今度は馬車が大きく揺れた。その弾みで隣の男がこちらに寄りかかってきた。深く被った兜の奥から、不思議な色の瞳が見つめる。

「…わりぃ」

 鎧の男はそれだけ言うとゆっくり立ち上がり、御者に声を掛けた。

「オレ、降りる。馬車止めて」

 そう単語を並べると馬車は止まった。
荷物を持って幌を上げ馬車から降りた。御者の男は怪訝な顔で

「いいのかよ兄ちゃん。前払いの金は返せねえぜ」

「えぇ、返してくれないのかよ」

 鎧の男は舌打ちして少し迷った様子だったが

「分かった、良いよ。馬がかわいそうだ」

 そういうと馬の頭を撫でた。馬はひとついななくと、男も口元を緩ませた。

「まぁそういうなよ。サンマリーノまでもう少しだ」

 言葉が分かるような素振りを見せ、そのまま街道を歩いて行った。

「なんだよあいつ、気持ちわりぃ」

 呟いて再び馬車を走らせようとする御者を今度はまた別の男が呼び止めた。

「オレも降りる」

 青い服と青い帽子、珍しい銀髪の綺麗な顔の男だ。
身長は低く小柄だったが使い込まれた鉄の盾と細身の剣、何よりそのオーラは剣士の風格を感じさせた。

「あんたもかよ?金は返せねぇぜ」

「ああ、分かってる」

 御者は「今日は変わった客が多いぜ」と呟くと、整備されてない街道を馬車を揺らしながら走って行った。
日はまだ一番高くまで昇っていない。このまま街道を辿れば夕方にはサンマリーノに付けるだろう。
ふと、先に降りた鎧の男がこちらを見ている事に気付いた。

「あんた、なんで降りたんだ?」

 良く聞けば男にしては妙に甲高い声。鉄兜と鉄の鎧が降りしきる日差しに照らされ鈍く光っている。
背中には小柄の体に見合わない大きな剣を背負っていた。

「……別に。空気の悪い馬車に嫌気が差しただけだ」

 それだけを返すと、馬車の通った道を歩き出した。
鎧の男は肩を竦めると同じように歩き出す。しばらく同じ道を辿った所で鎧の男の方が声を掛けた。

「なぁ、サンマリーノまでパーティ組まねえ?」

「……?」

「どうせ目的地は同じサンマリーノだ。だったら一緒に行った方が良くないか?魔物に襲われた時も
二人なら心強いだろ?」

「断る」

 青い服の剣士はひとつ返事で拒絶した。
まさか拒絶されるとは思わなかった男は続く言葉を飲み込んで

「……っな…っなんでだよ?どうせこうやって同じ道歩くんなら良いだろ?サンマリーノまでパーティ組むくらい!」

「悪いな、オレは誰とも組まない主義だ」

 そう言ってさっさと歩き出す。組まない、とは言っても辿る道は同じなのだ。鎧の男も後に付いて行った。
しばらく歩くと街道が突然無くなり、代わりに砂で覆われたいわゆる砂漠が目の前に現れた。

「…??えっ??ここ、砂漠だったか?」

「いや、街道が突然無くなってる。1年前の地震で地形そのものが変わってしまったのかもな」

「ああ…そういえば…」

 1年前、世界中を襲った地震。
幸い被害はそこまで大きくなかったようだが、それ以降、魔物の数は増大しこのように地形が変わった場所も多く見られた。
ふと地面を見ると、馬車の轍は砂漠を迂回するようにぐるりと方向転換している。

「仕方ないな、迂回するか。こんな昼間に砂漠なんて渡ってられねえ」

 溜息をつく鎧の男の言葉をしり目に、剣士は方向を変えることなく歩き出した。

「おい、まさか、渡るのか?この砂漠」

 男は何も答えなかった。

「おいってば!」

「うるさいな、迂回するよりここを渡る方が遥かに早いだろう。サンマリーノへはもう少しなんだ。そんなに大きな砂漠じゃないさ。太陽を見れば方向も十分分かるからな」

「マジかよ…」

「お前は馬車と同じように迂回した方が良いんじゃないか?そんな鎧じゃあ、砂漠を渡るのも一苦労だろ」

 そう捨て台詞を言い残すと、男はまたさっさと歩き出す。鎧の男は少し考えて、剣士の後を追った。

「ついてくるなよ」

「ついてきてねーよ!オレも、やっぱりこっち通ろうかなって思っただけで」

「………」

 ザクザクと熱砂を踏みしめる音が響く。鎧の男は少し距離を開けて歩いた。お互いサンマリーノへ行くのだから、それも仕方ない事なのだろう。特に気になるほどではなかったが、ふいに別の何かの気配に気付いて振り返った。視界に飛び込んできたのは青い、ゼリー状の魔物。
スライムだ。
スライムは熱砂を物ともせず、軽快に飛び跳ねていた。

「お前、それ……スライムか……?」

 紛れもなくそれは魔物のスライムなのだが、あまりにも人慣れしていた為、驚いてそんな言葉が出てしまっていた。鎧の男が兜の中で笑った気がした。

「ああ、スライムの、スラリンだ!オレの友達」

「スラリン…?友達だと…?」

「ピッキィィ!」

 青いスライムも、その男と同様に笑った気がした。
剣士は遂に足を止め、鎧の男に近付くとまじまじと見つめた。

「お前、まさかモンスターマスター……いや…魔物使いか?」

「?」

「他にお供の魔物は居るのか?」

「お供って…スラリンはオレの友達だよ!他に友達の魔物は居ない。最近、話してくれる魔物少ないんだ…」

「話す…?」

 剣士は頭がくらりとした、それは暑さのせいだけではない。

「話せるのかよ?魔物と」

「ああ、相手に話す意思があればだけどな!」

 間違いなく、鎧の男は魔物使いだ。しかも魔物と話す事が出来ると――――。
剣士は興味がむくむくと湧き上がって行くのを感じた。
昔剣士を目指す前、モンスターマスターに憧れていた事もあるのかもしれない。

「いいぜ」

 その気持ちが、普段ならあり得ない言葉を口から押し出した。

「サンマリーノまでならパーティ組んでやるよ」

「えっ!いいのか?」

「これも何かの”縁”なんだろう」

 剣士はふっと口の端だけ上げる。ほんの少しだけ他人に心を許した時に見せる、唯一の表情だ。

「オレの名はテリー。最強の剣を探す旅をしている」




 時間と共に太陽がじりじりと体を照らす。体にまとわりつく熱砂が不快感を増していた。
普段ならこんな時間にこんな砂漠になんて行かない。予想以上の暑さに鎧の男は頭を振った。
鉄兜の中は汗でぐっしょりと湿っている。
鞄から水筒を取り出して一口口に含んだ、残りの水は少ない。

(ねえ、大丈夫?)

 スラリンがそのように声を掛けてくれた。

「うん、大丈夫」

(兜取った方がいいんじゃない?)

「うん…でも、やめとくよ、人目もあるし」

 鎧の男は人前で兜を脱いで顔を晒す事が嫌だった。それならばこの暑さに耐えた方がマシだ。

「ピッキィィ」

 男にしか分からない言葉で、スラリンは一鳴きした。きっと気遣いの言葉だろう。
テリーはそんな二人のやり取りに興味が無いのか、興味のない振りをしているのか、熱砂を物ともせずさっさと歩いていた。

日はまだ高い。
サンマリーノまであとどれくらいで着くだろう。
そんな事を考えながら、自然と早歩きになった。一刻も早くこの暑さから逃れたい。
と、砂に足を取られ、顔から地面に突っ伏した。口の中にじゃりじゃりとした食感が飛び込んでくる。

「うわぁっ!ぺっぺっ!」

 口の中だけでなく、鎧の中、服の中にも砂が入って汗と一緒にまとわりついた。

「おい!早く起きろ!!」

 突然テリーが叫んだ。剣を身構えこちらを睨んでいる。

「敵だ!来るぞ!!」

「えっ!?」

 目の前の砂が轟音を上げて空高く噴出したかと思うと、砂の中から今までで見た事も無い大きさの大サソリが現れた。赤い目は間違いなくこちらを見つめている。両手から延びる鋭い爪が今にもこちらに向かってきそうだ。

「――――っ!」

 完全に、不意を突かれてしまって現状の理解に体が追いつかない。
側に居たスラリンが真っ先に飛び出した。襲いかかってきた大サソリの爪を氷の息で応戦する。ちょこまか動くスラリンに、大サソリは標的を移した。

「スラリン!」

 立ち上がるより早くテリーが動いた。
細身の剣を構え走り出したと思った瞬間、大サソリの尻尾と胴を切り離す。

「やるじゃないか!」

「まだだ!気を抜くな!!」

 逆上した大サソリは、甲高い鳴声を上げながら手当たり次第縦横無尽に暴れ出した。
その勢いで砂嵐が舞い、視界を遮っていく。

「うわっ!!」

 一目散にその場から逃げようと試みたが、相棒のスライムの姿が無い。
先ほど大サソリの注意を引くためはぐれたか、まさか、まだ大サソリの近くにいるのか。

「ピッキィイイイ!」

 嫌な予感が当たった。砂の中に身を潜めていたが匂いで分かったのか、大サソリはその身を震わせスラリンに襲い掛かった。

「スラリン!!早く逃げろ!!」

 スラリン自身も分かっているのだろうが、砂嵐と自分の何倍もあろうかという大サソリ。
身がすくむのも無理はない。スラリンが逃げられないのなら、こちらに注意を引くしかない。

「…くそっ!!」

 被っていた鉄兜を脱ぎ捨て、それを勢いよく大サソリに放り投げた。
狙い通り、注意をこちらに向けてくれ、赤い目をギラギラと光らせて襲いかかってきた。背負っていた大きな剣を引き抜くと、そのまま目の前に身構える。
勢い良く飛び掛ってきた大さそりは、あっさりと大剣を薙ぎ払った。

「おい!!」

 テリーの声が宙に浮いた後、丸腰の体に容赦なく牙が襲いかかる。その瞬間、大さそりから炎が上がった。手から放たれたギラが、至近距離で見事に命中したのだ。大サソリは大きな鳴声を上げ、地中へと姿を消した。何事も無かったかのように、砂漠は先ほどの静寂を取り戻した。

「お前、案外やるな」

 駆け寄ってきたテリーが開口一番、労いの言葉を掛けてくれた。

「まあな」

 イエローブラウンの少年のように短く切った髪が風にゆらぎ、白い歯を見せて笑った。

「―――――」

 テリーは眉に皺を寄せ、目の前の人物を見つめた。

歳の頃は自分とほぼ変わらないように見える。大きな瞳に華奢な目鼻立ち。
髪と同じ色の瞳は緑がかったような、どこか不思議な色合いをしていた。長旅のせいだろうか、肌は荒れていて髪もボサボサだったが、紛れもなく――――

「…お前、女か……?」

「………!」

 ハっ!と気付いて顔に手をやった。
放り投げた鉄兜の映像が瞬時に蘇ってきた。

「おっ、女じゃねーよ!!」

 考えるより早く言葉が口をついて出る。

「嘘つくなよ。女だろ」

「………っ!」

 鎧を着た少女は両手で自分の顔をごしごしと擦り、観念したのか

「そうだよ!悪いかよ!女で!!」

 今度は食って掛かるような反応をした。テリーは、ふん、と興味なさそうに鼻で笑い

「別に、悪いなんて言ってないだろう。ただ、珍しいな、女でそんな恰好。それじゃ、男に間違われても仕方ないぜ」

「男に間違ってくれるんなら寧ろありがたいね!女なんて、舐められるだけだし良い事なんてひとつもないからな!」

「女でも、その素早さやしなやかさを生かして強くなった奴も居る。ただ、お前のその鎧装備と大剣は合ってないぜ?呪文が使えるんならもっと身軽な恰好の方が良いんじゃないのか?」

「なんでそんな事、会ったばっかのお前に言われなきゃなんねーんだよ!」

 テリーは、知らず彼女の気にしている場所に踏み込んでしまっていた。

女だと言う事が嫌で嫌でたまらなかった。不安に駆られて、どうしようもなくて。
髪を短く切って、男の真似をして、鉄の鎧を着込んで、それでやっと安心した気分でいられた。そんな事情を知らないテリーは、険しい顔で息をついた。

「……会話にもならないな。サンマリーノまで一緒に…と言ったが、パーティは解散だ」

 言い終わるか終らない内に、そう吐き捨てて歩き出す。

「……ああ、分かったよ!そんじゃな、死ぬなよ!」

 売り言葉に買い言葉だろう。むかむかとして同じように吐き捨ててしまった。
向こうはその言葉に振り返りもしない。少女は苛立つ気持ちを抱え、鉄兜を拾いに歩き出した。

「なんだよ……男のお前には、オレの気持ちなんてわかんねえよ…」

 歩く度に砂が舞いあがり目を霞ませる。「ああ、もう!」と顔を振って汗で濡れた前髪をぐしゃぐしゃと掻き上げた。
今度はもっと髪を短くしよう。顔を見られても女だと思われないように。

「…男だったら、どんなによかったか」

 女なんて、ろくな目に遭わない。
男になって、何も気にせずに、ただ旅が出来ればどんなに楽しいだろう。
羨ましい。

そんな思考が轟音と暗闇によって唐突に遮られる。
焦げ臭い匂いと共に現れたのは、逃げたと思っていた大サソリだった。

「マジかよ!しつこい――――!」

 大きい癖にやけに素早い動きで爪を振り上げた。慌てて後ろに跳んだが、完全に避ける事は出来ず薙ぎ払われる。

「ぐっ…あ…」

 柔らかい砂がクッションになってダメージを和らげるが、打ち付けられた衝撃はすぐさま立ち上がれないほど重い。怒りの収まっていない大さそりは真っ赤な瞳で襲いかかってくる。
ウエストポーチに帯刀しているナイフを素早く引き抜くが歩が悪すぎた。

やばい――――

 と目を伏せた瞬間、耳をつんざくような金属音。
その後、ほどなくして魔物の断末魔が辺りを覆った。
盾と剣を身構えて守ってくれた男は、魔物の返り血を浴びた後少女を一瞥した。

「…テリー…っ!」

「もう一匹だ!」

 問いかける間もなく、テリーは叫んで辺りを見回した。

「え?」

「近くに潜んでる!」

「ま、じか…っ!」

「ピキイイイイッ!」

 目を向けるより早く、テリーは声の方へと走り出した。
スラリンの目の前に、同じような大サソリが砂を巻き上げ飛び出してくる。先ほどより大物ではなかったが、小さなスライムが相手をするには分が悪すぎる。

テリーは先ほどもそうしたであろう、丸い金属製の盾を構え、大サソリの攻撃を防いだ後
剣で大サソリの胴体を真っ二つにし、頭に剣を突き立てた。テリーの急襲に大サソリは断末魔を上げる事もなくそのまま動かなくなった。

「スラリン!!スラリン大丈夫か!?」

 スラリンはこちらの姿を見つけると元気に声を上げた。見た所、怪我は無い。

「良かった……」

 ほっと安堵して、今度は助けてくれた人物に目をやる。

「テ…テリー…」

 ”ありがとう”と言えばいいのに、先ほどの事もあってか言葉が出ない。口ごもる胸の内を察してか

「貸しにしといてやる」

 それだけを言ってこちらに目も向けず、剣をしまうと再び歩き出した。

「貸しって…なんだよ、もう会わないかもしれねーのに!」

 テリーの左腕から赤い鮮血が滴り落ちているのに気付いて、慌てて呼び止めた。

「お前、それ、もしかしてさっきの戦いで…」

 テリーは問いかけに答えず再び歩き出した。

「見せろよ!怪我してるじゃないか!」

 半ば強引に怪我をした方の腕を掴んだ。向こうは苦痛で顔を歪める。
切り裂かれた服が赤く滲んでいた。

「オレとスラリンを守りながら戦ったから…」

「バカ、そんなんじゃない」

 嫌がるテリーを余所に袖をまくり上げた。肘から手首までザックリと切り裂かれている。

「ちょっと、待ってろよ…」

 呼吸を整え目を閉じ神経を集中させた。
傷跡に両手を当てると、両手から緑色の淡い光が漏れてきた。

「お前、これ、ホイミか…?」

 淡い光は傷跡にそって収縮していき、見る見るうちに傷が塞がっていく。

「オレのホイミじゃ完全回復とはいかないから今日は無理しない方が良い」

 ポーチから包帯を取り出し、傷跡に巻いていった。

「これで貸しは無しだかんな!」

 元々は自分のせいでテリーはこんな怪我をしたんだろう。

「ああ、そうだな。これで気持ち良く別れられるな」

「えっ…いや……ちょっ、ちょっと待てよ!」

 まさかそんな言葉が返ってくるとは思わず、再びさっさと歩き出すテリーをまたも、呼び止めた。
テリーは立ち止まらず

「なんだよ?パーティ解散なんだろ?」

「それは…そうだけどよ…またいつさっきみたいな魔物が来るかわかんねえし……」

 少女はテリーの後を追いながら答えた。

「それに、ホイミしてくれる奴は必要だろ?」

「………別にいらない」

 その言い方に少しカチンとしたが、それでも強引に付いていく。
先ほどはテリーの言葉に乗ってしまったが、怪我をしながらも自分とスラリンを守ってくれたこの男に湧き上がる興味を感じずにはいられなかったのだ。

少女はもう少しだけ、この最強の剣を求めて旅をする無愛想で無口な男の事が、知りたかった。


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