2.出会い/2



朝。
サンマリーノの安宿の窓から差し込む強烈な光で目覚めた。
安宿なので当然カーテンは無い。
寝ぼけ眼が、窓際に立つ人影を捉えた。

「うっわああああああああ!!」

 その人影に驚いて飛び起きた。強盗かと思って目を凝らしたがそれは見知った人物。
向こうは渋い顔で耳を押さえて、うるさい。と言って睨んだ。

「いくら世界有数の港町だとは言え、こんな安宿に泊まるのはどうかと思うがな。お前…一応、女だろ?」

 またも、女を引き合いに出してしまうが、サンマリーノとは言え日の当たらない場所では犯罪もまだまだ横行している。鍵もついていないような裏路地の宿に泊まるのはよっぽどの腕に自信のある奴だけだ。
彼女がそうだとはテリーには到底思えなかった。

「朝からお説教かよ。オレは、一応は女だけど、”そういう目”には遭う事ねーから余計なお世話だね」

「さっき思い切り驚いてたのはどこのどいつだ」

「うるっせえな、ちょっとビックリしただけだろ!」

 また、売り言葉に買い言葉を返してしまう。
テリーは不機嫌な顔でフードがついた布のマントを放り投げてきた。

「…なんだよこれ?」

「見ればわかるだろ。フード付きマントだ。結局お前の兜、見つからなかったみたいだしな。女だとばれるのが嫌ならそれを被ってろ。昨日のホイミの礼だ」

「えっ!?くれんの!?」

 寝起きの眉間に皺の寄った顔が唐突に明るくなる。安宿に泊まってる事も考えると彼女の経済事情はかなり切羽詰ってるらしい。自分のあげた物をここまで喜んでくれるのなら、まあ悪い気はしないでもない。

「じゃあな、スラリンによろしくな」

 手をあげて出て行こうとするテリーを慌てて呼び止めた。

「ちょっ、ちょっと待てよ!もうここを立つのか?」

「…いや…まだ2、3日滞在する予定だが」

「最強の剣の情報を集める為に?」

「まあ、今夜ホルストックからの船が港に着くらしいんでな、酒場にでも行ってみるさ」

「へぇ…」

 自分から聞いておいて、浮かない返答。テリーは不審に思うも、同じように問いかけた。

「…お前はどうするんだ?ここに滞在するのか?」

 少し考えて頷いた。

「そうだな、金も無くなってきたし、日雇いの働き口探してしばらくはいるつもり」

「そうか、まあ、おかしな所に引っかからないようにな」

 バカにしたような含み笑いで返す。それに少しムっとしたが、首を振って

「テリー」

 もう一度呼び止めた。

「これ、ありがとうな!」

 テリーは何も答えず手を上げ、部屋を出て行った。

(おはよ)

 そのやり取りが終わったタイミングでスラリンが声を掛けた。

「ん、おはよう」

(朝から賑やかだったね)

「だって、あいつが悪いんだぜ、勝手に部屋に入ってきてさ」

 ふふっとスラリンが笑った。
貰ったフードを羽織ってみる。ちょうどいい具合に顔が隠れ、鉄兜ほど暑くない。
昨日のホイミの礼だと言ったが、そこそこの値段はするだろう。

「な…スラリン…あいつの事どう思う?」

(あいつって、テリーの事?)

 頷いて、スラリンの返答を待った。

(僕、あの人、いい人だと思うよ。守ってもらったのもそうだけど、魔物の僕の事を差別したりしないし、目も、人に向ける目と同じ。ユナも雰囲気で分かるでしょ?良い人なのか、悪い人なのかくらい)

「うん……」

 ユナと呼ばれた少女は、再び頷く。

「昨日さ、馬車から降りたの、多分オレと同じ理由だよな?」

(馬を気遣ってって事?)

「うん…あいつやけに馬の事見てたし、気にしてたみたい」

(ふぅん、じゃあもう僕に聞かなくても分かってるじゃん)

 スラリンはベッドからぴょんと窓辺に飛んだ。
窓の外からは早朝というのに行き交う人々の姿が見えた。

(テリーは、良い人だよ!)





 鉄の鎧は宿に置いてきて、簡素な布のズボンと服、それに先ほどテリーから貰ったマントを羽織ってユナは街に出た。目指すは兵士の詰所か街の教会。ユナの専らの働き口と言えばこの二つだった。

大きな街だというだけあって、働き口はすぐに見つかった。
中心街から少し離れた港街にある白の尖塔が目印の教会。そこは港からも、街の西門からも近い場所にあり、冒険者が良く集まる場所だ。そこで冒険者はシスターや僧侶にホイミやキアリー、祝福をして貰いお布施を払うのだ。

ホイミを使える人間は、そう多くない。ホイミとキアリーを使えるユナは、すぐにでも働いてほしいと言われ、朝から晩まで呪文を唱え続けた。
さすがに疲労困憊だったが、さすが大きな街と言う事もあり、お布施の値段も高額でしばらく働かなくても大丈夫な程の給料を得る事が出来た。

「さすがサンマリーノだな!これでウマいもんでも食おうぜっ!スラリン!」

「ピッキイイイ!」

 さすがに夜も更けていたので食事屋は全て閉まっていた。明かりがついている所と言えば酒場ぐらいだ。
この時間、しかも港町、ごろつきが居るかもしれない。行きたくないと言えば行きたくなかったが
お腹が”ぐぅ”と音を立てて訴える。空腹にはかえられない。
ユナはフードを深くかぶり直し、見つけた酒場のドアを開けた。

思ったより中は広く、明るかった。テーブルは予想通り、冒険者風の男たちで溢れかえっており若く美しいバニーガールが男たちのアプローチをかわしながら酒を運んでいた。

ユナは空いていたカウンターにこっそりと腰かけると、酒のボトルを手入れしていたマスターであろう男に声を掛けた。

「ここ、なんか食いモンある?」

「ああ、今日は魚介のパスタが出てるよ」

「じゃあ、それひとつ。あと、悪いんだけど酒は無しで…水貰ってもいいか?」

「はいはい、パスタと、お水ね」

 良いマスターで良かった。とホッとした後、差し出された水を飲んで一息ついた。
そういえば、今夜、テリー、酒場に来るって言ってたな。
ぐるりと見回すがそれらしい人影は見当たらない。まあ、他にも沢山酒場はあるもんな。

出てきたパスタを一口頬張ると、さすが海の街だ、と賞賛したくなる美味しさに感動する。
それを鞄に潜んだスラリンと一緒にあっという間に平らげた。
まだもう少しパスタをお腹に詰め込もうかと考えている所に二人組の男が店に入ってきて、ユナの隣に腰掛けた。度数の高い酒を頼んで、大声で喋っている。どうやらホルストックから来たようだ。
今朝のテリーの言葉を思い出した。もしかしたら、有力な情報を知ってるかもしれない。

「……あんたたち、その、ホルストックから来たのか?」

「あん?」

 隣の、フードを深くかぶった奇妙な人物に声を掛けられ、男たちは顔を見合わせた。

「ああ、商品を届けにな」

 酒を飲みながら、ユナの問いに答える。

「ホルストックでさ、最強の剣、強い剣の話聞いた事無いか?武器屋に売っている代物じゃなくて、伝説に残ってるような、城の宝になってるようなそういうやつ」

「最強の剣…剣…なあ…」

 ユナは更に身を乗り出した。
男二人組の小柄な方が大きな方に耳打ちすると、質問に答えていた大きな男の方が、にやりと意味深な笑みを浮かべた。

「ああ、まあ、聞いた事はあるけどな、最強の剣の噂」

「…!ほんとか!?」

「ああ、教えてやってもいいけど、それにゃ情報料がいるぜ?」

 男は人差し指と親指で軽く輪っかの形を作る。

「は!?情報に金とんのかよ!?」

「当たり前だろ、情報は貴重なもんだからな。特に海を越えた先の物なら尚更」

「ちょっと、君たち…」

 割り行ってきたマスターに男が凄む。さすがに大人しくならざるを得ないのか、黙って3人の行方を見守った。

「金か…」

 自慢じゃないが、ユナは酒場には滅多に行かない。こんな所で情報を集めた事なんて無かった。
もしかしたらここでは、それが普通の事なのだろうか。
ユナは今日の稼ぎを頭に思い浮かべる。そしてしばらく考えて

「いくら払えば教えてくれる?」

 お金を出す事に同意したような問いかけを返した。
男はニヤリと笑い、指を3本立てた。

「300だ。悪くないだろ?」

「は!?高過ぎだろ!あんたの情報が本物なのかもわかんねえのに!」

「言っただろ、情報は高いんだ。海の向こうの話だからな、ま、無理なら別に良いんだぜ?」

 ”うっ”とユナは口ごもった。確かに、それだけ聞けば多少高いのもなんとなく納得してしまう。
しかし持ち金と相談しても300を出すのは厳しい。

「……200…」

 ユナは顔を俯かせて、人差し指と中指を立てる。

「それ以上は無理だ…」

「しゃーねえなあ、じゃあ、200で手を打ってやるよ」

 商談成立とばかりにユナの肩に置いた手が、歩み寄ってきた男によって払いのけられた。

「それはさすがに高すぎないか?」

 酒場に入ってきた銀髪の男は二人をその鋭い瞳で睨んだ。

「情報通で知られてる奴ならまだしも、こんな怪しい奴に200も出すなんてバカのやる事だ」

「テリー!」

 驚いたユナがようやく声を上げた。

「んだと…さっきからきいてりゃ…」

 男はテリーを見て、何かに気付いたかのように押し黙った後、怪訝な顔で呟いた。

「お前…青い閃光か…?」

 テリーは舌打ちをすると、ユナの腕を掴む。

「さっさと出るぞ」

 ユナは慌てて食事代のゴールドを置くと、マスターに頭を下げテリーと共に酒場を出て行った。

「良いのかよ?あいつら最強の剣の話、知ってたみたいだけど」

「信用の無い奴から、金で買う情報なんてこっちから願い下げだ。それに、別の酒場で情報は仕入れてきた」

 テリーは立ち止まってユナに向き直った。

「お前は酒場での振る舞い方も分からないのか?そんなんじゃ、あいつらの食い物にされちまうぜ?」

「あんな所滅多に行かないんだから分かんねーよ!たまたま酒場に入って、たまたま隣にホルストックから
来たって奴らが座ったから、最強の剣の噂とか知ってるかもしれないって思って…」

「………」

 テリーはため息をついて

「慣れない事はするな。サンマリーノの酒場にはああいう奴らがごろごろしてる。
あしらい方が分かるまではうかつに近寄らない方が良いな」

 なるべくきつくならない言葉を選んだつもりだった。
テリーなりの優しさなのだろう。

「…分かった…気を付けるよ」

 それが伝わったのか、ユナは素直に反省した。
いつもと違う返答を不審に思いユナの目を見つめると、向こうは顔を俯かせて問いかけた。

「いつここを発つんだ?まだしばらくは居るって言ったろ?」

「明後日、朝一のレイドック行の商船で発つ。もう話はつけてきてあるからな」

「商船…」

 ここ最近、魔物が多くなってきたせいで定期船などは以前ほど行き来しなくなっていた。
代わりに人や荷物を運ぶのは、荷を守る為に護衛を多く乗せる商人たちの船。

「それに護衛として乗船するつもりだ」

 それだけ言うとテリーは、さっさと歩き出した。
ユナはその後ろ姿を見つめて、また助けられてしまったと気付き一人項垂れた。



 次の日もユナは教会での仕事に励んだ。テリーとは一日会わなかった。
広い街だ。どこの宿に泊まっているのかなど聞かない限り、彼の行きそうな場所に
行かない限りはそうそう会えないのだろう。

ユナは安宿に戻ると、カーテンの無い窓から外を眺めた。
明日は新月。出航には絶好の機会なのだろう。
錆びた燭台の蝋燭に火を灯し、揺らめく炎の中、ユナは物思いに耽っていた。




 太陽が昇り切らない朝焼けの中。
うっすらと霧がかかる港には、荷を運んでくる馬や行き交う人々で溢れかえっていた。

乗りたいという客も、持っていきたいという荷物も船に乗せられないほど沢山あった。
なおかつ新月と言う事もあり、色々な港行きの船が停泊していて早朝とは思えない人の多さだ。

テリーは目当てのレイドック行の商船を見つけると、人をかき分け、船に向かう。
乗り込もうとした所で、聞き覚えのある声が呼び止めた。

「まっ…待てよ!」

 テリーは声の主を判断した後、振り向いた。

「すぐ見つかると…っ…思ってた…のに…っ!」

 真っ赤な顔で肩で息をする少女。走ってきたのだろうか、汗だくで、フードもお構いなしに乱れている。

「何か用かよ?」

 もうお別れだと言うのに、素っ気なく面倒くさそうに返す。
そんなテリーにも動じず、つかつかと歩み寄ると、青い何かをテリーの胸に突き付けた。

「……?」

 それを受け取り、広げてみる。それでも、その物体が何なのかテリーには分からなかった。

「???」

 答えは永遠に出そうにない。そんなテリーを知ってか知らずか、ユナは正解を教えてくれた。

「こないだの戦いで、帽子、なくしちゃっただろ?で、街を探してみたんだけどさ、同じようなのが見つからなくって。
でも代わりに良い色の布は見つけたから、それで作ってみたんだけど」

「帽子か」

 正解は分かるも、腑に落ちない程、それはテリーが知っている帽子とは違っていた。
形はデコボコで、所々糸がほつれている。
ただ、何とか装備する事は出来たので、これは彼女の言う、帽子と言っても良いんだろう。

「お前、中身は本当に男なんだな」

「ああ、あったりまえだろ!」

 白い歯を見せてユナは笑った。皮肉のつもりだったのだが。

「…まあ、一応貰っておく」

 それだけを言って、鞄の底に押し込んだ。

「これの為にわざわざ見送ってくれたのか?義理堅い事だな」

「ああ、う…見送りっていうか…」

 何か言いたげなユナ。テリーはお構いなしに背を向けて右手を上げた。

「じゃあな、割と面白かったぜ」

「おっおい!ちょっ…ちょっと待てよ!」

 さっさと船に乗ろうとするテリーを引き止めた。

「何だよ、まだなにかあるのか」

 怪訝な顔でテリーは振り返る。

「あっ…わ…悪ぃ…何でもないんだ」

 二人の間に、沈黙が流れた。
何も言わないユナに、またテリーは背を向ける。

「待て…ちょっと待てって!」

「だから、何だよ」

 三度目はテリーは振り向かなかった。

「あのさ…絶対、お前には迷惑掛けない!足手まといにならないようにする!
怪我したらホイミするし、借りだってまだ返し切れてないし…だから…その…!」

「………」

 口ごもるユナを待たず、テリーは歩き出した。待ってくれないテリーにユナは観念して言葉を続けた。

「オレも、お前の旅についていっていいかっ!?」

 大きなその声は確実にテリーの耳に届いたはずだったが
テリーは数歩歩いて少しだけこちらを振り向いた。

「悪いな、言ったと思うがオレは誰とも組む気はない」

「………っ!」

「じゃあな」

 引き留める言葉はもう見つからなかった。その時、項垂れるユナの鞄から青い物体が飛び出す。
それは、テリーの肩に飛び乗った。

「ピキィ!」

「…お前…スラリン」

「ピキィ!ピッキィィ!」

 人目もあると言うのに、スラリンはテリーの肩の上でぴょんぴょん跳ねた。その勢いのまま着地すると
ぐるぐるテリーの周りを飛び跳ねる。

「おいっ!スラリン」

 テリーはスラリンを捕まえると人目に付かないよう腕の中に押し込める。
そしてひとつ溜息をついた。

「……仕方ない…」

「えっ…?」

「少しだけなら、一緒に旅してやるよ」

 スラリンがその言葉に反応するかのように、また腕の中で飛び跳ねテリーの鞄に潜り込んでいった。

「…っ!いいのか!?」

 ユナの方を向かずに頷く。

「…っ!ありがとう!オレ、迷惑掛けないようにするからっ!」

 テリーは肩を竦めて、何かに気付いたように

「だがお前、船に乗る金はあるのか?一週間は船旅するし、しかも商船だぜ?船に乗れなきゃ、この話は無しだな」

「ちょっちょっと待てよ!無しなのか!?」

「さっきオレに迷惑掛けないって言ったばかりだろ」

 テリーは若干嫌味を含んだ顔で言った。
慌ててユナは商人と交渉し、普通の船旅の倍はする料金を持って行かれてしまったが
必死に働いただけあって何とか足りた。
ただ、お金はレイドックに着く頃には底を付くだろうが。

「良かったな、船に乗れて」

 また、嫌味な顔で返された。

「ただ、お前はトラブルメーカーみたいだからな。船で揉め事は起こすなよ」

「おこさねーよ!人をなんだと…。それに、”お前”じゃなくて、オレには”ユナ”っていう
ちゃんとした名前があるんだから…それで呼んでくれよ」

「……ユナ…?お前の名前か?」

「そうだよ、女っぽい名前で、悪かったな」

 ユナの言い方から察するに偽名ではないのだろう。

「なんだよ…似合わない名前だと思ってるんだろ?」

「まあな」

 否定する事もなくテリーは頷いた。

「オレだってそう思ってるよ!」

 面白くなさそうな顔でそう返すが、内心は別だった。
隣のテリーをちらりと盗み見る。紫の瞳は地平線を捕らえ銀髪は海風になびいていた。

他人に対しての冷たくとげとげしい態度とは裏腹に、動物やスラリンに対しての穏やかな気持ち。
ユナは今までそんな人間に出会ったのは初めてで、認めたくなかったがこの銀髪の剣士に好感を持っていた。

隠しきれない高揚を胸に抱き、船は大海原を進んだ。


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