● 奇跡 ●

 



 ・・・・・・死・・・・。
生きている人間にとって一番の課題・・・・・・・・・。
死んでも生まれ変わることが出来るのか・・・不安になる。
不安で不安でたまらなくなる。

意識はもう無い。
暗闇の中、魂だけがこれからの不安を感じ取っている。
怖い・・・独りは怖い・・・・・・。

・・・・・・・・・オレはバカだ・・・本当に・・・

昔から、他の誰よりも強くなりたいと思っていた。誰にも負けたくはなかった。
その為には・・・自分の弱い部分をさらけ出してはいけなかったのに・・・。
女なんて、愛してはいけなかったのに・・・・。

惹かれる女なんて、一生現れないと思っていた。思っていたのに・・・。

ユナの顔が目に浮かぶ。

甘かった。
あいつを、連れて行かなければ良かった。

そうしたら、こんなに惹かれる事なんて無かった

あいつも・・・

オレも・・・・・・





「・・・・・・・・・」

 懐かしい。緑の匂いが近くでした。
暖かい物が自分の手に触れている。

ここは・・・オレはどうなったんだ・・・それに、この体温・・・

「・・・・・・ユ・・・」

 ・・・・・・・・・

「・・・・・・ナ・・・?」

 何回呼んだのか?何回、何十回、何百回・・・
こいつと会ってから、この名前をどのくらい口にしたのか・・・
もう一生呼ばないと思っていた名前を口にした。

「・・・どうして・・・ここに・・・」

 オレはダークドレアムから殺されたはずだ。
ここは夢の世界・・・?
そうならばこの信じられない状況も説明がつく。

「ユナ・・・?」

 目を伏せて動かない少女は、テリーを見ようとしない、動かない。
しかし、ぎゅっと強くテリーの右手を両手で掴んでいる。
放そうとはしなかった。

「・・・テリーさん・・・ですね・・・?」

 見とれていた顔から我に返り、声のした方に目を向けると
部屋のドアを開けて女が入ってきた。静かにドアを閉めるとテリーに向かって一礼する。

「ユナちゃんを・・・連れ戻してくれてありがとうございます・・・」

「・・・・・・お前は・・・・・・?」

「私はシスター・アン。ここはモンストルと言う町ですよ・・・」

 テリーが考える間もなく、女は答えてくれた。
モンストル・・・確か現実の世界にそんな名前の町があったはずだ・・・。
だとすると・・・本当にここは・・・。

 考えながら、ユナの体温を確かめると、シスター・アンが話し出した。

「ユナちゃんが貴方をここまで連れてきたんですよ・・・」

「・・・ユナが!?」

 弾かれたように叫んだ。一体どうなっているのか、何が起こっているのか
理解が出来なかった。上半身を起こして目の前にいる少女を見つめる。
天界へ帰ったはずのユナが、どうして実体を持ってここにいるのか。
実体はもう抜け殻になってしまったはずなのに・・・。

「大怪我をしていた貴方を必死でここまで連れて帰ったんだと思います。
私も本当に驚きましたよ・・・。世界が平和になってから姿を消していたユナちゃんが・・・
急にこんな形で現れるんですもの・・・」

 水を汲んで来ますとテリーに伝えると、その場から立ち去ろうとする。

「人騒がせな奴だな・・・人の気も知らないで幸せそうに眠りこけやがって・・・」

 クスッ。
その途端、ちょうど後ろにいたシスター・アンが肩を揺らして笑った。

「・・・・・・?何が可笑しい?」

 不審な顔で問うテリーに答えるべく振り向いた。

「・・・ユナちゃんは、貴方の傷を癒すために寝ないでずっと看病してたんですよ」

「・・・・・・・・・!!」

 顔をボっと赤らめてしまったテリーを見て、再び笑い出す。

「私たちがユナちゃんを気遣って看病を代わりでようとしたことも一度や二度じゃないんですが・・・
あの子・・・ガンとして譲らなかったんですよ・・・。理由は、分かってたんですけどね・・・」

 この少年テリーをユナが好きだと言うことは、ユナがモンストルに来た時から
知っていた。寝言で、彼女がたまにその名を口にしていたから・・・。

「ユナちゃんのこと、よろしくお願いしますね・・・」

「どうして・・・オレが・・・」

「一年間も姿を見せなかったユナちゃんを・・・連れて帰ってくれたんでしょ?
そんなに傷だらけになってまで・・・・・・。あの子も、テリーさんの事きっとずっと想っていたんだと思います・・・」

 それだけを告げて、再び頭を下げて出ていった。
後ろのドアを閉めた音を聞き終わって、ハァ・・・と息をつく。

もう一度、目の前の少女の体温を確かめる。
トクントクンと心臓は脈打っていて、スヤスヤと健やかな寝息まで聞こえる。

本当に・・・

「本当に・・・「ユナ」なのか・・・?」

 それ以外の何者でもないはずなのに・・・。信じられなかった。
ダークドレアムは・・・オレの願いを聞き入れてくれたと言うのか・・・?
神さえも恐れおののく悪魔が、オレの願いを聞き入れてくれたのか・・・??

だが、

ここにユナがいると言うことは、悪魔のチカラナシには考えられなかった。

テリーはベッドから身を乗り出して、ユナを起こさないように用心深く抱えて
自分の寝ていたベッドへ寝せた。相変わらず、手を離してはくれない。

「こんな格好で・・・バカか・・・こいつ・・・」

『バカだよ・・・バカで悪かったな・・・』

 ・・・・・・そんな幻影が見え出す。
ユナが天界へ帰って、もう一年が過ぎようとしていた。
しかし、積もり積もっていた想いは消えそうになかった。

もう一生、こうやって触れ合う事は無いと思っていたのに・・・

「・・・起きろよ・・・バカ」

「・・・・・・う・・・・・・」

 ・・・・・・・・・!!

「・・・く・・・」

 掴まれていたユナの手のチカラがいっそう強くなる。
眉をしかめて、怪訝に呟く・・・。

「・・・う・・・うぅ・・・テリー・・・」

「・・・・・・・・・!」

 苦しそうに自分の名前を口にする彼女に対して、自分の中で
止めどない感情が溢れだしている事に気付いた。

 テリーは左手でユナの頭をさすってやると、また健やかそうな眠りに就いた。

 ユナ・・・

 テリーはそっと確かめるようにユナに口づけた。
瞳に、頬に、唇に・・・・・・・・・。

愛しい想いは時に体中を蝕んでいく。

愛しくて、たまらない・・・・・・・・・

やっとユナに触れたテリーはどうしようもない感情に陥っていた。

「早く・・・早く目を覚ませ・・・バカ・・・」




『テリーさんはユナ様の優しさに惹かれたんでしょう?』

 美しい花を花瓶に活けているグレミオが近くにいたテリーに問う。
ユナが自分で自分の命を絶ってから次の日の朝だった。
薄暗い中、グレミオとテリーはそれぞれの身支度をやっていたのだ。

『何故オレにそんな事を聞く?』

 キョトンとしたままグレミオはくすりと笑った。

『ただ・・・唯一ユナ様の過去を知っているテリーさんだからですよ。だって・・・ユナ様は底抜けに優しくて、
自分が好きだと思った人には何かをやってあげないと気が済まないって言うか・・・・。
過去に色んな事があったユナ様は・・・本当に人に辛い思いをさせたくないって常に思ってらっしゃるし・・・
人が辛い目に遭うくらいなら、自分が辛い思いをした方がよっぽど良いと・・・』

『あいつは女にしては根性が座ってるからな』

 テリーもそれに意見してみると、グレミオは静かに首を振った。

『ユナ様は本当は心の弱い方なんですよ・・・
男言葉を使って男の格好をする事によって、女であった時の苦しみを忘れようとした・・・
記憶を閉じこめることによって、自分を保ってきたんです』

『・・・哀れな奴だ・・・』

 哀れすぎる・・・。
そこまでして生きてきて、実の父親から死まで宣告され、自ら命を絶っていったなんて・・・。

グレミオはうるっと瞳に何かが滲んできていた。
朝食の準備をすると告げて、奥の部屋へ駆け込んでいく。
テリーはふぅ・・・と息をついた。




 ・・・・・・・・・・・・
ユナの横顔を見ながらそんな事を思いだしてみる。

両手でぎゅっと手を握り締めた。

「もう・・・離さない・・・」

 これ以上の本音は無い。ユナが起きている時は絶対に言わない本音。

「そう言えば・・・前にもこんな事あった気がするな・・・」

 オレがこいつをかばって・・・こいつはオレの為に一生懸命看病して、
でもオレはその事に気付かなくて・・・ヒックスって奴に腹がたって・・・・・・
そこまで思い出して、やっとユナの右耳のスライムピアスに気付いた。
左のスライムピアスより遙かに綺麗で、比較的新しい物・・・。
恐らく、別れる直前にオレがこいつに渡した物・・・。

「・・・・・・つけててくれてたんだな・・・」

 ユナに似合うと思って気まぐれで買ったピアス。
まさかヒックスが同じ物を買ってたなんてな・・・。

『ヒックスから貰ったんだー。似合うだろ?』

 笑顔で問いかけるユナが思い出されてきた。
先を越された事が悔しかったのか分からないが、いつもそれを着けてるお前を見て
苛立ってたのも確かだった。

「・・・・・・・・・」

 ヒックスに惚れていれば、お前だってこんな目に遭わなくてすんだのに・・・

「・・・バカな奴・・・・・」

 その手を額に当てて、体温を実感する。
ここに、いる・・・・・・・・・。

「・・・・・・ひっでぇよテリー・・・」

「・・・・・・・・・!!」

「何だよ・・・せっかく一生懸命手当してやったって言うのにさぁ・・・」

「ユ・・・・・・・・・」

 二の句が告げなかった。ふいを突かれてしまった。
相手は頭を掻きながら上半身を起こすと、驚いているテリーに向かって
頬を紅潮させたまま微笑んで見せた。

「久し振り・・・」

 ・・・・・・・・・!!
テリーの腕が肩に回った。
その行動に、今度はユナが不意を突かれ信じられない表情のまま固まってしまう。
相手は両手でぎゅっと抱き締めて、動こうとしなかった。

「テリー・・・」

 もうこの名前は、呼ばないって思ってた。
震える手で、ユナもその青い服を握り締めた。

「テリー・・・テリー・・・!」

 力の限り抱きしめると声が自然と溢れてくる。
ずっとずっとこうして欲しかった。いつもこんな夢ばかり見てた。

体はほてって、信じられないくらい熱い。心臓の音がいつもよりうるさい。
その大きな音に、今この瞬間が現実なんだと実感して、涙が出た。
その涙が彼の腕に伝わると、相手は驚いて我に返る。

「・・・・・・・・・?」

 少女は真っ赤な顔と瞳で見つめ返した後、ブンブンと首を振った。

「・・・違う・・・」

 再びぎゅっと青い服を掴む。

「もう一生逢うことは無いって・・・もう一生触れることも無いって・・・ずっとそう思ってたから・・・」

 ずっと、ずっと悲しかったから

「だから、今、奇跡にしろ何にしろ、テリーとこうやって会えて嬉しいんだ。嬉しくて・・・
嬉しくて涙が出るんだ・・・」

 再びテリーの胸に倒れ込んだ。

「・・・・・・ユナ・・・」

 自分の言葉を代弁しているような彼女の言葉に、胸がこれ以上ないほどに締め付けられた。
まだ完全に傷の癒えていない体で力の限り抱き締める。
そして、存在を実感する。

もう一度、ユナに触れたい・・・・・・
それが願いだったから・・・。
そしてそのために・・・自分の欲望の為に悪魔の力を借りたのも事実だった・・・。







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