● 嫉妬 ●
「おおっ!ユナ、お前の連れはもう元気になったのか!?」 テリーを気遣いながら 部屋のドアを開けた瞬間に体格の良い男が声をかけてきた。 「うん。アモスとシスター・アンのおかげだよ。ありがとう」 ニッコリと笑顔を返すユナに続いて、珍しくテリーも礼の言葉を述べた。 「すまない、色々世話になった。」 「はっはっは、いいって事よ。礼ならユナにいいな。オレたちは何もしちゃいねえからよ」 頭を掻きながら手を振るアモスと同じようにユナも手を振る。 「オレだって、そんな大した事したわけじゃないよ」 二人して似たような笑顔をテリーに向けた後、アモスがグイッとユナの腕を引っ張り 背を向けてこそこそと耳打ちした。 「オイユナ!」 「え・・・?」 「なかなかの美男子じゃないか。お前も隅におけねーなぁ」 「なっ!何言ってるんだよ!」 ユナの反応を見て、再びいやらしく笑う。小さな肩に手を掛けて、グイっと自分の方に引き寄せた。 「お前がいなくなって一年・・・お前の身に何かあったのかってオレもアンも心配してたんだよ」 その言葉に申し訳なさそうに、頭を下げるしかなかった。 まさか天界へ帰ってたなんて、実体が無かったなんて言えるはずもない。 「んっとに・・・心配かけやがって・・・」 アモスはそれ以上何も問わず、ユナの頭をまさぐる。 「まぁいいさ、こうやってまた元気な姿を見せてくれたんだからな 今日はご馳走つくるからよ。しばらくは家でゆっくりしていけよ」 うんっと元気に頷いた。 「テリーさんもな」 後ろで物思いに耽っていたテリーにも声を掛けた。 そのアモスにテリーも頷くしかなかった。 「アモスっていい奴だろ?昔オレが大けがしてる時に助けてくれてさ 行く当てもなかったオレを家においてくれたんだ」 モンストルの町並みを歩きながらユナはテリーに色んな事を話した。 町ゆく人々はユナの隣にいる美少年に目を奪われユナに冷やかしの言葉を掛ける者 ひそひそと噂をする者、様々だった。 「おっ!ユナじゃないか!!勇者たちのお供からやっと帰ってきたと思ったら 一年も姿を消して今まで何処行ってたんだよ!」 急に後ろから呼び止められ振り向くと、ちょうどユナたちと同い年くらいの男だった。 「あ・・・ああっ!アレス!久しぶりだな」 整った顔立ちと人当たりの良さそうな雰囲気。 ニコニコと馴れ馴れしくユナの肩に手を掛けるアレスにテリーはむっとしまっていた。 「ロイには会ったのか?あいつユナが帰ってきたって知ったら喜ぶぜ!・・・・・・ん・・・?」 そこまで言って、ユナのすぐ隣にいた、少し背の低い少年に気付いた。 「ユナ・・・こいつ誰・・・?」 「・・・・・・・・・」 テリーはむっとしたまま無言でいる。 「ああ、テリーって言うんだ。昔一緒に旅をした仲間だよ」 何も答えないつもりでいるテリーに代わりユナが答えた。 「へー・・・ヨロシク、オレはアレス」 差し出された手に仕方なくテリーも握手すると ユナにもう一度ロイに会ってやれという言葉を残すと去っていった。 「・・・・・・・・・ロイと言うのは・・・?」 テリーが尋ねる。 「モンストルで世話になってた時に仲が良かったんだ。明るくて楽しい奴なんだぜ」 その後、ロイの家に行ったが、留守のようだったので仕方なく二人は アモスの家に戻った。 家に帰る頃はもう大分日が落ち、町の家々からは空腹をそそるような 匂いが流れてくる。 ユナはアモスの料理は最高だと自分の事のように自慢し 早々に家に帰ろうと持ちかけた。ここ最近ろくに食事も取らなかったと告げると 思い出したようにお腹がすいたと呟きはじめ、オレの手を引っ張って家路へと着いた。 アモスの家で、テリーとユナはアモスとシスター・アンの腕によりをかけた 手料理をご馳走になった。 ユナが美味しいと言うだけあって、確かに美味しかった それ以前に、ダークドレアムとの戦いなどでこの所食事らしい食事も しなかった事が余計に食を進ませる。 隣で仕切りに嬉しそうに料理を勧めるシスター・アンとアモス。 ユナも本当に楽しそうで、本当にこの家族やこの町が大好きなのだろう。 食事も一通り終えたテリーはアモスとシスター・アンに礼を告げ、それとともに外へ出る。 そして談笑入り交じる幸せな家庭を後にした。 「テリー」 相変わらずの不意を突く声。 町外れの小高い丘でぼーっとしているテリーの目の前に突然現れた。 驚いた様子もなくいつもと同じ声を掛ける。 「何か用か?」 ハァっと息を吐いて、テリーの隣に座った。 「相変わらず冷たいなぁ・・・久し振りに会ったんだからさ・・・色々、話そうよ・・・」 「・・・・・・・・・」 ズキン。 テリーの無言で居る様に、少し心が痛んだ。 天界へ行った後も、テリーのあの最後の言葉が忘れられなかった。 テリーは確かにオレの事を愛してるって言ってくれた・・・けど・・・ 本当に、今もオレの事好きで居てくれてるのか・・・。 オレが勝手に一人で舞い上がってるだけなんじゃないのか・・・ 再会して抱き締めてくれて本当に嬉しかったけど・・・ その後はいつもと変わらない、そっけなく、何かを考え込んでいる態度に 凄く不安になってしまった。 ガサっ・・・! 後ろで人のいる気配がする。 二人は反射的に剣を抜いて後ずさった。 しかし、出てきた人物にユナはガクっと肩を落としてしまった。 「ロイ・・・!?ロイじゃないか!!」 暗闇から姿を現したのは、ユナの顔見知りだった。 ブロンドの短く切った髪が月に照らされて、テリーと同じような切れ長の瞳に 長身の男。 「ユナ、久しぶりだな」 こいつが・・・。 ロイはテリーには目もくれず、じっとユナを見つめている。 「ロイ、久しぶりっ!元気してたか?」 「あったりまえだろ」 相変わらず男に警戒心の無いユナ。 面白く無さそうにしてそのロイという男を睨んだ。 「ああ、こっちはテリー。オレの・・・」 「ああ、アモスさんから聞いた」 「え・・・あ、そうなんだ」 アモス・・・どんな事言ったんだろ。 「なぁユナ、ちょっと話があるんだけど・・・」 ポンポンとユナの肩を叩いた後、耳打ちする。 「テリーさん・・・だったよな?ちょっとユナ借りていいか?」 親しげに話す二人にまたも面白く無さそうに背を向けた。 立ち上がって吐き捨てるように返す。 「ちょっとと言わず、ずっと借りていていい。別に用は無いからな」 ユナの切なそうな顔を見たあと、彼女の肩に手を掛けた。 「ああ、そうかい。そりゃ好都合だ。じゃあユナちょっと行こうぜ」 そう言って、ずんずんとユナを引っ張る。 一緒にいた少年に後ろ髪引かれる思いで、ロイに着いていった。 「ロイ・・・何だよ話って・・・」 歩いている途中でユナが問う。 「お前、あいつの事好きなんだってな」 「・・・・・・・・・!」 その言葉を聞いた途端、立ち止まってしまった。 「アモスさんから聞いたぜ・・・」 ロイもユナと共に立ち止まった。 「・・・・・・うん・・・」 素直に頷く彼女に肩を落とす。 「・・・マジか!?」 「何だよその反応は!だって、好きになったものは仕方ないじゃないか!」 相変わらずすぐムキになるユナをなだめるように頭を撫でて、申し訳なさそうに 「いや、ごめんな。実はアモスさんから聞いたなんて嘘だ。カマかけてみただけだったんだけど こんなにあっさり言うなんて・・・」 「なっ・・・何だよそれ!?相変わらず酷い奴だな!」 「お前こそ、相変わらず単純な奴だよな」 くっくっくと笑うロイにふくれっ面でそっぽを向いてしまった。 「そんなに怒るなよ〜!褒めてやってるんだぜ、単純だって!」 「褒めてねえよ、そんなの!」 テリーは、先ほどの場所でその二人の様子をじっと見ていた。 『明るくて楽しい奴なんだぜ』 ユナの笑顔を思い出す。 楽しそうにロイと話しているユナ。 大笑いしている二人。 あんな楽しそうなユナは滅多に見ることはない。 ・・・理由は分かってる。 オレが、こんな奴だから。 あいつを喜ばすどころか傷つけてばかりいるから。 そこから立ち上がって、テリーは行く当てもなく歩き出した。 ユナはアモスの家に泊まって行けよとは言ったが、あのなれ合いの仲に 身を止めようとは思わなかった。 考え事をしている間に足は町外れの森に来ていた。 月明かりが木々の間からテリーを照らす。 木が開けている所に腰を下ろして、フゥと息を吐いた、と共に上を見上げる。 先ほどのユナとロイの姿が脳裏をよぎる。 あんな顔、オレの前では見せない。 オレの前ではいつも泣いていた、理由は分かっていたけど・・・ あいつをいつも傷つけてばかりで・・・。 そして、多分これからも・・・・・・・・・。 テリーはため息にも似た息を吐くとその場を立ち去った。 「テリー」 宿をとっていると、息を切らしながら見慣れた姿が飛び込んできた。 「今日はアモスの家に泊まっていってくれよ!」 息も絶え絶えのまま、やっとそう告げるが。 「そこまで世話になるワケにはいかない。この町には宿があるんだ、ここで寝る」 「・・・・・・そんな事・・・」 そこまで言って言葉を止めた、ああいう雰囲気って・・・もしかしたら嫌いなのかもしれない・・・。 付き合いの長いユナはそう悟る。 その後急に思い出したように 「なぁ、まだこの町にいるんだろ?」 「ああ、まだ傷跡も疼くしな」 その言葉を聞いてホッと胸を撫で下ろした。まだ何か言い足そうなユナを早々に 追い払って、部屋に入る。 荷物を置いて、ベッドへ倒れ込んだ。 「・・・・・・ふぅ・・・」 目を伏せて、しばらく考え込む。 ユナに触れてから、ずっとずっと考えていた事を・・・。 朝、太陽もまだ昇っていない時間に、テリーは目覚めた。 いつもの服に着替えて、剣を持って部屋をでる。 朝目覚めて一番に剣の稽古をするのが彼の今までずっと続けて来た日課だ。 朝早い宿の主人に一応頭を下げて宿を出る。 ・・・と 「珍しく早起きだな。どうしたんだ?」 道の端に座り込んでいる姿を目撃した途端、不審に思って声を掛けた。 向こうもテリーに気付くと、立ち上がってパンパンと泥を払った後、 側に駆け寄ってくる。 「いや、別に用事は無いんだ」 ぶんぶんと頭を振る。と、後ろから今度は別の声が聞こえてきた。 「ホントホント、昔この町に住んでた時はネボスケだったのになぁ」 「ロッ、ロイ!」 「よっ」 おどけたようにウインクしてみせる。 「どうしたんだよロイこそ、こんなに朝早くに・・・」 一呼吸おいて、体ごとテリーの方に向いた。 「テリーさんに用事があったんだよ」 「・・・・・・?テリーに?」 テリーも不審な顔で見つめ返す。 「剣のお相手願おうかと思ってね」 「はぁ!?」 「本当にやるつもりかよロイ!テリーは・・・」 「分かってる。凄腕の剣士なんだろ?」 ユナの説得も聞き耳持たず、ロイの申し出に応じたテリーも無言で 町の外へと歩いていた。 「分かってるなら何でそんな事やるんだよ?」 「お前な、オレをちょっと見くびり過ぎなんじゃないのか?オレだって 結構な剣の腕前だぜ?」 「・・・・・・・・・」 いつもと変わらない答えを返すロイに、何だかユナは拍子抜けして それからは止めなかった。いや、ロイは一度言い出したら後には引かない性格だと知っていたから。 「いいか?オレがやめろって言ったらやめてくれよな」 民家の集まっている場所から少し離れた草原で二人は剣を引き抜いたまま じっと睨み合っていた。 ユナが手を挙げている途中に、長身の男が走り出す。 「うわぁっ!ちょっと!まだ始めも言ってないのに!!」 ユナの叫びも虚しく、ロイは思い切りテリーに斬りかかった。 テリーは瞬時に腰の剣を引き抜くと、ロイの剣を受け止める。 「ぐっ・・・っ!」 「・・・・・・・どうしたんだ?威勢が良かったのは初めだけか?」 その小さな体の何処に、そんな力があるのか。 自分より背も高く、体格も良い男の剣を微動だにせず受け止めている。 二人はそのまま、睨み合ったまま動かなかった。 「・・・オレ、ユナのことが好きなんだよ」 「・・・・・・・・・!」 「お前には負けられない・・・!」 憎しみのこもった眼差しを向けられて、ふっとテリーの口元が緩む。 「成る程、そう言う事か・・・」 「お前の気持ちはどうなんだよ?あんたはユナのこと、本当に好きなのか?」 「・・・・・・・・・」 何も答えないテリーに、苛ついたのか、剣にもっと力を込める。 「オレは初めて会った時から好きだった」 そうだ。モンストルで初めて会ったときから。 屈託のない笑顔も、素直じゃないようなのに案外素直な性格も。ずっとオレはユナを想ってきたのに・・・。 ユナはこんな何も考えて無さそうな、冷たそうな奴に・・・。 「お前にユナを幸せに出来るとは思えない」 その言葉とともにテリーの剣を思い切り払いのける。 「ヤァァッ!」 が・・・ ゾク・・・っ! 背中に悪寒が走る。背中に剣が突きつけられているのを知ると、 ハァとため息をついて持っていた剣を捨てた。 レベルが違いすぎる・・・。 決着のついた所でユナが駆け寄ってきてくれた。 「だから言ったろ?大丈夫かよ?」 テリーは二人を一瞥した後、何も言わずに足早に去っていってしまった。 「・・・・・・・・・」 町の方には向かわずに、町から離れた林へと足を運ぶ。 一人で考え事をするのは、こんな静かな場所がちょうど良かった。 遠くで聞こえる鳥の声とともに、先ほどロイから言われた言葉が頭に響いてくる。 『お前にユナを幸せに出来るとは思えない』 どかっと地面に仰向けに寝転がる。 ユナに再会した時から、触れた時からずっと考えていた。 オレは、オレの欲望だけで、あいつを連れてきてしまった。 あいつは、あいつの本来居るべき場所に帰っただけなのに・・・・・・ それが耐えられなくて、過ちを犯してしまった事に。 |