● 余韻 ●

 



「・・・・・・・・・ん・・・」

 心地よいシーツの肌触りに目を覚ます。
そして隣の暖かい感触に違和感を覚え、寝ぼけ眼のまま隣を見た。

「・・・・・・っ!!?」

 虚ろな瞳がぱっちりと開く。眠っていた思考が飛び起きた。
 テッ・・・テリーが・・・!どうしてこんな所にテリーが・・・!!しかもなんでオレ・・・

「ぜんらぁっ!!?」

「・・・朝っぱらから騒がしい奴だな、色気も何もない」

 真っ赤になってあたふたと考える。昨日の夜・・・・・・。

『抱いて欲しい・・・テリーに・・・』

「・・・・・・・・・!!」

 き、昨日・・・オレ、テリーと・・・し、しかも自分から・・・

「・・・・・・ギャッ!!」

 肩を叩かれ、叫んでしまった。驚いているユナの瞳に吹き出す。

「夜のお前と全然違うな」

 シーツにくるまって、上半身だけを起こす。向こうも、同じように上半身だけ揺り起こした。

「あの・・・テリー・・・」

「・・・何だよ・・・」

 ユナが呟いたのをキッカケに向こうも顔を赤らめる。

「あの・・・オレ、ゴメン・・・あの、その、昨日変な事頼んで・・・いや、その、
なんて言うかさ・・・こ、これからもオレの事は構わず男扱いで・・・」

「・・・当たり前だろ。お前のことはずっと前から男だと思っていたが・・・
昨日初めて女だと実感したな」

 挑戦的な笑みを見せた。

「なっ、何だよ!もう!真面目に言ってるのにさ!」

 目が合って、慌てて体ごとテリーを避けた。オレ・・・あのテリーと・・・あんな事・・・ホントに・・・。
ゆっくりそーっと後ろを見ると、やっぱり目が合った。

「わぁっ!」

「・・・だから、何なんだお前は・・・」

「い、いや、あ・・・アハハ・・・別に・・・」

 テリー・・・テリー・・・どうしよう・・・ホントに・・・オレ・・・・・・。
胸がぎゅうっとなった。何だ、この気持ち・・・言葉では言い表せないけど、凄く
幸せで・・・安心して、穏やかで・・・。

恥ずかしそうに再び後ろを向く。向こうは仕方なさそうに笑う。
その微笑みがたまらなく優しくて、どうしたら良いのか分からない。
今すぐにでも彼の胸の中に飛び込んで行きたいのに、彼の隣で寝っ転がってみたいのに
やっぱり自制心が邪魔をする。それでもなんとか、シーツにくるまったまま彼との距離を
縮めて、ユナも微笑んで見せた。

「・・・服を着ろ、さすがにその格好じゃ疲れるだろ?」

 夢見るような瞳でじっと見つめていたユナに忠告する。

「あ・・・う、うん」

 床に脱ぎ捨てられている下着を身につけて
シーツにくるまったまま、サラシを締め直し、下着を身につける。

「お前・・・サラシ巻いてたんだな」

「あっ・・・あ、ああ・・・だって、鎧とか着るとき痛いんだよ、これ巻かないと・・・」

 昨日のユナを思い出す。今までユナのことをずっと体に自信が無いと思っていたのだが
実際見てみると、案外・・・

「・・・どうしたんだ?」

 赤面して考え込んでいるテリーに不審に思い声をかける。

「べ、別に何でもない!」

 サラシを巻き終えると、床に脱ぎ捨てられていた服に頭を入れて、
もぞもぞと着る。

「女は色々大変だろ・・・。だから本当に女に生まれた事を恨んだよ。
女にさえ生まれて来なかったら、ギンドロであんな目に遭わなくてすんだかも
しれないし・・・力だって弱いし、生きていくのに男の方が便利だって
不公平だってずーっと思ってたけど・・・」

 昨日、初めて女に生まれて良かったって思った。

「・・・男も男で色々大変なんだ。頼むから、夜に部屋に入ってくるな。
何をされても文句は言えないぞ。オレだって自分を押さえつけるのに必死だったんだ!」

 キョトンとするユナを見て、ハッと我に返った。

「なんだぁ、テリーっていつもそんな事思ってたのか?」

 吹き出して笑うユナに、顔を手で押さえて背を向ける。

「もしかして・・・ここの所避けてたのもそれが理由だったりしたのか?」

「・・・・・・」

 冗談で言った事だったのだが、真っ赤になって否定しないテリーに

「え・・・まさか、ホントに・・・」

「さぁな!」

 赤面して背を向ける。

「何だよ・・・オレ嫌われてるんだとばっかり思ってた・・・」

「・・・・・・悪かったな・・・」

「ホントだよ、そうならそうって言ってくれればいいのに」

「モンストルであんなに怯えた顔をされて、そんな事言えるわけないだろう!
ちょっとは物を考えろ!バカ!!」

「バ・・・バカとは何だよ!オレ、ずーっと嫌われてると思って・・・ずーっと悩んでたんだからな!」

「オレだってずっと悩んでいた!いつかあの時みたいに理性が無くなって
欲望のままお前を犯してしまいそうな気がして・・・」

 言い合いに、やっと間が空いた。
はっとしたユナの瞳に、舌打ちして、顔を俯かせる。

「だから、なるべく二人きりにはなりたくなかった・・・。またあんな事、したくはなかったから・・・。
なのに昨日、急に抱いて欲しいなんて言われるとは思ってなかった
相変わらずお前は自分の気持ちばかりをオレに押しつけて・・・」

 オレがどれだけ我慢していたかも分からないで

「・・・し、仕方ないじゃないか!だ、だって・・・だって何というか・・・気持ちが凄く高ぶってたし・・・」

 昨日の夜を思い出し、相手と同じように顔を俯かせて

「あんな事、初めてだよ。だって、昔はイヤでたまらなかったのに、まさか自分から
抱いて欲しいって思うなんて・・・・・・」

 信じられなかった。でも・・・・・・

「でも・・・抱いてくれて嬉しかった・・・。ギンドロで毎晩やってた時、気持ち悪くて痛いだけって
ずっと思ってたけど・・・好きな奴とやるのは、あんなに気持ちいいモンだとは思わなかった・・・って
な、何言ってるんだよオレ・・・」

 ぎゅっと思わず抱き締めてしまう。
考える前に、体が動いて、口から言葉が漏れた。

「・・・オレも・・・・・・きな女とやるのがあんなに気持ちいいものだとは思わなかった」

「・・・え・・・?」

 何・・・?なんて・・・?テリーの言葉を聞き取れなかった自分を悔やんでしまった。
彼は一度言った言葉をもう一度言う性格じゃなかったから。
自分の言った言葉に恥ずかしくなったのか赤面したまま言葉を続ける。

「・・・オレ・・・金が無い時や情報を集める時に女と寝ていた時期なんかがあったんだ。
お前には知られたくなかったが・・・」

「・・・テリー・・・」

「お前と会ってからは やらなくなったな・・・」

「テリー・・・・・・」

 力を込めて抱き締める彼に、思わず反応してしまう。
テリーははっと我に返ってユナの肩を自分から遠ざける。

「あ・・・すまない・・・何かオレ・・・変だ」

 くしゃっと自分の髪をまさぐるテリーにブンブンと首を横に振る。

「・・・オレなんて初めて会った時からテリーの事・・・見てたんだぜ?それからずっと
ずっと・・・嫌われても、無視されても・・・ずっとお前だけを見てた。
今もその気持ち変わらないし・・・キスされる時なんて死ぬほど嬉しいし・・・
抱き締められる時なんて心臓バクバクいって死んでもいいくらい・・・嬉しいんだからな!」

 何を言ってるんだオレ・・・。でも、これだけは言える

「お前は・・・さっき言ったばかりだろ、自分の気持ちばかりを押しつけるなって・・・。
オレだって、お前のこと、トルッカの頃から意識してた・・・。多分・・・その頃からお前が・・・」

 テリーの事を愛してるんだって

「・・・・・・っ!」

「・・・・・・守れないって思ったいたから、言えなかった・・・死んでしまったら自分が悲しむだけだから・・・
そんな思いしたくなかったら自分に言い聞かせてた、お前が嫌いだってな」

 愛してるよ・・・。

「悪かったな・・・」

 愛してるんだよ、テリーのこと・・・。

「愛してるから・・・・・・テリーの事・・・」

 ハっと体が動くと再びユナを抱き締めていた。

「・・・・・・・・・全く・・・早く行くぞ」

 しかし、離れられない。こんないじらしいユナを放ってはおけなかった。

「ゴメ・・・でも・・・もう少しこのままでいさせてくれないか・・・?」

 やっと自分たちの気持ちに素直になった二人・・・。
その想いはこれからも決して消えることはなかった。




朝の身支度を終えた後、食堂で朝食を食べて宿を出た。
こんな朝早くから酒場に人はいない事を知っていたが、ビビアンやマスターと
言った懐かしい顔ぶれを早く見たかったから・・・。

それに、色んな客から色んな話を聞く彼らは情報の宝庫だった。

朝早くから、街は道行く人であふれかえっていた。
最も人の込み入る西街の少し路地の入った所に、サンジュエルと描かれた
看板が見える。

少しドキドキしながら、その扉を開けた。

「スイマセンー!開店は夜からなんですけど・・・・・・」

 前と全く変わらない店の作り、気のよさそうなマスターに・・・
気の強そうなバニーガール・・・。今はバニースーツは着てないけど・・・
あのブロンドの長い髪とセクシーな体つきは

「・・・あぁっ!」

 向こうもこっちをみた瞬間、驚いた瞳で口を押さえた。
右手を挙げて・・・

「ビビアン久し振り・・・・・・」

「テリー!!」

「・・・・・・・・・」

 相手はユナをすり抜け、後ろにいた少年を抱き締める。

「もうっ!!すっごく久し振り!!1年振りくらいよね・・・もうっ!今まで何してたの!?
たまには顔見せに来てくれたっていいじゃない!!」

「・・・ああ」

「んもうっ!相変わらず無愛想なんだからっ!」

 テリーの腕を掴んで店内へ入ろうとする。
やっとそこで前にいた少女の存在に気付いた。

「あらっ、ユナもいたのね!」

「・・・・・・」

 相変わらずの彼女に何も言えなくなってしまった。




「ユナーあんたも見違えたじゃない!もう会わなくなって何年になるのかしら・・・」

 店内に入って、いつものカウンターに座らせられる。
隣に座ったビビアンがユナの顔をまじまじ見るなり言った。

「初めて会った時以来だと思うけど・・・」

 そう考えれば3年振りくらいなんだぁ・・・。
ビビアンが覚えてくれた事に嬉しく感じてしまった。

「三年・・・もうそんなになるのねー・・・昔は子供だと思ってたけど・・・
随分女っぽくなっちゃって・・・」

「そうかな・・・」

 恥ずかしげに頭を掻いた。

「昔が酷すぎたのよ」

「な、なんだよそれ!酷いじゃないかそれは・・・なぁ、テリー?」

 ふっと辺りを見回すと、テリーの影は見当たらなかった。

「テリーならさっきちょっと出てくるって言ってたわよ」

「・・・え・・・?そうなんだ・・・」

 どうしたんだろ・・・急に・・・
ビビアンがにやにやしながら見ているのに気付いた。どうしたんだろうと問いかける前に

「ねえユナ!ところで・・・テリーとはどうなったの?」

「・・・・・・・・・は?」

「もうっ、テリーの気持ち聞いたんでしょ!?」

 瞬間的に耳まで真っ赤になり、あやふやに返答する。

「とぼけないでよっ!彼、なんて言ってた!?」

「なんて・・・って言われても・・・」

 俯いて考え込む。
そ、そりゃあ・・・昔・・・別れ際に愛してるって言われた事もあるけど・・・
それから何も言ってくれてない気がするし・・・

「あ、だだってテリーってあんな性格じゃないか。だから
そんな別に何も言われてない・・・」

 ような・・・。だって、どうなんだよ・・・その辺・・・。

「そう言われてみれば・・・自分の気持ちを素直に口に出す性格じゃ
無いことは分かるけど・・・。じゃあ、態度で何か示されたんじゃないの?」

「態度・・・?」

 そこまで考えて、もっと真っ赤になった。
昨日の夜の事を思いだしてしまい、何故かあたふたと慌てる。

「そ、そんな何にもやってないよっ!」

「何よ、どうしたのよ急に・・・。キスしてくれたとか・・・抱き締められた事もないの?」

「えっ・・・そ・・・それは・・・」

「それは・・・?」

 じーっと何故か怖い顔で瞳をのぞき込まれる。

「待たせたな、ユナ」

「あっ!テ、テリー!!ううん、別に・・・っ!」

「?どうしたんだ?」

 不思議に声を掛ける。
ビビアンはじとーっとユナの方を向くと、ぼぼっとまたユナは赤面した。

「なっ、なんでもないんだって!」

 真っ赤になってブンブンと首を振る。テリーは気にも留めずにカウンターに座った。

「じゃ、じゃあテリー!オレ、ちょっと疲れたから宿に戻ってるね!」

「・・・?今来たばかりじゃないか」

「うん、ゴ、ゴメンっ!」

 慌てて酒場を出ていった。

「・・・・・・・・・?」




『あ・・・ああ・・・はぁっ、テリー・・・っ!』

「ギャァーーー!!は、恥ずかしいーー!!」

 ベッドの上でゴロゴロと寝返りを打ちながら顔を両手で押さえる。
昨日の夜のことが急に思い出されてくる。
あ、あのテリーと・・・
あの・・・あのテリーと・・・!!あ、あんな事・・・!

『ああっ!やっ・・・イ・・・イッちゃう・・・!!』

「ウワァーーーーッ!!!」

 もうダメだ!恥ずかしい!!
真っ赤な顔でのたうち回ってしまう。頭を押さえてブンブン顔を振った。

「・・・何をしてる。お前」

「わぁっ!!」

 入ってきたテリーに心臓が飛び出したかと思うほどの衝撃を受ける。
テリーはユナと同じベッドに腰掛けた。慌てて背を向けてしまう。

「・・・・・・・・・気にしてるのか?昨日の事」

 図星を突かれ、反応してしまった。そんな胸の内を隠すかのように

「べ、べ別に気にしてなんか・・・全然、全く無い・・・から・・・ぜ絶対!」

 思い切り嘘が下手な彼女に、思わず笑ってしまっていた。

「そんなに気にする程の事でもないだろ」

「気にする程の事だよ・・・だって・・・だってテリーと・・・」

 目の前にいる、望んでも望んでも振り向いてくれなかった少年と・・・。
そう考えると再び体が熱を帯びてくる。

相手が何も言ってこなかったので不安になって振り返ると
彼の手が頬に触れる。

触れられた先からもっと熱くなっていった。

「ホントに全然、慣れてないんだな・・・」

 真っ赤になって俯くユナに、ため息をつく。

「な、慣れるわけないじゃないか!そんなに簡単に・・・!」

 両手でユナの顔を包み込んで、悪戯心からなのか
硬直しているユナにそっと口付けようと身を乗り出す

 バタン!!

「テリー殿ですね!」

「・・・・・・・・・っ!!?」

 勢いよく開けられたドアに、そのままの格好で二人は目を向ける。
厳つい甲冑に身を包んだ男はあっと目を丸くして

「こ、これは失敬!!ノックをするのを忘れておりました!!」

 深々とお辞儀をする。まだ固まっている二人に
向こうも何か悟ったのか、右手を額に当て何故か敬礼した。

「私、レイドック城に仕えます。副兵士長のミューレンと申します!
この宿にテリー殿が泊まっているとの情報を受けて早速飛んで参りました!!」

「え!?な、何・・・だ、誰!?」

 テリーはユナの頬に当てていた手を戻して、ベッドから降りる。

「そう言うことか・・・」

「え!?何が!」

 錯乱するユナを差し置いて、テリー一人納得している。
ミューレンと名乗った王宮の戦士は再び敬礼をすると
テリーの腕を掴んだ。と当時に側に仕えていた戦士二人も、ユナの両腕を掴む。

「ウィル王子ご一行が船でお待ちです!ご同行願います!」

「ちょ、ちょっと何なんだよ急に!」

 半ば強引に連行されるような形で部屋から連れ出される。
案外冷静なテリーが

「お前には言ってなかったな。さっきビビアンに王宮から
オレの捜索願いが出されてるって聞いたんだ」

「はぁ!?なんだよそれっ!!どうして?」

「理由は王子から直接聞いて下さいませ。私共の口からはおそれおおくてお伝えできません」

 王子って・・・ウィルの事だよな・・・。
でも、何でテリーを探してるんだろう・・・。しかも
何でオレまでこんな犯罪者みたいに兵士たちから連れていかれなきゃいけないんだよ・・・。
宿の客が一斉にこちらに注目している。

ちぇ・・・用があるならこんな兵士たちじゃなくって
ウィル本人が来て欲しかったよ全く・・・!






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