● 胸騒ぎ ●

 



随分、沈黙が続いた。
と言うか話の前にユナはお風呂に入ったのでそう思うのかもしれない。

「で、は、はなしって何?」

「いけにえ」

 単語だけを告げる。機嫌が悪い。

「それが何?何か不都合な点でも・・」

「お前、怪しいと思わないのか?」

「仮に罠だとしてもオレなら大丈夫だよ!逃げるの得意だし」

「だからお前は甘いんだよ!お前は世界を甘く見過ぎなんだ!今度ばかりは
オレだって守ってやれない!」

「頼んでねーよ!守ってくれなんて!」

 言い争いは続いた。しかしユナの言葉を最後に沈黙が訪れた。

「なんでテリー、そんなに、怒って・・・」

 平常心になった所でいいにくそうに言葉を押し出す。

「お前が何も考えてない単細胞の馬鹿だからだ!」

「・・・・・なっ・・」

「お前が全然人の気持ちを考えてないからだ!」

「・・ん・・で・・?」

 え、それはもしや・・・

「テリー、オレのこと心配してくれてるのか?」

「違う」

 何故かそう思うと彼の言葉がすごく可愛く思えてくる。

「大丈夫だって、一生会えなくなる訳じゃないんだし・・それにもし何かあったら
 テリー、助けにきてくれるんだろ?」

「・・お前は、そこが甘いって言ってるんだ」

 ふうっと息をついた後、テリーが立ち上がった。

「・・お前の決心は変わりそうにないな・・まったく・・何でこんな厄介ごとにわざわざ足を
突っ込むんだか・・・」

「サンキュ、やっぱりテリーはオレのことわかってくれてるなっ」

 何も言い返さずに背を向けドアノブに手をかける・・が

「お、おいっ・・」

「・・・?」

「も、もう行く・・のか?」

 不審に振り向いて、再び不審にユナを見つめる。

「何だ?まだ何か用があるのか?」

「あ・・い、いや・・別に・・」

 もぞもぞとユナも立ち上がる。

「どうしたんだ?」

 ついに先ほどの位置までテリーは戻ってきてしまった。

「い・・いや・・たいしたことじゃ・・」

「・・?」

 赤面しているユナにやっと気づくと、テリーは唇を緩ませた。

「ウィルたちの前でそんなこと出来ないって言ったのは、お前の方じゃなかったか?」

「ん・・あ・・う・・」

 言葉をかむ。落ち着かない様子で、テリーの方を見る事も出来ない。

「いや、だって、その、まあ」

 女ってのは、いろいろあるもんで・・。そんなユナに再び笑い出す。
 テリーの手が背にまわったのに気付くと目を伏せた。

「キスだけ・・・」

 ポソリとユナが呟いた後、ゆっくりと触れ合わせてくれる。
軽くキスした後、今度は深くお互いを求め合った。

「はぁ・・・」

 やっと唇を外すと、赤面したままテリーを見た。

「ゴメン・・・ありがとう・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・・?」

 もう一度、キスされた。激しいキスだ。

「・・・っ!?」

 ボスンとベッドに倒れ込んでしまった。

「テ・・・テリー・・・キスだけって・・・・・・」

 首筋に唇が伝わる。

「お、おお、おいっ!ちょ・・・ちょっと・・・まっ・・・!!」

「・・・・・・・ダメか?」

 急に理性を取り戻したテリーを見て、言葉が止まる。

「い・・や・・・そういうワケじゃ・・・っ!」

 言葉の途中で、唇はユナの身体を辿っていく。

「・・・・・・っ」

 テリーは両手で宿の質素な寝間着を全て剥ぎ取った。
もうすっかり熱くなってしまった自分の体が、テリー無しでは冷めない事を
知ったユナは、赤面しながらも彼に身を委ねてしまっていた。




『はぁ、はぁっ・・・あっ・・・あっ・・・んっ』

『ユ・・・ユナ・・・』

『あっ、あんっ!・・・くぅ・・・ん・・・っテリー・・・っ!』

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・まぁ・・・あの、別にオレたちは・・・なぁ・・・」

『あんっ!!』

 ・・・・・・ガチャッ
ティーカップをテーブルに置くハッサン。
ミレーユも真っ赤な顔で止まってしまっている。

「まぁ、分かってたことだしな・・・なぁ・・・」

「・・・・・・・・・うん・・・」

 ここはミレーユの部屋。
実はハッサンとミレーユでユナの事を話し合っている矢先の出来事であった。
隣のユナの部屋から二人の声が漏れてくる。

「・・・・・・聞かなかった事にしましょうね・・・」

 そう呟くと赤面したまま、ミレーユもカップをテーブルへ静かに置いた。




「はぁ・・・」

 結局やっちゃったな・・・。
二回目の朝はさすがに一回目よりは慣れたのか、
赤面しつつも平常心を保っている。

隣の安らかな寝息の奴・・・。
結構強引な奴だよな・・・。昨日のことを思い出して、うくくっと笑ってしまう。

でも、珍しいよな。
オレが起きた時には必ず先に目覚めてるはずなのに・・・。
疲れたのかな・・・昨日は・・・。

テリーの銀髪にそっと触れる。
うわぁ・・・サラサラだ・・・。綺麗な奴だよな・・・ホントに・・・。

「うん・・・」

 寝返りを打つと、ユナの方に体を向ける。
初めて見る彼の寝顔をぽーっと見つめた。
このまま、ずっと見ていたいなぁ・・・。
だって、こんな事滅多に無いし。

「・・・・・・・・・ユナ・・・?」

 穏やかな顔でじーっと見ていたのだが、
急に瞼が開いたのに、吃驚して思わず後ずさる。

「・・・・・・っ、テ、テリー、お、おはようっ!」

「・・・珍しいな、起きてたのか・・・」

 頭を押さえて上半身を起こす。
時計を見ると、今は4時過ぎ。まだ月が見える時間だ。

「っ、そろそろ行かないとな」

「あっ・・・」

 思わずテリーの腕を掴んでしまった。

「・・・・・・?」

「あ、あのさ、まだ4時過ぎなんだし・・・そんなに慌てなくてもいいだろ?」

「・・・まぁ、そうだな・・・」

 再びテリーはユナの隣に身を寄せる。
隣の女を見るとじっとこっちを見ている。

「フッ、昨日から変な奴だな」

「えっ・・・あ、そうかな・・・」

 恥ずかしそうに頬を掻いた。
昨日、テリーを呼び止めたのも、キスを誘ったのも、お風呂に入ったのも
こうなることを期待していたからなのかもしれない。

「悪かったな、昨日・・・」

「えっ、イヤ、テリーが気にすることないって」

 赤面して答える。コチラに体を向けたテリーに何だか恥ずかしくなって
シーツにくるまった。

「大体キスだけなんて、都合が良すぎる」

「え?そ、そうか?」

「あんな状況でキスだけで抑えられる男がいたら異常だな」

「それはテリーだって例外じゃないと・・・」

「当たり前だろ!」

 目を合わせず言い切る。
ゆっくりと目を合わせるとユナは嬉しそうに笑った。

「もしかして・・・たまってたのか」

「な、何を言い出すんだお前は!」

「えへへ、別に否定しなくたっていいじゃないか。キスだけで抑えられる
男なんて異常なんだろ?」

 へっへっへと悪戯な笑いを浮かべてサラシを巻いている。
巻き終えた後にテリーが

「何だか今日はやけにオレに突っかかるな」

「え?そ・・・そうかな・・・」

 少し、図星を突かれてしまった。
そして、少し考えて

「もしかしたら不安だからかもな・・・」

 呟いた。
下着を身につけて、普段着に着替えた所で、

「これはオレの本音だからな。あのさ、あの不安になるっていうのはさ
テリーに抱かれた後って、絶対オレ・・・想いを確信しちゃうんだ。
自分のテリーに対する強すぎる想いに怖くなるんだ。一人になった時の事を
考えて、不安でたまらなくなる。だから言葉でも確かめたいんだよ、テリーの気持ち・・・」

「・・・・・・バカ・・・」

 こいつは本当に腹が立つくらい

「オレに何を言って欲しいんだ?」

 可愛い奴だ。

「抱かれたくらいじゃ、オレの気持ち伝わらないか?」

「そ、そういうわけじゃ・・・」

 もぞもぞと考えながら。

「そういうわけじゃない。・・・あ、ゴメンな。変な事聞いて」

 テリーはキョトンとして笑う。ユナはマントを羽織り、剣を背負って、靴を履いた。

「あのさ、目覚めちゃったし・・・その辺散歩でもしないか?」

 無言でポンポンとユナの頭を叩いた後

「用意してくる」

 そう言ってドアを開けた・・・が。
その時、ちょうどとなりのミレーユの部屋の扉が開いた。
朝、ユナの部屋からテリーが出てくる。これほどにヤバイ状況はないのだが、
向こうの状況も同じだった。

「・・・ハッサン・・・!」

「ゲッ、テリー!!」




 ・・・・流石にこの村は周りが山や森で囲まれている盆地だけあって空気が気持ちいい。
 村には無いと思われていた公園を見つけて二人は足を踏み入れた。

「・・・・・」

 テリーは宿を出てからずっと無言だ。

「・・テリー、もしかして怒ってるのか?」

「・・・・・」

 やっぱり無言だ。ちょうど見つけたベンチに腰掛け、隣にユナも座るように促した。

「いつまでもミレーユさんを縛っとくのもどうかとおもうけど・・・」

「別に縛ってるつもりなんてないが・・相手があのハッサンだぞ・・」

「あの・・って」

 そりゃ、か、考えるよなぁ・・しかも早朝からハッサンがミレーユの部屋から人目を忍んで
 出てくる・・。二人の関係はかなり進んでいるようだ。

「テリー、ユナ、何してるんだ?」

「・・・・・げっ 」

 ベンチの後ろから出てきた奴は、話題の中心人物だった。

「なんだよ、その反応は・・」

 ハッサンの後ろにはミレーユも見える。そのミレーユをみた瞬間、テリーは思い切り目を背けた。

「テリー・・何怒ってんだよ?」

「うるさい!!」

 ハッサンに向けて言う。

「なっ何本当に怒ってるんだよ!お前らだって昨日の夜やってたんだろ!?」

 げっ、ば、ばれてら

「・・・・・」

「・・テリー・・」

 ミレーユが過細い声で声をかけた。今度は背を向けてミレーユを拒絶するテリーの肩に
やさしく手を掛けて言った。

「貴方がユナちゃんを愛しているように、私もまたハッサンを愛しているの、わかって・・・。
テリーにならこの気持ち、分かるでしょ?」

「・・わからない」

「・・・テリー・・・」

 それだけを言って足早に去っていくテリーを引き留める事が出来なかった。
 ずいぶんとテリーが見えなくなった所で、ミレーユとハッサンは息をついた。

「大丈夫か?ミレーユ。それにしても何なんだよあいつ・・あんなに怒らなくても・・」

「テリー・・」

 恋人たち二人は後を追いかけていったユナに、和解の期待を託すしかなかった。




「おい、テリーっ」

 彼は公園をすぐ出た先にたたずんでいる。あまりにも朝が早いため、村を徘徊しているのは
信仰深い僧侶たちくらいしかいない。

 ユナに気付くと、ゆっくりと宿にむかって歩き出した。待っていたのか・・

「ミレーユさんの気持ちも分かってあげようよ」

「・・・・・」

「せっかく好きな人と結ばれたのに、弟に認めてもらえないなんて、悲しいんじゃないのか?」

「わかるのか」

「・・・?何・・・」

「お前にオレの気持ちが分かるのか!?」

 急に大声を張り上げられて、思わず顔がこわばった。
落ち着く暇もなく、慌てて言い返す。

「わかんねーよ!なんで姉さんがハッサンとくっついてそんなに怒ってるのか、
オレには本当にわかんねー!」

 どうして、そんなに・・

「分からないならそんなに説教しないでくれ!」

 ・・・・・ずきん。自分でも自覚した。胸に大きな傷が入った音が聞こえた。

 最近テリーが優しくって、キスしてくれて、抱き締めてくれて、心配してくれて・・。

そんな日が続いた為、この言葉は以外にも深く心に突き刺さった。
前の自分なら、軽く流していたはずなのに

「・・待てよ!」

 そのまま立ち去ろうとしたテリーを、うつむいたまま引き留めた。
一応テリーはその場に止まった。

「・・・オレ、テリーの気持ちわかんないよ。・・だから・・」

 ・・・・・

「だから、教えてくれよ。そうしたら、オレだって少しは分かるようになるかもしれないし・・」

「何故、そんなこと、お前に教えなければいけないんだ」

 言葉とともに振り向く。

「・・・・・それは・・・」

 今まで何とか言い返していたが、口ごもってしまった。それは・・・
それは・・・、確かにオレにはそんな権利なんてない・・・けど・・・

「けど、気になるんだよ、テリーのこと・・」

 そんなユナに無言のまま側に寄った。そっと彼女の肩に触れる。
うつむかせた顔をゆっくりとあげたところで

「聞かなきゃ良かったって・・後悔しないか?」

「・・・・・」

 首を思い切り縦に振って今の気持ちを率直に表現した。
テリーの唇がもどかしく動く頃には耳に響いてきた。

「オレと姉さん・・・血が繋がってないんだ」

 大声をあげそうになったユナの口を慌てて塞いだ。
もう一度念入りに注意を促した後、話し始めた。

「この事は姉さんだって知らないんだからな」

「えっ、じゃあテリーだってそんな確信があるわけじゃ・・」

「話は最後まで聞け!」

 しゅんとなったユナの手を引っ張って、宿への帰路を辿りながら、昔の記憶を話してやった。







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