● 後悔 ●

 



「バカか・・・あいつ・・・」

 宿の屋上から森の中の湖を見渡す。
バチャバチャと水柱が立っている。

「・・・ハァ・・・無いよ・・・」

 何度も何度も水の中を行き来して、ため息をつく。笛は見つからない。
母さんの・・・形見の大事な笛なのに・・・。

もう太陽は色も変わり、傾きかけている。
冷たい水が、ユナの身体に突き刺さる。
ユナは探すのは明日にしようと思い、仕方なく湖を名残惜しそうに見ながら
走ってその場を去った。

ユナが湖から走り去って行ったのを見て、テリーはやっと重たい足を動かし始めた。




「・・・・・・はぁ・・・はぁ・・・」

 ポタポタと水滴が落ちてくる。
この湖に入って、初めの頃よりすっかり水も冷たくなってきていた。

「くそっ・・・・・・!」

 何故オレがこんな事をしなくちゃならないんだ・・・

『愛してるんだよ・・・テリーのこと・・・』

ふと、言葉が頭に思い浮かぶ。

「愛してる・・・か・・・」

 オレが、誰を、オレが、ユナを・・・か?

 先ほどの言い合い。
それを思い出して、自分の気持ちがごちゃごちゃになっている事に気付いた。
ミレーユとハッサンの事が、ミレーユ姉さんの事が気になって
自分の気持ちの奥が見えなかった。

本当はもう、自分の気持ちは自分で知ってるのかもしれない。
けど・・・何故か頭で制御がかかっていた。
確かめたい事が、あったから・・・。

「姉さん・・・」

 何度も何度も水の中を潜り、やっと笛を見つけた。

「ミレーユ姉さん・・・」




「う・・・っく・・・うっ・・・」

 こんな事くらいで、こんなに苦しいなんて・・・オレ、何時の間にこんなによわくなっちまったんだ・・・?

「・・・っく・・・」

そんなにテリーが好きだった・・・好きなのか・・・。

ゴツンと鏡に額をぶつける。
ため息で鏡が曇った。

どうして、こんな事になったんだ・・・?
オレが、余計な事言ったから・・・?
ミレーユさんとハッサンの関係を知ったから・・・?
テリーの精神に勝手に入っちゃったから・・・?

テリーが・・・本当はミレーユさんの事を好きだって・・・気付いたから・・・?

ズキンズキン。
心臓の音の代わりに、何か突き刺さる音が聞こえた気がした。

本当は、テリーは、ミレーユさんの事が好きだったから・・・?

「不公平だよこれじゃ・・・」

 真っ赤になった瞳。あいつの事でこんなに泣かされるのは久し振りだな・・・。

コンコン。
自分の部屋をノックする音が我に返らせてくれた。
星はもう随分上に見える。

「ユナさん」

 ドアの隙間から見える。顔色の悪い老婆。

「決心はつきましたか?」

 何も言わないまま、ユナはコクンと頷いた。




「オイ、何でこんな所にこの人がいるんだよ?」

「ちょっと、そこの奇怪な髪型をした大男!私はこの村の長ですぞ!ユナさんを迎えにきただけだ」

「人の金で食事して、ユナまで生け贄にするくせに態度のデカい婆だな・・・」

 ウィル、チャモロ、ユナを見回し、三人に反抗の色が見えないことを知ると、老婆への当てつけか
 思いきり不機嫌そうにイスに座る。

「ミレーユとテリーはまだしゃべくってんのかよ?夕食が冷めちまうぜ?」

 ・・・・・・・・・すでに食べ出していたユナのスプーンが止まった。

 テリーとミレーユさんが一体何を・・・。ぐっと唇を噛み締めて、パンを千切らずに口の中に押し込んで
強引にスープで流し込んだ。オレには、もう、関係のない事だ。

「何でも、何か二人で話したいことがあるらしくて、先に食事をしてていいって言ってたし・・・」

 ウィルの言葉に耳が傾く。言うこととやることが違うのはユナの十八番。
その時、自分の存在をアピール したかったのかゴホン、と咳払いが聞こえた。

「そう言えば・・・シフォンさんは何故こんなに早くにここに来たんですか?
生け贄の時間は明日の丑三つ時なんでしょう?まだ半々日はありますよ?」

 コクリと老婆は頷くと席を立つ。

「その事だがな・・・ちょっと予定が変わっての・・・出来ればなるべく早く来るように言われたんじゃ」

「?怪物と交流があるのか?婆さん」

 何か妙な言い回しに不快感を感じているのは、ハッサンだけじゃない。

「ハッ!あ、う、ええ、まぁ、そうじゃそうじゃ、早くユナを差し出せと、今すぐ、いや、なるべく早く差し出せと」

「・・・向こうはユナが生け贄を代行したって知ってるのか?」

 揚げ足を取るハッサンを無視して話を続けている。額から冷や汗が伝っている。

「・・・そう言うわけでユナさん、出来るなら早く・・・今すぐにでも怪物の所に・・・」

「オイオイ、そりゃ唐突だぜ ババァ・・・」

「・・・・・・・・・いいよ!」

 ・・・あんまり早い返答にハッサンだけでなく老婆さえ目を丸くしている。
 がっとしわしわの手で美しいユナの手を掴む。

「いいんですかぁ!ユナさん!」

 哀願しながら何度も頭を下げる老婆を後目に

「オイ、イイのかよユナ!?このババァ何か怪しいぜ!ユナの若い精気を吸いとろーとしてんじゃねーのか?」

「失礼ねっ!!そんなことする分けないじゃない!!まだ若いのよ!!」

 急に若返った言葉使いに、皆はますます不信感を募らせていく。

「ユナさん・・・本当に大丈夫・・・なんですか・・・?」

 しまったという顔をしている老婆を、目を細めて見定めている。
ユナは皆の意見にも耳を貸さず、自分の 荷物を取りに二階の部屋へと引っ込んでいった。
怪しくても何でも良かった。ただ皆と離れたかった。

 テリーと離れたかったんだ。

パタパタパタ・・・廊下を歩く、自分の部屋へ行く曲がり角を曲がると・・・人影を発見した。

「・・・・・・・・・・・・っ!!」

「・・・オイ、何・・・」

「・・・今朝の忘れ物を取りに来ただけだ」

 尋ねる前にせっかちに答えられてしまった。
言い返す言葉が見つからずに自分の部屋のドアを開けた。

 何で・・・今一番・・・会いたくない奴に・・・

「・・・オイ・・・」

 その小さな声にはっと反応してしまう。振り向くと向こうもこっちを見ている。

「・・・何・・・?」

 いたって普通に答える。

「もう、生け贄になるのか?」

「・・・・・・だったら何?」

 今度は少し不機嫌そうに返答する。テリーは何か聞こえない言葉を呟くと、
そのままどこかへ行ってしまった。

 別に・・・か。これが一番あいつらしい言葉だな・・・。

見える位置までずっと彼を見つめる。 角にテリーが消えたところで、荷物と剣を取るために部屋に入った。




「さあさ、それじゃ、行きましょうかね」

「ユナ、本当に気をつけろよ!何があるかわかんねえからな!」

 宿の外でみんなが見送ってくれる。

「・・・それにしてもテリーが来るまで待ってた方がいいんじゃないのか?」

「別に、いいよ・・・」

 別に・・・いいんだよ・・・もう・・・だって・・・テリーは・・・

「ユナちゃん」

 物思いに耽っていたユナに、ミレーユが声を掛けた。

「必ず帰ってくるのよ。その時に、話したいことがあるの」

「大丈夫ですよミレーユさん」

 いやな予感はユナをも襲った。帰れる確率は帰ってこれる可能性よりも低い気がする。
しかし恐怖はない。あるのは、溜まった、心の底の彼への想いだけだった。

「さぁ、ユナさん」

 本当にせっかちに向こうの方で老婆が呼んでいる。
みんなを見回してコクリと頷くと、ゆっくりと歩き出した。

 ユナが見えなく見えなくなった所で、後ろを振り向くと、テリーがドアから出たところだった。

「テリー」

「ユナ、もう行っちまったぜ?」

 ハァとため息をついた後、じろりとハッサンを睨み付けた。

「誰もユナを追いかける奴はいないのか!?アイツが本当に怪物の餌になってからじゃ遅いんだぞ!!」

「なっ、何でオレに言うんだよ!オレらはお前がユナを守ると思ってあえて手を出さないだけだぜ!」

 ハサンとともにみんなも頷いた。

「テリー・・・ユナちゃんの事心配なんでしょ?」

 そっぽを向いているテリーに優しく問いかける。
もう一度深いため息をつくとともにやっとミレーユの方を向いた

「心配なら、追いかけないといけないんじゃないか?」

 ウィルも言う。

「・・・・・・・・・誰もいないんじゃ、オレが行くしかないじゃないか」

 二、三歩と歩いて、それから振り向かずに走っていく。

「・・・素直じゃねぇな。ミレーユ、お前の弟は」

 ハッサンに苦笑いを返すと小さくなった弟を見ながら、先程言い合ったことを思い出した。テリーも・・・。




「知ってたわ・・・あなたと私が他人だって事くらい・・・」

「・・・・・・・・・っ!」

 サークレットを外し、鏡越しにテリーを見る。向こうも鏡越しにミレーユを見た。

「・・・だから・・・テリーは私のこと、欲しいと思ってるの?」

「・・・っそんな・・・そんなことはっ!」

 そんなことは思わない。姉さんにそんなこと出来るわけがない。

「・・・ユナちゃんの時はどうだったの?愛してるって思ったんでしょう?欲しいって・・・
抱きたいって思ったんでしょ?」

 ・・・・・・心の中で、欲望の中で答えは出ていた。

YES・・・だ。

すぐ側にベットがある、が、ミレーユを押し倒したいとは、抱いて全てを知りたいとは思わない。
欲望はそうはいっていない。

「・・・恋愛と、兄弟愛は違うのよ・・・?テリー・・・」

 振り向くと同時に言い切った。向こうも何かやっと気付いた顔でいる。
心の中の霧が、そのミレーユの一言で吹き飛んでしまったのを確信して
自分の中の想いを感じることが出来た。
自分の本当の想いを。

「でも・・・もう遅いんだ・・・ユナは、もう・・・」

「遅くなんかないわ!」

「・・・・・・・・・・・・」

 びしょ濡れのユナが思い浮かぶ。

「ユナちゃんは待ってる・・・貴方のこと・・・」




 待ってる・・・。やっと町外れの森が見えた。もうユナと老婆は見えない。
 ぐっと唇を噛み締めると、森の中へ駆けていった。

「・・・・・・あのぉ・・・ところでその怪物とやらは何処にいるんですか?」

「・・・この辺りでいいかしら」

「え?」

 老婆はバサっと外衣を脱いだ。
その瞬間、顔は一瞬にして若返り、美しい姿に変貌した。
しかし、もっと驚いたのはその若い女性は、ユナの顔見知りと言うことだった。

「あ・・・何で・・・お前が・・・」

「・・・スイマセン・・・こうするしかなかったので・・・」




 テリーは森の中を当てもなく歩いていた。
急に光が目の前に広がった。一筋の光が天に向かってのびている。

イヤな予感がした。
何も考えたくなかった。
デジャヴ・・・まさか、ユナ・・・。

胸の中のいやな予感はどんどん膨らむ。
いつの間にか走っている。

光の真下にやっとたどり着いたと思ったら、木が開けたところに出る。
そこに老婆の姿はなかった。

「・・・・・・・・・っ!!」

 白い翼に桃色の髪、美しい顔・・・。いやな予感が当たった。
光の中のユナが驚いた顔でテリーを見つける。

「ユナ!これはどういうことだ!」

 必死に光の中の腕を掴もうとするが、光の壁に弾かれる。パクパクとユナの口が動く。
しかし、何を言っているのか分からない、聞こえない。

「無駄ですよ、テリーさん。この光の柱の中では外界の接触を許されません。
許されるのは、視覚だけですよ」

「オイ!!お前これはどういうことだ!生け贄はどうした!
怪物なんて何処にもいないじゃないか!!」

 端正な顔の口元がニヤリと緩んだ。

「・・・もう分かってるんでしょう?生け贄のことも、私が村の長だって事も全て嘘です。
本当の目的は・・・ユナ様を天空城へ連れて帰る為です」

 ・・・いやな予感が当たった。ユナはテリーに向かって何かを必死に訴えている。

「無理矢理にユナを連れて帰るのか!?」

「無理矢理じゃありませんよ」

 瞳をゆっくり細ませて少女を見た。

「ユナ様は抵抗しませんでしたよ、天空へ帰ることに」

「・・・なっ・・・!」

「これでテリーさんのこともあきらめがつくって言って、自ら光の中へ足を踏み入れました」

「・・・・・・・・・!!」

 今朝の自分の言った言葉を思い出す。ユナに言ってしまった言葉。

(チェリー!お願いココから出して!もう一度だけ、テリーと話をさせてくれ!!)

 そのピンク色の髪の女性、チェリーにはユナの言葉が聞こえるらしい。ユナの訴えにゆっくりと首を振った。

「ダメです、ユナ様。もう外界と関わりを持つことは出来ません。
ここでこうなったのも、運命だと思って あきらめて下さい」

 運命・・・何度、この言葉を耳にしたんだろう・・・。

「スイマセン、私の意志ではないんです・・・。ゼニス王の意志なんです・・・」

 涙ぐみながら頼むユナをかわして、テリーに目を向けた。
自分の犯した失敗に、為すすべもなく止まっている。

「ユナ・・・オレは・・・」

 ついにユナは目にいっぱい溜まった涙を流しながら、何とか自分の気持ちを伝えようとしている。

「オレは・・・」

「テリーさん」

 光が真っ白になった。ユナの姿も完全に白く塗りつぶされた。

「さようなら」

 声だけが聞こえ、瞬きをした瞬間に、そこは普通の林になっていた。
 光もなく、真っ暗に。まるで、自分の心の中のように・・・。

(いいじゃないか、一生会えなくなる訳じゃないんだし)

 ガッ・・・拳を叩きつける。血がだらだらと流れている。それにかまわずガンガン地面を殴りつけた。

(もう一生会えなくなる)

 ガン、ガン

(一生会えなく・・・)

 ・・・・・・拳をだらんと抜けさせて、一気に放心した。その言葉が、心の中を支配している。
 その言葉は、テリーの先の人生を決めてしまうものだった。

「一生、ユナに会えないのか・・・?」

 いやだ!いやだ!絶対いやだ!!

「テリー・・・、ユナちゃんは・・・」

「・・・姉さ・・・」

 ガクンとミレーユの肩に倒れ込む、ボロボロの拳。

「もう一生会えな・・・」

「・・・え・・・!?」

「もう・・・一生・・・」

 会えない、言葉も交わせない、声も聞けない、触れることも・・・抱き締めることも・・・

「もう・・・会えな・・・」

「テリー!大丈夫!?テリー!!」

 意識が遠くなる、ミレーユの声も遠くなる。

聞こえてくるのは、ユナの声だけ、オレを必要としてくれて、
オレを愛してくれて、助けてくれて、元気をくれて・・・ずっと側にいてくれた・・・

 大切なユナの声だけだった。




「・・・テリーは・・・どうだ?」

「疲れて眠ってるわ・・・」

 正確には泣き疲れて・・・。ボロボロ涙を流して、本人は気付いていないようだった。
認めたくなかったのだろう・・・。

(一生・・・逢えな・・・)

 何度も何度も同じ言葉を繰り返している。たとえ血が繋がっていないにしろ、
 弟のこれほどまでに苦しんでいる姿を見ることは、姉にとって苦痛以外の何者でもなかった。

「・・・で、オレたちにはまだイマイチ分かんないんだが・・・何であのバァさんもユナもいなくなってるんだ・・・?
それに村の奴らに聞いても長は、随分昔に亡くなってるそうじゃねえか!」

「ええ!?それじゃ、やっぱりユナさんは・・・」

 ハッサンの言葉に反応するチャモロ。ミレーユに目を向けると

「今は推測でしか話せないわ・・・。ちゃんとした訳は、テリーが目覚めてからにしましょう」

「・・・あ・・・ああ・・・そうだな・・・」

 興奮した自分を落ち着かせてイスに座り直す。皆、頭の中にいろんな考えがよぎっていた。
 それはユナの行方と、これからのテリーの行方だった。




 窓からさわやかなそよ風が吹き込んでくる。風に乗って子供たちの笑い声も聞こえる。
遠い意識の中で聞こえる。ガチャ、現実的なドアをあける音が、我に帰らせてくれた。

「テリー、オハヨウ」

 金髪の女性が花を活けて持ってきていた。優しい笑みで挨拶をすると、ベットの側のイスに腰掛ける。

「昨日は随分うなされてたようだけど・・・」

「・・・覚えてないな・・・」

 いたって普通に返答するが、真っ赤になった瞳は、嘘をつけなかった。
涙のせいで痛んだ瞳、泣いていたのか、ずっと。夢を見ていたんだ・・・昔の・・・

「テリー!」

「・・・・・・・・・」

 やっとミレーユの呼んでいる声に気付く。
ふっと額を押さえて、もう一度、ミレーユに言う言葉を整理した。

「・・・ユナは、天空城へ帰った」

「・・・・・・そう・・・」

分かっていたようなミレーユの返答。

「あの老婆・・・女が、差し金になってユナを連れて帰ったんだ。ゼニス王からの命でな・・・」

 ミレーユの方を見ないように、ベットから降りて靴を履いた。
中身も確かめずに鞄を持って立ち上がる。

「それじゃ・・・やっぱりユナちゃんは・・・」

 所詮・・・

「所詮、こんなところにいるべき奴じゃないんだ・・・」

 あいつは天空人、下界との関わりを持つことは許されないんだ。

「何処へ行くの?テリー!」

 足早に歩き出すテリーを、やっと我に返り呼び止めた。

「・・・別に、何処でもいいさ。ただ、もう仲間・・・姉さんたちとは一緒に旅は出来ない・・・」

「ユナちゃんを探しに行くの!?」

 間髪入れず尋ねる。しかし答えはなく、首を横に振った。

「テリー・・・どうして・・・?ユナちゃんのこと・・・」

 悲しみがあふれている瞳に、それからの言葉を飲み込んだ。

「ああ、まだ愛してるさ」

 ミレーユのそれから続く言葉に感づいて、返答する。
言った後、ふっと背を向けた。

「もうあいつとは・・・あいつのことを忘れる」

 忘れるしかないんだ。ダークドレアムに願いを叶えて貰った今、
ユナに触れる手段は残されていない。

もう、会えないんだ・・・。

「いつか忘れられるさ・・・時間が全て忘れさせてくれる・・・」

 ゆっくりとノブを回して、扉を開ける。小さな隙間から、冷たい風がビュンビュンと吹いてきた。
それは、隙間のあいたテリーの心に容赦なく吹き込んでくる。

「さよなら・・・姉さん・・・」

 ユナ・・・。

外衣を身にまとって、深く顔を埋めて、足早に、誰にも会わないように宿を出た。
ユナと一緒に見た最後の空を見上げると、当てもなく歩き出す。

自分が悪い。

ユナにあんな事を言って傷つけた自分が悪いんだ。
本当の想いに気づけなかった自分が、姉さんとハッサンの事くらいで想いが
ぼやけた自分が悪かったんだ。

『後悔』

心の中で呟く。

唇を噛み締めて、立ち止まった。
地面に、何かが落ちてくる。ユナへの想いと共に流れ落ちて欲しかった。

 ・・・さよなら・・・

 ・・・もうあることのない・・・オレの恋・・・





 青いマントに、足の風よけ、靴、肩の出る服、バックル、スライムピアスに大剣・・・
 いろんな事を思い出しながら、大切そうに大きな宝箱の中になおしていく。

 一つ一つのものにエピソードが込められている。それを思い出すたびに、目に涙がこみ上げてきた。

「ホント、何でオレこんな、弱くなっちまったんだろ・・・」

 一人で呟きながら、今度は鞄の中の整理をし出す。

テリーとヒックスからもらったスライムピアスに、袋に入った替えの下着。剣を手入れする道具、
テーピング、オシャレなバンダナ、タオル、薬草、毒消し草、月見草・・・あれ・・・

「これ・・・」

 オレがスッゲー大切にしてた、母さんの形見の笛・・・。

これは確か、あの湖に落としっぱなしになってたはずなのに・・・
はっとなって、テリーを思い出した。部屋から出てきたテリーを・・・。

「テリー・・・」

 何で言ってくれなかったんだよ・・・。オレ、めちゃめちゃ探したんだぜ、それでも見つからなかったのに

・・・どれくらい探したんだよ・・・。
バカヤロ・・・もう・・・一生あきらめつかなくなりそうじゃないか・・・。

どうして、オレはあんな事くらいで
天界へ帰ろうなんて思っちまったんだろう・・・。
どうして、あんな言葉くらいで彼の想いを信じられなくなったんだろう・・・。

オレが悪い・・・。
テリーと自分の想いを信じて、何を言われても、テリーの側にいれば良かったのに・・・。

ボロボロと涙が溢れ出して、笛に流れ落ちていく。

時間が戻って欲しい。
あの時をもう一度遡って、ちゃんと自分の気持ちを貫いていれば良かった・・・!
あの時、毎日のように感じていた温もりが、凄く貴重だった事に気付いて
その場に崩れ落ちてしまう。

『後悔』

その二文字が、何度も何度も聞こえてくる。

これからの日々の不安や恐怖、会えない辛さや一人の悲しみを
思って、ただただ泣くことしか彼女には考えられなかった。








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