● 背負う物 ●

 



 ここは・・何処だ・・?活気のある街、見覚えのある街並みだ。

何故こんな所にきてしまったんだ・・。
知ってる宿に行って、街並みが見える大きな窓がある部屋へと案内された
宿主が出ていったところで、ベットに仰向けになり息をついた。

一息ついて大きな窓の鍵を開いた。遠くに目立つ煉瓦造りの赤い石壁が見えた。
初めて会った場所。ギンドロ組のアジト。

「・・・・・・・どうかしている・・・」

 ガンディーノ・・・。どうして・・・。

「・・・・・・・・・・・・」

 あの日から、ずっと溜まっている涙。
それを流さないよう首を振った。

ごつ・・・と窓に額を当てた。

窓の外からはガンディーノの町並みが見渡せる。
すぐ下の大通りから中に入った路地に視線を動かすと、
そこには、若い男女が仲睦まじく肩を寄せ合って、愛を語っている姿があった。

「・・・・・・・・・」

 男の方が女に耳打ちすると、女は恥ずかしそうに両手で顔を覆って
そのまま男の胸に倒れ込んだ。

胸が痛む。
胸も心も、何もかもが痛んだ。

オレはあいつに何も言ってやれなかった・・・
自分の事ばかりを考えて・・・言葉が意味を成す事が気恥ずかしくて
自分の気持ちを一言もあいつに、面と向かって言えなかった・・・。

「・・・・・・・くそ・・・くそ・・・っ!」

 あいつに好きだと言われても、オレはいつもはぐらかすばかり・・・。
それなのにあいつは不満を言おうともせずにずっとオレの側に居てくれて・・・
オレが望めば笑顔で応じてくれて・・・。

心が焼け付く、喉も焼け付いてきて、それを癒そうと再び涙が
襲ってきた。

言えば良かった・・・こんな事なら何十回でも何百回でもあいつに言えば良かったんだ・・・。
心から愛していると・・・
誰よりも、何よりも愛してる・・・
命より大切な存在だと・・・・・・!!

「・・・くそっ・・・くそ・・・っ!」

 目から涙が滝のように流れている事に、彼は気付いてはいなかった。





 それは彼女さえ、同じ事だった。

「ユナ様、入りますよ」

 ここはガンディーノの遙か真上に位置する楽園、天空城。
その城の最上階の部屋を、メイドで唯一入室許可を持っているグレミオがノックした。

 何回かノックしても何の応答もないので、仕方なく鍵を開けて中に入ると、
ベットにうつ伏せになっているユナを発見した。

窓の外は真っ暗、気温も随分低くなって寒くなっているというのに・・・
グレミオはそう言うわけで持ってきた毛布を眠っているユナにそっとかけてやる。

そこでユナの異変に気付くことが出来た。

瞳から頬にかけて、涙の後がくっきりと残っている。
枕やシーツは悲しみの色に染まって、涙でぐしょぐしょだ。

「ユナ様・・・」

 年老いて涙脆くなってしまったのか、グレミオはエプロンでユナと自分の目を丁寧に吹き上げる。

ユナがまだテリーの事を想っているのは予想していた。
だから自分も冷静に対処する覚悟は出来ていたのに・・・。
そっとユナの肩に触れてやさしくリズムをとりはじめた。子守歌を歌ってあげるのだ。

小さい頃ユナはこうすると安らかに眠ったものだ。

 すや すや すや・・・

 しばらくして安らかな寝息が聞こえてきた。
そこまで歌うとそっとユナのそばを離れて扉を閉めた。
強固な扉を閉めて、鍵を見つめるとやるせない気持ちがわき上がってくる。

 こんな天空城で独りぽっち、こんな部屋に閉じこめられて・・・どうして・・・

「どうして・・・どうして愛するヒトとさえ一緒にいてはいけないんですか・・・?」

 どうして、ユナ様だけが・・・こんなに苦しい思いをしなくちゃいけないんですか・・・?

扉の前にへたり込んで、グレミオは我を忘れて号泣してしまっていた。
ユナの苦しみと悲しみが痛いほど伝わってきてしまったグレミオは・・・。




 チュン チュン ・・・

 最近の朝は全然さわやかではない。起きたくない、ずっと眠っていたい。
ずっと眠っていれば、ずっと一緒にいられる。
もう一度眠ろうとして、自分にかかっている暖かい毛布に気付いた。
・・・この毛布、覚えてる。小さい頃おれが使ってた毛布だ。
グレミオの笑顔を思い出して、冷たかった心がすこしだけ暖かくなった気がした。

こんこん。

グッドタイミングでドアをノックする音が聞こえた。

「ユナ様、起きていますか?」

 ・・・・・・・グレミオの声。

「あっ、ああ起きてるよ!」

 ぱっと体を起こして寝癖を手ぐしで直す。

「あのっ、グレミオ、この毛布さんきゅう!すっげーあったかかった・・・」

 白い髭に地味な服、外衣。
そこに現れたのは、自分を理解してくれるグレミオではなかった。

「・・・・・・っ」

「ユナ、久しぶりだな・・・」

 それだけを言うと部屋に入ってくる。後ろからグレミオが申し訳なさそうに入ってきた。

「すまないな・・・お前が帰ってきてから数週間、会えなくて・・色々と忙しくてな・・・」

 そうか、時間の感覚がなくてわからなかったのだが、ここにきてかなりの時間が経っていたのだ。
 ぬけがらのように過ごしてきたユナにとっては、もう随分長く感じていた。

「何に謝ってるんだよ」

 ふいっと体ごとその人物を避けた。

「謝るところがずれてるんじゃないのか?」

 父親に向かって使う言葉ではない。分かっていたのだが許せなかった。
父親とも思いたくないぜにすの事を。

それを聞いたぜにすはそっぽを向いているユナのすぐ後ろまで来ると、
頭にのせていた王冠を両手におさめた。

「すまない、ユナ!」

 思い切り頭を下げる。しかしユナは振り向かなかった。

「お前には本当に悪いと思っている!しかし・・・これ以上・・・テリー君と一緒にいる事は出来ない・・・
タイムリミットをとっくに過ぎてしもうたんじゃ・・・」

「何で・・・」

 ゆっくりと振り向く。

「何で、おれとテリーが一緒にいちゃダメなんだ!?どうして!何で!?」

「ユナ様」

 収拾のつかない程興奮しているユナを落ち着かせる為に、
洗濯で荒れた手でユナの肩を抱き締めた。

「どうしてなんだよ!皆して!」

 怒りのために震えている、それはグレミオの体にまで伝わってきた。

「いつか話さなければいけないと思っていた」

 重い頭をやっと上げると、両手にあった王冠を、グレミオに預けた。
正面の鏡には、王でも何でもない一人の父親の姿がある。

「しかし、お前には辛い話だ・・わしには、なかなか話せなかったから・・・」

「そんなの・・・」

 聞いてみないとわからないじゃないか。
少しの理性が残っていたのだろう、皮肉をのどに詰めたまま出さない。

「・・・ユナ・・・天空、地上とあわせて何十万、何百万・・・おそらくはもっといるだろう・・・
だが、たった一人・・・恋をしてはいけない人間がおるんだ・・・」

 やっとユナと目が合うと、向こうの言いたいことが分かったのか、ゼニスは頷いた。

「そう、知っているとおりその男の名はテリー。お前と恋に墜ちてしまった若者だ・・・」

「・・・・・・そんな・・・っ!」

 声を出したのはグレミオの方だった。
ユナは予想していたが、驚きと悲しみが入り交じっている瞳は見る者には辛く感じてしまう。

「・・・・・・・・・どうして・・・なんで・・・」

 いったん、娘から視線を外して自分を落ち着かせる。再び瞳を合わせて口を開いた。

「ここにグランマーズがいれば、話は早く進んだんだが・・・」

 あまりにユナにとって辛いことだから。

「今から約25年後、デスタムーアの志を受け継いだ新たなる魔王が現れる。
これは暦や月読の上でも間違いのない悪夢だ・・」

 全ての占術士や月読士が予測している真実。
魔物がまだ完全にいなくなっていない本当の理由。
地上の奥深い地中に、どこか分からないほど深い所に眠って、機を待っている。

「その魔王を倒せることの出来る人物は・・・勇敢な剣士の血を継いだ青年だ。
その青年がいないと、未来の世界は破壊の一途を辿ることになるだろう・・・」

「テリーの子供・・・か・・・?」

 何とも言えないユナの瞳をしっかりと見据えて頷く。

 はあ、と一息入れる、しかしユナは固まったまま動けないでいた。
何となく分かってしまった気がする・・・。

コツ コツ コツと部屋の中を歩きながら壁に手を触れてみる。

「ユナ、生涯に一度の愛という物を知っているか?」

「・・・・・・・・・」

「まぁ、わしとアイリーンがそれに入る。わしは死んでもなおアイリーンを愛し続けている」

「・・・・・・・・・」

 天空の王家の愛情は普通の人々よりも激しいのだろうか。

「その、テリー君も生涯この人しか愛せないという人と結婚して、子供をつくる、世界を救う子供を。
母親となる女性はユナではない」

 ユナと再び瞳が合う。今までの言動は、これからの言葉を言う為の前座だった。

「テリー君の子供を産めないユナでは・・・。女性の機能を持っていないユナでは、
テリー君の相手をつとめる訳にはいかん・・・。
わしら、地上人にとっての神は、全力を持ってこれを、例外の恋を阻止しなくてはいけないのだ・・・」

 言い切った。
もう否定は出来ない、後にも引けない。
辛い。子の気持ちを十分に分かる親は、こんな事は言えない。
一生隠し通すだろう。

しかしゼニスは親という以前に・・・神なのだ。

「そんな・・・」

 やはりグレミオはポタポタと涙を流している。
もう涙を拭く事も忘れて、ただ、ただ信じられないといった涙。

「そんな理由で・・・テリーと一緒にいられないのか!?オレが子供を産めない体だから!?
オレがギンドロで玩具奴隷として働かせられてたから!?」

 そのいきさつをつくったのはゼニスなのに!?

「ユナ!!落ち着いてくれ!!わしらは・・・わしらには過去を変えることはできないのだ!!」

 肩を掴んでいるゼニスの手を、思い切り振り払ってしまった。
 二人の間の溝は修復不可能に近い。もう、戻れない・・・。

「・・・それに・・・お前たちはまだ若い、これからまた、違う恋がきっと現れる」

 もう何も受け入れてくれそうにないユナにそれだけを言って部屋から出ようとすると・・・

「オレをこんな所に閉じこめて・・恋なんて出来るのか?」

 ピタリと足が止まる。

「子供も産めない体で、好きな奴とさえ一緒にいられなくて・・・どうして、本当は産まれない子供を
法に背いてまで産んだりしたんだよ!?」

 今更こんな事を言っても仕方がない。
だが、ゼニスがどうしようもなく憎かった。もっとゼニスを追いつめてやりたかった。
この時の自分の心理状態は、サイテイサイアクだった。

「一番傷ついてるのはオレ自身じゃねえかよ!!何で母さんは考えなしにオレを・・・」

「ユナ!!」

 振り向かずに、娘の名を呼んだ。

「わしが悪かったのは、分かっておる。だが・・・だがアイリーンは悪くないんじゃ・・・」

 覚えていない、アイリーン母さんの事、・・・わからない・・・。

「アイリーンはユナが産まれると、本当に一生愛してやるつもりだった。
一生守り抜くつもりだったんだ・・・それに、アイリーンは自分の身を投げうってまで・・・
ユナを守ろうとした・・・アイリーンに罪はない。恨むならわしを恨んでくれ・・・」

 それだけ言うと足早に扉から出ていく。
グレミオもオロオロしながらユナに一礼をするとゼニスを追いかける。

 傷つけた・・・・・・・・。
震えていた声。生涯愛し続けている母を、アイリーンを、娘のオレが悪く言っちまった・・・

 オレ・・・サイテイだ・・・。

「もう・・・サイテイだ・・・」

 力の抜けたように、糸の切れた人形のようにベットへ倒れ込んだ。

「女性の機能のないおれに、テリーの相手はつとまらない・・・」

 ふっと何故か笑ってしまう。だからと言って心の中のこの気持ちだって、どうすることも出来ない。

(生涯に一度の恋)

 本当に生涯に一度の恋だって思った。

 もう一度 声が聞きたい。
 もう一度 一緒に街を歩きたい。
 もう一度 皮肉っぽい笑顔が見たい。
 もう一度 会いたい。
 
 もう一度・・・

 愛してるって、言って欲しい・・・。







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