● 追憶テリー ●

 



 何かを思い出すように、まるで初めて見る様に、ガンディーノの街並みを見つめている。

 小さい頃の記憶が微かによみがえってきている。

もし、オレがこの平和な時代に生まれていたら、剣を求めて旅もしなかったし、
普通の青年になって、普通に恋をしていたんだろうか・・・。

いつの間にか足は町はずれへと進んでいた。

目的の家の側までくると、洗濯した手のシーツのいい匂いが風に乗って流れてきた。
視界の隅に、仲の良い母親と子供がいる。

「お母さんっ、これで良いのっ!?」

 小さな子供が、一生懸命白いシーツを物干し竿に掛けている。
母親の方が優しげにほほえんで

「ありがとう、これで良いわよ、ユナ」

「はぁーーーいっ。ユナ、ちゃんとお手伝いできたよ ーーーーっ!」

 ・・・・・・・・!

はっと反応してしまった。頭で考えていることとは反対に、体は逆のことをしている。

「・・・あら、何か家にご用の方ですか?」

「あ・・・いや、別に・・・」

 母親とユナと呼ばれた少女は不思議そうにテリーの様子をうかがっている。
別に用があるわけじゃない。

 ただ、アイツの過ごした家を、もう一度、見てみたかったから、それだけなんだ。

「あ、貴方・・・」

 去ろうとしたテリーを呼び止めた。青年の瞳に、何故か昔を思い出したからだ。

「・・・テリー君・・・テリーさんじゃありませんか?良くお姉さんと一緒に教会に
お祈りに来ていたでしょう?その時、何度かお話しましたよね?」

 優しい微笑み。子供の頃、その優しげな微笑みが印象に残っていて覚えていた。
そしてその優しそうな母親の後ろに居た女の子も・・・。今考えたら、その女の子が
・・・ユナだったのか・・・?
一応頷くと、やっぱりといった顔で両手を合わせた。

「まぁまぁ、本当に大きくなって・・・懐かしいわ、私もあの頃は若かったのよねえ・・・
あっ、良かったらお茶でも飲んで行きません?ユナと二人でヒマしてた所なんですよ」

 ユナという言葉を聞くたびに動揺する自分がいた。

「お兄ちゃん、一緒にお茶しましょうよーっ!」

 もう帰ろうとしていたテリーの腕を力一杯グイグイと引っ張る。しかし、みじんにも感じないのだが・・・。

「そうですよ、さあさ、遠慮せずにお入り下さい」

 女性二人から右腕、左腕を引っ張られて、仕方なく白壁の家の中へと足を踏み入れた。
家の中は案外広く、気持ちの良い風とちょうど良い日差しが注いでいる。
ゆらゆらと揺れるカーテン、家の周りの木々がさわさわと揺れている。

本当に平和な風景。
無理矢理座らせられたイス。
テーブルにはいい香りのハーブティーが注がれていく。

「いい香りでしょう、このお茶」

「・・・・・・ラヴェンダーのハーブティーだないつもならこれにサトウとレモンの皮を入れて飲むんだろ?」

 そう、この色と香り、良く覚えている。自分も飲んだことがある。
・・・ユナが好きなお茶。これを飲むと幸せになれるらしい。

「良く知ってますね、テリーさん!そうですよ、ラヴェンダーティーです。家ではいつもそんな風に飲んでますよ」

 和菓子を勧めて驚きを隠せないようだ。無言でお茶を口に含む。甘くてフワフワした感覚が舌に残る。
 久しぶりにまともなものを口にした気がした。

「このお茶・・・ユナ・・・・・・が好きだったんですよ・・・あ、覚えてますか?ユナの事」

 何となく言いづらそうにその名を口にする。
思わず夢中ですすっていたお茶をやっとテーブルに戻した。
そうだ、小さい頃に何度かその女の子と話をした事が有る。
その時はさほど気にも留めなかったあの子供が、ユナだったのか・・・。
小さい頃の会話の内容を必死で思い出そうと
するが朧気な記憶の輪郭がハッキリする事は無かった。

「・・・・・・・・・つい最近まで・・・一緒にいた・・・」

 何故こんな事を言ったのか分からなかった。いつもなら自分と彼女の関係を
口にする事は無いのに・・・。子供の頃、ユナと出会っていた事実が胸を熱くさせて
しまい込んでいた想いがこぼれ落ちてしまった。

「え・・・っほ、本当ですか?それで・・・ユナは・・・ユナはどうですか?元気でやってるんですか!?」

 テーブルから身を乗り出して期待に満ちた目でテリーを見つめる。
言おうかどうか迷った、ユナの事を・・・。

「ユナは・・・」

 ユナの育ての親、その心配げな瞳にうそはつけなかった。

「ユナは天空へ帰った・・・」

「・・・・・・・・・え?」

 相手にその事を良く認識させるため、一息置く。

「あいつは天空人だ。あいつは五歳の時に天空城から突き落とされて・・・それからこの家の世話になった」

「天空人・・・?あの子が!?」

 信じろと言う方が無理なのかもしれない・・・。
一般の人々にとって天空城なんて伝説に過ぎない。

 ましてやお伽話に踊らされる年齢でもない。
口に手を当てて何かを考え込む。昔のユナの奇怪な言動。美しい顔、身体。

「信じてくれ、とは言わない。だが、あいつは紛れもない天空人なんだ」

 それからしばらく沈黙が続いた。お互いの気持ちを整理するための時間だ。

「・・・・・・・・・ありがとうございます・・・」

「・・・・・・・・・っ」

 いつの間にか女性は重々しく下げていた頭を上げていた。

「ユナを、ずっと守っていてくれたんですね・・・」

 テリーは答えずまだ顔をうつむかせている。
おそらく何も答えないつもりだろう。

そんなテリーに感づくと、少し冷めてしまっているハーブティーを両手で口まで持っていき、
窓の外を見つめた。元気に愛犬と遊んでいるユナがいる。

 テリーもその方向に目を向けていた。

「・・・聞きたかったんだがな・・・」

 久しぶりに低い声を聞く気がする。ユナを見つめたまま動かない。

「どうして・・・同じ”ユナ”という名前なんだ・・・?」

 視線をゆっくりと女性に戻す。しかし女性はユナを見つめたまま

「・・・あの子も・・・ユナと同じように・・・捨てられていたんです・・・」

 あの日はユナが大けがをして泣いていた日と同じように、
暗く厚い雲で覆われていた雨の日だった。

「王様が変わって、生活が少しは楽になった矢先の出来事でした・・・。
私たちはギンドロに・・・売ったユナの・・・ユナに対してのせめてもの償いだと思っていたんでしょう・・・
その子を育てることにしたんです。ユナにしてあげられなかったことを・・・
育てられなかった分を・・・あの子に注いであげることにしました・・・。
名前をユナにしたのは・・・やっぱり・・・いくら生活が苦しかったとはいえ・・・
ユナをギンドロに売ってしまった事の・・・罪悪感でしょうかね・・・」

「・・・罪悪感・・・だって・・・?」

 鋭い目からにらまれる。血の気の多い冒険者に、一般人の女性は引いてしまっていた。

「ユナがギンドロで体験したことは、罪悪感という言葉で片付けられるほど生やさしいものじゃない!!
毎日・・・毎日男に抱かれて・・・何年経った今でも心に深い傷を負っているんだ!
だがユナは一言もあんたたち夫婦を責めるようなことは言わなかった!
ユナは・・・あんたたちの犠牲になったんだぞ!!」

 ずっと押さえていたのに・・・。

もう歯止めが利かなくなっている。
ユナはおそらくこんな事を育ての親に言って欲しくないに決まっている。
この場にいれば必ず止めにはいるだろう。長く束ねた髪がみだらにテーブルに流れている。

 そして・・・震えている。

「・・・いつか・・・いつか・・・私たちにも罰が来ると・・・天罰が来ると思っていたんです・・・。
ユナにどんなことをされても・・・仕方がない・・・と・・・」

 漆黒の髪を両手でもう一度束ね直す。涙も拭かずに・・・。
テリーは見ることが出来なかった。母の涙を。

「でも・・・あの子・・・なんて言ったと思います?・・・私たちを責めるどころか・・・
”自分は今、幸せだから・・・ユナちゃんを幸せにしてあげて欲しい”って言ってくれたんです。
本当に嬉しくて・・・でも、私たちの犯してしまった罪は、決してそう易々と消えるものじゃないんですものね・・・」

 涙を吹き上げて、鼻をすすり上げて、呟く。しわの寄った顔に、光る涙が溜まっている。

 ・・・・・・・・・幸せだった?

「嘘だ・・・幸せだなんて・・・」

 オレはあいつに何もしてやれなかった。あいつをひどく傷つけたことだってあった。

「嘘じゃありませんよ。私も・・・ユナは幸せだったんだと思います」

 まだ女の声は鼻声だ。

「女にとっての幸せなんて・・・好きな人と一緒にいることが一番なんですよ。
ユナはテリーさんと一緒にいたから、幸せだだったんだと思います」

 目が合うと、やっと優しく微笑んでくれる。
ユナと同じような優しい微笑み。
自分とユナの関係を見抜かれて少しとまどってしまった。

「ありがとうございます・・・。こんな事言うのは少し変だとは思うんですが・・・
テリーさんにユナの事を言っていただけて、叱っていただけて・・・
薄れかけていた大切なことを、思い出せた気がしました。
・・・それに、テリーさんがどれほどユナを想っているかも・・・」

「・・・・・・・・・」

 否定せず目線をそらす。
自分の気持ちを、上辺だけでも否定できないくらい・・・オレは、あいつのこと・・・

「母さん、母さん!教会行く時間だよーー!早く行こうよぉーーーっ!」

 母と同じ黒髪を両側で結んで元気いっぱい入ってきた。
重々しかった空気が急に明るくなり、軽くなった。

「ああ、そうね、もうそんな時間ね」

 慌てて立ち上がり、娘に感づかれないように目尻を押さえた。テリーも帰ろうとして立ち上がる。

「テリーさん、私たち今から教会に参拝に行くんですけど・・・良かったら一緒に行きませんか?
・・・心の中にため込んでいる辛いこと、神父さんに告白してみたら、結構すっきりするんですよ?」

 小さいユナのテリーを哀願する瞳と、
まだ涙目の母の折角の心遣いにやっぱり流石のテリーも断ることは出来なかった。




 ・・・見慣れた景色を、見慣れない母子と歩く。
ユナの寄り道につきあいながら、道行く人々の挨拶を受けながら、結構離れている教会へと行く。
大きな十字架と、オレンジの屋根が見えてきたかと思うと、すぐに教会に着いた。

 敷地が広く、門の中へと入ってもしばらく歩かなければいけない。
大きな扉を開けると、やっと教会らしい所へ出た。

「ああ、セフィロートさん、待ってたんですよ」

 ・・・セフィロートというのか・・・?
母親は会釈をして神父の所に歩き出す。ユナも後ろからテクテクとついていった。

 モダンな教会の造り、並べられた長いイス。
過去、何度も姉と両親に連れられて来てきた。
しかし自分の記憶の教会はこんなに綺麗ではなく、壁はひび割れだらけ、長椅子は埃や傷だらけ・・・。
精霊像も所々欠けているものだったのに王が変わると教会まで変わるものなのか。

ステンドグラスの美しい光に引き寄せられて、三人が話しているところまで来てしまっていた。
ユナが自分の隣に座るように促す。仕方なくテリーもそこへ座った。

「セフィロートさんも熱心ですね。毎日毎日神への懺悔をしていただいて・・・」

 セフィロートと神父の会話が聞こえてくる
。教会内部には、神に仕えるシスターに教会で預かっている子供たちにお年寄りの参拝者。

「いえ、神父様にも毎回迷惑をおかけして申し訳ないと思ってるんですが・・・」

 頭を下げて、両手を堅く握りしめて

「いやぁ、私は全然迷惑じゃないんですが・・・」

 聖書を広げて右手で胸の前で十字架を描く。

「・・・もう何年になるんでしょうかね・・・もう今年で十年目ですか・・・。
貴方の懺悔も百を越えてますよ・・・。あの頃は本当に仕方のなかった事でしょうに・・・。
近隣の親たちも泣く泣く我が子をギンドロに売ったり・・・納税を免れるためにお城に献上したりして・・・、
王様が変わった今、みんな忘れかけているというのに・・・」

 セフィロートの落ち込んだ肩をポンポンとたたいてやる。

「いえ・・・私は・・・あの子が許してくれても・・・私自身で私を許すことは出来ませんから・・・」

 ため息をつくと、小さいユナの頭に手をやる。
ユナは神父の眼鏡を手にして逆さまに掛けてみたり、じっと光に透かして覗いたりしている。

「まぁ・・・昔のギンドロの奴隷の扱いは酷かったですからね・・・
しかもユナちゃんは玩具奴隷・・・セフィロートさんが苦しむ理由も分かりますが・・・」

「・・・・・・・・・っ!」

 ガタッ

「・・・?お兄ちゃん、どうしたの?」

 驚いて立ち上がったテリーを、不審にユナが裾をグイグイ引っ張っている。
先程から何か気になる話をしていると思っていたんだ。

「セフィ・・・ロート・・・さん・・・だったか・・・懺悔・・・懺悔って、
ユナの事を忘れた訳じゃなかったんだな・・・。なのに・・・」

 なのにオレは・・・。辛く当たってしまった。しかもセフィロートは素直に謝った、言い訳もせずに。

「すまなかった・・・」

「いいんですよっテリーさん!私は逆に嬉しかったんですからっ、
ユナの事を自分のことのように思ってくれてる事が」

「・・・・・・・・・」

 真ん中に小さいユナを挟んで言い合う、誤り合う。その時、ポンっと神父が手をたたいた。

「ああ、貴方、もしかして・・・あのレグナスさん所の・・・テリー君じゃないかい?
小さい頃、ここに来たことがあったでしょう?本当に・・・男前になっちゃって・・・」

 返してもらった眼鏡をかけ直して、まじまじと見つめる。
言おうかどうか迷った。自分は、レグナスという姓は捨てたんだ。

 あの日、ミレーユを助けるために城に行って、兵士に戦いを挑んだときから
オレはテリー・レグナスではなくて・・・姓のないただの剣士に・・・。

しかし嘘はつけない。結局頷いてしまった。

「ああ、やっぱりそうでしたか!お姉さんの方は良く参拝に来ていたから良く覚えているんですよ。
・・・お姉さんのことは・・・悔やまれることですが・・・」

「・・・姉は・・・ミレーユ姉さんは生きている・・・」

 涙を流そうとして外した眼鏡、ハンカチは止まって、キョトンとしている。

「え・・・?生きている?あの・・・あの王の配下から逃げられたんですか!?」

 テリーの肩をガクガクと揺すって血相を変え尋ねた。
何度もテリーは頷く。それが確信になると神父は

はぁーーー・・・とため息にも似た息を吐いた。

「良・・・かったぁーーー・・・、なんだぁ、そうだったら教えてくれれば良かったのに・・・
今度ミレーユさんに会ったらこの教会に来てくれって言って下さいよーーーー・・・
えーー本当ですかぁ・・・レグナスさんもこれでほっと安心でしょう・・・」

 胸をなでホっとなで下ろした。

「神父様、テリーさんはつい最近までユナと一緒にいたんですよ、ユナをずっと見守っててくれたんです」

「えっ、テリー君がユナちゃんを?なんて・・・数奇な運命でしょうか・・・
それでユナちゃんは・・・ユナちゃんは今どこに?」

 テリーはセフィロートと目を合わせてみる。話してみたらどうですか?
という視線を送られると、少し考えて、真剣な瞳でいる神父に答えを返した。

「あいつは・・・」

 目の前のルビス像が目に入る。

「あいつは天空へ帰った」

 言った後に神父の聖服を辿って顔を見てみたが、その表情はテリーの予想していたものとは、全く別物だった。

 先程まで影だったのだが、急にステンドガラスの光が自分に降り注いできた。
神父はセフィロートとユナの前を歩きルビス像の埃を落としながら

「天空人ですか・・・それはまた、信じられない事実ですね」

 それだけを言うと再び歩き出した。

「天空人・・私たちとは全く関わりのない人物ですね、美しい顔でしたしね、彼女は・・・。
何となく他の人たちと違っていた気がしていましたから・・・」

 子供から大人まで、ユナはみんなから好かれていた。
それは恋慕というものに近かったのかもしれない。

 ユナが売れっ子玩具奴隷だということは、神父の耳にも入ってきていた。

「精霊ルビスに仕える人々・・・そんな天空人と地上人・・・
テリーさんを一緒にいさせる事は出来なかったんですか・・・?」

「分からない・・・だが」

 顔を片手で覆う。

「だが、オレとあいつを引き離そうとしている事は、確かだった」

 ・・・・・・・・・あの時も、あの時も・・・

「・・・天空人と地上人が結ばれると、天罰が下ると言われてますからね。
天空人の翼は真っ黒に染まり、地上人には神の裁きが下ると言われてます・・・」

「・・・天罰なんて、オレは怖くない・・・怖いのは・・・」

 あいつが側にいないときの、夜だけだ・・・。

「悲恋・・・ですね。辛いでしょう、ユナちゃんと別れるのは・・・」

「ああ・・・・・・・・・、い・・・いや・・・別に・・・」

 流れに任せて自分の気持ちが出てしまった。
ユナの事は、想いは誰にも打ち明けまいと思っていたのに・・・。

 神父の優しげな顔を見ていたら、心の中を全て見透かされているようで・・・。
歩いていたがやっと三人の前で足を止めた。

「・・・”生涯の愛”というのをご存じですか?」

 その言葉の重さに、テリーとセフィロートは答えられなかった。

「ある種の愛は永遠に続く・・・と。ルビス様はディアルト様が死してもなお、想い続けた、と」

 精霊ルビス伝の中盤辺りを開いて、思い出すように呟いた。

「ユナちゃんは天空へ帰りました・・・が、テリー君はユナちゃんを・・・」

 もう自分の想いに嘘をつくことは出来ない。

「ああ・・・生涯に一度の恋だと思った」

 セフィロートと神父の瞳が見つめる。

「今でもあいつを、愛してる」

 言ったとたんに一気に力が抜けてしまった。
自分に弱いところを見せるのは初めてで・・・心が軽くなった気がした。

「生涯に一度・・・ですか・・・。先程ユナちゃんと別れるのは辛い・・・と言いましたが・・・」

 声も出さずに、テリーは頷いた。

「忘れられない・・・もう一生会えないのに・・・」

 ぐっと唇を噛み締める。苦しい心中を悟ったのか神父はテリーの肩を優しくたたいた。
 眼鏡をかけ直して開いていた聖書を閉じる。

「忘れられないなら、忘れなきゃいいじゃないですか」

「・・・・・・・・・」

「無理に忘れようとしなくても、思い出の中で愛し続ければいいんじゃないでしょうか。
ある種の愛は永遠に続く。そのヒトがここにいなくても愛し続けることが出来る。素晴らしい事じゃないですか」

(ヒトを愛すれば ヒトは弱くなる)
(ヒトを愛すると ヒトは守るために強くなれる)

 デュランとミレーユの言葉が思い出される。

「そして、その想いはいつしか生きる糧となって自分を支えてくれる。生きる強さをくれるんです。
無理に愛することを止めるのは、自分にとっても・・・そして彼女にとっても悲しいことです」

「・・・・・・」

 無言でいる。考えている。
自分と全く別の考えをした神父の事を。
神父は「そうでしょう?」といった視線を投げかける。

 テリーは席を立って後ろを向いてしまった、それから何も言わずスタスタと歩き出す。

「テっ、テリーさん!?」

 セフィロートは神父に一礼をすると出ていってしまったテリーを追いかける。
神父はユナと目を合わせると仕方がなさそうに笑った。

「天空人と恋に落ちるなんて・・・まるでディアルト様のようだよね」

 怪訝な顔のユナの頭をなでる。
ずっと大人たちの会話を聞いてそれを一生懸命理解しようとしていたのだが無理だったらしい。
目をシパシパさせながら

「てんくうびと?こいってなに?神父さまぁ」

 興味津々に尋ねる。小さいユナのそれなりの真剣な問いに

「ユナちゃんも大人になったら分かるよ」

 はぐらかすような言葉を返す。その意味も分からないまま、ユナは再び頭をこんがらせた。




 はぁ、はぁ、出ていったテリーがちょうど教会の敷地を出ようとしていた。
後ろから慌てて追ってきたセフィロートに気付くと足を止める。

しばらくして呼吸が落ち着いたところで待ってくれている青年に

「ど、どうしたんですか?急に出ていくなんて・・・神父さまがせっかく・・・」

「・・・あの神父には・・・礼を言っておいてくれ」

 再び後ろを向いた。

「それと・・・世話になったな・・・ユナの事も・・・でも懺悔するのは無駄だと思うぜ。
ユナはあんたのことを、何も恨んじゃいないからな」

 それだけを言って立ち去ろうとすると、引き留められた。

「テリーさん!」

 テリーは振り向かない。

「また、この街に寄ったら私たちの家に来て下さいね・・・二人で・・・」

 最後の方でぴくっと反応してしまう。それから少しだけ後ろを向いて

「あいつが良いといえばな」

 何カ月ぶりに顔に笑みがこぼれた。高い門をくぐって街の外へと足を運ぶ。
後ろ姿が見えなくなるまで見送った。

 感謝と敬意を込めた眼差しで・・・。

「きっとまた来て下さいね・・・ユナと二人で・・・」




(・・・忘れられないなら、思い出の中で愛し続ければいいんじゃないですか?)

 外衣を深く羽織って旅立つ準備をする。
その間ずっと、神父の言葉が念頭に置いてあった。
今までは忘れようとして、何度も自分を追い込んでいた。
ノイローゼ気味だった自分が今は嘘のように気分が晴れて、楽になった気がした。

「忘れられないなら、愛し続ける」

 そしてそれはいつしか生きる”かて”となる・・・。

 ガンディーノに来て、セフィロートを訪れたのは間違いではなかった、
こんなに楽になるなんて思わなかった。

 この神父の言葉は今までのテリーと、これからのテリーをも救う事となる。







←戻る  :  TOP    NEXT→