● 追憶ユナ ●

 



 真っ暗な視界、部屋の中の明かりは窓から差し込む月明かりだけ。
手探りで何かを探す。探し当てたのは隣に一緒に眠っていた、
小さい頃グレミオに作ってもらった動物のぬいぐるみだった。

それを自分の方に引き寄せてぐっと抱き締める。

 ベットの中へ埋もれ込んで再び眠る。今度は言い夢を見られるように・・・

 ・・・・・・・・・

 案外早くに朝は訪れた。
鳥たちのさえずりと、窓に向かってパンパンと何かの埃を落とす音でやっと目覚めたのだ。

「・・・ん・・・」

「あ、スイマセン、起こしちゃいましたか?」

 まだ寝ぼけ眼だ。
思いきり抱き締めていた人形から顔を外し、上半身を起こしたところでブンブンと頭を振った。

「いい夢、見られましたか?」

 そのまま持っていたクッションをバルコニーに日干しにする。少し考えて再び頭を振った。

「あんまりいい夢じゃなかったなぁ」

 ポリポリと頭をかく。グレミオは予想できたのか夢の内容までは聞かなかった。
カーテンを両手で全開して思いきり背伸びをする。
頭の先からつま先まで身体を伸ばすとぱっと明るい顔になり、グレミオの視線に気付いた。

「さっ、ユナ様。今日もいい天気ですよ、外に出てあったかい光、浴びてきたらどうですか?
朝食はビッキーに頼んで用意してもらって下さい」

「うん」

 ベットから降りて隣の洗面所で冷水を顔に浴びせた。
ゴシゴシと拭くと心の中とは裏腹に本当にスッキリする。

 シーツやマクラカバーを洗濯するために一人で何とか抱えているグレミオを手伝いながら、
階段を一緒に下りていった。

「ビッキー、ユナ様の朝食を用意して」

「はーーいっ、今やってるわよっ」

 面倒見の良いグレミオから20人は座れそうなテーブルに着かされ、待たされる。
それからユナに一礼すると、忙しそうに立ち去っていった。

「ゴメンな、ビッキー」

「いえいえ、もうすぐ出来ますからね」

 厨房の方を覗きながら、申し訳なさそうにグレミオと同年齢のビッキーに言う。
何かを手伝おうと思ったが、やはりビッキーに止められ仕方なくイスに戻った。

「・・・・・・チェリー、どうしたのよこんな所で。ビッキーさんに何か用があったんじゃないの?」

 後ろから声をかけられて飛び上がるほどびっくりした。振り向くと、怪訝な顔のメイド。

「えっ、そっ、そうだったけど、やっぱり後にするわっ、忙しそうだし・・・」

「食堂に何かあるの?」

「なっ、何もないわよ!!別に!」

 メイドを向こうに追いやろうとするが、チェリーより背が高いことが功を制したのか
食堂にいる人物をハッキリと目にすることが出来た。後ろ姿だがハッキリと確信できる。
栗色の髪、あんなに髪の短い女はそうそういない。

「ははーーん、ユナ様ね・・・」

「・・・・・・・・・」

 視線を宙に彷徨わせながら、メイドの手を取ってズンズンとそこから離れる。

「ア、アルル、この事は・・・なにとぞ穏便に・・・!」

「別に気にすることないんじゃないの?ユナ様の事良く思ってないメイドって結構いるわよ」

「・・・・・・えっ?」

 下げていた頭を上げて、今度は怪訝な顔で見つめ返した。

「だってユナ様って地上の男と出来てるってもっぱらの噂でしょ?
翼は真っ黒に汚れちゃってるらしいし・・・。今まで好き勝手、やりたい放題だったのに
何でここに帰ってきたのかしら、地上の男に飽きちゃったのかしらね」

 ふんっと鼻で笑って見せた。チェリーは離そうと緩ませた手を逆に強く掴み

「そっ、それは違うわ!ユナ様はまだテ・・・地上の男性のことを愛してるのよ!
無理矢理にここへ連れ帰られたのよ!それに、何よりユナ様はそんな人じゃない!」

 我を忘れて怒鳴りつけてしまった。あまりの変わり様にアルルは怯んだが、
すぐにキッとなり、腰に手を当てて上半身を下げてチェリーの視線で言い返す。

「何よアンタ、あの人の味方するつもり?嫌いなんでしょ?あんたも」

 少し考えて、ブンブン頭を振って否定した。

「じゃあ何で避けたりしたのよ」

「・・・・・・・・・それは・・・」

 それは、ユナ様に対して罪悪感があるから・・・

「どうしたのよ?んーーー?」

 憎らしいアルルの勝ち誇った笑いに言葉が出ない。
チェリーが地上に降りてユナを連れ去ったことはここでは内密になっているから。

その時、ユナの涙を見てしまった彼女は、ユナに合わせる顔がなかった。

きっと・・・恨んでる・・・。

これ以上何も言えなくなってしまったチェリーはアルルに一瞥すると、食堂とは別方向に歩く。
やはり、合わせる顔がなかったから・・・。




 食べ終わった後、食器類を流しへ運ぶ。
この仕事は普通城の使用人の仕事なのだが、自分の周りに若いメイドは 寄りつかない。
その理由は分かっているのだが。

大きな広間には誰もいない、いつもならこの時間帯はまばらでもメイドが数人はいる。
ハァと一日一回以上は吐いているため息をつくと、先程チェリーたちのいた廊下を抜けて、
城の大資料館へと足を運ばせた。

 渡り廊下を歩きながら少し離れた資料館へと行く・・・が、その途中で若いメイド二人とすれ違った。

「あ、ユナ様・・・おはようございます・・・」

「あっ、オハヨウ」

 二人で歩いてきたメイドの一人がチョコンと会釈する、一応ユナも頭を下げた。
もう一人は初めてなのかオドオドとユナを見つめる。

「ねぇ、あの人が王女のユナ様?なかなか親しみやすそうな感じの方ね?」

「何言ってるのあんた、見かけにだまされるんじゃないわよ。何でもあの人すごい遊び人だって噂よ。
地上の男と何人も関係を持って・・・これは誰かが見たって話だけど、翼はもう真っ黒に染まっちゃってるとか・・・」

「うっそでしょ!?真っ黒に!!?」

 慌てて新顔の口を塞ぐ。ユナが気付いていないようだったのでほっと息をついて

「バカッ!!聞こえたらどうすんのよ!!あの人が首にするって言ったら私たち
ウムを言わさず城から追い出されちゃうのよ!?」

「・・・・・・・・・聞こえてるんですけど・・・」

 もっと小さい声で呟く。また後ろの方では何か言い合っている。

「黒い翼、か・・・」

 確かにはじめの頃はメイドたちの自分に対する考えに少し傷ついたかもしれない。
今はもう慣れてしまったと言えば嘘になるかもしれないが・・・。

ゼニスがあの部屋からオレを出したくない理由が分かる、
それから本日二回目のため息をついてしまった。




「あ、ユナ様おはようございます、いつもいつも勉強熱心ですね」

 美しい彫刻の施されてある扉を開けると・・・本の整理をしていた老人が真っ先に迎えてくれる。

ペコリと頭を下げるといつもの自分の席を探した。
三角形になっている天窓の、ちょうど真下の丸いテーブルの所だ。
光はなるべく本を読むときに邪魔にならない程度に工夫が凝らされている。

学者や医者に頭を下げつつ静かにテーブルに着いた。
真ん中においてある何十冊もの本の中の一冊を手にとってページを開く。
精霊ルビス伝説、其の二十二と書いてあった。

「もうそんなに読んだんですか?大変だったでしょう?」

「うーーん、でもオレってやっぱり世界のこと何も知らなかったんだなぁって思ってさ」

 先程の老人が両手いっぱいの本を抱えてとなりに立っていた。

「もう地上説はお読みになられたんですか?」

 この辺りで本を片付けるのだろう。両手いっぱいの本を次々と本棚に押し込んでいく。

「うん、だいたいは読んだよ。特にロト伝説はルビス伝説にも出てきたから印象に残ってるし・・・」

「ロト伝説ですな?我々が一番関心を持っている・・・」

 ロト伝説、精霊ルビス様を悪の呪縛から解き放ってくれた地上人の勇者アレル。
天空人の祖先、悪の竜王を退治する物語。

「そうそう、ユナ様。今日もあの子たちと遊ばれるんですか?」

「・・・・・・ん?・・・・・・う・・・ん・・・」

 あの子たち、とは下の教会や花畑で遊んでいる子供たちのことである。
最近朝は資料館で読書、昼下がりはその子供たちと遊ぶことが日課になってしまっていた。

「でも・・・なぁ・・・」

 精霊ルビス伝をパラパラとめくって初めの口絵のページが表れた。
机に頭を突っ伏してその絵をじっと見る。

 高等位の魔導師が頭に描いたイメージを紙に映し出す念写だ。
グリークはユナが真剣に見つめているページに気付いた。とともに息を吐く。

「・・・自分に負い目を感じる事なんか、全然ないんですよユナ様」

 黒い翼の天空人が天界から地上、それよりももっと堕落している画が映し出されていた。
自分とその画を重ね合わせる。

地上人と結ばれた天空人は神の罰を受け清らかな純白の翼が、汚く、どす黒くなるという・・・。

その翼は先端からどんどん腐れ初めて全てが腐食するとその天空人は、天空人にも地上人にもなれない。
誰からも受け入れてもらえない孤独な罰を受けると。

 ・・・・・・・・・次のページをめくる。

 しかしそれは言い伝えであって、翼が黒く染まるのは地上人の体液が天空人に混じると、
それが何か特殊な染め色の役目をしてしまうということだ。
肌や髪に染色する程強力ではないが、真っ白な翼は、
ほんの少しの黒が混じってもどんどん染色されていってしまう・・・。

「子供たちはそんなこと何も知らないようですし、それにあの子たちは貴方のこと好きみたいですから・・・」

「子供の気持ち、子供には良っくわかるんだぜ」

 ポンっと本を閉じて、元あった場所に返した。
グリークはフォフォと高笑いしてしまう、ユナ様はやはり子供や自然の者たちに好かれる才能がある。
子供を子供扱いしない、自分と同等の立場で接することが出来る。
なかなか滅多に見ることのない才能じゃわい。

本を戻したところでユナは席を立って出ていこうとした。

「ユナ様、もう読書はお止めになられるんですか?」

 残念そうに文学老人は引き留める、ユナは光の入って来ている窓の外を見つめて

「いやぁ、信じられないくらいいい天気だしさ、外に出て散歩でもしようかと思って」

 また明日ゆっくりと、という意味を込めた会釈をすると、扉を開けて中庭へ出る階段を下りた。




「グゴ・・・グゴゴゥ・・・」

「こらっ、暴れんなって、キレイにならないだろうが!」

 くすぐったそうに身体をくねらせている。
長い尻尾に身体の大きさは横にいる男のゆうに三倍はありそうだ。

 顔はとても愛らしく、丸い瞳は竜本来の凶暴さをみじんも感じさせない。
男は仕方なく笑ってドラゴンの体を拭いていた

 タオルを近くの桶で洗った。良く絞ってまたドラゴンの固い体を拭くと、今度はもっとくすぐったいようだ。

「グゴォッ、グゴッ」

「こっこら、もうちょっと大人しく」

「グゴォーーーーッ!!」

「ってこらあ!人がせっかく洗ってやってんのに、どこ行くんだ!!」

 ドスン、ドスン、ドスン、軽やかに地面を揺らしている。
階段から下りてきている小柄な女の子に向かって突進しているようだ

「グゴゴォッ!!」

「ぐあっ!」

 ドスンッ、重い、苦しい・・・容赦のない重さだ・・・これは・・・。
動けねぇ、上からとんでもない力で押さえつけられて・・・。

「死・・・死ぬ・・・」

「グアッグアアッ!」

 尻尾がバタバタと左右に揺れている。それは喜びの気持ちの象徴。
後ろから慌てて男が駆け寄ってきた。

「ユッユナ様!?大丈夫ですか!?」

「うぐ・・・」

 声が出ない。男がユナにひっついているドラゴンを引き剥がそうとする。
しかしドラゴンの力が人に負けるはずもない。ビクともしなかった。

「ユナ様!ちょっと待っててくださいね」

 男はズボンのポケットから何か光る物を取り出す。
その光る物を少しだけ見せながら手で覆い隠しゆらゆらと揺らしながら興味を引きつけることが出来た。

「ほーら、こっち来てよーく見てみなぁー」

 注意深く後ろに下がる。瞳をクルクルと回して近づいてきた。
もうスッカリ関心はそっちにいってしまってユナは体の自由を取り戻していた。

「ありがとうー、助かったぁーーーっ」

「いやぁ、はっはっは」

 ガブリ。
 ・・・・・・・・・ついに関心が最大限に爆発してしまったらしい。

「いってぇーーーーーっ!!」




「いや、ユナ様スイマセン。怪我を治してもらっただけでなく手伝ってもらったりして・・・」

「え?いや、いいよオレは別に。どうせ暇してた所だったんだし、
それにこいつを一人で相手するのは大変じゃなかったか?」

 良くタオルを絞ってから丁寧に身体の垢を落としてやる。
くすぐったそうに暴れているが何とか押さえ込むことが出来る。

「でもこれがオレの仕事ですから」

「グゴグゴ」

 ドラゴンの方も頷いた。

「ほんっと、ご苦労様だよな、アベルも」

「・・・・・・・・・えっ?」

 ニコっとユナが微笑みかける。アベルがポっと頬を染めたのに気付くと、
ドラゴンは自分のライバルだと悟ったのかアベルを睨み付けた。

「やっぱりお前、ユナ様のことが好きなんだな?」

「グゴ」

 ドラゴンはその問いに満面の笑みで答えた。

「そうなのか?アハ、ありがとな」

 ポンポンと頭をなでてやるとユナに甘えるようにゴロゴロ抱きついてきた。
アベルの方をチラリと見て笑う。・・・憎らしい・・・

「あ、そうだアベル。こいつの名前、まだ決まってないのか?」

 ドラゴンと一緒に遊んでいるユナの横顔をじっと見つめていたときに、
急に尋ねられて顔が一瞬にしてユデダコになってしまっていた。
アタフタと慌ててタルの中の水を見つめる。

「あ、ま、まだですよ、子供たちはドラちゃんとかドランとか呼んでるみたいですけど」

「ヘェ、ドランかぁ、可愛い名前だなぁ」

「ドラゴンだからドラゴにしようってオレは言ってんだぜー!」

 和やかなムードの中、急に高い声が聞こえた。二人と一匹が振り向く。

「キロスじゃないか、今日は早いな。学校サボったのか?」

 ユナが少しからかい気味に、幼い少年に一番早く声をかける。

「バッ!そんなんじゃねーよ!今日は・・・」

「今日はセントラルスクールは先生方の研究魔法学会のおかげで休みなんですの」

 キロス少年の後ろから少年よりも少し背丈のあるおませな口調の少女が顔を覗かせた。
 瞳はクルクルとしてふっくらとした頬が印象的な愛らしい女の子だ。

「ヘェー、遊びに来てくれたんだ」

 後ろの子供たちも続々と顔を覗かせると、嬉しそうにユナは笑った。

「はっ、ユナがさみしがってると思って来てやったんだぜー」

 キロスの勝ち誇ったような笑みを見ながらおませな少女は

「とかなんとか言っちゃってますけど・・・
本当はキロスがユナ様の所へ行こう行こうってうるさいんですのよーーっ、
ホントにキロスはユナ様の事が好・・・」

「だぁーーーー!!うるせー大女!!よけーな事は言うんじゃねーーー!!」

 顔を真っ赤にしたキロスが言葉を遮る。
大女と言われた少女も、怒りのためか頬を赤くし

「誰が大女なんですの!それにユナ様のこと好きなくせにどうして反対のことしか言えないんですの!!?」

「うるさい!うるさい!うるさい!大女は引っ込んでろよーー!!」

 収拾がつかない。二人の言い争いはいろんな所に飛んでいる。
今日の朝プメラが遅刻したとか、昨日の歴史の時間にキロスがうるさかったとか。

「ま、まぁまぁ落ち着けよ二人とも。ほーら、仲直り仲直り。ドラゴだってそう言ってるぜ?」

 この二人の喧嘩は日常茶飯事。
もうスッカリ慣れてしまったユナは仕方なく微笑んで、二人の小さな手を握手させた。

「フン!ユナがそこまで言うんなら仲直りしてやる」

「まあ!!」

 まだいがみ合っている。アベルとドラゴンも笑う。
その時やっと二人のせいで目立たなかったのだが、ネイビーブルーカラーの髪の色をした、
アベルと同じエメラルドの瞳をした少年が声を上げた。

「兄貴じゃん、どうだよ調子は?ドラゴの世話も大変だよなぁ」

「・・・カタル、お前も手伝えよ!ユナ様だって手伝ってくれてるんだぞ!」

 アベルとカタル。二人は兄弟なのだ。
ユナの方に目を向けると、ユナは一緒にやらないか?といった仕草をして見せた。

「・・・絶好調だな、兄貴・・・ユナ様と二人きりだったのにオレらが来て邪魔・・・」

「だぁ!早く手伝えよカタル!余計なことは言うんじゃない!」

「はいはい、ホント兄貴は奥手なんだからな・・・」

 不思議そうなユナを見てほっとした後、カタルの手を引っ張って余計なことを言わせないように近くに座らせる。

「なぁ、キロスたちも一緒に手伝ってくれないか?これが終わったらさ、またみんなで遊ぼう?」

 カタルを除いた三人に手招きをすると、待っていたのか三人とも見る見る笑顔になり、
腕をまくってドラゴを洗い出した。




 この仲良し四人組と会ったのは、ここへ帰ってきて随分と時間が経った時のこと。
久々に城の裏庭でぼーっと空を眺めていた時のことだった。

 いつの間にか、なのだろう。本当にいつの間にかこの子たちと遊ぶことが日課となっていた。

 リーダー格のやんちゃっこキロスにいつも注意を促す姉御肌のプメラ、
いつも冷静なアベルの弟カタル、ハイテンションなトラブルメーカーのサリ・・・。
といったかなり個性的な・・・。天界随一の学校、センタースクールに通う十歳の子供たちなのだ。

 ・・・・・・・・・でも、知ってる。

 ふぅ・・・ユナはため息をついた。
目の前には大きな木陰で走り回っている四人の子供がいる。

 ・・・・・・・・・オレは知ってるんだ。

 オレと遊ぶことを、あいつらの親が嫌ってること、心配してることを。

「まったく!キロスには本当あきれましたわ!」

 そんな四人を見ているところに、プメラがあきれ顔で隣にぺこりと座り込んだ。

「おいかけっこ、止めちゃったのか?」

「一抜けましたわ」

 遠くの方で三人はまだ元気に走り回っている。ユナはそんな子供たちを見ながら、
ほほえましい気持ちになる反面後ろめたい気持ちになっていくのも、感じていた。




 夕日が傾いている。いつもこれくらいの時間に子供たちは帰るのだ。

 ただ、いつもと違うのは・・・プメラとキロスの母親が迎えに来ていることであった。
少し足がすくむ。理由は・・・・・・

「あっ、母様ーーーっ!」

「キリカーーー!」

 前者がプメラ、後者がキロス。母親を名前で呼ぶところがキロスらしい。

「キロス!あんた親のこと名前で呼ぶとは何だい!」

「そー怒るなよっ!キリカッ!」

 キロスとその母親キリカのやりとりを横目に冷ややかな視線を感じる。

「お母様、どうしたんですの。迎えに来てくれるなんて」

 微笑んで迎える母。

「お迎えに来ちゃ悪いかしら?それにちょっと用がありましたからね」

「用って・・・?なんですの?」

 亜麻色のプメラの髪と同じ髪をなびかせて、ユナの前までツカツカと歩いてくる。
まさか、来るとは思ってなかったので、心臓がドクンドクンと激しく打ってきだした。

 いつか、言われると思ってたこと。その時が、今、なのか・・・。

「ユナ様、いつもいつもうちのプメラがお世話になっています」

 ペコリと頭を下げられる。

「いえ、こちら こそ・・・」

 体裁でこちらも一応頭を下げた。プメラとよく似たパッチリとした瞳、
化粧で目尻のしわや口元のしわを隠してはいるが十分綺麗な、大人の魅力・・・。
ウェーブのかかった肩までの髪の毛を耳までかけ直して

「ユナ様・・・あの・・・」

「・・・・・・・・?」

「・・・・・・いや・・・何でもありませんわ・・・」

 ・・・・・・。言いかけて止める、そしてすぐにプメラを連れて帰っていってしまった。

「ユナ様ぁーーっ、また明日ですわーーーっ!」

 母親に引っ張って行かれながらプメラが手を振る。
ユナも笑顔で見送った。心に黒い影を引き連れて。




 天空城の長い廊下を歩く。美しい装飾。それを横目で見ながら自分の部屋の前に、
見慣れた男がいることに気付いた。

 そこに立たれていては、無視をするにもすることが出来ない。

「・・・・・・ただいま」

 目が合うと、仕方なく一言だけ声をかける。しかし、その男はどこうとはしなかった。

「ユナ、お前に言っておくことがある」

「・・・・・・何だよ、神妙に・・・」

 少し間をあけて、ユナは廊下の壁にもたれかかって距離を取る。
顎髭をさわりながら、重い口を開く。

「子供たちと遊ぶのは・・・もう止めてくれないか?」

「・・・・・・・・・」

 横へ一歩移動すると、横目で無言の少女を見る。

「子供たちの母親・・・プメラとサリの両親が、お前と一緒に遊ぶことを、余りよく思っていないのじゃ。
理由は・・・分かるな?」

 何となく、分かってたんだ。
だから、さっきだって、プメラの母親から何言われるかと思って・・・スゲー怖かったんだ。

「ユナ・・・?」

「分かってたんだよ、オレは、あいつらと遊ぶには・・・汚れすぎてるって・・・」

 うつむいて、呟いた。ゼニスが息をついて次の言葉を発そうとした瞬間。

「もう遊ばないよ、あいつらとは。これでもうゼニス王家の名を汚すようなことはしないから!」

 バタン。

勢い良く部屋に入る。ゼニスはやり場のなくなった言葉をぐっと心に飲み込んで、
ユナの部屋を後に玉座へと戻った。




(子供たちと遊ぶことは、止めてくれないか)

 ・・・・・・・・・分かってたよ本ト・・・。
分かってた。いいことじゃないって・・・だってオレは汚れてるから・・・。

 汚れてる・・・。
地上の男と交わったから・・・人間の男、・・・テリー・・・。

今どこにいる?何してる?誰を想ってる?

オレは・・・・・・・・・

「オレはテリーを想ってる・・・」

 あの日から、何日、何ヶ月経ったんだろう。それすらももう覚えていない。

 テリーはもうオレの事なんて忘れてるかもしれないけど・・・。オレは・・・。

「テリーがいなくなったら・・・オレの存在理由なんて、どこにもないんだ・・・」

 やっと見つけた理由。プメラ、キロス、サリ、カタル・・・。
でも、ダメだったよ・・・。

 子供たちと遊んでた時は楽しかったけど・・・けど・・・。
もう遊べない・・・。

 あの子たちはきっと大きくなって、この黒い翼の意味を知ったら・・・オレを蔑んで、卑しむと思う・・・。

「テリー・・・」

 テリーのいない今・・・オレが生きてる理由なんて、ないのかもしれない・・・。




 ・・・・・・・・・眩しい・・・。

 今日は天気がいいな。昨日はあまり良くなかったのに・・・。
ここ数日、城から出ていない。

ゼニスの言いつけをちゃんと守ってやってるんだ。コンコン、ドアをノックする音。多分。

「おはようございます、ユナ様」

 やっぱりグレミオだ。

「オッス、グレミオ」

 ベットから起きあがり、顔を洗っていると・・・。

「ユナ様、最近あの子たちと遊んでないんですかね?」

「・・・・・・。あ、ああ・・・。まぁ、いろいろと・・・な」

 シーツをはぎ取っているグレミオを鏡越しに見ながらぎこちなく返答した。

「あの子たち寂しがってましたよ。ユナ様が遊んでくれないって・・・」

 顔を洗う手が止まった。
無言で顔を拭き、無言で服を着替える。
グレミオはユナの心中を悟ると、心苦しい面もちでユナの部屋を後にした。

ハァ・・・グレミオが出ていったのをきっかけに思いきり息をつく、朝食を取ろうとは思わず、
昨日の夜遅くまで読んでいた分厚い本をイスに座って再び読み出した。
今の苦しい気持ちを紛らわすことが出来る物はこの広い部屋では、この本だけだったのだ。

百八十七頁、昨日は区切りのいいところで止めたはずだ。

 これから読むところは・・・第三章、天空人の罪・・・・・・。

 朝の暖かい日差し・・・気持ちのいい空気・・・すげー気持ちいいや。
三章の初めの行ですでにウトウトしかかっていた。
そう言えば、昨日の夜は結構夜更かししたからなあ・・・




 ・・・・・・

 銀髪の青年、青い服、整った顔立ちがこちらを向くと同時に微笑む。

(テリー!)

 そう、この青年はテリーだ。決して忘れられそうもない、テリー・・・。

(・・・・・・!)

 隣からミレーユを思わせる髪の長い、美しい女が現れた。

(テリー・・・そんな・・・誰だよ・・・そいつ・・・)

 二人は同時に微笑んだ。

(オレの女さ)

(・・・・・・・・・)

 女の髪を手で探りながら、口元まで持って来る。

(ユナ、お前と離れて一体どれくらい経ったと思ってるんだ?)

(そんな・・・!)

(じゃあな・・・ユナ・・・)

 テリーとその女は互いに寄り添うようにして背を向ける。

(テリィーーー!!)



 二人がどんどん暗やみに消えていく。
オレは・・・独りぼっちになっちまったよ・・・。

 テリーがいないと・・・オレは一人なんだ・・・。この世で一人きりになっちまうよ・・・。







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