● 手紙 ●

 



「あら、グレミオ。ユナ様はまだ寝てるのかい?もう随分日が高くなってきてるっていうのに」

 食堂を過ぎた廊下で、ビッキーが同期のグレミオを見つけた。

「え?ユナ様なら朝、確か起こしたはずだよ?」

 グレミオの答えにビッキーが腕組みをする。

「・・・?でも朝食を食べに降りてきていないよ?」

 腕を組んだまま、考えている顔。

「おかしいわね。私ちょっと見てくるわ」

 両手で抱えていた洗濯物を新しいメイドに任せると、長い階段を上っていった。

 コンコンコン。

 いつものようにドアをノックする。が、中からの反応はなかった。
不審に思い、仕方なしにノブを回してドアをあけてしまった。

「・・・・・・ユナ様・・・?」

 注意深く中を見回す前に、すやすやと寝息が聞こえてくる。本をすっかり枕にしているユナだ。
 ポカポカの日差しが差し込んでいた、昼寝には申し分ない。

「おやまあ、気持ちよさそうに眠って・・・」

 そのユナを確認して微笑むと、そっとその場を去ろうとしたが・・・。

 ガン!!バサバサバサ!!

 スゴイ音を立てて、本が散らばった。ユナが資料館から借りてきた本だ。

 あちゃーーーー・・・。
慌てて本を片付けてそぉっと後ろを振り向くと、ユナがむくりと起きあがった。

「ん・・あれー・・・オレ、何で・・・?」

「ユナ様、おはようございます 」

 寝ぼけ眼で辺りを見回した後、はっと瞳を見開いて

「ぅあっ、オレまた寝ちゃってたんだぁーー・・・うわぁ・・・」

 外の光を見た。あんなに太陽が昇ってる。グレミオはふぅっと息をつくと

「あ、ユナ様、お食事どうします?もう昼ですけど・・・」

「あ、うーん・・・イイや。そんなにおなか減ってないしさ・・・。それより何か気分転換できることない?
寝過ぎちゃってちょっと頭が重いんだよな」

 クラクラと重そうに頭を振った。イスに思い切りも垂れかかって、本当にだるそうだ。

「うー・・ん、気分転換・・ですか・・・」

 ここで子供たちと遊ぶこと、といいそうになったが、先日のゼニスとのやりとりをグレミオは知っていた。
 別のことでとっさに思いついたことといえば・・・。

「あっ、そうだ、笛っ!笛を吹くなんてどうですか?きっといい気分転換になりますよ!」

「笛・・・?」

「はいっ!」

 随分聞かなかった、思い出さなかった銀色の横笛。そうだ。笛・・・。
久しぶりに音を奏でるのもいいかもしれない。昔の思い出を整理してみるのもいいかもしれない。

「ありがとうグレミオ。そうするよ」

 ぱっとイスから立ち上がって洗面所へ向かった。

「それではユナ様、私は仕事が残ってますのでこれで・・・あ、お食事なら遠慮なく言って下さいな」

「おうっ、サンキュな」

 そう言ってタオルに手を掛ける。
その後、グレミオが出ていったのを見届けてモソモソと豪華なベットの下に潜り込んだ。

 ・・・・・・宝箱。それに大きな剣。

中には沢山の思い出の品。宝箱は随分埃かぶっているが、中は昔のまま・・・だった。
銀の横笛・・・懐かしい感覚。ゆっくりとそれに手を掛けてみる。
みるみると昔が思い出される。それに慣れたところで、笛を持って部屋を出た。

 カツカツカツ。階段を上る。
この部屋の一番いいところは、屋上と一番近いところだ。城の中で一番好きな場所。

良くこの場所に来て、いつも何かにふけっていた。笛を吹くのは、いつもここで・・・。
銀の横笛を見つめる。反射して自分の顔が見えた。
その顔をじっと見ていると・・・

「ユナ様!!」

 甲高い声にはっと顔を上げる。

「プ・・・メラ・・・?」

 亜麻色の髪。小さな背丈。まん丸の瞳。怒っている。
頬がいつもより真っ赤になっているのがそのわけだ。

 ずんずんとユナに向かってくる。目の前に来たところでピタリと止まった。

「ユナ様!どーして私たちと遊んでくれないんですの!私たちずっと待ってるんですのよ!
理由を付けて説明して下さい!」

 問う前に問われる。すごい勢いで。

「いや、あの、ゴメンな・・・。もうお前たちとは遊べない・・・。最近忙しいしさ・・・」

 プメラに圧倒されながら、何とか取り繕った。頬がもっと真っ赤になった。

「ウソつかないで下さい!」

「ウソじゃないって・・・・・・」

 後ろめたい気持ちが体中を巡る。その言葉を聞くとプメラはもっと怒ったのか、
ずんずん手すりに向かって歩き出した。

「プメラ?」

 次に彼女がとった行動は・・・唖然と二の句が告げなかった。パーマのかかった髪が風になびく。
ガクガクと小さな足が震える。手すりをすり抜けて、手すりの向こう側・・・に立ちすくんでいた。

「うわぁーーっ!危ねぇ!プメラ!そんな所に立っちゃ・・・」

「来ないで下さい!!」

 思わず足が止まった、彼女は本気だ。

「本当の理由聞くまで、ここから動きませんから!」

 きっとユナを睨んだ。本当の理由なんて言える分けない。母親の事なんて。

「悪ふざけもいい加減にしろよ!こっちに来るんだ!」

「ふざけてなんかいません!本気です!!」

 じりじりと近づいていく・・・が、彼女は今にも飛び降りそうだ。

「プメラ!!」

 ビクッ!

「本当に怒るぞ!!」

 怒鳴ってしまった。子供相手に、初めて。
そんなユナを見てプメラは表情がこわばった。瞬間。

「・・・・・・・・・!!」

 地に足がつく感覚が消えていた。小さな身体が後ろに傾く・・・。

「プメラーーーッ!!」

 ダメだ!間に合わない・・・・・・!!ユナの手はプメラに触れる事はなかった。
見ることの出来た物は、プメラの落ちていく姿。

「ユナ様ぁーーーーっ!!!」

「クソッ!!」

 あの年じゃ、自分で翼を広げて飛ぶ筋力は身に付いていない。

プメラ・・・間に合ってくれ・・・・・・!!

 バサッ!!
辺り一面真っ黒になった。落ちる感覚がなくなって、何かに包み込まれるような感覚。

「確か・・・私は屋上から落ちて・・・それから・・・」

「大丈夫か!?プメラ!!」

 ・・・・・・!真っ黒な翼・・。ああ、そうかユナ様が私を・・・?
真っ黒な翼・・・。

「あ・・あ・・・」

 まだ足が震えている。しかし・・・。

「ユナ様、教えて下さい・・・。どうして私たちを・・・」

「まだそんなこと言ってるのかよ・・・。こんな危険な目にあって・・・」

 ・・・・・・プメラの真剣な瞳を、視線を逸らす事なんて出来なかった。
ハァ・・・と息をついて。

「プメラ・・・母さんのこと、好きか?」

「え?そ、そんなこと、当たり前じゃないですか!?」

 まぁ、それが当たり前だよな。

「じゃあ・・・オレと母さん、どっちが好きだ?」

「・・・・・・っ!!それは・・・」

 くりくりの瞳が宙を彷徨う。

「それは・・・」

 瞳は閉じかけて、眉は下がって、あふれてきそうな滴。

「ゴメン・・・」

 ふわふわの頭に、ユナの手が伸びた。

「意地悪な質問だったな。でも、正直に言っていいんだぜ?母さんの方が好きだろ?」

 プメラは頷かなかった。否定もしなかった。子供の気持ち、本当に子供にはよく分かる。

「じゃあ、やっぱり言えねーよ・・・お前たちを避けてる理由」

「っ!どうしてですかっ!?」

 頭の上のユナの手はなく。翼を広げた大きな影に包み込まれた。
彼女はもう、手の届くところにはいない。

「この黒い翼の意味が・・・・・・」

 風をきる。自分を支えてくれているもの。

「分かるようになったら・・・自然と分かるよ・・・」

「・・・ユナ様ぁ・・・」

 先程の涙が新たな涙とともに止めどなく流れている。

「じゃあな・・・プメラ・・・。皆によろしくな・・・」

 ビュウン!
 風が吹いた・・・・・・・・・その風とともにユナの姿はなくなって・・・。
代わりにあの黒い翼の羽だけが手元に残った。

 あの黒い翼の羽だけが・・・・・・・・・。




 夕暮れ・・・・・・。天空にもちゃんと夕暮れは訪れる。
この夕暮れで全てのものを真っ赤に染めてしまえばいい。
木々の緑も、青い湖も真っ白なシーツも、この、黒い翼も・・・・・・。

 プメラに別れを告げて、屋上へ戻ってから、随分時間が経っていた。
考え事をしていると、時間が経つことなんて忘れる。
立ちすくんで、空の色が微妙に変わる景色を見ながら・・・・・・。

「大人になれば分かる・・・なんて・・・」

 先程、プメラの立っていた手すりに頬杖をつく。

「ちょっとずるい答えだったか・・・」

 プメラは命を懸けてまで、本気だったのに・・・。
でも・・・言えねーよ・・・。
難しすぎるよ、オレにも良く分かんねーよ・・・。

この黒い翼のことも・・・、どうして汚らわしいのか、人を愛することだって・・・。

(生涯に一度の恋)

 ゼニスの言葉が、銀の横笛を見ると思い出された。
親父は・・・周りから反対されたとしても、アイリーン母さんが死んでも、
オレを身ごもって周りから責められようと・・・母さんを愛し続けたんだろうな・・・。

口づけをするように、笛に唇を重ねる。

「・・・・・・・・?」

 あの軽やかなメロディが出ない?どうして・・・?

「何これ・・・?」

 白い紙切れが挟まってる。何故か心臓は激しく早く脈打つ。

ドッドッドッドッ、まさか・・・ウソ・・・。

「う・・・そ・・・」

 カラン・・・虚しく転がっていく笛、膝が無造作に崩れていく。手が、指が、足が、震える。
自然と涙が出る。想いがあふれる。

彼を・・・・・・・・・・・・。

「テ・・・リー・・・」




 コツコツ、夜の廊下を歩く。
そう言えば今日、何も食べていない気がする、が、そんなことは気にしない。

 彼女はもう決めたことがある。

「もう、自分にウソはつかない」

 何度も何度も繰り返している言葉。あの時から・・・・・・・・・。

 グレミオから教えてもらった・・・。メイド、チェリーの部屋。
彼女がオレを避けてたことは気付いてた・・・けど・・・。今頼れる人は・・・彼女しかいないんだ・・・。
コンコン。深呼吸とともにノックをする。部屋の中から人が近づいてくる。

「はい?何のご用ですか?」

 言葉とともにドアは開いた。桃色の髪、浅黄色の瞳。

「チェリー・・・今・・・」

「ユ・・・ユナ様!!」

 予想以上の驚き方。今にもドアを締めようとするチェリー。
部屋に誰もいない事を知ると、仕方なしに強引に入ってしまった。

「ちょ、ちょっと、ユナ様!」

「頼む!」

 強引なユナに驚いたが、次の、王女様が膝をついて、頭を下げている姿にもっと驚いた。

「な、何のつもりで・・・」

 困惑するチェリーを尻目に、せっぱ詰まる勢いで再び頭を下げた。

「頼む・・・!オレに・・・オレ地上へ行く方法、教えてくれ!!」

「・・・・・・っ?」

「お前なら・・・オレを連れ戻しに地上へ来たお前なら、分かるだろう!?」

「ええーーーっ!!」

 叫んだ後、口を塞ぐ。
ブンブン頭を振って、自分を落ち着かせるためユナを見ないよう思いきり深呼吸した。

何が、一体どうなって、とにかく、ユナ様を何とか、説得・・・。
混乱しつつ、ユナをイスに座らせて、何故か自分は正座する。
もう彼女に頭を下げさせてはいけない、彼女は王女様なのだからって・・・今はそんな事じゃない。
え、何だっけ。

「チェリー・・・地上へ行く方法、知ってるんだろ・・・?」

 そうだったぁ!何を言い出すかと思えば・・・。

「な、何を言い出すんですか!突然!そんなこと・・・教えられるわけないじゃないですか!」

「・・・・・・・・・・頼む・・・チェリー・・・」

 ユナの視線が真っ向から迫る。その吸い込まれそうな瞳にオドオドしながらも、
やっと自分を落ち着かせることが出来た。

「・・・テリーさん・・・ですか?」

 その固有名詞を言うと、ユナの瞳がくぐもった。

「テリーさんに会うために・・・地上へ行くんですか?」

 そのテリーという言葉は、ユナに取って呪文のようなものなのか。
 瞳はみるみると寂しげなものに変わり、淡い滴が溜まっているように見える。

「私も一応・・・ユナ様とテリーさんが結ばれてはいけない理由を・・・
ゼニス王様に特別に教えてもらったので。やっぱり・・・ユナ様に味方するわけには・・・」

 うつむいて、小さな声だがはっきりと呟く。どんな目でユナはこっちを見ているのか。

「どうしても・・・ダメなのか・・・?どうしても・・・オレを引き留めるのか・・・?」

「・・・・・・・・・」

そりゃ、私だって、二人の恋がどんなに辛いことか、どれほど悲しいか、世に矛盾してるか分かってる。
でも私には・・・

「私はメイドだし・・・私にはこんな大それた事を・・・誰の相談もなしに出来るほどの人間じゃない・・・。
私は・・・ゼニス王には逆らえません・・・」

 途中から声に出した。苦しい心中。

「・・・ゴメン・・・。チェリー・・・」

「・・・・・・・・・っ!」

 はっと我に返り顔を上げた。
目の前の王女は、苦しい笑顔を見せている。

「まぁ、出来ない頼みだよな・・・。ホント、ゴメン・・・。忘れてくれ、この事は・・・。もうこんな事、考えないから・・・」

 くるっと振り返った。後ろ姿が悲しげに見える。声も・・・。

「ユナ様・・・」



(頼む!チェリー!もう一度だけ、テリーと話をさせてくれ!)

(ユナ!!)

(テリー!ゴメン・・・ゴメンね!!オレ、ずっと・・・ずっとテリーの事想ってるから!!)

 何故こんな事が今になって頭に思い浮かぶのだろう。あの時、自分が二人を引き裂いた。
 あれから二人は、本当に苦しんでいる。特に、ユナなどは・・・。

(グレミオさん・・・)

(チェリー?どうしたんだい?)

 メイドの中で一番偉い、尊敬しているグレミオ。
両親のいないチェリーにとっては母親のような存在で、悩みを打ちけられる親友のような存在だ。

(ユナ様の様子、どうですか?)

 そう、確かこれはユナとテリーが離ればなれになったあの日の記憶。
グレミオは息をついた。

(泣き疲れて、眠ってるみたい・・・。今はそっとしとくのが一番だわ)

(・・・そうですか・・・)

 ため息をつくチェリーの肩をグレミオはポンと叩いた。

(ゼニス様の命だもの、仕方ないわ)

 若いメイドの心を悟ったのか。チェリーは今にも泣き出さんばかりの瞳で、問いかける。

(グレミオさん・・・グレミオさんなら、たとえ王の命でも二人を引き離しましたか?
ユナ様がこんなに悲しむと分かってても・・・)

(・・・・・・・・・)

(私は・・・すごく辛かったです・・・。どうしたらいいのか、分からなくなって・・・)

(・・・・・・・・・)

 考える。真剣に、グレミオは考えてくれていた。

(私なら・・・・・・多分出来なかったでしょうね・・・)

(グレミオさん?)

(あ、あは・・・。こう年とって来るとね。愛や恋なんかにすごく脆くなっちゃってね・・・。
それに、私はユナ様が悲しむところを 見るなんていやだから・・・って私、何を言ってるんだろうね、メイド失格だわ!
忘れてちょうだいっ!)

 慌てて後ろを向いて歩き出したが、急に思い出したように振り返った。

(でもね、チェリー。王の命やメイドだから・・・なんて事は、後になるとどうでも良くなって来るんだよ。
自分のやりたいように 自分の信じたようにやるのが一番さ。嘘をついてまで、命令に従うなんて、
後悔するだけ、少なくとも私は今までそうやって生きてきて、良かったと思ってるよ)

(・・・そうですか・・・)

 大きな瞳がしぼむ。

(・・・嘘をついたのかい?)

 ・・・・・・・・・・・・・。

(分かりません・・・、今までは、ゼニス王の命令に背くなんて考えなかったですし・・・
私は・・・ホント、自分に嘘をついたとかまだ分かんないです・・・)

 ゆっくりと首を振って、グレミオの隣まで歩いた。

(そうかい・・・。そして、いくらか時間が経って・・・本当のことに気付いたら、チェリーはどうするんだい?)

(・・・・・・多分・・・・・・)

 少し考えて、同じ背丈のメイドの目を見据えた。

(自分にウソはつかない、信じたとおりにやると思います)

 元気がいくらか戻った瞳に、グレミオは頷いて、二人でゆっくりといろいろなことを話ながら歩き出した・・・・・・。




 ・・・・・・・・・自分に・・・ウソはつかないって・・・

「ユナ様っ!」

「・・・・・・・・・?」

 もう決めたんだ。私は。

「地上に降りる準備をしたら、メイド専用の裏口で待ってて下さい!」

「・・・チェリー・・・」

 倒れそうなユナの肩を、両手で掴む。

「ごめんなさい。あの時の私の、せめてもの罪滅ぼしです・・・」

 そのメイドはやっとユナの顔をまともに見据えてくれた。
まっすぐな瞳で・・・。





 ソワソワソワ。
人気のない天空城の裏庭に、人影が見える。薄暗い夜。
三日月の光を浴びた少女はチェリーであった。
その時、何者かが裏口の戸を開いた。

「チェリー、準備できたよ」

 そこには、いつもの天空人の衣はなく、青い外衣と旅人の服、大きな剣を背負った王女ユナの姿。
チェリーは何も言わず手招きをする。

「あの穴から飛び降りると、地上へ出られるはずです」

 雲の中にぽっかりと空いた穴が、庭の外、雲の中に見える。

「?あんな穴なんてあったっけ?オレ、今まで見たことないぞ」

「そりゃそうです。先程私が禁呪で天空城を覆ってる結界に穴をあけたんですから」

 禁呪・・・・・・・・・。使ったものは重い罪に問われるという。
ユナは申し訳なさそうにチェリーを見た。そんなユナに気付いてか

「どっどうしたんですか?ユナ様。私のことなら気になさらずに、早行って下さい!
あの穴はそう長くは開いていませんよ?」

 禁呪・・・。この呪術は、ゼニス王家の大賢者ゼーゼから教えてもらった。あの日に・・・。
そんなことを思い出しながら、王女の背中をグイグイ押す。

「あ、あと、今の天空城の軌道ですとおそらくサンマリーノ付近の海に到着するはずですから。
それに天界と下界の重力の違いもありますから気をつけて・・・」

「ん・・・分かった。いろいろ、本当ありがとな・・・感謝してるよ」

 振り向いてとても申し訳なさそうに微笑んだ。

「じゃあ、行って来る。チェリー、最後に、ホントにありがとう!」

「気をつけて行ってらっしゃい。ユナ様・・・」

 お互いの視線が交差したかと思うと、ユナの身体は天空城を離れ穴へと吸い込まれていった。
その瞬間、すさまじい風が吹き抜けて、穴は何事もなかったかのように雲に覆い隠された。
それを見届けてため息をつく。

「さて、と。これから私、どうしよう・・・」

 ユナ様の脱出を手伝ったなんて事がばれたら・・・私、城から追い出されちゃうかな・・・。
いや、それよりもっと恐ろしいことがあるかも・・・。

「・・・・・・・・・・・!!!」

 帰ろうと振り向いたチェリーは一瞬だが心臓が止まってしまったのかと思った。
いや、それほど、それほど驚いたのだ。
しかし、チェリーを驚かせた人物は、平然と、いつもの表情を保っている。
まるでこの出来事を知っていたかのように。

チェリー一人がただただ困惑する。パクパクと口が動くが声にならない。
やっと口にした言葉。

「ゼ・・・・・・」

 曇っていた空に、再び三日月の光が照らすと、その人物のシルエットが確かなものになる。

「ゼニス王・・・・・・」




 落ちていく瞬間、ユナはテリーの事を考えていた。
今までずっと考えないように試みてきたけど・・・

銀の横笛に挟まれていた手紙。何で、あんなものが今頃発見されるんだろう。
どこかの物語のように都合良く・・・

脳裏に一文字一文字が思い浮かぶ。


   ユナ  すまなかった


 たったこれだけなのに、この手紙はユナの心を大きく突き動かした。
彼が手紙を書くなんてこと、滅多にない。ましてや自分に向けての手紙なんて・・・。
たったこれだけの文字だけど、彼の心中が分かる。

背中の黒い翼を広げて軌道を調整する。
目の前の、灯台の光と、街のにぎやかな明かりがユナを迎えた。

サンマリーノ

テリーと初めて、夜を共にした場所・・・・・・







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