● サンマリーノその後@ ●
「うはぁーーっ、こりゃすげぇ!!予想以上の代物じゃねぇか!!兄ちゃん、ありがとうよ!! ほら、これが報酬だ!予定より額が多いが気にすんな!!」 酒を口いっぱいに含んで一気に飲み干した。 豪快な笑いのせいで酒臭い息が辺りに充満する。 一つのテーブルに、その巨漢の男と、一人の華奢な身体をした青年が座っている。 テーブルには二つのものが並んでいた。 貿易品として高価な一角獣の角・・・しかもこれはかなり大きい。 もう一つは音からして”G”だ。青年はゴールドの入った袋だけを手に取ると、さっさと立ち上がり 「また何か仕事が入ったら声をかけてくれ。オレは偶数の日にここにいる」 それだけを言い残すとテーブルを後にする。 男は愛想良く頭を上げ、商品の品定めに入っている。 青年はそれを見届けると、カウンターのはじに腰掛けた。 何かを頼もうとしたが、言う前にバニーはテリーの言おうとしたものを差し出す。 そして、カウンター越しに顔をのぞき込んだ。 「えらく頑張って稼いでるわね?何かあったの?」 「別に。生きていくためには金が必要だろ?」 青年の答えにフフと笑うと自分の仕事に戻った。 青年は何事もなかったかのように、飲み物を口に含む。 その様をじっと見ていたマスターがふっと呟いた。 「ビビアンちゃん。本当にテリー君どうしたんだろうね?ここに流れてきて三ヶ月・・・。それにユナちゃんは・・・」 「マスター!」 後に続く言葉を止めた。 「私にもよく分からないけど、ユナの事はあんまり言わない方がいいみたい。何か・・・あったみたい・・・」 「もしかして・・・戦いの最中で・・・・・・。それでテリー君、自分を責めて・・・」 グラスを拭きながら、マスターが思い詰めた顔で呟く。ビビアンはうつむいたまま 「そうだったらそうだったで・・・テリーどうなっちゃうんだろう」 青年の行く末を思案しながら、二人は顔を見合わせため息をついた。 あの二人とはもう長いつきあいになるから。 「・・・・・・3000Gか・・・」 先ほどの報酬を宿のテーブルに散乱させて乱暴に数えた。 「結構いい仕事だったな・・・・・・」 3000G・・・。 数えた後、意味深に含み笑いをした。 しかしその笑いが悲しげなものに変わるのに時間はかからなかった。 3000G・・・ テーブルに乗っている金貨を指で弾いて 『オレ、一晩100Gで抱かれてたんだ・・・』 「あいつが一月抱けるじゃないか・・・」 100Gであいつが抱けるなら安いもんだ・・・。 訳の分からないままお金を集めて、オレはどうするんだ・・・。 …ただ何かを、がむしゃらに何かをやらないと 本当におかしくなりそうだった。考える暇を見つけると、また鬱に入ってしまいそうで・・・ 「もう一度・・・」 ・・・・・・ 「もう一度だけ・・・会いたい・・・・・・」 俯いて、呟いた。 強く、強くなりたい。肉体的にも、精神的にも・・・ 「すっごいじゃないテリー!今回の報酬、いくらだったの!?」 後ろの甲高い声にハッと現実に戻された。 声の主を察したのか振り向かなかった。 亜麻色の髪をした女。流れる髪はミレーユを思い出させる。 肌は褐色に健康そうに焼けていて、鼻筋はすらりと通って、唇の薄い 切れ長の目をした美人だ。 「3000G!?すっごぉーいっ!」 散らばったゴールドを数えてそう叫ぶ。 「ミリア・・・今日は何の用だ?」 無愛想に呟いた。女はテリーの隣に腰掛け 「別に用って程の事じゃないのよ。テリーに会いたかっただけ、私も時間あったからさ、 テリーも一人でヒマしてるだろーなぁって思って・・・」 テリーは無反応だった。 マニキュアで美しく色づいた爪をテリーの顔に立てて、無理矢理こっちを向かせる。 そして、無理矢理、女の方から、キスをした。 「・・・・・・・・・・」 長いキスだった。男は何の反応もない。 女が唇を離したところで、再び男は顔をそむけた。 「どうして、いつもそうなの?」 手を戻してうつむいて言う。 「私はテリーの事が好きなのに、どうして何も言ってくれないの?何もしてくれないの?」 「・・・・・・・・・オレは・・・」 「分かってるわ。私だって分かってる!テリーには愛してるヒトがいるって事!! ユナっていう女性のこと、忘れられないって事!!」 今まで無反応だったテリーが、ユナという言葉に、今までにない反応を示した。 先程の、自分のロマンティックなキスよりも、その二文字の言葉の方が、 彼にとってはずっと、ずっと重いものだと知ると、悔しさと情けなさが心にこみ上げてきた。 「どうして、そんなに愛せるの?もう彼女はここにはいないんでしょ?もう会えないんでしょ? それならどうして、過去に生きて昔の女を見てるの?どうして今を見て、今に生きようとしないの?」 いつの間にかテリーはうつむいて考えていた。 自分の言ったことに、ミリアは無性に腹が立って、 叶わない恋に悲しくなり、部屋を飛び出してしまった。 サンマリーノ、世界最大の港町。 異国の人々や品物が所狭しと賑わい、色々な船が出入りする。 この町で成功を収めた者は、世界有数の金持ちになると言う田舎者のお上りさんが夢見る大都会である。 魔王が滅んで平和な世界が訪れて早二年。航海も盛んになり、港は世界の窓となっていった。 そんな街を歩くミリア。 知り合いの女性が勤めている酒場に向かっている。 ユナという人の事も、実はその女性から教えて貰ったのだ。 声をかける男性を振り払いながら早足で歩く。足取りはドスドスと怒っていた。 その理由は前の文を読んで分かることだ。 『サンジュエル』という看板が見えた所でもっと早足になったが その店の扉の前で、一人の華奢な少女とぶつかってしまった。 「あっ、ご、ごめんなさい!いや、こんなに人が多いとは・・・」 謝ろうとしたが先に謝られてしまった。 手を差し伸べられる。 「どこも怪我してないですか?あ、歩けますか?」 「あーっ、気にしないで。全然ヘーキ」 ミリアは差し伸べられた手を掴んで、立ち上がった瞬間ドキっとした。 そのまっすぐ見つめられる瞳に。 綺麗な瞳と言うのが第一印象だが、何か不思議な雰囲気にもドキドキする理由だ。 「貴方もこの酒場に用があるの?まだお昼よ?酒場が盛り上がるのは夜なのに・・・」 「あ、知り合いがここに勤めてると思うんで・・・訪ねてみようかと思って・・・」 少女・・・と言うには少し大人びている女性は微笑む。 その整った顔立ちと、神秘的な雰囲気に、思わず赤面してしまっていた。 『凄く可愛い子ね・・・』 ミリアはため息にも似た息を吐いて、女の代わりに扉を開けてあげた。 カランカラン。 懐かしい音。中には人の姿はなかった。 「ああ、そう言えば扉に準備中って看板掛かってあったな・・・」 しかしミリアは構わずカウンターに腰掛けた。 少女を横に座らせる。 「あ、いーのよ。別に気にしないで。私、ここで働いてる踊り子なの。結構長いから」 グラスを取り出して、中に飲み物を注ぎ込んだ。 二つのコップをカウンターに並べる。戸惑っている少女に再び笑った。 「遠慮しないで、喉渇いてるでしょ?言ったでしょ?私、この店長いんだって」 隣に座って、飲み物を勧める。スイマセンと頭を下げた後、コクコクと飲む。 その仕草を見ながら、ミリアはまた笑った。 「本当に可愛い子ねー、ここで働いたらいい客引きになるかもしれないわよ。 あなたみたいな子、ここいらじゃ見ないけど・・・旅の人かしら?おっきな剣に、旅人の服・・・」 容貌を見回してそんな事を呟いてみた。 使い古した鞘に収められている長剣、青いマントに、ブーツ・・・ 「あ、はい。旅人って言うか・・・人を捜してて・・・」 グラスをテーブルに置いてその問いに答えた。 「へぇー、ロマンチストねぇー。誰を捜してるの?もしかして・・・」 じろじろと少女をみる。 「恋人とか・・・・・・?」 「なっ、なんでそうなるんですか!!」 真っ赤な顔で否定される。 うわぁ、この子って・・・ 「スッゴク分かりやすいわぁ、図星でしょ?」 もっと真っ赤になってあわてふためく少女を見て、思わず笑いが込み上げる。 相手の心中を察したミリアは身を乗り出し 「ここで会ったのも何かの縁だわ。私も何かあったら協力するから 恋人の特徴なんか教えて。酒場で働いてれば情報は沢山集められるわよ」 興味津々な彼女。少女は赤い顔のまましゃべり出した。 「今は違うかもしれないけど・・・前は剣士でした。凄く強くて・・・」 「剣士かぁ・・・沢山いるからねぇ・・・」 考える。 「どんな感じの剣士なの?歳は?」 答えようか迷っている少女を急かした。 「歳は・・・オレと同じくらいで・・・華奢な体で・・・背はあんまり高くなかったから いっつもその事気にしてたなぁ・・・会わない間にちょっとは伸びたのかな・・・」 フフフと笑いが込み上げてきた。 現実に戻ったところでミリアが楽しそうな顔で見ているのに気付くと、慌てて赤面して俯く。 「本当にその恋人の事が好きなのねー・・・なーんだか羨ましいわぁー・・・。 何年くらい会ってないの?魔王がいた頃に戦いの中で離ればなれになっちゃったとか?」 「ええと・・どれくらいかも良く分からないけど・・・ずーっと会ってないと思います・・・。 向こうはもうオレの事なんて忘れちゃってるかもしれませんけど・・・」 寂しげな顔。彼女の話を聞いて何故か自分までもが悲しい気分になっていた。 「大丈夫よっ!あなたがこんなに想ってるんだもん。忘れるはずないわっ!」 励ますミリア。それに伴って「頑張って」という笑顔を送った。 ・・・・・・お互いに考える時間が流れた、お互い思い人の事を考えて・・・ 「・・・・・・なーんて・・・私もこんな事言える立場じゃないんだけどね・・・・・・」 「え?」 「いや、何でもないわ・・・」 こんな事、話すべきじゃない。 「・・・会えると良いわね・・・剣士様と・・・」 「・・・そうですね・・・どこにいるか分からないですけど・・・テリーっていつも何処かフラフラ旅してるから・・・」 ・・・・・・・・・ 「・・・?どうしたんですか?」 テリー・・・!?今・・・テリーって・・・ 「あーっもうっ!サイアクッ!!急に降り出すんだもん!参っちゃうわーー!」 静まりかえっていた店内に、雨音と甲高い女性の声が響いた。 紙袋を両手に抱えて、慌てて店内に入ってくる。 後ろからは中年の人の良さそうな男がもっと大きな荷物を抱えて。 どうやら急に雨が降ってきたらしい。 買い物帰りの二人は慌てて自分たちの店へと戻ってきたのだ。 中にいる人影に気付くと・・・ 「ミリアじゃない。どうしたの?こんなに早く来るなんて珍しいわね。いつもなら・・・」 ・・・・・・・・・!!! いつも店に踊り子として働きに来るミリアの隣に・・・見覚えのある少女が・・・。 本当に久し振りだった・・・。あまりの衝撃に両手に抱えていた紙袋を落としてしまう。 「ビビアンっ!久し振り!」 後ろの男も口をパクパクとして驚きを隠せない表情だ。 「ユ・・・」 「・・・?何・・・?そんなに驚いて・・・」 「ユナーーーっ!!」 ・・・・・・・・・。そうか・・・。 「もーっ!帰ってくるなら来るってちゃんと言いなさいよね!! 心配してたんだからぁーーっ!」 「ゴメン・・・」 そうだったのね・・・。 「ユナちゃん、本当に・・・顔見れて安心したよ」 この子が・・・、あのユナ・・・。 ずっと、ずっと私を苦しめてる女性・・・・・・。 |