● 場所 ●

 



 バシャバシャバシャ。
暗い雨の中、街の明かりだけが頼りの視界。
いつもは人通りの多い大通りも、夜も遅いせいなのか雨の影響もあるのか
まばらにしか人は歩いていない。

 バシャバシャバシャ。
夢中でテリーは走った。
走って走って走って、ついにはサンマリーノから出てしまう。

 ハァ・・・ハァ・・・。
息を切らして辺りを見回す。
冷たい雨が火照っているテリーの体を打つ。
何故か、足がどんどん動いた。
確信があるワケじゃないのに。
何も考えないまま走り出していた。

雨のせいで地面はグショグショ、雨に混じった砂が、足を捕らえて走りづらい。
そこにたどり着いたのは、酒場から出て随分時間が過ぎていた。
ここにいるわけじゃないのに・・・
もしかしたら船に乗ったかもしれないじゃないか・・・
いや、もう帰ってしまったのかもしれない・・・どっちにしろ・・・

「どっちにしろ何故オレは・・・」

 何故オレはこんな所に来てしまったんだ?
その場に座り込んで、辺りを見回す。
木々が生い茂っているサンマリーノ砂漠のオアシス。

晴れた日には光が差し込んで神秘的なこの林も
雨の日は薄気味悪く暗い。

青く透き通った湖は、どんよりして真っ暗だ。
ザァァァァァ・・・
雨の音がうるさい

「嘘だろ・・・」

 すっと立ち上がって、天を仰いだ。
雨は、容赦なく体に突き刺さる。

「あいつが・・・」

 あいつがここに帰ってきてるなんて・・・。
湖の畔を、そんな事を考えながら歩いた。

もう一年以上は経ってるんだ・・・
それに、天界へ帰ってそう簡単に帰ってこれるのか・・・?

雨が、次第に弱まっていくのを感じながら、考えた。

もし本当に、帰ってきていたとしたら・・・・・・

オレは・・・・・・

「・・・・・・・・・!!」

どのくらい苦しんだ?
どれくらい涙を流した?
あいつのせいで、会えないと言うだけで・・・

視界が、雨でよく見えなかった。
雨の音が足音を消す。
ゆっくりと歩いて、それは確実なものになっていった。

急に、足が止まる。
手を伸ばせば届く距離なのに・・・酷く遠く感じて、足が動かなかった。

冷たい雨の中、距離を保ったままで・・・

ずっと・・・ずっと会いたくて、触れたくて狂いそうになった・・・
なのに・・・足が動かない・・・

「ユ・・・ナ・・・・・・」

 名前は雨音にかき消された。
目の前にいるのに・・・オレの目の前に・・・。
うずくまって、足を抱え込んで。
今すぐ抱き締めたいはずなのに・・・。

その時、向こうの頭が動いた。
ゆっくりと顔を上げ、こっちを向いた。

「・・・・・・・・・!!」

 視線が交わった。やっとテリーの足が動き出す。

「ユナ・・・だろう・・・?」

 今度は向こうが金縛りにあっている。
心臓が、高鳴る。指が震える。
やっと触れられる位置に、テリーも座り込んだ。

「何とか、言え」

 しかしテリーは触れようとしなかった。
触れたら何もかもが消えてしまいそうだ。

いつもの夢のように・・・

「オ・・・レ・・・」

 目を離さないまま

「オレは・・・」

 体が、思うように動かない・・・。どうして・・・だってオレは・・・
オレは、ずっとこれを、この瞬間を待ち望んでいたはずなのに・・・

「お前・・・変わってないな・・・」

 やっとテリーが口元を緩ませた。

「髪型も、その雰囲気も、口のきき方も、変わってないんだな・・・」

 そっと頬に触れる。
夢じゃない・・・・・・。

その瞬間、ユナの瞳から涙が

「・・・・・・・・・っ!!」

 ユナの腕が自分の背に回った。

「・・・・・・ユ・・・ナ・・・」

 テリーもやっと力の限り、抱き締める。

「ユ・・・ナ・・・ユナ・・・」

 何度も何度も名前を呼ぶ。

「ユナ・・・ユナ・・・ユナ・・・ユナ・・・・・・ユナ・・・・・・!!」

 感じる。
ユナの吐息も、肌の暖かさも、髪の感触も、心臓の音も・・・。
相手はただ泣くばかりで・・・

「テ・・・リ・・・」

 顔を上げて青年を見た。
本当に・・・・・・本当に・・・・・・

「テリー・・・?」

「・・・ああ・・・」

「テリー・・・」

「・・・・・・ああ・・・」

「テリー・・・!」

 言葉はそれしか出なかった。
それで充分だった。想いが通じるだけで・・・

「・・・・・・・・・」

 甘い・・・キス・・・。
何ヶ月振りだ・・・分からない・・・もうどうでも良いんだ・・・だってこうやって

「・・・・・・・・・ん・・・っ」

 こうやって再び触れることが出来たから・・・。
目を開けて、お互いの存在を確かめる。
銀髪が雨に濡れて、アメジストの瞳が自分を映して、白く透き通った肌が触れていて

「うそ・・・みてえ・・・」

 これは夢か・・・

「夢なら、覚めないで欲しい」

 雨はいつの間にか止んでいた。
ふっと相手は微笑んで

「夢じゃ、ないさ・・・」

 夢じゃないんだ。これは現実なんだ。
それを聞いて、向こうは再び顔を俯かせた。
涙を耐えている瞳のまま顔を上げると

「ゴメン・・・」

 涙目のまま謝った。

「あの時・・・オレが・・・テリーの事を信じてたら、天界へ帰らなくて
すんだのに・・・オレの安易な考えで・・・」

 ユナの口を塞いでテリーは静かに首を横に振った。
昔が思い出される。後悔の念に押しつぶされそうになっていた昔。

「謝るのはオレの方だ。
酷いことを言ってお前を傷つけた事も・・・ミレーユ姉さんの事も・・・
凄く後悔したから・・・もう一生会えないと思って・・・」

 俯いて、いつもいつも考えていたことを口にした。
胸の奥と目の奥から何かが込み上げてくる。

「すまなかった・・・オレが・・・オレが本当に愛してるのはお前だけだったのに・・・」

 目の前の女はまた泣いている。瞳から溢れている涙を、拭ってやった

「二回目・・・」

「・・・・・・?」

「テリーがオレに愛してるって言ってくれたのさ・・・」

「ユナ・・・・・・」

「だって・・・もうこんなに時間が経ってるし・・・・・・もうオレの事なんて忘れてると思・・・・・・」

 言葉が出ないよ。胸が苦しいよ・・・・・・。
テリーは、泣きじゃくるユナを再び抱き締める。

「忘れてなんか・・・・・・」

「・・・・・・う・・・くっ・・・」

「忘れるわけないじゃないか・・・・・・」

 ユナの涙を感じる。今、ここにいる。
今までずっと願ってた事・・・・・・。

「テリー・・・」

「ユナ・・・」

 優しいキス。
ゆっくりと、雨で重くなった服を脱がせていった。

「う・・・ん・・・・・・」

 ユナも抵抗せずに、テリーに身を任せていた。
下は滑らかな草、雨で濡れてキラキラ輝いている。
青いユナのマントをシーツの代わりにひいて、押し倒した。

もう一度、濡れたユナの唇にキスをした。
そのまま唇をゆっくりと首筋に這わせる。
存在を確かめるように唇で丁寧に体を確かめていった。

「テリー・・・」

一年振りに触れ合った二人は
我を忘れて本能のままお互いを求め合った。
今まで触れられなかった分を取り戻すかのように、
今まで冷え切っていた体を暖め直すかのように・・・

激しく熱く求め合う。

「はぁ・・・ぁ・・・」

 やっと少し落ち着いた所で二人は視線を交差させる。
そして一息つくと、再び何度も求め合った。

甘い快楽に、二人はずっと酔いしれていた・・・・・・。




「・・・・・・ん・・・」

 直接日光が瞼をさす・・・。眩しい・・・。ここは・・・。

ガバっ!
思考が動き出す前に体が動く。
そうだ、昨日、確か二人で色々な事を話している間に
ここで眠ってしまっていたんだ。

「ユナ・・・・・・!」

 隣を確かめる。

「・・・・・・!」

 そこには誰もいなかった。

「夢・・・幻だったのか・・・?」

 いつも見ていたただの夢。あいつを抱く夢。

「・・・・・・いや・・・」

 違う。そんなハズはない!
確かに昨日、ここに居た。そしてオレはあいつに触れた・・・・・・。

そう確信したとき、テリーは外衣を掴み、林の中へと駆けだしていた。

「何故・・・こんな真似をする・・・・・・!」

 走りながら周りを見回す。いない・・・。
いない、いない、いない・・・
木の影にも、草むらの中にも、どこにも・・・・・・

『もう一生ユナに会えない・・・触れることも、抱き締めることも・・・』

 昔のオレだ。あの日のオレ・・・
記憶が蘇ってくる。あの苦しみも

「うわああああーーーーっ!」

 嫌だ・・・!嫌だ!!

耳を塞いで絶叫してしまっていた。

独りは・・・独りは・・・

「独りは嫌だ・・・」

 ぐっと拳を地面に押しつけて、顔を俯かせる。

「テ・・・テリー・・・?」

「・・・・・・!」

 細長い影がテリーを捕らえた。

「ど、どうしたんだよ一体?気分でも悪いのか?汗だくじゃないか」

「・・・ユ・・・ユナ・・・」

 彼女は急に出てきたかと思うと、心配そうにテリーの頬に触れた。

「ちょっと待ってろよ、湖の水、タオルに浸してくるから」

 金縛りにあったかのように動けない。
そんなテリーを後目にユナはタオルを取り出して湖の方に向かった。

「ユナ・・・?」

 触れられた頬に触れてみる。
オレは・・・何をあんなに焦っていたんだ・・・何をあんなに恐怖したんだ・・・
やっと我に返ると深く息を吐いた。ユナの行ってしまった方向を見る。

オレは・・・バカだな・・・。母親離れ出来ない子供みたいだ・・・。
母親を見失うと泣き叫ぶ子供のように・・・・・・

「ハイ、タオル冷やしてきたよ」

 再び彼女が現れた。

「大丈夫か?まだ汗びっしょり・・・」

 テリーの顔にタオルを近付けた時、手を思い切り掴まれた。

「・・・テリー・・・?」

 視線を合わせないまま、彼は言った。

「どうして、急にいなくなったんだ?」

 ぴくっとユナの手が動いた。再び問いつめる。

「天界に帰る気だったのか?」

 今度は真剣な瞳でじっと見つめる。その瞳はユナの言葉を濁らせる。

「ま・・・」

「・・・・・・」

「まっさかぁーっ、そんなわけないじゃないか。ただ・・・散歩してただけだよ」

「荷物まで持ってか?」

 ・・・・・・・・・う・・・。
テリーのその瞳はいつも、どんな時でもユナの嘘を見抜いてきた。観念して目を伏せる。

「ゴメン・・・・・・」

 その場に崩れ落ちて

「テリーに会ったら、もう帰ろうと思ってた」

 手に持っていたタオルを逆に自分の瞳に押しつけた。

「一度だけ触れたら、キスしたら帰ろうと思ってた・・・でも・・・!」

 涙目でテリーを見る。

「出来なかった・・・?」

 ユナの心の中を、テリーは先に言葉に出した。しばらくして頷く。

「本当に自分勝手な奴だ。お前いつもそうだな。オレの気持ちなんて、何も考えてない」

「そ、そんな事・・・・・・!」

 タオルをぐっと握り締める。水が滴り落ちる。

「ちゃんとテリーのこと考えてるよ・・・!だってオレといたらテリーが幸せになれない・・・」

「勝手に決めるなバカ!」

 腕を掴まれて引き寄せられる。

「・・・・・・・・・う・・・」

 だってオレ・・・本当の未来知ってるから・・・。だから・・・。

「じゃあ・・・じゃあオレ、ずっとテリーと一緒にいてもいいのか?」

 その問いかけはテリーだけのものではない。
何処かで見ているであろうゼニスに。生と死を司る運命の女神ルビスに・・・。

「ああ・・・」

 目の前に、手が伸びた。

「オレと一緒に来い」

 少し恥ずかしそうに頬を掻く、そして決心したように言った。
その恥ずかしそうなテリーの顔、言葉、目の前に差し出された手の平・・・
オレは、ずっとこんな場面を夢見てた。それが今こうしてここに・・・

「オイ、どうしたんだよ?行かないのか?」

「・・・・・・」

 ユナは何も言わず、差し出された手の平に触れた。

「勿論行くよ!一緒に!」

 思い切り頷く。
そうだ、テリーと一緒に。例えゼニスに・・・神に背くことになろうとも・・・。







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