● 安息 ●
忘れられないなら、愛し続ける。 そしてそれはいつしか生きる糧となる・・・・・・。 生きる糧か・・・。 確かにオレはあの神父の言葉を聞くまでどうかしてたな・・・。 自分を責め続けて、痛め続けて、拷問しつづけていたんだ・・・。 自分が許せなかった。 自分からユナを遠ざけてしまった・・・ 自分が許せなくてどうしようもなかった。 目に入る全ての魔物の息の根を止め、誰とも話さず、 ろくな食事すらとらなかったオレの目の前に現れたユナの家族・・・教会の神父・・・。 隣の、暖かい感触を再び確かめる。 スヤスヤと眠っているユナの顔を見るとホッと安心する。 ここにいるから・・・・・・。 もう二度とあんな失敗はしたくない。 『あ・・・はぁ・・・テリー・・・』 宿のベッドで、今日もユナを抱いた。 昨日の草むらもなかなか良かったと思ったが、彼女が気に入らなかったらしい。 これからの予定を話しているときにそのまま・・・・・・ 『ん・・・くぅっ・・・』 そのままか・・・ 「こういうのも、悪くない・・・」 呟く。 またこいつを抱けるなんて・・・夢にも思わなかった・・・。 目覚めるといつも夢・・・。隣にユナはいないんだ・・・。 独りで過ごす夜がこんなにも辛いなんて思わなかったから・・・。 「・・・・・・」 そっと、眠っている少女に口づける。 熱い・・・夢じゃない・・・。 軽く付けただけの唇を離そうとすると、首の後ろに手が伸びた。 「・・・・・・!」 ユナだった。 「起きてたのか?」 「うん・・・ちょっと眠れなくて・・・」 首の後ろの手。訴える瞳に気がつくと、 仕方なさそうに笑って、再び口づけた。 「・・・・・・」 テリーの舌使いに、熱く、思考が鈍って、もっと彼を感じたくて 思い切り抱き締めた。テリーも、キスをしたまま手を背に回してくれる。 「ユナ・・・」 名残惜しそうにキスを止めて 「・・・テリー・・・」 じわっと、ユナの瞳が潤んだ気がした。 「夢の中と、同じ事してくれるんだな」 「・・・・・・?」 相手の言葉も待たず 「毎晩、テリーはオレの夢の中に出てきてくれたよな?そして今日みたいに 優しく抱いてくれて、そうやって、キスしてくれたよな?」 「ユナ・・・」 再び口付けようとすると、再び彼女の口が開いた。 「だから、何だか余計怖い・・・。眠ったら、朝が来たら、これも今この瞬間も 夢なんじゃないかって思う・・・。だから・・・眠るのが怖いんだ・・・。 テリーから目を離したら・・・どっかに行っちゃいそうで・・・」 ユナの言葉を遮るように、再び口づけた。 先ほどと似た深いキスだが、何だか、凄く優しい・・・。 「何処にも行かないって言っただろ?」 まだ潤んでいる瞳。 涙の跡がついている頬を、手の平で拭いてやる。 テリーの言葉に小さく頷くと目を伏せる。 「どこにも行かない・・・これからは・・・」 これからはずっと一緒だ・・・。 強く思ってしまった。いつからこうなったんだろう。 いつも考えていた。いつからオレはこんな風になってしまったのか・・・? 今日、ユナと話し合ってこれからの旅は二人の今までの道のりを見直そうという物だった。 まずは一年前行けなかったレイドックに行って、それからイミルの神殿、トルッカ、 ジャンポルテの館・・・マウントスノー・・・ガンディーノ・・・。その道のりを辿る旅。 オレにとっても良い機会だ。 自分を見つめ直して、色々思い出してみるのも・・・。 「・・・・・・っ」 ゴツンっと寝返りを打っている。もう寝たのかこいつ・・・ 「どこにも・・・」 「・・・・・・?」 「行かないで・・・」 この寝ぼけて聞き取りにくい声は寝言だ。 つきあいの長いテリーはそう察する。 「ああ・・・」 寝言と知りながらも 「何処にも行かないさ・・・」 胸の奥がぎゅっと締め付けられた。 「もう、二度と離れない・・・」 そう呟くとテリーも目を伏せる。 心地よいユナの肌、火照っている自分の体。 気持ちの良い空間の中で、テリーもまた、久々の安らかな眠りに落ちていった。 高窓からの日の光・・・。白い朝の光だ・・・。裸体には少し肌寒いけど・・・ 「・・・・・・」 テリーがいるから今は平気だ、本当に一年ぶりに安心して眠れた。 今でもテリーはオレのこと想ってくれてるんだよな・・・凄く嬉しい・・・ 「テリー・・・」 天空城のあの心の中の憂鬱が嘘のようだ。 もう二度と戻りたくない。孤独な夜は寒い・・・ 「何だ?」 「・・・・・・・・・っ!」 彼の瞳がぱっと開かれる。 「・・・・・・・・・っくりしたぁっ!起きてたのかよ」 赤面して背を向ける。 テリーは上半身だけ起こして服を着始めた。 それに伴ってユナも服を身に纏う。 テリーがいつもの服に着替え終わった所で 「そうだ。そう言えばテリーの帽子・・・もう随分と古くなったろ? オレまた新しいの作るよ。かなり裁縫上達したと思うんだ」 「・・・・・・一年やそこらで変わるものなのか?」 いつもと同じような答えを返してしまう。 「だ、だって、本当にオレ凄く練習したんだからな。グレミオに沢山教えて貰ったぜ 料理とかも・・・」 「怪しいもんだな」 一息ついてテリーは答えた。ユナはまだ文句を言っている。 「フ・・・」 少し、安心した。口元が緩む。 こいつは何も変わってない。オレが知っているユナそのものだ。 「・・・・・・?どうしたんだ?」 そんなテリーを不審に思ったのかユナが問いかける。 「いや、何でもない。大したことじゃない」 テリーも立ち上がって、身支度をし始めた。 「なぁ、そう言えば言おうと思ってたんだけどさ」 鎧を身に纏いながら、彼女を見る。 「テリースッゴク背、伸びたよな?」 ユナは手を自分の頭の上まで持ってきて、上下に振った。 「前まで、オレと変わらないくらいだったのにさ・・・今、見上げて話してるもん。 えぇと・・・オレが160センチくらいだから・・・170以上にはなってると思うんだけど」 「さぁな、ずっと測って無いからな」 「絶対それくらいあるよー。それに・・・前より、ずっと格好良くなってるし・・・」 何だか心配だな・・・。 「お前も・・・・・・・・・何だか女らしくなったな・・・」 小さな声で呟いてしまう。 「え?何?」 「いや、何でもない」 不思議そうな彼女にもう一度目を向ける。 青いマントに旅人の服、背中の長剣にブーツ、包帯、スライムピアス・・・。 出会った頃の彼女は、本当に少年みたいで、近くで話さないと 案外美人だという事も、女だという事すらも分からなかったくらいなのだが・・・。 今の彼女は遠くから見ても、薄汚いマントを羽織っていても 女だと分かる。神秘的な雰囲気もその整った顔立ちも・・・・・・。 「先に食堂に行ってろ。オレは後で行くから」 「うん、分かった」 そう言って一足早く部屋を出ていった。 「あんた・・・毎朝この宿屋で朝食食べてるの?」 野菜にフォークを突き刺したまま、同じテーブルに座っている少女に問いかける。 「毎朝ってわけじゃないけど・・・」 聞かれた女はカップを口に押しつけながら言う。 「でもここんとこ毎日でしょ?良くやるわねぇ・・・」 「良くやるわねぇって・・・だって、会いたいんだから仕方ないじゃない!」 キョロキョロと女は辺りを見回した。お目当ての彼はまだ来ていない。 問いかけた女は息をついて 「まぁ確かにあの人は格好いいって言うか・・・スゴイ美形よねぇ・・・でもあんた、彼のこと良く知らないんでしょ?」 悲しい顔で頷いた。カップの中の飲み物を少し飲んだ後 「一目惚れって奴なのかしら・・・初めてあったときからこの胸の高鳴りがおさまらないって言うかー」 ころころと表情が変わる。 今度は赤面して、呆気にとられている女の方をバンバン叩いた。 「・・・・・・・・・」 「今日は彼、来ないのかしらね・・・寂しいなぁ・・・」 ふうっとため息を漏らす。もうここに来てから一時間は経っている。 「ねぇ、もう帰ろうよ。一時間はここにいるって・・・」 「うーん・・・もうちょっと・・・」 その時、二階へ続く階段から誰か降りてきた。 女の子・・・いや、女性だ。お目当ての彼じゃないのは一目で分かるのだが何故か惹き付けられた。 その女性が、余りに美しい人だったから・・・。その人は偶然にも自分たちの隣のテーブルについた。 金色に近い髪、神秘的な雰囲気、整いすぎている顔立ち、ぱっちりと開いた瞳。 思わず二人して魅入ってしまった。 女性と目が合ったのをキッカケに慌てて顔を逸らした。 「キレーな人もいるもんねぇ・・・」 最初に呟いたのは、帰りたそうな女の方 「そうねぇ・・・羨ましいわ」 「あれくらい可愛いかったらあの彼だって落とせるかもしれないもんねぇー」 「フ・・・何を言ってるの。彼は女を顔で選ぶ人じゃないわ!」 自慢げに女が語り出す。 「何で言い切れるのよ?」 「だってぇー、私見ちゃったのよ!彼がこの間すっごい美人から言い寄られてたのをーっ」 「へぇ」 「しかもさ、素っ気ない態度で返してたのよーっ!もうー痺れちゃう・・・」 また一人で空回りしている。 「ただ単に女嫌いだったりしてね」 浮かれている女に聞こえないように呟く。 やがてその女のノロケは悲鳴に変わった。 「な、何よ急に大声上げて・・・」 「彼よっ!」 ・・・・・・・・・? 後ろを振り向くと、銀髪が窓の光に照らされていた。不覚にもウットリしてしまう。 「はぁーーーっ、相も変わらず素敵だわぁーーっ」 「た、確かに・・・」 彼は眩しそうにこっちを見つめている。 「ああ・・・どうして?彼が私を見てるわ。ダメよ、私たちまだ会ったばかりなのに お付き合いだなんてそんな急に・・・」 「・・・・・・何妄想してんのよ、あんたの所に来たんじゃないわよ」 「・・・・・・えっ!」 はっと女が我に返り、愛しの君を見つけようとする。その人は案外早くに見つかった。 「結構早かったね。やっぱりテリーもお腹空いてたのか?」 悪戯っぽい笑みで彼を迎える。 「お前が寂しがってると思ってな」 皮肉で返すが彼女は嬉しそうに笑っている。 「あはっ、ばれちゃった?」 そんな彼女に彼もつられて微笑んでしまっていた。 「う・・・・・・・・・うそ・・・・・・」 二人の会話が・・・頭の天辺からつま先まで細胞を占領していった。 「諦めな、あんな子が相手じゃ勝ち目ないよ」 「恋人かどうか分からないじゃないさ!」 その言葉にはぁっとため息をついて言い返そうと思ったが 彼女の余りに落ち込んでいる顔に何も言えなくなってしまった。 「とにかく・・・ここ出よっか?」 「いやよ!恋人かどうか確かめてみるまでいるわ!」 半ばやけくそである。連れの女は観念したのか何も言わなかった。 「 船でレイドック港まで行って・・・それから城まで徒歩で行く」 二人の会話に、こっそりと耳を傾ける。 「なぁなぁ、テリー。オレ考えたんだけどさ」 口の中の物をコクンと飲み込んで 「定期船で港まで行って、それからレイドックに行っても早くて20日・・・ 遅けりゃ一ヶ月はかかっちゃうよ」 「仕方ないだろ、遠いんだから」 「だからさ、レイドックまで・・・ルーラで行ってみないか?」 「ルーラ?」 ルーラ・・・。一瞬で目的地までいける呪文。 だが・・・ユナのルーラは 「お前のルーラは何処に行くか分からないし・・・一日そう何度も 使えないだろ。逆に行くのが遅くなる。普通の手段で行った方がいいんじゃないのか」 「オレ城にいる頃ずっと魔法の勉強やってたんだって、だからさ、ちょっと自信あるんだ」 「まぁ・・・お前がやってみたいなら構わないが・・・どうなってもしらないからな」 「大丈夫だって!任せてくれよ!」 そう微笑んで右手で胸を押さえた。 「絶望・・・・・・」 二人の会話を目の当たりにして、女は大きく項垂れた。 「大丈夫・・・・・・じゃないみたいね・・・」 彼女がショックなのは充分に分かる。 横目で隣のテーブルを見ると・・・彼の笑顔。 朝食の時しか見たことは無いが彼のこんなに楽しそうな顔は見たことがない。 周りの彼目当てに来ていた女たちも、シェリルと同じようにショックを受けている。 その時、ふと彼の方が席を外した。 「チャンス!」 「へ?」 落ち込んでいた彼女がガバっと立ち上がり、ずかずかと隣のテーブルへ乗り込んでいった。 「ちょ、ちょっとシェリル!」 肩まで伸ばした髪を靡かせてユナの前に来る。 ユナも何が起こったか分からない顔。 「え・・・?何・・・?」 「あなた!テリーさんの恋人でらっしゃるんですか!?」 「え?」 目が点になってしまう。 「恋人なんですか!?」 戸惑っているのか答えようとしない彼女に、再度強い口調で言った。 「恋人・・・?」 恋人かぁ・・・。恋人になるのかな・・・。 恋人って一体どんな関係なんだ・・・? 「恋人って・・・どんな関係なんだ・・・?」 「えっ?」 今度はシェリルの目が点になる。少し考えて 「そりゃ、あの、両思いとか・・・つき合ってるとか、そんな所よ!」 自分をも納得させるように言う。 「つき合ってるか・・・」 そう思うと・・・一応・・・両思いなんだよな・・・。そう考えると付き合ってるって 事になるのか・・・?そ、そう考えると何か凄く恥ずかしくなってきたな・・・。 シェリルの目を見てコクリとユナは頷く。 その瞬間、彼女はふぅっと脱力してフラフラとテーブルに戻っていった。 「オイ」 その時、声が耳を突き抜けていく。振り返ると愛しい青年の顔。 「持ってきてやったぞ、フルーツ」 「あっ、ああっありがとう」 そう言えばテリーが果物とってきてもらったんだ・・・。 何故か真っ赤な顔で皿を受け取る。 「?顔赤いぞ。熱でもあるのか?」 「あ・・・い、いやあ、別に・・・」 何故か妙に意識してしまう。 隣のテーブルに二人はいなかった。遠くの方で慰め合っている。 ・・・・・・オレのせいなのか? 「どうしたんださっきから。何か変だぞ?」 「え?オレ?」 宿から出て少し歩いたところで、テリーがユナに尋ねた。 「変って・・・何が?」 「妙にギクシャクしてる」 「そ、そうかな・・・」 うーん・・・。我ながら嘘が下手だ・・・。 オレとテリーが恋人・・・?何だか恋人って言われると・・・本当に 信じられない・・・。オレとテリーが恋人同士だなんて・・・。 いつの間にか赤面する。 再びテリーが尋ねる前に、ユナから口を開いた。 「オレ、テリーに聞きたいことがあるんだけど・・・」 逆に尋ねてみようと思った。 「何だ?」 「あの・・・」 何を迷う必要があるんだろう。 「オレとテリーの関係って、何なんだ?」 「はぁ?」 息を飲んで尋ねてみたが向こうは拍子抜けしている。 「あのさ、友人とか仲間とか、色々あるじゃねーか・・・恋人・・・とか・・・」 最後の小さくなった言葉。 「恋人か・・・」 「・・・・・・う、うん・・・」 目が合うと、真っ赤になり慌てて逸らしてしまった。 「ふ・・・面白い奴だな」 ふっと吹き出す。その後付け加えて 「夜のお前と全然違う」 「またそれかよー!」 いつもそれを引き合いに出すなこいつは・・・。 「恋人という関係が一番近いかもしれないな」 「そ・・・そっか・・・」 「だが、恋人なんて馴れ合いの関係じゃない。そんな弱い結びつきじゃないだろ」 「え?」 その小さな呟きを聞き逃ししたユナに、 「いや、何でもない」 スタスタと先に歩き出した。 「え?何?もう一度言ってよー!なぁなぁ!」 後ろの方でユナが歩きながら何度も問いかけてくる。 「何でも無いって言ってるだろ」 そんな弱い結びつきじゃないはずだ・・・オレたちは・・・・・・・・・。 |