● イミルその後@ ●

 



ドスン!
もの凄い音をたてて、彼方から飛んできた物体は地面に叩き付けられた。
男と女が倒れている。

「い・・・いててて・・・」

相変わらずの着地の悪さに、頭を押さえてうずくまってしまった。
そ・・・そう言えばいくら天界で勉強していたとは言え・・・
実践でルーラを使うのは・・・凄く久し振りだったかもしれない・・・。
前にルーラを使ったときよりも強い衝撃を受けた気がする。

隣の青年も、頭を押さえて痛みに耐えているようだった。

「お前・・・勉強していたんじゃなかったのか・・・」

「うん・・・べ、勉強はしたんだけどね・・・」

 その言い回しに悟ったのか何も言わず、重い頭を抱えて立ち上がった。
見渡すと、だたっぴろい草原・・・。
しかし、ここは見たことがあった。

「ここは・・・・・・」

 そうだ。ここは何だか見覚えがある。
岩山も、遠くに見える塔も、森も・・・
随分昔に来た事があったから・・・。

「あーっ、ここってレイドック領だよ。もう少し行けばイミルの神殿がある所!」

 無言で頷く。
ユナも少し満足げに頷いた。まぁ・・・レイドック領なんだし・・・
城には直接来られなかったけど、ルーラ成功って事で

「ここから歩いてレイドックに行っても一日あれば着くな。
じゃあ早速向かうか・・・?」

「ちょっと待ってよ!」

 立ち上がったテリーに慌てて声をかける。
パンパンと砂を払ってユナも立ち上がった。

「どうせイミルに会いに行くんだ。近いんだし先に行っとかないか?」

「・・・ああ、それもそうだな」

 少し考えて頷く。
そして、二人して以前辿った道を歩き出した。
ユナは実はイミルに、どうしても頼みたいことがあったのだ。




「前にここに来たのはいつだったかな・・・」

 イミルの神殿に着いたのは、太陽が随分上に上がってきている頃だった。

 街の中心には大きな噴水。虹の橋が所々にかかって、その周りには
涼む人々で賑わっていた。
旅の行商や、僧侶のような格好をした人々にシスターらしき人物もいる。
前にここに来た時は外界とあまり関わりを持っていなかったハズなのに・・・。

変化・・・するものだな・・・。

「えーっと・・・オレとテリーが会ってすぐ・・・4年か5年くらい前だと思うよ。
オレが多分15歳くらいだったし・・・。と思うと若かったなぁ、あの頃・・・」

 隣の女が笑う。変化か・・・。

「前に来た時と全然雰囲気違うなぁ」

「4年は経ってるんだ。変化するさ」

「そんなもんなのかな」

 周りをキョロキョロみながら呟く。

「そんなもんさ、オレたちだって変化しただろ?」

「・・・・・・・・・っ」

 その言葉に昔を思い出す。嬉しくなって笑みが零れた。

「うん」

 テリーに対する気持ちも変わって・・・
テリーのオレに対する気持ちも変わった。

舗装された赤い煉瓦の道を歩く。その先には改装されたのか以前とは比べものにならないくらい
大きくなったイミルの神殿があった。

「旅の方ですね。参拝ですか?巡礼ですか?」

 神殿に入るなり、眼鏡をかけた神父のような人が待ちかまえていた。

「あの・・・イミル・・・巫女様に会いたいんですけど・・・」

 ユナが答える。向こうは少し難しそうな顔をして

「巫女様に・・・ですか?今ご予約されると向こう三ヶ月くらいしかお会い出来ませんよ?
何しろ予定が詰まっておりまして・・・」

「ええっ、三ヶ月・・・ですか!?まいったな・・・」

 頭をポリポリと掻く。

「無理に会わなくても良いんじゃないのか?」

「で、でも・・・オレは会いたいよ。だってずっと会ってないし・・・頼みたいこともあるし・・・」

「三ヶ月も待つつもりなのか?」

 ・・・・・三ヶ月はやっぱり辛いよな。会いたかったけど

「あの・・・」

 その時、神父らしき先ほどの人物が二人の会話に入ってきた。

「もしかして・・・巫女様のお友達のユナ様とテリー様ですか?」

「え?」

 知らないはずの名前を呼ばれて戸惑う。
二人は顔を見合わせて、一応頷くと相手もコクリと頷き

「ああ、やはりそうでしたか。お二人が会いに来てくださったとなれば巫女様も
喜んでお会いになるはずです。着いてきてください」

「えっ、あっ、はいっ」

 ユナの返事を待った後に、彼は歩き出した。
二人はすぐ後を着いていく。

「良かったなぁ・・・それにしてもあいつに会うのって5年振りくらいだ」

「あいつは何も変わって無さそうだ」

 テリーの核心をついた答え。

「・・・言えてるかもな」

 変わらない方が良いかも・・・。あのキッパリサッパリした性格は好きだ。
神殿の柔らかな日差しの中を三人は歩く。
中央の大きな噴水、その噴水から沸き上がった水が涼しげに流れている。
光の差す渡り廊下の天窓、柔らかな風、神々しい装飾の施された壁は見る者を圧倒する。
豪華な渡り廊下の一番奥に大きな扉があった。ここが・・・・・・

「ここが巫女様のお部屋になっております。しかし、ここは神聖なる場所、男の方は
中には入れませぬ。勿論私も・・・」

「え、じゃ、じゃあテリーは・・・」

 隣の男を見ると無言だ。しかし、目でユナに言いたいことは伝わったようだ。

「あ、大丈夫です。この部屋に入れないだけですから、外に出れば・・・」

 成る程、と言った二人。
神父は扉にかかっていた鈴をりんりんと鳴らす。

「おはようございます。リムガージェ=ランカです」

 しばらくして大きな扉が内側から開いた。

「おはようございますリムさん。何かご用ですか?」

 出てきたのは、三十路くらいの年齢のシスターが一人。

「あの、巫女様のお友達のユナ様とテリー様がお見えになって居るんですが、
巫女様にお目通りできないでしょうか?」

 ぺこりとユナは会釈した。女は二人を見回し。

「ユナ様とテリー様ですか、巫女様からお話は伺ったことがあります。
この神殿は邪悪なる者は近付くことは出来ないはずですから
物の怪が化けていると言うこともないでしょうし・・・。分かりました、ではユナ様だけ
お部屋にお通しします、テリー様は別の部屋でお待ちになっていて下さい」

 リムガージェ=ランカと言った神父がテリーを促す。
テリーはユナに目で合図すると神父の後に着いていった。二人は後ろ姿を見送る。

「ではユナ様・・・」

 大きいにもかかわらず、案外軽いチカラで扉は開いた。

完全に開ききると、眩しい光がユナの瞼を刺した。
ゆっくりと目を開くと・・・そこは前に見たイミルの部屋とは比べものにならないほどの楽園だった。

「ス・・・スゲェ・・・」

 ステンドグラスの光が七色になって部屋を明かりの代わりに照らしている。
大きな部屋の真ん中には庭にあったものと同じような噴水があり、すがすがしい空気を送っている。
カーテンのかかった大きくて豪華なベッド。

「だから、それはもう飽きたのよ!違う物が食べたいの!」

「では、あ、あのイミル様!鹿肉の黒こしょう煮込みなんかはどうでしょうか?」

「あーっ、もう!私、肉は嫌いだって言わなかったけー!?」

 ベッドの中の人物と、若いメイドらしき人物が言い合っていた。
三十路のシスターはハァと息をついて

「イミル様。イミル様にお目通りして頂きたい人がいるんですが・・・」

 二人の会話が収まったところで切り出す。

「えーー、今ぁーーーっ?」

 カーテンの向こう側でゴロンと寝転がっているのが分かる。
やっぱり・・・何も変わって無さそうだ・・・。

「イミル様の良く知ってる方なんですが・・・」

「はぁーー?」

 シスターの言葉に反応して、バサっとシルクのカーテンを全開した。
水色の美しい髪は前よりも大分伸びている。
美しく大きな瞳は前よりも神秘的な光を称えて、整った顔立ちは
大人っぽさを増していて、以前とは比べ物にならないくらい美しい・・・。

「ユッ・・・!」

 その女性はハっと目を見開いて

「ユナーーーッ!あんたユナよね!うわぁっ久し振りーーーっ!!」

 ベッドからおりて、ユナの手を握り締めた。

「久し振り、イミル」

 ユナも笑みを返す。

「あ、貴方達は下がって頂戴。あ、あと昼食はいつもの奴で良いわ。
後でユナたちを食堂に案内してあげてね」

「承知致しました。では・・・」

 二人は一礼して部屋から出ていった。
瞬間。イミルがニヤっと笑う。

「ユーナっ」

 何かを企んでいそうな微笑みに、何となく予感を感じる。

「な、何だよ・・・」

 ユナの周りを回って上から下まで見回す。
何だよ・・・一体・・・

「勿論、テリーと一緒にいるのよね?」

 ・・・来たっ・・・

「う、うん。まぁね」

 なるべく平静を装って

「もう告白なんかしちゃったりしたのー?」

 ・・・・・・・・・きたきたぁ・・・。

「あ、う・・・」

 なんて答えりゃいーんだ・・・。
うーん・・・。ユナが言葉を探していると待ちきれなくなったイミルが顔をユナに近付ける。

「あーっ、もうだってあれからカナリ経ってるのよ!?何もない方がおかしいじゃない!」

 ガクガクと肩を揺さぶられた。ど、どうしようこいつ・・・止められねぇ・・・・・・。

「あら・・・?」

 イミルが何かに気付いた。

「ユナ、首の辺りに何か付いてるわよ?」

「え?首?」

 首の辺りをまさぐってみた。何も付いてないけど・・・。

「何、コレ、取れな・・・」

「・・・・・・・・・っ!!」

 急に赤面してイミルから飛び離れた。もしかして・・・これ・・・

「ユナ、あんたそれ・・・もしかして・・・」

 も、もうダメだ・・・

「キスマーク・・・?」

 真っ赤になって両手で顔を押さえてしまった。
いつもはこんなもの付かないのに・・・昨日の夜を思い出す。

「キスマークよね・・・それって・・・」

「・・・・・・・いや、その、これは・・・」

 興味津々なイミルの瞳。と言うかなんでこいつ巫女のくせにこんな事知ってるんだ・・・。

「テリーと昨日の夜やっちゃったの!?」

「・・・・・・!!」

 ストレートなイミルに最高潮に真っ赤になる。
否定したいのに、言葉が出ない。

「ねえユナ!「そう」か「違う」か言いなさいよ!」

 もうダメだ・・・こいつにゃ何を言っても誤魔化せない・・・

「う・・・うん・・・」

 その瞬間、イミルの目が血走った。

「やっぱりそうなのねーーっ、テリーって案外やる時はやるのね!
・・・・・・で、いつ頃からそんな関係なのかしら・・・?」

「・・・いつ頃って・・・」

「フフ・・・根ほり葉ほり聞いてあげるから覚悟しなさいね」

 ・・・・・・腕組みをして、目の前に立ちはだかるように仁王立ちして、何故か
勝ち誇った笑みを浮かべている。
その言葉の通り、彼女は根ほり葉ほり聞いてきた。
執拗に繰り返される質問を止めたのは、扉の向こうで聞こえるメイドの声だった。

「イミル様、お食事の用意が出来ました。向こうのお部屋にユナ様のお連れのテリー様も
お呼びしております。ご用が済まれましたらお迎えに参りますので・・・」

「分かった。今すぐ行くわ!」

 テリーという言葉に反応したのか、その声にすぐ答え、
にやーとした笑いを浮かべたまま振り向いた。

「さっ、ユナ行きましょうv続きはテリーと一緒に聞いてあげるわ」

「ゲ・・・」

「はーやくっ、行きましょv」

 もの凄い力で引っ張られる。
自己中心的な巫女様に抗う術もなく、諦めて彼女に従うしかなかった。

「テリー、お待たせっ」

 勢いよくドアを開ける・・・と大きなテーブルにその人は座っていた。

「遅かったな」

 ユナを見て言った。

「イミルと話は出来たのか?」

「え・・・あ・・・」

 イミルは目をらんらんと輝かせて

「ばーっちり話したわよvそ・れ・に・テリーとも話がしたいしー」

 ふっとうるさい方に視線を移動させる。

「キャーっ!テリー久し振りーっvvキャーッ、やっぱりすっごく格好良くなってるわねぇーっ!
背も伸びたみたいだし・・・素敵〜〜vv」

「・・・・・・」

 良く次々言葉が出てくるもんだ。隣で思わず感動してしまった。

「本当に久し振りねーっ、ゆっくりしてってよ」

 ユナを強引に座らせる。その隣にイミルが座った。目の前にはテリー。

「フフ、ユナから聞いたんだけど・・・ラブラブなんだってねー貴方達」

 いきなりかよ!

「それにしても良かったわねぇー、ユナーテリー。でも、ま、私には分かってたけどね」

 頬杖をついて、二人を見る。

「分かってたってどういう・・・」

「巫女はね、相手の気持ちが何となくだけど分かるのよ。
ユナ、あんたが記憶無くなってジャンポルテの館に居た時、テリーに会ったじゃない?
その時、二人が両思いだって気付いたってわけ」

 ユナが言い終わらない内に答える。

「まぁ、貴方達の事だから、両思いになるのにスッゴク時間かかったと思うんだけど・・・
その後どう?少しは進展したのかしら?ね、テリー」

 片目をパッチリと閉じて、何か企んでいそうな顔で問いかけた。

「さぁな」

 目を逸らしてはぐらかす。イミルはにやにやしながら次の言葉を発そうとした瞬間。

「あ、あのさっ!」

 ユナが横から絶妙のタイミングで口を挟んだ。
イミルはもの凄く不満そうな顔でユナに目を向ける。

「あのさ、イミル。オレの精神に入れるのか?」

「はぁ?」

 急にそんな事を尋ねられ、拍子抜けしまった。
今までの会話と脈絡のない質問に、少し戸惑ってしまう。

「・・・まぁ・・・ラーの鏡があれば可能だけど・・・そんな事より私はテリーに・・・」

「へぇっ、そうなんだ!じゃあラーの鏡は何処にあるんだ!?」

 イミルの言葉を遮って質問を繰り返す。
どうしても自分との事を質問されたくないらしい。

そんなユナに諦めたのか仕方なく笑った。
まぁ、テリーならはぐらかされて終わりだと思うし・・・ユナの反応を楽しもうと思ってただけだし・・・。

「ラーの鏡はこの神殿に祭ってるわ。
巫女なら持ち出し可能よ。・・・でもどうしてあんたの精神に入らなきゃいけないのよ?」

 イミルが諦めたのを知ると、やっと落ち着いて

「テリーには話したんだけどさ、昔、オレらテリーの心の中に入っちまったじゃねーか・・・
仕方ないにしろさ・・・。だから、今度はテリーがオレの心の中に入ってくれればおあいこになるんじゃ
ないかと思って・・・」

「・・・・・・安易な考えだな」

 グラスの水を飲みながらやっとテリーが話に加わる。

「・・・どうせオレは単純だよ・・・。でもさ、オレなりに申し訳ないってずっと思ってて・・・
何か出来ないかなって思ってたんだよ・・・ダメかな・・・?」

 彼の反応を伺う。向こうは息をついて

「お前に任せる」

 腕を組んでギシっともたれ掛かった。
今度はイミルの方を見ると、向こうも同じようにハァっと息をついて。

「分かったわよ、でもその代わり・・・」

「・・・何?」

 ビっと人差し指をユナの顔の前に突きつけ

「それが終わったら後でじーっくりと話聞かせて貰うからね!分かってるわね!」

「わ・・・分かったよ・・・」

 イミルの怖い顔に渋々頷くしか無かった。
腕組みをして満足げな彼女に、今度はユナの方がため息をついてしまった。

「私は今から昼食食べてくるわ。
ユナとテリーもメイドに言ってあるから食堂に行けば食べられるから
気が向いたら行ってみて。あ、ユナの心の中に入るのはお昼過ぎてからで良いわよねっ。
大聖堂って所で待ってて大きい所だからすぐ分かるから」

 色々二人にその後の事を述べた後、イミルは席を立って出ていった。
部屋を出る際に、ユナに意味深な笑いを向けたのが少々気になった・・・。







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