● 消えない過去 ●

 



「・・・・・・・・・」

 考えることを止めて、ゆっくりと目を開けた。
ここは大聖堂ではない。
青い空・・・?草原・・・?

「ユナの心の中・・・?」

「そうらしいわねーっ、結構明るくて良いところじゃない」

 キョロキョロと辺りを見回し、イミルは歩き出した。
テリーもそれについていく。
気持ちのいい風、青い空・・・草原・・・ここがユナの心の中・・・。
風に乗って子供の声が聞こえてきた。

「あっ・・・あれって・・・」

「・・・・・・ユナ・・・!」

 イエローブラウンの髪、パッチリと開いた愛くるしい瞳、整っている鼻にピンク色の
カタチの良い唇・・・。の小さなユナだった。
年齢は6、7歳ほどに見える。

「キャーッ、可愛いーっ!」

 イミルは口に手を当てて、喜ぶ。
確かに、本当に可愛い。小さいユナはそこら中を楽しそうに駆け回っている。
その時、ふっと彼女の目の前に二人の大人が現れた。

どちらも顔は良く見えない。
目の前に白い霧がかかっているように、ぼやけて姿しか見えなかった。

「誰かしらあれ・・・」

 二人を見た瞬間ユナが嬉しそうに駆けていった。
女の方に飛び込もうとし、足を取られて地面へと転ぶ。
パっと顔を上げたが、二人は居なかった。

テリーとイミルは不審な顔で状況を見守っている。
うわぁーんっ、うわぁぁーんっとユナは泣き出してしまった。

「可哀相・・・」

 目からは大粒の涙。服や顔は転んだせいで汚れていた。
その後、二人は予想もしない光景を目の当たりにする事になる。

ユナのその甲高い鳴き声が、恐ろしい魔物の雄叫びに変わっていったのだ。

その事実は声の変化だけに止まらなかった。
その小さな背中からは黒い羽根が衣服を突き破って伸びていき、
黒い羽根は見る見るうちにおどろおどろしい物に変わっていった。

羽根の骨格からは何本もの角が生え、羽根は黒く変色してただれていく。
小さく可愛らしい手足は、先端の爪がグングン伸びて、その先から真っ黒になっていった。
手足は長く長く伸びて、鎖骨が巨大化して肉を突き破った。
体はミシミシと嫌な音をたてて鎖骨と見合うくらいに巨大化したかと思うと硬そうな黒い皮に覆われ
顔は髪の毛が抜け落ち、皮膚が真っ黒に、その顔はユナの原型を止めていない。

今まで見たどの怪物よりも恐ろしかった。
その凄まじい変身劇に二人はピクリとも動けないでいた。

「これは・・・・・・一体どういう事だ・・・」

 やっと、口から言葉を押し出す。
イミルは青い顔をしたまま思考を働かせた。

「・・・・・これは・・・ユナの過去・・・。ラーの鏡がそれを具現的に見せているんだわ・・・」

 見るも耐えがたいそのユナはテリーたちの何倍もあろうかという体を揺り動かして地響きを立てている。
鼓膜に響く恐ろしい声に、鼻をつんざく嫌な匂い・・・。
これがユナの過去・・・

「怪物になるなんて・・・こんな事って・・・・・・」

 イミルの言葉が止まった。テリーも目を奪われる。

ユナの目の前に、「オレ」がいた。
そこにいるオレは恐れもせずに、ユナに近付く。
ユナはそいつを発見すると、動きがぴたりと止まり、それから先ほどの変身を巻き戻しているかのような光景が流れた。
目の前には先ほどの怪物の姿が嘘だったかのように、あの可愛らしいユナの姿があった。

そのオレはユナを抱きかかえると涙を拭いてやっている。
それからオレが歩いて来た道を二人で引き返していく、彼らの通った跡には一筋の道が出来ていた。

「何故オレが・・・」

 オレがあそこにいたんだ・・・?

「はーっ、うらやましーいvホントに愛されてるのねーv」

「・・・・・・?何だ?」

「別にーっ、何でもないわよっv」

「・・・・・・・・・」

 そんなイミルに何も答えなかった。
彼女の表情がみるみるくぐもっていったから。恐らくユナの過去を考えて・・・。

二人はそれぞれの思惑を抱きながら、同じ道を辿っていった。




カーン、コーン、カーン、コーン・・・。
遠くで鐘の鳴る音が聞こえる。
遠い昔、いつも聞いていた音。日の変更を知らせる鐘の音だった。

だんだんと周りが暗くなる。二人は足を止めずに無言で歩いた。
次第に目が慣れてくると、その道は昔歩いていた道だと言うことに気付いた。

長い鐘の音が鳴り終わると、鳥の羽ばたく薄気味悪い音や、犬の遠吠えが聞こえてくる。
小さい頃の記憶が蘇ってきた。
そう、ここは、昔のガンディーノ。世界最悪のデスタウン。

冷たい風が看板に当たってガタガタと音がしている。
突風がビュンと吹き抜ける、目を伏せ、開いた瞬間目に入った物は淫らな看板だった。

ギンドロ組のアジト・・・・・・。
道は、その看板の立っている建物の中に続いていた。
足を踏み入れた瞬間、じめじめとした嫌な空気を感じる。
入ってすぐの、薄暗い階段をおりていく、その階段は長く、何処までも続いていた。
男共の叫び声、女の悲鳴、子供の泣き声、それらは耳から入り、頭の中をかき乱す。
イミルは真っ青な顔で歩いていた、小刻みに震えながら、おぼつかない足で階段をおりている。
おりていくにつれて、その声はどんどん耐え難い物になっていった・・・

だが・・・
目を背けてはいけない、耳を塞いではいけない。
これが、ユナの過去なのだから・・・。

階段を下り終わると、頑丈な牢が目に入った。
ベッドとトイレしかない、粗末な石壁の部屋に、少女が腕を縛られて座り込んでいる。

「・・・・・・っ!」

 先ほどよりも成長して美しさを増した少女・・・ユナだった。
彼女は泣きじゃくっていた。強く腕を縛られて、顔を拭うことも出来ない。
大きな男とひょろ長い男が牢の中の薄暗い場所から現れた。
どちらも中年で、いやらしい目つきをしている。

「・・・・・・・っ!なっ、ちょ、あれって・・・ユナじゃないの!?」

 イミルの言葉に何も答えず、テリーは静止してその光景をじっと見ていた。
大きな男がその大きな手をユナの顔に当てて、ぐいっと顎を持ち上げる。

『お前、ユナと言ったな』

 ユナは歯を食いしばってその男を睨んでいる。
男は動じずに、ふっと嫌な笑みを漏らした。

『今日からここがお前の家だ。そして今日からオレたちがお前の世話係りだ』

『兄ちゃん、こいつは上玉な女を任せられたねー、ヘヘついてるなぁ』

 ひょろ長い男はベッドに座って、後ろからユナに触れようとする。
大男の方がその手を弾いた。

『オイ、手ぇ、つけるなよ!処女は高く売れるからな。ザック坊ちゃんが今日の
夜を指名してる』

『ザック・・・ああ、あのエロガキか、チェ、羨ましいなぁ』

 ベッドに寝転がる。

『まぁ焦ることもねえよ、ザック坊ちゃんが用を済ませれば、指名が入る間は思う存分
遊べるぜぇ』

『それもそうだ、ヘヘ早くおわんないかなぁ・・・』

『・・・・・・・・・ッ!!』

 恐怖に怯えたユナの瞳。それを見て、二人とも顔を見合わせ笑った。

『これだから入ってきたばかりの奴は遊びがいがあるんだよなぁ。
へっへっへ。楽しみに待ってろよ』

 ユナは、怯える瞳を男たちに見られないように顔を背ける。
そしてこれから始まる地獄の日々を想像して、ベッドに顔を埋めた。

「・・・ちょっと・・・テリー・・・これって・・・・・・!」

 再び画面が切り替わった。
全裸で両腕を背中の後ろで縛られているユナと、
先ほどの男二人の姿。

「・・・・・・・いやっ!もう・・・何なのよこれ・・・っ!!」

 イミルの声がこれは過去の事だと気付かせてくれる。
怒りと悲しみが怒濤のように押し寄せてきていた。

大男が強引に口付けした後、いやらしい舌使いで首筋から胸をお腹と伝わっていく。

『やめてぇ・・・っ・・・お願い・・・!』

 両腕と縛り付けられて、両足も男に体で押さえつけられているユナには
泣きながら懇願するしか方法は無かった。

『兄ちゃん、ユナは相変わらずだな。こんなにオレたちが可愛がってるって言うのによぉ』

『頭悪いんだよこいつは。ちょっとは良い声で泣いてみやがれ!』

 体格に見合う自分のモノを、強引にユナの中に押し込んだ。

『・・・・・・っ!!』

 苦痛に歪むユナの顔を見て興奮したのか、大男は何度も何度も必要に押し込んでいく。

『ずっりぃよ兄ちゃん!オレにもやらせてくれよーっ!』

『お前は後ろからいけばいいだろ』

『えっ、良いの?ラッキィだなぁ』

 ひょろ長い男はユナの後ろに回り、大男と同じように
小さな体を貫いた。

『いやああああーーーっ!!』

「・・・・・・めろ・・・」

 理性なんて大分前に無くなっていた。

「や・・・めろ・・・」

 コレは過去。今じゃない、分かっているのに。

「やめろ・・・」

 体が勝手に動いた。

「やめろーーーっ!!」

 テリーの怒りの拳は空を切った。

「やめろ!やめろ!やめろ!やめろ!やめろ・・・!」

血痕の残るベッドの上で放心状態のユナ。
先ほどの行為で引き裂かれた体からは鮮血が流れている。

涙が止めどなく頬を伝っていた。

『テリーに抱いてもらえるんなら、オレ、何だっていーんだし・・・』

 ふっと彼女の笑顔が頭をよぎった。

「やめろぉーーーーーーっ!!!」

 初めて心の底から叫んだ。
その声と言うにはそぐわない雄叫びが辺りにこだましていくと、その光景はいつの間にか
無くなっていた。真っ暗な空間。

「はっ、はっ、はっ・・・」

 心臓は早く、大きく鳴っていた。
大粒の汗が体中を伝っている。髪は逆立ち、血はもの凄い勢いで駆けめぐる。

ユナから話を聞いて、ギンドロでの生活は把握していたつもりだったが

「は・・・っ・・・は・・・っ・・・」

 本当に、「つもり」だった。全然、「把握」してなかった。
こんなに酷かったなんて。

少しだけ冷静さを取り戻したテリーが、ガタガタと震えている音に気付いた。
座ることもままならないのか、イミルは立ちすくんだまま両膝を揺らしている。
両手で口を覆い、目は涙で真っ赤、顔は恐怖で歪んでいる。

「ギンドロ組・・・そんな・・・ユナが・・・嘘でしょ・・・!?」

 ガンディーノのギンドロ組はイミルでも知っていた。
玩具奴隷と言う人道を外れた商売で有名になった組織だ。
その余りに惨たらしい情景は世紀末を思わせたという。
貧しい家の女子供を鐘で買い取り、金持ちの遊具としたり、見せ物小屋で晒す。
使い物にならなくなったり、病気や死ぬまで、毎晩弄ばれる毎日・・・。

「だって、ユナが・・・。あのユナが玩具奴隷だったなんて・・・そんなハズないわ!
だってユナは・・・」

 ユナはあんなに明るくて、優しくって、強情な所あるけど、スゴイ・・・

「スゴイ良い奴なのに・・・」

 嘘よ、嘘よ、嘘に決まってるわ

「嘘だよね、テリー。ユナがギンドロ組にいたなんて、そんな事無いわよね!?」

 涙を拭い、俯いている彼女の恋人に問いかけた。
テリーは何も答えなかった。

「嘘に決まってるわよ!ねえ、テリー!!」

 悲痛なイミルの叫び。

「嘘よね!テリー!嘘だって言っ・・・・・・」

「真実だ!!」

 テリーの言葉がイミルの耳を突き抜けた。
やっとヘナヘナと地面に崩れ落ちてしまう。

「・・・真実だ・・・」

 オレだって信じたくない。オレだって辛い。

「こんなのって・・・こんなのってないわよ・・・」

 オレだって世の中の不公平に疑問を感じる。
呪いの子供、玩具奴隷として生きた日々、それに・・・オレみたいな人間に惚れた事も・・・。

「一番辛いのは、ユナなんだ・・・」

 その言葉をキッカケに、再びユナは二人の前に姿を現した。
不潔なベッドには、血のシミが転々と散らばっている。
先ほどの男二人が真っ暗な空間から急に現れた。

『兄ちゃん、もうこれくらいでいいかな』

 ヒョロ長い男は右手に付いた真っ赤な血を舐めながらそう言った。

『ああ、これくらい腹を痛めつけて、中をグチャグチャにしてやったんだ。
子宮はとっくに潰れちまってるだろ。これで、こいつは本当の玩具奴隷になったってワケだ』

 兄と呼ばれた男は右足でユナの背中を蹴る。
ゴロンと仰向けにされる。小さな腹部は青ざめて所々血が出ていた。
涙は枯れているのか、目は死んだ魚のように虚ろで、生気は感じられない。

悔しい・・・・・・
今、自分が「ここ」にいないのが悔しい・・・・・・!
この二人を殺してやりたい・・・・・・!!
この望みを叶えたい、それは決して叶わない。

・・・・・・が
テリーに代わってそれを為し得る者が現れた。
そいつはあっという間に二人を剣に真っ二つに切り裂くと、男二人は暗闇の中に消えていった。
それを見届けて剣を収める。そしてユナの頬に優しく触れた。

ユナの瞳は、そいつを捕らえた瞬間蘇った。
小さな両手をそいつに差し出すと、ふっとそいつは微笑んで、ユナの腕を引き寄せ抱き締める。
・・・・・・その不潔な空間は一瞬にして消えていた。

そいつはユナを両腕に抱きかかえると、再び奥の道へ消えていく。
オレに代わってユナを救ったのは、オレの姿をしている幻影だった。







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