● 心の扉 ●

 



 二人は押し黙ったまま、無言で幻影の残した道を進んだ。
石造りの階段を登る。階段の終わっている先から光が零れていた。
登り終わるとそこは・・・最初に来た場所・・・?
青い空に草原・・・道は真っ直ぐに草原の中を走っている。

「ユナの心の霧が晴れたんだわ・・・」

 随分経って、やっとイミルが声を漏らした。
気持ちの良い風を思い切り吸い込むと、自分を落ち着かせるかのように深呼吸をする。
テリーもふぅっと息をはいて呼吸を整えた後、道を辿っていった。
今度は何処に続いているのか・・・・・・。



 道を歩くにつれて周囲は賑やかなものに変わっていった。
家が建ち並び、武器屋や防具屋まである。ここは見覚えがある。
サンマリーノの町並みだ。

しかし何故か違和感があった。
雰囲気はサンマリーノだが・・・あの宿屋はトルッカの宿だ。
レイドックの城に・・・マウントスノーの雪が降り積もった家・・・。ここは一体・・・

「ユナの心に残ってる場所が具現化して街が出来てるのよ」

 テリーの不思議そうな瞳に心中を悟ったのかイミルは周りを見ながら言った。
成る程・・・あいつの心に残っている場所か・・・。

『ピキィッ!』

 懐かしい声に弾かれたように振り向いた。

「スラリン!」

 振り向くと、戦友だったスライムが町中を楽しそうに駆け回っている。
それをキッカケに懐かしい面々が次々に姿を現した。
イミルに、エリザ、ヒックスにジャンポルテ・・・マウントスノーの老人に
アモス、シスター・アン。そして・・・ウィル、バーバラ、ミレーユ、チャモロ、ハッサン
ピエール、メッキーにホイミン・・・。
皆は楽しそうにじゃれ合っている。
ギンドロのあの嫌な雰囲気が嘘だったかのように、活気に満ちあふれて、楽しそうな声が響き合う。
同じ、心の中のハズなのに・・・・。

道は街の中心で大きく円状に広がっていた。
その中心には木が林のように連なっている。
林の中に足を踏み入れてみると・・・そこにはあの湖が広がっていた。
サンマリーノ付近の砂漠のオアシス…ユナと初めて出会った場所だ。
現実ほど大きくはないが雰囲気がそれと酷使している。
虫の声も、透き通る水も、植物も、静かでとても落ち着いて、何だかとても懐かしい・・・。

その湖の畔に、ユナと・・・「オレ」がいた。
何を話しているのかも分からないが、ユナもオレも笑顔で、楽しそうに何かを言い合っているようだった。

「これで分かったでしょ?」

「・・・・・・・・・何がだ?」

 ふいに聞こえた声に、何も考えず答える。

「んっもう鈍感ね!ユナは貴方の事を本気で愛してるって事よ!」

 ビっと人差し指を顔の前に突き立てて腰を手に当てる。

「見てきたでしょ?今までのユナの過去を・・・。
苦しいときや辛いときにいつも貴方の幻影が現れたわ。ユナは貴方を心のより所に
してるのよ!貴方って存在がユナを助け続けたのよ!」

「・・・・・・・・・」

 嬉しい気持ちと、悲しい気持ちが同時に胸に沸き上がった。
オレのここまで想ってくれて嬉しい反面、オレは想ってくれるユナにどれだけ返せただろうと
考えて後ろめたい気持ちになる。
助けられてきたのは、オレだって同じ事なのに・・・

「道もここで終わってるし・・・ここがユナの心の中心って事になるのよね。
それじゃ・・・もう帰りましょうか・・・?」

 イミルが足の向きを反転させて体を振り向かせると・・・
木の陰に・・・・・・もう一人のユナがいることに気付いた。
5歳くらいの小さな少女。今のユナをそのまま縮めたかのような格好に、背には黒い翼・・・。

「あれ・・・ユナ・・・?」

 二人と目が合うと、小さなユナはマントと翼を翻してたたっと駆けていった。
二人は顔を見合わせるとユナの後を追いかける。

林を出て後を追いかけていると街の隅に見慣れない薄汚れた建物が建っているのに気付いた。
中に入ると、外から見た大きさとは明らかに異なっている。
天井はとてつもなく高く、壁には美しい装飾が施されている。
ここもテリーには見覚えがあった。
天空城・・・神の城だ。

見覚えのある大きな扉を開く。
ゼニス王が座っているはずの玉座に人影は無かった。

バタン!

その音に反応して玉座に駆け寄ると・・・豪華なカーテンの後ろにまたドアがあった。
扉はキィキィと音を鳴らしながら揺れている。

扉の奥の廊下に黒い翼を翻して走っている小さな影。
二人もそれを追いかけるように扉をくぐり、長い廊下を歩いた。

廊下は何処まで続くのか分からないほど長かった。
同じような壁の装飾品は同じ所をぐるぐる回っているかのような不安を覚えさせる。
しばらく歩くと広いところに出た。
昔見たあいつの母親の肖像画が飾ってあった。
この世の物とは思えないほど美しくて、慈愛に満ちた微笑み。

イミルは困惑しながらテリーの後に着いてきている美しい装飾品も肖像画も
彼女は見ている余裕が無いらしい。
テリーは肖像画に一瞬目を奪われたが足を止めずにどんどん進んだ。
この先に何があるのか・・・気になって仕方がなかったから。



廊下を抜けると再び広いところに出た。
真っ黒な、不気味な扉・・・その扉の前にはユナがうずくまっていた。

「・・・・・・・・・扉・・・?この扉の奥になにかあるの?」

 全てを拒むかのように、扉には幾重にも厳重に鍵が掛けてあった。
大きな鎖、細くて硬そうな鎖、金属やプラチナ、金、銀、銅など、多種多様。

「かなり頑丈になってるわねぇ・・・ユナが心に秘めてる、最も触れられて欲しくない意識ね。
この扉の奥に、ユナの深層心理が・・・」

 イミルが扉に触れようとすると、うずくまっていたユナが扉を守るように立ち上がる。
首を横に振って、こっちを睨んで

「やっぱり・・・誰にも見られたくない意識みたいね・・・」

 ユナの首に扉の鍵のような物が沢山かかっていた。
イミルは体をかがませて視線を同じにする。

「ねーユナ。その鍵貸して?」

 小さなユナはイミルを拒むかのように首をブンブン横に振る。

「お願い!」

 手を、その鍵に伸ばす・・・

「いたぁっ!」

 人差し指の先端に急に痛みが襲う。
驚いたイミルは思わずうずくまってしまった。はっと見ると・・・人差し指に小さな噛み後。

「こっのぉーっ!!」

 その叫び声に驚いたのか小さなユナは二人の側を離れ部屋の隅に背を向けてうずくまった。
怒りのやり場のないイミルは、自分を落ち着かせるかのように息を吐く。

「ユナのこと・・・嫌いになっちゃいそーだわ・・・」

 噛まれた指にふーっと息を吹きかけながら呟く。
怯えているユナに今度はテリーがそっと近付いた。
その気配に気付いたのか恐る恐る振り返る、テリーの姿を捕らえるとユナは壁にもたれ掛かるように立ち上がった。
怯えているような、悲しんでいるかのようなその瞳に何故か戸惑う。

「オレにも見せられないのか?」

 ユナは、テリーの瞳に耐えきれなくなったのかぐっと俯いて考えた後小さな手をゆっくりとだが差し出した。

「うーん・・・やっぱりユナのこと嫌いになっちゃいそーだわ・・・」

 自分の時とは全く違う行動に、腕を組んで呟いてしまう。

テリーは自分の体に触れそうで触れないユナの行動にもどかしくなったのか
そっと腕を掴んだ瞬間、光が辺りを包んだ。
反射的に目を閉じる。
光がだんだん収まっていったのに気付くと、すっと目を開けた。

小さなユナの姿は無くなっていて、代わりにあの黒い扉が開かれていた。

二人は無言で黒い扉の向こう側に足を踏み入れる。
真っ黒な闇・・・。
しかし自分の姿やイミルの姿だけがハッキリと浮かび上がる嘘のような暗闇だ。

そこにぼうっと白い霧が現れ不審に思う間もなくカタチを形成していった。
王である証の真紅のマントに、口には白いヒゲを蓄えた貫禄のある老人・・・

「ゼニス王・・・」

 ゼニス王はこちらを振り向くと、現れた玉座に腰を落ち着け
ゴホンと咳払いをした後、こちらを見据えたまま話し出した。

「今から約25年後の世界・・・魔王と名乗る者が現れ世を混沌と悪の世界に導くだろう」

「・・・・・・!?」

 突拍子もない言葉に二人は目を丸くした。

「だが・・・悪の生まれるとき、光ある者もまた生まれる。
その魔王を倒す勇者が現れるのじゃ・・・」

 暗闇の中、しわがれた声だけが響く。
ゼニス王はヒゲを触りながら、俯いて考え込んだ後、意を決したかのように顔を上げた。

「その勇者の父親の名前はテリー・・・。そう、お前と恋に落ちた若者じゃ・・・」

「・・・・・・っ!!」

 勇者、父親、テリー・・・?
その言葉が胸を突いて、呼吸を一瞬停止させた。
勇者・・・父親・・・?オレの子供が・・・世界を救う勇者だって・・・?
ゼニスはやはり幻影なのか、テリーとイミルの反応も構わず話を続ける。

「生殖機能を失ったユナでは・・・子供の産めない体のお前では・・・テリー君の相手を勤めるわけにはいかない
わしら地上人にとっての神は、全力でこの例外の恋を阻止しなければいけないのだ・・・
お前には酷なことかもしれないが・・・地上の未来がかかっている・・・我慢してくれ・・・!」

「な、何よこの人!?さっきから何言ってるの!?25年後・・・テリーの子供が勇者!?
神とか言ってたけど・・・だけど・・・」

 耐えきれなくなったのか長い髪をなびかせてイミルは叫んでしまった。

「だけど・・・ユナが子供を産めない体だからテリーの相手を努めるわけにはいかないって!?
地上の未来がかかってるからって!?誰だか知らないけどそんなの酷すぎるわよ!許さないわよ!
何なのよそれ・・・っ!」

 怒りなのか悲しみなのか、体が小刻みに震えて、それは声まで震わせる。

生殖機能を持っていないユナでは・・・
子供が産めない体のユナではテリー君の相手を努めるわけにはいかない・・・。

その言葉が頭の中を回った。
しばらく放心状態だったがそれが憤りに変わるのにさほど時間はかからなかった。
キっとゼニスを睨み、幻影だと分かっているのに感触のない胸ぐらを掴んだ。

「ユナが子供を産めない体だからオレの相手を努めるわけにはいかないだと!?
ふざけるな!ユナをそんな体に追いやったのは元はと言えば貴様が原因だろう!?」

 怒りのため震えている拳で、力任せに殴る。
拳は幻影をすり抜け、虚しく空を切った。
沸き上がる怒りを押さえつけるかのように自分の体を押さえつける。
幻影のゼニスは何事もなかったかのように話を続けていた。

「生涯の愛というのを知ってるか?」

「・・・・・・・・・」

「まぁ・・・わしとアイリーンがそれに入る・・・わしは、今でもなおアイリーンを・・・」

「お前に言われなくても、知ってる!オレは・・・オレは・・・」

 ユナ以外の誰も考えられないんだ・・・!
ゼニスの言葉も、イミルの慰めも、何も耳に入らなかった。
生涯に一度の愛だと思ってるんだ・・・。
やっと・・・心から安らげる場所を見つけたのに・・・・・・!

25年後の世界?オレの子が勇者?ふざけるな!そんな理由であいつと別れるなんて・・・ばかげてる。
地上の未来も、神も、世の中も、勇者も、オレには何の関係もない!

パァン!

その音が思考を停止させた。視界が急に白くなる。
はっと辺りを見回した・・・。ここは・・・大聖堂・・・そうか、ユナが・・・

「う・・・いてて・・・頭打った・・・」

 長椅子の下の方で頭を押さえながら、むくりとユナが起きあがった。
真っ青な顔のイミル、俯いているテリー。

「ど、どうしたんだよ二人とも・・・?オレの心の中、そんなに最悪だったのか?」

 頭を掻きながら長椅子に座り直して尋ねる。
いつもと変わらない彼女に何故か泣きそうな顔で

「最悪も何も・・・あんた・・・色々大変だったのね・・・」

 神妙に呟くイミルに少し考えて

「もしかして・・・ギンドロにいた頃の記憶とか見ちゃったのか?だとしたら・・・
嫌な思いさせちゃったかな・・・。オレは大丈夫!全然気にしてないからさ」

 気にしてなかったら・・・心の中にあんな残酷なカタチで記憶が残ってるはずがないじゃない!
心の中でそう叫ぶが、ユナの自分たちを気遣ってくれる言葉に何も言うことが出来なかった。
それに・・・気がかりな事もあったから・・・。
最後に出てきた、神と名乗った老人・・・。

「イミル様!」

 けたたましい叫び声と、勢いよく開くドアに思考が遮られた。
朝、イミルの部屋にいた三十路ほどのシスターがつかつかと歩み寄ってくる。

「何をやっているのですか!?もうすぐ神聖な神託の時間なんですよ!早くお召し物を着替えて
準備してください!」

 イミルは側にあったラーの鏡を慌てて道具袋に隠し、振り向いた。

「分かった。後で行くわ」

「ダメです!もうお時間がないんです!今連れて行きます」

「ちょ、ちょっと・・・!」

 イミルの扱いに慣れているのか聞く耳持たないシスターは腕を掴んで引っ張っていく。
ユナのことが気になって気になって仕方のない時に神の声も啓示も聞こえるわけがないじゃない!
が、自分の意見を聞き入れてくれるような状況ではないシスターに半ば諦めるしかなかった。
ユナとテリーに向けて短く手を振ると、バタンと扉を閉められる。

一瞬にして大聖堂は元の静寂を取り戻した。
ハハと苦笑いして、無言な青年に目を向ける。

「テリーもどうしたんだよさっきから黙り込んじゃって・・・どうだったんだ?オレの心の中」

「・・・25年後の世界・・・」

 聞こえてきた声に足が竦む。向こうはゆっくりと顔を上げて

「オレの子供が世界を救う勇者になるんだってな」

 アメジストに寂しそうな色が混じっている気がして、目を合わせることが出来なかった。
横を向いたまま頷く。

「子供が産めないお前じゃ・・・オレとは一緒にいられないんだってな」

 再び頷く。

「お前・・・あいつの言うとおりにするつもりじゃないだろうな!?
あいつの言うことを信じるつもりじゃないだろうな!?」

 急に声を張り上げて肩を掴まれる。

「何故あんな奴の言いなりにならなければいけないんだ・・・!25年後の未来なんて知った事じゃ
ない・・・!世界の平和より・・・未来よりオレは・・・っ!」

 全てを犠牲にしても、お前と一緒にいたいのに・・・・・・。
どうして、オレなんだ・・・?
どうしていつもいつも、邪魔をするんだ・・・?

「オレだって・・・」

 やっとテリーと視線を合わせた。
輪郭がぼやける。潤んだ瞳のまま叫んだ。

「オレだって、凄くショックだったよ!どうして占術師や賢者の言うこと・・・星の位置なんかだけで
自分の運命決められるのか、本当に分からなかった・・・!ゼニスを憎んで、運命を呪った・・・」

 そして分かったのは・・・

「分かったのは・・・オレはどうやってもテリーと離れられないって事だけで・・・」

 テリーと一緒にいたいって、心の底から思ってる自分の気持ちだけだった。

「どうすればいいんだよ・・・」

 ずるずると崩れ落ちる。
世界の平和も、人々の未来も、テリーも・・・同じくらい大切で・・・
どれも犠牲になんか出来ないんだ・・・。
胸の暖かさを感じながら答えのでない問題だと分かっているのに考えずにはいられなかった。

「魔王を倒そう」

「・・・・・・・・・?」

「オレの子供じゃなくて、オレが、オレ自身が魔王を倒せば・・・
子供の産めないお前と一緒にいられるじゃないか・・・!」

 言い聞かせるように強く呟いた。

「運命だから仕方がない・・・なんてもう聞き飽きた・・・。
もう離ればなれになるのはうんざりだ」

「・・・・・・」

 その呟きに胸が苦しくなる。
テリーがこんなにオレの事想ってくれているのに・・・。
オレはずっと迷ってて・・・。

「うん、うん・・・オレだって、オレだって嫌だよ・・・!」

 そうだ。魔王を倒そう。
だって、そいつが一番悪いんじゃないか。
25年後の未来にそいつを倒すことが出来れば心おきなく一緒にいられるじゃないか・・・!



 大聖堂の大きな扉を開けてそっと外に出る。
渡り廊下で昼下がりの眩しい光が照らす。
久々に太陽の光を浴びた気がしてテリーは息を吸い込んだ。

悪夢のようなユナの心の中も、悪夢のような運命の道も
彼の精神をかなり疲労させていた。
隣のユナは先ほどのやり取りもあってかいつもと違う浮かない表情をしている。
目線はじっと斜め下を向いていて何だか辛そうだ。

何となく重い空気を背負ったまま、明るい日差しの渡り廊下を歩いた。
どちらともなく声をかけることも出来ず、ただ当てもなく廊下を歩く。

「ユナさんに・・・テリー君でしたよね?」

 重い空気に明るい声が混じった。

 はっとその声に二人して振り向くと・・・そこには朝、二人をイミルの元に案内してくれた
神父が微笑んだまま立っていた。
確か・・・

「リムさん・・・?」

 うろ覚えのままユナは名前を口にする。向こうは再びニッコリ微笑んで

「名前を覚えていてくれたなんて光栄です。あの・・・今、ちょうど月に一度の神託の
儀式があっているんですが・・・よろしければお二人もどうですか?
貴重な時間を体験できると思いますよ?」

「神託?」

 そう言えばさっきイミルが神託の時間がなんとかって言ってたけど・・・。

「はい、ここの廊下をまっすぐ行った所に大聖堂とはまた違った神の聖堂があるんです。
もし気が向かれましたら是非どうぞ」

 リムが指さした先にはまた奥に渡り廊下、そしてその先には大きな扉。
では・・・とリムは会釈すると、その扉へと歩き出した。
どうやら彼も月に一度の神託の儀式に参加するらしい。

「神託だって?どうする?行ってみようか・・・?」

「ああ」

 リムさんをキッカケに会話が戻る。
相変わらずの無機質な返事を返した後テリーの方が先に歩き出した。
その後からユナもついていく。

神託ね・・・。

扉を開くと、確かに大聖堂と似たような雰囲気の大きな空間に
今度は沢山の人数がひしめいていた。
しかしその空間は静寂に満ちており、逆に緊張感が溢れている。

こんな静かな空間が好きではないユナはテリーを促して帰ろうとしたら
先ほど到着したのか近くにいたリムさんと目があって、帰るに帰れなくなってしまった。

仕方なく出入り口付近にたたずんで事の成り行きを見守る。
劇の舞台のように空間の中央にはイミルがいて、白いライトを浴びている。
そしてそれを見守る何百人もいそうな人々・・・。
異様な空間だった。

 静寂に包まれた厳かな空間の中で月に一度行われるという神聖な儀式。

「邪悪なる者蔓延る時、光ある者もまた目覚めん」

「光ある者目覚める時、創造神ルビスもまたこの世に現れん」

「創造神ルビス現る時、世界は清浄で満たされん」

「清浄満たされる時、我らが神ラーゼ現れん」

 清らかで高い声が、静まりかえった聖堂に響いた。
その声は反響してしっかりとユナの耳にも届いた。

イミルの美しい立ち居振る舞いを見ながら考える。

「創造神ルビスもまた目覚めん・・・」

 誰にも聞き取れないような小さな声でそっと呟いた。

神か・・・
神なんて・・・
この世の創造神、精霊ルビスなんて・・・いるわけないよ・・・
もしいるとしたら、きっとオレはルビス様から嫌われてる。
だって、どうして世界でたった一人恋をしちゃいけない男に惚れなきゃいけないんだよ・・・。

隣のテリーは何を考えているのか分からない瞳でイミルの神託を聞いていた。
その綺麗な横顔を見ながらまた胸が苦しくなる。

言っても仕方のない事だ・・・。
そう自分に言い聞かせて、再び視線を空間の中央に向けた。




「ユナ、テリー、来てくれてたのね」

 神託が終わって、人々が散っていった所にイミルが駆け寄ってきてくれた。
ライトの暑さか肌が少し汗ばんでいる。

「うん。スゴカッタよ。いつものイミルじゃないみたいでさ」

「一言多いわね・・・相変わらず・・・」

 腕組みをして、じとーっと睨んだ。
ユナは申し訳なさそうに頭を掻いた後

「じゃあオレたちもう行くよ。」

 イミルは目を見開き

「えっ、ちょっと!もう行くって・・・もう旅立つの!?」

「・・・?うん、そうだけど・・・」

 不思議そうなユナの顔。イミルはハァっと息をついて

「何よー、目的を果たしたらはいサヨウナラってわけー?
もうちょっとここにいなさいよ!そんなに急ぐ旅でもないんでしょ?」

「いや・・・えぇっと・・・早く会いたい友達がいるんだ」

 それは嘘ではない。ユナの脳裏に悪友の赤毛の少女がちらちら過ぎる。

「一晩くらい良いでしょー?部屋は手配しておくから今晩くらい
ここに泊まっていきなさいよ!ね、テリー、ユナ!」

「あ・・・う、うん」

 テリーの方を向くと、向こうも頷いた。

「よっし、じゃあ決まりね。シスターに言っておくからくつろいでてよ」

「うん、分かった。ありがと」

「すまないな」

 テリーも続いて再び頷く。

「じゃあ、準備が出来たら呼びに行かせるから勝手に旅立っちゃダメよ!
それまで神殿内を見物して来なさいよ」

「うん」

 足の向きを変えて歩き出した。
イミルは二人の後ろ姿を見送りながら、胸騒ぎを感じた。

『邪悪なる者蔓延る時、光ある者もまた目覚めん』

 神から託された言葉が思い出される。
月に一度の神託の儀式だが、託される言葉はこの所毎月同じような事ばかりだった。

『光ある者金色の剣を掲げ、勇敢なる勇者の名の元に邪悪なる者打ち負かさん』

テリーの子供が勇者・・・。
神と名乗った老人に普通の人間とは少し違う雰囲気を持つユナ・・・。

イミルも一応、神に選ばれし巫女だ。
巫女としての役割を果たすため、小さな頃から神や神話、伝説に歴史・・・
色々勉強してきた。
ユナが・・・神に近い存在である事にも気付いていた。

そして、少しだけでも未来の感じ取れる能力を呪った。







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