● レイドックその後1 ●

 



「・・・・・・・・・ん・・・」

 窓の外が白んできた頃にテリーは目が覚めた。
隣に心地良い感触が無かったから

「ユナ・・・?」

 愛しい少女の名を呼ぶ。
ベッドから上半身を起こすとすぐ、そこにいた。

「・・・何してるんだ?」

「エッヘヘ・・・ちょうど良いときに起きてきたね」

「・・・・・・・・・?」

 悪戯っぽく笑う。そして後ろから

「はい、コレ」

 出した物は

「何だこれ?雑巾か?」

「なっ・・・!ヒ、ヒデェ・・・」

 ユナの反応を見た後に吹き出した。

「悪い悪い。オレの帽子だろ?これ」

 テリーがわざと冗談で言ったのに感づくとユナもつられて笑う。

「うん。前のよりいいだろ?」

「まぁな・・・」

 確かに前よりはかなり良く見える。
これならもう誰が見ても不格好だなんて言う奴はいないだろう。

「良くできてるじゃないか」

 その言葉を聞いた途端、ユナの顔がパっと輝く。

「だろー?オレ初めてテリーから褒めて貰った気がするよー。
一番初めに帽子作った時なんて酷い言い草だったもんなー」

「そうだったか?」

「忘れちゃったのかよ?オレの方がマシだとか言っちゃってさ」

 昔の事を思い出す。そう言えばそんな事もあったような・・・

「でもさ」

 ・・・・・・?

「不格好だなんて言いながらテリーはずっと持っててくれたよな」

「・・・・・・」

「こんな帽子じゃ古着屋にだって売れないからだと思うけど・・・
捨てられて無くて本当に嬉しかった」

 エヘヘと素直に喜ぶ。
この帽子はいつだってユナを思い出させていた。
だから最近ずっと鞄の底にしまっていた。ユナの思い出と共に

「・・・なんとなく捨てたら恨まれそうだしな。お前に・・・」

「邪魔だったら、捨てたって良かったんだぜ?」

 ユナの髪が朝日に照らされて輝く。

「なーんて、嘘だよ。やっぱり恨むかもなー。捨てられてたら凄く悲しかったと思う」

「安心しろ。命の次に大事な帽子だ」

「・・・・・・っ!?」

「ほら、さっさと用意して、城に行くぞ。レイドックは旅人や商人や観光客が
多いんだ。城に入るのに順番待ちになるかも知れないんだからな」

「・・・ああ、分かった」

 命の次に大事な帽子だ。
一語一句聞き逃さなかった珍しい本音に、思わず顔がほころぶ。
それを悟られないように笑顔で返した。




「なぁ、テリーもウィルたちに会うの久し振りだろ?」

 武器屋、防具屋がやっと開き始め、人もまばらに居る町並みを歩きながら
尋ねた。

「ああ。そうだな」

「そう言えば・・・ウィルとバーバラ、もう結婚したのか?」

「さぁ、旅先でもそんな話は聞かなかったが・・・?」

「さぁって・・・テリー、結婚式に出てないのか?」

 立ち止まって驚いたように尋ねる。
向こうはキョトンとして頷いた。

「オレもテリーもいなかったんじゃ・・・バーバラに悪い事したかな・・・
せっかくオレたちの事待っててくれたのに・・・」

「そうだな、結婚式も挙げてないらしいから・・・もしかしたら今でも
オレたちの事待ってるかもしれないな」

 再び二人は歩き出した。何となく足取りは重い。

「そうだとしたら・・・ホントに・・・悪い事したなぁ・・・」

「お前は仕方ないだろ、天界へ連れ帰られたんだからな」

 罪悪感とバーバラの懐かしい笑顔に胸が痛んだ。
もっと早くに決心して、もっと早くに帰ってれば良かった・・・。

城の門はまだ朝だからなのか熱い鉄格子で閉められていた。
近くにいた兵士が二人の姿に気付いて声をかける。

「旅の方ですか?お城にどんなご用でしょう」

「えぇっと・・・ウィル・・・王子の友達なんですけど・・・今会えますかね?」

「王子とですか?お会い出来る準備が整っておられるかどうか・・・
あ、どうぞどうぞ、こちらからお入り下さい」

 門から少し歩いた塀沿いに木で出来たドアがあった。
兵士専用の裏口といった所か。
そこを通って城に入った後、客室に通される。

「ユナ様と・・・テリー様ですかね?少々こちらの部屋でお待ちになっていて下さい」

 礼儀正しい兵士がソファに座るように促した後、一礼して出ていった。
ふぅっと息をついてソファに腰掛ける。テリーもユナの隣に腰掛けた。

「ちょっと・・・緊張するなぁ・・・ウィルも、バーバラも・・・オレが帰ってきたって
知ったらどんな顔するかなぁ・・・」

 隣で顔を押さえて俯いたり、上を見上げたり、立ったり座ったりしているユナに

「少しは落ち着いたらどうだ?」

 腕組みをして言う。

「えっ、落ち着いてるつもりだけど・・・」

 不思議に返していたが、端から見ればまるで子供が産まれる前の父親のように落ち着きがない。
そんなに緊張しているのか・・・?

「ゴメン、ちょっと外の空気吸ってくるよ。すぐ戻る」

 その場の「待つ」という空気に耐えられなくなったのか
ユナは扉を開け
「すぐ戻るから」という言葉を残して出ていってしまった。
パタンという扉の閉まる音と共に静寂が襲う。
しばらく静寂が続いてコンコンとノックする音が聞こえた。
ユナか・・・?

「早かった・・・」

 扉を開けて入ってきた人物はユナではなかった。
海のように真っ青な髪に精悍な顔立ち。
貴族のような高価そうな服を着て驚いた顔でテリーを見据える。

「テリー!やっぱりお前だったのか!」

 状況を把握したのか歓喜の表情で駆け寄ってきた。
テリーも立ち上がって頷く。

「ユナとテリーって名乗る旅人が会いたがってるって聞いて慌てて
来たけど・・・まさか本当にお前らだったとは・・・」

「ああ、久し振りだな」

「本当に・・・あの日・・・別れた以来だな・・・」

 あの、ユナが天界に帰った日から・・・。

「そうだ。ユナは?あいつは何処だ?」

 そこまで考えてハっと思い出したように恋人であるテリーに問う。

「ああ、外の空気を吸ってくると言って今出ていったが・・・会わなかったのか?」

「いや、見てないよ」

 すれ違いになったのかな・・・。
二人がそう噂をしている頃、城の屋上にユナは居た。
朝日が瞼を刺す。光を思い切り全身に浴びた後、思い切り背伸びをして深呼吸した。

そのまま体操をし始める。
と・・・視線の先に同じように体操をしている人影が目に入った。

ゆったりとした服を着て、長い髪の女性が屋上の端の方でユナと同じように体操をしている。

「・・・・・・?」

 危ないなぁ・・・。あんな所で体操して・・・突風でも吹いたら・・・。
と思った瞬間、ユナの思考を読みとったのか都合良く突風が後ろから襲った。
思った通り、女性がバランスを崩してよろめく

「あっ!危ない!」

「きゃあっ!」

 慌てて駆け寄るとよろめいた女性を後ろから掴んだ。
女性は掴まれた反動でユナの胸へと倒れ込むとそのまま二人して地面へ倒れ込んでしまった。

「いてて・・・でも落ちなくて良かった・・・」

 安堵しているユナとは逆に、女性はばっと腕を振り払い。

「何が落ちなくて良かったよ痛いじゃない!朝の体操は止めないでっていつも
言ってるでしょ!それにもしもの時があっても私ルーラが使えるんだから・・・!」

 ・・・・・・風が二人の間を吹き抜ける。
どちらも目を丸くして、二の句が告げないでいた。

「バ・・・」

「ユ・・・・・・ッ!」

「バーバラ!?」

「ユナー!」

 同時に叫ぶ。
そして同時にお互いの手を掴んでしまった。

「ユナ!?アンタユナなの!?」

「そっちこそ、バーバラ・・・だよな・・・?」

 目の前のバーバラはいつもの元気なポニーテール少女の印象は無く
髪を下ろして品の良さそうな女性へと変貌していた。
しかしその瞳は昔と全く変わっておらず同じ色と光を宿していた。

「当たり前よ!ずっと会ってないから忘れちゃったの?」

「いや・・・あんまり久し振りだからさ」

 上から下までお互いにお互いを見回す。
バーバラは、はぁっと安堵のようなため息を吐き

「それにしてもどうしてこんな所にいるのよー!!驚くじゃない!!帰るなら帰るって連絡
くらい寄越しなさいよ!心配したのよ!」

 今にも泣きそうな声で訴えた。
大きな瞳の奥には涙が溜まっている。朝思った罪悪感を思い出し彼女への申し訳なさでいっぱいになってしまった。

「本当にゴメンな・・・色々・・・この間も折角ウィルたちが迎えに来てくれたのに
行けなくなっちまって・・・」

 首を深く垂れた。

「そうよ!ホントにそう!アンタが天界へ帰ったって聞いたアタシの気持ち分かる?
ウィルから帰ってきてるって伝言聞いて楽しみに待ってたのに・・・天界へ帰ったなんて
本当に泣きそうになったんだからねっ!」

 まだ涙ぐんでいる瞳でそれだけを言うとユナに抱きついた。
バーバラの結っていない髪を撫でて

「うん、その事は謝るしかないよ・・・本当に悪かったよ」

 本当に本当に申し訳なく思っているのだろう、顔を伏せているバーバラに何度も何度も
頭を下げた。

「結婚式の準備だってやってたのに・・・ユナが帰ったって聞いて全部取りやめに
しちゃったんだから!」

「え!?何で!?」

 バっと顔を上げてユナを正面から見る。

「ユナには絶対アタシの結婚式に出て欲しいって思ったから取りやめにしたの」

「・・・・・・っ!」

 少し恥ずかしそうにバーバラは顔を背けた。

「それに・・・絶対また帰ってくるって・・・予感がしたんだ」

「バーバラ・・・」

 バーバラに代わり泣きそうになっているユナに、仕方なさそうに微笑んで目を合わせる。

「ユナ!帰ってきてきてくれて・・・ホントに嬉しい・・・!」

「こっちこそ、待っててくれて・・・有難う」

 ゴシゴシと腕で目を擦って少し赤くなった瞼のまま返す。
それからお互い、再会の余韻に浸るとバーバラの方がすっと立ち上がって
ウィンクをして見せた。

「今度は逃がさないからね」

「え?」

 何を思ったか屋上で洗濯物を干しに来たメイドを見つけると駆け寄る。
そして、何かを告げていた。
それを聞いたメイドは大慌てで洗濯物をほっぽって走って出ていってしまった。

「・・・・・・?」

 不審そうに見守るユナに満足そうな顔で

「今度と言う今度は結婚式に出てもうらうからね〜!」

「え!?」

 もしかして・・・さっきの耳打ちは・・・

「結婚式、今から挙げる事に決めたわ!」

 やっぱり・・・。
こういう所はウィルと一緒に暮らすようになっても変わらないんだなぁ。
昔天界でもバーバラはいつも急な事や無茶な事を言って皆を困らせることが
しばしば合った。
ウィルも苦労してそうだなぁ・・・。

「何よその顔は・・・」

 頬を膨らませて問うバーバラに首を振る。
うーんと向こうは考え込んだ後まぁいっかと笑って

「じゃあウィルの所行きましょうか?結婚式の事伝えなきゃいけないし・・・それに
テリーもモチロン一緒なんでしょ?」

「う・・・うん」

 じっとユナの顔をのぞき込んでにんまりとする。

「その事は後でじっくり聞かせてもらおうかしらね」

 ユナは、その笑顔とイミルの笑顔が同じ意味を示している事を悟った。




「テリー!久し振り!元気にしてた?」

 静かな空間にバーバラの元気な声が響く。
一瞬にして空気が明るい物に変わった。

「ああ。まぁな」

 立ち上がって冷静に返す。

「キャァッ!背もスッゴク伸びちゃって・・・ウィルと変わんないじゃない。
すっごーい!女の子にモテモテでしょ?」

 ちょっとウィルは面白く無さそうな顔をしている。
バーバラはちらっと横目でユナを見て

「それに比べて・・・ホントユナは変わってないわねぇ」

「ほっとけよ」

 話を振るバーバラに危うく頷く所だった。慌てて突っ込む。
それからユナは一年ぶりに再会したウィルと喜びを分かち合った。
時にはバーバラとの事を茶化したり、テリーとの事を茶化されたり。

「ウィル、ウィル」

「うん?」

 ユナと笑い合っているウィルの腕をバーバラが引き寄せた。

「あのね、今から式を挙げましょう?」

「・・・・・・・・・?」

 一瞬何を言われたか分からなかった。
不審な顔をしたままもう一度尋ねる。

「結婚式vテリーもユナも居ることだしさっさと挙げちゃいましょうよ!」

「え・・・ええ!?」

 口を押さえて驚くウィル。
そりゃ急に言われたら驚くだろう。とユナは心の中で呟く。

「式を挙げるって・・・今からか!?」

 ニッコリしてコクリと頷いた。

「ユナたちも帰ってきてくれたんだしー・・・あの事もあるし
早い方が良いでしょ?お父様もお母様もきっと大賛成だと思うのよねー!
もう城の方には言ってあるから」

「でも急過ぎやしないか?色々と準備って物があるし・・・」

 捲し立てるバーバラに慌てて意見する。

「うん、それは分かってるわ。今から式の準備をしても3週間くらい
かかるって分かってるし・・・ね、ウィル」

 この笑顔には叶わない・・・。
そしてこの笑顔を裏切れない・・・。
仕方なさそうにウィルは笑って頷いた。と同時に分かっていたのかバーバラが飛びつく。

「嬉しいっ!じゃあ、すぐにお父様に会いに行きましょう!」

「ホント・・・バーバラには叶わないな」

 頭を掻きながらハァとため息をついた。だが顔は満面の笑み。
もうホントに羨ましい奴らだな・・・再び心の中で呟いてしまった。
ウィルはこちらを向いて

「テリー、ユナ、来てくれたばっかりなのに悪いな・・・
今からちょっと色々やらなきゃいけない事あるからゴタゴタしちゃうけど・・・
夕方には一息ついてゆっくり話せると思う」

「ご飯食べながら色々話しましょう。それまで、城とか街でゆっくりしててね」

 言った。

「うん、分かった。それじゃ、夕方な」

 ユナも返してテリーと一緒に部屋から出ようとすると、バーバラが呼び止める。

「逃げちゃダメよ〜?」

「分かってるって」

 ウィルとバーバラは終止笑顔で二人を見送った。
隣のテリーは本当に無関心なのかいつもと同じ様子で無言でいる。
本当、羨ましい奴らだ・・・。
テリーに聞こえないように、呟いた。



 王宮はバーバラの都合で急に式の日取りが決まって大慌てしていた。
部屋から出てすぐの時もメイドや城に住む人、兵士までもが右往左往していた。
街を歩いていても城へ帰っていたり何処かへ旅立っている兵士たちを何人も
見かけた。国王の長男の結婚式ともなれば準備が本当に大変なのだろう。

それから二人で街をブラブラしたり公園を散歩したり物売りや店を
見回ったりして時間を潰した。朝ウィルから言われたように、彼らに再び会えたのは
日没後の事であった。

「ゴメンねまたせちゃって・・・予想外に準備が一息つかなくてさ」

 両手を合わせるバーバラに首を振る。

「ううん、仕方ないよ」

 それに・・・テリーと今日一日ずっと一緒にいられたし・・・
街も見回ったし店にも入ったし・・・散歩もしたし・・・。
ふふふといつの間にか顔がほころぶ。
本当に今日は楽しかったなぁ。

城で4人で食事をしている時もバーバラは第二のイミルとしてユナに
色んな事を聞いてきた。
ただ、前よりも良かった事はウィルがちゃんとバーバラをセーブしてくれるって
事とテリーも側に居てくれたこと。答えにくい質問にはいつも横から
オレを助けてくれて・・・・・・。はぐらかしたり要領よく答えたりしてくれる。

『ホント、ソレに比べてユナは変わってないわねぇ』
朝のバーバラの言葉を思い出してしまった。
テリーは・・・本当に色んな意味で変わったよな・・・。
凄く頼りになって、こっそり優しくて、背も高くなって・・・

「ユナ、何一人でニヤニヤしてるのよ」

「え?」

 隣のバーバラに声をかけられた所でやっと我に返った。
今は食後のちょっとした休憩に皆で再びしゃべり出した所だったのだ。

「ねぇねぇ、ちょっと、二人だけで話さない?女同士でしか喋れないこともあるし・・・」

「え・・・?何だよそれは・・・」

 嫌な予感がするも彼女には逆らえない。
ユナの有無も待たずに腕を掴んで部屋を連れ出す。

「ちょっとユナと二人っきりで話してくるから」

 それだけを告げて部屋から出ていった。
本当、叶わない。でも、憎めないよなぁ。
ウィルの気持ちが分かった気がして、苦笑いをした。







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