● レイドックその後A ●
バーバラから連れ出された先は王室の隣にある部屋・・・風の当たるバルコニー。 バーバラはそこの手すりに肘を着いて空を見上げる。 ユナも隣に来て手すりにもたれ掛かった。 「ユナ、変わってないよね」 ふいにそのような事を聞かれて、少し拍子抜けしてしまった。 「そ、そうかな?」 少しは変わってると・・・思いたいんだけど。 「あれから二年も経ってるんだよね」 「うん・・・」 二人は互いに昔を思い出した。 ゼニスの城でバルコニーで二人して話した時の出来事を。 そうか・・・二年も経ってるんだよな・・・。 「な、バーバラ?」 「何?」 ふと隣を向いて問いかけた。 「ウィルといて、幸せか?」 「何よ急に・・・」 「いや、オレ今日見て思ったんだ。一国の王の妻ともなるとさ、色々と大変なんじゃないのかなって」 バーバラはばっと顔をあげて、両手を腰に添えた。 「まーぁね。そりゃ王妃様だしねー、皆の憧れの的だものー。 いつも皆に羨望の眼差しで見られてるから、いつも綺麗にしとかなきゃいけないのが たまに嫌になったりするわ。ま、私は普通にしてても綺麗なんだけどねー」 「・・・・・・・」 相変わらずだよな・・・。 ふっと顔が緩んだ。これがいつものバーバラなんだけどさ。 「でも・・・」 「・・・・・・?」 みるみる内に表情が曇っていく。 「辛い時期もあったわ」 「え・・・?」 「ウィルが王宮の王子じゃなかったら・・・生活規則や、城の事や国のこと・・・何も なくて二人で気ままに暮らせたらって・・・思った時期もあった」 後ろを向いて、手すりに寄りかかる。 「でも、その度ウィルが励まし続けてくれて最近思うようになったの 私のいるべき場所はここなんだって・・・」 空を見上げて呟いた。 「そう思ったらね、今までこんな事で悩んでた自分がすごーく贅沢に思えてきたの。 実体も持ってて、好きな人も側にいて、頼れる人たちもチカラになってくれる・・・ そんな生活の何が不満なのかって・・・」 「バーバラ・・・」 ユナの方を向いていつもの表情に戻して言った。 「それに・・・」 視線を落として 「好きな人の子供もお腹の中で育ってるのにって・・・」 「・・・・・・・・・!?」 「ま、まさか・・・」 吃驚しているユナにしてやったりのバーバラ 「その ま、さ、か、よ。吃驚したでしょー?」 ユナはその問いに目を丸くしたまま首を上下にするだけだった。 「名前、実はもう決めてあるんだ。男だったらティミー、女だったらポピーにしようかって」 一方テリーもウィルにノロケ話を聞かされていた。 「お前が父親になるなんてな・・・まぁそれより、あいつが母親になる方が問題か」 「ハハ、その台詞バーバラの前で言うなよ」 笑いながらカップに手をかける。 テリーもカップに手をかけて温かい飲み物を口に含んだ。一息ついて 「あのさ、お前は考えてないのか?結婚とか・・・」 少し止まる。カップを受け皿に戻した後 「まさか。考えたこともない」 「お前はそうだとしても・・・もしかしたらユナの方が待ってるかもしれないぞ」 「・・・・・・・・」 「いいもんだぜ、家庭を持つっていうのは・・・テリーもいつか分かるときが来るよ」 よほど嬉しいのかニコニコ顔で再び語り出す。結婚か・・・ 「結婚ー?」 「うん。何?そんな話しないの?あんなにずっと一緒にいて・・・」 夜風が吹き抜けるバルコニー。 バーバラに驚かされたユナがへたりと座り込んでいた。 「ずっとって言うか・・・そんなに一緒にいるわけじゃないよ。魔王を倒して二年経ってるかもしれないけどさ ハッキリ言ってテリーと一緒にいたのって・・・一ヶ月くらいだぜ。 オレは天界でずっと一人で暮らしてたし・・・4、5日前再会したばっかりでそんな話・・・嫌がられるよ」 バーバラもユナと同じように座り込んでユナのおでこをピンと指ではねる。 「もーっ、ユナはソコがだめなのよ」 「・・・・・・?」 ズイっと身を乗り出して 「恋人にそんなに気を遣ってどーするの?私なんてウィルに気を遣った事なんてないわよ。 いつも言いたい事言ってるもの」 「それはウィルが優しいから・・・」 「じゃあテリーは優しくないって言うの!?」 言葉を遮られてしまった。 「とにかく、テリーはあんたに心の底から惚れてるはずよ。むしろ1年以上も他の女に目もくれないで あんたの事ばっかり考えてたなんて異常ね。 ちょっとワガママ言ったからって嫌えるはずがないわ! だからたまには主導権を握って思いっきりワガママ言ってみなさい」 「わ、ワガママね・・・そう言えばたまに言うかな・・・」 バーバラに圧倒されたまま答えた。 「ユナの事だから”一緒にいて欲しい”とか、そんな事でしょ?」 「う・・・・・・」 図星・・・。 バーバラは腕組みをして首を振った。 「じゃ、じゃあバーバラはウィルと一緒になるって決めたとき・・・どうしたんだ?」 このまま圧倒されっぱなしなのも悔しい。 「え?どういう・・・」 「バーバラから一緒になろうとか・・・言ったのか?」 ユナの言葉に今度はバーバラが口ごもる。 「そ、それは・・・ウィルからそう言われたけど・・・」 「ほら、やっぱりそういうモンは男から言うのが普通じゃないのか? オレから言って・・・断られたり、結婚なんて考えてないなんて言われたら 気まずくなるし・・・やだよ」 バーバラはハァっと息をついた。 どーしてこうこの子は見た目と違って、全然自分に自信が持てないのかしらね。 テリーに愛されてるって未だに信じてないみたいだし・・・。 「それに・・・今は一緒にいるだけでいいんだ。それだけで充分すぎるほど 幸せだから・・・」 「ハァーっ、健気ねぇホントに・・・まぁ、そこがユナらしいって言うのかなぁ・・・ 本当に幸せ者だわねテリーは」 「そんな事ないよ・・・」 「あー分かった分かった。そう言う事にしておきましょうかね」 本当に堂々巡りだわ。 何とかならないものかしらね。この子の性格。 「ね、ユナ。子供産まれたら絶対レイドックに来なさいよ。一番に見せたいんだから」 その言葉にパっと顔が輝く。 「うん、オレもバーバラの子供凄くみたいよ」 「すっごく可愛いと思うわよ。あー今から楽しみだなぁ」 「うん」 自分で可愛いと言うのもどうかと思うのだが バーバラとウィルの子供だったら・・・スッゴク可愛い子になりそうだよなぁ。 悔しいけど美男美女だもんな。 「アンタも、子供産んだらちゃんと報告しなさいよ! すっとんで行くからね」 ドキっと心の今一番弱っている場所が悲鳴を上げた。 うんと一応頷いたが・・・内心の自分は首を横に振っている。 それを悟られないように気付かれないように努めて明るく振る舞った。 自分にもバーバラにも辛いことだったから。 「えっ!いいのかこんな部屋使わせてもらって」 使用に通された部屋はメイドが掃除した後なのか埃一つ落ちてなかった。 大きなベッドが二つに洗面所、浴室・・・ふかふかの絨毯・・・ランプまである。 「良いのよっ、どうせ使ってない部屋なんだし・・・」 部屋の中を歩いて見回した後振り向いてお礼を言う。 「うわぁ本当に有難う。三週間どうしようかと思ってた所なんだ」 「ああ、悪いな」 ウィルとバーバラは同時に首を振った。 「それじゃ、私たちはお邪魔みたいだし・・・行こうか?」 「この階はこの部屋以外は誰も使ってないからお二人さん、ごゆっくりね〜」 にやにやしながら付け加える。 ウィルは苦笑いを返してバーバラの肩をぽんと叩いた。 「式の一週間前辺りから色んな国の人が泊まることになるかもしれないけど それまでは誰も来ないから本当に、気兼ねしないで使ってくれよ」 パタンと扉が閉まる。 本当にウィルは良い奴だなぁ・・・。心の中で強くそう思ってしまった。 「テリー。ウィルと何話してたんだ?」 備え付けの浴室で体を洗った後、タオルで頭を拭いて手櫛で髪の乱れを直しベッドに座る。 「別に・・・大した事じゃない」 テリーはベッドにごろんとねころがったまま答える。 ・・・結婚。 ずっと一緒にいてずっと夜を共にしていればいつかはたどり着く結論なのかも しれない。テリーがよもや自分と同じ事を考えているとは思いも寄らなかった。 「そ・・・そっか・・・」 何となく気まずくなって話題を変える。 「結局、城に泊まることになっちゃったね」 「ああ、でもまぁたまにはゆっくりするのもいいんじゃないか?」 「うん、バーバラもウィルもこれから式の準備で忙しくなるだろうし・・・・・・」 本当に久し振りに旅もしないで疲れる事もしないでテリーと 一緒にいられるなぁ・・・。今日みたいな日がしばらく続くんだろうなぁ・・・。 こんなのって初めてかも。 嬉しそうなユナに 「どうしたんだ?」 不審に声をかけた。 「ううん、何でもないんだ」 まだ笑顔のユナに悟ったのかテリーもふっと顔をほころばせた。 「変な奴だな」 そのユナの想いは明日の朝一番のノックで壊されることになろうとは この時考えもしなかった。 「うぅん・・・」 高級なシルクの心地よい肌触りとテリーの暖かい体温を感じながら ユナは目が覚めた。 時計は・・・兵士たちの朝稽古が終わったくらいの時間だ。 再びベッドに身を寄せて隣で健やかに眠っている恋人の寝顔を見た。 「ベッド二つあるのに・・・これじゃ意味ないかな・・・」 ふふっと笑ってしまう。 結婚なんて・・・子供の事なんて考えなくたっていいや・・・ だって本当に今だって凄く幸せだから・・・・・・。 床に脱ぎ捨てられた下着を身につけながらそう思ってしまった。 部屋着に再び着替えた所でベッドに座ってまた寝顔を見る。 少年のような寝顔に、昨日の夜とのギャップを感じてしまった。 「・・・ユナ・・・?起きてたのか?」 カーテンから差し込む光に目を細めながらむくりと起きあがった。 「うん、ついさっきね」 まだ寝ぼけ眼の彼。目を擦って下着を探す。 ユナと同じ部屋着になった所で部屋の洗面台で顔を洗って身支度をした。 それから二人して今日の予定を話していた時に コンコン。 ノックの音が邪魔をした。 「・・・・・・?誰だろ、こんな朝早くから・・・」 「バーバラかウィルじゃないのか?」 なるほど。 「はーい」 部屋着のまま扉を開けて見慣れた姿を探す・・・が・・・ 扉の前に立っていた人物は友人では無かった。 眼鏡を掛けて髪は高いところで結っている。 顔を見る限り、宿の女将さんと同じくらい・・・40歳くらいに見える。ロングスカートに腕には本や資料を抱えて・・・ 見るからに頭の良さそうな貴婦人だ。 「・・・・・・・・・!な、なんですか!レディのその格好は!?」 ユナを見た途端、切れ長の目を丸くして上から下まで見回してた。 「・・・ハァ・・・!?」 渡された部屋着を着ているだけだぞ?うーんと自分でも自分の格好を見回してしまう。 別に・・・変なトコはないよなぁ・・・? 「扉を開けて客と対話するときには部屋着の上にカーディガンか何か 羽織る事が常識です。部屋着のまま出迎えるなんて・・・」 不審な顔のユナにハっと我に返りコホンと咳払いをした。 「失礼、私はメイドの総教育係、マイヤと申します」 教育係・・・?お城ってそんな人までいるのか・・・。 「あ・・・は、はぁ・・・オ・・・私はユナって言います」 一応ユナも返す。 「存じております。バーバラ様のご友人の方でらっしゃいましたね。 バーバラ様から伝えられました」 「はぁ・・・」 「朝早くに急にこんな事言うのは失礼だと思われますが普段着に着替えて廊下に出てきてくれませんか?」 「え?」 「ではお待ちしております」 眼鏡をかけ直して一礼した後、扉を閉めた。 「何だったんだ?一体・・・?」 頭を掻きながら考える。教育係って・・・オレなんかしたのかな・・・。 「どうした?バーバラじゃなかったのか?」 そのユナの様子に気付いたのかテリーが怪訝な顔で問う。 「うん・・・なんか・・・この城に仕えてる教育係・・・って人・・・」 「・・・何故そんな奴がお前に会いに来るんだ?」 さぁ・・・。不思議そうに首を振って分けが分からないまま着替えた。 旅人の服を着てマントを羽織り、マイヤの待っているであろう廊下に出る。 その人はそこにいた。 「えぇっと・・・何かようですか?」 背の高い、少し怖い感じのする女性はユナを見下ろし廊下を歩けと促した。 「え?」 訳が分からないまま、取りあえずその威圧感に負けたのかいつも通り廊下を歩いてみる。 少し歩いた所で再びその女性の元に来て 「あの・・・オレ、何か悪いことしたんでしょうか・・・?」 クワっと女性の目が見開いた。 「ヒィッ!」 思わず声に出してしまう。 その迫力に気圧されたのか壁に身を預けてしまった。 女はがっとユナの肩にかけた後、 「貴方を今の状態でバーバラ様のご友人として式に出席させるわけにはいきません! 私が結婚式に間に合うようにあなたを立派なレディーに教育いたします!」 「は、ハァ?」 「良いですか!結婚式には世界中の国王や偉い方が沢山ご出席されるのです! そんな中で貴方のような大股であるくわがさつだわ男言葉を使うわ容姿には全く気にしないような 方が友人として出席したらどんな目で見られるか・・・。 良いですか!?ご友人の恥はバーバラ様の恥!バーバラ様の恥は国王様の恥なのです!」 「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!恥ってそんな・・・」 何だか途中酷いことを言われたような気がして思わず言い返す。 「とにかく!」 言い終わるか終わらない内に一喝され、その迫力に言葉が止まる。 「結婚式の日までに私は貴方を立派なレディに致します!イイですね! 明日の朝にまたお迎えに上がります。覚悟しておいて下さいね!」 「ちょ・・・ちょっと待って下さいよ!」 「・・・まだ何か?」 その瞳に怯んだ。 言い返して、また先ほどのように圧倒される自分の姿が見えた気がして 首を振って口ごもった。 パタン・・・静かにドアを閉める。そしてため息をついてベッドに倒れ込んだ。 「とんだ災難だな」 不審なユナの瞳に 「声、聞こえてたぜ」 廊下中に響いていた甲高い声を思い出す。 「どうしよう・・・何か明日からレディになる教育するんだって・・・なんとかならないかなぁ・・・」 何だよ折角ずっと一緒に毎日すごせるって思ってたのに・・・。 「良い機会なんじゃないか?女らしくなれるかもしれないぞ」 「人事だと思って・・・それに・・・・・・」 それに・・・ 「一緒にいられなくなるんだよ・・・テリーだってオレと二人きりになりたいって言ってたじゃないか」 その言葉を聞いた瞬間テリーの顔が顔が赤くなった。 「あれは・・・」 口ごもってしまう。 「オレだってテリーと一緒にいたいよ・・・だって折角一緒に街見回ったり遊んだり出来るって 思って、楽しみにしてたのにさ」 子供みたいに頬を膨らませて面白く無さそうに言うユナ。 「・・・オレは別にどちらでも構わない。だがお前、あいつに逆らえるのか?」 「う・・・」 「迫力に圧倒されてそのままずるずるレディになるっていう教育を受けるのが 目に見えてるな」 ・・・・・・思っていることをズバズバ言い当てられて無言で俯いてしまった。 何だよ一緒に居たいって言ったのは・・・テリーの方じゃないか。 本当に大切に想ってくれるテリーと 自分の事しか考えて無くて冷たい反応のテリー。 夜とのギャップに本当の彼は一体どっちなのかと思ってしまった。 「分かったよ、オレもあの人に逆らえる勇気ないし・・・一応その・・・レディの教育って奴を 受けてみるよ」 「レディか・・・」 ふっとテリーが笑う。 「何だよ・・・?」 「想像も出来ないと思ってな」 「なっ・・・・・・!!」 「期待はしてないが、まぁ頑張ってみればいいんじゃないか」 何だよその言い草は。 オレには女らしくなんて所詮無理だって言いたいのかよ。 「フ、フン!見てろよ、すっごく女らしくなってびびらせてやるからな!」 |