● 淑女への道1 ●

 



「ユナさん、マイヤですが起きてらっしゃいますか?」

 昨日と全く同じ、兵士たちの朝稽古が終わったくらいの時間にドアをノックする音が聞こえた。
テリーと同じ毛布に潜り込んで、耳を塞ぎたくなる。

ドンドンドンドン。

ノックする音がだんだん大きくなってくる事に怖くなったユナは早々にベッドから起きて
下着と部屋着を着た。

「朝から大変だな」

 起きていたのか寝返りを打ってテリーが呟く。
くそう・・・人事だと思って・・・。
心の中で舌打ちをすると、昨日言われたとおり備え付けのカーディガンを羽織ってドアを開けた。

「おはようございますユナ様」

「あ・・・おはようございます・・・」

 義務的に挨拶するマイヤに、沈みがちに答える。
これからこの怖そうな人に一体どんな教育をさせられるのか・・・。
考えただけでも身震いする。

「早速ですがユナ様、これに着替えて廊下に出てきて下さい」

「はい?」

 小脇に抱えていた服をユナに渡すとドアを閉めた。
・・・・・・何だこれ・・・?

奥の部屋で渡された服に着替えてみる。何処かで良く見かけるような服だなぁ・・・。

「うわ!なんだよこれ!」

 奥から聞こえてくる声に反応してテリーはベッドから身を起こした。
と同時に思わず顔を背けてしまった。

「へ・・・変だろ・・・?」

 着慣れない服のせいかおぼつかない足取りでよたよた歩いてきた。
紺色の服に白いエプロン・・・。胸元には真っ赤なリボンに膝下のスカートにソックス・・・。
そう、レイドックでもよく見かけたメイドと同じ服だ。

「べ・・・別に変じゃ・・・」

 初めて見るユナの格好に戸惑ってしまう。
顔を背けてユナを見ようとしないテリーに

「やっぱり変なんじゃないか!」

 真っ赤な顔で叫ぶ。彼女もよほど恥ずかしいのか。

「変じゃないって言ってるだろ!ほら、はやく行かないとまたどやされるぞ!」

 ユナを早々に部屋から追い出した。
バタンとドアを閉めるとテリーは顔を押さえて床に座り込んだ。

本当に変では無かった。むしろ似合っていたのかもしれない。
先ほどの姿を想像して赤面する。

オレは・・・何を考えてるんだ・・・。

ハァと息をついて胸の鼓動を確かめる。
動揺している理由をテリーは否定したかった。




「午前中は主に歩き方や人との対話の仕方、言葉遣いなどをやっていきます。いいですね」

 ユナのキョロキョロ周りを気にする仕草に

「・・・?どうしたのですかユナ様」

「えぇっと・・・あの・・・この格好は一体何なんですか?」

 その言葉に、ああ、と感づいて眼鏡をかけ直す。

「王宮のメイド服です。本当はドレスの方が良かったのですが貴方に合いそうなサイズが
無くてですね・・・ドレスに代わりになる物を・・・と思いこちらから用意させて頂きました」

 でも・・・だからって何でこんな服・・・。
マイヤを前にその言葉を飲み込んだ。
きっと彼女には何を言っても無駄だと判断したからだ。

「宜しいですか?それでは、私に付いてきて下さい」

「はい・・・」

 ため息と同時に返事する。
滅多に着た事のないスカートを気にしながらスタスタと機械のように性格に歩くマイヤに付いていく。
ああ・・・何かとんでもない事になったなぁ・・・。




 それから程なくして、ユナとマイヤの一対一の授業が始まった。
ここはレイドック一階の一室。
結構大きな会議室のような所にマイヤの甲高い声が響いた。

「違う!!何度も言ってるでしょう!!歩くときの歩幅は自分の肩幅の約半分です!!
そんなに大股に歩く人がありますか!!」

「は・・・はい・・・」

 泣きそうになるユナに再びマイヤのゲキが飛ぶ。

「ああっ!もう、違います違います!こうです!こう!!背筋をピンと伸ばして真正面を見て
歩くのです!」

 ピンと背筋を伸ばしてマイヤが実演する。
ユナもそれに習って同じように歩くも何処か、マイヤの理想像と違うらしい。
何度も何度も何往復も何往復も大きな机の周りを歩かされた。

「だってオレ・・・20年近くもこの歩き方で・・・急にやれって言われたって・・・」

「オレ!?なんですか女の子がそんな言葉を使うなんて!オレではありません!
私!わ・た・く・しです!」

 耳通りの良い声がきーんと耳を突き抜けた。
その声に意識が遠くなりかける。そして思ったこと。
なんでオレ、ここでこんな事やってるんだろう・・・。




「スープを飲む時はスプーンを手前からすくい上げて口に持っていくと言っているでしょう?
そして音を立てて飲まない!」

 精神的にも肉体的にも疲れ切った後の待ちに待った昼食。
しかしそこでも、マイヤのレディ教育は繰り返された。

「ナイフとフォークの使い方がまるでなっていません!一体どうやって今までお食事してきたんですか!?」

 周りのメイドや兵士の好奇の視線を浴びながら、朝と同じように怒られた。
その視線に凄く耐えられなくなったユナは早く食べようとするもマイヤがそれをさせない。
焦ってフォークを床に落としてしまった所でクスクスと笑う声が聞こえてきた。

「ユナ様・・・どうして貴方はそうなんですか?貴方みたいながさつな方は見た事がありません!」

 叫びながらため息を漏らすマイヤ。

「スイマセン・・・」

 しゅんとなったままフォークを拾おうとすると・・・フォークが誰かの手によって拾われ、元の位置に戻された。

「・・・・・・?」

「ちょっと厳しすぎるんじゃないのか?」

 ユナの代わりにフォークを拾ってくれた人物は、マイヤに向かってそう告げる。
しゅんとなった表情が一気に明るくなった。

「テリー!来てくれたんだ!」

 嬉しくて後ろから飛びつきたくなったがマイヤと兵士やメイドたちの手前
それをぐっと我慢する。

「お前の事が気になってな・・・」

 恥ずかしそうに言う彼に凄く嬉しくなる。
心配してくれてたんだ・・・。

「貴方・・・確かバーバラ様のお友達のテリー様でしたね?そして確か・・・ユナ様の恋人でしたね?」

「・・・・・・ああ」

 少し考えて頷く。

「貴方が口を出す問題では有りません!これはユナ様がいかにこれから女らしくなるか
レディになれるかの瀬戸際なのです!!恋人であられる貴方なら今の彼女の成長を見守って
やることが本当にユナ様を想う事では無いのですか?」

「それは確かに正論だが・・・こいつは今まで女らしい事なんて何一つ出来なかったんだ
今までずっと男言葉で口が悪くてがさつで・・・それが急に女らしくしろと言っても無理が
有るんじゃないのか?最初はもっと段階踏んで優しく教えてやることが良いんじゃないのか?」

「そ・・・」

 そうだと言いかけてユナは口ごもる。
どうせオレは・・・口は悪いしがさつだよ・・・。
でもテリーのその好意は嬉しかった。

「・・・・・・」

 マイヤは少し考えて

「・・・テリー様も言うことも一理ありますね。・・・分かりました。次回からは
すこし大目に見ます。」

「やった!ありがとうテリー!」

「ですが!」

 眼鏡が光る。

「いつまで経ってもユナ様がレディとして成長しないようなら、またビシビシしごきます
結婚式まではそう日が無いんです!イイですね!!」

「・・・はい・・・」

 満足げに頷く。そして午後からの教育の時間と場所を告げて
出ていった。はぁと脱力する。

「ありがとうテリー。助かったよ」

「別に、あまりに見てられなかったもんでな」

 ユナの隣に座る。
その横顔を見て、また嬉しくなった。そしてやる気と元気湧いてきた。
お前の事が気になってな・・・。その言葉を思い出すたびに笑みが零れてきていた。




「ワン・ツー、ワン・ツー」

 朝と同じ会議室。そこに朝とは違うのはマイヤの声の変わりに優雅な音楽が流れていた。

「ギャッ!」

 スカートの裾を踏んづけて床に投げ出された。
ダンスの練習用の床まである長いスカートだ。

「何をやってるんですか!ちゃんとステップ覚えましたよね・・・?
あれだけ教えたんです、覚えておられて当然ですよね・・・?」

 確かに朝よりは優しくなっているようだが・・・何だか別の意味で怖い・・・。

「は、はい、モチロン」

 と言うのは半ば嘘だった。
ダンスも全くと言って良いほど経験のないユナは、マイヤの教える高度なステップは
一度や二度見たくらいで覚えられるわけがない。

「宜しいですか?こう!こうです!右、右、左、左、殿方の方を向いて、手を伸ばして、
くるっと回って・・・・・・」

 見ているだけで頭が痛くなる。
皆こんな風にステップしてダンスしてるのか・・・と思うともはや尊敬の域であった。

「分かりました。殿方役がいないからなかなか覚えられないのですね。
では私がその役をやりましょう!」

「え・・・!そ、そんなイイですよ!」

「良くありません。さっ、また最初からです」

 義務的に言うマイヤに、反抗できずにステップを踏む。
ユナがマイヤを巻き込んで床に倒れ込むのはそれから数秒後の事であった。



「つ・・・つかれたぁ・・・」

 部屋に入るなりベッドに倒れ込んでしまった。
風呂にもう入ったのか部屋着に着替えて本を読んでいたテリーが苦笑する。

「少しは女らしくなれたか?」

 本を閉じてベッドに横たわっているユナを見た。
首を振ってハァっとため息を漏らす。

「今までが今までだったからな・・・時間かかりそうだ」

 それだけを言うと本当に疲れているのか重い足取りで奥の部屋へ入っていく。
その姿を見て再び苦笑してしまった。
今日のマイヤとユナのやり取りを思い出す。
確かに凄く時間がかりそうだな。




 そんなこんなでマイヤにレディ教育を受け始めて一週間が過ぎた。
朝は歩き方や会話の仕方、言葉使いなどの礼儀作法。
昼食時にはナプキンの使い方から食べ終わるまでの食事作法。
午後からは社交ダンス、そして何故か会話の際に役に立つからと言ってレイドックの歴史まで
勉強させられた。しかも宿題付きで。

「レイドック第一国王のフルネームを述べよ」

「ええ?う〜〜ん・・・な、何だったかなぁ・・・」

 部屋で本を見ながらユナに出題するテリーの姿と、ユナの考える姿があった。

 ベッドの上で腕組みをしてうんうんと唸る。
しばらく考えてどうしても分からないのかテリーの持っている本を覗こうとした。

「お前・・・これは初歩の問題だぞ。出来なくてどうするんだ?」

 本をパタンと閉じる。

「だって・・・スッゴク長い名前じゃないか!そんなの、覚えられないよー!」

「本人に覚えようと言う気がないんなら、いつまで経っても覚えられないな」

 その本をベッドのそばのテーブルに置いた後ベッドに肘をついて横になった。

「お前の相手はもう疲れた。全然何にも答えられないし・・・問題の出しがいがない。
勉強は一人でやれ。オレはもう寝る」

「えぇ〜!そんな事言わないで・・・相手してくれよ」

 コンコン。
そのノックの音にビクっと反応してしまう。
この義務的なそして機械的なノックの音は・・・

「ユナ様、マイヤです。夜分遅くスイマセン。起きてらっしゃいますか?」

 ヒャー!ヤッパリマイヤさんだ。
こんな夜遅くにどうしたんだろう・・・。

「はい、起きてますよ」

 嫌な予感が頭を過ぎる。本当にこんな時間に一体何のようなんだろう・・・。
ドアを開けるといつものようにいつもと同じ格好で立っていた。

「な、何のご用でしょうか・・・?」

 マイヤはコホンと咳払いをして

「結婚式まであと2週間余りとなって参りましたが・・・貴方の成長ぶりは
自分からみて如何な物かと思われますか?」

「はい?」

 ジロリと鋭い視線に考える余裕もなく慌てて答える。

「あ・・・は、はい。オ・・・私的には言葉遣いも、礼儀作法も・・・色んな面で
少しずつ女らしくなってきたのではないかと思いますが・・・」

 本当にマイヤと会話するのは緊張する。
マイヤは鋭い眼光を下に向け目を伏せた。

「そうですね・・・少しずつですが貴方は成長しています。ですが・・・
今のままでは恐らく結婚式には間に合わないでしょう」

「え!?」

「と言うわけで・・・ユナ様、明日からは私の部屋で寝起きを共に致しましょう。
丸一日貴方の教育が出来れば、きっと結婚式には間に合います」

「・・・・・・・・・!!」

 耳を疑いたかった。
 ま・・・丸一日・・・!寝起きを共に・・・!?
真剣にそう言うマイヤの腕を思い切り掴んでしまった。

「お願いです!そ、それだけは・・・それだけは勘弁して下さい!!
何でも・・・何でもやります!!一生懸命レディとしての修行しますから・・・
それだけは・・・それだけは・・・!!!」

 土下座しそうな勢いで一生懸命懇願するユナにマイヤは息をついて

「私も貴方と寝起きを共にするなんて事したくありません。ですが・・・もう時間が
無いのです。バーバラ様とウィル様にはその旨伝えましたし・・・。
宜しいですね、明日からは私の部屋で眠って下さいね」

「ちょ、ちょっとマイヤさん!」

「ちょっとも何も有りません。たった二週間の辛抱でしょう!!」

 だんだん声を荒げるマイヤに何も言い返せなかった。
二週間・・・長すぎる・・・。

ため息と共にドアを閉める。
テリーが憮然とした表情でいた。

「・・・聞こえてたんだね・・・」

「・・・ああ」

 面白く無さそうなテリー。

「相変わらず、お前はあいつに弱いんだな。本当に明日から・・・あいつの部屋に行くのか・・・?」

「・・・・・・・・・出来れば行きたくないけど・・・」

 マイヤの顔が思い浮かぶ。・・・ダメだ・・・断れそうにない・・・

「大変だな。レディになるって言うのも」

 息をついてベッドに横になる。

「ゴメン・・・怒ってる?」

 反応が無いテリーに仕方なくユナも毛布をかぶって横になった。
この部屋に来て初めて自分のベッドを使う。
そしてやっぱりマイヤさんに断ってこようと思いながら疲れで眠りに落ちていった。



 マイヤさんが部屋に訪れた次の日、午前の練習も終わってユナが食堂に
入ろうとすると・・・待っていたマイヤに呼び止められた。

「ユナさん、ちょっと来て頂けませんか?お食事は後で取って貰いますから」

「・・・?」

 食堂を出て手招きするマイヤに付いていく。
廊下を抜け渡り廊下を抜けた所のドアを開ける。

何着も服が掛けられているクロゼットをそのまま部屋にしたかのような所に
連れ込まれ、ガチャっと鍵を掛けられた。

不審に思うまもなく、マイヤの手が腰に触れた。

「ぅぎゃっ!」

 慌てて後ろを向くとマイヤは怪訝な顔で。

「ドレスの寸法を測るからサイズを確かめているだけです!全部脱いでくださいね」

 ド・・・ドレス・・・!?

「いっ!良いですよ!そんな・・・ドレスなんて・・・!!そ、そんなオレなんかの為に・・・!!」

「良くありません!結婚式に貴方一体どんな格好で出る気ですか!!」

 いつもと同じように気迫負けする。

「分かったなら、服を脱いでください」

 目の前で凝視するマイヤ。逃げられない雰囲気を直に感じて仕方無くメイド服を脱いだ。
恥ずかしさと気まずさで黙り込むユナを気にも止めずに、
片手に両肩を掴んでくるっと後ろを向けさせた。

「・・・・・・・・・!」

 惨い仕打ちや拷問を受けたかのような傷だらけの背中に、マイヤの呼吸が一瞬止まった。

最初に目に入ったのは首から腰にかけての大きな何かで引き裂かれたかのような傷・・・。
そして腕の至る所に散らばっている丸い火傷。鞭で打たれたようなミミズ腫れの後・・・。
そして無数に、数え切れないほど付けられている傷。

初めて見る悲惨な背中に、マイヤは声も出ず立ちすくんだ。

「・・・マイヤさん?」

 そのユナの声にはっと我に返った。不審に思いユナが振り向く。
目が合ってしまったマイヤは考え込むように目を伏せて俯いた。

「・・・・・・?どうかしたんですか?」

「貴方・・・そう言えば・・・旅の剣士でしたよね・・・?」

「ええ・・・?それが何か?」

 急にそんな事を言い出すマイヤに首を傾げて答える。

「いえ、あの、ご両親などは何処に住んでらっしゃるのですか?」

「・・・・・・・・・」

 ゼニス王の姿が目の前を過ぎった。
忘れかけていた想いが頭を回るのをすんでの所で耐え、頭をブンブン振る。

親・・・?
・・・そう言えばオレには家族なんて・・・

「あ・・・あの・・・過去に色々あって・・・両親っていう人は、・・・もういません」

 寂しげに呟いた。マイヤはコホンと咳払いをして

「・・・・・・おかしな事を聞いてしまって申し訳有りません・・・それではサイズを測りますので
もう一度後ろを向いて下さいますか?」

 いつものマイヤに戻った所でそれだけを告げてメジャーを取り出す。

何だか気まずくなってユナは早々に再び背を向けた。







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