● 結婚式1 ●

 



 ボーンボーンボーン
一角獣の月が女神の月に変わる日の朝、鶏の合図の変わりに盛大な花火が城から打ち上がった。
城の民は自分の仕事をほっぽり出して城の前に押し掛けている、
美しい花嫁と次期国王の立派な姿をこの目で一目見ようと。

人々でごった返している城の外に負けず劣らずと城の中はメイドや使用人がごった返していた。
結婚式に参列する世界中の国王へのお持てなしの準備やら、式の段取りや演出などの最終チェックなどで
ほとんどの使用人はネコの手も借りたいと言うほどに追われていた。

そんな忙しい朝、使用人の総教育係、今日最も忙しいはずのマイヤは自室でそわそわととある人物の準備を待っていた。
城の中で最も化粧の上手いとされるメイドとミレーユがその人物に付き添っているので
任せっきりにしても大丈夫だとは思うが・・・。
マイヤは部屋の中を行ったり来たりしながら時計をチラチラと見る。

早く行かないと皆に迷惑をかけてしまう。
城の使用人の事や結婚式の準備も気になって仕方がなかったがマイヤはそれよりも
今奥の部屋で化粧をしてもらっている人物の方がもっと気になっていた。

カツカツカツカツ。
部屋の中にマイヤの靴の音が絶えず響き渡る。

「マイヤさん、ユナさんの準備出来ましたよ」

 その声と共にドアが開かれる。
弾かれたようにマイヤは振り向いた。

「・・・・・・あの・・・変・・・じゃないですか?」

 今まで数々の美女を見てきたマイヤであったが、余りの美しさに息を飲んでしまった。
同じ同姓なのに、今までずっと何度も叱って、時間を共にしてきたのに
今目の前にいる彼女は今までの彼女とは全く違う雰囲気を出していて・・・・・・。

「あまりに違うから驚かれたんじゃないですか?正真正銘のユナちゃんですよ」

 ミレーユの言葉にやっと我に返る。
戸惑っている自分を悟られないようにコホンと咳払いして、真正面からユナを見据えた。

透き通った白い肌、ピンク色にふっくらと色づいた頬と唇、化粧をしたせいかいつもより大きく見える瞳に
初めて人の手入れを受けた綺麗な眉毛。
髪の毛はいつものようにボサボサでは無く、しっとりとまとめられていて、両横に大きな花を一輪添えたかのような
髪飾り。それと対になっているのか同じような花の宝石をちりばめたネックレスに
美しい鎖骨のラインに沿って着られた青いドレス。

何処をとっても普段のユナとは全く違う。
がさつで口が悪くて容姿も気にしなくて男っぽいユナは影を潜めていた。

「ドレスのサイズちょうど良かったみたいですね、良かった。
この青いドレス、絶対ユナ様に似合うと思って取り寄せたんですよ」

 ユナの変貌振りに、自然と笑顔と言葉が零れてくる。
キラキラとドレスが光って、それに負けていないユナの姿。
実際、普通に見てもユナは美少女だ。初めてあった時からマイヤはそう思っていたし
磨けば光る宝石だとも思っていたが・・・予想以上の大変身をしてくれた。

今までの三週間が思い出されてきて、胸に熱い物が込み上げてきた。

「マイヤさん、ありがとうございます。オ・・・私の為にこんなドレスまで・・・」

 慣れない手つきでドレスの裾をそっと両手で掴む。
マイヤから教えられたとおりのレディの基本、お辞儀をして見せた。

「良いんですよ。それよりユナ様、今日、これからが本番ですよ!
今までやってきた事は今日この日の為にあるのですから・・・失敗はしないようにして下さいね」

「はい」

 しっかりと頷くユナをもう一度上から下まで見る。本当に、美しくなられて・・・

「ユナ様、レディの教訓覚えてますか?」

「はい、清純、礼節、理知ですよね?」

 即答で返すユナに、うんうんと満足気に頷いた。




 赤いドレスを着こなしていつもより数段美しいミレーユがユナの手を取って
中庭まで連れて行ってくれる。

いつもダンスの練習をしている中庭も今日はオシャレに色づいていた。
赤、青、黄色の花、白いレースのひいてあるテーブルに美味しそうな料理、
その周りは世界中の国王や偉い人々で賑わっている。

そこに赤いドレスと青いドレスの目立つ二人の登場。
視線は渡り廊下から歩いてくる二人に釘付けだった。

「おお・・・なんて美しい女性たちなんだ!一体彼女らは何処の姫君か!」

「赤いドレスをお召しになっている女性のなんと神々しいこと・・・まるで神の使いのようだぞ」

「それを言うなら青いドレスの女性も負けず劣らずの美女ですぞ!・・・ウチの長男の嫁に是非とも欲しい!」

 自分たちの事を言われていると知るとかーっと顔が熱くなって、
中庭の木の陰に隠れてしまった。ミレーユさんも一緒に居るのに・・・比べられちゃうよ・・・。
それにこのドレスも・・・化粧も・・・何だか恥ずかしい・・・!

「ユナ様!貴方はバーバラ様のご友人でしょう!隠れてどうするんですか!」

 いつもの、聞き慣れた声が響く。
渡り廊下を振り向くと、やはりマイヤの姿。彼女もユナのことが気になって仕方ないようだ。

「は・・・はいっ!」

 マイヤの声に後押しされ真っ赤になったまま、困った顔をしているミレーユの手を掴んだ。
人々の視線や声を気にしないように心がけて伏し目がちにハッサンやチャモロの居るテーブルへと向かった。




「ユナさん!?ユナさんなんですか!?」

「う・・・うん・・・だから・・・そんなに肩振らないでくれるか・・・頭が・・・」

 中庭の一番奥に壇上があって、その上に礼服を着た神父様が今か今かと
新郎新婦を待ちかまえていた。
その壇上に一番近いテーブルに、旧友たちが座っている。

「いやぁ、本当に綺麗ですよ!!私吃驚しました!」

 ずれていた眼鏡をかけ直して今度は手を掴んでブンブンと振る。
面と言われて綺麗なんて余り言われた事無いから・・・照れちゃうな・・・。
えへへと頬を赤らめて笑う。そしてはっと思い出したように

「あのさ、そう言えばテリー何処にいるんだ?」

 中庭に入ってずっとその姿を探しているのだが・・・見つからなかったのだ。
銀髪なんてあんまり居ないから目立つはずなんだけどな・・・。

「えぇっと・・・私も今来た所ですから・・・あの、ハッサンさん、テリーさん見ませんでしたか?」

 一段と綺麗なミレーユにデレデレだったハッサンがやっとこっちを向いてくれた。
ユナに驚きの表情をした後

「テリー?そう言えばさっきまでオレと一緒にここで話してたんだけど・・・
いつの間にかいないな・・・。まぁあいつの事だしほっとけほっとけ。こういう所は苦手なんだろ」

 手をブンブン振ると、再びミレーユに目を向けて鼻の下を伸ばす。
相変わらずだよな・・・この二人。まぁ、ミレーユさんもまんざらじゃなさそうだけど・・・。

ざわっ!
周りの客が急にざわめいた。
鼻の下を伸ばしていたハッサンも人々の視線に思わず目を向ける。
その視線の先には・・・
カチっとしたタキシード姿の凛々しいウィルと・・・白いドレスに身を包んだバーバラが
ゆったりと壇上に向かって歩いてくる姿だった。

余りにも絵になる二人の姿に美男美女は見慣れているはずの諸国の王たちもその姿に見とれる。
大勢の人で埋め尽くされている中庭で静寂を保ったまま二人は歩いてきた。
何かの儀式のように神々しく、美しく。

立ちすくんでいたユナの目の前を二人が通り過ぎる。
白いヴェールに顔を隠して、純白の白いドレス・・・。ウェディングドレス・・・・・・。

二人が壇上に立ったところで神父がマイクを通してコホンと咳払いをした。
右手に持っていた聖書を開いて、その一説を読み上げる。
しばらく読み上げた所で、再びコホンと咳払いをした。

「汝、ウィル、貴方は新婦バーバラを生涯の伴侶とし、健やかなる時も病める時も愛し続ける事を
誓いますか・・・・・・?」

 声がマイクを通して中庭中におそらく城中に響き渡った。
マイクを通していないはずのウィルの声が静寂の中ハッキリと聞こえてくる。

「はい・・・誓います」

 その言葉に、神父は頷くと今度は花嫁の方に目を向け同じ言葉を繰り返した。

「では・・・汝バーバラ、貴方は新郎ウィルを生涯の伴侶とし、健やかなる時も病める時も
愛し続ける事を誓いますか・・・?」

「・・・・・・はい・・・」

 大きな瞳に涙が滲む。しかししっかりと神父の目を見て答えた。

「誓います・・・・・・」

 うん、と再び神父は頷く。

「では誓いの口付けと指輪の交換を・・・・・・」

 中庭には二人を祝福しているかのように暖かな光が差し込んできた。
その光を浴びてキラキラ光るヴェールをそっとウィルが捲ると、今まで見た中で一番美しい
バーバラの姿があった。

姿を露わにした花嫁ににわかにざわめきが戻ってくる。
そのざわめきが収まった所で、バーバラは小さな唇を小さく動かした。

「ウィル、幸せにしてね」

 口付けしようとして聞こえるか聞こえないかの声。

「勿論さ・・・一生君を見て、守ってみせるよ」

 ウィルも聞こえるか聞こえない程度に小さく呟く。
一瞬目が合うと、皆が見守る中、ウィルはバーバラに口づけた。

「おめでとう・・・ウィルにバーバラ・・・」

 心の中の声が小さく声に漏れる。
その二人の姿を見て、心の中に何か初めて感じる感情が芽生えていた。
嫉妬と似たような感情だったが、嫌悪感は無い。
感動と安堵の間に垣間見える初めての感情。

きゅっと右手を握り締めて胸に当てる。
幸せそうな二人を見ながら分からない感情がどんどんふくれあがっている事に気付いた。




「バーバラ!すっごく良かったわよ!綺麗だった!」

「ええ!本当に・・・私見とれてしまいましたよ!」

「えっへへ・・・有難う!ミレーユ、チャモロ!」

「おう!ウィルもすっげぇ格好良かったぞー!!いやぁ・・・それにしても本当に結婚しちまったんだなぁ!
良いのか?バーバラで・・・」

「余計なお世話よっ!」

 ウィルの腕を組んでバーバラがハッサンの大きな体をぺしっと叩いた。

「・・・・・・っ!誰かと思ったら・・・ユナじゃない!どうしたのよその格好!」

 大きな瞳を丸くして駆け寄ってきてくれた。ウィルも目を丸くしてユナのその姿に釘付けだった。

「マイヤさんに着せられちゃってさ・・・似合わないだろ?」

 周りを回って見回った後歓喜の表情でブンブン首を振った。

「すっごくステキよ!!あんた・・・やっぱり磨けば光るのね!!
まぁアタシには劣るけど・・・ホントすっごく綺麗よ!ねぇ?」

 ね、とウィルに相づちを求めるとウィルもまだ驚いた表情のまま頷いた。

「バーバラもスッゴク綺麗だったよ。ウィルももちろん格好良かったけどさ。
・・・・・・絶対幸せになってくれよな」

「何よ神妙にー、ユナに言われなくたって幸せになるわよっ!ねぇ、ウィル」

 再び相づちを求めると笑顔で頷く。髪を掻き上げるバーバラの薬指に
光に反射して金の指輪が目に飛び込んできた。
二人の笑顔と共に光る指輪に、また先ほどの感情が思い出されていた。




 バーバラとウィルは諸国の国王との挨拶、ハッサンとミレーユは二人で偉い人たちに
挨拶しながら結婚式の雰囲気を存分に楽しんでいる。
チャモロも近辺の神殿の神官や神父とゲントの次期長として挨拶を交わしていた。

 マイヤさんからレイドックの歴史や対話の仕方、言葉遣いなどを徹底的に叩き込まれた
ユナは周りの皆と同じように挨拶をしたり話し込んでも良かったのだが
にわか仕込みのレディ教育でいつぼろが出るか分からない。
人影に隠れながらなるべく目立たないように恋人を探すことにした。

「美しいお姫様、お名前は何と申されるのですか?」

 こそこそと中庭を見回っていたのだが、ついに声をかけられてしまった。
マイヤとレディ教育が瞬間的に頭を過ぎっていく。予習だ。昨日みっちり予習したじゃないか!

「私はユナと申します。バーバラ様とは古くからお付き合いさせて頂いております」

 紙に書いてある文章を棒読みしたかのように義務的に告げる。
ユナと同じくらいの年齢の男は少し驚いていたが対して気にも止めず

「ああ、バーバラ様のお友達の方でらっしゃいましたか・・・やはりバーバラ様の
お友達、礼儀正しい方ばかりですね」

 ニッコリと微笑まれる。その時、ぬっと別の影が横から現れた。

「ご友人の方ですか?私はマウントスノーを治めるマウントスノー共和国の第一王子です。
どうですか?今からご一緒にお話でもしませんか?」

 最初に話しかけてきた音を遮るようにユナの前に立って紳士的に挨拶する。
やはりこちらも第一王子と言うだけあって
育ちの良さそうな顔に服・・・。初めてユナに声をかけてきた男はムっとして

「マウントスノー小国の王子が一体何の用ですか?彼女は私と先に喋っていたのですよ
邪魔しないで頂きたい!」

 横から来た男の肩を掴んで乱暴に押しのけた。

「なっ!小国とは無礼ではあるまいか!お前は一体何処の国の奴だ!」

「私は世界最大級の港サンマリーノの町長の息子だ」

「町長の息子が出過ぎた真似をしていると思わないか!?」

「あ・・・あ、あの・・・?」

 な、なんだなんだ。なんで急にケンカが始まるんだよ・・・。これだから金持ちって奴は・・・。
ユナに気付いた二人は同時にユナの方を向いて同時に表情を緩める。

「ユナさんと申されましたね?いやぁ、大きな瞳に長いまつげに整った顔立ち・・・
本当にお美しい。こんな奴ほっといて私と一緒にお茶でもいたしませんか?」

「だから僕が最初に彼女を誘ったんだ!邪魔をするなと何度も言っているだろう!」

「あ・・・あの・・・ご・・・ごめんなさいっ!」

 二人の言い争いに耐えきれなくなってドレスの裾を巻くって逃げるように去ってしまった。
男たちはユナが行ってしまったのはお前のせいだとまた言い争いを始めている。

ふぅっと息をついて賑やかな中庭を出て渡り廊下を当てもなく歩く。
テリー・・・何処に行っちゃったのかな・・・。







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