● 結婚式2 ●

 



渡り廊下を歩いていると、見慣れた後ろ姿を発見した。

銀の髪に黒いタキシード・・・。
気だるそうに歩いて休憩室に入っていく。

胸が高鳴る。
開かれたドアをそっと覗いてその後ろ姿を確認すると

「テリー、もー探したんだからなっ」

 心臓の音が弱まった所で話しかける。

「ほら、見てくれよこんなドレス着せられちゃっ・・・」

 振り向いた男は、ユナの知っているテリーではなかった。

「あ・・・ス・・・スイマセン、人違いでした・・・」

 銀髪の男はそんなユナに不審げに首を傾げ賑やかな場へと戻っていく。
彼が去った後、ユナは彼が居た場所にもたれ掛かった。
ちょうど目の前に全身が映るほどの大きな長細い鏡が置いてある。

鏡の中の自分は今までの自分とは全く別物で・・・。
化粧をして、ドレスを着て、いつもと違う自分・・・夢の中の自分。

本当は、オシャレしてドレスを着て優雅に踊る女の子たちがずっとずっと羨ましかったんだ。
心の中で急に悟る。悟ってしまった瞬間に心の中が虚しくなった。

もう一度目の前の自分の姿を見返す。
そして、綺麗になった姿をテリーに見て欲しかったんだ。
驚いた顔して皮肉でも良いからテリーに何か言って欲しかったんだ。

ハァと息をついて鏡の前に立つ。
ひんやりと冷たい鏡にコツンと額を当てた。

ガチャ。

ドアの開く音、それとともに感じる人の気配。
弾かれたように振り向くと、ずっと、ずっと探していた姿。

伸びていた銀髪はユナと同じように綺麗に切り揃えられていて
黒いタキシードに、かちっとした物が性に合わないのか下のシャツとネクタイは緩められていた。

いつもと違うテリーの姿に目を丸くして近くの椅子に倒れ込んでしまった。
驚かせようと思ったのにこっちが驚いてどうするんだよ。

「あ・・・」

 向こうは面白く無さそうに部屋の前に立っていて部屋に入ってこようとはしなかった。
どことなく不機嫌そうに腕組みをしてじっとこっちを見ている。

「あ、あの・・・テリー、タキシード凄く似合うね」

 やっと腰を上げてスカートの裾を捲った。

「ほら、見てくれよこのドレス、似合わねーだろ?マイヤさんに無理矢理着せられちゃって・・・
化粧も・・・」

「そんな格好して浮かれるな、バカ」

「・・・・・・っ!」

 思わず顔が強張った。
テリーはこっちを見ようともせず暴言を吐き捨てる。

「バ・・・バカとは何だよ!何もそんな事言わなくたって・・・」

「似合わない格好して喜んでるからそう言っただけだ!」

 テリーの言葉が一語一句胸に突き刺さる。
その痛みが久しくユナの涙腺を刺激した。

「ベ・・・別にオレは喜んでなんて・・・・・・!」

 顔をブンブンと振る。しかし、弱まった涙腺からあふれてくる涙は止められそうもない。

「喜んでなんてないよ!」

 やっとそれだけを告げてテリーを押しのけて部屋から出ていった。
顔を俯かせて、震える声・・・。
銀髪の青年の方は言ってしまった自分の言葉に少しの後悔と自己嫌悪を感じていた。
心の中で舌打ちする乱暴に閉まりかけていたドアを開けて部屋の中に入った。




 何だよテリーのバカ!そんな事言わなくたっていいじゃないか!
壁に体を向けて廊下に背を向ける。
瞳に溜まった涙を腕で拭った。

別にオレは喜んでなんて・・・・・・。

「ユナちゃん」

 その声に涙目のまま振り向いてしまう。
ミレーユだった。慌てて顔を背ける。泣いてる所なんか・・・。

「本当に・・・しょうがないわね、あの子は・・・」

 優しくユナの肩に手を掛けて持っていたハンカチを差し出した。

「え・・・・・・?」

 怪訝に再び振り向くユナの腕を掴んだ。

「ちょっとこっちに来て」

 え?え?分けが分からないまま彼女に連れられて来た所は・・・先ほど居た休憩室。

「ユナちゃんはちょっとここで待ってて」

 小さな声でそう言うと、ドアを開けた。

「テリー、ちょっと良いかしら?」

 先ほどユナが腰掛けていた椅子に座ってぼーっと何かを考え込んでいた。
ミレーユに気付くと少し考えて頷く。

赤いドレスの裾を手で少し巻くって静かに部屋に入った。
ドアはちゃんと閉めなかったのでドアの影に隠れているユナにも二人の話し声が聞こえてくる。

「ユナちゃん、すっごく綺麗だったでしょ?」

「・・・・・・っ!」

 隠れて聞いていたユナの心臓が大きく高鳴った。

「・・・・・・・・・」

「向こうでも皆から声かけられちゃって・・・大変そうだったわ」

 だんだん不機嫌になっていく弟の顔。
ニヤニヤと見つめる姉にフイっと顔を背けて窓の側に立った。

「別に」

 吐き捨てるように言うテリーに、今度は声に出して笑う。

「やっぱり分かりやすいわね貴方って」

「何が・・・」

「ユナちゃんが綺麗になって、皆にもてて面白くないんでしょ?とられちゃったみたいで」

「・・・・・・・・・っ!!」

 テリー、ユナ、二人が同時に反応した。

「それならそうとユナちゃんにちゃんと伝えなさい。じゃなきゃまたケンカして
ユナちゃんを悲しませることになるのよ」

「・・・・・・」

 しばらく無言だった後、ハァっと小さくため息が聞こえてくる。

「姉さんには適わないな」

「一応、貴方の姉ですもの」

 テリーが窓の外を見る。ミレーユはドアを開けてユナに手招きをした。

「姉さんの言う通りだよ。あいつが皆に声かけられてるのを見て、正直言って面白くなかった。
外見だけで判断する奴らも、そんな奴らに笑顔で返すあいつも。」

 窓の外は城の国民が大騒ぎ。街の広場で酒をあおって歌って踊って・・・
その光景を見ながら想いが言葉になってあふれてくる。

「独り占めしていた物が皆に見つかって・・・何だか取られてしまったみたいで・・・」

 何だか、嫉妬した。

手招きされてミレーユと入れ替わり部屋に入ったユナは動けないでいた。
テリーのそんな言葉が信じられなくて、嬉しくて、何だか勿体なくて・・・。
先ほどまで泣いていた自分の涙が嘘みたいで・・・。

「テ・・・テリー」

 その声に、ハッと弾かれたように振り向いた。
鋭い目を丸くしてそいつを見る。恥ずかしそうに赤面した後勇気を出して尋ねた。

「今のホント・・・?」

 ドアの向こうで手を振るミレーユの姿。
真っ赤な顔で再び背を向ける。言い逃れ出来そうもない事を知るとハァと息をついて

「・・・ああ」

 ぶっきらぼうにそれだけを言う。

オレの中だけで綺麗なお前でいて欲しかった。誰にも見せたくなかった。
心の中でそう呟く。

「全く、世話の焼ける子なんだから」

 一部始終を見届けたミレーユがドアを開けて中に入ってきた。

「さ、中庭に戻りましょう」

 仲直りの功労者は恥ずかしそうに赤面している二人に笑顔を送って
中庭へと連れ出した。




「ミレーユ、何やってたんだよ。ダンス始まるぜ」

「ええ、ごめんなさいハッサン。テリーを連れてきたの」

 渡り廊下でハッサンが三人を待ちかまえていた。
人々のざわめきの変わりに聞き慣れた優雅な音楽が聞こえてくる。
中庭で男女一組づつになって華麗なステップを踏んでいた。
その中心には花嫁と花婿の姿もある。

「ユナちゃん、マイヤさんからダンス教わったんでしょ?練習の成果、テリーに見せてあげたら?」

「えぇ?」

 その言葉に驚いてしまう。

「そりゃいいや、ほらテリーにユナ。さっさと中庭で踊ってこいよ!」

 考える間もなくハッサンから強引に手を繋げられた。
二人ともお互いに恥ずかしいのか何と言ったら良いのか分からず黙り込んでいたが
テリーの方が手をきゅっと強く掴んで

「・・・・・・行くか・・・?」

「う・・・うん!」

 手を繋いだまま中庭へと降り立った。
テリーとユナの登場に、ウィル、バーバラもダンスを止めていつものようにチャチを入れながら迎えてくれた。

優雅な音楽と共に足が練習通りのステップを踏む。
それはユナにとって夢のような時間だった。
タキシードを着てユナをリードしてくれるテリー、ドレスと化粧で着飾っている自分。
何から何まで今までの自分には想像できない世界だったから。

手の温かさを感じながらやっとこれが夢でない事を知ることが出来る。

「テリー、ダンス上手いね」

 躍りながら夢見心地のまま尋ねた。

「お前と一緒にするな」

 ふっと笑う。
ミス一つしないまま華麗に踊るユナの姿を瞳に映した。

青いマントの変わりに青いドレスを着飾って、血や魔物の匂いの変わりに花の香水の香り、
優雅な立ち居振る舞い。
レディの教育を三週間教えられただけあって、ユナを全く知らない奴からみれば彼女は
何処かの国のお姫様、育ちの良いお嬢様以外の何者にも映らない。

「見て見てあの人格好いい!それに一緒に踊ってる子も凄く綺麗よ」

「うわぁっ、本当!どっちも凄くステキねぇ〜」

 周りの声も耳に入らなかった。
耳に入って瞳に映し出されるのは優雅な音楽とテリーの声と、アメシストの瞳だけだった。

音楽が鳴り終わって次の曲に入るときも二人は相手を交換することもなく躍り続けた。
この時間がいつまでも続けばいい・・・ユナは心の底からそう思っていた。
テリーも・・・・・・。




 結婚式はウィルとバーバラの笑顔とともに幕を閉じた。

城の大きな門の所で皆が待ちかまえる。
大きな門が開くと共に歓声が上がった。
白いウェディングドレスとは別のバーバラの為にあつらえられた黄色いドレス。
赤毛と明るい笑顔に黄色いドレスがもの凄く似合っていて見とれてしまった。

花嫁の持っていたブーケがこっちに向かって投げられる。
そのブーケを受け取ったのはミレーユだった。

驚くミレーユにブイサインのバーバラ。明らかにこっちを狙って投げたのだろう。
結婚式でブーケを受け取った女の人は近々結婚するというジンクスがあった。
ハッサンとともに恥ずかしげに微笑むミレーユ。

花嫁と花婿はそのまま馬車に乗り込んで城下町を一周した。
国民や世界中の国王、仲間たちの声援を一心に受けて二人にとって最高の結婚式は幕を閉じた。




「バーバラにウィル、結婚おめでとう!」

 ここは城の屋上、屋上に備え付けられた大きなテーブルを囲んで
昔の仲間たちが皆で今日の事を話し合っている。
偉い人や国王が帰った所で落ち着ける場所へ移動して
仲間の幸せをもう一度心から祝福する。

「今日は皆本当に有難う!おかげで最高の結婚式になったわ!」

 笑顔で隣にいたユナとミレーユに飛びついた。
ウィルもハッサン、チャモロ、テリーに笑顔で礼を言っている。

堅い心の絆で結ばれている七人はテーブルを囲み
また改めて二人の幸せと久々に再会した喜びを分かち合った。

そんな誰も入り込めないような空間に背の高い女性、マイヤが訪れた。
マイヤに一番に気付いたユナが席を立って駆け寄る。

「ユナ様・・・」

「マイヤさん、どうしたんですか?」

 式の間中ずっとみなかったマイヤの姿。
きっと結婚式の段取りで忙しかったのだろう。

「今日は本当に良くやってくれました」

 神妙に呟いて礼儀正しいお辞儀をする。ユナはブンブン手を振って

「いえ、そんな・・・オ・・・私は何もやってませんよ!」

 本当にその通りだった。上手くできたかどうか自分でも不安なのに。

「お客様たちの反応も相当宜しかったですよ。さすがバーバラ様のご友人は
礼儀正しくて、作法のなっている方たちばかりだと・・・ダンスも、挨拶も完璧だったでは
ありませんか」

 遠くで見ていたのだろうか。よほどユナを心配していたのか・・・。

「いや・・・全部マイヤさんのおかげです。本当にお世話になりました」

「貴方の努力あってのものですよ。私は今日から後片付けやフォローに忙しいですが
ごゆっくりと城に滞在して下さいましね。貴方とはまたゆっくりお話したいです」

「マイヤさん・・・」

 楽しそうなバーバラとウィルに目を向けた後、ニッコリと微笑んで去っていった。
その後ろ姿にユナは教えられたとおりの挨拶をした。
スカートの裾を捲って、腰を折り曲げて礼をする。

顔をあげた時にはもうマイヤの姿は無かったが・・・変わりに
銀髪にタキシード姿の恋人が立っていた。

ユナの方をちらっと見て屋上の手すりに向かう。
ユナも彼の横に並んで

「今日、バーバラ綺麗だったよな」

 そう呟く。それが今日一番の感想だった。
ホントに綺麗で・・・暖かくって・・・幸せそうで・・・・・・。
ウェディングドレスのバーバラを見た時からずっと式の間中、
訳の分からない体験したことのない感情が湧いてきたけど・・・・・・・。
今になってその感情に気付いた。

・・・・・・羨ましかったんだ、バーバラが・・・・・・。
純白のドレスを着て、結婚の証の指輪を持ってて、皆に見守られながら
好きな人と一緒になれたバーバラが・・・。

憂いのある瞳で屋上から町並みを見るユナ。
その横顔をじっと眺めて、自然と口から言葉が漏れた。

「・・・・・・本当に綺麗だな・・・」

「・・・?バーバラの事か?」

 キョトンとした顔でこちらを見る。
思わず漏れてしまった言葉にはっとして、夜空を見上げると同時に視線を外した。

「い、いや、月がな」

「え?月?今日は月初め新月で月なんて出てないけど・・・」

「あ、いや、星だ。星が綺麗だって言ったんだ」

「う、うんそうだね」

 いつもと違うテリーに首を傾げて同じように夜空を見上げた。
彼女の横顔は本当に綺麗で、式が終わってからも何一つ乱れていないドレスも
髪飾りも化粧も・・・。テリーを虜にさせる。
初めて見る格好に胸がドキドキ早く打っている。その音が体中を駆け回って体中を熱くさせる。

テリーの視線に気付いて声をかけようとした瞬間。
目の前が真っ白に光った。

「・・・・・・・・・っ!」

 瞬間的に目を伏せてしまった。
白い稲妻・・・?雲も出ていない綺麗な空だったはずなのに・・・。

何故か嫌な予感が襲って、目の奥に焼き付いている稲妻を振り切って目を開けると・・・
信じられない姿が、稲妻の代わりに瞳に焼き付けられた。

「あ・・・貴方は・・・」

 テーブルで楽しく談笑していた仲間たちも
稲妻に驚いて立ちすくむ。
皆ユナの視線の先を辿って、目と口をぽかんと開けたまま二の句が告げないでいた。

「ゼ・・・ゼニス・・・」

 喉から絞り出された単語に驚いた形相で振り向いた。

「ゼニス・・・・・・・!?」

 真紅のマントに豪華な冠、蓄えられた立派な白い口ひげに端正な顔立ち・・・。
昔会った、ユナの精神世界でも会ったゼニスと同じ・・・。
それは正真正銘の、憎んでも恨んでも足りないユナの父親本人だった。

「一足遅れたが、ウィル君にバーバラ君、ご結婚誠におめでとう」

「お前・・・!!何しに来たんだ!ユナをまた連れ戻しに来たのか!?」

 テリーがゼニスにくってかかる。
皆は驚いたまま動けないで居た。

ユナも腰が抜けてへたりと座り込む。
気付いたハッサンが胸ぐらを掴んでいるテリーを慌てて引きはがした。

「テリー君安心してくれ、私はユナを天界へ連れ戻しにきたのではない」

 至って冷静に告げる。
乱れたマントを直して、七人全てを見据えた。

「じゃ・・・じゃあどうして貴方が・・・天界を治める貴方がこんな地上に降り立つなんて
一体何が・・・・・・」

 少し時間も経っていくらか落ち着くと、ミレーユがテーブルに手をかけて何とか立ち上がった。

「ユナとテリー君に伝えることがあってここへ来たんじゃ」

「な・・・なんだって!?」

 ハッサンに押さえつけられてもがいていたテリーがピタっと止まる。

「お主たちには、本当に悪いことをしてしまった。だが・・・もう、もういいんだ・・・。
お主たちは、もう別れる必要も、離れる必要もない・・・・・・」

「・・・・・・・・・!!そ・・・それは・・・!!」

 驚きのあまり声がうわずるテリーに、理由を告げる。

「見つかったんだよ。25年後にこの世に現れるであろう悪魔の巣がな・・・」

 ユナはやっと真正面から父親の姿を見つめることが出来た。
父親は心なしか笑っているように見えた。







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