● 変わりゆくもの ●
風が酒瓶を転がす音だけが聞こえた。 アルコールの抜けたウィルが顔をブルブルと振ってやっと声を出す。 「あの・・・ゼニス王・・・それは一体どういう事ですか・・・?」 事情を飲み込めない仲間たちが不審な顔で見つめる。 テリーとユナだけがその言葉に反応してゼニスの後に続く言葉を待っていた。 「・・・お主たちは知らなかったんだな、テリー君の子供が勇者になるという事実を」 「・・・・・・勇者!?」 皆の視線がテリーに注目する。 ゼニスは皆にユナのギンドロの事にも触れず二人も傷つけないように 注意深く簡潔に説明した。 ユナがわけあって子供の産めない体だと言うことを、テリーの子供が世界を救う勇者になる事を。 二人もじっとゼニスの言葉を聞いた、仲間たちの表情が痛々しい物に変わる様を見ながら。 「じゃあ・・・じゃあテリーとユナは・・・結ばれない運命だって事・・・・・・?」 口を押さえて、ウィルに支えながら呟く。 そのバーバラの言葉に、ゼニスは静かに首を振った。 「悪の根元、魔王の居場所が分かったんだ。そいつを闇に葬る事が出来れば 未来も、彼らの運命も変わる事が出来る」 娘とその恋人の目をじっと見る。 心臓の高鳴りを感じながらゼニスの言葉を待った。 ふぅっと息が宙を舞う 「地上の事はわしらに手は出せない掟になっている。 魔王を闇に葬り去る程のチカラを持っているのは、お主らだけじゃ・・・やってくれるな ユナにテリー、運命を変えて、自分たちの未来を勝ち取るために」 まっすぐな視線に、ユナはきゅっと唇を噛み締めて頷く。 テリーも深く頷いた。 「そいつを倒せばユナとテリーは一緒に居られるのね!そうときまれば・・・ 早くそいつを倒しに行きましょう!善は急げだわ!!」 バーバラの甲高い声にその場の緊張が和む。 ユナとテリーははっと我に返ってお互いを見つめた。 もう離れることも、別れる事もない・・・。 テリーはユナの手を掴んで立ち上がらせる。 ユナの潤んだ瞳を見ると、反射的に彼女の体を抱き締めてしまった。 皆やゼニスが見ているがそんな事はもうどうでも良かった。 驚いている恋人の体温を確かめて、心から安心した。 ユナも、初めは驚いたがだんだんと居心地に慣れてきて、仲間たちの目が ある事も忘れてテリーに身を任せた。 「おーおー、あっついなぁ」 「ほーんと焼けちゃいますねぇ」 抱き締め合っている二人を遠くで見ながら仲間たちはその姿にチャチを入れた。 「でも、本当に良かった・・・二人とも、本当に苦しかったんだろうね」 「ああ・・・想像も出来ないくらい悩んでたに違いないだろうな」 ウィル、バーバラも抱き合う二人を見て胸が詰まる思いに駆られた。 そしてお互い、恋人と一緒にいられる大切さを痛感した。 「ゼニス王」 ユナとテリーに気を利かせて離れた場所に居たゼニスに ミレーユがそっと声をかけた。 「どうかなされましたか?」 真紅のマントを翻して振り向くゼニスを深緑の瞳が捕らえた。 神妙なミレーユの顔。 「天空人と地上人が・・・一緒になる事は最もやってはいけない、禁じられている事なのでしょう? 兄妹が一緒になる事と同じように、同族を手に掛ける事と同じように 大罪のうちの一つでは無いのですか?」 「・・・・・・・・・」 静かに、ゼニスは空を見上げた。 「ゼニス王・・・・・・貴方が神なら、二人を罰せねばならないのではないのですか? それを、どうして助けるような事をなさるのですか?」 うつろな瞳で空を見上げたまま、その言葉を聞いた。 気持ちよさそうに地上の空気をすって瞳を伏せる 「父親とは不思議な生き物ですなぁ」 「・・・・・・・・・」 「自分がお腹を痛めて産んだワケでも無いのに、例えどんな犠牲を払っても 例えどんなに自分が傷つこうとも、その子を幸せにしてあげたいと心から願うことが出来る」 手を天にかざして、 「私は、あの子に本当に酷いことをしました。あの子がテリー君と恋に落ちてしまったのも 子供が産めない体になってしまったのも、全て私が原因なのです。 私の罪を罰せられるのは、もう私自身しかいない。」 アイリーンも、ユナもわしの手から離れてしまった。もう誰からも責められない罰せられない。 「ゼニス王・・・貴方もしかして・・・」 「もとより、覚悟の上じゃ」 やっとミレーユの方を向いて、はにかむように微笑んだ。 「ユナには内緒にしておいて下さい。あの子はわしを本当に嫌っておりますから」 「ゼニス王!貴方は・・・貴方は本当にそれで良いんですか!?神の座を追われても・・・ 死に行く先が天国ではなくても・・・・・・!」 寂しそうな顔をしてゆっくりと頷く。 誰も何者もゼニスの決意を止めることは出来なかった。 「魔王の居場所はサンマリーノ南、グランマーズの家から南に下った大陸の端にある洞窟じゃ。 そこでチカラを付けて地中で機をうかがっておる」 屋上から、グランマーズの家の方向を指さす。そして振り向いて 「テリー君に、ユナ、やってくれるな?」 二人が頷くと 「ちょっとまったぁ!オレたちもモチロン行くぜ!」 「・・・・・・っ!」 ハッサンが勢いよく手を挙げた。 「目の前でそんな話を聞かされたんじゃ行くしかないですしね」 チャモロに続き、女二人も頷く。 「ちょ、ちょっと待ってよ!皆に迷惑かけるわけには行かないよ!だって・・・ 魔王だよ・・・?もしかしたら、」 死んじゃう事だって。 慌ててその言葉を飲み込む。考えないようにしてきたから。 「あーらユナ、私たちはそんなにヤワじゃないわよ〜、私はアンタより強い 自信はあるんだから」 「ちょ、ちょっと!もしかして・・・バーバラまで行くんじゃないだろうな!」 「あったりまえよ!アタシだけ仲間外れにしようたってそうは行かないんだから!」 間髪入れずに言い返した。ユナもバーバラに負けじと言い終わるか終わらない打ちに言い返す 「だって、お腹に・・・赤ちゃんがいるんだろ!ダメダメ!絶対にダメ!! お腹の赤ちゃんにもし何かあれば・・・バーバラもウィルもその子だって可哀相じゃないか!! これだけは絶対ダメだよ!!」 「大丈夫よ!お腹の赤ちゃんも私もそんなにヤワじゃないわ」 どんと胸に手を当てる。 「バーバラ、私も辞めた方が良いと思うわ。妊娠中って言うのは いつもよりデリケートになってるし、病人なんだから安静にしてないと・・・」 ミレーユが意気揚々なバーバラに水を差す。 チャモロも、ハッサンも心配そうな顔。 「バーバラ・・・オレも、君には戦いに出て欲しくないよ。 だって・・・・・・」 黙っていたウィルがやっと声を発した。 寂しそうにみつめる瞳に思わず口ごもる。 「分かったわよ、行かないわ。でもその代わり・・・近く・・・グランマーズの家くらいは 付いていってもいいでしょ?」 「ダメダメ!絶対ダメ!ちゃんとここで安静にしてろよ」 片手じゃ足りなくなったのか両手をブンブン振る。 「何よ!いつの間にユナがリーダーになったのよ!うちのリーダーはウィル!」 「オレも・・・バーバラには安静にして欲しい」 「ウィルまでそんな事言うの!?」 皆の心配げな瞳に耐えきれなくなったのかバーバラは息をついて渋々頷いた。 ゼニスはそのやり取りを見終えた所でマントを整え直す。 「わしは一足先にルーラで帰るが・・・お主たちは船でサンマリーノに向かうのだろう? それではグランマーズの館に着く頃くらいにわしも行くから、詳細はその時に話そう」 ゆっくりと実の娘の目を見て 「ユナ・・・・・・」 ユナは、目を逸らして顔を背けた。 「今まで、本当にすまなかったな・・・」 ゼニスの言葉にハっと再び目を合わせる。 何か口から言葉が出そうだった。 突風が吹き抜けるともうゼニスの姿は無い・・・・・・。 優しげなそしてどことなく寂しげな父親の瞳を思い出して ちょっと心に罪悪感のような物が残った。 三週間前バーバラとウィルから与えて貰った自室で ユナはベッドに仰向けになったままぼーっと天井を見上げていた。 ザァァァと遠くでシャワーの音が聞こえる。 ゴロンと寝返りを打った。 もう離れる必要も、別れる必要もない・・・。 でも・・・ 「怖い・・・・・・」 きゅっと目を伏せて強く呟く。 魔王が怖い・・・・・・皆が傷つくのはもっともっと怖い・・・・・・。 初めての悪の親玉との戦い、初めて感じる恐怖・・・・・・。 「おい」 聞き慣れた声に、振り向く。 今シャワーから上がったのかぽかぽかと湯気が立っている。 「どうしたんだ?そんな顔して・・・」 「い、いや、別に何でもないよ」 ブンブンと首を振ってベッドから下りると、テリーの方に背中を向けた。 「あのさ、ドレスのチャック下ろしてくれないか?一人だとどうしても下ろせなくて メイドさんもマイヤさんも片づけに追われてるし・・・ミレーユさんだって・・・」 ハッサンと良いムードで・・・何だか頼みづらい・・・。 「仕方ないな」 服を挟まないように注意深く後ろのチャックを下ろした。 「これで良いのか?」 「うん、有難う」 恥ずかしそうに振り向く。 そして今度はネックレスと髪飾りを外しだした。 どちらも花のカタチを象っていて、本当にユナによく似合う。 「・・・・・・・・・」 黙ったままで見つめてくるテリーに 何だか恥ずかしくなってきて声をかけようとするより一瞬早く 「やっと・・・ずっと一緒にいられるな・・・」 向こうが呟いた。 ネックレスと髪飾りをテーブルに置いて 「・・・・・・うん・・・」 唇を緩ませて頷く。 「長かったな・・・」 「・・・・・・うん・・・・・・」 長かったな・・・。 その言葉に、今までの事を想いだしていた。 過去を懐かしむのは魔王を倒してからだと分かっていたけど 頭の中に色んな事が思い浮かぶ。 辛かったけど・・・苦しかったけど・・・やっとこれで・・・ずっと一緒にいられるんだ・・・! 涙目で彼を見つめる。優しく微笑まれると、思わず、 脱ぎかけのドレスのまま彼に飛びついてしまった。 「絶対魔王を倒すよ、何が合っても絶対・・・・・・!」 先ほどと同じようにユナの華奢な背中に手を回して抱き締めた。 「それはオレの台詞だ・・・」 先ほどと違う事は、抱き締めたまま脱ぎかけのドレスを全て脱がせて、 ベッドに押し倒していること。 初めて見るユナの下着を丁寧に外す。 「・・・・・・ユナ・・・お前・・・本当に綺麗だな・・・」 ためらいもなく自分の素直な気持ちが口から漏れた。 普段はこんな事思っていても気恥ずかしくて絶対言わないのに 夜は月の怪しい魔力のせいだろうか、言えない台詞も 心の中の思いも全部さらけ出してしまいたくなる。 「・・・・・・・・・っ!」 真剣なテリーの瞳にからかってない事を知ると ユナの方が赤面してしまった。 「性格も心も・・・顔も体も生き方も・・・」 「テリー・・・何・・・・・・」 「誰にも、触れられたくない。誰にも渡したくない・・・」 両手首を押さえつけられて、口付けされる。 アメシストの瞳に映っている自分の姿をハッキリと見える距離。 相手の吐息を感じられる距離で見つめ合った。 綺麗だなんて・・・そんな事言ってくれたの、出会ってから初めてじゃないか・・・。 恥ずかしさと嬉しさと幸せでもうおかしくなりそうで・・・。 「オレ・・・テリーのことが大好き!」 欲望のまま自分の気持ちをぶつけた。テリーもフっと笑って 「ああ、オレもお前の事が好きだ・・・」 耳元でそう囁くと、二週間振りに体を重ねた。 今までで一番優しく前戯をしてくれて 今までで一番優しく抱いてくれる。 肌が触れ合う間、ずっとユナは痛感していた。彼に対する自分の想いを。 朝、テリーと一緒に身支度を済ませ 城の世話になった人に挨拶を済ませると皆が待っているであろう城の城門へと急ぐ。 そこには既にしばしの別れを惜しむバーバラと皆の姿があった。 「ユナにテリーおっそーい!」 足音に気付いて振り向きざまに怒る。 ユナは頭を掻きながら 「悪い悪い。マイヤさんと話し込んでてさ」 「とか言ってまたいちゃいちゃしながら用意してたから遅くなったんだろー」 慣れてしまったハッサンのチャチに、ムっとした視線を向ける。 「ユナ」 「ん?」 振り向いたと同時に首にネックレスがかけられた。 「それ、お守り、私の代わりに持って行ってよ」 首にかけられているネックレスを手にとって見た。 宝石はバーバラの瞳のように真紅に輝いていて、その中の炎が揺らめいているようであった。 「邪を弾いて聖を高める効果があるの、きっとユナを守ってくれるわ」 きゅっとそれを握り締めて 「有難うバーバラ、必ず魔王を倒してみせるよ」 「絶対、またここに帰ってきなさいよ!!」 大きい瞳が見つめ合う。 ユナは思い切り頷いて 「うん、絶対!約束だから・・・」 バーバラと指切りを交わした。 レイドック港まで懐かしの馬車で移動した。 と言っても引く馬はファルシオンでは無く、ファルシオン第二世。 ウィルたちと旅を共にした第一世はもう年老いてしまった為、馬車を引くほどの 筋力が失われかけている為であった。 馬車の中でバーバラからもらったネックレスをじっと見る。 彼女のために・・・皆の為に負けるわけにはいかない・・・皆を傷つけるわけにはいかない・・・。 真紅の宝石の奥を見つめて、再び強く心の中に誓いを立てた。 キィン!! 豪華なゲントの船の上で、金属がぶつかり合う嫌な音と声。 両手で剣を構えたハッサンが 「おい!ユナ、もう休め!さっきから、戦いっぱなしじゃないか!」 肩で息をしながらとぎれとぎれにそう言う。 ユナは滴り落ちる汗を手の甲で拭って 「まだまだ・・・だってオレ、戦いからずっと離れてたし・・・ 魔王と戦うためには、昔の感を取り戻しておきたいんだ」 「それはオレたちだって同じ事じゃねーか!」 キィン! 言い終わるか終わらない内にユナは再びハッサンに斬りかかった。 「うわぁっ!」 剣と剣のぶつかりあいに耐えられなくなった巨体が 甲板に倒れこむ。 滴り落ちる汗を拭うこともなく、今度はウィル相手に剣の練習を再開した。 「ユナちゃんってば・・・せっかく三週間レディの修行をしたって言うのに また戻っちゃってるわね」 その光景を見ながら、ミレーユがハァっと息をついて呟いた。 その横でテリーが 「・・・・・・あの方があいつらしいさ」 鋭い瞳に剣を構えているユナを映し出した。 確かに女らしいユナもそれはそれで良かったが がさつで男っぽいユナと過ごした時間の方が長かったテリーには こっちのユナの方が良かったし落ち着いた気分になる。 ドレス着て・・・化粧をしてるあいつと喋ると・・・何だか調子が狂う。 「どうしたの?テリー、顔真っ赤よ?」 「・・・な、何でもない」 夜。甲板で剣を振るユナの姿があった。 止めどなく押し寄せてくる恐怖にうち勝つために 「怖いのか?」 「テリー・・・?」 船に身を寄せて腕組みをする。 銀髪が月の光に照らされて 「お前を見ていると無理しているのが分かる。何かに追いつめられているかのように焦ってるのが分かる」 「テリーにはやっぱり分かっちゃうんだな」 剣を鞘に収めて隣によりかかった。 「ホントはさ、凄く怖いんだ。魔王が怖いって言うのも勿論あるけど・・・一番怖いのは・・・」 自分の服を握り締めて 「こんな気分になるのは初めてなんだ・・・。今までずっと死んでもいいやって思って がむしゃらに戦ってきたけど・・・今は・・・今は絶対に死にたくないって思ってる。 戦いで命を落とすことがこんなに怖いって思うのは初めてで・・・死の世界を考えて こんなに体が震えるのも初めてで・・・・・・」 その場にうずくまる。顔を手で押さえて 「今だって怖くてたまらない。死にたくない、絶対に死にたくないんだ。 もし死んじゃったら、皆と離れちゃうし・・・・テリーとも・・・・・・」 昔の自分をユナに見てしまった。 死を恐れずに戦っていた頃の自分。 「誰だって自分から死にたいなんて言う奴はいないだろ。だから皆戦うんだ」 月の光に照らされている横顔を見る。 ユナの視線に気付くと、安心させるように微笑んでくれた。 「安心しろ、オレは今までずっと戦ってきた。 世界が平和になっても凶暴な魔物や魔獣と戦ったりしてきたから 腕は落ちてない。守ってやる自信はある」 「テリー・・・・・・」 「オレが魔王を倒してやる。だからお前は何もしなくていい。後ろで見ていればいい」 波の音と共に低い声が聞こえてくる。 うん・・・。 波にかき消されそうな小さな声でユナは頷いた。 船旅をして一週間、サンマリーノに到着した。 あの夜、テリーと話した日から焦っていた気持ちが落ち着いて、剣の稽古も ほどほどにするようになった。 しかし、その出来事と入れ替わり立ち替わり、体調が急に悪くなっていたのだ。 そんなユナにいち早く気付いて声をかけてくれたのがミレーユだった。 「ユナちゃん、まだ気分悪いの?」 船から降りると同時に声をかけられる。 「うん・・・まだちょっと体が重いかな・・・」 「本当に・・・皆に言った方が良いんじゃないの?病気かもしれないし・・・」 「いや、ホントにそんな大したことじゃないよ!気分が悪いだけだからさ」 慌てて首を振る。 確かにその通りだった。ただ船酔いのような気分の悪さに風邪を引く前のような体のだるさ。 どちらも気にしなければそんなに大した病状じゃない。 お医者さんに行った方が良いと言うミレーユに大丈夫だと告げて 仲間たちと共に早速グランマーズの館へと馬車で赴いた。 |