● 求婚 ●

 



 ガタガタガタ。
久々の馬車の旅を三日終えた所で、日も傾こうかとしている時刻
山間にぽつんと一軒家が見えてきた。
その家の手前で、一人の老女が待ちかまえたように立っていた。

「いらっしゃい、ゼニス王から大方の事は聞いているよ」

 皆を家の中に迎え入れた。
中には・・・やはりゼニスの姿。赤いマントでは無く、質素な目立たない色のマントに
目立たない色の旅人の服・・・。
ユナは思わず背を向けてしまった。

居間の大きなテーブルに、皆が座る。ゼニスは立ったまま皆を見据えて

「皆さん、本当に長旅ご苦労様でした」

 王冠の乗っていない頭を下げて、テーブルにこの辺りの地図を広げた。
グランマーズの家の場所から、南に下った所に線が引いてある。

「この線をずっと辿って南下した所に・・・問題の悪魔の巣があるらしいのだ。
昔・・・夢見の雫という貴重な水が採掘できた洞窟の、もっと奥底に沈んだ所に
悪魔が眠っているらしい」

「夢見の雫・・・!?ああ、もしかしてあの時の・・・」

 ハッサンはその言葉を聞いて昔を思い出した。
旅立ってすぐの頃、姿の見えなかったウィルとハッサンが現実世界で
精神体を具現化するために使った雫。
わざわざ南の洞窟で魔物と戦って苦戦した苦い記憶が蘇ってきた。

「そうさね、あんたら二人に任せておけば場所も分かるだろうから
道に迷う心配は不要だと思うけど・・・問題は・・・悪魔の方じゃ・・・」

 話を聞いていたのか奥から水晶玉を持ってよぼついた帽子を脱いだグランマーズが出てくる。
白髪を可愛いリボンで留め、暖かそうな毛皮を羽織っている。
どっこいしょとミレーユの横に座って水晶玉をテーブルに置いた。

「今から悪魔の姿を映し出すよ。もの凄い魔力だから映像も悪いしあまり
長くは見られないから・・・よ〜くみとくんだよ」

 皆はテーブルに乗り出す。ユナも、ゴクリと息を飲み込んで目を凝らした。
白く透き通った水晶玉が、グランマーズがうなり出すとどす黒い色に変わっていく。
その色が、まただんだんと透き通った色に変わっていくと・・・景色・・・いや、何か
赤い・・・真っ赤な景色が映し出されて・・・

その色が不気味に動いている・・・リズムを持ってドクンドクンと心臓のように動いていて・・・
再びグランマーズが唸ると、カメラのように映像が遠くなっていく。
随分と視点が引いた所で、その赤い物は、悪魔の体だと言うことに気付いた。

赤く見えていたのは、周りの溶岩の反射のせい。
溶岩が煮えたぎっている中心に、いつ崩れるかもしれない岩のような大きな足場が浮かんでいて
そこに先ほどの赤く見える皮膚を持った悪魔が座っている。

大きな牙に、大きな角・・・大きな体に・・・邪悪な波動・・・。

ドクン・・・・・・。
心臓が恐怖の鼓動を刻んだ。
周りの皆も悪魔の威圧感に無言で息を飲んだ。

パっと映像が消えると、ふーっと額の冷や汗を拭きながらグランマーズは皆の顔を見渡した。

「これが・・・あんたたちが戦う悪魔の姿だよ・・・。どうだい?勝てる自信はあるのかい?」

 まだ固まっているリーダーのウィルを見る。
その瞳にやっと我に返った後

「も、もちろんです!出来る限りの事は・・・やります!!そうだろ?皆!」

 固まっていた皆は振り向いて拳を握ったウィルに、力強く首を縦に振る。

「そ、そうだ!あんな悪魔がどうだって言うんだ!な、なんたって俺達はあの魔王
デスタムーアを倒した英雄だぜ!!」

 何処か無理している顔でハッサンが切り返した。
ミレーユ、チャモロも青い顔で頷く。

ユナは先ほどの映像が頭からこびりついて離れなかった。
煮えたぎる溶岩地帯に今まで感じたことも無いほど邪悪な波動を持つ悪魔・・・。
今まで魔王クラスの敵と対峙した事が無い事もあるかもしれないが・・・
気持ち悪い汗が額から顔を伝って・・・体の震えを押さえることで精一杯だった。

ユナに気付いたミレーユが震えている手に優しく手を添える。

「大丈夫よ、ユナちゃん。きっと私たちが倒してみせるわ・・・
ウィルも、ハッサンも、チャモロも、テリーだって魔王デスタムーアを倒した英雄の
一人なんだから・・・信じましょう。私たちの勝利を・・・・・・」

 きゅっと唇を噛み締めて、神妙に頷いた。

ゼニスは、そんな娘の姿をずっと見ていた。




 夜・・・。
皆が寝静まった頃、家の外に出て星を見ていた。
今日の夜皆で話し合った結果、早速明日の朝ここを出発して・・・
悪魔の洞窟に向かうらしい。

震えが止まらなくて・・・眠れない自分が悔しかった・・・。
こんなに弱い自分が情けなかった・・・・・・。

ハァと本日何度目か分からないため息をついて、満天の星空を見上げていると・・・

「眠れないのか?」

 低い声が聞こえて、はっと振り向いた。

「テリー」

 銀髪の男はユナの隣に来て、空を見上げる。
無言で空を見上げる彼にユナも無言で空を見上げた。

本当に心地良いこの瞬間・・・。
テリーはいつも、オレが眠れない夜にはこうやって側に来て、
こうやって一緒に星空を見上げてくれる。
そんなテリーの心遣いが本当に嬉しくて・・・少し震えがおさまった。

「少しは落ち着いたか?」

 しばらく経って、テリーが尋ねる。

「・・・え・・・?」

 キョトンとして見つめ返したユナに、フイっとそっぽを向いて

「悪魔の姿を見て、また怖がってたんじゃないかと思ってな・・・」

「・・・・・・」

 少し、ユナは俯いてしまった。

「ゴメン・・・心配かけて・・・正直・・・凄く怖かった・・・」

 ミレーユさんから励まされても、皆から励まされても、心の内にある
恐怖は決戦の時が迫る度に膨れあがってて・・・

「でも、テリーが来てくれて、ホント良かった。落ち着いたよ」

 向こうが何か無理に微笑んだ気がしてテリーは息をついた。

「まだ不安そうな顔だな。オレを信じてないのか?」

「そっ、そんな事無いよ!」

 真っ直ぐな瞳を見つめ返すことが出来なかった。そんな事ないけど・・・
正直、不安はまだ心にかなり残ってる。
あの邪悪な悪魔に絶対勝てるなんて保証、何処にも無いんだし・・・。

ユナの不安げな顔を見ながら、テリーは言おうか言うまいかずっと
迷っていた。ユナと再会した時から、ずっといつ言おうかと悩んでいた事を・・・。

「・・・・・・・・・悪魔を倒して・・・全て終わった時に・・・言おうかと思ったんだがな・・・」

「・・・・・・・・・?」

 不安げな顔のまま、テリーを見る。
今度はテリーが恥ずかしそうに顔を背けて

「・・・・・・・・・手を出せ」

「え・・・?」

 何を言ってるのか分からないユナが聞き返す。
手・・・・・・?

「こ・・・こう?」

 右手を差し出した。視線の定まらないテリーの瞳が、やっとユナの瞳を捕らえると
差し出された手の平に、ポケットから取り出した何かを乗せた。
ひんやりする感触に、その物を確かめる。

「何だ?」

 手の平の上の物は、暗くてよく見えなかった。
月の光がやっと二人を照らし出して、青い光が手の平の物体を照らした。
月の光に照らされて、それはキラキラと光っている。

「・・・・・・・・・!?」

 これ・・・最近見た事があるけど・・・もしかして・・・これって・・・

「ユナ」

 それに気を取られていたユナが、ハっとして顔を上げた。
光が、銀髪を照らして・・・肌が青白く光って、アメシストの神秘的な瞳が
自分を映しだしていた。

「結婚しよう」

 大きな流れ星が、夜空を横切った。

「・・・・・・・・・・・・迷惑なら、断っても構わない。
ただ、オレの気持ちをお前に伝えたかっただけで・・・」

 ずっと無言のユナに不安になったのか付け加えてしまう。
恥ずかしさで、顔を見ることが出来ずにいたが、地面にボロボロと何かが落ちていく気配で顔を上げた。

「迷惑・・・だなん・・・て・・・・・・・」

 ブンブンと頭を振る。涙が止めどなく彼女の大きな瞳に溢れ出し、カタチの良い輪郭を
辿って地面に落ちる。

「何・・・言って・・・だ・・・よ・・・オレの気持ち、知って・・・・・・」

 久々に滝のように流れ落ちる涙に、言葉が詰まる。
言いたい事が沢山あるのに・・・思考が鈍ってて、涙が喉を遮って
ただ何も言えずに泣く事しか出来なかった。

嬉し涙でこんなに泣くことはもう一生無いかもしれない。
目の前で困っているテリーを見て、また感動と涙が襲ってくる。
言葉で伝えられない分、きゅっとテリーの服を左手で掴んで、愛しい人の胸へ倒れ込んだ。
右手の指輪の感触を確かめて、嬉しさで打ち震えてしまった。

「バーバラが持っているような高価な指輪は買えないが・・・これで我慢してくれるか?」

 ブンブンと胸の中で頭を縦に振る。
そんな彼女を、優しく抱き締めた。小さな肩が震えているのが分かる。
しばらく経った後、ようやく落ち着いたユナが、真っ赤な瞳のまま顔を上げる。

「テリー・・・」

 今にも泣きそうな声と瞳。

「ありがと・・・すごく・・・すっごく嬉しいよ・・・・・・!」

 再び涙が、頬を伝った。
テリーはその涙をそっと手で拭った後、出会って何度目なのか分からない口付けをした。




「娘が他の男に取られる様を見るって言うのは・・・父親としてどういう気分なんだい?」

 草場の影から二人を見守っていた老人に、グランマーズが声をかけた。
老人は、二人に背を向けて、家へと戻る。

「あの子は、わしを父親としては認めていない。それより・・・あの子が
テリー君と出会って、幸せになってくれて・・・本当に良かった・・・・・・」

「それは悪魔を倒したときに言う台詞だよ。・・・・・・正直の所、どうなんだい?
勝算はあるのかい?」

 戻っていく寂しげな背中に再び問いかけた。老人はこちらを振り向かずに

「正直な所・・・ユナたちにかなり歩が悪い・・・。
しかし、これ以上あの悪魔の成長を野放しにしておけば、もうあの悪魔は倒せない・・・」

「・・・戦いの感が鈍っていても、レベルが足りなくても・・・今やるしか無いって事かい・・・」

 小さく頷くと、家の中へ入っていった。
グランマーズは抱き合っている二人に目をやる。
昔、神の城で初めてユナと出会ったとき、違う未来を見せた時の事を思い出した。

あの時、テリーがユナに出会っていなければ・・・旅先で出会った街娘と幸せに暮らしていた。

ユナとテリーの幸せそうな顔を見て、グランマーズはこれが
本当に間違った未来なのか分からなくなってしまっていた。

「結局・・・間違った未来なんて・・・本当は無いのかもしれないね・・・」




 窓から、気持ちのいい朝日が差し込む。
今日は昨日と同じように晴天に見舞われていた。
爽やかな気分で朝を迎える事が出来て、上機嫌でカーテンを思い切り開ける。
昨日の夜から、眠るときも肌身離さず身につけていた指輪に朝日を照らして
夢でないことを知るとニヤニヤと顔が緩んでくる。

銀の指輪に、青い宝石が埋め込まれている。
確かに、バーバラが持っているような大きな赤い宝石が付いている指輪では無くて
確かに余り高価そうではないが、ユナはいたくこの指輪を気に入っていた。

指輪の内側を見てみたり、下から見てみたり、目を近付けたりして観察する。
テリーが店先で悩みながらこの指輪を選んでいる場面を想像して、再び嬉しさで笑みが
零れてくる。

「朝から何やってるの、ユナちゃん」

 聞こえてくる声に慌てて振り向いた。エプロン姿のミレーユが不審な顔でこっちを見ている。

「もうすぐ朝食出来るから、用意して下に下りてきてね」

「うん、分かった」

 それだけ告げて去っていくミレーユ。それを見届けて再び指輪を見た後、
それを大事そうに道具袋に入れて身支度をした。




 昨日と同じ大きなテーブルに皆がついて、朝食を囲む。
ゼニスの姿は無かった。恐らくもう、天界へ帰ってしまったのだろう。
しかし、今のユナにはそんな事は全く考えられなかった。
ニコニコしながら朝食を食べるユナに

「・・・どうしたんだユナ、今朝は機嫌がいいな」

 真向かいに座っていたウィルが問う。

「そうかな、そんな事ないけど・・・・・・」

 ニコニコしながら答えるユナに、ニヤニヤしながらハッサンが口を挟む。

「そりゃ機嫌がいいに決まってるよなー、ユーナー」

「・・・・・・どういう事ですか?ハッサンさん」

 そのいい方に皆が疑問を抱いた。
ハッサンは椅子に座り直して、隣のテリーの肩に手を回した。

「昨日用を足しに外に出てた時偶然見ちまったんだけどよぉ〜、なぁ、テリー?」

「・・・・・・」

 テリーは無言でいる。

「だから、どういう事なの?ハッサン」

 ミレーユの問いにニっと笑った後

「テリーにプロポーズされたんだろ〜ユナ〜〜」

 飲んでいた水が変な所に入って思わずゲホゲホとむせる。
驚いた顔でハッサンを見ると、自慢げに腕組みをして

「いやぁ、オレも聞いた時はびびったよ。まさかプロポーズとはね」

「盗み聞きしてたのかよ!?酷いじゃないか!」

 慌ててユナが言い返すが周りの皆の興味は既に二人に注がれっぱなしだった。

「ほ、本当なの!?ユナちゃん!」

「へぇー結婚ですかー、おめでとうございます!」

「テリーも・・・やるなぁ、なんて言ってプロポーズしたんだよ!」

 捲し立てる三人にユナは赤面して

「もっ!もう良いじゃないかよそんな事は・・・!そ、それより今日から洞窟に
向かって出発するんだろ!早くご飯食べて行こうよ!」

「自分が一番忘れてたくせに・・・」

 ハッサンの言葉にう・・・と口ごもる。ミレーユはそんなユナに助け船を出した。

「そうね、この事は、悪魔を倒してからじっくりと聞こうかしらね」

 いや、助け船かどうかは分からなかった。
弟の方を向いて軽く片目を伏せて、また朝食を食べだした。




「もう、ハッサンってば・・・相変わらず盗み聞きするの得意なんだから・・・」

 部屋に戻って荷物の最終チェックの時に
テリーの部屋に来ていたユナが愚痴を零していた。

「まぁ・・・ばれてしまった物は仕方がない。適当にはぐらかせておけばいいさ」

「・・・で、出来るかなぁ・・・はぐらかすなんて・・・」

 何かますますからかわれる羽目にならないかなぁ・・・。
頬杖をついたユナの手の平をみて

「・・・指輪・・・していないのか?」

「え?」

 思わず聞いてしまった。聞いてしまった後で何だか恥ずかしくなって顔を背ける。

「ああ、だって・・・無くしちゃったら怖いし・・・戦闘で無くなっちゃったりしたら嫌だもん。
だから・・・」

 鞄からなにやらゴソゴソと道具袋を取り出した。

「この家に置いておこうと思ってさ」

 テーブルの上に袋を置いた。

「馬車の中じゃダメなのか?」

「うーん・・・それもちょっと怖いかな、もし、何かの弾みで落ちちゃったりしたら探すの大変だしさ。
ここに置いてた方が安全かなって思って」

 大切そうに道具袋の中を見て再びニコニコしている。
テリーは身支度を大方終えた所ですっと立ち上がった。

「そんなに、高い物じゃないからあまり心配し過ぎるな。無くせばまた買ってやるから」

「ダ、ダメだよそんなの」

 道具袋をテーブルの上に置いて立ち上がった。

「コレは、オレにとって命の次に大切な物なんだから・・・絶対なくせないよ!」

 そこまで大切に思ってくれるユナに、胸が詰まった。
男の欲望を慌てて抑え付けて、部屋から出る。
ユナも一緒に部屋から出た。

レイドックに滞在しているときに、ちょうど店先であの指輪を見つけて
いつかプロポーズする時の為に買って置いた。
自分のプレゼントした物がこんなに大切にされるのは本当に気分が良くて・・・
テリーもユナと同じように顔がほころぶ。

「おーい!ユナにテリー!出発するぞー!」

 仲間が呼ぶ声が聞こえる。
隣で自分を急かす恋人の声も聞こえる。
テリーは心に誓った。

必ず魔王を倒して、必ず、生きて帰ると・・・・・・。







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