● 悪魔 ●

 



 馬車は足場の悪い山道をどんどん進んだ。
地図で確認すると、この調子で行けば明日の夕方には目的の洞窟に着くらしい。
幌の中で、ガタガタと地面が揺れるのを感じながら、再び少しずつ恐怖が浸食していることに
気付いた。

出来れば、もっとゆっくり進んで、出来れば、洞窟に着かないで欲しいとさえ思った。
何だか、本当に今までにないくらい勝てる自信が無くて、もうテリーと会えないような気分になる。
隣に座っているテリーをじっと見た。
テリーは不安げな瞳に気付くと、いつも優しく微笑んでくれて、心配ない、守ってやるって
言ってくれて・・・・・・。

凄く優しくて、居心地が良くて、だからこそこの場所を失いたくなくて、不安で・・・・・・。
ユナの想い虚しく馬車は予定よりも早く洞窟についてしまった。

「ユナ、大丈夫か?ここに残っていた方が良いんじゃないのか?」

「大丈夫、オレも一緒に行くよ。だって、オレのために皆戦ってくれるのに・・・オレだけ馬車に残るなんて
そんな事出来ないよ」

 リーダーウィルの気遣いに首を振った。
それに・・・ちらっとテリーを見る。
一分、一秒でも長く・・・テリーと一緒にいたいし・・・。




 洞窟の中は案外明るかった。
所々から太陽の光が差し込んで、洞窟の中に生い茂った緑も高ぶった心を落ち着かせる。
しかし、どんどん階段を下りて、どんどん地中に潜っていくたびに
嫌な空気や嫌な匂い、邪悪なオーラが襲ってくる。
それは確かにグランマーズの家で見せられた邪悪な波動と同じだった。

ここに・・・悪魔がいる・・・・・・。

おぞましい体に、鋭い牙に角、破壊の為に生まれてきた生物を根絶やしにするために生まれてきた
悪魔・・・・・・。
洞窟内の気温が上がっていく。たまに熱い突風が吹き抜ける事がある。

無言で皆が歩くと・・・ついに、体が痺れるほどの魔力を感じた。
歩いている道のもっと奥に、赤く光る空洞が見える。
たまらなく熱い突風も、たまらなく邪悪なオーラもそこから感じた。
悪魔が・・・いる・・・。

皆はそれぞれの剣を身構えて、空洞に近付いた。

ゴポゴポと溶岩が煮えたぎる。
道は、その溶岩の真ん中へと続いていた。
その中心には・・・・・・・・・

「・・・・・・・・・っ!!」

 昨日、見た悪魔がうずくまっていた。

怖い・・・・・・・・!
本能的に足が竦んだ。

 真っ赤な体も全てを破壊する牙も、邪悪な波動も、強い魔力も・・・
何もかもが怖い・・・・・・!

「あ・・・あれが問題の悪魔か・・・皆・・・準備は良いか・・・?
眠っている隙をついて、一斉に斬りかかるぞ・・・・・・」

 ウィルの言葉に、皆が頷く。
ユナも恐怖を何とか振り払って、震える手で剣を身構えた。

「よし・・・・・・」

 息をごくりと飲む。

「今だっ!!」

 ウィルの叫び声と共に一斉に斬りかかった。
チャモロ、ミレーユが
ウィル、ハッサン、ユナ、テリーにバイキルトをかける。

キィンッ!!
鈍い音がして、それから4人が地面に着地する音。

それから、地面が揺れる音。

「うわぁぁっ!なっなんだぁ!?」

「あ・・・悪魔が・・・・・・!」

「・・・・・・・・・っ!!」

 三つのおぞましい目が開いた。
その目は、体の色と同じ真っ赤に染まっている。
目が合ってしまったハッサンが腰を抜かしてしまった。

「う・・・うわあああ・・・」

『ヒィ・・・フゥ・・・・・・』

 悪魔は、地面を揺らしながらゆっくりと立ち上がった。

『グアアアアア!!』

 咆哮が洞窟内を揺らして、今にも崩れそうだ。
まだ完全に体が出来ていないのか、悪魔はドロドロに溶けている皮膚を
引きずって、着地した4人にゆっくりと向かってくる。
今まで感じたことのない汚臭に頭がクラクラする。

「マヒャド!!」

 悪魔に気圧されて身動きの取れなかった四人に変わり
間髪入れずミレーユが凍系最大の攻撃呪文を浴びせる。

悪魔の足下が凍る。一瞬動きが止まったかに思えたが
再び咆哮すると氷は一瞬にして溶け去った。
熱い突風と悪魔が放つ膨大な魔力に肌がじりじりと焼ける。
これ以上この場所にいれば、何もしなくたって体力が削られて・・・死を待つだけだ・・・。

「バギクロス!!」

 今度はチャモロが真空系最大の呪文を放った。
真空の刃が悪魔の体を切り裂く。
しかし、周りのドロドロの皮膚がそぎ取られていくだけで、本体の悪魔には全然効いていない。

「これならどうだ!!」

 テリーが勇敢にも見るもおぞましい悪魔に斬りかかった。
後ろに回り込み、尻尾を切り落とす。

『ギィエェェ!!』

 流石にそれは効いたのか体をじたばたさせて天に向かって咆哮した。

「テリー大丈夫か!?」

「ああ、オレは大丈夫だ・・・だが・・・」

 テリー愛用の雷鳴の剣が錆びて見る影も無くなっていた。
悪魔の呪われた血のせいなのだろうか、刃はみるみる内に錆びて
刀身までもヒビが入っていく。

「これじゃ、戦えないよ!ここはオレたちに任せてミレーユさんの所へ・・・」

『ギァアアアア!!』

 はっと振り向いた。
大きな口を大きく開けて、周りの物を吸い込むのもお構いなしに大きく息を吸い込んでいる。
攻撃が・・・来る・・・!

「早く!ミレーユさんの所に・・・!!」

 再び悪魔が大きな口を開いた後、口から何か液のような物を飛ばした。

『カァッ!!』

「うわぁっ!」

 攻撃まで時間があると読んでいたハッサンがフイを突かれて
腰を抜かす。慌てて持っていた盾でガードした。

盾が、先ほどの雷鳴の剣と同じように錆びて、ボロボロと崩れ落ちた。

「うわぁっ!なんだコレ!!」

『カァッ!カァッ!!』

 間髪入れず悪魔は第二撃、第三撃を飛ばした。
第二撃、第三撃を何とかかわしたウィルであったがそれが中央の足場
付近に命中して、ガラガラと岩が崩れていった。

「キャアッ!!」

 慌ててミレーユ、チャモロがその場を離れる。
魔法の得意なミレーユ、チャモロと戦士の四人は完全に離れてしまった。

「な・・・なんて事・・・これじゃ、回復出来ないわ!」

「あ・・・悪魔め・・・!」

 足場の下は煮えたぎる溶岩。中央で戦っている場所までは
軽く10メートルはある。飛び越せる距離じゃない。

「ちきしょう!!」

 憤りに身を任せてハッサンが斬りかかる。

「ウワァッ!!」

 ハッサンが斬りかかるより早く悪魔がハエをたたき落とすかのように
ハッサンの巨体を右手ではたく。

 悪魔の皮膚に触れたハッサンの左腕は真っ赤に焼け、その後から真っ黒に爛れていく。

「ハッサン!」

 ユナが駆け寄って慌てて回復呪文を唱えた。
しかし、ユナの魔力では悪魔のチカラに勝てそうもない。
ウィルも駆け寄ろうとするが悪魔の第四撃が命中してしまった。

「ウワアアアッ!!」

 その攻撃をモロに受けたウィルは地面に倒れのたうち回った。
右肩から胸にかけて、皮膚が黒く炎症している。

「ウィルっ!!」

 今度は慌ててウィルに駆け寄って回復呪文を唱えるが
やはり、ユナのホイミでは炎症をくい止める事で精一杯で・・・
傷を癒すことが出来ない。
苦しむウィルとハッサンを前にどうする事も出来なかった。

「何をやってる!剣を貸せ!」

 ユナに向かって放たれた悪魔の攻撃をテリーが間一髪で
盾で防いだ。ハッサンの時と同じように名のある盾が見る見るうちに
黒く錆びていく。
ここまでの相手だったなんて・・・・・・。

テリーはぎりっと唇を噛み締めてユナ愛用の光の剣を手に取った。
初めて使う剣だったが、細身で扱いやすい刀身にすぐ手に馴染む。

「マヒャド!!」

「バギクロス!!」

 遠くから二人の攻撃呪文が悪魔を襲う。
それに気を取られていた悪魔に向かって、テリーは思い切り飛んだ。

『グアアアアアッ!!』

 真っ赤に燃える第三の瞳に光の剣が突き刺される。

『グアアアアアッ!!グアアアアアッ!!』

 もがき苦しんで剣を突き刺しているテリーを振り払おうとするが
必死に剣と悪魔に食い下がる。

「離すものか・・・!貴様が倒れるまでは・・・・・・!」

 悪魔の口から、第五撃が飛んできた。
フイを突かれたテリーはそれを避けきれずに左足に命中する。

「テリー!!」

 左足はウィル、ハッサンと同じようにみるみるうちに服が溶け出し
足が黒く変色する。

「は・・・離さない・・・絶対に・・・・・・!!」

 気絶しそうなほどの痛みが襲うが、強い意志がテリーの体を支える。
こいつを倒して・・・生きて・・・生きて帰るんだ・・・・・・。

「もうやめて・・・・・・!お願いっ!!テリー!!!」

 目から、何故か涙が溢れた。
苦しんでいるハッサンにウィル・・・テリー・・・。
このままじゃ・・・皆死んじゃうよ・・・オレの為に・・・オレなんかの為に・・・・・・!

「ぐ・・・あぁっ!!」

「・・・ぐ・・・っ!!」

 苦しむ声が聞こえてくる。
全滅する・・・皆死んじゃう・・・・・・っ!!

汗が、額を伝った。

死ぬのは嫌だ・・・
皆と離れるのも・・・テリーと離れるのも嫌だ・・・。

だけど・・・
皆が死ぬ姿を見る方がもっと嫌だ・・・!
バーバラとミレーユの悲しむ顔を見るのも・・・!
テリーの死ぬ姿なんて・・・!!

『グアアアアアッ!!』

「・・・・・・!!」

 歯を食いしばって悪魔の攻撃に耐えるテリー。
絶対・・・死んだって見たくない・・・・・・!!

「皆を・・・皆を死なせやしないよ・・・・・・!!」

 小さくユナの唇が動いた。胸の前で印を結んだ瞬間
白い光が体から放出され、辺りを包む。

眩い聖なる光は仲間たちを包み込んで、邪悪な悪魔を飲み込んでいった。








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