● 滅びの呪文 ●
「滅びの呪文・・・・・・?」 天窓から差し込む光に照らされて、天空にある図書館の一角で本を読んでいた。 精霊ルビス伝説第10記をひらいてすぐ、その不吉な文字が目に飛び込む。 精霊ルビス伝説にはこう記されてあった。 滅びの呪文・・・・・・。 特別な資質を持つ者のみが使うことを許されるという呪文。 精霊ルビスが創造神から与えられたとされる呪文。 何もかもを破壊してしまう、恐ろしい威力を持つとされる呪文。 後にも先にもルビスがこの呪文を使ったと言う説は残されていない、 精霊ルビスさえも使うのをためらったなんてよほど恐ろしい呪文なのか・・・。 妙にその呪文について気になったユナはそれ関連の本を探してみた。 魔法の印が沢山記されてある表紙の本を捲る、最後の方に探していた呪文が記されていた。 「何を読んでおられるのですかな?ユナ様」 「グリークさん」 後ろから両手に沢山の本を抱えてきた老人が読んでいた本をのぞき込む。 「滅びの・・・呪文・・・?」 慌ててユナは本を閉じてしまった。 グリークは怪訝な顔で 「そうか・・・古の呪文のページを・・・処分するのを忘れておったか・・・」 「いいですかな、ユナ様、滅びの呪文とは恐ろしい呪文です。 最大限の魔力を必要として・・・呪文が欲する魔力を持たない術者はその生命エネルギーを 呪文から奪われる・・・と言う恐ろしい呪文・・・。あまりに強大な威力の為に それ関係の本は封印したと思ってたが・・・」 ユナが持っていた本を後ろから取る。 「これは私の方で処分させておきます!ユナ様、良いですね。この呪文の事は今後一切 口にしてはなりませんぞ」 その本だけを持って図書館の奥に消えていった。 珍しく厳しい口調のグリークにますますその呪文の事が気になった。 先ほど目に焼き付けたページを部屋に戻って紙に書き写した。 印の結び方、詠唱文、何故か全部覚えている。 滅びの呪文・・・使うことは、後にも先にも無いと思っていたけど・・・。 白い炎が目の前を真っ白にさせる。 体中のチカラが抜けていく中、昔の事が思い出される。 術者の魔力が呪文を使うに見合わない場合、足りない分術者の生命エネルギーから 削られる。 もし、魔力がそれでも足りなかった場合は命さえ奪われる・・・。 滅びの呪文・・・決して生涯口にする事のないと思っていた呪文。 マダンテ 『グアアアアアッ!!』 今まで皆を苦しめた悪魔の断末魔が聞こえた。 白い炎と一緒に悪魔の姿も消えていく。 剣を突き刺していたテリーが地面に倒れ込んだ。 白い光がみえたかと思うと、断末魔が聞こえて、悪魔の姿は完全に消え去っていた。 周りの煮えたぎった溶岩も消え去って、今まで戦っていたことが夢のようで・・・・・・。 ドサッと何かが倒れる音に、ハっと我に返って振り向いた。 「ユナッ!!」 青白い顔で地面に横たわっている彼女の体を必死に揺り起こした。 体は冷たく、ピクリとも動こうとしない。 「ユナ!!ユナ!!」 嫌な予感がテリーの心を飲み込んでいく。 「ユナ!!おい!!ユナ!!しっかりしろ!!」 ブンブンと体を揺さぶる。 昔、同じような光景を思い出して、恐怖で体がガクガク震える。 まさか・・・・・・ユナ・・・・・・ 「・・・・・・・・・ん・・・」 薄い栗色の瞳が、テリーを捕らえた。 「ユナ・・・・・・」 安堵して、思わず腰が抜ける。 ドクンドクン、と体中の血がもの凄い早さで駆けめぐっていた。 良かった・・・・・・。 戻りかけている彼女の体温を確かめて、心底胸を撫で下ろした。 良かった・・・・・・生きている・・・・・・。 「大丈夫!!皆!!」 ミレーユ、チャモロが溶岩が消え去った事から駆けつけてきてくれた。 「悪魔を・・・倒したの・・・!?気配も、魔力も何も感じないけど・・・」 気絶しているハッサンとウィルの回復をしながらミレーユは二人に問いかけた。 チャモロもテリーの傷を治しながら不思議な瞳で見る。 「オレにも、分からない・・・ただ、白い光が見えたと思ったら・・・一瞬にして 悪魔は消え去っていて・・・」 そうだ、ユナから白い光が噴出されたように見えて・・・ それから、もの凄い魔力を感じてそれが消えたかと思うと悪魔もいなくなっていて・・・。 テリーの回復を終えたチャモロが今度はユナに回復呪文をかけた。 ホイミの優しい光が彼女を照らすと・・・何事も無かったかのようにむくりと起きあがる。 「ユナちゃん!」 「ミレーユさん・・・そうか・・・オレ、助かって・・・・・・」 「助かって・・・とはどういう事だ?お前が何かしたのか?」 再びユナの肩を掴んで問いただした。ユナは頭をブンブン振って 「うん・・・昔、天界でみつけた呪文を唱えてみたんだ」 「呪文・・・・・・?」 滅びの呪文・・・と言いかけてはっとする。 「う、うん。強力な呪文を教えてもらって・・・無我夢中で唱えてみたんだ。 ・・・何とか倒せたみたいで・・・本当に良かった・・・・・・」 周りを見回して答える。そして、最後にテリーと視線を合わせて・・・。 良かった・・・生きてる・・・ウィルも、ハッサンも、ミレーユも、チャモロも・・・・・・。 「お前・・・あんまり無茶な事はするな・・・心配かけるな・・・」 俯いて歯を食いしばるテリーに 「大丈夫だよ、ほら、元気じゃないか。それに・・・その呪文を使わなかったら もしかしたらやられちゃったかもしれないし・・・」 大丈夫だよと自分の胸を叩く。 テリーはよほど心配なのか掴んだ肩を離せずに ずっとユナの体温を確かめていた。 滅びの呪文・・・・・・。 確かに術者の魔力が呪文のレベルに見合わなかったら命さえ奪われかねない呪文。 自分の手の平を見つめる。 だけど・・・だけどオレは生きてる・・・。 きっと、呪文のレベルに見合うだけの魔力を持ってたんだ・・・。 そのおかげで、悪魔を倒せた。誰も傷つけずにすんだ。 「良かった・・・・・・」 心配そうなテリーをよそに、ふっと微笑む。 「良かった・・・・・・」 今度はテリーと目を合わせて微笑んだ。 向こうも、ハァっと安堵の息を漏らしてやっと微笑んでくれた。 そんな二人を見届けて、回復したウィルとハッサン、チャモロとミレーユはふふっと 幸せそうに笑った。 「帰りましょう、皆!そしてゼニス王に、おばあちゃんに報告しましょう! 皆無事だって!悪魔を倒したって・・・!」 ガタガタガタ。 来た道を再び馬車が通った。 同じ道だが、行きと帰りではユナの心境は大きく変わっていた。 「それにしても・・・本当に強い魔物だったよなぁー!もう戦いたくないぜ!」 夜、皆で火を囲みながら悪魔との戦いの事を思い出して語り合っていた。 「本当に、良く倒せたと思うよ。と言っても・・・オレは何もやってないけどね」 肩をすくめるウィルにハッサンも 「ハハ、それを言うならオレだって同じ事じゃねーか。考え方だよ考え方!なぁ??」 保存食を口に頬張ってミレーユに同意を求める。 「もう、行儀が悪いわよ、ハッサン。それに・・・悪魔を倒せたのは・・・ユナちゃんの 呪文のおかげなんでしょ?」 ハッサンと同じように保存食を頬張っていたユナが、謙遜しているのか 首をブンブンふる。 「おいおい、やっぱりユナの呪文で倒したのか?スッゲェなぁ一体お前何やったんだ?」 「な、何もやってないよ!ただ、天界で教えて貰った呪文を唱えてみただけで・・・」 ミレーユさんに怒られないように口の中の物を胃に押し込んで否定した。 教えて貰ったと言うか・・・勝手に覚えたというか・・・。 「本当に大功労者だな」 水で喉を潤して、ウィルもユナの健闘を称える。 ユナもコップに注がれた水で喉を潤す。 あまり、呪文の事は考えたくなかった。 天界でグリークさんから「この呪文の事は忘れろ」ときつくお灸を据えられた事が頭を過ぎる。 そんな呪文を使ってしまった事に、罪悪感が湧いてくるから。 「・・・・・・・・・」 神妙な顔で一点を見つめるユナにミレーユがパンと両手を叩いて 「そうだ!帰ったら、ユナちゃんの為にウェディングドレスを新調しなきゃね」 いきなりの発言に、ふっと飲んでいた水を吹き出してしまう。 「な、な、何言ってるんですか!そんな・・・悪魔を倒したばっかりで・・・」 慌てて口の周りをゴシゴシ拭いて、赤面して手を振る。 「プロポーズされたんだから当然の成り行きだろーが!それにしてもミレーユが バーバラのブーケを受け取ったって言うのに・・・先越されちまったよなぁ」 テリーの肩に手を回してハッサンがニっと笑う。 「これからは私の妹になるわけなんだから・・・」 「そ、そんな妹だなんて・・・・・・!」 「そうそう、いつかオレとミレーユが一緒になったらオレとも義兄弟に なるんだよなぁ」 勢いに乗ってハッサンまでもがミレーユに便乗した。 兄さん・・・ハ・・・ハッサンが・・・・。 近い将来の自分の姿を想像して、胸の奥がむず痒くなった。 「ユナさんのウェディングドレス姿・・・綺麗でしょうねー今から楽しみです」 チャモロが眼鏡を光らせる。 「バーバラに言ったらすぐにでも式をあげるって言って聞かなそうだな。 ユナ、覚悟しとけよ」 「もうっ!ウィルまで!!」 赤面してテリーの方を見ると、向こうは仕方なさそうに笑った。 その優しい微笑みにどきんと胸がなって、胸が詰まった。 本当に・・・オレなんかで良いんだよな・・・。本当に、一緒に居てもいいんだよね・・・。 気を抜くと幸せな想いが涙となって溢れてきそうな自分を、心底幸せ者だと感じてしまった。 「ユナ、どうした?」 朝、馬車が出発してから昼の休憩時。 幌の中でくたっと寄りかかっているユナに、心配になって声をかけてしまった。 皆は外の空気を吸っていたり、パトリシアに草を食べさせに行ったりでここには居ない。 「うーん・・・昨日は夜遅くまで皆と話してただろ、だから・・・何だか眠くってさ・・・」 ふわぁと背伸びをして再び幌に寄りかかる。 テリーもフっと笑って隣に腰掛けた。 「なぁ、テリー?」 「・・・何だ?」 しばらく経って、ユナが問いかけた。 少し言いにくそうにしながら 「テリーのフルネームってなんて言うんだ?」 「・・・・・・?」 フルネーム・・・?? 怪訝に見つめてくるテリーに赤面して手を振る。 「だ、だって、結婚するとしたら・・・オ、オレはテリーと同じ名前になるわけだろ・・・?」 目線を逸らして、恥ずかしそうに言った。 ・・・・・・聞かなきゃ良かったかな・・・・・・。 「レグナス」 ハっと顔を上げて、隣を見た。 「テリー・レグナスだ」 「レグナス?へー!格好いい!じゃあ、オレはユナ・ゼニスじゃなくって ユナ・レグナスになるんだ」 嬉しそうに白い歯を見せる。 「今、思ったんだけど・・・ホント・・・出会ってもう4,5年経つのに・・・ テリーの名前、初めて知ったよ」 「まぁ・・・レグナスという名前は、家を出てから捨てたんだが。 結婚するなら、無いと不便だからな・・・」 結婚・・・。 テリーの口からその単語が出るたびにドキドキしてしまう。 ユナの左手にそっと自分の手を置いた。 それに気付いたのかユナの体温が上昇している。顔はもう真っ赤になって 「この・・・・・・旅が終わったらさ・・・」 「・・・・・・?」 「何処かに、二人で住まないか?」 こちらを向いて、少し照れた相変わらずの笑顔。 「夢だったんだよ・・・そういうの・・・」 頭を掻いて、目線を再び真正面に向けて 「何処に住むかとかは考えてないんだけど・・・赤い屋根の小さな家に住んでさ、 その家は・・・ふふ、ハッサンから建ててもらっちゃったりして・・・畑なんか耕したりして・・・・・・ 料理とかも毎日作ったりしてさ、テリーが帰ってきたらお帰りなさいって出迎えて・・・ 魔物と戦って、常に危険と隣り合わせの旅なんかじゃなくって・・・ 平凡だけど幸せで・・・毎日ずっと一緒にいられて・・・・・・ たまにウィルとか、バーバラとか、ハッサンとかチャモロとか・・・ミレーユさんとか 遊びに来てくれて・・・・・・本当に楽しそう・・・何だか・・・夢みたいだ・・・・・・・・・」 「・・・・・・夢なんかじゃないさ・・・・・・」 ユナにもそして自分にも言い聞かせる言葉。 夢じゃないんだ。これは・・・近い将来の現実だから・・・。 「・・・・・・・・・」 ユナの声が途絶えた。と、ユナの頭が自分の肩に寄りかかってくる。 それとともに健やかな寝息も。 「フ・・・話している途中で眠ったのか・・・よほど疲れてたんだろうな・・・」 誰に問いかけるワケでもなく、テリーは呟いた。 肩にもたれ掛かって眠るユナの体温と寝息を感じながら目を伏せる。 外から差し込む気持ちのいい太陽の光を浴びて、暖かい空気に触れて、隣には最愛の恋人、 テリーは今までで最高に幸せな気分だった。 |