● 結末 ●

 



「おばあちゃーん!」

 家の前でグランマーズとゼニスが待ちかまえていた。
日が傾きかけている。
ミレーユはグランマーズの姿を見つけた途端走り出して、自分よりかなり小柄なグランマーズに
抱きついた。

「良くやった、良くやったね!悪魔を倒したんだろう?」

 その言葉に、ミレーユは大きく頷いた。

「ウィルも、ハッサンも・・・チャモロもご苦労だったね」

 馬車から出てくる三人に労いの言葉をかけた。
そして、馬車の中から出てくるテリーに目をやる。

「テリー・・・良くやったねあんたも・・・・・・」

 テリーの背中の人影に目を奪われた。

「ユナ・・・?どうしたんだい?何かあったのかい?」

 心配げなグランマーズに

「何でもない、疲れて眠っているだけだ」

 それだけを言うと、目の前にグランマーズより大きな人影がある事に
気付いた。いつかみた真っ赤なマントに王冠・・・・・・。

「25年後に現れるはずの悪魔を倒したぜ。これで、もう文句は無いんだろ?」

 真っ直ぐに睨んで言う。老人は深く頷いて

「ああ、本当に良くやった」

 労いの言葉に何も返さずに横を過ぎる。

「テリー君」

 呼び止めるゼニスに、振り返らずに足だけを止める。
掛ける言葉を忘れたのかしばらく経った後、しわがれた声が聞こえてきた。

「ユナを・・・どうか幸せにしてやってくれ・・・」

「・・・・・・・・・お前に言われなくたって・・・そうするつもりだ」

 それだけを言ってユナを背に担いだまま家の中へ入っていく。
皆はそんなゼニスとテリーのやり取りを痛々しい瞳で見守っていた。



キィ・・・ユナを起こさないように用心深く部屋のドアを開けて中に入った。
窓から夕暮れ時の黄金色の光が差し込んでいて入ってきたテリーを照らす。

再びドアを閉めた後、ベッドにユナを寝せた。

その寝顔を見て、気持ちが緩む。
ずるずるとその場に崩れ落ちて、ベッドに寄りかかった。
座った目の高さと同じテーブルに、出発前にここに置いていた道具袋。
それを取って、中を取り出すと・・・ユナにプレゼントした銀の指輪・・・・・・・・・。

夕暮れの光を浴びてオレンジに光っている。
それを右手できゅっと握り締めて、天井を見上げた。

レイドックに帰って・・・それから、式を挙げて・・・しばらく二人で旅して・・・
落ち着いたら何処かの小さな町に家を持って・・・・・・。

『赤い屋根の小さな家に住んでさ、その家はハッサンから建ててもらっちゃったりして・・・
畑なんか耕したりして・・・・・・料理とかも毎日作ったりして・・・テリーが帰ってきたらお帰りなさいって出迎えて・・・』

 ユナの照れた笑顔が頭に浮かんで、また顔をほころばせる。

「ああ」

 ウェディング姿の恋人の幻影が一瞬、目に浮かんだ。

「必ず 幸せにするさ」




「グリーク、悪かったな下界に呼び出して・・・
お前に、悪魔を倒してしまってからの時代の変化をしらべてもらおうと思ってな・・・」」

 老人二人がテーブルを囲んで話している。
赤いマントを羽織った貫禄のある老人の隣には
黒いローブを身に纏った魔法使いのような老人。
かけていた眼鏡をローブの内ポケットに直して

「いやいや、わしは一向に構いはしませんよ。・・・それにしても、
驚きですなぁ。まさか・・・あの呪いの塊のような相手を倒してしまうなんて・・・」

 グランマーズから勧められたお茶に頭を下げる。熱いカップに手を掛けて
少しだけ口に含むと、ハァっと熱い息をはいてテーブルに戻した。

「所で・・・ユナ様は今どうされておるのですか?悪魔との戦いで怪我はされてはおりませんか?」

 ゼニスの方を向いて問う。

「ああ、怪我もなく、無事に帰ってきとるよ。今は二階の部屋で休んでるじゃろう」

「そうですか」

 ゼニスがカップを受け皿に戻した所で、再び今度は神妙な顔で問う。

「ゼニス王よ・・・貴方は、一体どうなさるおつもりなのです?天空の姫であるユナ様と
その恋人テリー君の事を本当に認めるおつもりなのですか?」

 少し考えてゼニスは静かに、そして深く頷いた。

「命を賭けて神に懇願するつもりだ。あの二人の恋を・・・許して欲しいとな・・・」

 ミレーユの言った通り神の座を追われても、道に背くことになろうとも・・・。
グリークはゼニスの心中を察したのか何も言わずに再び茶を啜った。




「テリー、ユナちゃんの調子はどう?」

 コンコンとノックした後、ミレーユが言葉とともに顔をのぞかせた。

「まだ眠ってる」

 ベッドの傍らの椅子に腰掛けて呟いた。ずっとユナを見守っていたのか。

「ユナッ!!」

 その時、静かな空間に元気な威勢のいい声が響き渡った。
甲高い声・・・その声の主を判断する間もなく赤毛の少女が部屋に入ってくる。

「バーバラ!どうしたの!?レイドックに居たんじゃなかったの!?」

 切れ長の瞳を丸くする。バーバラは何故か自慢げに腰に手を当てて

「気になっちゃったから皆の後を追いかけてきたのよ〜!・・・で、ユナは?ユナは何処なの!?」

 テリーを見つめるバーバラに、テリーは何も言わず
首で促した。視線の先には、ベッドで健やかに眠っているユナ。

「良かった〜〜!皆本当に無事だったんだね〜!!」

 ユナに駆け寄って、右手をぎゅっと握った。
バーバラの後から、ハッサン、ウィル、チャモロが入ってくる。

「おお、テリー。何処にも居ないと思ったら、やっぱりずっとユナに付いてたんだな」

 巨体を揺らしてテーブルの椅子に腰掛けた。

「レイドックに帰れば色々大変になるな。今の内にお前もユナと
同じように休んどけばどうだ?」

「あいにく、オレはそんなにヤワじゃない。」

 久々にハッサンに返す。
バーバラはハッサンの言葉に首を傾げて

「ねぇねぇハッサン、レイドックに帰ったら大変になるってどういう事?何の話?」

 興味津々の大きな瞳でハッサンのつぶらな瞳を見つめる。

「ああ、バーバラはまだ知らなかったんだな」

 ニヤニヤとして、バーバラじゃなくテリーを見る。
向こうはふいっと顔を背けた。

「ハッサン」

 子供の小さな悪戯を止めるような口調のミレーユ。

「良いじゃないか、どーせばれるんだから。こいつなぁ・・・ユナに・・・」

 ガチャ。
ドアの開く音に会話が遮られる。

「おお、皆さんお揃いでしたか?」

 初めて見る老人に皆不審な顔。

「ああ、私は天界・・・ゼニス王に仕える天空人グリークです。ちょっとユナ様の様子が
気になったもので寄っただけなのですが・・・よろしいですかな?」

「あっ、ハイ。どうぞ」

 気付いたミレーユがよたよた歩く老人の手をとってベッドまで歩かせた。
ユナの傍らに立っていたバーバラもその位置をグリークに譲った。

「ふむ、良くお眠りになっておる」

 そっと額に手をかざして、ユナの体温を感じ取った。
特に異常もない。安心して手を引っ込めようとすると

「・・・・・・・・・・?」

 ユナの首もと・・・鎖骨の辺りに何か黒い物が付着している事に気付いた。

「これは・・・・・・?」

 目を凝らしてじっと見てみると・・・何かのアザ・・・?黒いアザ・・・?
グリークの行動に皆も顔を見合わせてユナをのぞき込んだ。

「どうかしたんですか?」

 一番近くにいたバーバラが険しそうな表情になっていくグリークの裾を掴む。
上着の内ポケットから小さな本を取りだす。

眼鏡を掛けて、大慌てでページを捲るグリークに何故か不安が過ぎった。

「まさか・・・これは・・・・・・」

「ど、どうしたんですか?何かあったんですか!?」

 グリークの行動にバーバラが不安になって叫んでしまう。
異変に気付いたテリーも椅子から立ち上がった。

 大粒の汗が、シワシワの額を伝う。
ガバッとミレーユの方を向いて

「ユナ様は・・・ユナ様はもしかして・・・何か、呪文を・・・強大な呪文を
使ったと言っておられませんでしたか!?」

「え・・・?」

 ゆったりと物腰落ち着いた雰囲気から一転して取り乱す姿に眉をひそめて

「そう言えば・・・天界で教えてもらった強力な呪文を使ったって言ってましたけど・・・
その呪文のおかげで、悪魔が倒せたって・・・」

「ま・・・まさか・・・そ、そんな・・・・・・・・・」

 へたりと座り込む。

「おい!ど、どういう事なんだ一体!?何かユナの身に・・・何かあったのか!?」

 耐えきれなくなって椅子が倒れるのもお構いなしに頼りない老人の肩を自分の方に
向けさせる。顔を俯かせて表情は読みとれなかった。

「グリーク!どうしたんだ!」

 部屋の外で様子をうかがっていたのかゼニスとグランマーズが入ってきた。
顔を俯かせてその場に座り込んでいるグリークに嫌な予感が皆を襲う。

「どうしたんだグリーク!?」

 ゼニスの手によってやっと立ち上がったグリークは、ぐっと額を押さえつけて

「スイマセン・・・ちょっと・・・調べたい事があるので皆さんに出ていってはもらえないでしょうか?」

「・・・・・・!」

「おい!!どういう事なんだ!説明しろ!!」

 肩を揺さぶるテリーにゆっくりと頭を振った。

「その事は・・・後で説明致します。わしの思い違いかもしれない・・・ちょっと調べたい事が
ありますので今一時、この部屋から出ていって下さい・・・お願いします・・・」

「そんな理由でユナをお前に任せるわけにはいかない!ユナに・・・ユナに何かあったのか!?
言え!!」

「テリー!やめろ!」

 グリークの襟元を掴むテリーをウィルが止める。
しかし、テリーは離そうとはしなかった。

「やめろテリー!不安になる気持ちは皆同じなんだ!グリークさんだって
何かの思い違いかもしれないって言っただろ!ここは・・・任せて、下で待っていよう!」

「・・・テリー・・・」

 ミレーユとウィルになだめられて、乱暴にグリークを離すとキっとグリークと
ゼニスを睨み付けそのまま誰よりも早く部屋を出ていった。




「グリークよ、一体どういう事なんだ?」

「わしの・・・思い違いであれば良いのですが・・・・・・」

 丹念にユナの身体を調べた。
鎖骨の他に黒いアザがあるのかどうか・・・。

「黒い・・・・・・アザ・・・・・・?」

 見たこともない娘のアザに不審に呟く。
子供の頃、ユナの身体にそんなアザがある事は記憶に残されていない。

鎖骨のアザの近くに何個か転々とアザが散らばっていた。
アザとアザとを線で繋ぐと五旁星を形作っているようにも見えた。

「・・・・・・・・・!!やはり・・・そうであったのか・・・」

「ま、まさか・・・その黒いアザは・・・・・・!」

 ゼニスの頭の中に黒い影が過ぎった。

「・・・・・・・・・」

 辛そうに、悔しそうにグリークは頷いた。




「テリー、落ち着きなさい」

「これが落ち着いていられるか!!」

 テーブルを叩いて大声で怒鳴ってしまった。
驚いたミレーユの瞳に我に返って、ドスンと近くの椅子に腰掛ける。

グリークの、あの意味ありげな行動に、驚いた瞳に、何かに絶望したかのような顔に
嫌な予感が頭の中を離れない。
気がどうにかなりそうだった。

最悪の事態を考えて足が竦む。恐怖に怯える。

バタン。

その音に弾かれたように顔を上げる。
入ってきたグリークにテリーは掴みかかった。

「おい!貴様!!早く説明しろ!!ユナは・・・ユナはどうなったんだ!!」

 皆、テリーの行動を止められず、グリークの言葉を待った。
パタンと扉を閉めるゼニスとグランマーズ。

グリークはかけていた眼鏡を外して、思い切り目を閉じた。

「結論から・・・言おう・・・・・・」

 テリーは服を掴んでいる両手が震えている事に気付いた。
それは、グリークの物なのか、テリー本人のものなのかは分からなかった。

静かに見守る中、グリークの涙と一緒に言葉が溢れてきた。

「ユナ様は・・・ユナ様はもう・・・目覚めることはない・・・・・・」

「・・・・・・・・・!!」

 チカラが、体中から抜けていくのが分かった。
襟元を掴むチカラが抜けて、立つチカラも抜けて、ずるずるとその場に崩れ落ちる。

皆も信じられないと言った表情で言葉を発せないでいた。
グリークは涙を押さえつけ、

「恐らくユナ様は滅びの呪文・・・を・・・使ったのじゃろう・・・・・・。強大な魔力を必要とし・・・
術者の魔力が呪文のレベルに追いついていなければ・・・生命エネルギーを吸い取られ・・・
ついには死にさえ至らしめられる事があるという・・・一歩間違えれば自己犠牲呪文にもなりかねない
滅びの魔法を・・・」

「自己・・・犠牲・・・」

 ミレーユの震える声が聞こえる。

「ただ、ユナ様の場合は・・・生命エネルギーは完全に吸い取られなかった物の・・・魔法力が
完全に空っぽなんじゃ・・・・・・。生命活動に必要な・・・人間誰しもが持っている魔法力が・・・」

「そ、それが無くなったからって・・・なんでユナさんが・・・・・・」

 言い終わるか終わらない内に珍しくチャモロが叫ぶ。
グリークは皆の表情を見るのも、自分が涙に耐えるのも辛くなったのか
背中を向けて、顔を俯かせた。

「人間の体は魔法力と生命力で動かされておる・・・。どちらかが欠けてしまったら・・・もう
人間は活動できない・・・。魔法使いは知らず知らずに魔法力をセーブして魔法を使っている。
しかし・・・滅びの呪文は・・・全魔法力を全て注ぎ込む。その呪文は生きていく上で必要な
魔法力までも奪い去ってしまったのじゃ・・・」

「ユ・・・ユナは・・・ユナは・・・じゃあ・・・もう・・・このまま・・・ずっと・・・このままなの!?」

 溢れる涙を押さえきれずに、ウィルの胸の中で叫ぶ。
ウィルも、そんなバーバラを支えることで精一杯で慰める言葉も問いかける言葉も
何も出てこなかった。

 弟と同じように床に座り込んだミレーユに、固まったままうごけないハッサン。

「神よ・・・・・・!」

 両手を合わせ、祈るチャモロ。

グリークはやっと涙を押さえて、頭を振った。

「目覚める事は・・・無いとは言えない・・・」

「・・・・・・・・・!?」

 その言葉にやっと皆が少しだけ理性を取り戻す。
しかし振り向いた老人の顔には生気が無かった。

「・・・100年後・・・あるいは何百年後・・・お主たちが生きている内には目覚めないだろう・・・」

「・・・・・・・そ、そんなっ!!」

「どうして!!どうしてなのっ!!」

「生命エネルギーだけで・・・空っぽの魔法力を生きていけるだけ蓄えるには
それ相応の時間が必要なのじゃ・・・・・・。細胞の一つ一つが魔法力を必要とする。
細胞は一時眠ったままじゃ・・・それ故ユナ様の体は衰えない・・・・・・魔法力が溜まるまでは決して目覚めない・・・」

「・・・そんなの・・・そんなの・・・!!酷すぎる・・・酷すぎるわよ・・・・・・!」

 テリーは皆のグリークとのやり取りの声よりも、
遠くの方で誰か何かを言ってる声の方がハッキリ聞こえてきていた。

赤い屋根の家に住んで・・・
畑なんか耕したりしちゃってさ・・・
テリーが帰ってきたらおかえりって出迎えて・・・
たまに皆が遊びに来てくれるんだ・・・

聞き慣れた声が記憶の中から聞こえてくる。
それに伴って見慣れた照れた笑顔も幻覚のように見え出した。

視界がぼやける。
白く、白くぼやけてきて・・・
それが涙だと気付くことが出来なかった。

「もう一つ・・・お主たち・・・特にテリー君に伝えねばならぬ事があるんじゃ・・・」

 何処を向いてるのか分からないテリーの瞳から
大粒の涙が溢れている。

涙は頬を伝って、服を濡らして、床にポタポタと落ちてきた。
何も、何も考えられなかった。
考えたくなかった。もう・・・もう・・・何も考えたくは無かったのに・・・。

 グリークの声が自然と耳に入ってきた。

「ユナ様のお腹の中には・・・・・・」

 抱き合って泣いているバーバラとウィル、
ハッサンに支えられて顔を覆うミレーユに、目を伏せて両手を握り締めているチャモロ。

ついには床に両手をついてしまった父、ゼニス。
帽子を深くかぶって、皆を見ることの出来ないグランマーズ。

「ユナ様と・・・・・・」

 瞳が意識を持ち始めて、グリークの真緑の瞳とやっと目が合った。

「・・・・・・テリー君、あんたの子供がおる・・・・・・・・・」







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