● 未来 ●

 



「わーっ!ユナーっ!綺麗ーー!!」

「そ、そうかな・・・」

「本当、良く似合ってるわよ」

「そ・・・そう・・・?」

 ステンドグラスの色とりどりの光が白いウエディングドレスを鮮やかに染めた。
皆から褒めてもらって恥ずかしいのか少し頬を紅潮した花嫁がぎこちなく笑う。

「おーい!まだか女どもは!いい加減にしないとお客さんや神父様が待ちくたびれ・・・」

 乱暴な大声と共にドアが開けられる。
巨漢の男がぬっと出てくると、光に照らされている花嫁を見て目を丸くしてしまっていた。
後ろから顔をのぞかせたウィル、チャモロも驚いたような顔をしている。

ミレーユとバーバラは何故か自慢げな顔をしてみせた後、ユナに目を向けた。

「おおーっ!お前ユナかぁ!馬子にも衣装とは良く言ったもんだぜ!」

「一言余計よ、ハッサン」

 口をぽかんと開けて目を丸くしているが、いつもの口調はそのままだった。
ユナは皮肉な褒め言葉に気付かないのかますます頬を赤らめてぎこちなく笑った。

「綺麗ですよユナさん!本当に!」

「ああ、ホントビックリしたよ。今までで一番綺麗だよ」

 ユナから視線を外せないウィルをバーバラが肘で小突いた。

「私の時と、どっちが綺麗?」

「えっ・・・?」

 肘を小突かれてやっとバーバラに気付いたウィルが、ムッとしているバーバラに
慌てて弁解していた。
そんな微笑ましいやり取りを横目に見ながら、ミレーユがユナを促した。

「さっ、ユナちゃん、準備も整った事だし、そろそろ始まるわよ」

「おう、早く行かないと、あいつまた文句言うぞ」

「私たちは向こうで待ってますから」

「皆を吃驚させてあげましょうよっ!特に、花婿をねっ!」

「それじゃ、後でな。しっかりやれよ」

 仲間の暖かい言葉に、何故か瞳の奥が潤む。
笑顔の皆に今までの事が蘇ってきて、今まで支えてくれた感謝の意味を込めて
初めて仲間に深く頭を下げた。




 晴天に恵まれて、暖かな光が差し込む。
精霊ルビスと不死鳥ラーミアを抽象的に現したステンドグラスの
下に、年老いた神父と黒いタキシードに身を包んだ銀髪の青年が立っている。
シーンと静まりかえる教会内に、ドアの軋む音が聞こえてきた。
それと共に皆がドアの方を振り返る。

白いヴェールで顔を隠した花嫁と、その隣に花嫁を支えるように立つ年老いた男。
花嫁は恥ずかしいのか思い切り顔を俯かせたまま歩いている。
そのおかげで顔が見えない。

「ああっ!もう、ユナったら何やってんのよー!バージンロード台無しじゃない!」

 バーバラが小声で叫ぶ。ウィルはバーバラをなだめるように肩に手を置く。

「皆から見られるのが恥ずかしいんだろ。ユナらしくて可愛いじゃないか」

 ウィルの意見にまだ不満そうにしながらも、仕方なく笑う。
・・・まぁ、この方が、あの子らしいと言えばあの子らしいけど・・・。

「あんっ!もうユナったら!!何よあれは・・・!もうちょっと堂々と歩けないもんなの!?」

「イミル様、もうちょっとお静かに出来ないんですか?神聖な結婚の儀式なんですよ」

 バーバラと良く似た声の女性が声を上げる。
横に座っていた年老いた老人が恥ずかしそうに女性を落ち着かせている。

ゆっくりとバージンロードを歩いていたユナはその声に反応して、思わず少しだけ顔をあげてしまった。
瞳に飛び込んできたのは、水色の髪の美しい女性。ラーズ神殿の巫女イミルだった、横にはボロンゴの姿もある。
イミルはユナと目が合うと、驚いたような表情をした後微笑んで手を振ってくれた。

周りの出席してくれた人々を見てみると、知った顔が沢山居る。
トルッカでお世話になったルドマさんにエリザ、ヒックス・・・レイドックのトム兵士長にその奥さんハスミ、
双子のサスケとキッカまで可愛らしい正装に身を包んでちょこんと座っていた。

小太りの裕福そうな身なりの男とその隣には痩せた見た目厳しそうな女性。
カルバン・ジャンポルテと奥さんのシャロンだ。

サンマリーノのバニーガールビビアンとマスターにモンストルの皆。
アモスは声援を送ってくれたかと思うと隣に座っていたシスター・アンに先ほどのイミルのように怒られていた。
旅先で出会った人たちが皆、祝福をしてくれる。
それが本当に嬉しくて、忘れないでいてくれた事が嬉しくて・・・目尻が熱くなるのを感じる。
流れ落ちないように目をきゅっと伏せて心を落ち着かせた。

「汝 テリー」

 神父の優しい声が夢見心地だったユナをハっと我に返らせた。

「貴方は健やかなるときも病める時も・・・」

 何だか気分が高揚し過ぎて、まだ信じられなくて、ぼーっと神父の眼鏡の奥を見つめていた。

「この女ユナを妻とし、生涯愛し続ける事を誓いますか?」

 自分の名前を聞いて、ドキンと胸が鳴る。胸の高鳴りが体中を伝って小刻みに震えさせた。
嬉しすぎて体の震えが止まらなくて

「はい・・・誓います」

 こんな所で泣いちゃいけないって分かってるのに、隣のテリーの答えを聞いて
一筋の涙が頬を汚した。

体を震えさせて涙を耐えるユナに気付いたのか、テリーがそっと肩に手を伸ばす。

「どうした?何を泣く必要があるんだ?結婚するのが嫌になったのか?」

「まっ、まさか・・・そんなわけじゃないよ」

 顔をブルブル振ると綺麗に被せられていたヴェールが乱れた。
テリーと目が合ってしまって赤面して顔を俯かせる。

「分かってるくせに・・・オレの気持ち・・・」

 オレは、結婚が嫌になって泣いてるんじゃなくって感極まって泣いてるだけなのに・・・
テリーはふっと笑ってヴェールを綺麗に被せ直してくれた。

「ああ、分かってる。冗談に決まってるだろ」

 テリーはふっと笑って神父の方に向き直った。

「涙は止まったか?」

「・・・あっ・・・う、うん」

 ユナのその返答に再び笑う。ユナは、夫となる人の横顔を見ながら、心の底が熱くなった。
本当に、テリーと会えて良かった。この運命を辿れて良かった
きっと皆と合わなければ、今の自分は居なかった気がする。幸せな自分にはなれなかった気がする。
支えてくれた皆に、この世に生んでくれたアイリーン母さんに・・・今まで見守ってくれた父親、ゼニスに・・・
そして・・・

「汝 ユナ」

 コホンと咳払いをした後、神父が口を開いた。

「貴方は健やかなる時も病める時も・・・」

 オレに色んな感情を教えてくれて、一緒に居てくれて

「この男テリーを夫とし、生涯、愛し続ける事を誓いますか?」

 守ってくれて、助けてくれて、救ってくれたテリーに、一番、心から感謝したい・・・。

「はい・・・・・・」

 ゆっくりと顔を上げる。

「誓います・・・・・・・・・」

 その瞬間、わっと歓声が上がって皆が二人の元に駆け寄ってくれた。
紙吹雪が目の前を真っ白にちらつかせて、祝福の声があがった。

皆の笑顔と声がだんだんと遠くなっていく、目の前の紙吹雪もいつの間にか消えていて、
薄暗い部屋の中で目が覚めた。

「・・・・・・?」

 天井を見て理解したのかはぁっと息をついた。
なんだ・・・夢・・・だったのか・・・・・・

体中が何故か痛かった。何とか上半身を反動を付けて揺り起こすと
体中の間接がギチギチと音を立てる。

薄暗い部屋の中で、ランプの光が白いシーツをオレンジに染めていた。
視線の先には、机に突っ伏したまま眠っているテリー。それを見てほっと安心した。
思い通りに動いてくれない体で四苦八苦しながらやっとベッドから立ち上がると壁に
もたれかかりながらテリーの側まで来た。

良く見ると、読みかけの本を開いたまま眠っている。
スー、スーと言う気持ちの良さそうな寝息を立てて。彼の周りにはランプの光が届く範囲でも
カナリの冊数の本が置かれていた。
ユナはフフっと安堵のため息を漏らして、自分が今まで来ていた毛布を彼の背中に掛けて
そっと薄暗い部屋を抜け出した。

外に出ると、月も出ていないのに青白く神秘的な光が照らしてくる。
森の開けた所に建っていたその小屋の周りをゆっくりと歩いた。

「・・・ここ・・・どこ、だろう・・・」

 小屋の周りは木々に囲まれていて

「オレ・・・どのくらい眠ってたんだろ・・・・・・」

 うーんっと思い切り背伸びをする。またギシギシと間接が音をたてた。

おぼろげな記憶の糸を辿ってみた。
確か、オレ・・・禁断の呪文マダンテをあいつにぶっ放して・・・それから・・・
それから・・・??

それからの記憶が全くと言って良いほど無かった。
でも。
自分の手を見つめて、ぎゅっと握り拳を作った。

「マダンテを使って無事にすむとは思っていなかったけど、オレがここに居て、生きてる
って事は・・・あの魔物は倒れたんだよな・・・」

 もう一度背伸びをして、はぁっと息を吐いた。
そして心の底から無性に嬉しくなった。さっきは夢だと思ってがっかりしたけど・・・
テリーも居るし、これから夢を現実に出来るんだよな。
ふふ、もう一度結婚式を体験出来るんだよな・・・そう思うと得したかも
顔が綻ぶ。小屋に帰ろうと思って振り返ると、久々に見たような銀髪の青年が
小屋から出た所で立ちつくしていた。

「オッス、テリー」

 元気良く右手を挙げて、笑顔で返す。

「なーんかさ、体中が凄く痛いんだけど・・・オレ、どのくらい眠ってたんだ?一週間くらい寝てたのかなぁ・・・」

 うーっと首を肩に向けて捻る。

「そうだ、オレ、眠ってる間に夢見たんだー。あのさ、オレとお前の結婚式の夢」

 恥ずかしくなったのか青年の視線を避けるように再び背中を向けた。

「それがもの凄くリアルだったんだよ。レイドックの教会で式を挙げてたんだけど・・・
今まで旅先で出会った人が皆来てくれてたんだ。トルッカのルドマさんにエリザに・・・ヒックスだろ。
トム兵士長に奥さんのハスミさんと双子のサスケとキッカ。覚えてるだろ?サスケとキッカ?」

 久々に声を出し続けたせいかケホケホとむせた。

「・・・声まで出しづらいんだけど・・・よっぽどオレ眠ってたんだなぁ・・・。
あ、後ジャンポルテとシャロンさんまで来てくれてたんだぜ!サンマリーノのビビアンにマスターに
イミルとボロンゴさんにアモスとシスター・アン。
勿論だけどウィルやバーバラたちまで・・・、そうそう、そう言えばハッサンとミレーユさん
結婚してたっぽいな・・・」

 笑いながら振り返る。テリーは何も言わず、神妙な面持ちのままユナの言葉を聞いていた。

「夢で残念だったけど・・・これから、実現出来るんだよな。これからホント忙しくなるけど・・・
楽しみだなぁ。皆に招待状書いて・・・教会予約して・・・あっ、何かオレだけ先走っちゃっててゴメン。
でも、凄く楽しみなんだ」

 赤い顔で俯く。

「あー、もう、テリーも何か言ってくれよ。オレだけ喋ってるじゃないか・・・・・・っ!」

 目の前が急に暗くなる。そして懐かしくて良い香りがした。
逞しい背中に両手を回して、逞しい胸に顔を埋めた。

「・・・ユナ・・・」

 彼女の耳元で小さく呟く。。
ずっと呼びたくても呼ばなかった名前・・・。どれくらい振りにこの言葉を口にしたんだろう。
そしてこの言葉を口にする日をどのくらい待ち望んだだろう・・・。
もう何十年待ち続けたのかも分からなかった。時が過ぎる程に色々な事を思い出して。
色々な事を考えて。
眠り続けるユナと一緒に居て不安ばかりが募っていた。永遠に目を覚ます事が無かったら・・・と
弱気な考えも持ったり、ユナが目覚めて人としての一生を全うして本当に
独りになってしまった時の事を考えたり、
色々な事を考えて発狂しそうになった事もあった。

 でも・・・ユナの体温を確かめて、背中の腕の暖かさを感じて・・・
彼女の笑顔を見られて、声が聞けて、永遠の命を手に入れて良かったとやっと初めて思うことが出来た。

「・・・テリー・・・?」

 もう何十年も呼ばれていない自分の名前。
テリーは強く抱き締めていた華奢な体と距離を取りその顔を見つめた。
何十年振りかの生気を持ったイエローブラウンの瞳。
シパシパと瞬きをするユナに、言葉が口から漏れた。

「・・・・・・・・・お前・・・・・・本当に・・・・・・」

 本当に・・・目を覚ましたんだな・・・。

「え?何?」

 口を開いたまま次の言葉を言おうとしないテリーに首を傾げる。
テリーは表情を緩ませて小さく首を振った。

「いや、何でもない・・・体は、何ともないか?」

「ヘェー、テリーがオレを気遣ってくれるなんて珍しい事もあるんだな、うん、全然何ともないよ。
ただ体中の間接がいたくって・・・なぁなぁ、オレホントどれくらい眠ってたんだ?それに、ここは何処なんだ?」

 キョロキョロと辺りを見回す。
テリーは何も知らないユナに心苦しくなった。
永遠の命になってしまったと彼女が知ったら、どう思うだろうか。
自分だけが年老いていくと言う事実を知っても、一緒に居てくれるだろうか・・・。

不思議そうに見つめてくる瞳に、今は彼女だけを見れば良いと思った。

「・・・その事は、後で詳しく話す。その前に、お前に言っておきたい事がある」

「何だ?あらたまって」

 二人の間に少しだけ沈黙が流れた。
テリーはユナの両肩を両手で掴んで、瞳をまっすぐに見つめて何か考え込んでいるようだった。

な、何考えてるんだよこいつ・・・・・・もしかして・・・結婚式はやっぱり面倒だからやめるとか・・・
オレと結婚するのが嫌になったとか・・・あぁっ!あまつさえオレが眠っている間に他に女が出来たとか・・・
もしかしなくともその女を妊娠させたとか・・・・・・!

「ユナ」

 テリーの言葉が嫌な考えを遮る。

「はっ、はは、はい!」

 ゴクリと息を飲み込んで、瞳を見つめ返した。
だ、だから・・・何だ・・・?こんなにあらたまって・・・

「オレはお前を・・・・・・

「う、うん・・・」

「心から愛してる」

「・・・・・・・・・っ!」

 両肩の重さが軽くなった。右手で頬を掻いて恥ずかしそうに目線を外す。
想いのせいで胸がぎゅっと苦しくなった。

「・・・うん、オレも・・・・・・」

 お互い恥ずかしくなって互いに顔を俯かせた。

「それと・・・もう一つ・・・」

 コホンと咳払いをして、再び向き直る。

「驚くかも知れないが・・・」

「え?何々??」

 神妙な面持ちのテリーに対して興味津々な瞳で急かす。

「お前のお腹の中には・・・

「うんうん」

「オレと・・・お前の・・・・・・子供が居る」

「・・・・・・えぇっ!!」

 目を丸くして腰を抜かしてしまったユナにやっぱり驚いたなと茶化した。
嘘だろ?と何度も問いつめられて、何度も本当だという言葉を返す。

 やっと彼女が本当だという事を理解すると、瞳を潤ませて思い切り飛びついてきた。

ユナを再び抱き締めながらテリーは心の底から幸福を感じていた。
この幸せがいつまでも続けば良いと本当にそう思った。
永遠の命という重い枷も、全て忘れられた。

「なぁなぁ、名前決めた?」

 喜々とした瞳でユナが尋ねてくる。テリーは仕方なさそうに笑った。

「決めるわけないだろ」

「あ・・・あのさ、じゃあオレが付けても良いかな?」

 テリーはその言葉にまた笑って頷いた。

「ユーリルって言うのはどう?さっき思いついたんだ」

「ユーリル?まぁ、お前がそれが良いって言うんならそれで良いが・・・弱そうな名前だな」

「うー・・・そうかなー?結構良い名前だと思うんだけど・・・」

「冗談だ。良い名前だな、オレもそう思うぞ」

 こんな普通のやり取りがテリーにとってはとても大切で何物にも変えられない事のように思えた。
今まで不幸を背負ってきた分、それ以上に幸せにしてやりたいと心から思った。
その為にオレはここまで生きてきたんだから・・・。

ユナと過ごす時間が悠久の流れに身を置いた自分に取ってはほんのわずかな幸せだったとしても・・・。








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