● 終わりと序まり ●

 



 ブランカと言う小さなお城の北、人里離れた山奥に誰も知らない小さな村があった。
小さな盆地にその村は世俗と離れるようにひっそりと存在していた。
村から少し離れた大きな湖の畔で少年が木々の揺らめきを感じながらうたた寝をしている。
木々の緑と同じ萌葱色の髪の毛にうたた寝で緩んではいるがそれでもハッキリと分かる
端正な顔立ち。

「ユーリルーっ!また剣の稽古さぼって釣りしてたみたいじゃないー!私のお父さんカンカンで大変だったのよ!」

 その少年を見つけるやいなや、桃色の髪の毛の少女が叫んで駆け寄ってくる。

「あぁ、シンシア。ゴメンな、シールさんには本当に悪かったと思ってる、いやぁ大物がかかっては釣れ
かかっては釣れでさぁ、やめるにやめらんなくなっちゃって・・・」

 ユーリルと呼ばれた少年は悪びれる様子もなく、起きあがって大きなアクビをした。
いつもと変わらない言い訳を返す少年に頬を膨らませしかめっ面をする。

「んっもうーユーリルってばそればっかじゃない!」

 フイっとそっぽを向く少女に、少年は思いだしたかのように問いかけた。

「なぁ、それより聞いたか?」

「もうっ、話はぐらかさないでよっ!」

 桃色の髪の少女が頬を髪と同じ色に染める。

「ゴメンゴメン、シールさんには後で謝るからさ、それより聞いて欲しい事があるんだって」

「何よ」

 少年の話題に怒りも早々に興味が湧いてくる。
それを悟られないように、そっぽを向いたまま尋ねた。

「村長さんの所にこの辺りで行き倒れになってた旅人を保護してるんだってさ」

「えぇっ!それ、ホント!?」

 思わず思い切り振り向いてしまった。
ここ数年と言って良いほどこの村に外からの来客が来た事が無かったから。

「ああ、村長さんの奥さんとオレの母さんが話してたのを聞いたから間違いないよ」

 シンシアの予想以上の驚きっぷりに面食いながら返す。
シンシアは少年の言葉を聞くとみるみる内に顔を曇らせていった。

「でも・・・この村に外から来た得たいの知れない旅人を迎え入れるなんて・・・何だか、嫌な予感がするわ」

 腕組みをして考え込む。すかさずユーリルが返した。

「そんな事言ったって、行き倒れになってる人を見捨てられるわけないだろう?」

「そりゃそうだけど・・・」

 怪訝な顔で少年を見つめ返す。

「なぁ、今から村長さんの所に行ってみないか?」

「えぇっ!やめさないよ」

「良いじゃないか別に。ちょっとその旅人さんを見てくるだけだって」

「ちょっ・・・ちょっと待ちなさいよぉっ!」

 思い立ったらまず実行。ユーリルはぱっと頭の中で考えついたかと思うと
だらけていた体を起こして走り出した。

小高い丘の上に立つ他の家より一回り大きな家。ここがこの村の村長の家だ。
洒落た玄関の扉をユーリルは息も絶え絶えのままノックした。
しばらくして小太りの女性が出てくる。人の良さそうな女性でユーリルとシンシアの顔を見た途端嬉しそうに笑った。

「あら、二人揃ってどうしたの?お母さんからのお使いかしら?」

「いえ、あの・・・実は、行き倒れの旅人を村長さんが保護したっていう話を聞いたもので・・・」

 シンシアもぺこりと頭を下げる。

「あらぁっ、もう噂広まっちゃったの?その旅人を見に来たって分けね?」

「おばさん、私は止めたんです!」

「そうねぇ、興味本位で行き倒れになった人を見に来たなんて・・・余り感心出来る事じゃないわねぇ
それに、その旅人は今村長さんと大事な話をしてるから・・・また後でいらっしゃいな」

 開いたドアの隙間から、村長さんと黒い外衣を身に纏っている男が見えた。
ユーリルはその姿に後ろ髪引かれつつも、村長の奥さんの言葉に素直に従う。

「はい、分かりました」

「どうもスイマセンおばさん」

 シンシアと共に頭を下げて、再び頭を上げた瞬間、ユーリルの深い緑の瞳が
黒い外衣の男の瞳を捕らえた。

「・・・・・・・・・!!」

この村では見た事もない鋭い瞳。
体中が電流が走ったように飛び上がる。
その場には黒い外衣の男と自分しか居ないような錯覚に陥ってその男と堅く結ばれた視線を離す事も出来なかった。

「・・・ユーリル、ユーリル・・・?」

 優しいいつも聞いている声がやっとその男の視線を解いてくれる。
ハっと我に返ってシンシアを見た。

「どうしたの?そんなに驚いた顔して・・・」

 心配そうに声を掛けてくれる。ユーリルはもう閉じられてしまったドアの向こうを見つめながら
額を押さえた。

「いや・・・あの旅人・・・何処かで会ったような気がして・・・」

「まっさかぁー、人違いじゃないの?それに、貴方生まれてからずっとこの村で暮らしてきたんでしょ?
そんなはずないわよ」

「そ、そうだな、オレもそう思うけど・・・」

 けど・・・・・・
何だか心の何処かで知っているような気がする・・・・・・。
あの瞳とあの身に纏う空気は何処か近寄りがたいけど、何処か暖かくて
何処か懐かしい・・・そんな感じがした・・・・・・。




 村長の奥さんがパタンと閉めたドアの音を聞いて、男の方もハっと我に返った。

「・・・どうかなされたのですか?」

「い・・・いや・・・あの少年は・・・・・・」

「あの少年・・・・・・?ああ、ユーリルの事ですかな?」

 今までずっと反応の薄かった男の瞳が思い切り開く。

「・・・・・・・・・っ!!」

「ユーリルがどうかしましたかな?」

 カップを持っていた手がブルブルと震えているのを知って心配げに声をかけた。
男は息を飲み込んで両手を膝の上にのせると落ち着かせるように一度深呼吸をした。

「あいつは・・・今この村で暮らしているのか?」

「はい、それが何か・・・?」

 明らかに先ほどまでと違う男の雰囲気に、怪訝な顔で答えた。

「両親はいるのか・・・?」

「・・・・・・はい、おりますが・・・」

 村長の言葉に、男は鋭い瞳で見つめ返した。

「オレは・・・育ての親の事を言ったんじゃない、生みの親は居るのかと聞いたんだ」

「・・・・・・っ!」

 隣で二人の話を聞いていた村長の奥さんも反応して
思わず大きな体を揺り動かして立ち上がってしまった。

「あんた・・・もしかしてこの人・・・ユーリルの事知ってる方じゃ・・・・・・」

 少し考えてうむと頷く。両手をテーブルに乗せ身を乗り出して尋ねた。

「確か貴方・・・人を捜しているとおっしゃっておられたな」

 黒い外衣の男は何も言わずに首を頷かせる。

「それが、もしかして・・・ユーリルの事なんですか?」

 何か言い足そうにしながらも、無言で再びゆっくりと首を頷かせた。
村長の言葉を待ちきれなくなった奥さんが横から口を挟んで慌てて問いかける。

「あんた・・・ユーリルの知り合いかい!?生き別れた兄弟か何かなのかい!?」

 立ち上がったまま両手をテーブルについて男の顔を観察するようにじっと見据えた。
男はしばらく黙った後、ふっとその綺麗な顔を上げて重い口を開いた。

「オレは・・・あいつの父親だ・・・・・・」

「・・・・・・ちち・・・おや・・・?」

 予想もしなかった言葉が男の口から発せられ、一瞬肩すかしをくって止まってしまった。
ブルブルと顔を振って間髪入れずに言い返す。

「・・・バッ・・・バカ言ってるんじゃないよ!ユーリルは今年で16にもなるんだよ?
あんた、どう見たってハタチそこらじゃないか!父親だなんて・・・そんな嘘・・・・・・」

 男に詰め寄る女の肩を、年老いた男の手が止めた。

「・・・ジェーン、マリーとジェイクを呼んできてくれないか?
色々長い話になりそうでな・・・」

「ちょっとアンタ!本気でその旅人の言っている事信じるつもりかい!?」

 村長は自分の思いを伝えるようにジェーンを見つめて、それから男へ視線を移した。
ジェーンと呼ばれた女も、訝しげに男の瞳を見つめる。

「信じるも信じないも・・・その人の目を見れば嘘かホントかの見分けくらいつくだろう」

 村長はユーリルの父親と名乗った男を何も問いつめ様とはせずに
ソファに腰掛けてパイプを吸い始めた。
ジェーンは呆れた顔をしながらも、言われたとおりにユーリルの育ての親
マリーとジェイクを探しに家を後にした。




「村長さん、一体どうしたんですか?急に呼び出すなんて・・・」

「何かあったのか?」

 ジェーンに連れられてきた中年の女と男が家に入るなり問いかける。

「まぁ、そこに座りなさい」

 二人を自分の前のソファに腰掛けるように促した。
村長の隣に座っている見知らぬ男を見るなり二人は顔を見合わせる。

村長の奥さんジェーンが二人の分のお茶をカップに入れてきてくれた。
あついレモンティーのいい匂いが鼻を誘う。
女の方が一口飲んだ所で村長はパイプを灰皿に押しつけて話し始めた。

「実は・・・ユーリルの事でな・・・大事な話があって二人を呼んだんじゃ・・・」

「・・・・・・っ!」

 女の方が思い切り反応した後、黒いマントの旅人に目を向ける。

「も、もしかして・・・この人が・・・・・・」

 驚いた瞳で男を上から下まで見回した。
村長はうーんと呻きながら言葉を探して、決心したのか言葉を押し出した。

「その人は・・・・・・ユーリルの・・・父親じゃ・・・・・」

「父親!?」

 弾かれたように二人は振り向いた。

「まさか、こんな若いはずないだろう!?それに・・・・・・父親だって証拠はあるのか!?」

 4人の視線が一斉に集中する。
黒い外衣の男は青い帽子で隠れていた右の耳に手を当てて何かを探り当てると
右手から何かを取り出して見せた。

「・・・・・・スライムピアス・・・あいつも持っているはずだ」

 へたりと女の方がソファに座り込む。
男も言い返せずにただ立ちつくしていた。

「これは・・・あいつの母親があいつに持たせていた物だ。それに
魔物を象った装備品は今の時代には売られていない・・・このスライムピアスは
今オレが持っている物とあいつの物・・・おそらく二つしか残ってないだろう」

 これが、あいつとオレが関わりを持っている事の一番の証拠だ。

「しかし・・・しかしだ・・・あいつは確かに・・・ここへ連れられてきた時もスライムピアスを
大切に持っていた・・・だけど、あんたがそれを持っているからって親子だとは限らないだろう!?
それに・・・ユーリルは今年で16になるんだ!あんたはどう見たって・・・・・・」

「その事なのじゃがな、ジェイク」

 感情的になっている男の言葉を止める。
ジェイクは口をへの字にしながらも言葉を止めた。

「儂はこの方が嘘をついてるとはどうしても思えんのじゃよ・・・じゃからこうしてお前さんたちを
呼んだんじゃ、この方を信じてな・・・・・・」

「村長さんが信じてるって言っても、オレはこの人がユーリルの父親だなんて・・・・・・・・・」

 マリーもジェーンも同意見だとばかりに深く頷いた。
村長はコホンと咳払いをして黒外衣の男の鋭い瞳を見つめた。

「・・・・・・わけを聞かせて頂いてもよろしいかい?」

 鋭い瞳に長いまつげが覆い被さった後少し考えて頷く。
男は美しい顔を黒いマントに埋めるかのように俯いて低い声でしゃべり出した。

「この事を話す日が来るなんて・・・思いもよらなかった・・・・・・」

 独り言のように小さく呟く。
低く聞き取りづらい声の為に自然とその場は静寂に包まれた。

「信じてくれるかどうか分からないが・・・オレは、永遠の命を、永遠の若さを持っているんだ」

 怪訝な顔で皆は顔を見合わせる。言い返そうとした男を村長が自分の口に人差し指を持ってきて止めた。
テリーは4人の訝しげな顔を見てため息をつく。

「もともとあいつの母親とオレは・・・この時代の人間じゃないんだ・・・もうどれくらい昔かも
忘れた・・・。魔王ムドーって奴がこの世を暗黒の世界にせんと目論んでいた時代だ」

「ムドー・・・・・・?」

「そんな暗黒の時代に、オレはあいつの・・・ユーリルの母親と出会ったんだ。オレとあいつが恋に落ちるのに
さほど時間はかからなかった。でも、たった一つ問題があった・・・あいつは天空人、しかも
天空城の王ゼニスの娘だったんだ」

「天空人・・・・・・!?」

 何故か二人が反応する。震える女の手に男の手がそっと覆い被さる。

「オレたち地上の人間と天空に住む天空人が一緒になる事は禁じられている事だ。
もし禁忌を破れば、天空人の翼は黒く朽ちて地上の人間には天罰が下ると・・・」

 信じられない・・・作り話とも言えない話。
4人とも男の話に聞き入っていた。

「それに、昔の占いか星占術かしらないが何でもオレの子供が世界を救う勇者になるって
話で・・・昔玩具奴隷として働かせられていてその時の事が元で生殖機能を失ったあいつには
オレの相手は務まらないらしくて、あいつとオレは無理矢理引き離された」

 何故こんな事まで話しているのか分からなかった。
長い間ずっと人と接していなくて誰とも会話すらもしていなくて・・・
やっと出会えた誰かに自分の話を聞いて欲しいのかも知れない。

「地上人と天空人っていうだけでも周りに認めて貰えないのに・・・今度はオレの子供が世界を救う勇者に
なるなんて・・・運命って奴を何度も呪ってやったよ」

 自分にもう一度言い聞かせるように深く強く呟く。

「未来の世界なんて無視してやればいいのに、あいつの母親がそんな事出来る奴じゃなくってな・・・
そんな時に、天空の王ゼニスが未来を闇で覆うと予言される魔物の居場所を見つけてきたんだ」

 そう、思えばそれが始まりだったのかもしれない・・・

「そいつは時が熟するのを待って、世界を混沌で支配しようと企んでいた。
オレたちは仲間の手も借りてそいつに戦いを挑んだんだ・・・。その魔物を倒せば・・・天空人と地上人
天罰が下っても、翼が朽ち果てても一緒にいられると思ったから・・・」

 そう思ったのに・・・その時でさえ

「その時でさえ・・・・・・オレには、力が足りなかった・・・・・・!」

 そうだ、あの時も、あの時も・・・・・・

「その時の戦いでも、オレはあいつを守ることが出来なくて・・・
あいつは何十年・・・何百年も眠る事になってしまった・・・だからオレは・・・」

 そこまで聞いて村長が額を手で押さえて肩をやさしく叩いた。

「・・・すまない・・・辛い事を思い出させてしまったの・・・」

 先ほどまで問いつめていた男ももう何も言わずただただボーゼンとしていた。
女の方は目に涙を浮かべて話に聴き入っている。
誰も信じられないと言う言葉を発する事はなくなっていた。

「私・・・ひぃおばあちゃんから聞いた事があるよ・・・大昔に世界を征服しようと
企んでいた魔物の話を」

 村長の妻ジェーンはトレイを持って立ちすくんだまま思い出したように呟いた。

「この世界には現実の世界と人々の心が作り出した夢の世界っていう所があって
空に浮かぶ天空の城の王様がその世界を治めていたんだって。その魔物は夢の世界と
現実の世界どちらも支配しようとしていたって・・・その魔物を退治したのがレイドックって言う
城の王子様で・・・その王子様と仲間たちのおかげでこの世界は守られたって話を」

「・・・それはわしも遠い昔に聞いた事がある。もうわしらの世代にしか分からないくらい
伝説となってしまった古い話じゃな・・・かれこれ・・・100年以上昔の古い言い伝えじゃ」

 そう、昔のお伽話。祖母が孫に聞かせながら言い伝えるくらい昔のお伽話。
男は俯かせていた顔を上げて額を抑えた。

「・・・そうか、そんなに時間が経っていたのか・・・」

 独り呟いた。
・・・30年・・・いや、40年までは何度朝を迎えたかと記憶していたのだが
それ以降になると漠然とした未来に恐怖し、蝕み続ける孤独感と戦う事で精一杯で
時を数えるのも忘れていた。

何度も天変地異が起きたり国や城の名前が変わったりで随分長い時間が
経ったと思っていたが・・・・・・

100年・・・それ以上も経っていたのか・・・・・・。
それだけ、オレはあいつを待っていられた。
ただそれだけを考えて生きていたから・・・

「あいつが目覚めてからは・・・」

 再び、誰とも言わずに男は呟いた。

「あいつが目覚めてからは、ずっと独りで過ごして来た苦しみなんて忘れるほどに毎日が幸せだった・・・
今まで生きてきた中で最高に幸せな時間を過ごせた。最高に・・・楽しかった時間・・・・・・。
オレと一緒の止まった時間は過ごせなくても、それでも自分にとって限られた時間を共に
過ごしていきたいとそう言ってくれた。ユーリルが生まれてからも本当に幸せだった・・・だが・・・」

 色んな感情が喉の奥から沸き上がってくる。
哀しみとも怒りとも言えない感情が体中を蝕んでいく感覚。

「100年か・・・そう・・・それだけ待ったのに・・・あいつと共に過ごせた時間は
たった5年・・・5年しか共に生きられなかった・・・オレは守ると心に決めていた、それなのに・・・」

「すまない!!」

 ジェイクがいつの間にか地に頭を擦りつけて土下座していた。

「・・・・・・・・・!」

「すまない・・・!すまない・・・!!」

「・・・どういう事だ!?何故お前が謝るんだ!?」

 男は土下座をしたまま頭を上げなかった。
震える体に震える声。マリーも口を押さえたまま立ちすくんでいた。

「弟のしでかした不始末とはいえ、兄のオレにも責任はあるんだ・・・
あいつは、あいつは金の為に人殺しを・・・・・・」

「・・・・・・・だからどういう事だ貴様!」

 カップが派手に割れる音がした後、黒い外衣の男が思いきりジェイクの胸ぐらを掴んだ。

「ジェイク!」

 マリーの叫びとジェーンの叫びが重なった。
ジェイクは汗を額から流しながら、締め付けられる喉から言葉を発する。

「・・・あんたの・・・いや、ユーリルの母親を殺したのは・・・オレの・・・弟なんだ・・・」

「・・・・・・・・・!!」

 胸ぐらを掴んでいた力がその言葉を聞いた途端、するりと抜ける。
そして、ガクリと両膝をついた。
ジェイクは床に投げ出され、ごほごほと咳き込んだ。マリーは慌ててジェイクの元に駆け寄る。

「あいつは、昔から金に貪欲で・・・今では大人しい魔物や珍しい動物の
狩りをしてその剥製や牙を金持ちに売って大儲けしていたんだ。
オレはそんな仕事はやめておけと言っていたのに・・・あいつは全然聞く耳を持たなくて・・・」

 首を垂れたまま、床に両手をつく。
黒い外衣の男はブンブンと頭を振ってもの凄い形相をしたまま顔を上げると
ジェイクの両肩を掴んで揺さぶった。

「だから殺したのか!?ユナを!!ただの・・・ただの金儲けの為だけに・・・!!」

「すまない・・・許してくれ・・・許してくれ・・・・・・」

 それしか、言えなかった。
天空人・・・ユーリルの母親・・・弟の話・・・。
男の話を聞いて、この事を言おうかどうか迷った。

天罰が下っても、人としての一生を捨てても、100年の時を独りで過ごしてきても
ずっと待っていた愛する女を自分の弟が殺してしまったなんて・・・・・・

その事実がジェイク自身怖かった。
謝って済む問題じゃないと言う事も、謝ってもどうしようもない事も分かっている
だけど・・・この男の話を聞いてこの男を見て言わずにはいられなかった。

アメジストの瞳が真っ赤に燃える。
うっと口ごもった後、何かを耐えるように顔を振って
ジェイクと同じように俯いた。

「ある所に・・・伝説の天空の城を夢見る金持ちがおった・・・」

 村長が苦しそうにぽつりと呟いた。

「必ず何処かに天空の城はあると、天空人は居ると信じていてな・・・。その男ジェイクの弟に依頼を
頼んでいたようでな、天空人を見つけたら家に連れてくるようにと・・・言われていたんじゃろう・・・」

 聞きたくなかった。
何も聞きたくなかった。金の為に・・・・・・たかが金の為だけにあいつが殺されたと言う事実も・・・・・・。
あいつのこれからの命を絶ってしまった男の話も・・・

「ジェイクの弟は必死で世界中を探し回った事だろうよ。なにしろその金持ちは
天空人を見つけたら私財の半分を渡すとまで言い切っておったらしいからの・・・・・・」

 思い出したくもなかった事実なのに。
あいつが天空人だと言うことも・・・

「天空人の特徴は・・・私たち地上の人間とは比べ物にならない程の美しい顔と
透き通るような白い肌、それに、背中には翼を持っているとも言っておったわ・・・
わしにも心当たりがあるなら言ってくれと頼んでいきよった。勿論塩をまいて追い返してやったが・・・
その時に・・・その時に儂があいつを何とか説得していれば・・・あんたがここまで苦しむ事も無かったろうに・・・
わしにも責任はある・・・本当にすまかった・・・辛かったじゃろう・・・・・・!」

 嫌な光景が頭をかすめていく。
目の前が真っ赤で・・・血の海に染まっていて・・・黒い翼も・・・・・・

半狂乱した昔の自分の姿が思い浮かんできて、怒りが心を黒く染めた。
外衣と同じように心が真っ黒に塗りつぶされた所で、静かに尋ねた。

「そいつは・・・そいつは今どこに居るんだ?」

 村長は足の向きを変えて振り向いた。

「・・・こっちじゃ・・・ついてきなさい・・・」

 家の台所を抜けて裏の勝手口へと歩いていく。
男はふぅっと自分を落ち着かせるように息を吐くとゆっくりと立ち上がって
村長の後に続いた。

連れ去られたユーリルを探していたのは勿論だったのだが
それよりなにより、自分の一番大切な物を奪った男に会いたかった。
会って、問いつめて、あいつと同じ苦しみを味あわせて、死ぬより辛い目に合わせてやりたかった・・・・・・。
あの時の未だかつてない怒りが胸中に蘇る。
ギッと歯を食いしばって差し込んできた光の中を見つめた。

「ここじゃ・・・」

 そこは家の裏へと続いていた、切り立った崖からは村が一望出来る。
辺りを見回すが、人の姿はなかった。

あるのは・・・
あるのは、薄汚れた十字架と・・・もう枯れてしまった花・・・
予感が黒く塗りつぶされた心の中を横切った。
震えながら十字架に触れる。
苔が生えて、薄汚れて元々は白かった十字架とは思えないほど変色している。
時が十字架を今の姿に変えたのか。震える指で十字架の側に合った石碑の汚れを払った。

ジェリー・・・・・・眠る・・・・・

読めたのはそこだけだった。そこだけで、全てを理解するのは十分だった。

「・・・・・・死んだよ・・・ユーリルを連れてきてすぐ、その日の夜にカミナリにうたれてな・・・」

 その言葉を聞いた瞬間予感は確信に変わった。
ガクリと両膝をついて、脱力して両肩を落とした。

「・・・ふ・・・・ふふ・・・・・・っ・・・・・・」

 心の底から無気力になって来る、不思議に渇いた笑いが込み上げてきた。
オレは、何のために・・・・

「・・・・・・・・・・・・っ!!」

 地面を力の限り殴った。土が顔に飛び散る。

オレは・・・何の為に・・・・・・・・っ!

 再び地面を力の限り殴る。

何の為に・・・・・・何の為に・・・・・・!

行き場の無くなった怒りに、耐えようのない哀しみが覆い被さってきた。

「う・・・うぅ・・・・・・!」

 嗚咽が喉から漏れる。渇いた地面を何かが濡らしていった。。

『テリー・・・お願い・・・人を、恨まないで・・・・・・私の為に、復讐しようなんて考えないで・・・
憎しみからは何も生まれないから・・・だから人を赦してあげて・・・』

「お前が・・・お前がやったのか・・・・・・ユナ・・・・・・?
オレの為に・・・・・・・・・オレが生まれ変わるために・・・・・・?」

 地面を掻きむしる。掻きむしっても掻きむしっても憎んでも憎みきれない人間は
見えてこなかった。見えてくるのは冷たい、棺桶だけ。

『人が人を殺めたら・・・もう生まれ変われなくなっちゃうよ・・・だから・・・ユーリルと
一緒に・・・私の分まで・・・幸せになって・・・幸せにしてあげて・・・・・・』

 真っ赤な血で染まった顔で、あいつは最後まで笑っていた。
そうだ・・・お前は、いつもそうだ・・・オレと別れる時には、オレの気持ちを知ってか知らずか
いつも笑って・・・・・・心配かけまいとして・・・・・・。

『お願い・・・泣かないで・・・私は、テリーと一緒に暮らせて、本当に幸せだった・・・今までで
一番幸せな時間だったから・・・有難う、テリー・・・・・・テリーが居てくれて
・・・テリーと出会えて・・・本当に良かった・・・・・・・・・』

 最後のあいつの言葉。オレもお前に伝えたかったのに・・・お前だけ言いたい事ばかり言って・・・
本当に何年経っても変わっちゃいない・・・死ぬ間際でさえ・・・・・・。
オレだってお前に伝えたかった・・・お前と出会えて本当に幸せだったと・・・・・・。

 晴れていた青空に黒い影が差し込んできた。
パラパラと降り始めた雨水がいつの間にか冷たい雨となって
テリーの体を伝う。

「う・・・うぅ・・・っ・・・ユナ・・・ユナ・・・・・・っ!!」

 オレはいつもお前を守ってやれない・・・・・・いくら力があっても・・・知識があっても
何も変えられないし・・・運命には逆らえない・・・・・・

あの時家を空けてしまったのも・・・油断して他の人間の気配に気付かなかったのも・・・・・・
運命だったのかもしれない・・・・・・だが・・・・・・・・

「もっと・・・もっと長い時間お前と一緒に生きていたかった・・・・・・!」

 もっとお前を幸せにしてやりたかった・・・・・・

 雨と共に流れ落ちる涙。
生涯で二度目の号泣だった。








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