● 終わりと序まり2 ●

 



「なぁ、テリー。輪廻転生って言葉知ってる?」

「うん・・・?生まれ変わりの事か?」

 ユナが目覚めてからしばらくたったある夜、こんな事を聞かれた。
ベッドに寝ころんだまま首を頷かせる。

「それが、どうかしたのか?」

「オレ何だか予感がするんだ。来世でもオレはテリーに出会るような気がするってさ」

「・・・・・・オレは・・・死ねない体なんだぞ・・・生まれ変わりなんて・・・」

 ユナはブンブン首を振って。

「オレの予感は当たるんだぜー?絶対、またきっと会えるよ、何処かで!」

 彼女の笑顔が白い光りに包まれた。その光は視界全部を白く覆っていく。
眩しくて閉じていた瞼をうっすら開けると、そこは今まで見ていた世界ではなかった。

「・・・気が・・・ついたかい・・・?」

 40は過ぎていそうな女が微笑みかけてくれる。
ゆっくり上半身を起こして辺りを見回してため息をつく、そうか…ここは…

女の方もテリーにつられてか、ため息を吐いて思い詰めた顔のまま再び尋ねた。

「今のあんたにこんな事言うのもどうかと思うんだけど・・・ユーリルを
どうする気なんだい?連れていっちまうのかい・・・?」

 ユーリルと言う言葉に鈍っていた思考が動き出した。
ユーリル…そうだったオレは…

一点を見つめたまま動かないテリーに不安になったのか
女が思わず詰め寄った。

「お願いだよ・・・お願いだから連れて行かないでおくれ・・・!あの子はあの子は例え血が
繋がっていなくても・・・私の家族で・・・可愛い子供と同じなんだよだから・・・」

「お前・・・」

「あんた!」

 後ろで話を聞いていた男が耐えきれずに女の肩を掴む。
何かを訴える女の瞳に無言で首を振った。

「無理な事を言うな・・・テリーさんはユーリルしか家族がいないんだ・・・!そんな事・・・」

 拳を握り締めて

「そんな事オレたち夫婦が言う権利は無い。オレたちは…いや、オレは
テリーさんに償わなければいけない立場なのに……」

「でも……っ…」

「もうこれ以上、テリーさんの大切なモノを、オレは奪ってしまいたくは無いんだ…」

 目と唇をぎゅっと閉じて、再び男は首を振った。
女も、そんな男の言動に耐えきれなくなったのか、ハンカチで顔を押さえて俯いた。

「・・・ユーリルは・・・お前たち夫婦に、頼んでおく・・・」

 潤んでいた瞳がはっと大きくなってテリーを見つめる。

「・・・・・・っ!」

「・・・!テリーさん!オレたちに気を遣っているんなら・・・!」

「別に、気を遣っているつもりはない。あいつの…ユーリルの為を思っていってるだけだ
オレが今父親だと名乗ったらあいつは混乱するだろう。それに、こんな村で
こんないい家族に恵まれてるんだ。オレと暮らすより、あいつの為になる・・・」

「テリーさん…!!」

 遂に涙を流してしまった女を、男の方がポンポンと肩を叩いて慰めた。

「テリーさん・・・本当に有難う・・・!」

 男の言葉に女の方もコクコクと頷いている。

「お前の弟が・・・ユーリルを連れてきたのか?」

 急なテリーの問いにふいを突かれる。

「あ、ああ・・・・・・・・・実はな・・・金持ちに・・・天空人の子供として
ユーリルを売ろうとしたらしいんだが・・・まだ幼かったから顔立ちも肌も良く分からないうえに・・・
背中にも翼は生えてなかったから・・・・・・売れなかったらしくて・・・・・・オレの所に連れてきたんだ・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・あいつは、後悔していた。金に目がくらんでユーリルの母親を殺した事を・・・背中の翼を見た
途端何が何だか分からなくなって理性が無くなっていつの間にか・・・手を掛けていたと・・・・・・」

「・・・・・・そう・・・か・・・」

 ギリっと歯を食いしばって俯く。

「本当に・・・オレの弟がしでかした不始末とは言え、テリーさんをこんなに
苦しめる結果になってしまって・・・どう償えば良いのか・・・」

 同じように俯く。

「・・・お前の、責任じゃない・・・お前が罪を償う理由は無い・・・」

 ユナが、ああなってしまったのは、運命だったのかもしれないと思う自分がいた。
あれほど運命と言う言葉を嫌って、運命に逆らって生きてきたつもりだったのに・・・・・。

ユーリルを育ててくれている親がユナを殺した男の兄で
ユーリルを連れてきてすぐ雷に打たれて死んだという事実も
偶然だとは思えなかった。神がそのように自分を導いていると思えてくる時すらあった。

「テリーさん・・・あの・・・」

 重苦しかった空気の中、涙が収まった女が言葉を発した。

「よかったら・・・ユーリルに会ってやってくれませんか?」

 鼻声でそう言うとニコリと微笑む。

「・・・良いのか?」

 考え込んでいた男もハっと気付いて女に賛同する。

「勿論ですよ!私たちにはこれくらいしか出来ませんが・・・・・・」




 家を出ると、眩しい光が心地良いくらいに瞼を刺激した。
目が慣れてきた頃に空を見上げると真っ青な空が広がっている。

こんなに青い空はいつ以来だろう。
緑の爽やかな香りも、水の涼しげな音も、鳥の美しいさえずりも
酷く新鮮なものに感じる。

そうか・・・
あいつが、死んでからオレは周りを見る余裕も考える余裕も
生きている実感も何もなかった。
憎悪と怒り・・・それに復讐心だけで生きていたんだ。

古びた十字架が鮮明に瞼の裏に蘇ってくる。
心の中の、怒りや憎悪の感情は薄れていた。
あれほど憎んでいた男が死んでいたと分かったからか・・・
その男の兄が、息子のユーリルを育ててくれていたと知ったからか?

悲しみも憎しみも怒りも耐え難い虚無感も経験しすぎて
感覚がマヒしているのか・・・

歩きながら色々と考え込んでしまう。
穏やかな木漏れ日が不思議と心を落ち着かせてくれる。
こんなに、落ち着いた感覚は本当に久し振りだった。

「あ、あのっ」

 大きな木の根元に座って目を伏せていたが
その声で瞳を開ける。

そこには、彼女の面影を残す少年が恥ずかしそうに立っていた。
思わず、ハっとする。
テリーは騒ぐ胸中を悟られないように、自分を落ち着かせた。

「あ、あの・・・オレ・・・ユーリルって言います!!あっ、あの、貴方は!?」

「オレは・・・テリーだ」

「テッ!テリーさん初めまして!」

 どことなく母親と面影が重なる。
子供が大きくなって萌葱色の髪だった時には本当に自分の子供か少し不安を覚えたが
こうしてみると・・・自分の昔の面影も、そしてユナの面影も一緒に重なる。

「・・・その名前・・・気に入ってるのか?」

「ユーリルですか?いやぁ、うーん・・・あんまり強そうな名前じゃない所がちょっと嫌なんですけどね・・・
何だか女みたいで・・・。でも響きは綺麗だから、それを覗けば気に入ってます」

「・・・そうか」

 昔の自分と同じ事を言うユーリルに久々に顔と心が緩んだ。
今まで感じた事のない形容しがたい感情が心を満たしていく。
それは恐らく、成長した子供を目の当たりにして、その成長を心から喜ぶ
父親の感情だった。

 生きていてくれて良かった・・・。
あいつに似て明るくて、元気で良かった。
心の中でそう思い再びユーリルを育ててくれた夫妻に感謝した。




テリーは村長とジェイク、マリー夫妻に誘われて
しばらくの間村に滞在する事になった。

ユナを死に至らしめた人物に復讐すると言う目標も何もなくなって
生きる気力が無くなってしまったテリーは夫婦や村長の言葉に受け止められるしかなかった。

村人や夫妻、村長は良くしてくれるし、待遇も申し分なかった。
ただ…

「テリーさんっ!」

 木陰で過去に浸っている彼の元に
一人の少年が駆け寄ってくる。萌葱色の少し長い髪を風になびかせながら。

「剣の稽古つけて下さい!」

「昨日やったばかりだろ」

 少年はブンブン顔を振って

「剣の稽古は毎日やらないといけないって…シンシアのお父さんが言ってたんですよー!」

「ならシンシアのお父さんに頼んで稽古を付けてもらえば良いじゃないか」

「シンシアのお父さんは忙しい方なんですよ!だから…お願いします!」

 テリーはふぅと息をついて少年が差し出した木刀を受け取った。
少年はパっと目を輝かせた後、真剣な表情になって同じ木刀を持って身構えた。

ユーリルは16歳の少年にしては剣の腕やセンスは充分すぎるほど持っていた。
軽い身のこなし、足の速さ、剣を振り下ろす瞬発力、全てが秀でていた。

キィン。
真っ直ぐ突進してきたユーリルの木刀を相手の力を利用して弾く。
ユーリルも木刀と同じように弾かれてしまった。

「いてて…本気で行ったのになぁ…テリーさんはやっぱり強いや」

「お前はスピードはあるんだ。真っ正面から勝負にいかずその足の速さで
相手を撹乱した方が有利に戦える」

 同じような事を前にも一度教えたことがある。
何から何まであいつの面影が見え隠れして、ぎゅっと心臓が締め付けられる。

ユーリルを見るのは辛かった。
過去の幸せだった思い出が鮮明に蘇る。
そして、過去の言葉に出来ないほど悲しくて辛い出来事も…

「ユーリルー!」

 可愛らしい少女の声が二人の会話を遮った。
桃色の髪をした少女がユーリルを見つけて手を振る。

「お昼ご飯出来たってよー!早く帰ってきなよー!」

「あっ、もうそんな時間か!分かった!すぐ行く!」

 ユーリルは慌てて立ち上がる。

「それじゃ、テリーさん。今日はどうも有難うございました!
明日も是非稽古つけて下さいね!」

 ぺこりと一礼してシンシアの後を追って駆けていった。
テリーは再び元の木陰で気にもたれ掛かり空を仰いだ。
木々の緑から見え隠れする光は本当に綺麗で…テリーに降り注いでくる。

「…ユーリルの面倒を見て下さって有難うございます」

 突然近くから聞こえてきた声にハっとなり剣の柄に手を当てて身構えた。
隣の木の陰から精悍な中年の男が出てくる。
気配すら気付かなかった、この男、相当剣の腕が立つ。胸中で悟る。

男はテリーに一礼すると隣の木の木陰に腰を下ろした。

「あの子が天空の血を引くと言うのは本当だったんですね」

 その言葉に思わず反応する。向こうは至って普通の話をするかのように落ち着いた様子で

「前々からあの子には不思議な力を感じるとは思っていたのですが…よもや
真実だったとは…」

「村長から聞いたのか…?」

 コクリと静かに頷いた。

「貴方が父親だと言う事も聞きました…ただ貴方が何故そのような外見なのかは
聞き及んでおりませんが」

「………」

「世界は再び混沌の闇に飲み込まれるそうです」

「………」

「占い師や星占師が口を揃えて予言してます。それと同時にかの地に
勇者が訪れるとも…」

 テリーは無言のままその男の言葉を聞いていた。

「天空の血を引く勇者様が現れると…」

「…………!ま、まさか…!」

 一つの言葉にやっと反応する。
向こうは頷いて

「恐らく、ユーリルの事です…」

「バカげてる!そんな予言…!!」

 予言も、勇者もうんざりだ!何度苦しめれば気が済むんだ。

「勇者だって!そんなもの、ただ面倒で辛い事を一人の人間に都合良く押しつけている
だけじゃないか!!」

 オレは、あいつには、ユーリルには自分と同じような苦しみを味合わせたくないんだ。
幸せに生きていて欲しいんだ…!

「貴方のおっしゃる事も一理あります。ただ、天空人が今、この時代に現れたと
言う事は少なくとも神にも思うところが有るからではないでしょうか?」

「神も人間も同じだ。勇者って言うていの良い人身御供を祭ってるだけだ」

「テリーさん!」

 立ち去ろうとしたテリーを男は引き止めた。

「時は決断を迫っているのです。それは、貴方にも言える事じゃないんですか?」

「・・・・・・」

「天空の血を引くユーリルは紛れもなく神がこの時代に仕わした勇者なんですよ」

「うるさい!ユーリルは…勇者なんかじゃない!」

 男の言葉も待たずにそれだけを言い放つと歩き出した。
あいつは…ユーリルは勇者なんかじゃない…

死の恐怖も、魔王の身の毛もよだつ程の恐ろしさも、長い旅の辛さも
自分が体験した事をあいつには、あいつにだけは同じ事をさせたくはなかった。
自分たちの分まで幸せに生きていて欲しかった。




あいつと別離してから今まで眠れない夜が続いて、夢なんて見る事は無かったが
ここに来てから良く夢を見るようになった。
あいつとオレが幸せなガンディーノで出会う夢だ。
戦う事や勇者など無縁の町民で
結婚して、子供が出来て、幸せに暮らして、幸せに老後を迎える夢だった。

「テリーさん、どうしたんだい?こんな朝早くから…」

 朝と呼ぶには早すぎる時間にすっかり身支度を整えている
テリーを発見して町長の奥さんは目を丸くした。

「長い間随分世話になってしまった。本当に感謝している」

「ちょっ、ちょっとなんだい!?急に!もしかして…村をもう出ていくのかい!」

 目を丸くして尋ねる奥さんにテリーはコクリと頷いた。

「もうちょっとゆっくりしていけば良いのに…!ユーリルだってあんたの事凄く
気に入ってるんだよ!」

「あいつに…」

「………?」

「ユナに、色々と報告したいんだ」

 奥さんははっと口を噤んだ。

「そうかい…なら、仕方ないね…」

 さすがにもうこれ以上引き止められなかった。

「それにしてもさ、本当にその、なんだい、ユナさんの事愛してるんだね…
死んでもそんなふうに想われるなんてさ、女としては本当に嬉しいもんだよ
特にあんたみたいな美青年の男からね」

 テリーの話を初めて聞いてから思った事をポツポツ語り出す。

「うちみたいに毎日何事もなくぼけーっと過ごしてんじゃ、ロマンチックやムードのかけらも
無いからねぇ…何だか、あんたたちの燃えるような恋に憧れちゃうよ」

「オレはそんなお前たち夫婦の方が羨ましい…」

 黒い外衣を身に纏った所で振り向いた。
寂しそうな瞳で寂しそうに口元を緩めて。

そのテリーの言葉に再びハっとして、再び口を噤んでしまった。




 出迎えは村長と奥さんの二人だけだった。
夜明けと共に出発するテリーの為に、色々と準備を手伝ってくれた。

「ユナに一通り報告したらまた村に寄らせてもらう」

 振り向いてそれだけを言う。村長と奥さんは顔を見合わせてテリーに笑顔を送った。

「ああ、そん時はまたうちに来なさい」

「元気でね!無理するんじゃないよ!」

 二人の暖かい言葉を背中に受けながら
テリーはあの場所を目指した。
最愛の人が眠る場所……





勇者か……。

森の中を歩きながら、テリーは呟いた。

オレの子供が勇者になるだって?
しかも天空の姫の子供……

考えれば考えるほど神に操られているような気がしていた。
右耳のスライムピアスにそっと触れて、立ち止まる。

「お前が………お前がこの事を聞いたらどう思うだろうな……」

 ユーリルを勇者として認めるか…?オレたちと同じように辛い旅に出すのか?
きゅっと唇を噛み締めて、瞳を伏せた。

「……決まってるな……」

 お前はきっと、ユーリルを勇者と認めて…送り出すに決まってるな……。
そんな奴だったもんなお前は…………

だから…オレは……そんなお前が………

「…………!!」

何かが焦げる匂いがテリーの鼻を突いた。

反射的に後ろを振り向く。
森の中は薄暗く何も見えないが…何かを感じる。
不吉な何かだ。

額から大粒の気持ち悪い汗が滲み出ていた。
それが額から頬、顎と伝っていくと、もっと酷い悪寒がテリーを襲う。

……………まさか…

辿ってきた道を全速力で駆けた。

まさか………まさか………!

嫌な匂いは村に近付くに連れどんどん酷くなっていく。
叫び声や剣が交差する嫌な音、魔物の咆哮……予感は的中した。

 眼下に広がる光景に言葉を失った。

どす黒い煙と赤い炎が巻き起こり、村の人々の死体は辺りに散乱し
青々と茂っていた木々は灰となって消え、透き通るほど美しかった湖は真っ赤な血で
染まっている。

「なん…て…事だ…」

 生き物の燃える嫌な匂いが鼻と目をついて、思わずテリーは目を伏せた。
先ほどまで滞在していた村が…こんな事になるなんて…

こんな光景は何度か目にした事はあったが、まさかまた…こんな思いをする事に
なるなんて…

「ユーリル!ユーリル!!!」

 死体の中を歩きながらテリーは必死でその名を呼んだ。

「ユーリル!!!ユーリルーーーッ!!!!」

 力の限り、愛しい息子の名前を叫ぶ。
だが、その声は辺りに反響するだけで、答えは返ってこなかった。

へたりとその場に座り込む。
オレは…何のために……ここまで生きてきたんだ?
どうして…何も出来ないんだ………

「………ん………さん……」

「……………っ!!!」

 消え入りそうな小さな声。
無惨にも崩れ去った瓦礫の下からジェイクの姿が見えた。

「テ…リーさん……」

 慌てて瓦礫をどかすとジェイクは昨日とはうって変わっての
見るも無惨な姿になっていた。

「おい!!一体何があったんだ!!!」

 息も絶え絶えでジェイクは呟く。

「魔物…魔物が…勇者を…勇者…ユーリルを探して…ここ……」

「…おい!ユーリルは…ユーリルは何処だ!何処に…」

「ユーリル…………」

 それだけを言い残してジェイクは息絶えた。

「………!」

 テリーはぎりっと歯を食いしばった。
また…オレは何も出来なかった…力があっても…結局オレは誰も守れない…
何も出来ない…

「クソ…クソっ………!!」

ジェイクの体を丁寧にその場に横たえると、今度は村長の家へと駆け寄った。

大きな家は赤い炎をあげて家を炭にしてしまってもまだ燃え続けている。
朝の二人の笑顔を思い出して、心の中がやりきれない思いと魔物に対する怒りで満ちあふれた。

 昨日まで平和だった村が今は焼け野原。
もしオレが居たら……村は守れたかもしれない……もしオレが居たら……

「オレが…居たら………」

 オレが居たら…………オレが守れたら…………気配に気付いていれば…………
側を離れなければ…………ずっと見守っていれば……………

「オレの…オレのせいだ……!」

 呪うしかなかった。
力を欲しても、欲しても、力を手に入れても、強さを手に入れても………

「守れなければ……大切な者を守れなければ何も……意味が無いじゃないか………!」

 意味が無い………。
どんなに大切に思っても、どんなに愛しても、伝えなければ意味が無いように
どんなに力があっても、強さがあっても、守れなければ意味がない……!

 枯れた瞳から溢れ出す涙を、テリーは拭うことが出来なかった。




 顔を見知った死体を運んで埋める事はもう無いだろうと思っていた。
大きな穴を掘り、全ての死体を埋める。

その中にはユーリルの友人、シンシアのものもあって…心がズキンと痛んだ。
だがその中には、ユーリルの死体は無かった。

逃げ延びたのか…?それとも……魔物に連れ去られたのか……?

黙祷を捧げていると、何か、人の気配のようなものを感じた。

「………っ!」

 ユーリルの家の食料庫で何か物音が聞こえるのだ。
不審に思い剣の柄に手を当てて用心深く近付くと………

「開けて…っ!誰か…!誰か開けて………っ!」

「…………!ユーリル……!?」

 慌てて扉を開くと……そこには萌葱色の髪をした少年。

「テリーさん!!」

「ユーリル……お前、どうしてこんな所に……」

「父さんが……オレを………魔物からかくまう為に……シンシアも………」

 ユーリルは潤んだ萌葱の瞳に
村の様子を目にした途端、愕然としてその場に崩れ落ちた。

「…どう…して……」

 まだ燃え続ける家に木々、湖…。

「どうして…どうしてこんな事を……」

 大きな瞳から溢れ出す涙。

「…父さん…母さん……シンシア……っ!!」

 ぎゅっと拳を握り締めて、天を仰いで号泣した。

「うわあああああーっ!!父さんっ!!母さんっ……!!シンシアーーーっ!!!」

 瞳から止めどなく流れ落ちる涙。テリーは無言で息子の側についてやる事しか出来なかった。

「オレが……勇者だって………だから魔物が……村を襲って……オレが勇者だから………
そんなの………どうして………オレの為に………皆………オレの………オレが………」

 勇者だから……
ユーリルの辛い気持ちが伝染してくる。
その気持ちが、テリーには痛いほど分かっていた。
勇者だからと言う理由で、こんな辛い目に合う不条理さが。

 しばらくその場で泣きじゃくった後、ユーリルはすっと意を決したように力強く立ち上がった。

「許さない…デスピサロ…オレが…オレが必ず殺してやる……!」

「…………」

「父さんの…母さんの…シンシアの…村の人の仇をぜったいとってやるんだ…
許さない…許すもんか…!!」

 先ほどまで悲しみに染まっていた瞳が、痛々しいほど憎悪の色に染まっている。

「テリーさんも…テリーさんもオレと一緒に来てくれますよね!一緒に
仇をとってくれますよね!」

 やっとテリーの方を向いて、懇願した。
その憎悪の瞳に思わず目を逸らす、そして

「…オレは、お前と一緒には行けない」

 呟いた。

「どっ、どうしてですか!」

「お前には、オレよりも相応しい仲間たちが沢山出来る。それにオレはいつもお前を見守ってるいるから…」

「そんな事……分からないじゃないですか…それにテリーさんは、悔しくは…
憎くは無いんですか!?村を滅ぼした魔物が!?仇を取ってやろうって…殺してやろうって
思わないんですか!?」

 初めて会った頃の無邪気なユーリルの面影は何処にも無かった。
憎しみと怒りに捕らわれた瞳、どす黒いオーラが見えるほどの殺気。
 ズキン。
胸を何かでえぐられた音がきこえた。

そうか…ユナが言っていたのは………こういう、事だったのか………。
憎しみからは、何も生まれないと……

……勝てないな、ホントに、お前には………

「ユーリル」

 荒んだ心のままでは、何も見えない、何も聞こえない。

「憎しみに捕らわれるな。憎しみからはなにも生まれない…」

 オレがそうだったように。

「オレも、昔はお前みたいに憎しみだけで生きて、復讐を生きる糧としていたが
何も得られなかった。自分を追い込むばかりだった」

 そして何も見えなくなった、何も聞こえなくなった。
暗くて深い闇の中を歩いて…そう、初めの頃の自分と何も変わってなかったんだ。

「いつかは、赦す心が必要になる…」

 そんなオレを、変えてくれたのがユナだったのに。

「赦せるわけがないでしょう!村の皆の命をうばった魔物なんか…!!」

 ブンブンと頭を振って、耳を押さえる。

「赦せるわけがないんだ……」

 呪文のように繰り返し呟く。その姿と過去の自分の姿がだぶっている。

「今はそうかもしれない、だが、時が過ぎればその意味に気付く…」

 憎しみからは何も生まれないと、生きている事を無駄にするだけだと
そしてそれは、自分の為に犠牲になった奴に申し訳ない事だと言う事を。

「……………」

 無言で、深く項垂れるユーリル。
オレはお前にキッカケを与えるに過ぎない。
いつか、オレみたいにその意味を教えてくれる仲間にきっと出会えるから…。

そっと優しく、その頭に手を伸ばした。
こうやって触れるのは、ユーリルが成長して初めての事かもしれない。

「そのスライムピアス…大切にしろよ」

小さな頃、腕に抱かれて眠っていたユーリルがこんなに凛々しい少年になるなんて…
ユナに……見せたかった……

「テリーさん…」

 項垂れたまま、視線を合わせずに呟いた。

「オレ…聞いたんです。父さんと母さんから…本当の両親は別の場所に居るって……」

「………………!」

「このスライムピアス…テリーさんも同じ物身につけてるでしょ!もしかしてテリーさん…
オレの本当の両親の事、何か知ってるんじゃないですか!?」

「……………」

「テリーさん!」

 やっと顔を上げて、テリーの瞳を見据えた。
その何故か悲しそうな瞳にハっとして、言葉が止まる。

「………ス…スイマセン…変な事聞いて…でも、オレが両親だと思ってるのは…
この村の…ジェイク父さんとマリー母さん以外には居ませんから…でも、
一度その………オレを、捨てた両親に会ってみたくて……生きてたら……どうして
オレを捨てたのか………聞きたくて………」

「お前の両親は……お前を捨てたわけじゃない」

「………っ!」

「お前を、愛して、大切に育てていたが、やむにやまれぬ事情があって、お前を
手放したんだ」

「テリーさん……」

 テリーは、黒い外衣を翻してユーリルに背を向けた。

「…お前の両親は、何処かできっと生きているさ…生きていればいつか必ず会える…」

 悲しげに呟いた。
そして、ゆっくりと振り向く。

悲しいアメシストの瞳と、何故か見覚えのある瞳と視線を交わらせる。
初めて受けた衝撃を思い出して、ある予感がユーリルの頭を過ぎっていった。

その予感をテリーに告げる前に、テリーは何も言わずに歩き出していく。

胸に芽生える不思議な感情と頭に浮かぶ不思議な予感を感じながら
ユーリルはその後ろ姿を見送るしかなかった。








←戻る  :  TOP    NEXT→